- 幸村の父と兄は勝手に死亡設定です。他にも捏造いろいろ。
天井裏から、主にだけ通じる合図をそっと送ると、数瞬の間を置いて「参れ」と低い声が響いた。
そんじゃ遠慮なくと羽目板を外し、音を殺して部屋の中に降り立つ。
夕餉もとうに終わったこの時刻、月のない外はすっかり濃い闇に包まれていた。戸もふすまも締め切った
主の部屋は、小さな明かりが片隅に灯るばかりで、外とそう変わらないほど薄暗い。
その薄闇に潜みながら、俺は上座で脇息に肘をつく主に向かい、そっと頭を下げた。
「猿飛佐助、参上しました」
「まあ、そう堅苦しくするな」
思いがけず呑気な声に、半分ほっと、半分拍子抜けして主を見返す。薄明かりの中で、厳つい髭面が
穏やかに笑った。
年を経ても健康的な顔の肌と、僧形の頭に僅かな光が反射して、ピカピカと光っている。
やあ、ちょっと明るいかも。
「ゆるりとせい。大した話ではない」
脇息に寄りかかったくつろいだ態度も、こちらに向けられた笑みも、演技ではないようだ。
姿勢は崩さないまま、張り詰めていた気持ちだけ僅かに緩める。
なんだ、こんな夜更けに呼び出すから、どんな面倒くさいこと頼まれるのかと思ったよ。
甲斐の虎はお年のわりに壮健頑健な働き者で、自分が働くのと同じくらい忍者使いも荒い。
夜中にいきなり呼び出され、ちょっと四国まで行ってきて、なんて頼まれるのもしょっちゅうだったりする。
今日はどうやら、そういう無理を申しつけられるわけじゃないようだ。
「はあどうも。えーと、それじゃご用件は?」
「うむ。それだがな」
ごそごそと懐中を探り出したお館様をなんとなく見ているうちに、ふと、その傍らの卓が目に入った。
正確にはその上。朱塗りの器に盛られた、目の前の人の頭と同じくらいぴかぴか光ってる大きな木の実が。
そんじゃ遠慮なくと羽目板を外し、音を殺して部屋の中に降り立つ。
夕餉もとうに終わったこの時刻、月のない外はすっかり濃い闇に包まれていた。戸もふすまも締め切った
主の部屋は、小さな明かりが片隅に灯るばかりで、外とそう変わらないほど薄暗い。
その薄闇に潜みながら、俺は上座で脇息に肘をつく主に向かい、そっと頭を下げた。
「猿飛佐助、参上しました」
「まあ、そう堅苦しくするな」
思いがけず呑気な声に、半分ほっと、半分拍子抜けして主を見返す。薄明かりの中で、厳つい髭面が
穏やかに笑った。
年を経ても健康的な顔の肌と、僧形の頭に僅かな光が反射して、ピカピカと光っている。
やあ、ちょっと明るいかも。
「ゆるりとせい。大した話ではない」
脇息に寄りかかったくつろいだ態度も、こちらに向けられた笑みも、演技ではないようだ。
姿勢は崩さないまま、張り詰めていた気持ちだけ僅かに緩める。
なんだ、こんな夜更けに呼び出すから、どんな面倒くさいこと頼まれるのかと思ったよ。
甲斐の虎はお年のわりに壮健頑健な働き者で、自分が働くのと同じくらい忍者使いも荒い。
夜中にいきなり呼び出され、ちょっと四国まで行ってきて、なんて頼まれるのもしょっちゅうだったりする。
今日はどうやら、そういう無理を申しつけられるわけじゃないようだ。
「はあどうも。えーと、それじゃご用件は?」
「うむ。それだがな」
ごそごそと懐中を探り出したお館様をなんとなく見ているうちに、ふと、その傍らの卓が目に入った。
正確にはその上。朱塗りの器に盛られた、目の前の人の頭と同じくらいぴかぴか光ってる大きな木の実が。
ほんの数刻前。庭先で夕日に染まっていた柿の木と、その実よりずっと小ぶりだった白い膨らみが蘇る。
今度はこみ上げる前に押しつぶして、胸の奥にしまいこんだ。
今度はこみ上げる前に押しつぶして、胸の奥にしまいこんだ。
視線を移したのは一瞬だったけど、気づかれたらしい。懐から一本の巻紙を取り出しながら、お館様が
小さく眉をひそめた。そ知らぬ振りして瞬きを返す。
「なんじゃ?」
「はい?」
「……柿か?おお、食うか?先ほど幸村が差し入れてくれたものじゃが」
まるで幼子でも相手するように笑って、そら、と丸のままの柿が差し出された。
どこかで見たようなそのしぐさに、ふと思い当たってよくよく見れば、卓の上には柿の種とへたが数個分、
行儀悪く散らかっていた。
どう見ても丸かじりのあとだ。しかもこれって皮ごと食べてるよね。
確認した瞬間、どっと疲れがでた。思わずため息まで出ちゃう。
「む、どうした佐助?」
「お館様……旦那に、柿は丸ごとかじれとか教えたのお館様でしょ。やめてください。あの人なんでも
お館様の真似するんだから」
「そんなことは教えとらん」
嘘だあ。
疑いの視線を向けると、きょとんとした顔が返ってきた。だまされないぞと思いながら、ともかくこれ以上
行儀悪くさせないでくださいよ、と念を押す。
あれでも一応、嫁入り前の姫様なんだから。本当にお嫁の貰い手なくなっちゃうよ。
わしは知らんというのに、と首をかしげながらなおも差し出された柿は、改めて丁重に辞退する。お館様も
それ以上は何も言わず、つやつやの実は器の中に戻された。
今は命を受ける寸前。忍びは任務中にはものを食べないもんだからね。
小さく眉をひそめた。そ知らぬ振りして瞬きを返す。
「なんじゃ?」
「はい?」
「……柿か?おお、食うか?先ほど幸村が差し入れてくれたものじゃが」
まるで幼子でも相手するように笑って、そら、と丸のままの柿が差し出された。
どこかで見たようなそのしぐさに、ふと思い当たってよくよく見れば、卓の上には柿の種とへたが数個分、
行儀悪く散らかっていた。
どう見ても丸かじりのあとだ。しかもこれって皮ごと食べてるよね。
確認した瞬間、どっと疲れがでた。思わずため息まで出ちゃう。
「む、どうした佐助?」
「お館様……旦那に、柿は丸ごとかじれとか教えたのお館様でしょ。やめてください。あの人なんでも
お館様の真似するんだから」
「そんなことは教えとらん」
嘘だあ。
疑いの視線を向けると、きょとんとした顔が返ってきた。だまされないぞと思いながら、ともかくこれ以上
行儀悪くさせないでくださいよ、と念を押す。
あれでも一応、嫁入り前の姫様なんだから。本当にお嫁の貰い手なくなっちゃうよ。
わしは知らんというのに、と首をかしげながらなおも差し出された柿は、改めて丁重に辞退する。お館様も
それ以上は何も言わず、つやつやの実は器の中に戻された。
今は命を受ける寸前。忍びは任務中にはものを食べないもんだからね。
それに俺、柔らかい柿は嫌いだし。