「……元親のバカヤローっっ!!」
聞こえる筈はないのだが、高台に立った政宗は、水平線の向こうにある船に向かって叫んだ。
「何だよ!女ふたりで、一緒に男どもを蹴散らすって誓ったのはどうしたんだよ!あんだけグダグダやってたクセに、結局自分は、ちゃっかり男とイイコトしてんじゃねーかよぉ!」
ハッキリ言ってただの八つ当たりなのだが、それでも今の政宗は、ただ徒に自分の感情を垂れ流す事しか出来なかった。
元親は、己の努力と相手の愛情の深さを知った事で、幸せを手に入れた。
それに比べて、自分は未だに最初の一歩すら、満足に踏み出せないでいる。
何だか自分だけ置いていかれたような気がして、政宗の心は、悲しみと寂しさに苛まれていたのである。
その時、
聞こえる筈はないのだが、高台に立った政宗は、水平線の向こうにある船に向かって叫んだ。
「何だよ!女ふたりで、一緒に男どもを蹴散らすって誓ったのはどうしたんだよ!あんだけグダグダやってたクセに、結局自分は、ちゃっかり男とイイコトしてんじゃねーかよぉ!」
ハッキリ言ってただの八つ当たりなのだが、それでも今の政宗は、ただ徒に自分の感情を垂れ流す事しか出来なかった。
元親は、己の努力と相手の愛情の深さを知った事で、幸せを手に入れた。
それに比べて、自分は未だに最初の一歩すら、満足に踏み出せないでいる。
何だか自分だけ置いていかれたような気がして、政宗の心は、悲しみと寂しさに苛まれていたのである。
その時、
「『ロー』というのが、中々良き響きにございましたな、政宗様」
「……何だよそれ」
「お気になさらずに。判る者には、判る戯言です」
物凄く偏った科白と共に現れた小十郎を、政宗は訝しげに振り返った。
「もうすぐ陽も沈みます。暗くなる前に戻りましょう」
「ふ、ふんっ!どーせお前は、腹ン中では万々歳なんだろ?五月蝿い元親は帰ったし、男は遠ざけたし」
「……」
「あーあ、きっともう俺、行かず後家確定だ。会う男会う男、みーんなお前にケチ付けられ続けるんだからな」
「その通りです。小十郎は、これからもそう致します」
返ってきた言葉に、思わず政宗は小十郎の顔を凝視する。
「たとえ100人中99人が『こいつはいいヤツだ。間違いない』と言われる者であったとしても、小十郎は、最後のひとりとなって反対し続けます。……何故なら、多少の妨害如きで屈するような男に、政宗様は任せられないからです」
「な…」
「──ただし、」
驚愕する政宗の顔が、彼女の幼い頃のそれとあまり変わっていない事に、小十郎は何処か安心しながら続ける。
「……その小十郎の妨害に、『横暴だ』と異を唱えるか、あるいは大人しく言うとおりにしているかは、政宗様次第です。そして、最終的に政宗様がお決めになった事に、小十郎は一切口出しは致しません」
「小十郎…」
「貴方は、もう子供じゃない。いつまでも『竜の右目』ばかりに寄りかかって、ご自分の『ヒトの左目』をお使いになるのを、忘れぬよう」
自戒の意も込めて、小十郎は静かに諭すように言う。
そんな小十郎の表情を、政宗は暫し真摯な目で見つめていたが、やがて小さく頷くと、彼の先導で屋敷への道を歩き始めた。
「なあ、小十郎」
「はい」
「前に俺、好きなヒトがいるって言っただろ?実は、そいつ…」
「……申し訳ございませんが、そのお話は明日以降にして貰えますか?」
「え?」
こちらを振り返らず制してきた小十郎に、政宗は目を瞬かせる。
「流石の小十郎も、『年頃の娘の重大な告白』を、一度にふたり分も聞くのは、しんどいものがあるのですよ」
「……」
冗談めかしてはいたが、何処となく寂しそうな背中を見止めた政宗は、小走りに歩を進めると、彼の隣に立つ。
そして、自分に気付いた小十郎に笑いかけると、彼の手を取って再び歩き始めた。
「……何だよそれ」
「お気になさらずに。判る者には、判る戯言です」
物凄く偏った科白と共に現れた小十郎を、政宗は訝しげに振り返った。
「もうすぐ陽も沈みます。暗くなる前に戻りましょう」
「ふ、ふんっ!どーせお前は、腹ン中では万々歳なんだろ?五月蝿い元親は帰ったし、男は遠ざけたし」
「……」
「あーあ、きっともう俺、行かず後家確定だ。会う男会う男、みーんなお前にケチ付けられ続けるんだからな」
「その通りです。小十郎は、これからもそう致します」
返ってきた言葉に、思わず政宗は小十郎の顔を凝視する。
