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シンポ2-3基調講演

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■基調講演(概要) ※全文を読まれる場合はこちら
 発表者:稲継 裕昭(大阪市立大学大学院法学研究科長)

1 公務員制度改革
 公務員制度改革という言葉はよく聞かれるが、いくつもの誤解がある。改革推進派と改革抵抗勢力の両方があるのが普通だが、みんな賛成している。
 ただし、賛成の中身が違う。様々なアクターで各論がバラバラである。
 国家公務員制度改革の場合であるが、与党では、自民党行革本部や自民党政務調査会で進めたものの、公明党では閣議決定後に一部クレームがついた。制度官庁では、内閣官房で進められたものの、総務省人事恩給局や人事院は蚊帳の外に置かれた。各省大臣官房では、政策官庁は未来志向で変える人材を求める意向が強かったが、事業官庁は今抱えていることを粛々と変えていく人材を求めるなど異論が多かった。
 職員団体は団体によって様々だが、労働基本権と天下り批判に注目し、経済界は天下り批判と公務員の働きぶりへの注文が多かった。マスコミは人件費削減と天下りや今のシステムに注目し、様々な有識者グループは様々な意見があり、かみ合わない議論が展開されている。
 それでは、制度の改革が必要であるかと思われるが、現行法の枠内での制度・運用改革ができるはずである。制度趣旨と運用実態の乖離が最大の特徴である。
 例えば能力実績給与の導入論があるが、これは現行法にもあるのであり、運用実態が変わらなければ制度を改革したことにはならない。他に、内部昇進を意味するクローズドキャリアシステム、遅い選抜システムと積み上げ型報奨の年功所列制度、他国と比べ異端の労働基本権の制約が現行制度の特徴である。
 さて、今次の公務員制度改革は、2001年12月の「公務員制度改革大綱」(閣議決定)があり、これには「2006年予定」と「地方も」の記述がある。2000年9月自民党行革本部で始まり、12月の行革大綱、2001年1月には橋本担当大臣
と経産官僚によって内閣官房行革事務局公務員制度改革室が発足した。
 なお、1990年代にも公務員制度改革はあったが、制度官庁間の綱引きともいえるものであった。
 また、国家公務員制度改革は外からの改革とも言える。官への信頼低下、バブル崩壊等による経済政策不信、リクルート事件以降の不祥事等による制度改革の大合唱による改革であるからである。

2 地方公務員「制度」改革
 国(自治省・総務省)において、2001年の閣議決定後、総務省公務員課での法案づくりが検討されたものの、現行法の枠内での制度・運用改革を求められた。
 また、地方公務員制度改革は内からの改革とも言え、改革の先鞭役でもある。現行法の様々な取り組みの中で組織の問題を抱えていたからである。
 例えば30年代から40年代の大量採用世代の高齢化により、いびつな年齢構成となり、ポストの増設、意思決定の遅延、上昇志向をなくした職員が増えてしまった。これは牧歌的な地方自治行政時代ならば対応可能であったが、1990年代以降の自治体を取り巻く大きな嵐には対応できなくなった。1993年の細川連立政権誕生以降、地域発で対応の必要のある問題が急増したことから分権改革が進んだ。1994年から1995年頃から財政悪化は共通認識となった。
 NPMという言葉は1990年頃、イギリスのクリストファーフッドによって始まり、1996年から1997年に日本に持ち込まれ、あっという間に広まった考えである。また、1980年代以降の情報公開による住民からの突き上げも増え、それまで行われていた官官接待が明らかになり、批判が強くなったのも大きい。
 これまでは地方が中央をもてなすこととこのことが許されることと認識されていたことが、これで批判され、なくなった。
 また、インターネットなど情報の伝達スピードの革命的な発展により、他の自治体の政策をすばやく知れるようになった。また、従来の自治体職員向け雑誌は実務記事や昇任試験対策であったが、現在の主流は新たな取り組みの紹介
である。
 さて、現場では短期間にNPMを初めとする様々な大改革が行われてきたが、改革メニューのホッジポッジ(ごった煮)で大混乱が起きている。
 コンサルタントは初めに知識を吸収するために格安で請負い、パッケージ化して他自治体に売るようになった。しかし、現場ではそれを安易に利用する場合があるが、時代環境の変化に組織が対応できていないなどでうまくいかないここ
とが多い。専門的部分で使うのはいいが。
 また、組織の要である人事制度を変えることが必要で、対応できる組織への改革と合わせて対応できる人材を育成しなければならない。改革の最大の抵抗勢力は特権階級でもある人事と財政のうちの守旧派である。この既得ステータス
に手をつける必要がある。

