富士の樹海の奥のまた奥。星の灯りのみが木々を照らす静かな夜。
政府お抱えの魔人達による幾重もの封印と極悪過ぎる立地条件により世間より隔絶された廃村――「里見村」で男の声がこだました。
政府お抱えの魔人達による幾重もの封印と極悪過ぎる立地条件により世間より隔絶された廃村――「里見村」で男の声がこだました。
「痛ってぇ!!! くそっ、ゴブリン共め!!! 素手でかかって来い!!!! 大会は武器の持ち込み可だけどな!!!!」
声は元気溌剌なれど状況は窮地そのもの。
男が探索のために持ち込んだヘッドライトは街灯ひとつない村においてはあまりに過ぎた主張であった。
ゴブリン……と形容されし異形の怪物達が唸りを上げながら彼の周囲を取り囲んでいる。
「こんなこともあろうかと」……と、有能極まりない秘書が持たせてくれていた獣避けの超音波発生装置がなければ、今頃は彼らの夜食となっていたことだろう。
男が探索のために持ち込んだヘッドライトは街灯ひとつない村においてはあまりに過ぎた主張であった。
ゴブリン……と形容されし異形の怪物達が唸りを上げながら彼の周囲を取り囲んでいる。
「こんなこともあろうかと」……と、有能極まりない秘書が持たせてくれていた獣避けの超音波発生装置がなければ、今頃は彼らの夜食となっていたことだろう。
――――かつて政府の意に反したこの村は一見過剰とも思える公の暴力によって取り潰されるに至った。
片手では効かぬ数の国家刺客を送られ、空から焼かれ、毒を撒かれ……あげくの果てには多様な生物兵器を投入された。
衣食住を喰い散らかす小躰の害獣、あるいは炎を吐き散らす怪鳥、あるいは地に潜む丸呑みの大虫……この村内でのみ完結する異様な生態系はおどろおどろしい地獄絵巻のようである。
片手では効かぬ数の国家刺客を送られ、空から焼かれ、毒を撒かれ……あげくの果てには多様な生物兵器を投入された。
衣食住を喰い散らかす小躰の害獣、あるいは炎を吐き散らす怪鳥、あるいは地に潜む丸呑みの大虫……この村内でのみ完結する異様な生態系はおどろおどろしい地獄絵巻のようである。
それほどまでの過剰とも思える暴力は実のところ「里見村」という存在を抹消するには不足であったと言わざるを得ない。
数多の刺客など歯牙にもかけず、近代兵器の威に引くことはあっても屈することはなく、凶悪な生物兵器に至っては「新鮮な肉だ」と……尋常ならざる戦闘力を有する村民達は歓迎した。
数多の刺客など歯牙にもかけず、近代兵器の威に引くことはあっても屈することはなく、凶悪な生物兵器に至っては「新鮮な肉だ」と……尋常ならざる戦闘力を有する村民達は歓迎した。
何年にも渡る闘争の末、「里見」は集落と多くの民を失ったが、その苛烈極まりない抵抗の果てに事実上の不可侵条約を勝ち取った。
だがそれから月日が流れるにつれ、いつしか「里見」は歴史の表舞台から消えていくこととなる。
近親にて繁栄を行っていた彼らは総じて短命であり、「数を減らされた」という事実が種存続における何よりの痛手となったのだ。
だがそれから月日が流れるにつれ、いつしか「里見」は歴史の表舞台から消えていくこととなる。
近親にて繁栄を行っていた彼らは総じて短命であり、「数を減らされた」という事実が種存続における何よりの痛手となったのだ。
残った里見は各地に散り、その技を……そしてその血を薄めながら、平穏な世に溶けていった。
「ダメだダメだ素手でかかってくるのもダメだ!!! ひぃっ、まてっ、待って……落ち着け!!! 一人ずつかかって来い!!! なんならかかってくるな!!! やっ……やめろォ~~~!!!」
――――故にこの廃村に里見の民は既におらず、怪物に囲まれし無謀なる冒険者は哀れな死を待つばかりかと思われた、……その時。
「ネオストロング里見流ゥ!! ファントム・フレ~~~イムッ!!」
どこか間の抜けた掛け声と共に闇夜を暴風が疾った。
それが斬り上げによる剣風であると理解するより早く、怪物たちはその声と内から発せられた威より個を認め、一目散に逃げ出した。
獣をベースとした彼らは集団の序列に敏感である。
それが斬り上げによる剣風であると理解するより早く、怪物たちはその声と内から発せられた威より個を認め、一目散に逃げ出した。
獣をベースとした彼らは集団の序列に敏感である。
取り残された男が腰を抜かしたまま声の主の方を見やる。
「ぐああああっ!!? 眩しいッス!!?」
ヘッドライトが里見の王を照らし出す。
艶のある黒髪ショートカットの若い女性。就寝用であろうゆるいスウェットとそれに不釣り合いな攻撃的光を放つ日本刀。
艶のある黒髪ショートカットの若い女性。就寝用であろうゆるいスウェットとそれに不釣り合いな攻撃的光を放つ日本刀。
