朝焼けの中、殺し合いの空に影がふたつ。それはこの世界でも有数の空を飛べる者、リーバルがベロニカの肩を掴んで浮遊移動している図である。
子供の姿であるベロニカの移動速度や重量を踏まえると、それぞれが歩くよりもリーバルがベロニカを掴んで空を飛ぶ方が明らかに速いのだ。
「放送はどうだったんだい?」
「元の世界からの仲間はみんな無事だったわ。でも、そうね……強いて言うなら──敵でも、味方でも無いやつが死んだくらいかしら。」
『グレイグ』
ベロニカの知る者の名前はひとつだけ呼ばれていた。だが、ベロニカはそれに何の感慨も示しはしない。『敵でも、味方でも無いやつ』、それがベロニカにとってのグレイグの評価だった。
デルカダールのふたりの英雄、『双頭の鷲』はどちらも自分たちを追っていたけれど、命の大樹で闇の力を積極的に操っていたホメロスとは違ってグレイグはウルノーガに利用されているだけだったという印象だった。
あの正義感の塊のような男がウルノーガの配下だったとは思えない。
主君への忠義や命令の遂行能力などは評価する。しかし結果として悪事に加担してしまっていたことを水に流せるわけでもない。
マナがグレイグを評していた、『一人で空回って、馬鹿なやつ』という言葉を思い出す。きっとここでもあの男はそうだったのだろう。出会った相手でも間違えたか。
もしかすると、手を取り合って同じ敵に立ち向かう未来もあったのかもしれないけれど、そんな未来を知りえないベロニカは小さく悪態をついた。
(『敵でも、味方でも無いやつ』、か……。)
ベロニカの言葉を聞き、リーバルも考え込む。
『ウルボザ』
リーバルの知る者の名前も放送には含まれていた。
かつてのリーバルにとって、『敵』はたくさん居た。厄災ガノンを初めとする魔物たちは言うまでもなくだが、リーバルの功績に嫉妬して飛行訓練中に弓矢で妨害を図ったリト族の愚か者なんかも程々にいた。勿論、そのような輩には相応の報いを受けてもらっていたのだが。
逆に、自分の実力を尊敬するリト族の民たちの多くは『味方』とカテゴライズするに相応しいのだろう。そういった者たちのためになら、リーバルは飛行訓練場を誰でも使えるように開放するなどの見返りは渋らなかった。
だけれども、ウルボザを含む英傑たちは『敵』でも『味方』でも無かった。
例えば、相応の修行を積んだ上で自分に宣戦布告して真っ向から挑んでくるようなリト族なんかは嫌いではなかった。それ以上の実力で打ち倒しはするが、彼らの栄誉を損なわせたりはしない。だがウルボザたちはそういった輩とも違う。そもそも自分と競い合うという意思すら無かったのだから。
それでいてそれぞれが違う方向に特化しており、その分野については自分が何かを施すまでもなく、自分以上の何かを持っていた。だから、『味方』と呼ぶにも気に入らなかった。
「僕もわざわざ悼むような相手は居なかったさ。1人を除いて、ね。」
その1人とは、ウルボザのことではない。
そもそも100年も昔に死に別れした相手だ。死んでいるのが摂理であり、今更その死に感慨などは湧かない。
ベロニカもリーバルも元の世界の知り合いについて放送で心を乱されることは無かった。しかし、この世界での出会いは別である。
『マールディア』
すでに放送で呼ばれることを知っていたその名前だけが、彼らの心を乱した。
ベロニカにとっては、彼女との関わりはそれほど長くも深くも無かった。だけど、彼女は自分を庇って、目の前でその命を散らした。
彼女が死んだことだって、彼女の最後の言葉だって、わざわざ放送なんかで改めて突き付けられなくても、痛いほど知っている。
だけどベロニカは知らなかった。残される側の気持ちなんて。
心にぽっかりと空いた穴がいつまで経っても埋まらない。実は研究所に行けば平気な顔で生きているのではないかいう逃避地味た考えすら生まれてしまう。
会えるべくして会えていた人間と。話せるべくして話せていた人間と。邂逅の機会が永遠に失われたことへの実感が未だに湧かない。
あたしが死んだ時、皆もこんな気持ちだったっていうの?
