その他幕間その7

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dangerousss3

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鎌瀬戌幕間SS ~負けちゃったよシロ姉~

※   ※   ※

「あぁまったく、何やってんだか俺は・・」

薄暗い部屋で、ディスプレイの不健康そうな青白い光だけが爛々と周囲を照らしていた。
キーボードを走る手が止まる。
「クソッ・・・!!」
求めていた情報はなかった。
八つ当たり気味に鎖分銅でモニターを壊す。
身体に重くのしかかる疲労が精神を尖らせている。
これで3ヶ所目。
到底有りもしない物を求めて彷徨ってることは自覚している、つもりだ。
かませ犬派遣商会のとある拠点を潰した鎌瀬戌は次の目標拠点に向かう。

※   ※   ※

ザ・キングオブトワイライト第一回戦終了後。
鎌瀬戌は生活の拠点であるボロ小屋の傍らで蹲っていた。

「シロ姉・・・負けちゃったよ・・・ぐすっ・・・」

呼吸が荒く、焦点が定まっていない。
夢うつつな表情で、天井を、いや更にその先の遥か上空を見据えているようだ。
普段は活気のある彼らしくない状態。
いや、そもそも見た目からして普段の戌ではない。
白い長髪のカツラにネグリジェ。脱ぎかけたまま足に引っかかっている下着は明らかに女物。
彼の幼少時を支えた鎌瀬白。
その再現を、戌は自分の身体で行なっていた。
これは日課である。今になって始めたものではない。ここ何年間も続いた習慣の様なものである。
肌はなるべく白く。そのためにローブを常に羽織っていた。
あの痩せ気味の身体を再現するために、どんなに腹が空いていても食事は一定以上は食べなかった。

「はぁ・・・はぁ・・シロ姉、シロ姉、シロ姉・・・シロ姉・・」

うわ言の様に何度も呟く。
脳裏には常に白の顔を思い浮かべて。その想起に不純物は存在していない。
ただ在りし日の白の笑顔。それだけを浮かべて。
右手には陰茎が握られていた。一定の間隔で擦り、刺激を与える。
いわゆる自慰行為。
第二次性徴期が始まった頃に自慰を覚えて以来、何か辛いことがあった時はこうやって白に変装し自分を慰めていた。
白の見た目に対して性的欲情を感じているのではない。確かに彼女は女性として魅力的な要望ではあったが、違う。
戌が欲しいのは温もり、癒しである。
白の顔を思い出しながら愚痴を零すだけで心が慰められる。総てが浄化されるような癒しを得られる。それは狂信とも言うべきもの。
だが妄想するだけでは暖かさが足りない。
白の格好をすることで、自分と白の姿を重ねた。白の格好をしている自分の身体に触れていると白の温もりを感じられるような気がした。
自慰行為で快楽を得ることで心身ともに慰められるような気がした。
勿論それは虚構に過ぎないのだが、身寄りの無い戌はこういったものに縋ることでしか己を律せそうになかったのだ。
自分を抱きしめるように蹲り、快楽を貪った。

「・・・っ!・・・はぁ、はぁ・・ねーちゃん・・・・」

絶頂に達し、迸った精液の処理をする。
服を着替え、快楽の余韻が残る身体を気だるそうに布団に横たえる。
薄い掛け布団を握りしめ、戌はそのまま眠りについた。

翌朝目が覚めると、朝食も程々に颯爽と小屋を出て行く。
負けてからの行動は決まっていた。
『かませ犬派遣商会を潰す』大会の副賞によってそれを叶えることは不可能になったが、自力で潰せばいいのだ。
知り合いの情報通からかませ犬派遣商会の拠点を割り出してもらい、単騎で特攻を仕掛けに行った。まずは自分が幼少期を過ごした研究所を、白との思い出の場所を襲撃した。

