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断片集 すず

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断片集 すず



 人妖の少年と妖狐の少女による琥森島からの脱出劇は、失敗に終わった。
 織咲病院の警備員らを妖狐の言霊で従え、人妖の放つ赤い糸で銃器を無効化し、豪雨の中を船着場まで一直線に進んだ。
 誰にも邪魔されることなく、だからこそ成功を疑わなかった、その証が天に撃ち放ったショットガンの咆哮だ。
 どこでどう間違えたのか、自問してみても答えは返って来ない――天災、という隠れた真理に、抗える答えはなかった。

「うっ……あっ、すず……っ!」
「涼一くん……涼一くぅぅぅん!」

 嵐の海に出航した船は、程なくして難破した。
 そのときはまだ、如月の性を持っていなかった二人を放り出して。
 妖狐のすずと、人妖の武部涼一との縁は、そこで一度断たれたのだった。


 ・◆・◆・◆・


 明滅する意識の背景は、闇。
 夜の森とは空気の違った、底の見えぬとこしえの闇。
 身の内に沈んでいる荒涼たる寂寞感が、視界まで浮上してきたかのような闇。
 どこまでも黒く、どこまでも深く、光より鮮烈で、眠ることなど許されないほどの、澄んだ闇だった。

「――――わたしは」

 閉ざされていた瞼が上下に開かれ、双眸が闇を捉える。
 目に映る範囲での自身は、雨に濡れた男物のワイシャツと、首もとの大きな鈴という、まったく変わらぬ姿。
 妖狐である彼女が、人妖である彼と並び立つため、慣れない二足歩行に挑戦してみようとした、人間としての姿なのだ。

 着衣を身につける、という文化に慣れていないため、身動ぎするだけでも違和感を覚える。
 が、今はそんなことよりも、周囲を取り囲む闇、深海の底では決してありえない情景のほうが、不安の種となった。

「そこにいるのは、誰」

 ふと、闇の向こう側に誰かの気配を感じて、言葉を放る。
 応答はすぐには返ってこなかった。しかし、そこに誰かが立っているという気配は残ったままだ。
 再度の呼びかけを試みようとして、寸前でその者は反応を見せる。声としての応答ではなく、行動での存在証明を。

 黒い、女だった。
 髪が黒い。服が黒い。肌は白い。瞳は黒い。
 なにより纏う空気、雰囲気、印象が――――常闇のそれだ。

「随分と不躾な態度を取るじゃないか。君を大荒れの海から助けたのは僕だっていうのに……ねぇ、すずちゃん」
「……っ、わたしをその名で呼ぶなッ!」

 反射的に、少女は吼えていた。
 すず、という名を与えてくれたのは、一緒に琥森島を脱出した少年……武部涼一だった。
 本来の名を忘れている身としては、悪い気はしない。むしろ好ましく、首もとの鈴と同じく愛着が湧いている。
 だからこそ、すずという名は少女と少年、二人だけの所有物なのだと、本能的に認識していた。
 見知らぬ他人、それも人間に、気安くその名を呼ばれるのは好かない。どころか、嫌悪感すら生じる。

「おお、こわいこわい。怒ってばかりいては、大切なことを見失ってしまうよ?」
「なによ、大切なことって……あっ」

 嘲弄するように微笑む女の顔が、すずになにかを気づかせた。
 豪放な気勢が途端に緩み、見る見るうちに狼狽していく。
 目の前の女に敵意を向けるよりも先に、気にかけるべきことがあった。
 共に逃亡を試みた伴侶、武部涼一についてだ。

「涼一くん……涼一くんはどこ!?」
「君の視界に映る範囲の闇には、いないようだね」
「まどろっこしい……貴様、知っているんだろう!? 命ずる、『答えろ』!」

 語調を強め、すずは厳しく女に言い放った。
 それを受けた女は表情を強張らせ、おどけた印象の一切を消した。

 すずの能力に関して、彼女の母は『言霊を憑かせる』と説明していた。
 自分の放つ言葉を媒介に、声を聞かせた相手に言霊を取り憑かせてその精神に干渉、聞かせた言葉を強制させるという能力である。
 たとえば、『止まれ』と命じれば随意、不随意問わず体のあらゆる器官の活動を停止させることが可能だ。
 女がなにか隠し事をしていたとしても、『答えろ』と命じたならば、それを秘し続けることは不可能。即座に喋りだす。

 人間であろうが人妖であろうが、抗うことのできない絶対の力。ゆえに、涼一からは無闇に使うことを禁じられてもいた。
 とはいえ今は緊急時、それを考慮しないとしても、すずに激情を抑制するだけの自制心はない。
 すずの狙い通り、女が口を開き始める。

「お答えできませぇん、ご主人さま」
「なっ!?」

 飛び出した答えは、すずの想定していたものからはあまりにも遠く、それでいてふざけたものだった。

「なんで、どうして……!?」
「臭いでわからないかい? 君の力は僕には通じないよ、僕はそういう存在なんだ」

 嗅覚に意識を集中してみれば、確かに女の放つ香りは人間や獣のそれとは違いすぎている。
 かといって人妖や妖怪ともまた違う、臭いだけで畏怖を感じるには十分な存在なのだと、理解が追いついてしまった。

「言霊は僕には通じない。だけど、質問には答えてあげよう。武部涼一くんはね……」

 艶笑する女、狼狽激しいすず、そして闇には、少女の欲したある光景が映し出される。
 別離の記録。
 驟雨に波打つ海原。
 投げ出される小船。
 分断される手と手。
 女は海に。男も海に。
 すずと武部涼一はそれぞれ、海の藻屑となって消えた。

「……なに、これ」
「君と彼が離れ離れになったときの映像さ」
「見れば、わかるわよ。けど、じゃあ、涼一くんは……?」
「さて、ね」
「っ! 答えろォ!」

 言霊を憑かせようとしたわけではない、激情に促されて飛び出した怒声。
 ナイアはただひたすらに笑み、間を置き、すずの想いを踏み躙る。
 無言の時間が常闇よりも恐ろしく、心はとうに蹂躙されていた。

「武部涼一くんは無事さ。ただ、君が彼と再会するには一つ、仕事を果たさなければならない」
「仕事……? なに、わたしはなにをやればいいの!?」

 至純の心が、ただ武部涼一の身を按じ、求める。
 気まぐれな神慮にいいようにされ、だからといって諦めることなどできなかった。

「わたしは……涼一くんを取り戻すためなら、なんだってやる! だから教えなさい。涼一くんを、救う術を……ッ」

 たとえどんな回答が待っていようとも、この想いだけは曲がらない。
 二人きりの逃亡劇。生き延びるのは、武部涼一とすずの二人でなくてはならなかった。
 すずの懇願に女は笑み、されとて真摯に、盟約を交わすのだ。

「いい子だ。それじゃあ紹介しようか。これから君が巣くうべき、人間の群れを――」



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