異文化コミュニケーション ◆GO82qGZUNE







『アサシン、3号館の食堂でサーヴァント。それも三騎』

 雲の切れ間から覗く陽光が暖かみを帯びてくる、午前も終わろうかという頃だった。
 小さな教室に数十人ばかり集められたそこに天樹錬の姿はあった。その視線は板書が連なる黒板ではなく、教室の真横にある窓に向けられている。
 窓の外に見える景色は平穏そのもので、頬杖をついてそれを眺める彼の所作も安穏としたものだったが、脳内で発せられたその声は緊張感を孕んだものだった。

『今朝のガキ……ミサカミコトか。にしても随分と釣れたもんだな』
『だね。そのために泳がせていたとはいえ、期待以上だ。それも好都合なことに"気配遮断"持ちまで特定できた』

 サーヴァントには特有の"気配"というものがある。
 高密度の魔力体であるサーヴァントはどうしても強大な魔力反応が滲み出てしまうものであり、同じサーヴァント同士、あるいは魔力探査の術を持つ魔術師であれば数百m単位での感知が可能となる。
 無論中には例外はあり、その一つがアサシンに代表される一部のサーヴァントが持つ"気配遮断"のスキルなのだが。

『状況を伝えるよ。御坂美琴ともう一人の女子生徒……名前は巴マミ、彼女は"気配遮断"持ちのサーヴァントのマスターになる。
 その二人が口裂け女のウワサについて話してる時に襲撃があった。口上も一致したよ、恐らくは"口裂け女"の都市伝説に該当するサーヴァントだ』
『マスター同士で早速の接触か。それで現状は?』
『……ごめん、ゴーストの知覚が弾かれてる。多分人払いの魔術か何かだ。詠唱は聞き取れなかったけど、巴マミが魔術師である可能性大。
 とりあえず近づいて、状況が動くのを待ってほしい。頼める?』
『こそこそ隙を伺うのも、待ちの姿勢もいい加減飽き飽きだが……いいだろう、付き合ってやる。
 お前の"策"が功を奏したのも事実だしな』

 高圧的な言葉とは裏腹の、満更でもない声音に錬はひとまずの安堵を覚える。

『気を付けて。気配遮断が働いてるとはいえ、中で戦闘が行われてる可能性が高い。いざとなったら……』
『誰にモノを言っている? まあお前は大船にでも乗った気で待っていろ。首級の一つくらいは手土産にしてやる』

 不遜な含み笑いが聞こえたと思った瞬間、念話を打ち切られて錬の意識が現実に帰還した。
 はぁ、とため息をひとつ。淡々と進む講義の声を聴き流し、ぼんやりと思考する。

(待ちの構えを取ったのが僕の判断だけど……それにしても動くのが早いな)

 聖杯戦争に挑むのは十五の主従。自分と元々把握していた御坂美琴を除けば十三。スノーフィールドの広大さと地盤の確保、それらの観点からもう少し事態の推移は緩やかになると考えていたのだけれど。

(けど好都合と言えば好都合。僕の備えも無駄にはならなかったわけだし)

 安穏と椅子に座り、益体もない思考に没する錬は、しかし同時に膨大な量の情報を現在進行形で処理していた。
 左手に握った情報端末を机に隠し、額の裏の"もう一つの思考主体"に意識を集中させる。
 動き始めた状況に対し、適切な行動を取るために。





   ▼  ▼  ▼





 ゴーストハックという技能がある。
 仮想精神体制御特化型魔法士《人形使い》が使用する情報制御であり、端的に言えば「無生物を生物化させ支配下に置く」という能力である。

 詳しく原理を説明しよう。
 仮想精神体───簡易化された模倣意識を情報の海を通じて対象に送り込み、情報構造体をハックすることで対象を疑似的に生物と定義。情報の側から支配することであらかじめ設定された行動目的に応じて自立行動させるという代物だ。
 大戦においては主に自律兵器群に使用され、一般兵の部隊に多大な戦果を挙げた情報制御だが、いくつか欠点が存在する。
 中でも最たる欠点は、生み出されたゴーストは何もしなければ10秒程度で消滅するということだ。
 仮想的な精神体は極めて寿命が短い。継続的な思考が為されなければ情報の海に存在情報を拡散させ、呆気なく消え去ってしまう。
 大戦では自律兵器を制御するAIそのものを乗っ取ることでこの問題を解消していたが、閑話休題。

