雲上海下(うんじょうかいか)後編
部屋の中を確認する、何もいないしオマケに銃まで見つけた。
これでなんとか弾丸10発分位は身を守れる。
しかし、今の気分はまるで今から入水自殺でもするかのように
どんよりとした感じだ。
福沢はスタンドライトの明かりを点け
部屋の隅でうずくまって静かに泣いた。
さっきまでの気楽な気分にはとてもなれない、もうここから動きたくない・・・・
そう思った矢先、部屋の大型スピーカーから突然放送が聞こえてきた。その内容はただただ恐ろしくて、冷えた身体をさらに震え上がらせた。
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外に出なかったのが幸いして服は乾いた、涙も一緒に涸れ果てたけれど。
「・・・・・人殺しなんて、出来るわけ無いよ・・・・・」
さっきの放送、恐らくそういう意味だろう。わざわざ『この町では人殺ししても大丈夫です』だなんて前置きする辺りがいやらしい。あれじゃ三択じゃなくて一択じゃない。
死人が出たことは特に気にならなかった。そんな事もあるでしょ?さっきだってその中の一人になりそうだったしぃ。
そう思っていると部屋の戸を叩く音が聞こえた。
ガタタッ!思わず飛び退く、心臓が飛び出るかと思った。
もしかしたら相手は人語を喋る化け物かもしれない。用心深く押し黙ると扉の向こうから声が聞こえた。
「誰かいるんですか?僕は人間です、
できたら開けてもらえませんか?」
この陰気なボソボソ声、丁寧なデスマス口調には聞き覚えがある、
期待を込めながら覗き穴を見る。これは・・・・この人は!
「あ、ありゃいひぇんひゃいっ・・・・!!」
気が動転して声が上手く出なかった、まさかこんな所で、他の人間に会えるだなんて・・・・
ついさっき会ったばかりだけど、また知り合いに会えるだなんて、思って無かった・・・・
ドアを開けて目の前の人物に飛び付いた、そこにいたのは屋上から飛び降りて死んだはずの荒井昭二その人であった。
「うわっ!福沢さん・・・・ですか、どうしたんです?そんな血塗れで」
福沢はここに来た経緯を話した、荒井が屋上からよく判らない何かに突き落とされ空中で霧散した後、
新藤さんも消え、次に自分の番になり、そこで話した呪いのロッカーの中に引き込まれてここに来た事を、
そしてそのせいで坂上も死んでしまったかもしれない事を・・・・・
荒井は最初から最後まで不機嫌そうな、もしくは
何か考え込むような表情をしていたが、
ハッとしたように目を逸らす。
「ごほっ、私、あなたの話はよく解らないんですが、とりあえず部屋に入って座りましょう、その、
どうも女性に抱きつかれたのは初めてでして・・・・」
「あっ!やだもう、ごめんなさい・・・・」
微妙な空気になりながらも部屋に入り床に座る、荒井は
「おいおい、荒井くん、君ってやつは本当に気の効かない奴だなぁ。
涙目の女性が上目遣いで抱きついて来たら
抱き締め返す位できないのかね?
おっと、君ごとき一般庶民には無理な注文だったかな?
