生田(しょうでん)とは、仏教における譬喩表現の一つ。衆生が三界(欲界・色界・無色界)を生死輪廻するさまを、田んぼで稲が次々に生えては刈り取られる様子に喩えたもの。生死流轉の田地、すなわち迷いの世界そのものを指す。
概要
「生田」という語は、古代インドの仏教經典に由来するものではなく、主に中國や日本の佛教典籍において用いられる表現である。人生が禾穀(稻などの穀物)のように、生まれては滅し、また生まれ變わること(生死)を「田」に例え、その循環する世界そのものを意味する。
この語が收められた代表的な辭書としては、中國の丁福保が編纂した『佛學大辭典』がある。同書では「(譬喻)人生如禾穀,乍生乍穫,轉轉不巳,謂為生死之田地,三界流轉之地也」と解釋されている。
典拠
「生田」という表現が確認できる主要な文献として、唐代の義淨(ぎじょう)による『南海寄歸內法傳』(なんかいききないほうでん)巻二がある。同書には以下のように記されている:
「含生之類,衣食是先,斯爲枷鎖,控制生田」
これは「生きとし生けるものは衣食を先とす、是れ枷鎖(かさ)となり、生田を控制す」と訓読される。この一節は、衣食への執着が衆生を迷いの世界(生田)に縛り付ける枷(かせ)であるという意味で、「生田」が三界流轉の世界そのものを指す用例として知られる。
類義語との関係
仏教には「田」を喩えに用いる語が多数存在する。
用語 意味
生田 迷いの世界そのもの(生死流轉の場)
福田(ふくでん) 仏や僧に供養することで福徳を得られる場
佛田(ぶつでん) 仏そのものを福田とする場合の呼称
法田(ほうでん) 法そのものを福田とする場合の呼称
僧田(そうでん) 僧そのものを福田とする場合の呼称
恩田(おんでん) 父母など恩ある人に対する供養の場
悲田(ひでん) 貧者などへの施しの場
生田 迷いの世界そのもの(生死流轉の場)
福田(ふくでん) 仏や僧に供養することで福徳を得られる場
佛田(ぶつでん) 仏そのものを福田とする場合の呼称
法田(ほうでん) 法そのものを福田とする場合の呼称
僧田(そうでん) 僧そのものを福田とする場合の呼称
恩田(おんでん) 父母など恩ある人に対する供養の場
悲田(ひでん) 貧者などへの施しの場
これらは功徳を生み出す「場」としての意味合いが強く、生死流轉の「場」を指す「生田」とは対照的な概念である。
脚注
参考文献
· 丁福保『佛學大辭典』(1922年)
· 義淨『南海寄歸內法傳』巻二
· 義淨『南海寄歸內法傳』巻二