死んだのはあたし?皆が助かったのならそれで良かった?冗談じゃない、そんなのはただの自己満足だ。残された側の気持ちってものを全く考えていない。
残された側にだって想いはある。
こうしてその側に立って突きつけられるまでもなく、他者の気持ちを慮ることの出来る頭を持っているのだから。そんなこと、分かっていてしかるべきだったのに。
カミュは自分が死んだことを知らなかった。それがわかった時には怒りを覚えた。パーティーも散り散りになったであろうあの命の大樹の崩壊の後、死体が発見されるまで行方不明の扱いであったであろう自分を探すこともなく旅を続けていたのか、と。
だけど自分が残された側になることで分かった。
残された彼らが、居なくなった仲間を探しもしないなんて有り得ない。仮に自分の死体が見つからなかったとしても、カミュの反応は探し求めていた行方不明の仲間とようやく出会えた時の反応では無かった。
それでは、あのカミュとの奇怪なズレは何だったのか。
ベロニカが考えることが出来た可能性は、ひとつしか無かった。
本来は、もう少し早く考えるべき可能性だった。元々この殺し合いに招かれていた人物は皆元々は死人であるとすら思っていたのだから。
「カミュもあの崩壊で死んだのね……。それしか考えられないもの。」
きっと、それが答えなのだろう。
自分はあの時、皆を守りながら散れたと思ってはいたが、少なくともカミュは守りきれなかったのだ。おそらくは、カミュだけでなく他の皆も同じだ。放送で配られた名簿にロウの名前が無いことから、あの人だけは生き延びたと考えてもいいかもしれないが、他の勇者のパーティーは全滅し、生き返らせられた上でこの殺し合いという余興の駒に成り果てた。
そう考えれば、様々なことに辻褄が合うのだ。
ひとつ辻褄が合わないことがあるとすれば、カミュの中ではあの危機を退けたのは自分ではなくイレブンだということになっていたということだろうか。
それもおそらく、崩壊の最中に記憶の混乱か記憶喪失に陥ったというところだろう。多少強引な解釈ではあるが、少なくともカミュたちが行方不明の自分を探すことすら無かったという仮説よりはずっと信憑性がある。
「本当にそれで良いのかい?」
そんな考察をベロニカが話しているところに、リーバルは横槍を入れた。
「良いも何も、それしか無いのよ。受け入れるしかないじゃない。」
「君の話を聞いて、気になったことがあるんだけどさ……」
放送前に、リーバルはベロニカのこれまでの話を大雑把に聞いている。ベロニカが死ぬに至った経緯も、殺し合いに招かれてからの方針やカミュとの微妙な噛み合わなさも。その話を聞いて、カミュがベロニカに会う前に死んでいたという可能性が真っ先に頭を過ぎったのは事実だ。
だけど、ベロニカの『死』と自分の『死』にひとつの相違点を見出したのもまた事実。
「どうして君は死後の記憶が無いんだい?」
そう、リーバルは死後も魂となって意識は常に在り続けた。風のカースガノンの力に囚われて100年間神獣ヴァ・メドーの体内から出ることこそ出来なかったが、ベロニカの言うように死ねばそこで意識が終わるということは無かった。
「そんなの、あるわけないでしょ。」
「生憎、僕には100年分あるんだよ。つまり僕の死と君の死は決定的に異なっているんだ。」
ここで、死者であるという2人の共通点にひとつの疑問が提示された。
「……何でよ?」
「さあね。それだけ僕の魂に素質があったのかもしれないし、君の魂が大したこと無いだけの話かもしれない。」
煽るようなリーバルの言葉に、ベロニカはムッとした顔をする。しかしベロニカを掴んだまま空を飛んで移動しているリーバルにその表情は見えない。
「……悪かったわね。」
「おや、怒ったのかい?僕と君とで差があるのは仕方の無いことなのにね。
でも、別の可能性もある。
例えば、君が死後の記憶を残すより前に。つまり君の死んだ直後に、この殺し合いが開かれたと考えればどうだい?それならばカミュが君の死を知らないことも、君が死後の出来事を把握していないことも納得出来るだろう?」
その仮説を聞いたベロニカは一瞬、縋りたくなったのは確かだ。しかし棄却せざるを得ない。自分が死んだのは、ウルノーガが勇者の力を奪った直後の話。そんな数刻にも満たない時間で首輪を用意し、参加者を募り、自分を生き返らせたなんていくら勇者の力を込みで考えても人智を超越しすぎている。
「……そんなことが出来るのが敵だって言うのなら、むしろ絶望的でしかないわ。」
「かもしれないね。でもカミュや他の仲間が死んでいることに疑問はまだまだ挟めるってことさ。」