※   ※   ※

「・・・どこかに、どこかに無いのか・・!」

結果だけ述べると、拍子抜けする程に事は上手くいった。
仇討ちの一端を成し遂げたのだと、僅かな達成感を味わう。
―――――しかし、そこで戌は気づいてしまう。
制圧した後、彼がまず取った行動は施設内の探索だった。
・・・・監禁されているかませ犬達の開放を差し置いて。
『鎌瀬白』を知らずの内に求めてしまっていた。
白がここにいたという痕跡。遺体でなくとも髪の毛や服の切れ端、あるいはPC内のデータでも何でもよかった。

「・・・結局俺は商会の被害者を救うなんてのは建前で、本音では白の『何か』を求めていただけだ。情けねぇ、情けねぇなぁ。クッくく、ハハハ、アハハハハハハハハッッ!!」

大会の一回戦で負けたのも当然だ。
各ブロックの参加選手を思い浮かべる。抱えるものも、勝利に求めるものもそれぞれ違えど彼らは『本気』だった。
内亜柄影法と紅蓮寺工藤、対戦相手であった彼ら二人は我欲の強い人間だったが、自分自身に対しては清々しい程に正直だった。
それに引き換え自分が掲げたものはなんだ?「強くなったことを示す」?「かませ犬派遣商会の被害者を救うために商会を潰す」? とんだ笑い種だ。
前者はいつしか天国の白に褒めてもらうためだけの目標となっていた。後者はいざ達成してしてみれば、白の残骸をみつけたいが為の目標だったと分かってしまった。
ただ自分の名誉と心の安寧を求めるという我儘な欲求を、「弱者を守る、救う」なんて大層な美麗字句を並べて着飾っていた。
己すらも偽り、ヒロイックな感傷に浸ったガキの妄言。そんなものを掲げて勝てるはずもなかった。

「無い、か。・・・いや、どこかにあるハズだ!シロ姉はどこかにいるはずだ。そうだ、そうにきまってる!!アッハハ、そうだよ・・・絶対、どこかにッ・・・!」

結局、探し求めた物は見つからなかった。
名前さえ、彼女と思しき人物のデータさえ残っていなかった。
それでも諦めきれなかった。
開放したかませ犬達を信頼出来る知人に預け、すぐさま別の商会の拠点を潰しに行った。
白の居た研究所でなかったものが、他の研究所ではある訳ないと分かっていながらも諦めきれなかった・・・。

※   ※   ※

「なぁ戌・・・そろそろ休んだらどうだ?」

大会の招待状を手配してくれた商人が、戌をいたわるようにそう言った。
戌は開放した幼いかませ犬達の保護と善良な孤児院(大会参加者猪狩誠の育った孤児院『どんぐりの家』ではない。)への預け入れを彼に任せていた。
戌の事情を知る商人はそれらの仕事を快く受けてくれた。
しかしここ数日間、連続で保護を頼まれるにつれ、戌を心配するようになっていた。
現在は早朝。かませ犬派遣商会の研究所への攻撃を始めてから戌は一睡もしてなかった。
疲労困憊な様子に、無造作に応急処置されたいくつもの傷跡。精神状態もとてもまともには思えない。そんな状態で過激な戦闘に赴くとなれば、心配するのも道理だろう。

「・・・俺は、行かなきゃならないんだ。」
伏せ目がちに戌は答えた。友人の気遣いを理解しながらも、歩みを止めることは出来そうになかった。
「そっか。そこまで言うなら止めねぇよ」
「・・・この子達を頼んだぞ。いいか皆、このお兄さんの言うことをよく聞くんだぞ。暴力も人体実験もない孤児院に連れて行ってくれるから。そこで皆幸せに暮らすんだ。」
小さなかませ犬達にそう告げて、去ろうとした瞬間。

「待って!」

子どもたちの中でも一際小さな少年が戌のローブの裾を引っ張っていた。
戌の脱走後、かませ犬派遣商会は男性かませ犬の量産化に成功していたようで、今まで救出したかませ犬の中にも男の子は何人か混じっていた。
ほとんどのかませ犬達が絶望したような諦めた目をしている中で、その少年だけはきらきらと輝く生気を瞳の中に宿していた。

