あの時永遠に分かれたはずの1人と1匹が、狂った運命の歯車を経て、再び出会った。



あれは、窓から差し込む日差しが眩しい日だった。
ずっとモンスターボールの中に入れられていた私は、初めてトレーナーと出会うことになる。
――ツタージャ、君に決めた。
帽子の裏から煌めく瞳が印象的な少年が、最初にかけてくれた言葉だった。
それからはトウヤという少年と共に、野生のポケモンと戦いを繰り返した。
戦いは最初は好きではなかった。
それでも、段々と強くなるのは嬉しかったし、何より強くなった私を見て嬉しそうにしているトウヤを見るのが好きだった。




「では、始めましょうか。」
戦いが始まる前とはとても思えぬほど、静かな空間だった。
そして、戦いが始まる前としか思えぬほど、冷たくて張りつめていた空気が充満していた。


トウヤの目の前にいるのは、かつては捨てたポケモン。
だが、必要になったのだから再び捕まえて使う。
一度捨てたポケモンを再び使うような行為に対する、良心の呵責などは彼は持ち合わせてはいない。
ただ必要だから捕まえる。それだけの話だ。


トウヤは元の世界では、理想のメンバーを作るために厳選に厳選を重ね、タマゴから念入りに育て上げていた。
だが、この世界では配られたカードと己が能力だけで勝負するしかないため、それは許されざる行為だ。
ただ、世界の違いを理由に「トウヤ自身にとって必要なもの」をアップデートさせただけ。
そこに善も悪も見出さない。


出会ってなお、そのような態度を貫くトウヤが、ジャローダはどうしようもなく憎かった。
悪いことをしたと謝罪するわけでもなく、仕方が無いことだと正当化する訳でもない。
ただこの場で必要だからという理由で彼女を捕まえようとする元トレーナーが、ただひたすらに憎かった。


「オノノクス、『りゅうのまい』」
トウヤの指示に則り、再び舞い始める。
それに対してジャローダもまた、『つるぎのまい』で自身の攻撃力を上げる。


2体のポケモンが舞う。
その瞬間、草原は両者を彩る舞台に変わる。
どちらも大柄なポケモンだというのに、ドタドタした不細工さを感じさせない。
洗練されてなければ決して作れない、流麗さを見せる。

初手は互いの強化だけに終わる。
ここまでは普通にあることだ。
問題は次のターンから。


先陣を切ったのは、ジャローダの方だ。
元々レベル差があることに加えて、速さに定評のあるポケモンだ。
1段階素早さが上がったオノノクスを以てしても、その速さには勝てない。
そして素早さが高いということは、相手が戦術を練る間もないまま、一気に攻め潰すことだって出来るということだ。
ジャローダは、一気に最強の技でオノノクスを打ち倒そうとする。
千を越える戦術を編み出し、万を超えるバトルを乗り越えたトウヤに勝つ方法は1つ。


思考させる間もなく、攻撃力を上げて速攻で叩き潰す。
トウヤの戦略を一番近くで最も多く見て来たジャローダだからこそ、見出した回答だ。



ふとオノノクスの周囲に、尖った形の葉っぱが現れたと思いきや、風が強くなり始める。
くさタイプの物理技の中でも、特に強力な『リーフブレード』だ。
ジャローダが身体を鞭のように振るうと共に、緑の刃がつむじ風に乗ってオノノクスに襲い掛かる。


ジャローダの判断は正しい。
だが、正しいのはあくまで元の世界の話。
この世界でも正しいとは限らない。


「右へ飛んでそのまま回避しろ」

結論から言うと、ジャローダの放った新緑の刃は、オノノクスに決定打を与えることは無かった。
リーフブレードはその威力だけではなく、命中率にも定評のある技だ。
相手が『かげぶんしん』などを使わない限りは、不発に終わるのを期待するのは無理なことだ。
だが、その一撃を凌いだのは、トウヤの運によるものではない。


「オノノクス、まっすぐ突進して『きりさく』。」
トウヤは回避を指示すると思いきや、その逆。
ギリギリまで近づき、ジャローダに攻撃を加えた。
鋭い牙が、その顔を走る。
攻撃が命中するかと思いきや、逆に攻撃を食らってしまうジャローダ。


