悪竜(ドラゴン)と吸血鬼(ドラクル)と剪定される世界◆yy7mpGr1KA















んぐっ、んぐっ、んぐっ…
ぷはっ。

「お、いいねえ。次は何飲む?キープしてたボトル開けるか?」

ああ、いや今日はもういい。
明日の会談、俺も警備の端っこだが関わるんだ。
万が一にも響いたら困る。

「ああ、そうだったか。ここらのインディアン上がりとの。じゃあボトルは明日の祝杯にまわすか」

おお、それはいい。
うん、そうだな、それで頼む。
じゃあまた。

「おう。俺はもう少しやってくわ」

……ふう。
外は思ったより冷えるな。
さて。ズオ・ルー師と土地守の一族との会談、うまくいくといいんだが。
我々に不足している地の利を同士が補ってくれれば―――

「ねえ」

ん?

「私、綺麗?」

……あー、悪いけど今日はオンナ抱いてる余裕はないんだ。
明日大事な仕事があってね。

「私、綺麗?」

よそに行ってくれ。
買いたがる奴ならそこのバーからいくらでも出てくるだろうさ。

「私、綺麗?」

…おいおい、英語が不自由なのか?
アジアン?英語が拙いなら日本人か?俺が何言ってるか分かってる?

「私、綺麗?」

聞いてねえのか。
ああ、ああ。文句なく美人だよ。
だから俺なんかにこだわらなくても客ならいくらでも取れるだろ。
頼むから別のやつを捕まえて―――

「これでも?」

なんだ英語通じてんのか。
大丈夫大丈夫、マスクがあろうがなかろうが美人は…

ッ!!!???

な、お前、まさか、口裂け――――
やめ、助、痛ッ!!
あ、あ、あ、あ、いやだ
殺さないで

助け

痛い

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛


……

……

……

「おいなんだドタバタ喧嘩か…って、おい!アトワお前、大丈夫…ひっ、く、口が裂かれて……
 病院、はダメだ。『曙光の鉄槌』の構成員が入院なんてバレたら警察も面倒だし、会談前に土地守どもに舐められる。
 こいつの代わりは…俺がやるしかねえか。くそ、医務連中に連絡して…酒飲んじまったから運転手も……
 ビッチ!口裂け女め!よくも俺の仲間を!」

……

……

……

……

……

……



◇ ◇ ◇


……

……

……

「ん?おい、起きて大丈夫なのか!?」

……

「部屋の明かりもつけねえで……ああ、会談なら上手くいったから安心しろよ。
 無事に協力関係を結べたみたいだ。ざすが我らのズオ・ルー師だ」

……

「昨日から寝たきりでもう昼近いが、さすがにそれを咎める奴はいねえよ。一晩で済んでむしろよかった」

……

「その口じゃあ祝杯は厳しいだろうが……向こうで会ったDr.ダテに頼れればなぁ。うちの藪どもじゃあ今は痛むかもしれんが、綺麗に治るとよ。
 飯は厳しいだろうから、しばらく点滴だろうが……熱とかないか?痛み止め切れてないか?そうだ、紙とペン持ってくるか?」

……

「とりあえず起きたって報告ついでに書くもん持ってくるわ。あ、スマホとかのがいいか?」

…………私、綺麗?

「おい、無理に喋んな!傷開くぞバカ。何か持ってくるから待ってろって」

私、綺麗?

「大丈夫だよ!綺麗に治るって言ってた!お前のハンサムは損なわれねえよ!だから黙って安静にしてろ」

はん……さむ……

これでも?

「おいガーゼ取るなよお前……おま、え?誰だ?なんでアトワのベッドに…待ッ!!」

これでも?

これでも?

これでも?

これでも?

……

……

……

◇ ◇ ◇

夜、『曙光の鉄槌』に悲報が届けられた。
構成員の一人が通り魔、あるいは無差別連続殺人犯『口裂け女』の被害にあったという。
明確な悪意ある攻撃なのか。偶然巻き込まれただけなのか。『口裂け女』とは何者で、何が目的なのか。
不安と苛立ちが組織内に蔓延するも、頭目であるズオ・ルーはこれを諫め、ただ予定を滞りなく進行した。
部下たちとは異なる疑念を内に秘めながらもそれを露わにすることはなく。

朝、『曙光の鉄槌』に朗報が広がった。
故国を飛び出し、新大陸にまで流れ着いた武力組織は力はあれども足場がない。
息をひそめる穴倉。肉を漁る狩場。眼を光らせる権力の狗の目の届かない瞬間・空間。
流れ者の竜にはそれらが必要だ。
ホワイトカラーよりも古くからこの地に暮らす『土地守の一族』に爪と牙を貸す代わりに教えを請う。共通の敵を共に狩り、無用な食い合いは避ける。
無事に盟約が結ばれたことで組織の空気は明るいものに転じていた。
その裏でズオ・ルーがいかなる戦いを行っているかは知らず。

昼、『曙光の鉄槌』に凶報が訪れていた。
通り魔に襲われた仲間という形でひっそりと。
ズオ・ルーも、口裂け女も、だれも意図せぬ形で……口の端に乗る風聞のように。
口を裂かれた男アトワがサーヴァント口裂け女の一騎が消失したことに伴い口裂け女へと変貌し、凶器を振るい始めたのだ。

◇ ◇ ◇

「これでも?」

ざくっ。
右手にメス、左手に肉切り包丁を握って振り回し、目に付く人間に次々と襲い掛かる。

「これでも?」

ざくっ。
命を奪うことにはこだわらない。
一撃入れて、動けなくなった者の口を裂く。

「これでも?」

ざくっ。
稚拙な技術のせいで刃には脂がこびりつき、切れ味は落ちているのだが口裂け女は素手でも口を耳まで裂く怪力だ。
メスを突き立てて無理矢理に頬を裂く。
肉切り包丁で上顎ごと抉り飛ばす。

「これでも?」

ざくっ。
赤いコートが返り血で赤黒く染まり、怪物の狂気を彩っていく。

曙光の鉄槌の面々にとって不幸なのは、彼らが非合法の組織であるゆえに警察をはじめとした公共機関に助けを求める選択肢が存在しなかったこと。近隣に注意喚起や避難などしようとしなかったこと。
怪物は言葉を解してはならない。怪物は不死身でなければ意味がない。そして怪物は正体不明でなくてはならない……そんな演出を口裂け女のマスターを意識してか、未だに口裂け女は警察や電波に一度も囚われてはいない。
クローズドサークルならば怪物のホームグラウンドと言わんばかりに口裂け女は暴れ続ける。

ズオ・ルーことレメディウスとて敵襲に無警戒であったはずがない。
狂化しているとはいえサーヴァントならばサーヴァントの接近には気付く。空間転移ほどの術式で侵入するにしても何らかの前兆がある。
それらをすりぬけるであろう、アサシンクラスが主な警戒対象であった。
事実として一国を統べた忍びの長や、人間社会に潜んだ強欲なる狩人ならば忍び込み、レメディウスに対して何らかのコンタクトを図ることもできるであろう。
しかし、部下の一人が突如サーヴァントに変質し、目と鼻の先にマスターがいるにも関わらず聖杯戦争に無関係なNPCに凶行を働くというのはレメディウスならば絶対に取らない選択……警戒に値しない下策のはずであったのだ。
しかしそれが現実となっている以上手をこまねいているレメディウスではない。

「麗しいお嬢さん、少々おいたが過ぎるんじゃあありませんかね?」

口を裂かれた被害者を追いかけ、口裂け女が階段を下りた先に突如立ち塞がるように一つの声が響く。
重厚な声の主の名はアムプーラという。
道化のような所作と服装をした、レメディウスの喚んだ怪物のひとつ。
虚数空間を渡り歩く生きた魔術式、真性悪魔に等しき化生が迷い出るように口裂け女の前に躍り出た。