そう言いながら、リーバルの身体は急に下降する。5分間以上空を飛び続けていると首輪を爆発されるからだ。
着地という目的を終えて飛ぶことが再び許されたリーバルは再び空へと舞い上がる。
たったそれだけの所作が、ベロニカには羨ましく思えた。
崩壊した命の大樹から落ちていった自分は、もう二度と空を目指すことはできなかったのだから。
だけど、せめてイレブンたちの翼にはなりたかった。
彼らが再び空を目指せるよう、最後の後押しだけはできたのだと思いたかった。
「……まだ、信じていてもいいのかしら。あたしの死は無駄じゃなかったんだって……あたしは未来を守ったんだって……。」
「ああ、勝手に信じていなよ。真実は、僕が明らかにしてやるから。」
リーバルがハンターに頼まれた役目はベロニカをイシの村に連れていくことだ。ベロニカの仲間の元の世界での生死など、リーバルにとってはまったくもってどうでもいい。
だがリーバルは、自分を侮る者には相応に分からせてやらねば気が済まないタチである。
半ば戦力外通告気味にベロニカと共に自分を怪物から遠ざけたハンターに対して、言われたことのみしか遂行しないのはどこか癪だった。
ハンターの期待以上の仕事をこなして、そして次に再会した時には奴の口から言わせてやろう。『お前を戦場に残していれば、もっと早く片付いていただろう』とでも。
「……そう。頼りにしてるわ。」
そしてリーバルは、自分の実力を頼りにする者には相応の成果を返さなくては気が済まないタチでもある。
だが、自分を頼っていたマールディアは死んでしまった。人々を護る使命を授かった英傑である自分が、護れなかった。
今度こそは、護ろう。
僕の、プライドに賭けて。
【B-4/美術館より東/一日目 朝】
【リーバル@ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド】
[状態]:健康、苛立ち
[装備]:アイアンボウガン@クロノ・トリガー
[道具]:基本支給品、召喚マテリア・イフリート@FINAL FANTASY Ⅶ、木の矢×4、炎の矢×7@ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド
[思考・状況]
基本行動方針:オオワシの弓を探す。
1.銃を持った男(錦山)を探しつつ、イシの村を目指す。
2.弓の持ち主を探す。
3.首輪を外せる者を探す。
※リンクが神獣ヴァ・メドーに挑む前の参戦です。
【ベロニカ@ドラゴンクエストⅪ 過ぎ去りし時を求めて】
[状態]:MP消費(中)、不安
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダム支給品(1~2個)
[思考・状況]
基本行動方針:ウルノーガを倒す。
1.リーバルと共にイシの村を目指し、カミュ達と落ち合う。
2.ごめんなさい、マール……。
3.自分の死後の出来事を知りたい。
4.カミュが言っていたことと自分が見たものが違うのはなぜ?
※本編死亡後の参戦です。
※仲間たちは、自身の死亡後にウルノーガに敗北したのだと思っています。
(……それにしても。やっぱりこの殺し合いの背後には得体の知れない力が蠢いているようだね。)
リーバルは考える。
仮死状態ならまだしも、完全に死んだ者の蘇生なんて癒しの力の使い手であるミファーにも不可能だ。英傑はそれぞれ全く異なる方面に特化しているため安易に比較することは出来ないが、その地点で主催者は英傑をも超える力を持っているようだ。
また、ベロニカの死は分からないが、少なくとも自分が死んだのは100年も昔の話だ。魂こそハイラルに残ってはいたとはいえ、肉体は100年の間に原型すら分からないほどに腐り果てているはず。それが現在、身体は完全に修復されている。運動機能も100年前と比べて特に劣っているようには感じない。
一体どうすれば、100年前の身体をここまで綿密に最前できるというのだろうか。
(マールは時代を超えて戦っていたとか言ってたっけ……?)
その時、ふと自分が護ることのできなかったあの少女のことが思い出された。
もし肉体だけを100年前の世界から持ってこられるとしたら、自分の肉体が残っていることとも辻褄は合う。
(だとしたら、この殺し合いの裏には……?)
ベロニカに聞こえないように、小さく溜め息を漏らした。
本当に嫌になる。このリーバルが、敵の勢力の強大さに多少とはいえ恐れを抱くとは。
(さて、どうするんだい?リンク。今度ばかりは……君にもどうにも出来ないかもしれないよ?)
最終更新:2020年03月22日 12:32