たとえそれが損なわれていたとしても



建物の入り口に水を撒く男が一人。
何のことはない光景だ。ごく日常的な光景。
水を撒いている男が血涙を流し、水が撒かれるそのすぐそばに死体が転がっていること以外を除けば実に日常的だ。
死体が転がっていようが屍人は無造作に水を撒き続ける。
飛び散る水飛沫が死体にかかろうとも屍人には関係の無い事だ。
屍人は水を撒くだけ撒くとすぐにその場を後にした。

屍人が去り、死体ーー園崎魅音の死体が残される。
死体。生命の終わり。もう動きはしない肉の塊になってしまったモノ。
しかし、そう。この世界では死体になってハイ、お仕舞いとは限らない。

屍人が水を撒いてから何分が経っただろうか。
魅音の死体はーーー動き始めた。
魅音だったモノは、再び魅音として動き始める。

「あれ…私…。」
地面に倒れたままではあるが、活動を再開した脳で考える。

ーーー自分は走っていたはずだ。こんなところで倒れているわけにはいかない。

ーーまた走り出さなければ。
しかしどことなく体が重い。上半身を起こすので精一杯だ。

ーなぜ倒れていた?
倒れる前の記憶が無い。しかし非常に重要なことを忘れているような気がする。

必死に思い出そうとするが思い出すことができない。
思い出せないのなら仕方ない。
どちらにせよいつまでもこんな所に座り込んでいるわけにはいかない。
体が重いなどと言っている場合ではない。
時計塔に行かなければ。

「でも…なんでだっけ…。」

なぜ時計塔に行かなければならないのか。
わからない。
しかし行かなければならない。
思い出せはしないが、時計塔に行かなければいけないのだ。何としてでも。

立ち上がらなければ……。

魅音は立ち上がる。そしてすぐそばに銃が落ちていることに気付く。拾い上げる。

この物騒な世界で身を守る術はいくらあっても足りない。
狙い通りに撃つことなどできない。
それでも持っておけばいざというときにきっと役に立つだろう。

何より、この銃は大事にしなければならない。
やはり理由は思い出せないが、それでも持っているんだ。
見えない記憶がそう告げている。
慣れない銃の重みと、穴だらけの記憶の違和感に走りだせずにいた魅音のもとに、さっそくいざというときはやってきた。

先程水を撒いていた屍人が、巡回コースを回り終えスタート地点に戻ってきたのだ。
屍人は既に魅音の存在に気付いているようで一直線に進んでくる。
しかしその屍人が手にしているのは片手に桶。片手にに柄杓。
対する魅音は弾丸がフルに装填された銃。
ここが水上で相手が舟幽霊というのならばどうしようもないがここは陸上で、その上相手との距離も十分にある。
これ程有利な条件下では逃げる気も起きないというもの。

魅音は向かってくる屍人に銃を構え。
「この…!化け物が…近寄るなぁっ!」
引金を引く。
銃声が響く。

その音と同時に魅音の頭に一つの光景が映し出される。

「レナ…?」

飛び降りてきた化け物に踏み潰され、肉塊にされたレナ。
そのグロテスクな光景に頭が真っ白になり身体中から力が抜ける。力が抜け、腕が下がると手に持っていた銃が足にぶつかる。
その感触で現実に戻る。

屍人はまだ動いていた。どうやら弾は当たらなかったらしい。
幸いなことにまだ距離はある。
しかし一発目に比べ呼吸は乱れ、手は震えている。
それでも両手で銃を構え、再び引金を引く。

銃声が響くとまた違う光景が映し出される。
今度は男の後ろ姿だ。
何があったのか、段々と思い出してきた。
だが今はそれについて考えている場合ではない。
今の弾も外れてしまった。
屍人はどんどんと近づいてくる。
涙が溢れてくる。しかし手を止めるわけにはいかない。
三度引金を引く。
倒れる直前の光景が映し出される。

弾は屍人の脳天を貫いた。

脳天に弾を打ち込まれた屍人は悲鳴を上げながらその場に倒れ、数秒の間もがき…丸くなった。
丸くなった屍人はまだピクピクと動いてはいたが、再び立ち上がり襲い掛かってくる様子は無い。

だがもはや魅音にとってそんなことはどうでもいい。
三発の銃声で全てを思い出した。
服に穴が開いていること。
そしてその下にあるはずの傷口は既に塞がっている事を確認し、現実を認識する。

ーー自分は死んでしまったのだ。

一度死に、奴らの仲間。化け物として、復活してしまった。
わかっていた。目を覚ましたときに既にわかっていた。
ただ目を背け、意識しないようにしていたのだ。
服が血だらけでも、体が重くても、いつもと同じように目を覚ましたのだから、実は撃たれてなどいなかったのだと、ただ疲労によって倒れてしまい、そのまま寝てしまっただけなのだと、気のせいだと思い込み、記憶に蓋をした。
しかし意識してしまった。
一度意識してしまえばもう目を逸らすことはできない。

死んだというのに、起き上がってしまった。
それはつまり奴らと同じ化け物になるということ。
自分が化け物の仲間になってしまった。
レナを殺し、自分を殺した奴等の仲間に。

このどうしようもない現実に魅音の目には自然と涙が溢れる。
「こんなの…こんなのって…。」
いくら泣こうが生き返ることなどできない。レナが慰めてくれることもない。

ならば、泣いていても仕方がない。
魅音は一つの決意をする。
涙を指で払い、立ち上がり、魅音は呟く。

「今の私に…できることは…。」
払った涙は今はまだ屍人達のような血涙ではなく、純粋な人間のそれだった。

『今は』まだ…。


【E-2繁華街/一日目夜中】


【園崎魅音@ひぐらしのなく頃に】
[状態]身体的疲労(小)、精神的疲労(中)。
[装備]SIG-P226(残弾12/15)
[道具]ベレッタM92(残弾0/15)

[思考・状況]
基本行動方針:時計塔を目指す。
1:まずは地図を見つけないと…。
2:人がいたら助ける。


※時間経過で屍人化が進行します。



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最終更新:2012年06月22日 23:31