アレクサンドル・ボグダーノフ(1873年8月22日〔新暦9月3日〕—1928年4月7日)は、ロシアの革命家、哲学者、経済学者、医師、作家であり、ロシア革命前後の思想史と文化運動に大きな影響を与えた理論家である。本名はアレクサンドル・アレクサンドロヴィチ・マリノフスキー。若年期からマルクス主義運動に参加し、1900年代初頭にはウラジーミル・レーニンらとともにボリシェヴィキ派の活動に関与したが、やがて理論的対立を深め、党内で孤立することになる。
概要
ボグダーノフの思想的独自性は、いわゆる「経験一元論(エンピリオモニズム)」と、のちに「テクトロギー」と名づけられる一般組織論の構想にある。彼は自然科学、社会科学、哲学を横断し、人間の経験を組織化の観点から再構成しようとした。テクトロギーは、あらゆる体系を「組織」の原理によって分析する試みであり、20世紀後半に発展するシステム理論やサイバネティクスを先取りする構想として再評価されている。レーニンは『唯物論と経験批判論』においてボグダーノフの哲学を観念論的逸脱として激しく批判し、両者の決裂は決定的となった。
革命後、ボグダーノフは政治的権力の中枢からは距離を取り、文化運動(プロレトクリト)に力を注いだ。彼はプロレタリアートが独自の文化を創造すべきであると主張し、プロレトクリト運動の理論的指導者として活動した。そこでは、ブルジョア文化の単なる継承ではなく、労働者階級の経験と実践に根ざした新しい知と芸術の体系が追求された。しかし、党による文化統制が強化されるにつれ、運動は自律性を失っていく。晩年のボグダーノフは医学研究、とりわけ輸血研究に取り組み、自らの身体での実験中に感染症により死亡した。