The Thing
鳴動する世界の中で、"それ"は己の内々から活力が溢れ出ていくのを感じていた。
荒れ狂う力の奔流は出口を求めていた。目指すべき形を探していた。その迷いを現すように、尻尾はゆらゆらとゆっくり揺れている。
再び視界を覆い始めた霧の中で、"それ"は口吻を歪めた。
必要なのは、奪うための力だ。世界を――あの殻を――奪い返す。それだけでいい。それさえ出来ればいい。
そのためには、今の姿では足りない。何も満たされていない。
力は、意志の方向へと膨張し、伸びていった。
肉が爆ぜ、真っ白い毛皮を黒く濡らす。裂けた前足から飛び出した筋繊維が絡まり、太く逞しい新たな肉を作り上げていく。
その変化は足だけに留まらず、全身のあちこちで血と肉が跳ね躍った。耐えきれず、纏っていた黒布が音を立てて弾け、地面に広がる。
大きく、鋭く張り出した爪で地面を咬み身体を支える。奔流ははち切れんばかりに高まり、ふとすれば己が身ものとも跳ね飛ばしてしまいそうだ。
ただ徒に身体を大きくするだけでは意味がない。この殻は俊敏性こそ優れているが、獲物を仕留める手段が一つしかない。
そう気付くのと同時に、頭部が膨れ上がって口が大きく裂けていく。骨が肉を掘り進み、新たな組織が形を成していった。
双眸はせり上がり、額の中央で一つに溶けあった。
かつて眼窩となっていた二つの場所からは大きく丈夫な骨と関節が飛び出し、そこを更に強靭な筋肉が覆っていく。先端には、鋭い爪を備えた太い四指が生き物のように蠢き、音を奏でていた。
口吻を跨ぐようにして生まれた二腕を、“それ”は振るった。肩部を覆う耳が、その猛るような唸りを聞き取る。
奪い取るための腕は出来た。奪い取ったものを守っていくための腕は備えた。
しかし、尻尾は不満そうにしな垂れた。
まだだ。その最中で壊してしまっては意味がないのだ。殻は壊れやすい物だ。あの殻は特に――。
胸を突き破り、幾つもの腕が生まれた。頭部の二腕と比べると、随分と華奢な腕だ。しかし、それで構わないのだ。殻が“それ”の同胞となるまで、優しく包み込むためのものなのだから。
“それ”は大きな単眼を瞬かせた。世界は再び、白く変わっていた。
そのせいだろうか、刻み込まれてきたこれまでの匂いの道は見えなくなっている。だが、いずれは風が殻の匂いを運んでくるだろう。
“それ”は地面に広がった黒布を拾うと、白い身体を覆い隠した。四肢に加えて二腕の指骨を地面に突いて身体を支えながら、“それ”は轟くような吼え声を上げた。
尻尾を高く持ち上げると、新たな身体を試すように“それ”は四肢で大地を蹴った。黒布がばさりと翻り、その姿は霧の中へと消えていった。
【B-3/北部/二日目深夜】
【ケルブ(闇人)】
[状態]:ケルブ甲式
[装備]:黒い布切れ
[道具]:無し
[思考・状況]
基本行動指針:美耶子の殻の確保および地上の奪還
1:美耶子の殻を確保
2:目的の邪魔者は殺す
3:目的の邪魔にならない者はどうでもいい
※甲式に変化しました。変化は以下の四つです。
・体格の全体的なボリュームアップ
・単眼
・頭部に二本の剛腕
・胸部に複数の腕
※成長は止まりました。これ以上身体が巨大化する事はありません。
※T-ウイルスは死体には作用を及ぼさないため、ケルブ自身に変化はありません。しかし、ケルブに接触した他者が感染する可能性はあります。
最終更新:2014年01月17日 22:26