ちりちりとうなじが引きつり、幾重にも纏った元就の氷の面は、
今、彼女の内から発せられる怒りと屈辱の熱で溶かされようとしていた。
怒りの原因は、この場には似つかわしくない爽やかな風に豊かな黒髪をなびかせ、
にこにこと笑ったまま。紅色の唇を開けば、なおも元就の神経を逆撫でする言葉を続けた。
「ねえ…市も、可愛いあなたと仲良くなりたい…」
お友達に、なって?という市の呼びかけを元就は最後まで聞かなかった。
今度こそは、と踏み込み、輪刀を横様にして長政もろとも市目掛けて叩き込んだ。
…はずだった。
がらん、と空虚な音がする方向を見やれば、愛刀天照は地に落ちていた。
振り上げた右の手の甲が痛む。突風に叩かれた?いや、風など吹かなかった。
落ちた武器を再び手にしなければならないが、この状態で身を屈めるのは危険だ。
不可解さと突然陥った窮地に戸惑う元就に、市はくすくすとついに声をだし笑った。
「市…あまり遊ぶな」
長政が呆れ気味に口を開けば、市はごめんなさい、と夫を見上げ肩をすくめる。
今、彼女の内から発せられる怒りと屈辱の熱で溶かされようとしていた。
怒りの原因は、この場には似つかわしくない爽やかな風に豊かな黒髪をなびかせ、
にこにこと笑ったまま。紅色の唇を開けば、なおも元就の神経を逆撫でする言葉を続けた。
「ねえ…市も、可愛いあなたと仲良くなりたい…」
お友達に、なって?という市の呼びかけを元就は最後まで聞かなかった。
今度こそは、と踏み込み、輪刀を横様にして長政もろとも市目掛けて叩き込んだ。
…はずだった。
がらん、と空虚な音がする方向を見やれば、愛刀天照は地に落ちていた。
振り上げた右の手の甲が痛む。突風に叩かれた?いや、風など吹かなかった。
落ちた武器を再び手にしなければならないが、この状態で身を屈めるのは危険だ。
不可解さと突然陥った窮地に戸惑う元就に、市はくすくすとついに声をだし笑った。
「市…あまり遊ぶな」
長政が呆れ気味に口を開けば、市はごめんなさい、と夫を見上げ肩をすくめる。
何だ?この女が何かしたのか?何を?……何も見えなかった。何も、感じなかった。
様子を伺うと市は、再び虚空と語り始めた。
「え…?…うん、そうね、そろそろ…みんなも、ちゃんと出てきて遊びたいね…」
おいで、と市が甘く囁けば、何もない空中から、闇が染み出してきた。
黒く、紫炎、血色…あらゆる禍々しい色の闇が、ふわふわと空気を満たし徐々に増え行く。
市は、浮かぶ闇をまるで主人に懐く犬や猫であるかのようによしよしと撫で、
元就を見て、言った。
「え…?…うん、そうね、そろそろ…みんなも、ちゃんと出てきて遊びたいね…」
おいで、と市が甘く囁けば、何もない空中から、闇が染み出してきた。
黒く、紫炎、血色…あらゆる禍々しい色の闇が、ふわふわと空気を満たし徐々に増え行く。
市は、浮かぶ闇をまるで主人に懐く犬や猫であるかのようによしよしと撫で、
元就を見て、言った。
「みんな、あの子を可愛がってあげて」
瞬間、元就の足先から、ごう、と強い風の吹く音がして、地面から浮かぶ闇と同じ色の
無数の手に足首を握られた。
長く伸びる腕ばかりの手に、元就は囲まれる。
あまりの気味悪さに逃れようと腕を振りあげても、何故か感触はなく、そのくせ闇の腕は
元就の腕に脚に胴に触れてがっしりと掴んでくる。
兜をはたき落とされ、髪があらわになると、市は慌てる元就とは対照的にのんびりとした声で言う。
「やっぱりすごく可愛い…隠すなんてもったいないわ。
…それに、兜なんかより、綺麗なかんざしの方が似合うって、市は思うの」
「黙らぬか、この醜猥な女め…!」
自身の身を捕えるものの正体がなんであるかは、この際どうでもよい。
問題は、これを操る女の思惑がどうであるか、だ。
命をとられるか。なぶり殺されるのか。
闇の手達は、布があることなど無視して透けて通り、元就の素足にまで触れてくる。
強い力で体を固定され、首を巡らせる事すら出来ない元就は、
背の紐を解かれ、ゆっくり、思い知らされるように籠手を外されるのを感じた。
無数の手に足首を握られた。
長く伸びる腕ばかりの手に、元就は囲まれる。
あまりの気味悪さに逃れようと腕を振りあげても、何故か感触はなく、そのくせ闇の腕は
元就の腕に脚に胴に触れてがっしりと掴んでくる。
兜をはたき落とされ、髪があらわになると、市は慌てる元就とは対照的にのんびりとした声で言う。
「やっぱりすごく可愛い…隠すなんてもったいないわ。
…それに、兜なんかより、綺麗なかんざしの方が似合うって、市は思うの」
「黙らぬか、この醜猥な女め…!」
自身の身を捕えるものの正体がなんであるかは、この際どうでもよい。
問題は、これを操る女の思惑がどうであるか、だ。
命をとられるか。なぶり殺されるのか。
闇の手達は、布があることなど無視して透けて通り、元就の素足にまで触れてくる。
強い力で体を固定され、首を巡らせる事すら出来ない元就は、
背の紐を解かれ、ゆっくり、思い知らされるように籠手を外されるのを感じた。