3 組織・人事制度改革を考える際に考慮すべきいくつかの「ギャップ」
 首長は4年任期の政治家であり、40年勤続保証の職業公務員とは認識のギャップがある。首長のミッションは「住民福祉の向上」など曖昧であり、再選されるかが評価基準である。
 しかし、首長にとってはアウトカムであり、不確定な外部要因が多い。ベースにある単位を比べると、首長は2~3年くらいを見ている場合が多く、変革の必要性を直に実感している。ただし就任初年度は予算や人事が決まっているのがネックである。
 一方、職員は、10年、あるいは次の昇任等を見ているなど様々で、現場での煩わしさは実感できるものの、変革の必要性を実感しにくいものである。そこで、面従腹背といった行動パターンとなりうる。そこで、打開策として、首長がミッショ
ンを示し、目標、グループの目標へと降ろす取り組みが必要である。
 また、人事制度を改革し、目標を共有し、それを実感できる職員の育成が必要である。
 職員間のギャップもある。団塊以前と団塊、団塊と中堅・若手、同年代の中でも「考える職員」と「作業しているだけの職員」、「作業能率がよくて時間内に終了する職員」と「効率が悪くて残業手当がもらえる職員」などがある。オイルショック以前は「でもしか公務員」が多かったが、以降急変し、自治体職員のポテンシャルが向上した。
 しかし、一方で「こんなはずじゃなかった」と考えるなど、モチベーションやモラールは低下していった。優秀な職員とは組織や時代により可変的である必要がある。
 組織のミッションを遂行するに足る職員とは頭脳明晰・成績優秀、改革連呼の職員とは限らない。地に足のついた仕事ができているかが大事である。NPMのブームの中、心地よい響きにとらわれることなく、日々の業務をこなし、今までのベースで改革を自ら実行する職員を指す。
 人事、財務、企画は間接部門であり、これらの官房系統組織が「我々はサポート組織である」という意識改革が必要である。そのため建制順の一番下に置くべきである。これは国民にとってどうでもいいものがトップにある現状の改善であ
る。既に佐賀県庁では昨年度から経営支援部門として一番下に置いている。

4 人材育成・人材開発の方向性
 研修所研修で人材が育つかを職員アンケートしたところ、「育つ」との回答は10%であった。人事部と職員の認識にはギャップがあり、「自学」とその刺激が人材育成の鍵である。
 例えば新しい仕事を任されたことで自ら成長したと認識する場合が多い。そのためには、人事管理と人材育成の連携が重要で、従来の職場外研修と自己啓発補助・職場研修の組み合わせから、今後は人事諸制度・職場研修と職場外
研修というシステムへの変更が必要である。
 さらにこれには、ジョブローテーションと仕事の与え方の仕組みを考えた上で変えていく必要があり、自学を促す人事評価制度が必要である。これまで勤務評定は地方公務員法でやらなければならないのにかかわらずやっていない自治体が多かった。
 人事評価の目的と役割は以下の2つである。職員の今の状態を知り、評価して、それに基づいて政策を立て実施すること、行動規範を提示して職員の行動を変えることである。
 評価は期待の表明であり、期待する人物像を示す。人事評価することで、職員の能力が向上し、それが住民のサービス向上となる連鎖が大切である。
 また、人事評価も組織業績を上げるための1つの手段にすぎない。
 自学を促す「研修」とするためには、職場からどういう人をどうキャリアデザインしていくかが大切である。職場外研修とその改革は、研修担当者の能力が問われている。
 自己啓発研修と呼ばれているものは、高次の自学をしている職員へのサポートとすべきである。
 すなわち、これからは、行政研修から行政研究とし、自学をいっそう刺激するものとして、サポートしていくことが大切である。研修を受けさせるという発想からモチベーションを上げる方向が必要なのである。

(概要録以上)

 

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■基調講演全文記録 

自治体職員有志の会「シンポジウムin西宮」基調講演録

1.日 時 平成17年8月27日(土)14時30分~15時15分
2.場 所 西宮フレンテホール
3.講 師 稲継裕昭教授(大阪市立大学大学院法学研究科長・法学部長)
4.テーマ 公務員制度改革と人材開発
5.内 容 以下のとおり

 皆さんこんにちは。稲継でございます。宜しくお願い致します。
 今日、私に与えられたテーマは「公務員制度改革と人材開発」です。お手元の資料の32ページ以降のところにレジュメがあり、概ねこれに沿ってお話をさせて頂きます。

