<see you again sister doctor>
中東某国。
熱く乾いた風には砂が混じり、見上げる空は青く澄んでいる。
美しい砂丘が山脈のように果てまで続く。
影だけが濃淡をつける砂色の世界。
影だけが濃淡をつける砂色の世界。
そこに一塊の生き物たちがいた。
一頭のフタコブラクダが風紋の上に四足の跡を残して歩み続ける。
その背には黒いベールで全身を覆う二人の人間。
「どうです先生。綺麗なもんでしょう。ワビサビってのを感じるんじゃないですか?」
「私はそんなに風流な人間ではないよ」
「私はそんなに風流な人間ではないよ」
美しいとは思うがね、と後ろに乗った女はそう付け加えた。
ベールの隙間から色白の肌と黒い瞳が僅かに覗く。
その視線は地平の先へ向けられていた。
ベールの隙間から色白の肌と黒い瞳が僅かに覗く。
その視線は地平の先へ向けられていた。
「むしろこのラクダの方に感心する。実に力強い生き物だな」
「どうもどうも、体力もありますし頭もいいんですよ。このラクタロウは特に。なあ?」
「ンモォ」
「どうもどうも、体力もありますし頭もいいんですよ。このラクタロウは特に。なあ?」
「ンモォ」
ラクタロウは嬉し気に体を震わせる。
ラクダ使いの男は陽気な笑い声をあげる。
女もにこやかに目を細める。
ラクダ使いの男は陽気な笑い声をあげる。
女もにこやかに目を細める。
しかし。
それでもどこか。
ラクダ上の二者の間には空々しい張りつめた空気があった。
それでもどこか。
ラクダ上の二者の間には空々しい張りつめた空気があった。
「この辺りでいいだろう」
「……町までは遠いですよ」
「それも嘘かね?」
「……町までは遠いですよ」
「それも嘘かね?」
笑いは既に消えていた。
風が砂丘の表面をさらりと崩した。
ラクタロウだけが変わらずに歩みを進める。
風が砂丘の表面をさらりと崩した。
ラクタロウだけが変わらずに歩みを進める。
「すべてが嘘だとは思っていない。君のような人間はそれなりに見てきた」
「……」
「病に苦しむ妹がいるというのも。治療費を得るために砂漠を越えて出稼ぎをしているというのも。私に妹を救ってほしいというのも。それらは真実なのだろう」
「ええ、ですからこうして先生をお連れして――」
「……」
「病に苦しむ妹がいるというのも。治療費を得るために砂漠を越えて出稼ぎをしているというのも。私に妹を救ってほしいというのも。それらは真実なのだろう」
「ええ、ですからこうして先生をお連れして――」
ばさり、とベールがはためいた。
言葉を遮るように「先生」が腕を振ったのだ。
言葉を遮るように「先生」が腕を振ったのだ。
「どこで恨みを買ったのかは知らん。だが君はただの雇われだろう。大人しく妹の治療だけさせてもらえないか」
「ははっ」
「ははっ」
空虚な嘲りが嫌に響く。
「無理ですよ。あいつらに睨まれちゃあ町では生きていけないんだ。例え病気が治ってもね」
「あいつら、か。個人ではなく集団。町に根差した。地元のヤクザかね?」
「日本風に言えばそうだ。ともかく、あんたは立派な人だが立派すぎた。敵も味方もなしに妹ならみんな治しちまうんだからな」
「あいつら、か。個人ではなく集団。町に根差した。地元のヤクザかね?」
「日本風に言えばそうだ。ともかく、あんたは立派な人だが立派すぎた。敵も味方もなしに妹ならみんな治しちまうんだからな」
男はラクダの背で鞍馬のようにくるりと身を翻す。もはやその手に手綱は握られていない。
「やる気か」
「ああ、ぶん殴って殺されるのと砂漠に置き去りにされるの、どちらがいい?」
「それしかないのかね?」
「ああ、ぶん殴って殺されるのと砂漠に置き去りにされるの、どちらがいい?」
「それしかないのかね?」
ふ、と男が微笑をこぼした。
「贅沢を言うな!」
叫びと共に男の手が伸びる!
両脚でラクダを締め付けたまま上半身を低く倒し、掴みかかる、あるいは薙ぎ払うような横殴りの右腕!
その一撃と交差するように黒いベールが叩きつけられ男の手は空を切る!