「僕おにーちゃんに付いて行く!お願い、連れて行って!」
「付いて行くって、お前・・・」
「おにーちゃんの戦い見てたよ!カッコ良かった!僕もおにーちゃんみたいに強くなりたい!だから、弟子にして!強くなって、いつか色んな人を守れるようになりたいんだ。」

無垢な視線が戌を貫く。かつて自分も誓った「強くなりたい」という願い。
しかし自分とこの少年では見ている方向が違う。
一方は過去に引きずられていて。
他方は未来を見据えていて。
「やめろ・・・・やめてくれ・・」
恐らく真に他者を守りたいと願っている少年の思いが、不純な自分の願いを責め立てているような気がして―――――

「・・・やめろォッ!!」

自分でも驚く程の大声を出してしまっていた。
ハッとした時にはもう遅かった。
視界に映るのは幼いかませ犬達の怯えた様な表情。
戌を引き止めた少年も腰を抜かしたように硬直してしまった。

「・・・ッ!この子もちゃんと孤児院にあずけてくれよ、頼んだぞ!」
いたたまれなくなり、商人に念を押すように言付けてその場を去った。
(馬鹿か俺は。子どもたちに八つ当たりなんて・・・クソッ!)
自責の念に駆られながら、次の拠点に向かう。

※   ※   ※

「・・・はぁ・・・はぁ・・・ちっくしょー・・・」

――――危なかった。
撤退しようと決意するのが少しでも遅かったら死んでいた。
侵入した矢先に、重火器を備えたロボット兵に遭遇してしまい、負傷してしまった。
何度も各地の研究所を襲っていたのだ。警備が厳しくなる可能性をどうして考慮できなかったのだろう。
やはりそれだけ疲れているのか。
睡眠不足のせいか、頭が重い。
負傷した足を庇いながら身体全体を引きずる様にスラム街に逃げ帰ってきた。
時刻は深夜2時頃。街灯の光すら照らされてない薄暗闇の中、なんとか住処であるボロ小屋を見つけ、ドアを開ける。

「・・・お前。」
「よぉ、おかえり。その様子だと負けて帰ってきたって所か?まぁなんであれ生きて戻ってきてくれて良かったよ。『客人』は待ちくたびれて寝ちまったよ。」
思いもよらぬ商人の出迎えに呆気にとられる。商人が指し示した先には薄い掛け布団に包まれた今朝方の少年。

「おい、この子もちゃんと預けろって―――」
「どうしてもお前と話がしたいって言って聞かなくてな。面倒くせえから当人達でよく話し合って決めてくれ。後は任せた。」
「はぁ?」
「んじゃ俺も眠いし寝床に帰るとするかな」
「え、ちょ・・・!」
戌の制止もむなしく。バタン、と建付けの悪いドアが閉められた。

「・・・はぁ。仕方ない、か。」
ガシガシ頭を掻きながら、足の手当をすることにする。
消毒薬の鼻をつくような匂いに顔をしかめながら、怪我の様子をみる。
戌は魔人であり獣人であるため治癒力は高い。幸い思ったよりも傷は浅かったようで数日安静にしてれば治りそうだ。

「ん。うぅ・・・」
小さなうめき声がしたのでそちらを向くと、件の少年が布団を強く握りしめながらうなされていた。
比較的明るく振舞っていた彼も、他のかませ犬達と同様に酷い目に合っていたのだろうか。

「お前も辛かったんだな・・・もう大丈夫だから、安心して寝てろ。」

額を濡らす玉のような汗をタオルで拭き取り、硬めの短髪をそっと撫でてやる。
かつて白が自分にしてくれたように。
すると幾分か幼い少年の表情が穏やかになり、寝息も落ち着いた。
その寝顔を見てると、不思議とこっちまで穏やかな気分になれた。

「子供はそうやって無垢でいればいいんだ。俺みたいに子供らしくねぇことやって育つと、おかしくなっちまうぞ。」

小声でそう呟き、自分も布団に潜る。
どうせこの身体ではしばらく戦えまい。ならば休養して早く傷を治すのが吉というものだ。
隣に寝ている少年の頭をなんとなく撫でてみる。子供っていうのは可愛いものだな、と思う。自分を慕ってくれた少年なのだ、悪い気はしない。親愛の情すら湧いてくる。

「あ・・・」

そこで気づく。
これはもしかして、かつて自分に対して白が抱いてくれた感情なのではないかと。
決して戌の世話をするという義務から来るものではない、温かみのある慈愛をもって接してくれていた。

(俺もシロ姉と同じ感情を・・・シロ姉の残滓は俺の中にずっと残ってた・・・白はずっと俺の中にいたんだ!)

