Plague Queen 0
<retrospect>
鷹野が去ってしばらくした後、彼女が残した黒い箱が音もなく展開され、それは野に放たれた。
それに明確な意思はなく、ただ宿主を探し求める。
陽の光に脆弱な身を包むための器、あるいは鎧のような殻がそれには必要だった。
ズルリズルリ。ぬめりを纏いてそれは這う。強健な四肢どころか筋組織さえないそれの動きは遅い。
知らない場所をあてもなく腹這う。そのことに恐怖はあったのだろうか。いや、たとえ恐怖があったとしても、それには進むしか道はないのだ。
箱の中に居続けても、ただ朽ちるだけなのだから。
それに時間の感覚があるかどうかは定かではないが、移動してから数時間が経過した頃だった。
それのすぐ近くで交通事故が起きた。霧の中、覚束ない足取りの少年が自動車と衝突したのだ。
少年はどこかに撥ね飛ばされ、車は悲惨な有り様である。その衝撃で、車内にいた何人かが車外へと飛び出していた。
それから少しして男が一人やってきて、長髪の少女が車から降りる。それ以後は何の動きもなかった。おそらく無事なのは彼女だけだったのだろう。
二人は何か話していたようだが、ここまで聞こえてくることはなく、そのまま霧の中へ消えた。
接近する足音。それのそばにやってきたその人物は、どうやら事故の音を聞きつけたらしい。
『タダで旅行が出来るなんて私も運が良いわね……』
声から、その女性が自分をここに解き放った存在と同一だとそれは気付く。
しかしそんなことはどうでもいい。それはこの女性に寄生すべきかどうか考えたが、
矮小な現在の自分が彼女に抵抗された場合、どうすることもできないので諦めることにした。
踏みつぶされてはたまったものではないし、何も健康な個体が必要なわけではない。
起点となる苗床を確保し、肥大と増殖を行えればそれでいいのだ。
それは彼女に気付かれぬよう移動し、危険性から離れていく。
すでに目標は決めていた。先程の事故で地面を転がった金髪の少女。
位置的に近いのもあるが、体が小さいので侵食しやすいのだ。
これならこの容量でも再生にあまり手間はかからないだろう。
そう判断して、それは目的の少女に接触した。
こうして、それ――かつて女王ヒルと呼ばれたものは、少女――北条沙都子という宿主を手に入れた。
最終更新:2012年07月09日 20:40