「具合の悪い貴様にどうこうする程、我は人でなしではない。それに…」
戸惑う元親の傍まで近寄ると、元就は彼女の銀髪に触れる。
「これまで、我らは徒に身体を重ねていただけだった。だから今、こうして互いの心や気持ちについて言葉を交わす事が、とても新鮮に思っているのだ」
「元就…」
自分の隣に腰掛けて、膝を叩いている彼に小さく頷くと、元親は元就の膝枕に頭を載せた。
そのまま窓から外を眺めると、名月に相応しい満月が、煌々と輝いていた。
「どうした?浮かぬ顔だな」
中秋の名月を眺める元親の表情が、何処か憂いを帯びている事に気付いた元就は、彼女に尋ねる。
「痛むのか?」
「ううん、そうじゃなくて…こないだの雨雲、東に向かって流れてただろ?だから…」
──きっと、今頃奥州は雨だろう。
悪友であり心友の恋の行方が気がかりで、元親はその瞳を僅かに細めた。
戸惑う元親の傍まで近寄ると、元就は彼女の銀髪に触れる。
「これまで、我らは徒に身体を重ねていただけだった。だから今、こうして互いの心や気持ちについて言葉を交わす事が、とても新鮮に思っているのだ」
「元就…」
自分の隣に腰掛けて、膝を叩いている彼に小さく頷くと、元親は元就の膝枕に頭を載せた。
そのまま窓から外を眺めると、名月に相応しい満月が、煌々と輝いていた。
「どうした?浮かぬ顔だな」
中秋の名月を眺める元親の表情が、何処か憂いを帯びている事に気付いた元就は、彼女に尋ねる。
「痛むのか?」
「ううん、そうじゃなくて…こないだの雨雲、東に向かって流れてただろ?だから…」
──きっと、今頃奥州は雨だろう。
悪友であり心友の恋の行方が気がかりで、元親はその瞳を僅かに細めた。
「こんなこったろうと、思ったよ」
軒下に吊るした照る照る坊主への願いも空しく、激しい音を立てた秋雨が、室内にいる政宗の声すらもかき消す勢いで降り続けていた。
月見の約束をしても、肝心の月が拝めなくてはどうしようもない。
元々、半ば強制的に約束をさせたようなものだ。
おそらく、その罰でも当たったのだろう。
「待たなくてよろしいのですか?」
「来ねぇよ。それにこの雨なら、もう奥州を発った後かも知れない」
彼が来た時の為にと、新しく用意していた着物も放り出したまま、政宗は落胆を隠せない声で返した。
「どうやら、見込み違いのようでしたな。政宗様との約束を反故にする愚か者とは…」
「やめろ、小十郎。あいつだって、暇じゃねぇんだ。それにこんな土砂降りン中、無理をしてあいつに何かあった時の方が、俺はイヤだ」
「…よろしいのですか?彼の為に、色々とご用意なさっていたのでしょう?」
彼をもてなそうと、政宗は殆ど徹夜で団子を拵えたり、床の間にススキをはじめとする秋の花を飾ったりしていたのだ。
「……いいんだ。オマエだって言ってただろう?あいつと会chanceは、また来るさ」
「政宗様…」
「団子は、明日にでも皆に分けてやってくれ。俺…ちっと顔洗ってくるから」
未だ何か言いたそうな小十郎を振り切るように、政宗は自室から廊下へと足を踏み出した。
これでもかというほどの土砂降りの雨を見て、いっその事顔どころか、この大雨の中に飛び込んでしまおうか、という考えが頭をよぎる。
その時、
軒下に吊るした照る照る坊主への願いも空しく、激しい音を立てた秋雨が、室内にいる政宗の声すらもかき消す勢いで降り続けていた。
月見の約束をしても、肝心の月が拝めなくてはどうしようもない。
元々、半ば強制的に約束をさせたようなものだ。
おそらく、その罰でも当たったのだろう。
「待たなくてよろしいのですか?」
「来ねぇよ。それにこの雨なら、もう奥州を発った後かも知れない」
彼が来た時の為にと、新しく用意していた着物も放り出したまま、政宗は落胆を隠せない声で返した。
「どうやら、見込み違いのようでしたな。政宗様との約束を反故にする愚か者とは…」
「やめろ、小十郎。あいつだって、暇じゃねぇんだ。それにこんな土砂降りン中、無理をしてあいつに何かあった時の方が、俺はイヤだ」
「…よろしいのですか?彼の為に、色々とご用意なさっていたのでしょう?」
彼をもてなそうと、政宗は殆ど徹夜で団子を拵えたり、床の間にススキをはじめとする秋の花を飾ったりしていたのだ。
「……いいんだ。オマエだって言ってただろう?あいつと会chanceは、また来るさ」
「政宗様…」
「団子は、明日にでも皆に分けてやってくれ。俺…ちっと顔洗ってくるから」
