長曾我部の船が、奥州を出港してから2日目。
引っ切り無しに襲い来る高波に、船の乗組員たちは船が沈まぬように、と懸命の作業を繰り返していた。
「水をかき出せ!船の均衡を保つ為にも、各員分散して配置につくんだ!」
「合点だ、お嬢!」
「これしきの波、まだまだ嵐とは呼べねぇぜ!」
叩き付ける雨に怯む事無く、元親は部下に指示を出し、自らも作業を続ける。
「元親」
「バカ!何で出てきたんだ!アンタは危ないから、船ン中にいろ!」
「貴様が船上で動き回っているのを、我にただ指をくわえて見ていろと言うのか!」
悪天候からか、ふたりは通常よりもかなりの大声で言葉を交わす。
「人を相手に水軍を操るのとは、訳が違うんだ!いいから餅は餅屋に任せてくれ!」
「お前をひとり、嵐の前に置き去りに出来るか!」
「頼むから言うとおりにしてくれよ!アンタにもしもの事があったら、アンタの心臓だけじゃなくて、俺の心臓まで止まっちまうんだから!」
雨に濡れた元親の表情が、まるで泣いているようで、元就は返事も忘れて彼女の顔に見入ってしまう。
周囲の囃し立てる声を背に受けて、元就は渋々ながらも船室に引っ込む事にした。
だが、そんな元就が足を動かそうとした刹那。
「つぅ…っ!」
「元親!?」
「──お嬢!?」
突如、腹を押さえて甲板の上にへたり込んだ元親に、一同は何事かと振り返った。
引っ切り無しに襲い来る高波に、船の乗組員たちは船が沈まぬように、と懸命の作業を繰り返していた。
「水をかき出せ!船の均衡を保つ為にも、各員分散して配置につくんだ!」
「合点だ、お嬢!」
「これしきの波、まだまだ嵐とは呼べねぇぜ!」
叩き付ける雨に怯む事無く、元親は部下に指示を出し、自らも作業を続ける。
「元親」
「バカ!何で出てきたんだ!アンタは危ないから、船ン中にいろ!」
「貴様が船上で動き回っているのを、我にただ指をくわえて見ていろと言うのか!」
悪天候からか、ふたりは通常よりもかなりの大声で言葉を交わす。
「人を相手に水軍を操るのとは、訳が違うんだ!いいから餅は餅屋に任せてくれ!」
「お前をひとり、嵐の前に置き去りに出来るか!」
「頼むから言うとおりにしてくれよ!アンタにもしもの事があったら、アンタの心臓だけじゃなくて、俺の心臓まで止まっちまうんだから!」
雨に濡れた元親の表情が、まるで泣いているようで、元就は返事も忘れて彼女の顔に見入ってしまう。
周囲の囃し立てる声を背に受けて、元就は渋々ながらも船室に引っ込む事にした。
だが、そんな元就が足を動かそうとした刹那。
「つぅ…っ!」
「元親!?」
「──お嬢!?」
突如、腹を押さえて甲板の上にへたり込んだ元親に、一同は何事かと振り返った。
日増しに暗雲は、奥州の空を覆い始めていた。
幸村は、一向に晴れぬ気配の見込めない空と雲を仰いだ後で、部屋の角に纏められた荷物の一式に視線を移す。
いざとなれば、いつでもここを出立する事が出来るようにしてあるのだが、幸村にはどうしてもその決心がつかないでいた。
旅籠の人間の言うとおり、この調子では、十五夜に月を拝むのは無理だろう。
ならば、雨脚が強くなる前に奥州を去った方が良い。
元々、信玄の計らいで、通常よりもかなりの日数を頂戴していた使いである。
これ以上、滞在を延ばして「お館様」に迷惑を掛けるのも憚られる。
しかし。
幸村は、一向に晴れぬ気配の見込めない空と雲を仰いだ後で、部屋の角に纏められた荷物の一式に視線を移す。
いざとなれば、いつでもここを出立する事が出来るようにしてあるのだが、幸村にはどうしてもその決心がつかないでいた。
旅籠の人間の言うとおり、この調子では、十五夜に月を拝むのは無理だろう。
ならば、雨脚が強くなる前に奥州を去った方が良い。
元々、信玄の計らいで、通常よりもかなりの日数を頂戴していた使いである。
これ以上、滞在を延ばして「お館様」に迷惑を掛けるのも憚られる。
しかし。
(十五夜には、ここへ来て俺と月見をしろ。いいな!)