「うおおおっ! 人の声っぽいのが聞こえるな~~って思って来てみたら……マ~~ジで人じゃねぇ~~っスか~~!? すんげぇ、こんなヘンピなとこに良く来たッスね! 何しに来たんスか、こんなとこ? ……あ、もしかしてアンタも里見の者?」
――――その時、唐突に天が夕焼けのようにぽうっと赤く染まり、次の瞬間には致死の熱を孕んだ火球が女へと降り注いだ。
それは天空に陣取り機を窺っていた火吹き蜥蜴の強襲であった。
それは天空に陣取り機を窺っていた火吹き蜥蜴の強襲であった。
轟々と燃え盛る炎の中、平然と女は口を開いた。
「はぁ~~~~っ。 マ~~ジで鳥アタマなんスね!? あたしに炎吐いてどうすんスか!?」
炎がゆらめく。
「ネオストロング里見流ゥ! ファントム・フレイム……か・ら・のォ! ファイア・アロー!!」
仰々しい名を冠するその技は、実のところ単なる投石である。
ただし炎により出所を見せず、里見の怪力によって射出されたそれはさながら狙撃弾の如き威力と回避の困難さを有する。
ただし炎により出所を見せず、里見の怪力によって射出されたそれはさながら狙撃弾の如き威力と回避の困難さを有する。
真っ暗な天がうめき声をあげた。
「……火事になるからやめろってあんだけ言ったのに……もォ~~~っ!!」
怒りながら女は刀を一振りした。
燃え盛る炎は忽然とその姿を消し、その代わりに彼女の持つ刀の刀身が松明のように赤々と燃え、闇夜を照らす。
燃え盛る炎は忽然とその姿を消し、その代わりに彼女の持つ刀の刀身が松明のように赤々と燃え、闇夜を照らす。
「おおっ……! おおっ!! おおおおおおおっ!! 晶(あきら)ちゃん!!! やっと出会えたマイスタ~~~!!!」
何やら感銘を受けた様子の男が快哉の声をあげた。
「うええっ!? 何スか急に!? あっ、あきら??? ……あたしは晶じゃなくて旭(あさひ)ッス! 晶は私のばーちゃんッスよ?」
「……へ?」
■
■
ぽくぽくぽくぽく……チ~~~ン!!
仏前である!
仏前である!
「おおおおんおんおおおん!!! 俺のマイスターがァ~~~~!!! うおおおおん!!!」
「ううっ、ぐすっ……なんスかアンタ……! 急に来て、うううっ……! せっかく立ち直りかけてたのに…… ううっ、ばあちゃん……」
「うおおおんおんおんおおおおん!!!」
「あ~~~んばあちゃ~~~~ん!!! あ~~~ん!!!」
――――里見旭の祖母が亡くなったのは1年前のことである。
短命の一族にしては異例の長寿であった彼女は、やはりこれも珍しく、戦いの中では無く愛する家族に看取られながら安らかに逝くことができた。
短命の一族にしては異例の長寿であった彼女は、やはりこれも珍しく、戦いの中では無く愛する家族に看取られながら安らかに逝くことができた。
◆
「……今日は泊まってくといいッス。 夜は奴らがうるせぇから……。 明日の朝……村の出口まで送って行くッス……」
半刻ほど泣き明かした二人は、囲炉裏を挟み向かい合う。
植物で編まれた古き家を温かな火の光がぼうっと照らしている。
植物で編まれた古き家を温かな火の光がぼうっと照らしている。
旭の声掛けに男――H・リーは畳にうつ伏せになったまま力なく頷いた。
「ウン、アリガトウ……」
彼の言う“マイスター”は彼の人生にとって掛け替えのないものであった。
その一人がもう還らぬことを知り、言いようのない悲しみが彼を貫いていたのだ。
その一人がもう還らぬことを知り、言いようのない悲しみが彼を貫いていたのだ。
悲しみを紛らわせるために二人してぽつりぽつりと故人の思い出話をしたり、お互いの素性を語り合った。
祖母の死より丸々一年を村に籠り喪に服していた旭にとってH・リーは一年ぶりに出会った貴重な人間であり、ちょうど良い話し相手であった。一方でリーにとっても、どこか“マイスター”の面影を残す旭は傷を癒すのにちょうど良い相手であった。
利害が一致した二人はあれやこれやと語り合い、同じ話が二順して……疲労も重なりいよいよ眠りにつこうかとなった段で旭が口を開いた。
「……リーさん、さっき言ってた“大会”ッスけど……あたしも出ちゃダメッスかね? ばーちゃんの枠余ってるなら譲って欲しいッス。 叶えたい望みは特にねーんスけど……TVに出たくって……!」
「ウン、イイヨ……」
「えっ、軽っ!? いいんスかそんな簡単で?」
本当はよくない。
大会に出場する“マイスター”以外のメンバーは厳選されるべきであり、本来は予選があったり、サンプル魔人と戦わせてみてその感触をもってリーが判断を下すというプロセスが存在するのだが、この時のリーはそこまで考える余裕が無かった。もうほんとにただひたすらマイスターの死が悲しかったのだ!
