エルンスト・トラー(Ernst Toller、1893年12月1日 - 1939年5月22日)は、ドイツの劇作家、革命家、政治活動家であり、ドイツ表現主義演劇を代表する作家の一人である。第一次世界大戦の経験を経て急進的な平和主義者・社会主義者となり、バイエルン・レーテ共和国の指導的革命家の一人として活動した。革命敗北後に投獄され、その獄中で執筆した戯曲によって国際的な名声を得た。
生涯
出自と青年期
エルンスト・トラーは1893年、当時ドイツ帝国領であったザムボル(現在のポーランド領)に、ユダヤ系商人の家庭の子として生まれた。青年期にはミュンヘン大学およびハイデルベルク大学で学び、文学と政治思想に関心を持った。
第一次世界大戦と思想の転換
1914年に第一次世界大戦が勃発すると志願兵としてドイツ軍に入隊した。しかし前線での体験は彼に深い精神的衝撃を与え、次第に強い反戦思想を抱くようになる。戦争体験を通じて彼は急進的な平和主義者となり、社会主義思想へと接近した。
ドイツ革命とバイエルン・レーテ共和国
1918年のドイツ革命の過程で、トラーは独立社会民主党(USPD)に参加し、革命運動に関与した。1919年、バイエルン・レーテ共和国が成立すると、トラーはその指導者の一人として活動し、革命政府の中心人物となった。この政権は短期間のうちにヴァイマル共和国政府軍およびフライコールによって鎮圧され、トラーは逮捕された。
投獄と文学活動
トラーは革命参加の罪で懲役刑を宣告され、1920年代初頭まで投獄された。獄中で彼は戯曲の執筆を開始し、ドイツ表現主義演劇の代表作とされる作品を発表した。主な作品には『変容』(Die Wandlung)、『群衆と人間』(Masse Mensch)、『機械破壊者』(Die Maschinenstürmer)などがある。これらの作品は革命、戦争、人間の自由といった主題を扱い、ヨーロッパの前衛演劇に大きな影響を与えた。
亡命
1933年にアドルフ・ヒトラー率いるナチ党が政権を掌握すると、ユダヤ系であり社会主義者でもあったトラーはナチス・ドイツを離れ、亡命生活を送ることになった。彼はスイス、フランス、イギリスなどを経てアメリカ合衆国へ移住した。亡命中も反ファシズム運動に関わり、講演や執筆を通じてナチズムへの批判を続けた。
死
思想と評価
革命とヒューマニズム
トラーの思想は革命的社会主義と強いヒューマニズムを結びつけたものであった。彼は暴力的革命の経験を通じて、社会変革と人間の倫理的責任の問題を文学作品の中心主題として扱った。
文学史における位置
トラーはドイツ表現主義演劇の代表的作家として評価されている。彼の作品は、ゲオルク・カイザーやエルンスト・バルラッハなどと並び、20世紀初頭のドイツ前衛演劇を代表するものとされる。また、革命家でありながら文学者でもあったという特異な経歴により、政治と芸術の関係を体現した人物としても注目されている。