1.公務員「制度」改革

 「公務員制度改革」につきましては、皆さん最近何度も何度も聞いておられると思いますが、この「公務員制度改革」はいくつもの誤解があると思います。まず改革というと、郵政の民営化でもそうですが、改革に賛成する者と反対する者が存在する事が普通の改革だと思います。しかし公務員制度改革については誰でも賛成ですので、9.11の総選挙の争点にはなりません。誰でも賛成ですが、賛成の中身がそれぞれ違います。様々なアクターがいて、それぞれの争点毎に改革の推進勢力と抵抗勢力がぶつかり合っている、それが公務員制度改革です。ですから「公務員制度改革にあなた賛成ですか」と聞かれて「反対です」と答える人はおそらく誰も存在しません。そういう意味では非常にミステリアスなワードであり、マジックワードであると私は思っています。
 国家公務員制度改革についてまず考えてみると、お手元に多くのアクターをレジュメに書き込んでおります。与党、自民党の行革本部、以前は太田本部長のもとで検討が進められましたが、その後、前総務相である片山虎之助を委員長とする片山委員会ができ、ある程度の方向が出されました。自民党の政務調査会、この中にも財政改革委員会というものが存在し、ここでかなり公務員、特に人件費について相当議論がなされている最中です。それから公明、これは公務員制度改革大綱の閣議決定に賛成した与党の一員ですが、その後に国家公務員の第1次試験合格者数、最終合格者数の4倍という事について、待ったをかけています。
制度官庁はたくさんあります。内閣官房行革事務局、ここは2001年の省庁再編と同時に公務員制度等改革推進室がスタートしました。そこで主に活躍したのは経済産業省の官僚の方々で、むしろ本来の制度官庁である人事院、総務省人事恩給局はどちらかといえば蚊帳の外に置かれていたという事がこのアクターの環境です。
各省の大臣官房、政策官庁と事業官庁では公務員制度改革についてどの様に持っていくかという事について相当異論があります。政策官庁は未来志向でどんどん変えていこうという人材を求めています。しかし事業官庁としては、今抱えている様々な事業を粛々とやっていける人材が欲しいという事です。それに伴って求める人材が異なってきます。また、あるいは現業をたくさん抱えている省の大臣官房秘書課は組合交渉が非常にしんどいので、どちらかと言えば改革勢力に対する抵抗勢力と見られがちです。
職員団体についても一致しているわけではなく、全国組織の連合組織と各省の中央団体、それから各省の出先機関毎のそれぞれの職員団体と非常な戦闘的な組合から非常に温厚な組合まで様々あります。この職員団体はどちらかというと労働基本権の回復を言い、どちらかと言うと天下り批判を展開します。
経済界もやはり天下り批判という点では一致するが、公務員の働き振りについて相当強い注文を付けます。
マスメディアに至っては、天下り批判をするところから様々な人件費の批判をするところ、それから今のシステム自体に問題点を感じているところまで様々です。
有識者もA、B、Cと書いていますがたくさんグループがあり、仰っている方々毎に様々な論点があり、必ずしもかみ合わない議論が展開されています。
制度の改革と言われる訳ですが、今の制度自体が問題であるか、現行法を変える必要性があるのかという議論があります。現行法の枠内で様々な制度、運用改革が出来るのではないかという事が私の持論です。現行制度の特徴についてはレジュメに書いていますが、一番の特徴は「制度趣旨と運用実態の乖離している」という事が日本の公務員制度の特徴です。非常にシニカルな見方かもしれませんが、本来法律で規定されているもの、それから法制度が予定していた趣旨というものを実は実現していません。そうでないところで運用実態があります。法制度外のところで運用実態が変わらなければ結局何も変わらないというのが公務員制度だと思います。
例えば能力実績主義、現行制度を能力、実績に見合った給与に変えなければならないとマスメディアは盛んに書きます。そして現行法を変えなければだめだと言いますが、現行法でも能力実証主義が書かれていますので、能力、実績に基づいた公務員制度にしようと思うと、今の制度趣旨を徹底すればできます。ところが、それは各省の大臣官房秘書課毎にそれぞれ思惑が違い、組合毎に思惑が違うため、なかなか一致した結論となりません。
その他にもクローズドキャリアシステム、遅い選抜システムと積み上げ報奨、労働基本権の制約を書いています。内部昇進が徹底している事が一つの特徴です。同時採用、同時選抜、同時昇進がある一定の年齢まで続く、これは見方を変えれば年功序列という事になるかもしれません。
それから労働基本権が制約されている事は、諸外国から比べれば非常に特異な事例であり、人事院という制度も諸外国の例を見れば、珍しい例です。
こういった特徴がある現行公務員制度ですが、(1)に書いた様に制度と実態が乖離しているのに、制度を変える議論ばかりしている、それで何が変わるのか、私のいつも申し上げている事です。
今次の公務員制度改革を見ていくと、2001年12月に公務員制度改革が閣議決定されました。この閣議決定の中では、「2006年に制度改革を行います、地方もこれに合わせてやります」と書かれています。当時、公務員の間には大きな衝撃が走りました。2001年1月から省庁再編によって、内閣官房行革事務局が発足し、元総理大臣が行革担当大臣になるという異例なことがありました。そして、彼が経済産業省官僚の方々、特にT参事官と新聞でよく書かれた方がタッグを組んで、公務員制度改革をやろうとされました。これが2001年3月の大枠、最終的に12月の閣議決定につながりました。
この一連の流れは90年代の公務員制度改革の流れとかなり違います。90年代にどういう事があったか皆さん思い出して頂きたいと思いますが、制度官庁間の綱引き、人事院と総務庁人事局の綱引きがあり、それに対し各省の大臣官房秘書課から様々な投げかけがありました。
そもそも制度改革のきっかけは1990年代に入ってからの官僚不祥事、特にキャリア官僚、労働事務次官、文部事務次官などキャリア官僚トップが逮捕されるという、想定されていなかった事態が起こったことにありました。従来の日本の公務員制度では、現場の官僚やノンキャリが不祥事を起こすことはあっても、キャリア官僚が将来の天下り、80歳まで面倒見てくれる恩恵を棒に振ってまで、数百万程度の事で妥協するはずがないと誰もが信じきっていました。
ところが90年代に入り、単にリクルートや福祉汚職だけではなく金融不祥事がありました。官庁の中の官庁、大蔵省の不祥事では、非常にいかがわしいところに高級官僚が足繁く通っていたことが明るみに出ました。これはマスコミネタになり、お茶の間のワイドショーに公務員の不祥事が毎日の様に出るようになりました。
この官への信頼低下、それから経済政策の失政、特にバブル崩壊に対する不信(「大蔵省は何をやっていたんだ」との声)、様々な不祥事が、公務員制度「改革」の大合唱へとつながりました。このように、国家公務員制度改革は、外からの改革がその特徴と言えるでしょう。

