Significant Commitment
《Take charge of the attempt》
警察署のある一室で一人の警官が倒れていた。その男の名はマービン・ブラナー。この警察署に勤務していた警官である。
ラクーンシティで発生したバイオハザード。それに多くの警官が錯乱していたが、彼は正気を持ちつづけ、
自らを犠牲にしてまで生き残りの署員を脱出させた。
その後、ゾンビによって受けた傷に悪態を吐きながら正面ロビーから西側オフィスへ移動して、
そこで気を失っていた。目が覚めたマービンは腹部の傷に呻きながら、室内を見渡す。
そこは、何故かSTARSのオフィスだった。
マービンは首を傾げる。あの洋館事件以来、ここは機能していない。
しかも自分は一階にいたはずだ。不審に思いながらも、傷の痛みがやや和らいでいるため、マービンはここから移動する事にした。
まだ取り残されている生存者がいるかもしれない。ゆえに捜索を怠るわけにはいかないのだ。
「調子はどうだ」
背後の声に、マービンは慌てて振り向く。その際、銃に手を掛けるのを忘れない。
「調子はどうだと聞いている」
そこにいたのは老人だった。流暢な英語だがアメリカ人ではない、東洋人だ。
いや、本当に喋っているのは英語だろうか。唇の動きが、自身の知る発音と微妙に違っているような……。
(今そんなことを気にしてもしかたがない、か)
「ええ、問題ありません。腹痛はありますが、そこまで酷いものでは」
「そうか。助けた甲斐があったというものだ」
「あなたがここまで?」
「ああ。化け物どもが騒いでいては、ロクに介抱もできんからな」
化け物。同僚をそう呼ばれるのは不愉快だったが、否定はできない。
実際、あの所業・状態はそう呼ばれて然るべきものだ。腐敗した肉体、消失した知性……。
生ける屍――ゾンビとは、ああいうものをいうのだろう。
マービンは憂鬱な表情を浮かべたが、すぐに振り払い装備の点検を始める。
ベレッタに目立った損傷はないが、無線機はとても動きそうにない。
「助けてもらった立場でこういうことを言うのはどうかと思いますが、
すぐにここから逃げた方がいい。見ての通り、ここはもう安全じゃない」
おそらくこの老人は警察を頼ってここまで避難してきたのだろう。
しかし、残念ながらここはもう警察署としての意味をほとんど成していない。
屈強な仲間のほとんどは死に、わずかな生き残りも離脱した。
最早この警察署に治安の維持・脅威の排除などする戦力など残ってはいないのだ。
警察官は客観的かつ現実的に現状を説明した。
根拠のない激励や希望を並べられるほど、彼は若くも青くもない。
今日付け(もう昨日になっているかもしれないが)で赴任してくる新米の安否が不意に気になり、
マービンは何とも言えない不快な感情を抱いた。本来なら小規模ながらもその新人の歓迎会をやるはずだったのだが、
今はもう望むべくもない。せめて、レオン・S・ケネディがこの街に来ていないことを祈ろう。
模範となるべき先輩警官としてあるまじき発想だと思わなくもないが、こんな地獄で前途有望な青年が無残に死ぬよりは、
遅刻でも無断欠勤でもいいから無事でいてほしいと考えるべきだろう。
「避難しに来たわけではない。そもそも、逃げ場などないからな。
化け物に銃を奪われたのでここに来た。ただそれだけだ」
老人はマービンが気絶している間に物色でもしていたのか、
彼のそばの机にはショットガンと、それ専用の弾薬がまとめて置いてあった。
「猟銃とまでは言わないが、ここに狙撃銃はないのか」
「発注も運用もした覚えはありませんな」
部外者、それも民間人(違うかもしれないが)に署の内情を話すことにはばかりがないわけではないが、
今更そんなことを隠してもしかたがないだろう。それ以前に、散逸した武装の把握など、こちらもまだ完全にはしていない。
