DOG
男と少女に追いつくのは容易い。しかし、それで問題が解決しないのは、犬にももうわかっている。
ヒトであろうと、ヒトでなかろうと、生あるものは痛みによって学ぶ。
犬は無策の襲撃を断念し、ただ追跡を続ける。重要なのは、あの少女と共存することだ。
無闇に異端を襲うことではない。
二人はとある民家に入った。犬も侵入するべきかどうか悩んだが、さすがに見つかるだろう、と見切りをつけ、
その家屋の外壁に耳を押し当てるだけに留めた。聴覚の精度も向上しているらしく、中の様子が手に取るようにわかる。
いつもの殻と比べ、この殻は存外使い勝手がよい。
『そこにいるのは誰だ』
『ひっ……!』
あの男の誰何に、別の男が怯えを示す。どうやら先客がいたようだ。
『おまえ、求導師の……』
『……その声、美耶子様……ですか?』
少女と先客は面識があるらしい。犬もその人声には覚えがある。
たしか、いつもおどおどしていて、みっともない――そんな人物だった。
『知り合いなのか?』
『一応な』
もっとも、そこまで深い関係でもなければ、いい関係でもない。
儀式の運営をする男と、その儀式から逃げ出した少女。
犬が男の立場だったら、殺しまではしないだろうが、一発張るくらいはしただろう。
『………………………見ぃつけた』
その声を犬の耳が拾うのと、ガラスが割れるのはほぼ同時だった。
漂ってきたわずかな死臭と、独特の臭気から、犬は自分の同族だと察する。
位置はここと反対の外壁のあたりだ。あの求導師もまた追われていた――そういうことだろう。
『君達は逃げろ!』
『でも……!』
『早く!』
男に急かされたせいか、そこから二種類の足音が発せられ、次第に遠のいていく。
扉の開く音が聞こえ、犬の視界の隅でふたつの黒い服が踊る。
目的の少女と、腑抜けの求導師。つまり、自分を屠った男と、同類はまだ民家の中ということになる。
犬は耳の後ろを足でぽりぽり掻きながら、黙考する。
普通ならさっさと目標に疾駆し、腰抜けを黙らせ、殻をいただくところだ。
しかし、その後に屋内の男が殻や自分を破壊する可能性がある。
生命力の強さには自信があるが、さすがに体を木っ端微塵にされては、再生のしようがない。
同族があの男を殺し、同化してくれるのが理想だが、おそらく無理だろう。
現に、本調子ではないとはいえ、自分が手傷をまったくつけられなかったのだから。
老朽化した壁を突き破り、目の前で黒い何かが跳ねた。
光を怖れ、闇へと逃れるための黒装束。
「た、助け…………」
血を垂れ流し、同類は懇願するが、遅れて庭に出た男がしたのは処刑だった。
目にも止まらぬ蹴りが人面に突き刺さり、頭部を粉砕する。
同族の握っていた傘が、ぽたりと芝生に落ちた。
「これで……。いや、まだか」
息荒く呟く男が犬に気づいたらしく、銃をそちらに構えた。
犬は一瞬どうするか考えたが、とりあえず相手に噛みつくために跳びかかる。
「このっ……!」
拳銃とは便利に見えて、実はそうでもない。
敵を見つけ、構え、狙い、撃つ――――そのプロセスがなければ射撃は成立しないのだ。
すなわち、通常の的である人間より小さく、素早い対象に対しては、いくらかの遅延時間が発生する。
野性か経験か。どちらにしろ、犬の選択はそこまで間違いではなかった。
常人の体術など高が知れている。武器のない一般人に対して、犬はある程度のアドバンテージがあるのだ。
そう、一般人なら。
男は潔くハンドガンを捨て、右脚を勢いよく振るう。
それは脳漿を撒き散らしながら犬の顔面を正確に捉えた。
犬の視界と思考は一瞬にして暗転し、自分がどこにいるのか、自分が何なのかさえ分からなくなってしまう。
犬と足、双方の運動エネルギーが衝突し、その破壊力は想像を絶する。
頭部の変形した犬はそのまま近くの犬小屋へと吹っ飛んだ。
本来、犬を受け入れるそこにそれ程の耐久力はなく、犬の頭と同様に破壊されてしまう。
「ん? ……これは」
木片と砂埃舞う中、何とか機能を失わずに済んだ視覚で犬は男を見つける。
その手は骨のような何かを拾っていた。犬は赤黒い視界の中で、男が自身を凝視しているのに気付き、対策を考えるが、
結局、無言で横臥を続けることにした。直に回復するとはいえ、ここまで戦力差が圧倒的では、戦う意味がない。
その死んだふりをどう受け取ったのか、男は犬から視線を外し、どこかへと走っていった。