既にトウヤは、A2との戦いでこの世界の戦いと元の世界の戦いの違いを見抜いていた。
1つは、攻撃の躱し方。

かつてトウヤがいた世界では、ポケモンとの戦いはほとんど決まったフィールドや室内で行われた。
従って、回避する方法も限られる。
だがこの世界ではバトルの境界線などあってないようなものだ。
地形の高低差をバトルに応用するなど、じめんタイプやひこうタイプを除いて普通は行わないことだ。
だが、この世界は平たんな地形の方が少ない。


リーフブレードは直線的な攻撃だと知っていたトウヤは、姿勢を低くして横に躱すことを指示した。
もともとドラゴンタイプには威力が半分になる技だということもあり、ほとんどそのダメージは通らなかった。



比較的シンプルな草原でさえ、攻撃のかわし方、フィールドの使い方の多様性は元の世界とは比べ物にならない。
地面の傾斜や茂みなども、戦いを有利にするために使うことが出来る。


放送前のA2との戦いでは、それを学びきれていなかった。
だからトウヤは街灯を使った攻撃に戸惑わされた。
だが、1度の戦いの身でルールを軒並みマスターできるのは、最強のトレーナーといった所か。



「そのまま突進して『きりさく』

ジャローダの額から身体にかけて、綺麗な一本線が走る。
(片目を狙ったつもりだったが、上手く行かないな……)

オノノクスは粒ぞろいのドラゴンの中でも、攻撃力に優れるポケモンだ。
とはいえ、タイプ一致の技でない『きりさく』で、攻撃力も1段階しか強化されてない中、レベルが上のジャローダを倒すことは出来ない。
それぐらいはトウヤも分かっている。


トウヤの狙いは、攻撃だけではない。
彼が接近した理由に、ジャローダの技の中で、1番厄介な『リーフストーム』を使わせないことだ。
狙いは成功し、密着状態では、すぐ近く以外を薙ぎ払う竜巻が撃てない。
それでもジャローダは怯まず、密着状態でオノノクスに『アクアテール』を打ち込もうとする。
「オノノクス、『ドラゴンテール』。」
二匹のポケモンが、くるりと回転して、互いにシッポを打ち合い、バチンと高い音が響く。


洗練されたポケモン同士でしか作り出すことが出来ない、美しい回転だった。
大柄なポケモンだというのに、不細工さを感じさせないしなやかな円運動。
美しいのみならず、竜巻のような激しさも伴う旋回。
超一流のバレリーナもかくやという動きだった。
もしここが観客の集うポケモンコンテストの会場ならば、止むことのない歓声と万雷の拍手が鳴り響いていただろう。
だが、ここにはそのような反応を示す観客はいない。
唯一の観客であるトウヤは、その様子を観察しながら、次の手を考える。

しかし、みずタイプの技であるアクアテールはドラゴンタイプのオノノクスには半減されてしまう。
対して、ドラゴンテールは素通しだ。
元々の威力に加えて、本来敵を大きく吹き飛ばすことに特化した技。
シッポのぶつかり合いを制したのは、オノノクスの方だ。
翡翠の大蛇は大きく吹き飛ぶ。黄金の巨竜も無傷では無いが、蛇に比べるとダメージは少ない。


2つ目の違いは、技の効果。
本来なら野生のポケモンにドラゴンテールを打てば、はるか遠くに吹き飛ばされてしまい、その時点で戦闘は終了になる。
トレーナーにいるポケモンがいても、ボールに戻さざるを得ず、少なくとも1ターンはそのポケモンと戦う必要は無くなる。


だが、憎しみと殺意をぶつけ合うこの戦いは別。
戦いは継続される。
なので『ドラゴンテール』は戦闘中止ではなく、1ターン猶予を作るために使った。

「オノノクス、『りゅうのまい』」
ゲーチスやA2と戦った時と同様、オノノクスは美しく舞い始める。


「オレの目的の為に協力してくれないのか。残念だ。」




あの時は、静かな町に響く噴水の音が、妙に印象的だった。
最初のジムリーダーのポッドを倒した次の日のこと。
突然トウヤが私に声をかけた。


――ボクには夢があるんだ。
おもむろに駆け出しのトレーナーは、人間の言葉を話せない私に対して、夢を語りだした。
――イッシュのチャンピオンになってみたいし、その間に君たちポケモンのことを沢山知りたい。それがボクの生まれた意味だと思うんだ。
キミはしたいこととかあるのか?なんて言っても、分からないか。


