Deadly Belief


<An Aggressive Thought/An Extraordinary Experience>

 氷室邸に置いてあった薬品を服用した後、日野はその屋敷を出た。
武器や治療器具は持ち出していない。なかったわけではないのだが、どれも経年劣化が著しかったり、
眉唾だったりしたので、まともそうな薬を腹に入れただけで諦めることにした。
RPGと違って、持てる荷物や持ち続ける体力にはすぐ限界がくる。
ガラクタを抱えて疲れるより、身軽に行動できた方がマシというものだ。
 薬のおかげか、痛みは随分と和らぎ、それほど苦しくはなくなった。
「万葉丸」と書かれたあれは、中々の効能のようだ。

(さて、これからどうしたものか)

 このコンディションなら当初の目的――殺人も問題はないだろう。
武器が心もとないが、それほど困っているわけではない。
使い方さえ間違わなければ、アイスピックでも充分。
それに対象を探すついでに武器も探せばいいのだから、別に特別なことをする必要もない。
 銃や剣が手に入れば先程の女も始末できるだろうか。あの場は態勢を整えるために離脱したが、諦めたわけではない。
チャンスがあれば、仕留めたいとは思っている。しかし、あれは不可解な挙動が多い。今の自分に足りないのは装備だけなのだろうか。

 あるいは……。

 日野が首を捻りながら歩いていると、雑貨屋(看板は英語だったがあっさりと読めた)のあたりで、
よろよろとこちらに近づく影があった。
 暗闇の中に映える金髪は一見、欧米人のそれのようだったが、
顔立ちは東洋人で、どうやら少年のようだ。もっとも、日野にとってそんなことはどうでもいい。
 目の前に贄が自分からやってきた――その事実だけで充分なのだ。
 眼鏡の男は狡猾な笑みを浮かべ、手にしたアイスピックをくるくると回しながら背に隠す。
これは楽な狩りだ。心配するフリをして近づき、油断したところを一突き。それで一丁あがりだ。
徒党を組むことも一瞬考えたが、あんな状態では役に立つまい。役立たずを連れても足手まといなだけだ。
どちらにしても処分する必要がある。

「大丈夫かい?」
「来るな……。来ないでくれ……!」
 親切気を多分に含ませた口調で、日野は下を向いている少年に駆け寄る。
しかし彼は露骨にそれを拒絶した。眼鏡の男はわずかに眉を動かしたが、
すぐに穏やかな笑みを顔に張り付ける。
「心配しないでいい。俺は味方だ」
 胸中で自嘲しながら、日野は少年の足元に血が溜まっていることに気付いた。
どうやら口から垂れているらしい。
 ここに来てすぐに襲われ、大ケガをした――そう考えるのが妥当だろう。
この人間不信もそれで説明がつく。
(好都合じゃないか)
 虫を踏みつぶすようなものだ。自分の判断ひとつで目の前の命はたやすく消えてしまう。
今の自分は神のごとき絶対者なのだ。優越感で歪む表情を隠さずに、日野は接近する速度を上げる。
アイスピックを構え、狩りのための助走を行う。
 赤い瞳が日野を捉える。そこには恐怖というより、逡巡があった。
抵抗すべきか、回避すべきか――そんな悩みだろう。
しかし無駄なことだ。もう何もできない。ここで自分に刺されて終わる人生なのだから。
狂人は高らかに笑い、目標へと疾駆する。
「来るな、来るんじゃ――う……うわぁぁぁぁぁあっっ!」
 少年の絶叫。恐怖ゆえのものだろう。
最大級の快楽を感じつつ、日野は凶器を細い喉へと突き出す。

「…………あ?」

 妙だ。距離は充分。それなのに針がまったく届いていない。
なぜだ。いや、それよりどうして足が動いていない。
というか下半身の感覚がまるでない。

 どういうことだ。これはいったい……。

 視線をゆっくりと落とす。そこでようやく理解する。

 ……なるほど、これでは動くはずもない。

 奇妙なほど冷静な思考で、男は自身を貫くそれを眺めていた。


<Ruthless Reality>


 違う。こんなの違う……!

 少年――北条悟史は心のどこかでそう思いつつも、
自分の体を制することができなかった。
 頭痛も吐血ももうない。思考はずいぶんクリアになっている。
しかしその代わりに、ある種の憎悪が渦巻いている。
 人間への殺害衝動ともいうべきそれを今まで必死に抑えていたが、
今の襲撃でそれもできなくなった。殺人への嫌悪と忌避――そういったタガが外れ、凶暴な何かが目覚めてしまった。

 腕を突き破るように現れた触手が、襲ってきた男性の腹部を貫くのをだまって見ていることしかできなかった。
「バケモノめ……!」
「すみません」
 毒づく襲撃者に自分は詫びることしかできない。

 ほかに手段を知らない。

「ぐ、が……」
「すみません」
 もう片方の腕からも触手が伸び、相手の首に絡まる。

 首の骨が潰れた感覚が腕に伝わる。

「すみません」
 静止はできない。できることは謝罪と傍観のみ。
こうしている間にも罪悪感は薄れ、達成感が増している。
謝れるのもこれが最後だろう。

 首が引き千切られ、背骨が露出する。赤い噴水が周囲を血で染めるのを、少年は大した感慨もなく見ていた。
抜き取られた頭蓋と脊柱が無残に大地を転がる。遅れて首から下が鈍い音を立てて倒れた。
 役目を終えた触手は悟史へと戻り、傷つくことなくその腕と一体になった。

 自分はもう人間ではない――。目の前の男に言われなくても、それは充分わかっていたことだ。
こんな体、常人のそれではない。もう、自分は“自分”ではないということだ。
普通ならパニックになるところなのだろうが、不思議なことに自分は落ち着いている。
これもこの能力によるものなのだろうか。

 これからどうすればいいのだろう。これでは家に帰ることさえままならない。
いや、そんなことはこの際どうでもいいことだ。あんな家にそこまで価値があるわけではない。
重要なのは妹――沙都子の存在だ。
(沙都子……)
 そうだ、やるべきことがあった。妹の無事を確認しなければならない。
沙都子が自分と同じような状況かもしれない。そうであるなら保護しなければ。
そうでないにしても、それを確かめる必要はある。あるいは自分をこんな風にした存在を排除するべきだ。
奴らが自分と近しい存在に手を出さないとは言い切れない。自分が元凶を断ち切れば、そうした危険も未然に防げる。

「探さなきゃ……」

 仇と妹、対照的な二者を求め、少年は漂浪する。



【日野貞夫@学校であった怖い話 死亡】



 プラーガには一般種と支配種と呼ばれる二種類が存在しており、
悟史に投与されたのは後者――オズムンド・サドラーと同種のプラーガ――だった。
幸か不幸か、それにより雛見沢症候群は抑制され、彼は自我を保っている。
 しかしガナード特有の凶暴なまでの排他性があるのに変わりはない。
仮にすべてを解決したとしても、この少年に安息は訪れるのだろうか。
そして、自身の妹の現状を知ったとき、彼の信念はどうなるのか――。

 今はまだ、誰も知らない。



【C-3/雑貨屋付近/一日目夜】




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最終更新:2012年06月22日 23:29