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文房具第1話

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datui

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“田中が口中……判子、屈辱の一撃”

 修正ペンが画鋲の絹を裂くような悲鳴を聞いたのは、ケンちゃんの学習机の引き出しの片隅でだった。
それはつまり彼の定位置がそこだったからで、別に隠れていたとか、そういうわけではない。
 正直なところ、小学生のケンちゃんにとって、修正ペンはそれほど頻繁に使う文房具ではなかったの
だ。だから彼は普段、引き出しの片隅にしまい込まれていて、時折思い出したように自分の元に伸ばさ
れるケンちゃんの指先をいつも心待ちにしていた。
 ついこのあいだ、ケンちゃんが筆箱の中からボールペンをとり出して、理科のノートにちょっと格好
をつけた字で「実けんの応用へん」と書いたとき、「実」の字の横棒を一本多くしてしまったせいで、
ひさびさに仕事を与えられた修正ペンは心から喜んで、興奮しすぎて液漏れしないよう必死で耐えたも
のだ。何とかうまく必要な部分だけを消して、文字を綺麗に修正し終えたときの満足感といったらなか
った。ケンちゃんもにっこり笑っていて、本当に幸せな気分になれたのだ。
 そんな日常が今は懐かしい。あの日、にっこり笑ったケンちゃんは、旺盛な好奇心があだとなり、幼
い命を散らしてしまった。壁で画鋲があげた悲鳴を聞いて、すぐ近くにいた仲間の修正テープ、万年筆、
そして万年筆のインクとともに引き出しをこじあけて顔を出したら、そこにはぐったりしたケンちゃん
の姿。修正ペンはその事態に驚き、悲しみ、震え、そして涙した。おかげでキャップから白い液体が少
し漏れ出してしまったほどだ。
 ところが、それから少しして件の『感電』という面をつけた、神とも何ともつかぬ者が現れ、彼を含
む文房具たちが殺し合えば、最後の一人になるまで闘い続ければ、ケンちゃんを生き返らせてくれると
言うではないか。願ってもない提案だ。修正ペンはすぐさま、覚悟を決めた。

……あの可愛いケンちゃんの笑顔を取り戻すためならば、俺はたとえ死ぬことになったっていい!

 もともと、彼は文房具界において「スタメン」と呼ばれる位置にはいない。いつだって、次点の位置
に甘んじてきたのだ。だからこそ、自分の命を惜しむことはなかった。自分がもしいなくても、ケンち
ゃんはきっとそんなに悲しまない、そういう寂しい現実をきちんと捉えたうえでなお、彼はケンちゃん
をこよなく愛していたのだ。

+++++

 始まりの合図とともに彼が闘いを挑んだのは、たまたま学習机の端に所在なく佇んでいた判子だった。
間違いを正す、そういう星の元に生まれてきた修正ペンの真正直な性格は、奇襲や駆け引きを許さない。
正々堂々と判子の前に立ち、そして彼はこう叫んだ。

「判子さん、いざ、尋常に勝負願います!」

 まるで道場破りのごとき修正ペンの大声に、判子はうっとおしそうな顔で溜息をひとつ吐いた。彼女
は、このケンちゃんの部屋にやってきてからは日が浅いものの、少し前まではケンちゃんのお母さんが
何かにつけてぺたぺた押していた、文房具界でも使用頻度からいえばスターに近い位置にいる人物(?)
である。長い間、この家の玄関口近くで宅急便などの受け取りに奔走していたが、最近になってその位
置を新参者のシャチハタに奪われ、ケンちゃんの部屋へとやってくることになったのだ。
 そんなわけで、彼女はあまりケンちゃんに対する愛情がない。それゆえに、この闘いに参加すること
も望んでいなかったし、ましてや、若造の修正ペンに闘いを挑まれて楽しい思いなどするはずもなかっ
た。

……まったく、馬鹿馬鹿しいったら。

 心の中で吐き捨てて、彼女は修正ペンと目を合わせた。自分自身の正義に燃えているらしい若者の、
キラキラした瞳と興奮であふれ出す白濁液。判子にとってそれはもはや、彼女が若かった時代の記憶を
呼び覚ますほどの力すらも持たない、下らないものでしかなかった。