武器庫からなぜか紛失した数々の銃器や道具が現在どこにあるかなど、知っている人間はもうどこにもいないんじゃないだろうか。
「そうか。……贅沢は言えんか」
マービンは不服そうにショットガンと弾薬を装備する老人を止めるかどうか悩むが、結局見過ごすことにした。
自分の身は自分で守る。それがこの国のルールだ。属地主義で民間人を戦わせることに関しては、この際触れないでおこう。
「自己紹介が遅れましたな。マービン・ブラナーです」
制服のまだ汚れていない部分で手を拭き、相手に差し出す。
老人は鋭い目つきをわずかに緩めて、自身の手でそれを握る。
「志村晃だ」
久しぶりの、まともな人間との会話。
そのせいか、マービンには周囲がずいぶん幻想的に見えていた。
これを幻覚と断じられるほどの余裕は、このベテランでもさすがにない。
階下から不意に銃声が聞こえ、それを合図に二人は握手を終える。
「生存者がいるのか……」
まだいたのか、いま来たのか。どちらかはわからないが、ゾンビに射撃はできないはずだ。
とすれば、理性があるかどうかは別にしても、まだ知性のある存在がいるということは間違いない。
「行くか」
志村の問いにマービンは頷き、ベレッタを構えた。
《Selfless Passivity》
「本当にこんな所にあるんですか?」
「わからない。だが、ないとも断言できない」
排除した怪物の死骸をそのままに、須田恭也と三沢岳明は探索を続けていた。
目的は外部との連絡手段――つまりは通信設備の入手だ。
恭也は異臭のする死体やその残滓から顔を背け、自分も何かないか探す。
じっとしていては、気が滅入るだけだ。その辺にあった本を手に取り、開いてみる。
どうやら日記のようだ。英語で書かれているが、なぜかスラスラ読める。そのことに疑問を持つ気は、彼にはもうなかった。
『8月11日
久しぶりに青空を仰ぐことができたが、気分は良くない。
仕事をサボって――
9月5日
ひょんなことからある老人と知り合いになった。
裏の処理場で働いている老人だ。
皮膚病なのかしきりに体をばりばりと掻いていたのが気にかかる。
9月9日
食欲旺盛な老人だ。
腹が減ったとぼやき続けていた。
ただ、言葉とは裏腹にひどく体調が悪いように見受けられたが大丈夫だろうか?
9月12日
彼の方から訪ねてきてくれたのだが、土気色の顔をしてまるで死人のようだったので慌てて帰したのだ。
なんともないと言っていたが、きっと無理をしていたのだろう。
そういえば今日も調子が悪い』
日記は所々破れていたり、汚れていたりで全部は読めなかったが、
だいたいの内容は理解できた。先程ここで襲ってきたヒトもどきが書いたものかもしれない。
恭也はちらりと頭に風穴の開いた亡骸を見て、すぐに視線を戻す。
「ここにはないようだ。次へ行くぞ」
「わかりました」
自衛官の言葉に頷きつつ、少年は目の前の男が握っている銃を見た。
ここに落ちていたもののようだ。
「不満か」
「ちょっと気になっただけです」
正直な感想だった。欲しいと思ったわけではなく、どんな銃なのか気になっただけだ。
一見自分たちの銃とたいした違いはないが、そのどっしりとした意匠には、かなりの性能が秘められているような気がする。
「代わりといっては何だが、君にはこれを渡しておく」
そう言って恭也が持たされたのは、奇妙な形の箱だった。蓋と思われる部分が黄色く塗装されている。
「おそらくそのデカブツの弾薬だろう。試射できるほどの余裕はないが、一応持っておくように」
「はぁ……」
一発しかないグレネードランチャーの弾が増えたことは嬉しいが、これは結構な荷物だ。恭也は中に入っていた弾のいくつかを苦労して服に仕込む。
日記は邪魔になりそうなのでここに置いておこう。
「次はどこに行くんですか?」
「途中にあった階段から地下へ向かうつもりだが、君はどう思う」
「任せます」