「き…れ……これでもォぉォぉォぉォ!!!」

『承認欲求~白雪姫の母は鏡に問う~(ワタシキレイ?)』と問うまでもなく。
返り血にまみれ、脂に汚れ、口の裂けた怪物を麗しいというならば。
お前も真っ赤なドレスとメイクで着飾るがいい。
口裂け女の顔が醜く歪み、てらてらと不気味に光るメスと包丁がアムプーラに繰り出される。

「おお、怖い怖い。宴のさなかというのに、癇癪をおこしたレディに刺されてお終いなど……そんなマヌケは晒せんよ!」

二振りの刃をアムプーラはひらりと躱し、カウンター気味に口裂け女の顔へと左手を伸ばす。
そして彼女の裂けた口の端を掴み、交錯の勢いそのままに地面へと叩きつけた。
裂けた口を嘲笑うかのような一撃に、口裂け女の顔に怒りが浮かぶ。
怒りのままに反撃を試みようとするが……そこで口裂け女の動きが文字通り硬くなる。

アムプーラの左手足には〈石骸触腫掌(サルマク)〉という咒式が恒常的に発動している。
触れたものの全身を珪酸質に置換していく石化咒式だ。
人体と組成の異なる大多数のサーヴァント、ましてや対魔力を有するクラスならば本来ならば効くはずもない魔術だが、口裂け女は呪いによって口が裂けたという逸話を持つ固体もあるゆえに魔術への耐性は極めて低い。
加えてNPCから宝具によって作成された口裂け女は通常のサーヴァントよりも人間に近いといえる。
それゆえの、脆さ。

アムプーラに掴まれた口元から口裂け女がどんどん石化していく。
本来の効果に比べれば進行は遅いが、それでも霊核に近い頭部から石化が浸食するのはいかにサーヴァントであっても致命的だ。
反射的なものだろう。石化の起こりとなった箇所に口裂け女は手を触れるが、そんなことで石化を遅らせることができるわけもなく。
むしろ触れた手にも石化現象が起こり、事態は悪化の一途をたどる。
……そして数瞬の後に。
怒りを顔に浮かべ、口が耳まで裂けた女の恐ろしい石像が完成した。

「なんとまあ。サーヴァントともあろうものが、私などに打ち倒されるとは。これで夜会の参加者が務まるのかね?」

軽蔑の色を隠そうともしない声を漏らし、そのままに口の裂かれた被害者の隣に倒れた石像を踏み砕く。
何か細工でもあるかと警戒したが、復活も反撃も何もなく、口裂け女の石像はエーテルへと還った。
アムプーラの口からまた呆れ混じりの吐息が漏れる。
第六階位(カテゴリーシックス)、第十二階位(カテゴリークイーン)、いずれもアムプーラが触れることすら難しい強者だ。
仮に触れたところで鎧や魔力放出、対魔力などによってアムプーラの咒式など弾いてしまうだろう。
それと比して何たる弱小か。

(雑兵ばかり襲っていたのは何のこともない。サーヴァント戦には堪えられんというだけのことか)

やれやれと首を振り帰還しようとすると、ガーガーとノイズ交じりの電子音声がアムプーラの耳に届いた。
口裂け女に襲われた被害者の持っていた無線に通信が入っていたのだ。
突如襲撃にあった『曙光の鉄槌』の面々は半ばパニック気味に敵影を探し、通信を飛ばし合っていた。
恐らくレメディウスもこれを傍受しているだろう、と思い至ったアムプーラはちょっとした気まぐれで無線に手を伸ばした。

「あっあー、ゴホン。こちら地下三階の駐車場前にて襲撃者を討伐。事態は収束し―――」

そこまで口にしてふとアムプーラは気が付いた。
口裂け女が消失したというのに、聖杯符が見当たらないことに。
続けてアムプーラはすぐそばで倒れている口を裂かれた被害者以外にもう一人、誰かがこちらを見ているのにも気が付いた。
アムプーラの視線がそちらを向く。

死神のごとく巨大な鎌を大上段に振り上げた口裂け女が、怒りを浮かべて立っていた。

「これェェェェェェでェェェェェェもォォォォォォォォ!!!!」

ギロチンの刃の如く鎌が振り下ろされ、アムプーラの頭蓋に突き刺さった。
本来のアムプーラならば容易に回避できたのだが、口裂け女の宝具によってその顔を見たものには威圧のバッドステータスが降りかかる。
悍ましい怪物の顔に怒りを浮かべて襲い掛かる、ましてやそれがつい先ほど自身の手で殺したはずのものとあってはさしものアムプーラ子爵も動揺しよう。

「これで……綺麗」

鎌は見事に脳天から喉元までを貫き、大量の血と脳漿らしきものがアムプーラの顔と鎌を汚していく。
成し遂げた。
大鎌が頭部を抉る致命傷を与えたことで、口裂け女の顔が憤怒ではなく喜悦に歪む。
最後に血脂に塗れたアムプーラにもう一化粧―――そのただでさえ裂けた口をさらに引き裂く―――を施そうと鎌を放して口元に手を伸ばすが。
まばたきのうちにアムプーラの亡骸が消える。
そして口裂け女の背後から墓土の匂いを纏った息の音が。

「いやいやいやいやいや、驚いた。君はたしかに先ほど死んだはずだが?一体どうやったのだ?冥土の土産に教えてはくれまいか?」

どの口で、というような言葉を吐きながら、背後から今度は右手で口裂け女の心臓を貫く。
手応えあり。幻などではない。手の中で命が零れ落ちていくのを感じる。数秒後には間違いなく死んでいるはずだ。
……だがそれはあと数秒は生きているということで。

「こっ、ゴ、っれ■■■■!!!」

流れた血が肺か気管に及び溺れているのか、泡立つような声にならない声を響かせて口裂け女が振り向く。
振り向きざまに手の内に生み出した包丁をアムプーラに突き立て、それを最期の一撃として絶命した。
だが口裂け女がその命と引き換えに放った一撃もアムプーラには何のこともなく。
数秒後には口裂け女は消失し、無傷のアムプーラだけが残っていた。

(ふうむ。私と同じようなことをしている……わけではない、な?)

口裂け女の攻撃がアムプーラに効いていなかった、というわけではない。
アムプーラは自らの行使する咒式〈軀位相換転送移(ゴア―プ)〉によって、瞬間移動と瞬間復元を起こす。
そのため口裂け女に鎌で貫かれようと包丁で抉られようとその程度なんのこともない。
咒式を発動して移動すれば刺さった刃からは抜け出せるし、損傷も癒える。
第十二階位(カテゴリークイーン)とそのマスターとの戦いにおいてもこれを行使し、奇襲・撤退・回復を繰り返していた。
そんな咒式の使い手であるため、てっきり口裂け女も同じようにして〈石骸触腫掌〉を生き延びたのかと思ったが、口裂け女は転移することなくアムプーラの手に貫かれたまま消滅した。
ならば今度こそ仕留めたのか?と一瞬思うが、やはり聖杯符らしきものは現れない。

「ということは……」

アムプーラが僅かに体を傾ける。
するとそこへ銀の光が奔った。
どこからともなく現れた口裂け女の振り下ろした日本刀だ。避けてなければ唐竹割りになっていたところ。

(……いや全く私と違うわけではない。どこからだ?確かに彼女は空間を超えて転移してきた!)