悪戯っぽく笑みを浮かべるトウヤ。
私は彼の言葉にずっと耳を傾けていた。
あの声はとても穏やかで、でも力強かった。
その時、私にも初めて夢が出来た。
初めて出会った仲間として、彼が見る夢の果てを見届けるということだ。




鳴き声一つ上げず、それでも冷たい怒りを胸に抱き、ジャローダは迫って来る。



「オノノクス、『きりさく』」
ジャローダが戻ってくると、トウヤは早速自分のポケモンに指示を出す。
密着状態ではなくなったので、全身を震わせ、リーフストームを撃つ構えを取る。
クラウドと戦った時と同様、緑の竜巻が吹き荒れー――無かった。


ジャローダはトウヤの戦術を読んでいた。
最初に能力を上げたのち、牽制攻撃を入れて相手を崩し、敵トレーナーが第二撃に備えてカウンターを狙ってくる。
だがトウヤは相手の誘いに乗らず、トドメを刺す直前に能力が上がる技を使い、勝利への道を確実にする。
カウンターが不発に終わり、動揺したトレーナーが最も強い技を出そうとする瞬間、技を食らう前に高速の一撃を当てる。


ジャローダには知らぬことだが、トウヤのオノノクスと、ゲーチスのバイバニラとの戦いは、まさにその戦術を体現したようなやり方だった。
『りゅうのまい』を使って強化し、『きりさく』をバイバニラに入れて、トドメを刺す前に『りゅうのまい』でオノノクスをさらに固める。
そして動揺したゲーチスが『ふぶき』を撃たせようとした瞬間、その隙を狙って確実にトドメを刺した。


だからジャローダは、『リーフストーム』を撃とうとすればその前に『きりさく』が来ると読んだ。
そのため彼女が撃ったのは、二度目の『リーフブレード』。
威力よりも命中率を重視した一撃を選んだ。
刃を纏ったエメラルドの光線が、オノノクスを貫こうとする。
同じ技を2度使うという、裏をかいた戦術を取った。
だが、トウヤはそれさえも読んでいた。


砂埃が舞い上がる。
高速の刃が砂煙の中に浮かび上がり、回避が容易になる。
オノノクスはじめんタイプの技を備えていないのに、どういうことか。
答えは簡単だ。
トウヤは最初からジャローダにではなく、地面に目掛けて『きりさく』を撃つよう指示を出した。
この地面の土は粒が軽く、技の一つでも打てば簡単に煙幕が起こるとトウヤは踏んでいた。
フィールドの多様性は、元の世界とは比べ物にならない。
フィールドごとに最適解が変わる戦いの条件を、トウヤは活かしきっていた。


「右から回り込んで、『ドラゴンテール』」
自然の恵みを借りた斬撃が砂煙に飲まれた頃には、既にオノノクスは近づいていた。
ジャローダはあくまでトウヤに野に放されるまでの間しか、彼の戦術を知らない。
言い方を変えれば、彼女の知っている最強のトレーナーは、さらに実力を上げていた。

今度はアクアテールで対抗する間もなく、大きく吹き飛ばされる。




――おめでとう。これも君が頑張ったからだ。
――これからもよろしく頼むよ。ツタージャ。いや、ジャノビーだったか。


あれは、今みたいにすなあらしが激しい場所だった。
これほど砂埃が舞う場所など生まれて初めてだったので、粒子の鋭い砂が襲い来る痛みよりも、4ばんどうろのその光景に見とれていた。


その頃には経験を積み、ジャノビーへと姿を変えた。
段々とトウヤの腕も上がり、ジムリーダーのバッジも増えて行った。
だけど、その時私は1つの不安がよぎった。


進化して、姿が変わった私を、トウヤはこれまでのように受け入れてくれるのだろうか。
私はトウヤを信頼していたし、彼も私を信頼していたからこそ、それが怖かった。
だが、それがすぐに杞憂だったことだと分かる。