両脚でラクダを締め付けたまま上半身を低く倒し、掴みかかる、あるいは薙ぎ払うような横殴りの右腕!
その一撃と交差するように黒いベールが叩きつけられ男の手は空を切る!
「邪魔っ!」
視界を塞ぐベールを振り払う。
黒布が砂漠の彼方へ飛んでいく。
瞬間、白い光が男の目を焼いた。
黒布が砂漠の彼方へ飛んでいく。
瞬間、白い光が男の目を焼いた。
「うっ!?」
白熱の陽光をはためくドクターコートが照り返す。
怜悧な理性を秘めた黒い瞳が男を見下ろす。
その女は長い黒髪をなびかせて、医療鞄を手にしたまま腕を組み、ラクタロウの後ろ瘤に直立していた。
怜悧な理性を秘めた黒い瞳が男を見下ろす。
その女は長い黒髪をなびかせて、医療鞄を手にしたまま腕を組み、ラクタロウの後ろ瘤に直立していた。
「シスタードクター……!」
男は女の通り名を呼ぶ。
無論、そうであるとは知っていた。
しかしそれが真に何を意味するのか、男は果たして理解していただろうか。
無論、そうであるとは知っていた。
しかしそれが真に何を意味するのか、男は果たして理解していただろうか。
「妹の治療をさせんと言うなら、貴様は私の敵だ!」
シスタードクター、石野カナはあくまでも冷徹な視線を向けたまま、その男に憤怒の叫びをぶつけた!
◇
(クソッ、なんて奴だ……!)
ラクダノウェ・マタガールは歯噛みする。そしてラクタロウを締め付ける腿に一層の力を入れた。
今もラクタロウがそうであるように、ラクダ上戦闘の舞台とされたラクダは戦士たちの闘気にあてられ恐慌し、全力で走り、急停止し、旋回し、無軌道な動きを繰り返す。
砂漠において落ラクダは死に直結する。よってラクダ上戦闘においても相手をラクダ上から突き落とすこと、自分がラクダ上に居残り続けることこそが純粋に致死性の高い攻撃よりも重視されるのだ。
互いにラクダの背にまたがったままの取っ組み合いは一見子供の喧嘩にも似て、その実は生存のために体面をかなぐり捨てたプリミティブな闘争に他ならない。
「オラァッ!」
今もまたラクタロウが急加速する。
ラクダノウェは投げ出される如き勢いで上体を伸ばす。その右手がカナの足首を掴んだ!
「フン」
しかし引き倒す隙はなく。
カナは脚を回して膝関節の可動方向をラクダノウェの指先に合わせ、いともたやすく引き抜いた。
同時にラクダノウェの頭上に医療鞄が振り下ろされる!
彼もまたわずかなスウェーでそれをかわす。
ラクダノウェの魔人能力は「 10X屋 」。彼の主観において一秒の時を十秒へ変える思考加速能力である。
この力により彼は格闘戦において相手の動きを見切り常に機先を制することができた。
今やラクダ上戦闘最強の男として裏社会にも一目置かれる存在である。
今やラクダ上戦闘最強の男として裏社会にも一目置かれる存在である。
しかしその彼が戦いを始めて十分、いまだにシスタードクター・石野カナを仕留め切れていない。
彼の主観時間においては既に百分におよぶ激闘である。
疲労を顔ににじませ、忌々し気に標的を見上げた。
疲労を顔ににじませ、忌々し気に標的を見上げた。
石野カナ、いまだ健在。ラクタロウの後ろ瘤上に直立。
そう、彼女は戦い始めてから今まで一度もラクダにまたがらず立ち続けているのだ。
恐るべき持久力とバランス感覚!
しかしてそれは決して身体能力を誇示するだけのパフォーマンスではなかった。
恐るべき持久力とバランス感覚!
しかしてそれは決して身体能力を誇示するだけのパフォーマンスではなかった。
(認めざるを得ない。この戦術は素人の暴挙なんかじゃない)
一見では転落の危険性から悪手と思えるこの「立ち」の構え。ラクダノウェは既にその脅威に気づいている。
(足を崩せれば勝てる。そして足を狙いやすいのも確かだ。だがそれは位置関係上足しか狙えないということの裏返し! こちらの攻め手はどうしてもパターンが限られる。そして相手は俺を見下ろす形になっている。俺のような能力がなくても体の傾きや腕の動きを見て取れる。こちらの攻めやすさ以上に相手が防ぎやすい形! もちろん自滅しないだけのボディバランスがあってこそだが。そして攻めに関しては……!)