餅は餅屋だ。ここは素直にプロの意見に従おう。
三沢が頷いてドアに手を掛けた時、部屋の外から足音が聞こえてた。
テンポが速い。走っているのだろう。だとすれば、あの連中のものではない。
二人が知る限り、腐敗した奴らは足を引きずるように歩く。こんなに速く走ることはないはずだ。
「まだ無事な人がいたんですね」
死骸を辿り、救助を求めて追いかけてきたのかもしれない。
化け物に囲まれ、絶体絶命の危機。そこにそれを打破する存在がいれば、自分だって縋りたくなる。
実際、そばの男と同行しているのには、そうした理由もあるのだから。
「そう思いたいがな」
恭也の嬉しそうな声とは裏腹に、三沢は厳しい表情で銃を構える。
「接触する。“健康な”人間なら聴取と説明。それ以外なら――わかるな」
少年は唾を無理やり飲み込んで、首を縦に振った。
ゆっくりと扉が開かれ、先に三沢が足音へ向かい、
その後を恭也が追う。どうやら音源はもうすぐそばまで来ているらしい。
長い舌を持つ怪物、その死体がある廊下にいるようだ。
「動くな」
巨体が音もなく躍り出る。男は相手の姿に何を覚えたのか、一文字に結ばれた口から呻きが漏れた。
少年は遅れて、顔だけそこへ出す。
恭也は、ある種の懐かしさを抱いた。
つい最近のことだが、ずいぶん前のことのように感じられる。
それほど強烈かつ濃密な体験を現在進行形でしていると、改めて感じ取る。
病的な肌の色で、目から血を流す人間。それは、あの村に徘徊していた奴らだ。
「この人達って……」
「ああ、私も見覚えがある」
恭也の呟きに三沢が同調し、油断なく拳銃の狙いを定める。
それに相手が警戒したのか、持っていた銃を緩慢に構えようとした。
「動くな! これは脅しではない」
あの時の警官とは違う警官が何かブツブツ言っているが、恭也は何と言っているかよくわからなかった。
英語はわかるのに、彼らの言葉は理解できない。理解できたとしても、それは断片的なもので、完全な意思疎通には程遠い。
自衛官とてそれは承知しているだろう。しかし、弾薬は無尽蔵ではない。それに比べ、奴らは何度でも復活する。
長期戦になれば、確実にこちらが不利だ。それを阻止するための威嚇なのだろう。
「武器を捨てろ。そうすれば」
三沢の言葉が届く前に、彼のそばにあった配電盤が火花を散らす。
とっさに男は目を腕で覆うが、それが仇となった。
隙を突いた老人の銃口が素早く目標に向けられる。恭也は渾身の力で目の前の巨体を引っ張った。
結果として散弾は壁を叩き、三沢は難を逃れた。
「すまない」
「いえ」
恭也が再び廊下をのぞき込むと、そこにはもう誰もいなかった。
放置された死骸が転がっているだけだ。
「逃げたか。いや、見逃したというべきか」
三沢の視線が割れた窓ガラスから背後の階段へと移動する。
恭也もつられて見遣る。この先には何がいて、何があるのだろうか。
探検と形容するにはあまりに危険なこの行為に、少年は久方振りに戦慄した。
【D-2/警察署/一日目夜中】
【須田恭也@SIREN】
[状態]軽い疲労
[装備]H&KVP70(18/18)
[道具]懐中電灯、グレネードランチャー(1/1)、ハンドガンの弾(80/90)、硫酸弾(6/6)
[思考・状況]
基本行動指針:危険、戦闘回避、武器になる物をを持てば大胆な行動もする。
1.この状況を何とかする
2.自衛官(三沢岳明)の指示に従う
【三沢岳明@SIREN2】
[状態]健康(ただし慢性的な幻覚症状あり)
[装備]マグナム(8/8)、防弾チョッキ2型
[道具]照準眼鏡装着・64式小銃(20/8)、ライト、弾倉(3/3)、精神高揚剤、グロック17(17/17)、ハンドガンの弾(22/30)
[思考・状況]
基本行動指針:現状の把握。その後、然るべき対処。
1.民間人を保護しつつ安全を確保
2.永井頼人の探索
3.警察署内の通信設備の確保