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断片集 アントニーナ・アントーノヴナ・ニキーチナ

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断片集 アントニーナ・アントーノヴナ・ニキーチナ



 ――キキーモラ。

 ロシアに伝わる精霊の一種。その姿形は様々に言い伝えられ、多くが幻獣のような存在であるとされている。
 働き者の願いを叶える。怠け者を食らってしまう。害されても抵抗しない。夜中には騒音を撒き散らす。
 家に住み着き住人の安眠を妨害する。火事や病気などの災厄を持ち運ぶ。建設の際に大黒柱に埋め込まれる。
 俗説から迷信まで多種多様、総じて伝説と扱われるこの存在は、地方によって詳細を事細かに変え、しかし必ず共通する部分が一つ。

 それが、機織の特性――すなわち、〝糸〟である。

 機織用の紡ぎ糸を滅茶苦茶にして困らせる。運命の糸を紡ぐ。そういった共通項を纏め上げる、糸。
 決して紐や縄ではありえない。刃で寸断されることもありえない。頑強な糸の集合体。

 それが、キキーモラ。

 華麗なるロシアンスパイの人妖能力にして、最強の矛と盾。
 攻防を両立する異能は射程の長さ、パワー、スピード、どの面で見ても優秀の評を得る。
 キキーモラの名が持つ『意味』を顕現させたならば、如何な強敵にも敗北はない。

「とはいえ、切り札をこんなところで使うのももったいない」

 人妖能力キキーモラを有する少女――トーニャ・アントーノヴナ・ニキーチナは、敵と相対しながらに温存を選択する。
 殺し合いという騒動に巻き込まれ、初めてと言える実戦らしい実戦……『殺し』が許される場面が、訪れていた。

 眼前に在るのは、炎凪にオーファンと名づけられていた異形の怪物である。
 変貌に戸惑う柚原このみでもない、衝動に駆られる神宮司奏でもない、警告目的のすずでもない。
 主に命じられ、こちら側を傷つけることを最優先事項と捉え実行している野獣。
 そう、獣だ。非人間相手の実戦経験は乏しいが、人間でないなのならその分、決心は容易い。
 トーニャは臆す、どころか余裕綽々の笑みを浮かべて、一歩前へ。
 その表情は、どこか恍惚としているようでもあった。

 キキーモラが伸びる。トーニャの背中より、何十にも束ねられた縄のような糸が、孤を描いて眼前の四足獣へと。
 敵は異形、されとてその動きは獅子のそれに近い。獅子との抗戦経験などもちろんないが、やはり怯まず。

 キキーモラが届く。先端に錘の付いたそれは、速度も伴い接触と同時に衝撃を与えた。オーファンが怯む。
 変則的な機動は早々捉えられるものではなく、爪が何度か飛び回る先端を弾こうとするが、至らない。

 キキーモラが払う。オーファンの巨躯を支える四肢、その全てを一薙ぎで、大地より切り離した。
 宙に浮くオーファンは受け身を取る間もなく転倒し、曝け出された腹部の中心に錘がめり込んだ。

 キキーモラが動く。オーファンの体内を掻き回すように巡り、血と内臓と骨に痛手を与えていった。
 程なくして脱出、黒ずんだキキーモラが天に上がり、再び飛び回る。獣は呻いていた。

 キキーモラが絡まる。オーファンの首の辺りを一周、二周、三周、四周と巻き付き捕獲。
 そのまま持ち上げ、半円を描くようにしてトーニャの後方へと、叩きつける。

 キキーモラが離す。体を貫かれ、大地に叩きつけられ、二重の激痛が重なりオーファンが沈黙。
 トーニャは執拗に畳み掛けることをせず、一旦キキーモラを手元へと戻した。

「弱い」

 自分が強い、ではなく、相手が弱い。トーニャは今の一方的な攻防を、そう見て取った。
 オーファンと戦うのはこれが初である。この怪物が本来どれほどの戦闘力を秘めているかなど、わかるはずもない。
 ゆえに、違和感は増すのだ。主催側からの干渉者、炎凪がわざわざけしかけてきた刺客。それがこうも弱いものだろうか。
 主催側の思惑から逆算して、獣にこちらを殺害する意がないのだとしても、さすがに戦力差が離れすぎている。まるで、

「……本気ではない。狙いは別、ということですか」

 それが、トーニャの出した結論だった。
 相対するオーファンに長所があるとしたら、体力だろうか。あれだけ痛めつけられてなお起き上がろうとする姿は、称賛に値する。
 同時に、鬱陶しい、とも思えてしまえるのだが。込める殺意は変わらず、トーニャは障害の排除に努める。

 いつの間にか姿を消していた炎凪の意図はわかった。だからこそ、今度は確実に仕留める。時間を無駄にしないために。
 キキーモラが槍のごとく放たれ、狙うはオーファンの喉下。鈍重のオーファンにとって、それはまさに神速だったに違いない。
 キキーモラの先端が漆黒の外皮に触れ、貫く。
 頑強な糸の集合体は、撓むことなくオーファンの体を串刺し状にし、その身を猛烈な勢いで引き摺った。
 右から左にかけて、トーニャを中心に円を描くように、たっぷりと遠心力を味方につけて。

 ――そのとき、寄宿舎の食堂から爆発音が轟いた。

 トーニャは視線を一瞬だけ逸らし、しかしキキーモラはそのまま、刺し貫いたオーファンを明後日の方向へと投げ飛ばす。
 抵抗の素振りを見せず、空中を行くオーファンは――高く聳える教会の鐘楼へと激突し、そのまま光となって消えた。

「死骸が残らないのは実に結構」

 死んだのではなく、消滅した。この事実を受けて、トーニャは自分がまんまと嵌められたのだと知る。
 炎凪がオーファンを召喚した目的は、最初から時間稼ぎだったのだ。
 四人の中から戦闘に関与できる者を外し、ここに釘付けにする。
 その間に、炎凪本人は真の目的を果たす、と。

「だとしたら彼の狙いは……やよいさんかファルさんですか」

 非戦闘要員として早々に退避した二人。考えられる凪の行き先といったら、これしかない。
 彼女らをどうするか、といえばまだ答えは出ないが、今は考えるよりも先に行動するべきだ。

 重量を手放したキキーモラが、新たに男の体をを絡め取る。
 戦闘が始まって早々、派手に騒いで勝手に頭をぶつけて迷惑にも気絶したドクター・ウェストだった。
 はっきり言ってお荷物。持ち上げるのも億劫だったので、トーニャはこれを引き摺りながら運ぶことにした。

 目指す先は食堂、やよいとファルが避難地に定めていたはずの、爆心地である。
 爆発の真相はいったいなんなのか。そして凪の目的とは。すべてを解明するため、トーニャが向かう。

「……ここいらで戦闘もこなせるってところを見せ付けないと、この先活躍の場がなくなってしまいそうですからねぇ」

 そう、呟きを残しながら。



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