はっはっはははは・・・・」
とたわごとを言う風間の姿が思い浮かび、おかげで半ば八つ当たりのような怒りで冷静さを取り戻す事ができた。先程とはうって変わって締まった表情で現状を推察する。
「さて、パラレルワールドって分かりますか?もしもの世界というやつですよ。例えば、あの集会で貴女が一番手だったら。坂上くんは話を聞くのを止めていたかもしれない。
例えば、風間さんが僕の後に話していれば。あんな忌々しい揉め事にはならずに済んだかもしれない」
「揉め事?揉め事なんてありましたっけ?」
顎に人差し指を当て、思い出す素振りをする福沢だったが。あの中の誰かが誰かと喧嘩するシーンなど記憶に無い。
「そこです、僕が解らなかったのは、福沢さんの話のほとんどが僕の記憶には無い事なんですよ。最初は福沢さんの形をした他の何か、呪い人形とかの類かと思ったほどです」
「荒井先輩ったらひどーい、私がそんな気持ち悪い人形な訳ないよ。キャハハハん?どうしたの先輩?」
福沢には心なしかショックを受けたように荒井の元々の前傾姿勢が更に曲がっているかのように見えた。
顔は何故か以前より不機嫌になったようであった。
「・・・・・・ま、でも話を聞いてるうちに気持ち悪い、人形説は流れたんですけどね・・・・・
記憶のすり替えも考えました、が、この場所に僕らを呼び寄せた存在が、わざわざそんな事をやる意味が判らない。つまり・・・・・」
「荒井先輩は荒井先輩だけど私の知ってる荒井先輩じゃないって事?」
いまいちよくわからないような表情で訊ねる
「ややこしいですがそうなりますね、後は、『何故僕たちはここに呼ばれたのか』ですが・・・・まぁそれはこのアパートを探索しながらにしましょう」
福沢がギョッとしたような顔で荒井を見る。あからさまに嫌そうな顔の真相は、正直さっきの廊下を通るのは気が引けたからだ。
「あーそうそう、さっきの話、もう1つ聞きたかったんですがね」
どんどんドアへ向かう荒井について行く、キィィイイという音と共にドアが開けられ、その外、廊下を見る。
「あなたの話だと死体は三つ、ですよね?
でも僕が二階から上がって来た時には――――
ここに死体はありませんでしたよ」
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ほどなくして、荒井と福沢は2階の探索を開始する事にした。現在地図や、その他道具の入ったバッグは
荒井が持たされている。
「さっきもったいつけて脅かしてくれた御返しよ!」
だそうだ
左回りに辿っていくとトイレに繋がる奇妙な玄関を見つけた
「あれ?トイレの中に何かありますね、
取ってみましょう」
「やだ、ずいぶん気持ち悪いこと考え付くね。
ちょっと待っててください」
そういって福沢はキッチンからトングを取ってきて
詰まっているものをとった。
その後、それで見つけたメモを頼りに金庫を開け装備を充実させた、先に荒井が廊下に顔を出し銃でゾンビやナースを駆逐、先へ進む。
西側アパートの2階廊下、福沢はどうしても気になっていたことを聞いてみたくなった。
「ねぇ荒井先輩、荒井先輩は私とよく似た世界に居たんだよね。一体何やらかしてここに来たの?誰かと喧嘩したとか言ってたけど」
テキパキとドアの鍵が掛かってるかをチェックしながら質問に答える。
「えぇ相手は風間さんでした。かなり切迫した状況でしてね。どちらかがどちらかを殺しても、おかしく無いほどでしたよ。
というより、僕は殺されました・・・・」
「あー・・・やっぱり荒井先輩も死んでたんだ、キャハハ」
最初に比べるとかなり明るい表情になったな、内心そう思いながら突っ込みをいれる。
「・・・・笑い事じゃないですよ、で、ここに呼ばれた理由ですがね。『罪』じゃないか、と思いますよ、僕はね」
「罪・・・・ですか?」
2人は会話をしながらある部屋に入った。そこは他の部屋よりも暗く、じめじめとしていた。
それもその筈、部屋の半分は発光している赤い水で満たされている。
室内プール?と疑問に思ったがそもそもこの場所自体可笑しな場所なので深く考えるのは止めた。
それよりも部屋の隅に置いてある槍を持った銅像にビックリした、調べてみたが動き出さなかったので、荒井は話を続ける。
「えぇ、実はさっきの喧嘩、相討ちでしてね。
まぁようは、僕も殺してるかもしれないんですよ、
風間さんをね、きっとそうゆう人達が集められたんでしょう
断罪のために・・・・」
福沢は、罪悪感は今も感じているが
前にあった悪い事はもう考えない主義だ。
空気を明るくするために冗談を言った。
「じゃあ~、もう一個質問!」
「ん?何です?」
この時気を緩ませたのが、最大の失態だった。
「そっちの世界の私も、可愛かった?」
扉が閉まると同時に後ろの銅像が動き出したのを感じられなかったのは、あまりにも致命的だった・・・・
「・・・・まったく、あなたって人ッ・・・は・・・・・!!」
「先輩っ!!」
荒井の腹からは槍が突き出している。
拳銃を福沢に投げ、憎々しげに後ろを睨むが、それだけではどうしようもなかった。
放り投げられそこらのゴミのように転がっていく。
断罪の槍を持った三角頭はもう一方へ向かって行く。
福沢は投げられた拳銃を受け取り、狙いを定めた。
当たってはいるのだが、まるで効いている気がしない。
武器を持っているのに治療を施しに行くどころか
仇すら取れない自分が情けなくて、
無性に悔しくなった。
その時、急にその巨体が静止した。首元当たりから金属を万力で締め付けたような音が聞こえる。
振り向こうとはしているものの、身動きが取れないようだった。
そこにいたのは
「・・・・・酷いじゃないですか。
動けない振りして、いきなり、後ろから、襲って来るだなんて・・・・」
荒井だった。
表情は変わらずともその目は怒りを露にし、爛々と輝いている。
腹の傷を意にも介さず、とてつもない力で三角頭の首を絞め、状況は良くなって来ているように思えた。
だが、
パキン・・・・・!