先ほどと違い意識していたからだろう。
またアムプーラも口裂け女と同じような空間転移の使い手だからだろう。
口裂け女が飛翔スキルでもって空間を超えて『飛んで』きていることにアムプーラは気が付いた。
時計の長針が半ばを過ぎたこの時間に、地面から三つの階層を重ねたこの空間に、彼女を麗しいと言った者が生きていると知っているから。
さすがにその前提条件までは掴めていないが、口裂け女が飛んでくることをアムプーラは認識した。
それは口裂け女の不死性とは別のものなのだが、自身の不死性と似た特性をもつと判断したならば対応も相応のものとなる。

(心臓を貫いた程度では死なない。石化しても生き延びた……ああ、脳はともかく心臓まで石化はしてなかったと。ならば纏めて!)

口裂け女が拙い剣技を繰り出すのを軽く潜り抜け、両の拳で頭蓋と肋骨を同時にアムプーラが貫く。
脳髄を左手が抉った。心臓を右手が貫いた。たしかに霊核がそこにある。
左手の咒式で石化が起こり、右手の咒式が多量の出血を促す。
脳の石化によって思考を奪い転移も封じて、今度こそ間違いなく……そう思ったのに。

「……やれやれまったく、しつこいお嬢さんだ」

またも現れた口裂け女に、さすがに倦怠感がアムプーラの声に混ざる。
ならば今度はどこから転移してくるのか突き止めるかと目の前の口裂け女から少し意識を外して周囲を探る。
そうして周りに気を配ったからだろう。
口を裂かれ、車に乗り込む直前で倒れていた男が背後で立ち上がろうとしているのにアムプーラは気が付いた。
無線の音で意識が戻ったのか。どうしたものか。まあレメディウスがあとでどうとでもするか。放っておけば逃げ出すだろう。
そんな程度の認識しかアムプーラはしていなかった……ために。

「…………ガ、あぁ?」

突如アムプーラの胸を銀色の刃が貫く。
下手人は、口を裂かれて倒れていた男…………口を裂かれ、その果てに怪物(くちさけおんな)になったもの。
アムプーラの目の前にも口裂け女。アムプーラの背後にも口裂け女。
それも背後にいるのは先ほどまで確かに契約者の配下だったはずで、それも重症のはずだった。
慮外の一撃がアムプーラを貫いた。
とはいえ

「…おおう。モテるというのはいいことばかりでもない。まさか背後から女性に刺されるとは」

脳と咒力さえ残っていればアムプーラは絶命には至らない。
一つ潰されたくらい大した痛手ではないのだ。
しかしさすがに目の前に全く同じ姿、それも口が耳まで裂けた異形の女が二人雁首並べて襲い掛かってくるといいのは気味が悪いなんてものじゃあない。

口裂け女がまた日本刀を振り回してアムプーラに斬りかかる。
稚拙。
かわしてアムプーラが反撃を試みる。
だが二人目の口裂け女がフォローするようにアムプーラを襲う。
ならばと〈軀位相換転送移〉で背後に回り、二人目の心臓を貫かんとする。
一人目の口裂け女と目が合った。
まるで二人目もアムプーラの姿が見えているかのようにアムプーラの腕を躱す。
そこに一人目が日本刀を投げていた。
二人目の体が影になってアムプーラにはギリギリまでそれが見えない。
平時なら容易く躱せただろう。だがアムプーラにかかる威圧のバッドステータス、宝具にまでなったそれが今は二人がかりで浴びせられている。
全く同じカタチの化け物二体に襲われるという恐怖が知らずアムプーラを鈍らせ、本来ならあり得ないダメージを浴びせる。
もちろん日本刀に貫かれるなどアムプーラにはかすり傷だ。
だが恐怖は加速する。
日本刀を捨てた口裂け女が二人して次に生み出した刃物は手甲鉤のようなもの……それを装備し振るう姿は、知るものが見れば真祖の姫君や一部の死徒が自らの爪を武器として戦う姿を想起させる。
ここにきて突如、口裂け女の脅威が大きく増していく。
詰んでいたCPUの性能が向上したかのように高速で爪を振るい、二人の口裂け女が得ている情報をノータイムで共有しているとしか思えない連携をし、威圧を受けて鈍るアムプーラを追い込んでいく。
二人がかりであるがゆえに心臓と脳の二ヶ所に同時に刃が掠めることもある。
その中でアムプーラがチャンスをものにし、〈石骸触腫掌〉を一撃浴びせることに成功した、と思いきや。
『末妹不成功譚~この灰かぶりは小鳥に出会わない~(ポマード、ポマード、ポマード)』。
口裂け女に二度同じ手は通用するが三度は通じない。
捨て身であるはずのカウンターをノーリスクで成した口裂け女二人の爪がアムプーラの全身を切り裂く。
その刹那。

「■■■!!!」

二人の口裂け女も、アムプーラも。
諸共に狂戦士の斧が吹き飛ばした。

現れたのはレメディウスの従えるバーサーカーのサーヴァント、仮面ライダーオーズ・プトティラコンボだ。
サーヴァントの戦闘に巻き込むまいと構成員の退避をレメディウスが優先したため出遅れはしたが、怪物退治となれば仮面ライダーのお家芸といえる。
抜き放った『今は無き欲亡の顎(メダガブリュー)』で一瞬にして口裂け女とアムプーラを真っ二つにする。

「諸共とは、またしても容赦のない」

第十二階位(カテゴリークイーン)との闘いでも散々に禍つ式を巻き込んでいたのだから今さらといえばそうだが。
腰から下を斬りおとされたアムプーラが、次の瞬間には当然なんということもなくバーサーカーの隣でどことなく苦い笑みを浮かべている。
対して口裂け女の方は打ち上げられた魚のようにピクピクと痙攣し、すぐに動かなくなり光の粒子になって消えた。
『凍てつく古の暴君(プトティラコンボ)』と『今は無き欲亡の顎(メダガブリュー)』には欲望を否定し、生物ならざる怪物を無へと帰した逸話からくる加護の無力化能力があるのを、アムプーラもレメディウス越しにぼんやりとだが把握している。
もしやそれが機能し今度こそ口裂け女も最期かと期待半分飽き半分といったところで場を離れようとするが

「■■■……」

直接武装を振るったからか。歴戦の仮面ライダーの経験か。動物的な直感か。
バーサーカーは斧を握る力を緩めはしない。
そこへ

「私」
   「綺麗?」

口裂け女が二人、サイズだけなら『今は無き欲亡の顎(メダガブリュー)』に張り合う大斧を手に襲い掛かった。
一人は能力により空間を飛んで、一人は上階から霊体化して、真っすぐにバーサーカーへ。

「■■■!!」

鎧袖一触、という言葉さえも口裂け女にはふさわしくない。
それほどの差だった。
鎧に届いたところで武装としての神秘も矮小、対人魔技に至る剣術もなく『凍てつく古の暴君(プトティラコンボ)』の鎧に傷などつけられるはずもないが。
バーサーカーが翼を振るい凍気と烈風を放っただけで、二人の口裂け女は氷像となって砕けて消えた。
あとには彼女たちが握っていた斧が二つ残るだけ……やはり聖杯符は現れない。

得たものはないが、何度口裂け女が現れようとこの決着はそうは変わらない。
戦力の逐次投入はほぼ無意味。スノーフィールドの民全てを口裂け女にして絶えず襲い掛かれば話は別だが、敵はバーサーカー一人ではない。
故に、王将は動いた。

駐車場に大きなエンジン音を鳴らして真っ赤なスポーツカーが駆けこんできた。
レメディウスはその車を知らない。
部外者が容易く入れるはずのない場所に知らないものが現れたとあればそれは当然