――ベル、僕はね、成長するってのは、変わることだって思うんだ。ポケモンも人間も…いつまでも同じじゃいられないし、子供のままじゃいられない
――子供のままじゃ…いられない
――だけど、どれだけ成長したってベルはベルだし、フタチマル…いや、ラッコくんはラッコくんだよ
――ありがとう、トウヤ。そうだよね…変わることを怖がってちゃ…だめだよね



その後すぐに戦った、トウヤの幼馴染の言葉を、私はモンスターボール越しに聞いていた。
あの時の言葉だけで、彼は進化した私を、変わった私を受け入れてくれているのだと知った。
嬉しかった。たとえ私より強いポケモンを彼が捕まえたとしても、ずっとそばに居たいと思った。




「オノノクス、『りゅうのまい』」
吹き飛ばされ、攻撃範囲の外に追いやった瞬間、自分のポケモンを強化させる。
余裕を見せつける訳ではない。
トウヤは常に、確実に勝つ手法を練り続ける。
そのため彼を相手にしたトレーナーもポケモンも、徐々に追い詰められていく。
まるで羽をむしられ、足を切り落とされ、逃げる手段を1つずつ削がれてから料理される鳥のように。

この真綿で首を絞められているような状況を打破するには、とにかく攻撃するしかない。
たとえそれが読まれている行動だとしても。


ジャローダが身体を居合抜きのような軌道で振る。
辺りに、鋭い葉を纏ったつむじ風が巻き起こる、
葉の量も、風の勢いも、2度打ったリーフブレードとは比べ物にならない。ジャローダのとくせい『しんりょく』と、彼女の性格『れいせい』により、さらに威力は上がる。
それを最強まであと一歩の所まで育てられたポケモンが使うのだ。
当たれば、威力半減の壁など簡単に破り、オノノクス程度簡単に倒してしまうだろう。


辺りに凄まじい風が吹き始める
100キロ以上の体重を持つオノノクスはともかく、トウヤは立っているのでやっとだ。
吹き始めの風でさえこの威力だから、もう数秒まてば全てを吹き飛ばす台風のような攻撃になる。
あくまで技を出し切ればの話だが。


「オノノクス、『きりさく』」
それでも表情一つ変えず、帽子を押さえながら指示を出す。
3段階素早さを増したオノノクスの牙は、ジャローダを技名通り切り裂く。


惨めなものだ。
どんな技でも、相手に届かなければ意味が無い。
リーフストームもはっぱカッターも、命中する前に押し切られてしまえば、実質的な威力は同じゼロなのだ。
トウヤでなくても分かる、単純ゆえに覆せない道理。
素早さの3段階上がったオノノクスが、軍配を上げる。
これこそが、トウヤがジャローダに見切りをつけた理由。


素早さが取り柄のジャローダなのだが、彼女の本来の性格により、どうしても肝心の素早さが落ちてしまう。
もしそれがなければ、いくら素早さが底上げされたからとは言え、オノノクスに後れを取ることは無かった。
いや、そもそもの話それがなければ、この戦いが起こることは無かったのだが。


「ダメだ。いくら追い詰められたからと言って、何も考えずに大技を出したら。」
崩れ落ちたジャローダの前で、冷たい声が響いた。
何も考えずに大技を出してはいけないとは分かっていても、それしか打開策が見いだせなかったのだから仕方がない。
超一流のプレイヤーとは、得てして戦いにおいて、『してはいけないこと』を相手にさせる技術に長けている。


嵐が止むと、トウヤは近づきモンスターボールを投げる。
そこから光が出て、ジャローダが吸い込まれる。


(嫌だ!!嫌だ!!一度捨てられた相手なんかに、仕えたくない!!)