2.地方公務員「制度」改革

他方、地方を見てみますと、2001年の閣議決定で地方も国に合わせて改革を行う事になり、総務省公務員課で法案を作りました。ただやはりこの地方公務員制度と呼ばれるもの、又は地方公務員法と呼ばれるものも国家公務員と同じように、制度趣旨と運用実態の乖離がありました。これが一番大きな特徴であり、法制度改革といっても「何を変えるの」と聞きたいわけです。
地方公務員の場合は、様々な問題を露呈していた為に、むしろ国より先じて改革が始まっています。国の各省庁に比べて地方自治体の方が、改革の先導役になってきていると思っています。地方の場合は、いわば内からの改革エネルギーが働いています。
様々な問題とは、団塊の世代、これから2007年以降退職を迎える方々ですが、昭和30年代後半から昭和40年代前半に大量採用した集団が、どんどん高齢化していったことがまずあげられます。「管理職になってしまった集団」とあえて言わせて頂きますが、彼らが従来係長になるであろう年齢に係長になれないとすると、これは非常に可哀想な事であるという事から、係長同格ポストの主査を作る、あるいは課長になっていたはずの年齢に課長になっていないとすると可哀想であるとの温情から、人事課は一生懸命様々なポストを作るという、ポストの増設を行ってきました。
それによりある程度の上昇志向なり、モチベーションダウンを避け得てきたのですが、逆に言えばポストの増設によって意思決定が遅延するなどの様々な問題が起きてきました。これは今日お越しの皆様が一番良く実感しておられるところだと思います。
年功序列で管理職に「なってしまった」集団があります。多分牧歌的な地方自治の時代であれば、それでも十分対応できたかもしれません。霞ヶ関で意思決定をし、県庁に下ろし、県庁から市町村に下ろし、その通り実行する。独自の自治体行政であると言いつつも、国の各省庁からの財政誘導があり、そちらにシフトするという事をやってきた時代、あまり考えずに県に聞けば良い、中央省庁に聞けば良いという時代があったかもしれません。しかし90年代以降、自治体を取り巻く大きな嵐が吹き荒れているように私自身感じています。
特に分権改革は93年連立政権誕生以降加速しました。55年体制が崩壊し、従来の中央での意思決定の仕組みが相当変わりました。従来は自民党の政調会と各省との事前折衝で概ね政策が決定されてきた政策決定プロセスがありますが、与党8党の連立政権が誕生し、この様な意思決定システムが相当変わってきました。変わってきたことが良いのか悪いのかという評価はここでは避けます。93年に誕生した細川連立政権の総理大臣は元熊本県知事、内閣官房長官は元滋賀県知事という県の長をやった方々が中央政界のトップとなりました。更にこの時期から地域で生起する様々な問題が起き、特にバブルが崩壊した頃から「どうしてくれるんだ」という対応の必要がある問題が急増し、財政悪化も徐々に見えてきました。92年頃はあまり認識されませんでしたが、94、5年頃から本格的に「どうやらこのままではアカンみたいや」という事が共通認識となりました。
更に、自治体が国より遥かに先んじて始めていたと思いますが、80年代から情報公開がかなり進んでいました。その為に住民からの突き上げを誘う事になりました。特に接待費の公開を求める住民要求に対して、裁判所が次々に公開の判断を下した事で、様々な官官接待が自治体レベルで明らかになってきました。この官官接待が実は自治体を90年代以降大きく変える1つの突き上げ要因となったと思います。この官官接待で明らかになった事は、それまで地方が中央の官僚をもてなし、それで情報を取る事は当たり前であり許される事だという事が地方自治体職員の間に共有されていたということでした。それに対しては、その後マスメディア、住民から様々な批判が出た事で、最終的には「どうやら官官接待はいけない事である」と気づき始めました。更にマスメディアの論調が厳しくなった90年代後半以降相当無くなってきました。
次に「NPMの潮流」と書いています。NPM(New Public Management)ですが、今から10年前、例えば1995年に「NPMをご存知の自治体職員の方おられますか」と聞くと誰も手が挙がらない、しかし今「NPMをご存知ない方は手を挙げて下さい」と聞くとほとんど挙がらない、つまり今ではほとんどの方が「NPM」という言葉を知っています。ところがあまりにも急速に広まりすぎた為に、それについての様々な誤解もたくさんあると私は思っています。この言葉を発明したのは、クリストファー・フッドというイギリスの行政学者でありますが、1990年にこの言葉を出し、欧米諸国では1990年前半にあっという間に広がりました。ところが日本に入ってきたのは、96、7年ぐらいではないかと私は思います。それ以降にようやくこの「NPM」が入ってきましたが、入ったと同時にあっという間に広がり、2001年には経済財政白書に「NPMとは」という解説が出る時代となりました。経済財政白書に出たおかげで、地方自治体は更に大慌てとなり、「これはいかん」という事で誰もが勉強し始めました。ちょうど「NPM」と書いてある本が何冊か本屋に並んでおり、「どうやらこれが正しいNPMだ」と誰もが信じ、一気に数年の間に流されてしまった様に感じます。
少し話がそれますが、上に見てきたような様々な流れの中で、私が是非指摘しておきたい事は、「90年代以降の情報伝達スピードの革命的な発展」です。他の自治体の政策を知り得るスピードと言っても良いかもしれません。従来、80年代までであると、皆さんがどうやって他の自治体の政策を知ったかというと、その自治体にヒアリングに行くか、あるいは何らかの勉強会に出て行って教えてもらうか、あるいはここに書いている様な自治体職員向けの雑誌、「自治実務セミナー」「行政EX」「地方自治職員研修」といった雑誌で知るという事だったと思います。これは後ろの2つ、1番前の本もそうですが、どちらかと言えば昇任試験対策の雑誌であり、「いろんな自治体がこんな事をやっていて、これがこれからの日本を変えていく」という事はほとんど載っていませんでした。「地方公務員法何条に基づくとこうである。○、×」と解説が載っている、これが当時の雑誌でした。ところが90年代後半以降、市販雑誌が相当充実してきました。皆さんも購読しておられると思いますが、「ガバナンス」あるいは従来の「地方自治職員研修」も相当中身を変えてきています。こういった雑誌+総務省が発行している雑誌、「地方財務」や「地方公務員月報」といった雑誌も、実務解説から新たな取り組みを紹介するという方にここ10年変わってきました。こういった情報伝達の媒体があると同時にインターネットの普及というものが、情報伝播の即時性に革命的な進展をもたらしました。住民は他の自治体と比較した場合の遅れを知り自分の住む自治体に直接働きかけたりするようにもなりました。