「私の騎兵が君の歩兵をとった」

助手席に座っていた男がゆっくりと車を降りた。

「君の歩兵は私の騎兵になった」

続けて運転手が姿を見せる。当然のように真っ赤なコートと大きなマスクを身に着けた女……バーサーカーを通じた視界でレメディウスはそれも口裂け女と認識した。

「私の騎兵が君の歩兵を数多奪い、君はそれに道化をぶつけた」

一人だけではない。
さらにもう一人の口裂け女が上階からバーサーカーらを挟み撃つように姿を見せる。

「私に騎兵は君の道化に単騎では及ばず、騎兵を二機、それも私の直属で迎え撃たねばならなかった」

消失した口裂け女の遺した大斧を拾い、乱入者たちは構えをとった。

「そこに君が最強の駒を出してきたとあってはこちらも相応の駒を出さねばなるまい。さあ、命に保険はかけたかね?」

そして戦端が開かれ、怪物たちの刃が振るわれる。

「パートナーのリードは大切だが、護衛の任を疎かにさせてはいないかね?」

大禍つ式アムプーラが先手を取って動いた。
〈軀位相換転送移〉を行使して男の背後に回り、即座に両の手足に込めた咒式でもってその首を狙う。
サーヴァント口裂け女を殺しきれないならば、とマスターを仕留めにかかるその判断は正しい。
並のサーヴァントとマスターを相手にするなら、という冠はつくが。
残念だが彼が狙ったマスターはズェピア・エルトナム・オベローン―――魔術三大機関の一つアトラス院のかつての長が、死徒二十七祖第十三位という最高峰の吸血鬼へと転じた、並々ならぬ怪物である。

「忠言には感謝しよう、生ける魔術式の御仁。されど心配はご無用、一度舞台に上がったならば最期まで己の役を全うするとも」

攻撃したはずのアムプーラの動きが蜘蛛の巣に囚われたように縫い留められ、ズェピアに伸ばした腕が空しく伸びた。
彼を縛り上げたのはアトラスの錬金術師が好んで用いるエーテライトという極細のモノフィラメントで、最上位の吸血鬼でもちぎれない強度を誇る。
アムプーラの膂力では破壊できず、そして対人に特化した彼の咒式は通じない。

「この私を虫のように縛るか?ヤナン・ガラン男爵なら何と言うか―――」

即座に〈軀位相換転送移〉による脱出を試み、再度ズェピアを強襲しようとするアムプーラだが、転移を終えたその瞬間にズェピアの爪が先んじて彼を引き裂いた。
再び転移と回復を行い継戦を試みるも、移動したその先で今度は口裂け女の刃が振るわれ頭蓋を砕く。
幾度繰り替えしても刃が、爪が、糸が、アムプーラを削り続ける。咒式でのカウンター狙いも、指先にプラズマを宿して糸の破壊を狙っても全てがいなされる。

アトラスの錬金術師の最大の強みは、世界を七度滅ぼすとまでいわれる武装ではなく統計と計算による未来予測にある。
ズェピアは口裂け女を通じてアムプーラの戦闘の観測をすでに終えていた。
膨大な咒力を秘めるアムプーラだが結局のところ彼は禍つ式という情報体にすぎず、規則に反する行動をとることができないため、ズェピアから見れば手の内の読みやすいカモでしかない。
光の速さで飛ぼうが翔けようが―――ニ騎の口裂け女とプトティラコンボの宝具で大きく速度を落としてはなおのこと―――釈迦の掌の孫悟空のごとくズェピアが先んじて打った手で撃墜される。
バーサーカー相手の片手間で、だ。

「■■■!!!」

アムプーラを気遣って、または協力してなど狂戦士が行うはずもなく、バーサーカーは我が道をひた走る。
初見の敵と背後の口裂け女を牽制するように尾と武装を振るい、アムプーラに続き追撃するようにズェピアへと襲い掛かっていた。
これをズェピアは口裂け女の援護混じりとはいえ、純粋な肉体のスペックのみで抑え込む。
いや、口裂け女の戦闘をズェピアが直接操作しているため、実質はズェピアの技能と力でバーサーカーと渡り合っているといえよう。

『今は無き欲亡の顎(メダガブリュー)』による重圧が一帯に振りまかれる。
ズェピアの分割思考のうち五つが鈍らせられるが、狂気により汚染された精神が残りの思考を健全に保った。
口裂け女はすでに消滅した二体に続いて重圧を受けるのは三度目のため、宝具によって無効化する。
バーサーカーもまた口裂け女の威圧を受けるが、グリードという在り方と狂化という望まぬ恩恵が彼を守る。
三者三様に敵の初撃を無力化し、結果としてアムプーラだけが重圧・威圧によるバッドステータスを一身に浴び、蚊帳の外でズェピアの未来予測に縛られることになる。

「カット!端役どころか黒子にもなれないハム未満に出番はない!劇の何たるかを学んで出直したまえ道化紛い!」

アムプーラの不死身以外の強みをほぼ封じ、もはや舞台装置以下の背景レベルにしかズェピアは扱わない。
口裂け女の存在意義も、この場ではズェピアの操り人形程度のもの。
人類史を肯定する英霊にして欲望を否定するモノと、人類史を汚染する死徒が殺し合う。

重圧をレジストしようと『今は無き欲亡の顎(メダガブリュー)』が一級の武装であることには変わらず、バーサーカーの振り下ろした戦斧が口裂け女の生み出した斧を砕き格の違いを見せつけた。
武器を失った口裂け女の腕を飛ばし、そのままズェピアへと刃が向く。
だがズェピアはそれを片手で掴み受け止める。
斧刃が僅かに掌を裂くも、死徒の再生能力が傷を塞ぎそのまま戦況の天秤はどちらにも傾かない。

「ハ、ハハハハハハ!!そうか、面白いな第六階位(カテゴリーシックス)!英霊の身でありながら我ら死徒と同質の否定の力を身に宿すとは!!
 反英雄ではないようだが、深淵を覗き込み深淵に飲まれたな!毒を制するために自ら毒に身を染めるとは何たる喜劇か!
 しかし見事、その覚悟は祖たるこの身に刃を届かせた!凡百の英雄ではこうはいくまい。君の英雄譚に敬意を表そう!」

人類史を汚染する死徒に対して、人類史を肯定する英霊が振るう宝具は相性が悪い。
宝具の持つ加護そのものを否定し、もしも担い手が本来と異なったり贋作であったりすれば完全に無力化されてしまうほどだ。
死徒の中でも最上位の二十七祖の一角であるならばサーヴァントの振るう宝具すら受け止めると、ズェピアは自負していた。
だが仮面ライダーオーズという英霊の強度もさることながら、欲望を否定するその特性は死徒に近しい。
そのため宝具の加護を完全には無効化できず、刃はズェピアを僅かながら傷つけた。
死徒の再生能力によってそのダメージが癒えると、そこからは純粋な力比べとなる。

「真祖の姫君にも劣らぬ剛力。また見事……!よい演者(タタリ)になれるだろうな君も」

かつてタタリにより顕現した魔王アルクェイド並の力がタタリならざるズェピアに迫る。
狂化と宝具によって獲得した最上級のステータスで押すバーサーカーだが、ズェピアはかろうじてこれを抑えた。
一瞬の拮抗だが、それすらも気に食わないと言わんばかりにバーサーカーは唸りをあげ畳みかける。
プテラの顎に魔力が集まり、唸りが咆哮に変わるとともに衝撃波を放ったのだ。

「失礼するよ」

クリーチャー・チャンネル(エス)、短距離ながらも空間転移をズェピアは発動しそれを回避する。
魔力の収束を起こりと予見したアトラシアの未来予測による産物だ。
情報と霊子によって形成された電子の海でなら最上級の魔術師(ウィザード)であるズェピアならば魔法に近しい空間転移すらも可能とする。
地上では霊子化して世界を渡るタタリの影響が色濃い中でなければ難しかったが、ムーンセルでアトラシアは水を得た魚の如くより優れた性能を発揮できるのだ。
そうして標的を外れた衝撃波が一帯を呑み込み、アムプーラも口裂け女も吹き飛ばされて戦線から引きはがされる。