思考するラクダノウェの上に医療鞄が再度振り下ろされる!
狙いは頭! スウェー!
連続して肩! スウェー!
再び頭! クロスガード!
狙いは頭! スウェー!
連続して肩! スウェー!
再び頭! クロスガード!
(頭や肩に高い角度から打撃が落ちてくる。いつもの戦いとはまるで違う。ラクダ上戦闘経験のアドバンテージが薄い! 俺の能力との相性も悪い。致命傷になり得る頭の攻撃は守らなければならない。見えてはいるが対応の選択肢が限られている。受け手に回ってしまっている!)
ラクダノウェは拳を握り連打!
カナは足踏みするように回避、そこからの踏み付け!
カナは足踏みするように回避、そこからの踏み付け!
「どうだっ!」
ラクダノウェはさらにそれを回避しくるぶしを殴りつけた!
カナの体が揺れると同時、ラクタロウが一際巨大な砂丘を前に急制動をかける!
カナの体が揺れると同時、ラクタロウが一際巨大な砂丘を前に急制動をかける!
ラクダノウェはその勢いに体を戻され追撃できず。
カナは直立姿勢に戻る。
カナは直立姿勢に戻る。
(何発か攻撃は入っている。打撃だけじゃない。掴んだ時も引っ張るより締め付ける力を重視した。それに不安定なラクダの上に立つだけでも足首に負担はかかっているはずだ。それなのにダメージの積み重ねが感じられない。 やはりそうなのか? シスタードクター、妹を瞬時に全快させる能力。こいつ自身も妹だというのか!? )
見下ろすカナは不敵な笑みを浮かべている。
砂漠でベールを脱いでいるというのに色白の肌には汗一つない。
砂漠でベールを脱いでいるというのに色白の肌には汗一つない。
(不利だ。俺には決め手がない。だがもうすぐだ。もうすぐチャンスが来る。ラクタロウの動きは制御できないが、どう動くかはよく知っている。砂漠の地形もよくわかっている。もう少しであの場所に着くはずだ。それまで耐えれば勝ち目はある!)
ラクダノウェは腕を頭の前にかざした。攻めではなく防御の構え。
「なあ先生、あんたにいるのは兄かい? 姉かい?」
「それを聞いてどうする」
「兄なら気の毒だと思ってな。妹を失う兄というのは他人事じゃない」
「心配無用だ。私は三姉妹の次女だし特に死ぬ予定はない」
「何もかも予定通りにはいかないもんだぜ。俺だって死ぬ予定はないんだ」
「それを聞いてどうする」
「兄なら気の毒だと思ってな。妹を失う兄というのは他人事じゃない」
「心配無用だ。私は三姉妹の次女だし特に死ぬ予定はない」
「何もかも予定通りにはいかないもんだぜ。俺だって死ぬ予定はないんだ」
ラクダノウェの腕が動く。口元の表情を隠すように。
カナは細い眉をひそめる。
カナは細い眉をひそめる。
「急に話し始めたのは時間稼ぎか。時間がたつほど苦しむのは貴様の方だろう?」
「どうだかな。そんなに顔色が悪いかい。よく観察してみろよ」
「どうだかな。そんなに顔色が悪いかい。よく観察してみろよ」
ラクタロウは砂丘沿いに緩やかなカーブを描いて走り続ける。
ラクダノウェの握り拳がわずかに緩んでいる。何かを握りこんでいるかのように。
ラクダノウェの腿がわずかに動く。戦いの最中、一切動かさずにいた右脚をほんの少し持ち上げる。
ラクダノウェの腿がわずかに動く。戦いの最中、一切動かさずにいた右脚をほんの少し持ち上げる。
それらの動きを石野カナは見逃さない。ラクダノウェの一挙手一投足を見逃さない。
今彼女の目にはラクダノウェの全てが映っている。ラクダノウェだけを見ている。
今彼女の目にはラクダノウェの全てが映っている。ラクダノウェだけを見ている。
瞬間、ラクダノウェの上に大きな影が差した。
ラクダノウェは身を伏せた。
ラクダノウェは身を伏せた。
「さよならだ!」
ラクダノウェの声に骨が砕けるような鈍い音が重なった。
砂丘に半分埋まったアーチ型の大岩がラクダノウェの体をかすめていった。
砂丘に半分埋まったアーチ型の大岩がラクダノウェの体をかすめていった。
アーチを抜けてラクダノウェが身を起こす。