あの時の、顔を赤らめながら自分を誘ってきた政宗の姿が、幸村の脳裏に蘇る。
「…政宗殿……」
果たして自分が取るべきは、主君への忠誠か、大切な人との約束か。
未だに答えが見出せない幸村は、溜息混じりに政宗の名を呟いていた。
「…政宗殿……」
果たして自分が取るべきは、主君への忠誠か、大切な人との約束か。
未だに答えが見出せない幸村は、溜息混じりに政宗の名を呟いていた。
嵐の過ぎ去った夜の海は、それまでの激しさとは打って変わった静けさに包まれていた。
空と海の両方に浮かぶ望月に、長曾我部の男たちは、船上の宴会と洒落込んでいた。
酒を飲まない元就は、海賊達から貰った月見団子と茶を載せた盆を手に、船内の奥にある元親の部屋まで進む。
「元親」
戸口で呼びかけると、中からくぐもったような掠れ声が返ってきた。
「入るぞ。良いか?」
「……どうぞ」
いつもの元親とは違う声色に、元就は極力音を立てずに部屋の扉を開けた。
焚かれた香と、紙燭の僅かな灯に包まれたそこには、段差のある場所に寝床を敷いた元親が、ゆっくりと身体を起こそうとしていた。
「無理をするな。辛いのだろう?」
「ん。でも、昨日よりは平気…薬も飲んだし。それよりいいの?今の私に近付くと、不浄に触れる事になっちゃうよ」
「我は神ではない。そのような下らぬ穢れなどクソくらえだ」
そんな元就の物言いが、幼き頃の彼のそれと良く似ていて、元親は面白そうに微笑んだ。
あの時。
嵐の中、突如うずくまった元親に元就は狼狽したが、何故か長曾我部の海賊達は、特に慌てた素振りも見せずに「姫様、お休み下さい」と、元親を船内に帰したのである。
訳が判らず理由を尋ねる元就に、海賊達は何処かにやけた顔で返してきたのだった。
何だかんだ言っても、あの人は『お姫様』だってコトだよ、と。
空と海の両方に浮かぶ望月に、長曾我部の男たちは、船上の宴会と洒落込んでいた。
酒を飲まない元就は、海賊達から貰った月見団子と茶を載せた盆を手に、船内の奥にある元親の部屋まで進む。
「元親」
戸口で呼びかけると、中からくぐもったような掠れ声が返ってきた。
「入るぞ。良いか?」
「……どうぞ」
いつもの元親とは違う声色に、元就は極力音を立てずに部屋の扉を開けた。
焚かれた香と、紙燭の僅かな灯に包まれたそこには、段差のある場所に寝床を敷いた元親が、ゆっくりと身体を起こそうとしていた。
「無理をするな。辛いのだろう?」
「ん。でも、昨日よりは平気…薬も飲んだし。それよりいいの?今の私に近付くと、不浄に触れる事になっちゃうよ」
「我は神ではない。そのような下らぬ穢れなどクソくらえだ」
そんな元就の物言いが、幼き頃の彼のそれと良く似ていて、元親は面白そうに微笑んだ。
あの時。
嵐の中、突如うずくまった元親に元就は狼狽したが、何故か長曾我部の海賊達は、特に慌てた素振りも見せずに「姫様、お休み下さい」と、元親を船内に帰したのである。
訳が判らず理由を尋ねる元就に、海賊達は何処かにやけた顔で返してきたのだった。
何だかんだ言っても、あの人は『お姫様』だってコトだよ、と。
「予定では四国に帰ってからの筈だったんだけど、多分、月の満ち欠けに引き寄せられちゃったんだろうな」
下腹部の鈍痛に顔を顰めながら、それでも元親は冗談交じりに言葉を紡いだ。
元就は、室内の空気を入れ替える為に壁際の小窓を開けると、寝台の端に腰を下ろす。
「──ごめんね、元就」
「…何がだ」
「だって…ふたりっきりなのに、私、何も出来なくて……」
「馬鹿者」
申し訳なさそうに眉根を下げている元親の頭を、元就は手を伸ばして軽く小突いた。
下腹部の鈍痛に顔を顰めながら、それでも元親は冗談交じりに言葉を紡いだ。
元就は、室内の空気を入れ替える為に壁際の小窓を開けると、寝台の端に腰を下ろす。
「──ごめんね、元就」
「…何がだ」
「だって…ふたりっきりなのに、私、何も出来なくて……」
「馬鹿者」
申し訳なさそうに眉根を下げている元親の頭を、元就は手を伸ばして軽く小突いた。