「ブレイク!」

回避した先からズェピアが爪を振るい、どす黒い斬撃をバーサーカーに向けて放つ。
攻撃後の隙をつかれバーサーカーは回避行動には移れないが、翼から魔力を冷気として放ち迎え撃った。
だがそれはすでに一度ズェピアの見た技であり、つまりはアトラシアの予見の範疇である。

吹き飛ばされた口裂け女の一人が勢いそのままに乗ってきた赤いスポーツカーを掴む。
自身の数倍のサイズを武器とする狂気の光景だが、今さらそれに驚く者もなく。
アムプーラが特に感嘆もなく腕を振るい、その一撃に介入した。
躱せない……いや、躱さない。
背後から〈石骸触腫掌〉に心臓を抉られながらも意に介さず車を投擲し、口裂け女は嘲笑うようにして振り向く。
そしてなんと自らを貫く腕をさらに深く突き立てて口裂け女は突如自害した。
この奇行にはアムプーラも目を疑う。

投げられた車が投石のような勢いでバーサーカーに向かうが、当然それだけならバーサーカーには取るに足らない。魔力放出によりあえなく撃墜されるだろう。
それはズェピアにも当然の認識であり、もちろん次の矢が飛んでいる。
アムプーラを捉えるべく張り巡らされていたエーテライトの一つが口裂け女の手で車内に伸ばされており、それはズェピアの手元に繋がっていた。
ズェピアがエーテライトを繰ると、車内にあったものが引かれて飛び出しバーサーカーに叩きつけられる……口の裂かれた男の死体が!
バーサーカーは何のことかと魔力放出を続けてそれも砕こうとするが、死体が突如形を変える。そう、口裂け女に変じたのだ。
そして魔力放出(氷)によって二体の口裂け女がすでに砕かれており、『末妹不成功譚~この灰かぶりは小鳥に出会わない~(ポマード、ポマード、ポマード)』の発動条件は満たされている。
冷気の中を、それこそ涼しい顔で口裂け女は飛びかかり、飛行スキルの速度にズェピアの膂力も載せたあらん限りの怪力で拳をバーサーカーに叩き込む。
グリード化が進行した肉体からいくつものセルメダルが散らばるほどのダメージがバーサーカーに刻まれた。

「ひとまず成功、か」

口裂け女に変貌する前の死体を利用して奇襲をしかける。
うまくいけばよし、程度の実験感覚だったが思った以上の功がなったと転がるメダルをいくつか手にズェピアは思う。

口裂け女は三人までしか増えない。
では四人目の口を裂いたらどうなるのか。
口裂け女の三姉妹に欠けができた瞬間に補填され、四人目の被害者は口裂け女になる。
では五人目、六人目と口を裂いたならどちらが優先的に口裂け女になるのか。
早く口を裂いた者が優先して口裂け女にはなりやすいらしい。しかし時折、遅くに裂いた者が先に口裂け女になることもあったためズェピアはそこに法則性を見出そうとある種の実験を重ねていたのだ。
その答えはサーヴァントとマスターのパスの強度にあるらしい。
サーヴァントとマスターの距離が離れるほどに魔力パスの繋がりは弱まる。そのためあまりに離れすぎているとパスが弱くて口裂け女に変じることができないのだ。
つまり、①早く口を裂いた者ほど口裂け女になりやすい ②ズェピアと強くパスを結べる(距離が近い)ほど口裂け女になりやすい ということだ。
だが近くにいる百番目に口を裂いた者と、遠くにいる十番目に口を裂いた者とどちらが優先されるのかなどはデータが足りない。おまけに死徒の魔力回路とパスの調子は昼夜にも月齢にも影響されるため、正確なデータをとるには少なくとも一カ月が必要となる。
結局いつ誰が口裂け女になるかはなんとなくの予想止まり、エーテライトで直結するくらいに強力なパスを結べばすっ飛ばして口裂け女化させることができるくらいが最終認識になる。
それでもズェピアは口裂け女になるものをコントロールし、宝具もあってバーサーカーへ一矢を報いた。
そしてその肉片(メダル)を手にし、その正体にも肉薄する。

(金属で構成された肉体……いや、悪性情報の結晶かこれは。
 それに竜に近しい古代種、原初の生命の要素を人体に取り込むアプローチは新しい人類であるアトラスのホムンクルスに近しい。
 錬金術と、悪性情報の結晶か。シオンやライダーとは違った意味で、私と同じ存在というわけだ)

分割思考のいくつかを分析に数瞬のあいだ割いていたが、バーサーカーの咆哮を合図に全てが戦闘に戻る。
殴りかかった口裂け女は即座に『今は無き欲亡の顎(メダガブリュー)』の錆になり、続けざまにズェピアに刃が向けられる。
迎え撃つズェピアは斬撃を爪より飛ばして牽制し、転移してきたアムプーラも流れ様に切り裂き、大きく飛んで距離をとる。

「さて。幕間の歓談とはいかないかね。観ているだろう?第六階位(カテゴリーシックス)のマスター」

離れたところで残った一人の口裂け女に体を引かせ、空を飛ぶことで互いに手の届かない状態からズェピアは話をしようとする。
だが空中すらも己が戦場と翼を広げてバーサーカーは踊りかかる。
狂える竜に言葉を投げたところで、それだけで止まるものでもない。

「■■■!!!」

襲い掛かるバーサーカーの凶刃に対して、ズェピアは冷静に腕を振るった。
それは楽団を指揮するコンダクターか、あるいは舞台を演出する監督のようで。
その所作に応えるように三つの影が現れ、バーサーカーを迎え撃った。
第四階位(カテゴリーフォー)のアーチャー。第十一階位(カテゴリージャック)のバーサーカー。番外階位(カテゴリージョーカー)のバーサーカー。
ナイト・オン・ザ・ブラッドライアー、シャドウサーヴァントに近しい脅威がバーサーカーを襲う。
大鎌が斧を止め、続けざまにメイスが叩きつけられ、続々と放たれる矢が一帯を戦塵に包む。
……しばらくおいて。
戦塵が晴れるとそこにはバーサーカーただ一騎が残っていた。
サーヴァントとはいえ再現された影に過ぎないため、本物であるバーサーカーには遠く及ばない。
もののついで、程度で口裂け女も一体消失させたがその刃はズェピアには届かず。
そして消えた口裂け女も次々と後継が現れて。

「私」
   「綺麗?」

怪物の舞踏は未だ終わらず。





◇ ◇ ◇

「奇怪な手を打つ男だ」

チェルス将棋の駒をいくつか手の中で転がしながら、レメディウスは一人そう言葉を漏らす。
なぜ、どうやってサーヴァントを潜り込ませたのかも分からず後手に回ってしまった。奇襲を受け守勢に回されるのはレメディウスには久しい。
少しづつ敵を読み進めているが、それでも見切るには至らない。
駒を潜り込ませたと思えば隠れもせず暴れ出す。陽動かと思えば他に動きもない。捨て駒を放り込んだのかと思えば大将自ら撃って出る。戦場で暴れたと思えば対話を求める。
刹那に生きる狂人か、あるいはこの盤面の先すら俯瞰する智慧者なのか。
起死回生の手を打つべく思考を巡らせるが

「……む?」

戦場に違和感を覚える。
バーサーカーと打ち合う敵の動きが先ほどより悪いような。
まるで指し手が代わった、いや力の入れどころを変えたような。
………………部屋の気温が下がったような。



