サイレン二周目



 町に報せの音が駈け巡る。
 その轟きは大気を震わせ、土地に根差した穢れを幾重にも塗り固め、包み隠していく。
 地面の汚泥は薄れ、家々を覆った血錆は抜け落ちる――。
 それを手助けするように、霧が降り出した。たちまち街路は白濁とした河となり、屋根は鉛白色の海へと沈んだ。
 死した者たちの足跡(そくせき)すら一夜の夢であったかのように、全ては等しく白に覆われていく。
 変貌が鎮まった頃、底抜けに陽気な声が響きだした。

 ――紳士淑女の皆様お待たせしました。"トリック・オア・トリート"の時間です!

 誰も居ない、誰も聴いていない。夜闇だけが漂う中で、聲は虚ろに響いていく。

 ――クイズに見事正…………賞品を手にいれ…か? それ……と…………もぅ……間……ばぁつ……ぅ――……

 明朗だった声に罅割れが生じ、錆びついていく。やがて、声は消え、ノイズだけが微かに漏れ出していく。
 それはそうだ。放送など、本来無かったのだから。存在などしない、嘘偽りのものだったのだから。
 何しろ、殺し合いの掟など、そもそもこの"町"には無いのだから。
 嘘は続かねば、真へと裏返らない。殺し合いを知らぬ者、信じぬ者が増えた今、一度形を得た虚像はその輪郭を失いつつあった。
 何より、殺し合いを望み、"町"に変化を与えた主は既に居なくなってしまったのだ。
 掟が無ければ、放送に意味はない。意味なきものを繋ぎとめることなど出来はしない。
 故に、元の無へと還っていく。
 何も視えず、声も届かず、誰からも認識されない中で、形無きものが在り続けることなど出来はしない。
 只でさえ、この"町"は移ろい易い場所なのだから――。
 闇に混じるノイズは、時折、大勢の人間たちの呻き声のようにも響いた。
 その中で――

「――父さん」

 微かに、少女の請うような声が混じった。
 しかし、それは一度だけで、ノイズすら暗がりの中へ吸い込まれていった。


【二日目深夜】



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最終更新:2014年01月17日 22:25