これがプラスであったのか、マイナスであったのか、これは両方あったかもしれません。NPMの話に戻りますと、現場での大混乱をもたらしました。種々の行財政改革の取り組みをやろうとしている所に「NPM」という言葉が入ってきたために、どこの自治体においても次から次へとNPM型の改革メニューが目白押しとなりました。しかしどうであったか。皆さんの自治体を振り返って頂くと分かりますが、大混乱が起きてしまいました。現場の自治体は大混乱、「事務事業評価システムを入れます」と事務事業評価担当課が全部局に流す、現場では「なんだこれは」「また新しいシステムが増えた」「やり方が分からない」。質問する。「それぞれ考えてやって下さい」、「考えても分からない」という流れを90年代の終わりからどこの自治体でも経験された事だと思います。
改革メニュー「ホッジポッジ」と書いています。これは「ごった煮」と日本語で訳します。おでんの中に色々な具材が入っているイメージです。改革メニューが「ごった煮」されたのが90年代後半以降の事です。カタカナ文字が氾濫する、「PFI」、「BPR」「BS」などのアルファベットスープが並ぶ様な改革メニューが大規模に押し寄せてきました。コンサルタントの方が、商品としての改革プログラムを販売し始めたのも90年代後半からです。特に事務事業評価システムを始めとする、様々な改革プログラムをセットで販売しました。コンサルタント会社は、一番最初に導入しようとする自治体については、まず知識を吸収する為に格安で請け負い、その後同等のパッケージとし他の自治体に販売する事を戦略としていました。
実はこれに対応できなかった現場が多くあったと思います。ある自治体で適用できた事が他の自治体でも適用できるとは限りません。コンサルタント会社としては、改革パッケージとして販売することでコストを抑え、安くおろす事ができますが、それぞれ個別の自治体ごとに作成すると高額となり、入札において負けてしまうので、改革パッケージを売り込む戦略をとりました。そのため現場の自治体が混乱しました。
私は一概にコンサルタント会社を批判しているわけではありませんが、市職員が自ら専門的知識をもって改革プログラムを作るのであれば、コンサルタント会社を利用する事も有効であると考えますが、既存の改革パッケージを買うという行動は絶対に取ってはいけないと思います。
この大改革の波が必ずしもうまくいかなかった理由としては、組織のバリエーションがあり、ある改革がうまくいったからといって別の自治体でもうまくいくとは限らないという事があげられます。そして次にレジュメにも書いているように、時代環境の変化に組織が対応できていなかった事が大きいと思います。なぜならば組織の要、一番の柱である人事制度がそのままであったからです。一番大事なところがそのままで、改革パッケージ、アルファベットスープ、カタカナメニューがどんどん押し寄せたために、90年代以降の自治体の大混乱があるのだと思います。
90年代以降、自治体では様々な対応が必要だったにもかかわらず、十分対応する事が出来なかった事を皆様自身も感じておられると思います。上の方にやる気の無い管理職がたくさん座っていた事も事実でした。その様な中で、「対応できる組織への改革」、「対応できる人材を育成する」必要があると考え、「人事制度に手を付ける必要性」があると私はこのレジュメで結論付けています。
 「改革の最大の抵抗勢力は財務課と人事課(のうちの守旧派)」であると書いていますが、これもややシニカルな考え方です。しかしひょっとすると大部分の人は賛成してくれるかもしれません。財務課と人事課は自治体の中で特権階級であると私は思っています。財務課と人事課はものすごく力を持っています。財務課はお金の配分権限、人事課は何か抵抗すると「お前動かすぞ」といったものすごい権限を持っています。私は財務課よりむしろ、人事課の方が持っている権限は大きいと思います。彼らは「エスタブリッシュメント」としての既得ステータスをあまり手放したくはなく、どちらかと言えばあまり面倒な事はしたくありません。従来のままであれば、自分達は役所の中ではずっと陽の当たる道を進み、将来は非常に偉い部長や局長になれるので余分な事はしたくないというのが、一般の人事課あるいは財務課の職員の反応ではないかと思います。改革をしてしまうとそれぞれの権限が少なくなってしまいます。
最近では財務課が枠配分で各所属にお金の配分を行ってもらうようにするところが増えてきました。そうすると財務課の査定権限が消えてしまい、政策配分、つまり留保財源の査定権限のみしか残らない事になり、従来の脅しが通用しなくなります。しかしそれを覚悟の上で、財務課の改革をいろいろな自治体で行っているところです。
人事課は従来、人の配置をする権限、絶大なる権限を持っていました。Aという仕事からBという仕事に移されたら、皆さんにとってものすごく大きな影響があります。「お前の給料を千円上げるぞ、下げるぞ」というよりも、「お前はここの課長であるけれども、今度はここの課長に行ってもらうからな」という方が、その人にとって遥かに大きな影響力があります。実は人事課が持っているその権限が、人事課改革によって制限される恐れがあります。ブラックボックスの中での威嚇効果が無くなる改革を行う事を人事課は恐れ、1つの判断材料にしています。しかしながら90年代以降の自治体改革の中では、「画竜点睛」の人事改革、組織改革に手を付けざるを得ない、やらなければならないと私は思っています。