犬は男の位置が嗅覚と聴覚の範囲外になったのを契機に立ち上がる。
まだ全快には程遠い。再生速度が遅すぎるのだ。
仮に治癒が完了したとしても、ここまで戦力の格差があっては、襲撃しても無駄だろう。
「ギギギ…………」
犬は復活しようと躍起になっている黒装束に近寄る。
問題は単純だ。力が足りない――ただそれだけのこと。
ならば、力を得ればいい。最も原始的な方法で。
犬は慎重に、だが確実に同族に肉迫し、その喉笛に牙を突きたてた。
「グゲゲ…………!」
悲鳴が上がったが、出血がすぐに気管を征服し、やがてぼこぼこと音を立てるのみとなる。
捕食は生物の基盤である。相手の血肉を自身のそれと同化させ、自己の一部とする。
能力の獲得や飢餓の解消――理由や結果はどうであれ、今日までの生物は、多かれ少なかれそうして生存している。
ならば、犬の行動は当然とも言える。
殻を食し、中身の精神を吸収する。
その行為は自身の能力の向上、すなわち単純な強化を意味するからだ。
同族のすべてをその胃に収めた頃には、犬はもう完全に回復していた。
いや、それどころかその身を包む闇が増し、傍目からでも成長が窺える。
犬もそれを肌で感じており、溢れる力を遠吠えによって表現してみせた。
その上で、犬は悩む。
男の始末と少女の殻。
どちらを優先するか。
血に染まった傘に、犬はまったく興味がなかった。
【A-2/給水施設付近/一日目・夕刻】
【ハリー・メイソン@サイレントヒル】
[状態]健康、強い焦り
[装備]ハンドガン(装弾数10/15)
[道具]弾:34、栄養剤:3、携帯用救急セット:1、ポケットラジオ、ライト、調理用ナイフ、犬の鍵
[思考・状況]
基本行動方針:シェリルを探しだす
1:学校に急がなければ!
※サイレントヒルにシェリルがいると思っています
「おい、本当にこっちでいいのか」
「さ、さあ……」
「『さあ』って、おまえ……」
「申し訳ありません……」
牧野は儀式の供物に頭を下げつつも、どこか釈然としないものを感じていた。
霧で視界は悪い上に、地図もなければ指針もない。そんな状態で『学校に行きたい』と言われても、土台無理な話だ。
だからといって、儀式のやり直しを提案しても突っぱねられるだけだろう。
どうすればいい……?
牧野は顔を伏せたまま、周囲に目を配る。
すると、見知ったものが一瞬、視界を過った。
求導師は内心で驚愕し、じっとりと冷や汗をかく。
「もういい。顔を上げろ。“見えない”だろ」
生まれつき盲目である少女は牧野の異変どころか、その原因にも気付いていないようだ。
彼はそれに安堵して額を拭い、それから彼女の手を取った。
「とりあえず目星が付きました。行きましょう」
この変異を“神の花嫁”も正確に認識できていないようだ。
ここがどこで、なぜこうなったのかわかっていれば、わざわざ村人――それも儀式の関係者――に頼ったりはしないだろう。
それくらいこの少女の村人に対する不信感は根強い。
もっとも、自分だって殺されるのがわかっているなら、その相手に対して好意的にはなれないだろうから、彼女を責めるつもりはない。
ただ、役割を演じてほしいだけだ。自分と同様に。
先程見かけたのはある男の後ろ姿だ。
彼はよく知っている人物で、一応頼りになる。
向こうがこちらを邪険に扱わなければ、の話だが。
できれば八尾さんがよかったが、この際彼でもいい。
知り合いがほとんどいないこの状況で、ある意味最も親しい存在に出会えたのだ。
ここは素直に神のお導きと受け取ろう。
宮田司郎。
我が半身の元へ。
【B-2/CS屋前/一日目・夕刻】
【牧野慶@SIREN】
[状態]健康 ヘタレ 疲労(中) 、美耶子の手を引っ張っている
[装備]修道服
[道具]
[思考・状況]
基本指針:もう一度儀式を行ない、変異を終わらせる。
※ここが羽生蛇村でない事に気づいているようです。
※儀式を行なえば変異は終わると思っています。
【神代美耶子@SIREN】
[状態]健康、牧野に手を引かれている
[装備]特に無し
[道具]無し
[思考・状況]
基本行動方針:街から脱出する
1:とりあえずしかたがないので牧野と行動する
※幻視によって牧野の視界を借りています。
※ここは羽生陀村ではないと勘付き始めています
医師を追う求導師が花嫁を連れ、向かう先は神の御許。
けれどその神、皆が知る神に非ず。