フィエスタ"fiesta"は、パーティーという意味でフラメンコに関係ない場合でも一般的にも使います。フラメンコにとって近い単語にフエルガ "juerga"がありますが、こちらはアンダルシア独特の言葉らしく("huelga"の訛り)「どんちゃん騒ぎ」のような意味になります。
フラメンコのフィエスタ
身内や仲間が集まって、飲み食いやおしゃべりをしていると、自然とフラメンコが始まります。とくに結婚式や洗礼、クリスマスやフェリアなどで人が集まっているときには盛大なフィエスタになることもあります。
日中に屋外で催されることもあれば、行事やライブなどの後の深夜にはじまって朝までつづくこともあり、かつてはほんとうに3日3晩…のようなこともあったようです。
日中に屋外で催されることもあれば、行事やライブなどの後の深夜にはじまって朝までつづくこともあり、かつてはほんとうに3日3晩…のようなこともあったようです。
フラメンコが生まれた場
もともとのフラメンコは長い間、舞台上で人にみせるものではなく、ほとんど身内・仲間内にのみ存在したと思われます。むしろ、フィエスタ的な場での、いわゆるセッションからフラメンコが生まれ、形作られていったのだろうと思われます。
本当に気心のしれた人々のあつまった場で、リラックスした状態から発生するフラメンコは、舞台のフラメンコを軽く上回る上質・濃密なものです。ブレリアやタンゴの歌や踊りのオツさに感心したり、深い歌に涙したり、珍奇な歌や踊りに笑い転げたり、自由で、遊び心・喜怒哀楽いろいろな感情をさらけだせる、非常に濃密で温かな人の輪が、良いフィエスタと言えると思います。
だからこそ、例えば本場のホンモノのアルティスタたちにとっても、楽しみの場でも研鑽の場でもあり、決して「パーティー」だからと軽視することはありえません。かつてはフィエスタでのみ活躍する・本領を発揮して、舞台には出ないアルティスタもいた程です。
※かつてはフラメンコを愛好する貴族や地主・金持ちなどがフラメンコを招いてフィエスタを催し、見聞きすることを楽しむことも多く、アルティスタの活躍の場となってフラメンコの発展につながったとも考えられます
フィエスタの内容
内容的には、舞台用の見せるために作られたものとは異なります。
また、まずは歌ありきであり、踊りが主導権をにぎる時間は少ないと思われます。
また、まずは歌ありきであり、踊りが主導権をにぎる時間は少ないと思われます。
また朗読や小咄、小芝居、時におふざけなど、一見直接はフラメンコと関係なさそうなものも(実際は関連大ですが)演じられることがあります。またフラメンコ談義、詩の解釈なども重要です。
人に見せるためのものではありませんので、見せるためのシナリオがなく、即興的です。またセッション性が重視されます。その日初めて会った人どうしでもセッションを楽しむことも可能なのです。
人に見せるためのものではありませんので、見せるためのシナリオがなく、即興的です。またセッション性が重視されます。その日初めて会った人どうしでもセッションを楽しむことも可能なのです。
フラメンコのパロ(形式)としては特にブレリアとタンゴが大きな割合を占めていると思われます。あとはソレアやシギリージャ、ファンダンゴあたりが歌われることも多いと思います(踊ることはあまりない)
また地方や都市、ファミリアによって、歌にも踊りにも独特のレパートリーがあると思います。
また地方や都市、ファミリアによって、歌にも踊りにも独特のレパートリーがあると思います。
フェステーロ・フェステーラ
特にブレリアやタンゴを、唄い踊ることに特化したアルティスタを、男性の場合フェステーロ、女性の場合フェステーラと呼びます。フラメンコの芸の中でももっともカッコいいスタイルの一つ。
どちらかといえば基本的には唄い手であり、タンゴやブレリア以外も歌う。
また単に歌い踊るだけでなく、パルマやハレオが上手だったり、盛り上がるようにフィエスタの流れを作ったりもしているのではないか…と思います。
どちらかといえば基本的には唄い手であり、タンゴやブレリア以外も歌う。
また単に歌い踊るだけでなく、パルマやハレオが上手だったり、盛り上がるようにフィエスタの流れを作ったりもしているのではないか…と思います。
著名なアルティスタ(唄い手でも、フェステーロ要素を持つ人も含めて)
Paco Valdepeña,Anzonini,Andorrano,Luis Peña,Javier Heredia,Miguel Funi(Funi本人はあくまで「自分は唄い手でありフェステーロではない」とのこと)
Pepa de Utrera,Juana la del Revuelo,Aurora Vargas,La Susi,Remedios Amaya
Pepa de Utrera,Juana la del Revuelo,Aurora Vargas,La Susi,Remedios Amaya
日本でのフィエスタ
いまでこそ日本でも楽しまれるようになってきていると思いますが、ながらく日本では、教室の・踊りの・舞台発表用の・振り付けのきまった即興性の無い…そういったフラメンコしかほとんど存在せず、唄い手もすくなかったので、フィエスタはほとんど無かったと思います。また舞台至上主義的な考え方もあったのではないでしょうか。
しかし本場では、例えば舞台で活躍しているアルティスタでも子どもの頃からフィエスタに加わって、とくに歌や即興・セッションの部分について多くのことを学んだり、実践したりしているはずです。そういうことを下地として持っているからこそ、舞台に立って人に見せる能力を持てるということです
つまりフィエスタを経験しないことは、フラメンコにとって非常に重要な経験を積んでいないと言えるかと思います。
つまりフィエスタを経験しないことは、フラメンコにとって非常に重要な経験を積んでいないと言えるかと思います。