3.組織・人事制度改革を考える際に考慮すべきいくつかの「ギャップ」

人事改革、組織改革を考える際には、考慮すべきいくつかの「ギャップ」があります。1つは首長と職員との間のギャップ、2つ目は職員と職員との間のギャップ、3つ目は官房系統組織と現場組織との間のギャップです。
首長と職員については、後のディスカッションでのメインの材料ですので、ここではそれほど詳しくは申し上げませんが、首長はやはり政治家です。4年任期で選ばれた政治家です。対して職員は地方公務員法上身分保障され、60歳の定年まで雇用保障されています。その間には当然認識のギャップがあります。
日本の首長のミッションは、イギリスのエージェンシーの長、ニュージーランドの省庁の次官と比べると非常に曖昧です。「住民福祉の向上」、しかしその様なものがたくさん並んでいます。最終的にそれがどのようにどれだけ良くやったかが評価されるか、従来の評価基準によると選挙に通るかどうか、信任されるかどうかであったと思います、しかし再選されるかどうかという事はアウトカム要素がたくさんあります。首長の権限範囲外の事件事故が起こったり、国の政策変更があったりしても選挙結果に影響があります。4年間一生懸命やってきてものすごく成果が上がっているのに、吉本興業の人気タレントがボンと出てきてそちらが勝ってしまう事があります。首長にすれば「一生懸命やってきたのになぜ住民は理解してくれないのか」という事になりますが、大規模な自治体になればなるほど住民は非常に冷ややかです。不確定な外部要因があまりにも多いという事が、従来の首長の仕事の特徴であるともいえます。さらに、首長にとっては任期の4年間でどれだけ自分の政策を実現できるかを考えます。2-3年を単位として改革を目指すことも多いでしょう。しかし当選した当初の1年は既に予算が走り始めており大きな改革は出来ませんし、翌年度の予算編成もある程度終わっている時期に首長になるという事もあるかもしれません。そうなると従来の予算、人事をそのまま引き継ぐ形で首長にならざるを得ないという制度上、1つのネックがあります。
これに対し、職員にとっては定年まで勤める事ができるという非常に長いスパンの自分自身の生活、自分自身の人生、自分自身のライフデザイン、キャリアデザインがあります。これが良い事か、悪い事かとは言いませんが、この様な状況の中で、「変革、変革」と盛んに口にする首長が出てきた場合に、どの様に反応するかというと、様々な反応があるでしょう。多くの改革派首長と言われる方々、古い土地柄の首長と話をしてみると、「職員は面従腹背なんですよ」と言われます。特に「管理職レベルの上の方の職員は、4年の任期が過ぎるのをじっと待っており、その間に降格されない様に一生懸命持ちこたえているのが従来の職員のスタンスである」と答えた首長がたくさんおられます。
首長は普段、非常に高度で極めて上質な情報に日々接しています。また首長同士の意見交換や他団体との比較、クリアにされた財政データに接しており、日々変革の必要性を実感しています。しかし従来の人事、組織、予算を引きずってやらざるを得ず、職員は面従腹背です。これを打開していく必要がありますが、その方法としては後で議論になると思いますが、ミッションを示し、目標を示し、それを更にグループの目標に下していくというカスケードダウンに取り組む必要があります。また人事制度を改革して変革の必要性を実感できる職員、目標を共有できる職員を育成する必要があると思います。