未だ何か言いたそうな小十郎を振り切るように、政宗は自室から廊下へと足を踏み出した。
これでもかというほどの土砂降りの雨を見て、いっその事顔どころか、この大雨の中に飛び込んでしまおうか、という考えが頭をよぎる。
その時、
「ごめん下され」
雨音に紛れて、何処か懐かしい声が、政宗の鼓膜を震わせた。
そんな、まさか。でも。
様々な想いでざわめく胸を抱えながら、政宗は廊下を駆けると声のした方へ向かう。
するとそこには、外套に身を包んではいるが、この雨脚の勢いを防ぎ切れなかったのだろう、全身ほぼ濡れ鼠の幸村の姿があった。
「遅参してしまい、申し訳ござらん。すっかりお待たせしてしまいましたな」
「幸…村…な、何でお前……」
「約束したではございませぬか。今宵は共に、月を見ようと」
幸村の来訪に気付いた小十郎は、部下に大きめの手巾を用意させると、幸村に服を乾かすから着替えるように言う。
「ah…き、気持ちは嬉しいけどよ……見れないぜ?何せこの雨で、中秋の名月は暗雲のはるか向こうだ」
声を震わせながら、政宗は精一杯の作り笑いで、幸村に返事をする。
しかし、幸村はそんな政宗に小首を傾げると、穏やかな笑みを浮かべながら言葉を続けてきた。
「そうでございますな。でも、それがしは『中秋の名月』を見に来た訳ではございませぬよ」
外套を預け、貰った手巾でひとしきり雫を拭った幸村は、僅かに歩を進めて政宗との間の距離を縮めてきた。
見かけよりも逞しい彼の身体が近付いて来た事に、ドキドキしている政宗に向かって、幸村は己の左親指と人差し指で半円のようなものを作ると、額にかざしてみせる。
そんな、まさか。でも。
様々な想いでざわめく胸を抱えながら、政宗は廊下を駆けると声のした方へ向かう。
するとそこには、外套に身を包んではいるが、この雨脚の勢いを防ぎ切れなかったのだろう、全身ほぼ濡れ鼠の幸村の姿があった。
「遅参してしまい、申し訳ござらん。すっかりお待たせしてしまいましたな」
「幸…村…な、何でお前……」
「約束したではございませぬか。今宵は共に、月を見ようと」
幸村の来訪に気付いた小十郎は、部下に大きめの手巾を用意させると、幸村に服を乾かすから着替えるように言う。
「ah…き、気持ちは嬉しいけどよ……見れないぜ?何せこの雨で、中秋の名月は暗雲のはるか向こうだ」
声を震わせながら、政宗は精一杯の作り笑いで、幸村に返事をする。
しかし、幸村はそんな政宗に小首を傾げると、穏やかな笑みを浮かべながら言葉を続けてきた。
「そうでございますな。でも、それがしは『中秋の名月』を見に来た訳ではございませぬよ」
外套を預け、貰った手巾でひとしきり雫を拭った幸村は、僅かに歩を進めて政宗との間の距離を縮めてきた。
見かけよりも逞しい彼の身体が近付いて来た事に、ドキドキしている政宗に向かって、幸村は己の左親指と人差し指で半円のようなものを作ると、額にかざしてみせる。
「それがしが何よりも見たい『月』は、ちゃんと今もございます」
「…what?」
「すぐ目の前に、あるではございませぬか。いつもそれがしを眩しく照らして来られる『三日月』が」
一体それが何を意味するのか、説明されるまでもなかった。
月よりも何よりも、自分に会う為に、この紅蓮の武士は来てくれたのだ。
「…what?」
「すぐ目の前に、あるではございませぬか。いつもそれがしを眩しく照らして来られる『三日月』が」
一体それが何を意味するのか、説明されるまでもなかった。
月よりも何よりも、自分に会う為に、この紅蓮の武士は来てくれたのだ。
「──政宗殿。お会いしとうございました」
「…ふぇ」
「政宗殿?」
「ふえぇ……」
「まさ……」
「ふええぇぇん……ふええぇぇぇ……」
「政宗殿、政宗殿?泣かないで下され、政宗殿…」
「ふえええぇぇぇん………」
「…ふぇ」
「政宗殿?」
「ふえぇ……」
「まさ……」
「ふええぇぇん……ふええぇぇぇ……」
「政宗殿、政宗殿?泣かないで下され、政宗殿…」
「ふえええぇぇぇん………」
後は、もう言葉にならなかった。
おろおろしながら、それでも懸命に宥めようとしてくれる幸村の腕の中に倒れ込むようにしながら、政宗は、これまで虚勢を張る事によって隠し続けていた素直な気持ちを、涙と一緒に吐き出していた。
おろおろしながら、それでも懸命に宥めようとしてくれる幸村の腕の中に倒れ込むようにしながら、政宗は、これまで虚勢を張る事によって隠し続けていた素直な気持ちを、涙と一緒に吐き出していた。