石野カナはそこにはいない。
ラクタロウの後ろ瘤には真新しい赤い血痕だけが残されている。
石野カナはそこにはいない。
ラクタロウの後ろ瘤には真新しい赤い血痕だけが残されている。
「ははっ……ははは!」
ラクダノウェはラクタロウの背に身を預け晴れやかに笑った。
本来の彼は――少なくとも裏社会とかかわる以前は――残虐と言えるような男ではなかった。
しかしいつの間にか命の取り合いには慣れてしまっていた。
今も妹科医を殺した悔恨や罪悪感よりも強敵を倒した充足感を強く感じるほどに。
本来の彼は――少なくとも裏社会とかかわる以前は――残虐と言えるような男ではなかった。
しかしいつの間にか命の取り合いには慣れてしまっていた。
今も妹科医を殺した悔恨や罪悪感よりも強敵を倒した充足感を強く感じるほどに。
戦いは終わった。
砂漠の風。彼自身の呼吸。心臓の鼓動。ラクタロウの足音が聞こえる。
生を実感し、肉体の疲労が重さを増す。一方で戦いが精神に科した重圧は癒えていく。
生を実感し、肉体の疲労が重さを増す。一方で戦いが精神に科した重圧は癒えていく。
ラクタロウもじきに落ち着きを取り戻すだろう。
賢いラクダだ。その後は手綱を取らずとも家に向かってくれる。
賢いラクダだ。その後は手綱を取らずとも家に向かってくれる。
瞬間、ラクダノウェの上に小さな影が差した。
ラクダノウェは仰向けのまま、身動きできず、ただそれを見た。
日の光を浴びる白いそれを。
ラクダノウェは仰向けのまま、身動きできず、ただそれを見た。
日の光を浴びる白いそれを。
「また会ったな」
砂丘の上から飛び降りた石野カナがラクダノウェに迫る。
引き延ばされた時間の中でラクダノウェは至極単純な答えを得ていた。
(即死ではなかった、意識も失わなかったってことか。あれで駄目なら俺には最初から無理だったな)
ラクダノウェは戦いについて考えるのをやめていた。
目を閉じてただ終わりを待った。
目を閉じてただ終わりを待った。
そして医療鞄の一撃が彼の意識を闇に落とした。
◇
ラクダノウェは安らかな光景を見た。
窓から差し込む朝日が寝床につく自身を温める。
顔色の良い妹が安心しきった表情を見せる。
窓から差し込む朝日が寝床につく自身を温める。
顔色の良い妹が安心しきった表情を見せる。
まさか自分が天国に行けるような人間だとは思っていない。
つまりこれは夢なのだ。
ああ、同じような夢は何度も見た覚えがある。
実に心地いい夢だ。
つまりこれは夢なのだ。
ああ、同じような夢は何度も見た覚えがある。
実に心地いい夢だ。
夢ならば早く起きて仕事をせねばならないが、あと一秒だけ妹の笑顔を見よう。
この時のためにこの魔人能力が――。
この時のためにこの魔人能力が――。
「君の言った通り、ラクタロウは実に頭のいいラクダだな」
妹の後ろから冷淡な声がかかった。
眠りが急激に醒める。
いや、ラクダノウェは既に起きていた。
目の前の光景は現実だ。
いや、ラクダノウェは既に起きていた。
目の前の光景は現実だ。
「兄さん、体は大丈夫?」
「俺か? いや、それよりお前は――うぐっ!?」
「俺か? いや、それよりお前は――うぐっ!?」
痛む頭に手をやって包帯が巻かれているのを知った。
「覚えてる? ラクタロウから落ちたのを先生が診てくれたのよ。先生は私の病気も気にしてくれたし、そっちはすぐ終わったんだけど。信じられないくらい体が軽いの!」
喜びか困惑か、何を顔に出せばわからないという表情でラクダノウェは石野カナを見た。
「どうして」
数秒の間の後、口から出たのはそれだけだった。
「何から聞きたい?」
あまりにも平然としたカナにラクダノウェは一層困惑した。
改めてその声を聞けば冷淡というより平静なのだ。
あるいはこの話し方のせいで誤解されることもあるのかも知れない。
取り留めなくそんなことを思った。
改めてその声を聞けば冷淡というより平静なのだ。
あるいはこの話し方のせいで誤解されることもあるのかも知れない。