大会に出場する“マイスター”以外のメンバーは厳選されるべきであり、本来は予選があったり、サンプル魔人と戦わせてみてその感触をもってリーが判断を下すというプロセスが存在するのだが、この時のリーはそこまで考える余裕が無かった。もうほんとにただひたすらマイスターの死が悲しかったのだ!
「ウン、イイヨ……ナンデデタイノ?」
「ばーちゃんが死ぬ直前、何回も『自分が死んだら好きに生きなさい』って言い聞かしてきたんスよね……。ばーちゃん……健術もまぁまぁ極めてて、どうも死ぬ半年前くらいから『そろそろだな』って察してたみたいで……口を開くたびに遺しちまうあたしを心配してくれてたッス……」
チラリと遺影を見やる旭、枯れたはずの涙が再び目尻に浮かんだ。
ぐいっとそれを拭い、話を続ける。
ぐいっとそれを拭い、話を続ける。
「……で、ばーちゃんが死んでからここ1年、ずっと考えてたッス! やりてーことってなんだろう、好きに生きるってどうしたらいいんだろう……って。 ……で、出した結論がこれッス!」
そう言い、旭は押し入れから数本ののぼりを取り出した。
天然色で染め上げられた色とりどりのその旗には「正剣ネオストロング里見流」「簡単な運動で驚きのダイエット効果!」「初月レッスン無料!」「入会費・年会費無料!」などと怪しげな文字列が踊っている。
天然色で染め上げられた色とりどりのその旗には「正剣ネオストロング里見流」「簡単な運動で驚きのダイエット効果!」「初月レッスン無料!」「入会費・年会費無料!」などと怪しげな文字列が踊っている。
「ケンコウサギガシタイノ?」
「ちげーッス!! たぶんなんスけど、『里見流』ってあたしが最後の一人っぽいんスよね……。 だからあたしがなんかの拍子に死んじゃったらそれで終わりなんス! ……それってヤバくねぇッスか!? 百年も二百年もいろんな里見の人が一生懸命考えた技が消えちゃっていいのかな~って!」
スッと「正剣ネオストロング里見流」という旗を掲げる旭。
「だから考えたんスよ……『新しい里見流』を!みんなが習いたくなるラフな里見流をッ! 『里見流』……中でもばーちゃんやあたしがかじってた『里見無人流剣術』ってのはバリッバリの殺人術なんスよね……。 だから、なんつーか……それって需要、無さそうッスよね……? 修行もはっちゃめちゃに厳しくて……鉄食わせたり、油ぶっかけて焚火に投げ込んだり……正直、こんなん進んで習いに来る奴ァいないだろうって思うッス……」
「だからこその」……と言い里見は旗に目を向けた。
旭光色に染まった旗に書かれた「正剣ネオストロング里見流」の文字が炉の光を受け鮮やかに踊った。
旭光色に染まった旗に書かれた「正剣ネオストロング里見流」の文字が炉の光を受け鮮やかに踊った。
「『里見の技』の全部は無理でも健康とか美容とか……そういう優しい里見の技だけでも残ってくれたらな~って思うッス。 そういうのをかき集めていいかんじにしたのが『正剣
ネオストロング里見流』ッス! ……大会に出て、これでもかってくらいアピって、そんでもって門下生を作ることが当面のあたしの『やりたいこと』ッス! てなわけで……」
ネオストロング里見流』ッス! ……大会に出て、これでもかってくらいアピって、そんでもって門下生を作ることが当面のあたしの『やりたいこと』ッス! てなわけで……」
旭は遺影の前に座り、お鈴を鳴らした。
目を閉じ、手をあわせる。
目を閉じ、手をあわせる。
「門外不出一子相伝の禁を破ること……許して欲しいッス! 里見の名を忘れないで貰うため、ばーちゃんたちはこんなにすごかったんだぞって自慢するため……ちょっくら暴れて来るッス!」
炎に照らされた故人の顏は温かい表情を変えぬまま、新流派の主を見守っていた。