「なっ・・・・!?」
荒井の手首から陶器にヒビが入るような音が響いた。
この間合いでは手を離した瞬間殺られる。
かといって絞め続けても腕が壊れ、やはり殺られる。もう打つ手は・・・・
「ヒヒ・・・・・ヒヒヒ、ヒヒヒヒヒ!!」
「せ、先輩?」
バキリ!!
皮膚から骨、いや、木片が飛び出す。
福沢はその瞬間、今まで一緒にいた相手がどういう存在なのかを理解した、そして何故、最初に呪い人形説を疑ったのかも。
しかし、不思議と恐怖はなかった。
「・・・・・福沢さん、人間は素晴らしい生き物です、よっぽど、そう、風間さんみたいに霊や、個人の主義主張をバカにするような輩以外は」
「な、何でそんな話・・・・」
言葉を遮り矢継ぎ早に次の質問をする。
「最後に一つ!・・・・・そっちの僕は、間違いなく人間でしたか?」
渇れたと思った涙を溜めて当然のように彼女は言った
「何言ってるの先輩!あなたは人間じゃないですか!」
それが彼との最後の会話だった。
彼は振り向いた三角頭に横殴りにされ手摺に衝突、何度も何度も槍を刺される。
何度も何度も・・・・魂を崩すように。
福沢は気が付くと弾かれたように走り出していた、即座に銃に弾を込め尚も手を止めぬ巨体の元へと向かう。
その独特な仮面の隙間に銃を差し込み訳のわからない叫びをあげながら、無我夢中で引き金を引く。
12回目の刺突でようやく断罪者は銃弾に耐えかねたのか帰って行った。
赤い水が段々と退いていき、道を形作る。
階段は光を発し、海底から水面を見ているかのような幻想的な風景を作り出している。
福沢は倒れ込んだ荒井の元へすぐさま駆け寄ったが、もはや腹部がボロボロで素人目にも死んでいる事が解るような酷い惨状だった・・・・
絶望に打ちひしがれそうになるがしかし、彼の顔を見た後、涙を拭き、さっさと先程の巨人を追う事にした。
---荒井は、笑い顔だった。
【荒井昭二@学校であった怖い話:死亡】
【荒井昭二@学校であった怖い話:死亡?】
本当に?焼却炉に放り込まれ、それでも少しの間生きていた彼はこれしきの事で死ねるのだろうか?
答えは否。
彼の受難はまだ終わらない
【西側アパート非常階段/夜】
【福沢玲子@学校であった怖い話】
[状態]深い悲しみ、固い決意
[装備]ハンドガン(0/10発)
[道具]ハンドガンの弾:19、女子水泳部のバッグ(中身不明)
[思考・状況]
基本行動方針:荒井の敵を撃ち出来るだけ多くの人と脱出する
1:荒井先輩・・・・・
2:三角頭を追う
3:人を見つけたら脱出に協力する、危ない人だったら逃げる
※荒井からパラレルワールド説を聞きました
※荒井は死んだと思っています
【荒井昭二@学校であった怖い話】
[状態]気絶、腹部に重症、片腕の手首損傷、人間と言われた事による幸福感、人形
[装備]カッター
[道具]学生証等々他
[思考・状況]
基本行動方針:自分の主義に反しない人のみ助け、できればここから脱出したい
1:・・・・・
※福沢と情報交換しました
※ここを『罪』を犯したもののみが集まるパラレルワールドだと思っています。