取り留めなくそんなことを思った。
「何が……狙いだ? 一刻も早くここを離れなきゃならないはずだ。俺が失敗してもあいつらは次を――」
「心配ない」
「心配ない」
カナは片手を挙げて遮った。
「思ったより小規模な組織だったな。私一人で済んだ」
「済んだ?」
「済んだ?」
その肌には傷一つない。
しかしよく見れば衣服は汚れ、ところどころ破れてもいた。
しかしよく見れば衣服は汚れ、ところどころ破れてもいた。
「あいつらと戦ったのか? 一人で?」
「ああ。もう手出しはできまい」
「ああ。もう手出しはできまい」
ラクダノウェは茫然とした。
カナの言葉に嘘は感じなかった。
いい気味だと思ったが、いくらか仕事が回ってこなくなるな、とも考えた。
それから治療費のために馬鹿みたいな金額を稼ぐ必要はもうないのだと気づいた。
カナの言葉に嘘は感じなかった。
いい気味だと思ったが、いくらか仕事が回ってこなくなるな、とも考えた。
それから治療費のために馬鹿みたいな金額を稼ぐ必要はもうないのだと気づいた。
「どうして、そこまでしてくれたんだ」
「妹は治療する、それを邪魔するのは私の敵だ。そう言っただろう? そんなことより 」
「妹は治療する、それを邪魔するのは私の敵だ。そう言っただろう? そんなことより 」
当たり前だというような顔をして、一つ言っておきたいことがある、とカナは続けた。
「お前のこれからについてだ。今までは色々やってきたようだが」
「……ああ、俺がやったことだ」
「……ああ、俺がやったことだ」
ラクダノウェは渋面を作る。カナを正面に見ながら。
「お前のこれからは私の関知しないことだ。過去の清算をしようが忘れようが構わない。ただし」
妹を悲しませるものは私の敵だ。
その言葉がやけに重く響いた。
「あ、あの! そうだ! ご飯! ご飯を食べましょう! 兄さんお腹空いてるでしょ? 先生も一緒に」
「いや、腹は……空いてるな」
「それは手作りかな?」
「いや、腹は……空いてるな」
「それは手作りかな?」
あたふたする妹を見てラクダノウェから力が抜けた。
カナはラクダノウェの妹に妙に顔を近づけたが、ラクダノウェの視線に気づいて咳払いした。
カナはラクダノウェの妹に妙に顔を近づけたが、ラクダノウェの視線に気づいて咳払いした。
「いや、せっかくだが私はもう行くよ。これからも元気でね」
カナは少女の小さな手を包み込むように握り、ついでのようにラクダノウェに会釈した。
「お兄さんもお大事に。さっきはああ言ったが、誰かが妹を愛するのなら私はその者の味方をしよう」
それだけ言い残し、医療鞄だけを手に取って、石野カナはラクダノウェの家を後にした。
後に残された兄妹は軽い食事を取りながら未来について話し合った。
やりたいこと、やらなければならないこと。
何ができるか、何ができないか、できるようにするにはどうするか。
何ができるか、何ができないか、できるようにするにはどうするか。
「いつか先生に恩返しをしたいな。『妹の治療に対価は取らない主義だ』って言ってたけど。兄さんを診た分も私、何も渡してなかった。また会えるかな?」
「どうだろうな。世界中を旅しているそうだから、もうここには来ないかも」
「私たちから会いに行こうよ。お金はかかるかも知れないけど……」
「それは何とかなるさ、生きてるんだから。……そうだな、いつかきっと会いに行こう。」
「どうだろうな。世界中を旅しているそうだから、もうここには来ないかも」
「私たちから会いに行こうよ。お金はかかるかも知れないけど……」
「それは何とかなるさ、生きてるんだから。……そうだな、いつかきっと会いに行こう。」
ラクダノウェ・マタガールは妹の横顔を見た。
妹は、イキテレヴァ・マタガールは窓の外に広がる青空を見ていた。
妹は、イキテレヴァ・マタガールは窓の外に広がる青空を見ていた。
窓から見えるよりも世界はずっと広いんだぞ、そう言ったラクダノウェの口元には自然と微笑が浮かんでいた。