「ごきげんよう」



レメディウスしかいない筈の部屋だった。
そこにズェピア・エルトナム・オベローンが訪れていた。

目を見開き驚愕するレメディウスの反応を、ズェピアは唇に指を当てて静かにと制する。

「改めて。幕間の歓談に来たよ、第六階位(カテゴリーシックス)のマスター」

口元に笑みまで浮かべてズェピアを前に、首筋に冷たい汗を感じながらゆっくりとレメディウスは状況を探る。
サーヴァントと渡り合う男だ。その気になれば令呪を切るよりも早く、咒式の守りなど打ち破り首をとるだろうとレメディウスは理解していた。
だがいつの間に現れたのか?バーサーカーの前には……まだ第三階位(カテゴリースリー)はもちろんのこと、ズェピアの姿も見える。
部屋の場所も漏れるようなことはないはずで、襲撃も含めて自身に虫でもついているのではとレメディウスは体をゆっくりと確かめようとする。
その疑念を予期していたのだろう、ズェピアが右手を振るいその答えの一部を明かす。

「いかがかな?稚拙な人形遊びと笑うかね?先日見た我が娘のそれに劣らぬ出来栄えと自負しているが」

戦闘中にサーヴァントの再現もしたレプリカント・コンダクターの簡易発動、エーテライトを束ねることでズェピアそっくりのヒトガタが現れる。
こうしている間にバーサーカーと戦いかろうじて生き延びているのもこの偽物というわけだ。
そしてこちらの種明かしはしないが、レメディウスの居場所を探ったのもエーテライトを使った情報の搾取によるもの。
錬金術師の武装でもってズェピアはレメディウスと一対一で向き合うことに成功した。

「実のところ、ここへの襲撃は偶然でね。意図せず起こったインプロビゼーションというわけだが、それでも十全に演じてこそ一流というものだろう?
 例えば、降って湧いた小道具を積極的に取り入れることを私はしていきたいのだよ」

戦闘の中で手にした、バーサーカーの肉体から零れ落ちたセルメダルを弄びながらズェピアが語り掛ける。

「物欲、支配欲、愛欲、その他あらゆる欲望の結晶。悪性情報をこのような形で物質化させるとは面白いアプローチだ。
 恐らくこれは我らアトラスとは思想を異にする錬金術師の発想だな?私とは……三百年ほど時代背景が異なると見た。創作意欲を刺激してくれる。
 上手くすれば作れるかもしれんのだよ。コレを通行料、私のライダーを通路として聖杯に至る裏道が」

悪性情報の結晶、月の癌による熾天の玉座到達の履歴の痕跡……虚数事象、ケースC.C.Cと呼称されるかつてムーンセルを侵した事件があった。
歴史から抹消されたはずのその事象は魔神ゼパルとビーストⅢ/Rの罪業により観測者を得てしまい、逆説的に存在が確定し、先刻ズェピアにも観測されるに至った。
強大な演算力を持つ能力者が、悪性情報を糧とし、固有結界を用いてムーンセルを侵食した手法が成功に至ったならば、同様の手順を踏めば戦わずして聖杯獲得に至る可能性はある。

「神秘はより強大な神秘によって覆されるもの。
 SE.RA.PHという固有結界を、悪性情報を飲み干したライダーという固有結界(タタリ)ならば貫けるやもしれん。
 いかがかな?私と共に月の聖杯に至る裏口を叩いてはみないか?」

ズェピアが掌の上で音を立てていたセルメダルを握りしめ、芝居がかった動きで真っすぐ拳を突き付ける。
魔術師らしからぬ盟の誘いである。
その問いにレメディウスは即座の答えを返せない。
散々に暴れておいてどの面下げて、というのもあるし、魔術に関しては門外漢であるゆえに聖杯へのアプローチがどの程度信が置けるか分からず判断を悩ませているためだ。

「……おまえと私の二人で聖杯に辿り着くということは、最後に聖杯をかけて二人争うことになるとそう言いたいのか?」

ひとまず問答に応じることで一手応じる。
駒を動かさなければ局面は打開できないのだから。

「いいや、恐らくだがその必要はない。先刻私は番外階位(カテゴリージョーカー)のサーヴァントと遭遇した。
 あの蛇…監督役の言う通りにこの地には一四種類の『聖杯符』が存在しており、かつこの聖杯戦争では―――」
「十三種の『聖杯符』を集めた主従が勝者となるということは、全ての主従が倒れることを前提にしていない。終了時点で二組の主従が生存している可能性があり、聖杯の前に複数のマスターが立つ可能性もあるということは分かっている。そのうえで問うているのだ」

レメディスが鮮明に記憶している開戦の儀を追想し、ズェピアの言葉を遮って結論まで引き継ぐ。
それにズェピアは気を悪くすることもなく、好敵手を得た棋士か、あるいは贔屓の俳優を目にした観客のように笑みを深めて言葉を続ける。

「マスターの脱落を必須としていないこのルールでは、ムーンセルは複数のマスターが生存し熾天の玉座に至ることは想定しているとみて間違いない。
 前例を踏襲しているのか何なのかは知らないが、都市を一つに英霊を多数再現するほどの演算性能を持つ管理の怪物がその程度に思い至らない訳がなかろう。
 ならば我ら二人がムーンセルへのアクセス権を同時に得ることも可能性の一つ。過程は外法だろうが。
 ……それを踏まえたうえで、なお殺し合いたいというなら別段無理に止めるつもりはない」

辿り着き、願いさえ叶うのならば手段は問わない。
それは他の主従の願いを蹴落とすことも厭わないということであり、戦わずとも聖杯を得られるのならばその手段が聖杯戦争における反則であっても構まないということでもある。
そして聖杯戦争のルールの外での人殺しにさほどの忌避感を抱くこともない。
ズェピアもレメディウスもその点では共通の悪性である。
しかし無為に争い、消耗するのを愚かと判断する知性はどちらも有している。
つまりは

「おまえは何を聖杯に願う?」

一線を踏み越えることがなければ戦う必要はないが、殺さねばならない敵であるかは確かめなければならない。
すなわち、レメディウスにとってズェピアは新たなる独裁者(ドーチェッタ)となるか否か。ウルムンの害になるか否か。レメディウスの願いを犯すことがないか。
悪竜の逆鱗に触れるか否かを。
その問いにズェピアは簡潔に答えた。

「世界を滅びから救うため」

アトラスの錬金術師が抱く悲願を。
そして続けざまにズェピアの口から悲痛な叫びが洪水のように溢れ出る。

「未来を見た。答えを見た。その果ての滅びを知った!枝葉のように剪定されて消えて果てる終末を!
 ゆえに我らはあらゆる方法を、手段を、対抗策を以て滅びの未来を変えんと試みた!
 ……それでも!その果てもまた滅びなのだ!手を尽くせば尽くすほど未来はより酷くグロテスクに悍ましさを増し我々を打ちのめす!
 アトラスの蔵が開けば世界は七度滅ぶという!然り、それが我らの抵抗の証だ!世界を救うために世界を滅ぼす兵器を生み出してしまったのだ……
 アトラスの錬金術師はみな、世界の滅びを観測し、狂ったように救いを求め、そして本当に狂って果てる……
 私もまた狂(さと)ったのだよ。奇跡に縋らなければ世界は救えぬと。それが聖杯だ」

バーサーカーと戦いながらも余裕をなくさなかった男が突如発露した狂気が部屋の中の空気を一層冷たいものへと変質させる。
それにズェピアの口にした願いの内容も加わり、レメディウスからもまた内に秘めた願いがこぼれた。

「世界を、救うだと?それは……私と同じ……ウルムンの…私の故郷も救うことになるのか?」

それはこの聖杯戦争の始まりにおいて、火野映司の前でも垣間見せた幼く無力なレメディウスの姿だった。
憎悪に燃える復讐者の根源にある、何より深い愛のカタチだ。
それと同じものが目の前の男にもあるのかと、淡い期待がズェピアに向けられるが

「分からん」

ズェピアはそれに応えない。

「私にも分からない。計算しきれない未来。無限の可能性に満ちた宇宙。それこそが私の欲してきたものだ。一から十まで脚本家の定めた本など面白くもなんともない、そうだろう?」