 つまるところ何が言いたいかといえば。

「学生用の共有ネット……前時代的だけど便利なことに変わりはないよね」

 手元の情報端末に表示されているアクセス履歴をちらりと見遣り、呟く。
 そう、便利なことに変わりはない。使えるものは全て使う。

 結論だけを言えば───学園内の校舎は、現状その全てが"ゴースト"として錬の支配下に収まっていた。

 形は変わらず、外見上は元より物理的な変化は一切ない。しかしその実、情報的な側面から見れば校舎の変化は如実なものだった。
 あらゆる場所に錬の仮想精神体が入り込み、校舎が受ける物理接触をデータ化して逐一錬のI-ブレインに伝えていた。今や校舎は錬の体内そのものであり、内部で発生する事象は全てが筒抜けとなっているのだ。
 体重移動、大気の震え、質量物体の感知にその他諸々。どこに誰がいるのか、何を話しているのか、その全てが錬にとっては手に取るように理解できた。
 情報構造の維持には共有ネットワークのメインシステムそのものを利用させてもらった。簡易的な思考しかできない、技術的には数百年は以前の民間レベルの物ではあるが、構造体の維持には全く問題ない。
 なにせ物理変化を一切起こさない、戦闘用ですらないゴースト化であるのだから、必要な演算処理は極めて微小なもので事足りる。

(御坂美琴の使役サーヴァントはバーサーカー……だけど、質量移動と運動エネルギーの多寡から言って近接ステータスは大したことない。宝具を加味しなければアサシンで十分に対処できる。問題は巴マミのほうだ)

 情報取得の面から言って圧倒的な優勢にある錬だが、しかしその表情は優れない。油断はできない、できるわけがない。
 聖杯戦争における戦力主体はあくまでサーヴァントにあり、そして巴マミが使役するサーヴァントはあまりにも規格外に過ぎた。
 御坂美琴のバーサーカーと同じくしてその身体能力はおおよその部分を計ることができたが、明らかにアサシンを上回る高水準。更に高速の矢をつがえていた事実からアーチャークラスであることが推察される。
 何より異様なのは、そのスキル。
 襲撃者と戦闘状態に陥ってなおアサシンが感知できなかった域の気配遮断スキル。それは断じてアーチャークラスが持っていい代物ではない。
 考えられる可能性は二つ。神代の大英雄に匹敵するステータスを持つアサシンであるか、他クラスのスキルさえ使用可能な規格外のアーチャーであるか。
 どちらにせよ安易に手を出していい相手ではなく、ならばこそ様子見の姿勢は当然のものと言えた。

(直接目で見なきゃステータスが分からないってのがもどかしいな……せめて視覚共有が使えたら話は別なんだけど)

 基本的な魔術の一つに、使い魔との視覚共有があると聞く。
 あるいは霊子ハッカーたるウィザードでも同じ術式が使えるらしいが、どちらにせよ錬にとっては専門外だ。
 せめて目覚めたのが本戦開始直前でさえなければ、ウィザードの真似事くらいは習得できたかもしれないが。

『っと、馬鹿が飛び出てきたな。レン、そっちでも確認できたか』
『うん、大丈夫。これ多分口裂け女……襲ってきた側だね。うわ、空まで飛べるんだこいつ……』

 ゴーストハックを通じた錬の知覚は、人間大の質量が中空を翔ける大気振動を感知していた。
 0と1に数値化された知覚領域にぽっかりと空いた穴のように感じられた、人払いの魔術結界。そこから唐突に現れ出でたのは、御坂美琴のバーサーカーとも巴マミのサーヴァントとも違う反応である。
 その速度は大したものではなく、アサシンであるなら容易に追跡が可能だろう。

『アサシン、とりあえず今逃げた奴を追いかけて……』
『言われるまでもねえ。レン、あいつだけは潰すぞ。絶対に逃がさねえ』
『アサシン?』

 ぶつり、とまたしても一方的に切られる念話。アサシンらしくもなく……いや、らしいのだろうか? 静かな怒りに満ちた声音を思い出し、錬は嘆息する。
 手負いかつ格下、更に気配遮断からの不意打ち。万に一つもアサシンが遅れを取る道理はなく、そこに関しては安心していられるのだけど。

(アサシンはああ見えて結構理知的だから、心配はしてないんだけどさ。でも思い込んだら直情一直線だからなぁ……)