2つ目の職員と職員とのギャップについてですが、団塊以前と団塊世代、団塊と団塊より若い世代との間のギャップです。先ほど20世紀型公務員と21世紀型公務員という分け方もありました。様々な職員同士の間のギャップがあると思います。「考える職員」と「作業しているだけの職員」、「作業効率が良くて時間内に終了する職員」と「作業効率が悪くて残業手当がもらえる職員」という様に、様々職員の間にギャップがあります。一般評価として「自治体職員は能力が無い」という評価がある一方で、「自治体職員は極めて優秀である」という評価もあります。私はどちらも正しいと思います。特に昭和40年代前半までは、「でもしか公務員」が入っていた事が比較的多くありました。30年代、40年代前半まで多かったと思います。しかしオイルショック以降、それは急変しました。民間企業への就職が非常に狭き門となり、非常に優秀な方々が自治体に入ってきた事で、若手のところで自治体のポテンシャルがぐっと上がりました。ところが現場に入ってみると「こんなはずではなかった」と彼らは感じました。上司の課長、係長に全然やる気が無い職員があまりにも多いために、彼らのモチベーションが低下していくという事が40年代後半から50年代に起きました。
「優秀な職員」の意味は、組織により時代により可変的です。道路公団の橋梁談合と書いていますが、道路公団の中においてはどれだけ天下り先を確保できるかという事が、優秀な理事の1つのファクターであったかもしれません。これは今、マスコミの批判にさらされているところです。
私は「組織のミッションを遂行するに足る職員」が優秀な職員であると思いますが、これは必ずしも頭脳明晰、成績優秀ではなく、また「改革、改革」と連呼する職員でもないと思います。日々の職務を十分にこなしながら、しかし変革しなければならない事に気づき、そこに手を付けていく事が必要なのではないでしょうか。つまり従来の職務遂行能力、対人能力と言われたその能力をベースに持ちつつ、最近の自治体職員に求められている、いわゆる問題解決能力、課題解決能力も併せて身に付けていく事が必要となってくると思います。その後者の方だけ、つまり改革が必要であるという事を連呼するだけの職員であれば、私はむしろ組織にとってマイナスになる可能性があります。そういう異端児が居ても良いのかもしれませんが、それは従来の職務を粛々と行っている職員にとってみれば目障りなものでしかないかもしれません。そのギャップをどの様に解決したら良いかについては、私自身まだ良く分かっていませんが、改革連呼の職員と従来の職務を割りと淡々と行っている職員のどちらを重視すべきかという事は、非常に難しい事であると思います。要はどちらでも出来る職員になれるに越した事はないと思います。
3つ目は官房系統組織と現場組織と書いています。人事、財務、企画は間接部門でありますが、この官房系統組織の意識改革が不可欠です。「我々はサポート組織である」という意識を人事や財務が持てるようになると、その組織はかなり変わってくるのではないかと思います。「建制順の変更の提唱」と書いています。建制順というのは、もともと軍隊の編成方針のことですが、転じて政府公報の優先順位を意味します。中央省庁の建制順は、2001年の省庁再編で大きく変わり、従来は一番下位であった郵政省や自治省がトップである内閣府の次に位置づけられました。総務省は「我々は偉くなった」と言っておりますが、国民にとってはどうでもいい事が、官僚組織の中では非常に重要な順番であったりします。
県庁でも市役所でも建制順で言えば、一番上に総務部があり、その中に人事課があるという事が多くあります。上にあるので、総務部人事課は威信をもって仕事をしているのかも知れませんが、本来、サポート組織であるので、一番下にもってきて、上の方に事業部局があるのが当然であると考える事も出来ます。
これは佐賀県庁が昨年の4月から始めていますが、経営支援本部という事で、サポート部門を建制順で一番下にもってくる大改革を行いました。これにより人事課職員の意識改革も相当進むに違いないと考えました。