悲嘆と狂気に溢れた面貌に再び笑みを浮かべてズェピアは語る。
それこそ夢を語るような朗らかな口ぶりで彼の願いの意味を。
そこにある救世の志は本物なのだろうということはレメディウスにも伝わる。世界を救うという意思はある。あるのだが……同時に無関心で無責任な願いであるということも悟る。
アトラスの錬金術師はより長く生きるためならば生物としての変体・退行をしても構わないという思想である。つまり種が存続するのならば数が減ろうが文明を失おうが気に止めることはない。
それと同じようなものをレメディウスは知っている。
経済的に利を得るためならば、ウルムンにおける独裁者の蛮行を見逃している龍皇国や七都市同盟のそれだ。
この男は、世界が救われるためならばウルムンが滅びても毛ほども気にしないだろう。そして、それが必要ならば自ら滅ぼすこともするだろう。

レメディウスの少年のような相に、竜の鱗のような深い皴が刻まれる。
まさに浮体の間に決して相容れぬ深い溝があるのを表すように。

「ならば我はおまえとは組めん。故国の救済がなされるというならこの命などいかようにもしてくれるが、それを意に介さない偽りの平和など認めるものか」

人喰い竜の貌となってレメディウスは三下り半を突き付ける。
それもまた予測した未来の一つだったのか。
つまらなそうな表情を浮かべて、ズェピアも即座に答えた。

「カット」

その言葉と同時にズェピアの殺意がレメディウスの肌を刺す。

「カット。カット。カットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカット」

血がにじむほどにセルメダルを強く握りしめながら、壊れたレコーダーのように言葉を吐き続ける。
怒り。呆れ。失望。負の念に染まった言葉がまた一段と一帯を重く冷たく染め上げる。

「イエス、アンドがインプロの基本というに。あろうことか後先考えぬブロッキングなど愚かの極み。ふん、ハム未満の道化の主人とあっては是非もない、か。
 実に残念だ。滅びに打ち勝てるならばそれでいい。君と私でならば、成功率は0.3%ほど上昇したというのに」
「無意味な問答だ。我が拒絶した以上、その仮定に意味はない」

残念というのも嘘か真か。成功率が0.3%上昇したというのも嘘か真か。
有意義な議論も、幕間の歓談ももはや彼方と二人の間で空気が震える。

「無意味といいうなら貴様の願いこそ。故国の救済?貴様の語る国の滅びなど、世界という盤面からすれば剪定されてしかる末端の枝葉にすぎんというに。その程度、アトラシアならばいくらでも観測してきたし、ワラキアならば一夜で成し遂げるとも。
 君はアレだ、私などものともしない優れた棋士かと思ったが、些末な駒の情勢にこだわり大局での敗北を迎えるタイプだな」
「些末?些末と言うのか?ウルムンの民が踏みつけられ、奪われ、犯されているのを些末と!?貴様らが生きる、それだけで犠牲となる民がいるのを見ぬふりなどさせんぞ!」

一人の天才はあらゆる可能性を計測するゆえにあらゆる過去と現在を知り、対極的に未来に滅びしかないことを知り、狂い果てた。
一人の天才はあらゆる記憶を劣化させず、目の前で克明に再現できるがゆえに過去に囚われ、記憶の業火に焼かれ続ける。
どちらもまた自らの世界が枝葉の如く剪定されるのを防ごうとその手を朱に染め続ける者であり、それゆえの決定的な破局があった。
ズェピアは世界が救われるならばウルムンを滅ぼすことなど厭わない。
そしてレメディウスには世界が救われようともウルムンが滅んでは意味がない。
まさしく見据える盤面が違っている。
竜と鬼は相打つしか道はなかった。

「脚本家、かつ錬金術師。生み出すものである自覚はあるが、しかし情報も血も奪うものになってしまって久しい。お菓子の家を与え、肥やし、奪うことができないならば……今喰われても文句はあるまい?」
「いいや、それは叶わない。貴様は我を喰らえぬほどに力の差があると悟り、こうして向き合うことを選んだろうに」

覚悟の差とは言えなかった。
賢しげに批判をするだけで何もできず、なそうともしない人間であれば恐れるに足らないと一蹴できる。
だが世界を救わんとして狂った吸血鬼(ドラクル)の覚悟は、レメディウスが無視するにはあまりにも大きな障害となる。

「喰らうのはこちらだ。竜の巣穴に潜ることが、虎穴に入るよりも安全だとはよもや思うまいな?」
「戯言は舞台袖で溢したまえ。復讐の念は捨てず、故国の救済をなど聞こえのいい理念を謳い、自らを着飾る。悪竜を騙るには人間的がすぎるぞ君は」

このやり取りで互いの殺意がピークに達したか、次の瞬間にはズェピアの爪がレメディウスの首へと振るわれた。
その一撃が空中で阻まれ、ガラスを砕くような音を立てる。
それでも真っすぐ爪は進み続けるが、進行速度は確実に低下していた。

ズェピアを阻む壁の正体はレメディウスの張る干渉結界だ。
彼の生きる神秘の薄れた世界のものとはいえ、長命竜(アルター)の防御能力と同等のそれは死徒二十七祖のズェピアを以てしても容易く敗れるものではない。
それでもいずれはズェピアの爪はレメディウスを害するに至ったろうが、今この時においてはたどり着くには至らなかった。

「■■■!!!」

悪竜の咆哮が響き渡り、二人の間にバーサーカーが降り立った。
ズェピアの爪は『凍てつく古の暴君(プトティラコンボ)』の鎧に阻まれ、誰にも傷をつけることなく終わる。

「…まあ彼女たちにしては持ちこたえた方か」

怪物に過ぎない口裂け女は、怪物退治の逸話を持つ大多数の英雄に不利を強いられる。
数分持ちこたえただけで十分な戦果といえよう。
うなりを上げるバーサーカーと睨み合い、角と爪を数合交えると弾けるように距離を置いた。

「なにやら黒の姫君に仕える魔犬を思わせるな君は。同種の獣か?あらゆる意味で私の同門らしい、悪竜(ファブニール)もどきめ」

話ながらもエーテライトや衝撃波をレメディウスに向けて放つが、全てバーサーカーと干渉結界に防がれる。
レメディウスとの位置関係が悪く魔力放出をバーサーカーはみだりに使えないが、攻撃力防御力共に優るバーサーカーが参じた時点でズェピアの不利は否めない。
レメディウスの言う通り、力の差は明白である。

「愚かだな。我が無意味に貴様と問答などする訳があるまい」

バーサーカーが第三階位(カテゴリースリー)を倒して合流すれば情勢は決まる。
ズェピアと一対一でさえなければいいレメディウスなら当然とる選択だった。
だが

「…ふむ。逆に問うが。私は無意味に君と問答をする類に見えたのかね?」

サーヴァントを従えれば有利に傾くのはズェピアとて同様だ。
時間があるならば、彼とて呼ぶ。

「これでも」
「綺麗?」

二体の口裂け女が空を飛び刃を振るう。
かつて曙光の鉄槌の構成員であったものが、ズェピアの手駒へと転じ、霊体化して壁を越えて真っすぐレメディウスへと。

「■■■!!!」

そしてこれも幾度目の光景か、バーサーカーがそれを容易く屠る。
それだけならば見飽きるほどに起きた戦況、だが

「ワ、タ、シ……」

もう一人の口裂け女が、ズェピアを抱えて飛び去っていく。
ここまで見せていなかった三人目という駒の投入が戦況を動かす。
二人目がいたというならば三人目の存在も予想して然るべきであろうが、サーヴァントを複数召喚し従えるという規格外の所業は目にするまで信じがたいというのもまた道理というもの。
それに動じず反応を見せたのは、すでに理性を喪失したという哀しき強みを持つ故か。
二人を倒し、続けざまに三人目も逃がすまじと戦斧を振るうが

