プロレトクリト(プロレタリア文化運動、ロシア語: Пролеткульт)は、1917年のロシア革命後に成立した、労働者階級独自の文化創造を目指す運動および組織である。正式名称は「全ロシア・プロレタリア文化教育団体」であり、1917年から1920年代初頭にかけて活動した。理論的指導者として中心的役割を果たしたのは哲学者・革命家のアレクサンドル・ボグダーノフであり、彼はブルジョア文化を単に継承するのではなく、労働者階級が自らの経験と実践に基づいて新しい文化体系を創出すべきであると主張した。
プロレトクリトは文学、美術、演劇、音楽、科学教育など広範な分野に及び、各地に設置されたスタジオやクラブで労働者自身が創作活動に参加した点に特徴がある。その理念は、文化を上から与えられる教養ではなく、階級闘争の一環としての創造的実践と捉えるところにあった。しかしその急進的な自律性は、国家主導で文化政策を統制しようとしたボリシェヴィキ政権、とりわけウラジーミル・レーニンから警戒されることとなる。レーニンは、プロレトクリトが既存の文化遺産を軽視し、党の指導を逸脱する危険を孕むと批判し、1920年には教育人民委員部の管轄下に組み込まれた。結果としてプロレトクリトは急速に独立性を失い、1920年代半ばには実質的に解体された。