 うん、やっぱり心配かもしれない。

 などと考えていれば、数分もせず返事が返ってきた。

『おい錬。片づけたが、セルメダル一つ落としちまった。あとで回収しとけ』
『あーはいはい。一応授業中だから、後でね。そっちこそ聖杯符の回収忘れないでよ?』

 期待通りというべきか、アサシンは口裂け女の討伐に成功したらしい。
 それはつまり、サーヴァントを撃破した際に手に入る聖杯符の獲得を意味する。
 問題は山積みで特に学内のマスター二人をどうするかということに悩まされるが、ひとまずは一歩前進と言うべきだろう。

 一歩ずつ着実に、堅実に行こう。そう考えた錬であったが。

『…………ねえぞ』
『え?』

 続くアサシンの言葉で思わず呆けた声を出してしまう。
 一瞬で冷える頭。次いで浮かび上がる思考と仮説。

 偽物であるのか、ムーンセルの認識さえ誤魔化す術を持っているのか、サーヴァント級の捨て駒を扱えるのか。
 あるいは単純に、殺されても生きているのか。

 そこまでを考えた錬の脳裏に、ふとネットとゴシップ記事の記憶が蘇る。

(口裂け女は三人姉妹……まさか、ね)

 都市伝説は人の噂、つまりは不特定多数の人間によって尾ひれがついたものであり、内容は荒唐無稽な代物だ。
 けど、だからと言ってそれが妄言であると切り捨てるわけにもいかない。
 なにせ、人の信仰と認識がカタチを為すのは、サーヴァントとて同じなのだから。

『仕方ない。アサシン、まだしばらくそのあたりで警戒を。授業が済んだら……合流して改めて調べものかな。今度は口裂け女と、念のため聖杯符についてもかな』

 あるいは、御坂美琴と巴マミに接触するのも手か。
 潜伏と接触、双方のメリットを天秤にかけつつ、錬は終了を告げる講義に教材を片づける手を動かすのだった。


【D-5 中学校/1日目 午前】

【天樹錬@ウィザーズ・ブレイン】
[状態]I-ブレインに蓄積疲労(極小)
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]ミスリル製サバイバルナイフ
[所持金]学生並み
[所持カード]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の獲得による天使の救済。
0.御坂美琴、巴マミに接触するべきか否か……
1.暫くは情報収集に徹する。
2.マスターの少女(御坂美琴)を利用して他の陣営を引きずり出す。
3.口裂け女を倒しても聖杯符が手に入らなかったことに戸惑い。
[備考]
※スノーフィールドにおける役割は日系の中学生です。
※ムーンセルへの限定的なアクセスにより簡易的な情報を取得しました。現状はペナルティの危険はありません。
※御坂美琴、巴マミをマスターだと認識しました。
※『第三階位』のサーヴァントが口裂け女であることを知りました。
※学内の人間の個人情報を粗方把握しています。
※御坂美琴のサーヴァントがバーサーカー、巴マミのサーヴァントがアサシンかアーチャーであると推測しています。
※バーサーカー(フランケンシュタイン)とアーチャー(ケイローン)の近接ステータスを粗方把握しました。
※現在中学校の校舎全域をゴースト化しています。


【アサシン(アンク)@仮面ライダーオーズ】
[状態]ダメージ(セル一枚分、極微小)
[装備]なし
[道具]欲核結晶・炎鳥(タジャドル・コアメダル)
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:王として全てを手に入れる。
1.レンに合せて他陣営を探る。今後も場合によって戦闘も視野に入れる。
[備考]
※口裂け女の問いに薄汚い虫けらと答えました。恨まれています。


『補足説明』
ゴーストハックに学内ネットワークを利用した理由は主に「ゴースト維持のための思考の委託」「射程範囲の拡大」の二つとなります。
特に後者の恩恵は大きく、本来ならば直接接触した対象にしか働かないチューリングですが、学内ネットワークを間接的な手足のように定義することで学内全域をゴースト化することに成功しています。
しかし学内ネットワークが持つ演算能力では情報制御を満足に運用するには到底足りないため、生み出されたゴースト(=学校校舎)は戦闘起動は愚か形状の変化すらできない、「錬の支配下にある」だけの状態となっています。
また、仮に今回の使用法をスノーフィールド全域に適用させようとした場合、演算能力に対して適用範囲が広すぎるため仮想精神体はネット全域に溶けて拡散してしまう(=能力行使はできない)でしょう。



016:悪竜(ドラゴン)と吸血鬼(ドラクル)と剪定される世界 投下順 018:BB Channel 1st/BLADE BRAVE
012:限界バトル 時系列順 010止まる『世界』、回る運命(前編)
011:学校の怪談、口裂け女のウワサ 天樹錬
アサシン(アンク)

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最終更新:2021年06月11日 21:51