「キャスト!」

悪性情報を実体化させるアトラシアの秘儀、レプリカント・コーディネーターにより再現したシャドウが再びバーサーカーへと牙をむく。
ズェピアの儚い抵抗、に思われたそれにより再現されたのは、第九階位(カテゴリーナイン)のアサシン……アンクの姿だった。

突然再現された戦友の影に、斧を握る映司の腕の動きが一瞬鈍る。
だが次の瞬間

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!!!!」

一際大きく長い叫びをあげて、『今は無き欲亡の顎(メダガブリュー)』を幾度も振るい目前の偽物を粉微塵に砕き散らす。
何度も何度も、徹底的に。
グリードを滅ぼす紫のメダルの本能か。あるいは戦友を騙られたことへの強い怒りか。
その答えは、当人が狂気に染まっている以上誰にも伝わらず、ただ雄叫びを上げる竜の恐ろしい姿がそこにあるだけ。


―――ご満足いただけたかな?―――


どこからともなくズェピアの声が聞こえてくる。
バーサーカーがシャドウを砕いているその間に決定的に距離をとったズェピアは、新たな口裂け女を呼び寄せ、そして散会していた。
曙光の鉄槌のアジトから三台の赤いスポーツカーがエンジン音を立てて走り去っていく。
もちろん、バーサーカーの翼ならば今からでもすぐに追いつける。
だが三台全てを口裂け女が運転しているため、サーヴァントの気配を追った先にズェピアがいるとは限らず、そして口裂け女を一人倒したところで大した痛手にはならないことはすでにレメディウスも理解している。
そも、四人目五人目の口裂け女がいないともレメディウスには断言できず、三台のスポーツカーすらも囮の可能性もある。
またバーサーカー単騎で追わせれば、今度こそ生じた隙を別の口裂け女に突かれかねない。
その可能性は拠点がばれた以上常に付きまとう。
そして何より、どこまで信用できるかは分からないが聖杯戦争に勝ち抜かずとも聖杯を手にする可能性をズェピアは示唆していた。
放っては、おけない。

「……追うしかないな」

それも全力で。
盟を結んだティーネ・チェルクも呼び寄せて、何としても仕留めなければならない。
近くにまだいるであろううちに、急いで―――

「また、刃を交えるのかね?」
「アムプーラ……」
「おっと、そんな咎めるような口ぶりになってくれるな。サーヴァントはともかくマスターの方が怪物染みて…いや文字通りの怪物だったのは君とて気付いているだろう?」

ズェピアの前では猫の手どころか赤子の手のようにひねられていたアムプーラの醜態にはさすがに双方何も感じずにはいられない。
マスターが異常だったのを含めても、だ。

「彼の方が私にはむしろ分かりやすい。人ならざる種が人を食い物にして繁栄しようとしている。弱肉強食のあるべきかたちだ」
「何度でも言う。弱者が喰われるのを否定するのが私だ」
「その不等式が私には理解できない」
「理解などいらぬ。私とて、独裁者の言葉を理解するつもりなどない」



―――君はアレだ、私などものともしない優れた棋士かと思ったが、些末な駒の情勢にこだわり大局での敗北を迎えるタイプだな―――

呪いというほどではないが。
彼の拒絶からくる不理解と敗北の予兆を、ズェピアと同じく憂いた天才がレメディウスの敵にはいた。


【E-7 湖沼地帯 『曙光の鉄槌』隠れ家/一日目 午後】



レメディウス・レヴィ・ラズエル@されど罪人は竜と踊る Dances with the Dragons】
[状態] 健康、魔力消費(小)
[令呪]残り二画
[装備] 魔杖剣「内なるナリシア」
[道具] 超定理系第七階位咒式弾頭〈六道厄忌魂疫狂宴(アヴァ・ドーン)〉×2
[所持金] 不明
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を掴む。そのために手段は選ばない。
1.ズェピアを追い、仕留める。出来ればティーネの協力も得たい
2. 〈六道厄忌魂疫狂宴〉で最も効率的な戦果を得られるよう、準備を進める。
3. そのためにも当面はティーネとの同盟関係を活用する。
[備考]
※スノーフィールドにおける役割は潜伏中の破壊活動組織『曙光の鉄槌』の党首です。砂礫の人食い竜ズオ・ルーの異名を有しています。
※アムプーラ麾下の禍つ式の軍団と咒式による契約関係を有しています。半数近くはセイバー(アルテラ)に倒されましたが、禍つ式の具体的な総数については後続の書き手さんにお任せします。
※第十二階位(カテゴリークイーン)のセイバーの宝具使用を目撃しましたが、まだ真名を把握していません。また彼女たちと同盟を結びました。
※第三階位(カテゴリースリー)のサーヴァントの宝具、ステータスを目撃しました。真名把握まで至ったかは後続の方にお任せします。


【バーサーカー(火野映司)@仮面ライダーオーズ】
[状態] 仮面ライダーオーズ プトティラコンボに変身中(※令呪により常時暴走)、ダメージ(小)、アンクの像を破壊したことによる感情の変化
[装備] 『今は無き欲亡の顎』
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:なし(レメディウスに従う)
1.――――
2.■■■■■■■■■■■!!!
[備考]




















「さて。舞台は盛り上がりを見せてきたが。私が上手に退くのを黙って見ているような大人しいタチではないだろうな彼は」

口裂け女の運転する車内で、セルメダルを弄びながらズェピアはごちる。

「殺し合うにいやはないが、今は創作に注力したい。となると、私以外の誰かを舞台に上げて彼らの相手を願いたいところ……」

走るズェピアの目に、歩きながらスマートホンを操作する通行人の姿が入る。
即座にエーテライトを飛ばしてそれを奪い、続けざまに電話をかける。
後ろから響いてくる抗議の雑音など耳を貸さない。

「国際テロリズム対策課というのはこちらでいいのかな?曙光の鉄槌なるテロ組織をご存知かね?」


【E-7 湖沼地帯 /一日目 午後】



ズェピア・エルトナム・オベローン@MELTY BLOOD(漫画)】
[状態] 魔力消費(小)
[令呪]残り三画
[装備] 日除けの礼装(赤現礼装風の外套)
[道具] セルメダル数枚
[所持金]
[所持カード]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を以て再び第■法に挑まん
0.善意の市民の通報というやつだよ
1. 『口裂け女』の噂を広め、ライダーの力を増す。
2. 次善策にありすを『都市伝説』に組み込む。
3.悪性情報の活用に大いに期待。
[備考]
※『死神を連れた白い少女の噂』を発信しました。ありすや口裂け女への影響はまだ未知数です。
※『第四階位』、『第六階位』、『第九階位』、『第十一階位』のステータス及び姿を確認しました。
※ムーンセルにアクセスし悪性情報、ムーンキャンサーによる熾天の玉座アクセス未遂のことを知りました。今のところペナルティなどはないようです。

【ライダー(口裂け女)@地獄先生ぬ~ベ~】
[状態]
[装備] 赤いスポーツカー
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:殺戮
1. 私、綺麗?
2. これでも?
[備考]
※口裂け女の運転する三台の赤いスポーツカーが曙光の鉄槌のアジトからバラバラに逃げています





[全体備考]
※曙光の鉄槌アジトの場所と、中で何らかの騒ぎがあったことがズェピアから警察の国際テロリズム対策課に通報されました



014:ブラックパンサーズ 投下順 017:異文化コミュニケーション
時系列順
011:学校の怪談、口裂け女のウワサ ズェピア・エルトナム・オベローン 018:BB Channel 1st/BLADE BRAVE
ライダー(口裂け女)
006:少女と竜と分岐点 レメディウス・レヴィ・ラズエル
バーサーカー(火野映司

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最終更新:2021年06月11日 21:49