「冗談じゃないわ、闘いたいんなら他をあたんなさいな、アタシはご免よ」

 本当に、心の底から、『ガキの相手をする気などありません』といった調子でその言葉を吐き出すと、
彼女はスッと机の端から飛び降り、椅子のクッションの上に着地してその裏へと隠れる。もうこのまま、
馬鹿げた闘いが終わるまでこの場所に隠れていようと、中の方まで潜り込んでジッとしていた判子だっ
たが、またも修正ペンが追ってきて、そのキャップの先端で無理矢理にクッションを持ち上げ、闘いを
挑んだ。

「駄目ですよ判子さん、ケンちゃんに生き返ってもらうためには、殺し合うしかないんです!」
「馬鹿言ってんじゃないわよ、アタシは嫌よ! アンタ、ケンちゃんケンちゃん煩いったらないわね!」
「なっ、俺らはケンちゃんのために存在する文房具なんですよ! 主の命を返してもらうためなら何で
 もするのは当然のことでしょう!」
「はぁ? ふざけないでよ! アタシはケンちゃんの事なんてどうでもいいのよ! むしろケンちゃん
が死んでくれたおかげで、もう一度あの玄関横のポストを狙いにいけるんじゃないかって思ってるくら
いよ!」
「何だって……! 貴女、最低だ!」
「最低で結構よ、アタシは闘わないわ! アンタはやくどっか行きなさいよ!」
「……そうはいかない、貴女みたいな人を俺は許すわけにはいかないんだ!」

 低い声でそう叫んだ修正ペンは、おもむろに自らの頭部のキャップをはずし、判子に向けて修正液を
放つ。慌てて判子はそれを避け、逃げようと後ずさったがもう遅かった。一瞬後ろを確認したその隙に、
修正ペンが彼女のすぐそばまで迫っていたのだ。

「死んでもらいます、判子さん」

 聞いたこともないような冷たい声で、修正ペンは呟いた。彼は自らの足で判子の木製の胴を踏みつけ、
自らの支給品であったビニールテープで彼女の胴を彼らの戦場、椅子の尻をのせる部分に貼りつける。
そして彼は容赦なく、判子の頭部の文字部分に白濁した液体を凄まじい速度で噴射した。

「きゃあああああ!」

 判子の肝心要の部分、ケンちゃんの名字である「田中」。その文字が白い液体によって埋められてい
く。早くも「田中」の「田」は「口」になり、判子は悶え苦しみながら、それでもそのまま死を迎える
ことを良しとしなかった。彼女が懐からとり出したのは、支給品の布団針。腹這いになってビニールテ
ープに押さえつけられていた判子は、渾身の力を振り絞って腰をひねり、その尖った先を修正ペンの液
の噴出口に突き刺した。

「……ぐぅう!」

 修正ペンは、自分の命ともいえる液出し口に強烈な痛みを感じ、両手でそこを押さえながら呻く。あ
ふれ出す白い液はまるで彼の血のようにドクドクと滴った。修正ペンが苦しんでいる隙に、どうにか彼
の下から脱出した判子は、先が白く汚れた布団針を握りしめたまま、椅子の下へと飛び降りて逃げる。

……屈辱だわ! 田中を口中にされるなんて!

 怒りと羞恥に震えながら、彼女は走る。目的地は机の裏のあのデッドスペース。誰も入ってこないだ
ろうあの場所ならば、安心して時を過ごせるとふんだのだろう。普段なら、埃まみれのうえに、一度入
ったら、大掃除の日まで出てこられなくなる可能性すらあるあの場所。いまだかつて、あの場所に入り
込みたいなどと思ったことはなかったが、今回ばかりは別だ。

……修正液が乾いたら、この布団針でほじくってしまわなければ!

 それだけを胸に、彼女は走る。その耳に、彼女を追って椅子から転げ落ちた修正液の苦悶の喘ぎは全
く届かなかった。

【現在位置:ケンちゃんの机の下、椅子の足付近】

【修正液】
[状態]:液出し口に楊枝をさされ、苦しんでいる
[道具]:ビニールテープ
[行動方針] :ケンちゃんの命を取り戻すため、闘う

【判子】
[状態]:田中の文字を口中にされ、軽いダメージ/羞恥と怒りを感じている
[道具]:布団針
[行動方針] :机の裏のデッドスペースに逃げ込む/闘う気はない

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