「たとえ100人中99人が『こいつはいいヤツだ。間違いない』と言われる者であったとしても、小十郎は、最後のひとりとなって反対し続けます。……何故なら、多少の妨害如きで屈するような男に、政宗様は任せられないからです」
「な…」
「──ただし、」
驚愕する政宗の顔が、彼女の幼い頃のそれとあまり変わっていない事に、小十郎は何処か安心しながら続ける。
「……その小十郎の妨害に、『横暴だ』と異を唱えるか、あるいは大人しく言うとおりにしているかは、政宗様次第です。そして、最終的に政宗様がお決めになった事に、小十郎は一切口出しは致しません」
「小十郎…」
「貴方は、もう子供じゃない。いつまでも『竜の右目』ばかりに寄りかかって、ご自分の『ヒトの左目』をお使いになるのを、忘れぬよう」
自戒の意も込めて、小十郎は静かに諭すように言う。
そんな小十郎の表情を、政宗は暫し真摯な目で見つめていたが、やがて小さく頷くと、彼の先導で屋敷への道を歩き始めた。
「なあ、小十郎」
「はい」
「前に俺、好きなヒトがいるって言っただろ?実は、そいつ…」
「……申し訳ございませんが、そのお話は明日以降にして貰えますか?」
「え?」
こちらを振り返らず制してきた小十郎に、政宗は目を瞬かせる。
「流石の小十郎も、『年頃の娘の重大な告白』を、一度にふたり分も聞くのは、しんどいものがあるのですよ」
「……」
冗談めかしてはいたが、何処となく寂しそうな背中を見止めた政宗は、小走りに歩を進めると、彼の隣に立つ。
そして、自分に気付いた小十郎に笑いかけると、彼の手を取って再び歩き始めた。
一方その頃。
奥州城下の旅籠の一室で、真田幸村は、甲斐に戻る支度を少しずつ始めていた。
出発まではまだ数日あるものの、何分不器用な自分の事、ギリギリになって慌てるような真似をしたくなかったのである。
「普段は、佐助が何でもやってくれていたからな」
自嘲気味に呟きながら、幸村は荷物のひとつを纏め上げると、部屋の隅に置いた。
すると、部屋の戸を開けて、旅籠の使用人が顔を覗かせてきた。
「お風呂の用意が出来ましたよ。冷めない内にどうぞ」
「かたじけない。滞在中、そなたらには本当に世話になった。少し早いが礼を言う」
「いいえ。こちらも色々事情が……もとい、お客様には本当に良くして頂いて…」
まさか、奥州筆頭直々の施しや、伊達の監視が目を光らせていた(お陰で防犯の役には立っていたのだが)とは言えず、使用人は恭しく幸村に頭を下げる。
「ところで…お客様は、いつ頃出立なさるおつもりで?」
「中秋の名月までは、こちらにいようと思っているが」
「十五夜ですか?…水を注す訳ではありませんが、今年の名月は、多分無理なんじゃないかと」
「?」
首を傾げる幸村に、使用人は「風と雲の流れが、日増しに雨を運んでいる様な気がする。おそらく、十五夜に月を拝むのは無理ではないか」と、説明した。
「どうしても、という訳でなければ、早々にご出発された方が良いですよ。このままでいけば、その頃には空が荒れると思いますので」
「……」
奥州城下の旅籠の一室で、真田幸村は、甲斐に戻る支度を少しずつ始めていた。
出発まではまだ数日あるものの、何分不器用な自分の事、ギリギリになって慌てるような真似をしたくなかったのである。
「普段は、佐助が何でもやってくれていたからな」
自嘲気味に呟きながら、幸村は荷物のひとつを纏め上げると、部屋の隅に置いた。
すると、部屋の戸を開けて、旅籠の使用人が顔を覗かせてきた。
「お風呂の用意が出来ましたよ。冷めない内にどうぞ」
「かたじけない。滞在中、そなたらには本当に世話になった。少し早いが礼を言う」
「いいえ。こちらも色々事情が……もとい、お客様には本当に良くして頂いて…」
まさか、奥州筆頭直々の施しや、伊達の監視が目を光らせていた(お陰で防犯の役には立っていたのだが)とは言えず、使用人は恭しく幸村に頭を下げる。
「ところで…お客様は、いつ頃出立なさるおつもりで?」
「中秋の名月までは、こちらにいようと思っているが」
「十五夜ですか?…水を注す訳ではありませんが、今年の名月は、多分無理なんじゃないかと」
「?」
首を傾げる幸村に、使用人は「風と雲の流れが、日増しに雨を運んでいる様な気がする。おそらく、十五夜に月を拝むのは無理ではないか」と、説明した。
「どうしても、という訳でなければ、早々にご出発された方が良いですよ。このままでいけば、その頃には空が荒れると思いますので」
「……」
幸村は、窓の外に浮かぶ仄かに欠けた月を、暫しの間瞬きもせずに眺め続けていた。