4.人材育成・人材開発の方向性

最後のページに移ります。今申し上げた様なギャップの解消、自治体の組織改革を進める事がネクストステージであり、自治体改革の最後の一歩であると思います。ではどの様に人材開発をするのか、自治体の人事担当部局の方と話をしてみると、「人材開発、人材育成は研修所の仕事ですよ」と答えられる方がまだおられます(私はほぼいないと思っていましたが)。ところが、「研修所の研修で果たしてそれで人が育つのですか」という職員アンケートを取ると、イエスはだいたい10%を切ります。「では皆さんはどういう時に成長しましたか」と聞くと、「新しい仕事を任せられ、この1年間でものすごく成長した」との答えが多く返ってきます。「視察や合同研修で他の組織の人と接触して認識を深めたとき」「仕事を達成して上司や同僚からほめられたとき」といったものがそれに続きます。人事部と職員の認識には大きなギャップがあります。
「研修所で大学の稲継教授の話を聞いて成長しましたか」と聞いても、「はい」と回答する事はまずありません。その様な事で成長するはずがありません。現場で仕事をしながら覚え、工夫を考え、責任を任されて初めて成長していきます。人が伸びることの基本は「自学」であり、その刺激が人材育成の鍵なのです。
ここを強調させていただきますが、「人は自学で育つ」。これは、研修所研修を何十回も受講した私自身が思います。私は何も、研修所研修がまったく不要だと言っている訳ではありません。自学を刺激する、自学を側面からサポートする研修所研修が必要となってくると思います。
自学を刺激するためには、人事管理と人材育成の連携が必要です。
従来型で言うと職場外研修(研修所研修)プラス自己啓発研修(自己啓発の2分の1補助)、そしてシステム化されていない職場研修がセットになって、人材育成基本方針や職員研修基本方針を作成されている自治体が多いと思います。これを、人事諸制度の工夫、職場研修、プラス、職場外研修に展開していく必要があります。
「人はどういうところに育つのか」を考えた時に、人事の諸制度に手を付けて、ジョブローテンションや仕事の与え方の仕組みをまず考えた上で、職場研修(OJT)をシステム化し、更にそれらを補助するものとして職場外研修を組み合わせていく事が、人材開発にとって非常に重要であると考えています。
人事評価制度につきましては、先ほど小堀さんより岸和田市の紹介がありました。自治体の勤務評定につきましては、地方公務員法上行わなければならないのですが、実際に行っている自治体は50%未満です。法律で行わなければならないと書かれているにも関わらず、ほとんどの自治体で行われていない理由は、やはり従来の勤務評定制度に対し非常にアレルギーがあるからです。これは昭和25年に人事院方式というものが開発され、「この人の性格は温厚」などの項目がある人事院の評定方式を各省庁が昭和30年代に入って使い始めました。自治体においてもこの人事院方式を真似したところが多くありました。しかし果たしてこれで公平な人事評価が出来るのか、勤勉手当に差をつけることができるのかと思えるようなお粗末な評価シートも多くあり、それに基づく人事評価制度が行われていました。
実際の問題として、昭和32、33年に「教員勤評闘争」という非常に大掛かりな闘争がありました。これは愛媛県の教育委員会で定昇を3割ストップしなければ財政が持たないという状況が明らかになり、勤評を入れ、現場の校長が勤評を行い、それに基づき3割の人の定期昇給をストップするという事でした。これについては相当な反発が起こりましたが、文部省は「これは使える」と全国的なレベルでこれを広げていこうと考えましたので、全国的な反対闘争が起こりました。現場で評価を強いられた校長の自殺が、昭和32、33年にかなりの数に上りました。自治体職員、教育委員会にとっては非常に不幸な歴史を背負っています。この勤評闘争という大きなトラウマがあるために、勤務評定に対し、自治体の職員、人事課、職員組合に非常に大きなアレルギーがあります。
しかし人事評価の目的をもう一度考えてみると、人事評価の目的と役割は、「職員の今の状態を、知り、評価し、それに基づき政策を立てて実施する」という事が一つ、それから「職員の行動を変える、行動規範の提示」すなわち、評価は期待の表明であり、期待する人材を指示するという事が評価のもう一つの役割です。人事評価をする事によって職員の能力を向上させることは、住民サービスの向上にも繋がります。人事評価も組織業績をあげるための手段であり、組織のパフォーマンスを上げるための一つの手段に過ぎません。給与に差を付けるか否かは、実は住民にとってどうでもよい事です。住民は、一人ひとりの職員が住民のために適切なコストで一生懸命働いてくれることを望んでいます。人事評価はそれを担う一つのツールに過ぎません。その事から考えると、給与や昇任に結びつけるか否かという議論はどちらかというと二次的な議論になってしまいます。
最後になりますが「自学で人は育つ」と申し上げました。自学を促す研修とするために、やはり研修は職場であり、どういう仕事をその人に割り当てるのか、どういうキャリアデザインでそれをジョブローテションしていくのかという事がまず一番重要な事だと思います。また職場外研修とその改革ですが、職員研修所が不要であるという事では全くないと思います。しかし従来の様な「入って何年目にこの研修を全員が一斉に受けましょう」などの研修メニューでいいのでしょうか。それで人材を育成する事になっていますでしょうかという事です。例えばジョブローテションと組み合わせて、この職場に行った場合にはこういう研修を受けるセットメニューで考える、それぞれの必要に応じてカフェテリアメニューで研修を選ぶ事が出来る様にしていく事も考えていく必要があり、研修担当者の能力が問われていると思います。
それから自己啓発研修で問われているもの、従来2分の1に費用の補助がほとんど唯一のものでありましたが、もっと高次なもの、つまり自学をしている職員に様々なサポートをしてあげるという事をこれから役所として考えていく必要があるのではないかと考えます。
一番最後に書いておりますが行政研修という考え方から、むしろ研修を受けさせるのではなく、自学で人は育っていくのでそれをサポートする為のいろいろな仕組みを作る、自学をしようとして行政を研究する職員を様々にサポートするという事がこれから必要になってきます。小堀さんの話の引用になりますが、「誉められる、認められる、達成感が与えられる」、「自分はこういう研究を行った、こういう成果を上げた」という事が、非常に大きなモチベーションに繋がっていくのではないかと思います。

時間が参りましたので私の話は以上で終わります。ご静聴ありがとうございました。

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