心の中で喜びを噛み締める。
これは正真正銘、シロが残してくれたもの。彼女が愛情をもって接してくれなかったら、この優しい気持ちを抱くことはできなかっただろう。
憧れの彼女がずっと傍にいてくれたのだと思い至り、幸せな気分に包まれた。
(心地良いなぁ・・・)
安らかな気持ちに寝不足も相まって、このままぐっすり眠りに身を委ねてしまいそうだ。
しかし、今はそれはできない。数時間で目を覚まさなくてはならない。
たった今、心に決めたことがあるのだから。

※   ※   ※

「やっぱり、この子を預けてくれ。」

午前5時。
戌はまだ眠りについたままの少年を抱きかかえて、商人の所にきていた。
叩き起こされた商人は寝ぼけ眼のままに、確認する

「・・・いいのか?」
「俺がこの子に教えられることなんて何もない。あるのは人を傷つける技だけだ。もっと真っ当に育って、人を幸せにする人間になって欲しいんだ。・・・歪んだ目的の『ついで』に助けた俺が言えることじゃねーけどな。」
「ふーん。起きたら説得がめんどくせえのは俺なんだぜ―――っと早速お目覚めなようだ」
「あ・・・」
見ると少年が状況をいまいち把握できていないのか、ぼーっとした顔で首を傾げている。二人の会話の声で起きてしまったようだ

「おにーちゃん?」
「えっとー悪いんだが・・・」
なんて切り出そうか考えあぐねていた戌を少年の言葉が遮った。
「あの、ごめんなさい!」
「・・・?」
謝られる理由が分からず、今度は戌が首を傾げた。言葉の続きを促すように無言でいると、幼いかませ犬はぽつりぽつりと話し始めた。

「昨日、おにーちゃんを怒らせちゃって、謝らなきゃって思ってて。だから、商人のお兄ちゃんにワガママ言って・・・」

(あれはただの八つ当たりだったのに・・・わざわざそんなことを。)
優しい子だな、と思う。自分よりもまだ幼いこの子の方がよっぽど人ができてる、とも。
「そっか、俺も怖がらせちゃってごめんな。アレはお前に怒ってたんじゃないから心配するな」
そう言うと、幼いかませ犬の表情がパッと明るくなる。

「よかった・・・!あ、あとね。おにーちゃんに迷惑かけられないから、弟子になるのは諦めて『こじいん』に行くことにするよ。本当に、ごめんなさい。」
「ああ、お前のためにもその方がいい。そして、俺のためを思ってくれるなら幸せになって、できたら周りの人も幸せにするような男になってくれ。そうしてくれると、助けた甲斐があったと思える」
「うん、わかった!」
「・・・いい子だ。」
笑顔で応える少年をわしゃわしゃと撫でる。この子とその周囲の人間が幸せになれるように、願いを込めて。

商人と少年に別れを告げて帰路につこうとする。
足を少し引きずって歩き出した戌の背に、心配そうな声がかかった。

「おにーちゃん、その足大丈夫?」
「ちょっとヘマしただけだ。すぐ治るよ。」
「そっかぁ。身体を大事にしてね!」
「あぁ、お前も元気でな!」
手を振り、今度こそ本当の別れを告げて去る。

(もちろん身体は大事にするさ。なにせ『シロ姉』もこの身体に宿ってるんだからな。)
心の中で、そう付け加えて。

今日は精をつけるためにも肉料理を食べようか。
そんなことを考えながら歩く戌の傍を、爽やかな風が通り抜けていった。
【END】