どこで道を間違えたのだろう。
どこで私達の関係は壊れ始めたのだろう。
どこで私の思い通りにならなくなったのだろう。


私がジャノビーからジャローダへと進化してからだろうか。
Nとゲーチスを倒して、プラズマ団を倒壊させてからだろうか。
トウヤが新しい物を見ても歓声を上げなくなったからだろうか。
いつからかは分からないが、私とトウヤの間の亀裂は広がって行った。
いつからかは分からないが、トウヤの一人称『ボク』から『オレ』に変わり、戦いに出してもらえる回数がだんだん減って行った。
それからだろうか。
周りのポケモンたちに、きらきらした瞳の者が減って来て、何かに怯えていたり諦めていたりした目をする者が増えてきたのは。


それでも、私はあの言葉を信じた。


――だけど、どれだけ成長したってベルはベルだし、フタチマル…いや、ラッコくんはラッコくんだよ


信じようとした。
初めて出会った時からどれだけ変わっても、トウヤは私の信じるトウヤだということを。
決して私の目の前からいなくなったりしないと。
決して私をバトルから外すことはあっても、野に放すことなどありはしないと。
変わることを恐れてはいけないと教えてくれたのはトウヤなのだから。




モンスターボールは揺れ、吸い込まれたかと思ったジャローダは出てくる。


(まあ、仕方ないか……)
トウヤが持っているのは、ハイパーボールのような成功率が上がるものではなく、一番ありふれた赤白のボール。
1手でゲットすることが出来るとは思わない。
むしろ簡単に捕まえてしまえば、態々バイバニラを捨てた意味が無くなる。


ジャローダはその想いに応えるかのように痛む体を鞭打ち、立ち上がった。
「オノノクス、『きりさく』。ただし直撃はさせるな。」
竜の鋭い牙が、蛇の身体を掠める。


ジャローダが躱したからではない。トドメを刺さぬよう、ギリギリまで削ろうとしている。
勝利を確実なものにするために、少しずつ、少しずつ逃げ道を潰していっているのだ。
嘗められたものだと思い、同時に嘗められても仕方がないほどに追い詰められていると自覚する。
技も弱点も全て見切られ、相手の手の内はいまだに未知数。
はっきり言って、ジャローダはどうしようもなく詰んでいる。
20以上のレベルの差など、あってないようなものだ。

残っているものは、かつてのトレーナーへの復讐心。
愛してくれたはずなのに、何のためらいもなく野に返した恨み。
トウヤに対する激しい敵意。


だが、そんなものには意味が無いとジャローダというポケモンは分かった。
どんな感情でも受け止める相手がいなければ、けだものの遠吠えと変わらない。
事実、トウヤはジャローダの敵意も憎しみも分かっているが、心には届いていない。
たとえポケモンがどう思っていようと、必要だから捕まえる。それだけしかない。


そして、ジャローダにはもう1つ分かったことがあった。
トウヤのことばかり考えても、勝てないということ。
事実、彼女の一時の主であったホメロスは、自分を捨てた相手であるウルノーガへの恨みを抱き続けた。
だが、かつての主への憎しみを募らせるあまり、己を鑑みることを気付かず、その怨嗟の刃を届けることが出来なかった。
だが、最後の最後でそれに気付けたことで、「道化のホメロス」でもなく「魔軍司令ホメロス」でもなく、初めて「聖騎士ホメロス」としてその手を動かせた。



何度目か、オノノクスの牙がジャローダを裂こうとする。
その時だった。
竜の水月に、彼女の尾が刺さったのは。


(分かったわ。ありがとう。)

ほんの一時、愛情なんて無かったはずだが、トウヤ以外に何かを教えてくれた主人へ感謝の言葉を告げる。

「グルルル……」
タイプ相性の悪い一撃とは言え、急所に当たったためオノノクスはうめき声を上げる。
ジャローダは『カウンター』は使えない。
だが、彼女がトウヤではなく、ホメロスのポケモンとして戦った時に、クラウドから似たような技を受けた。


トウヤに勝つには、トウヤから学んだことではなく、この世界で学んだことを使わねばならない。
それを分かった彼女が、即興で編み出した技だ。

「オノノクス、『ドラゴンテール』。」
ジャローダが使わないはずのカウンターを、しかも合わせ技で撃ったことに、トウヤは僅かながら驚く。
目の色が僅かながら変わったトウヤが、シッポ攻撃を出すように指示する。
それをジャローダは、姿勢を低く、さらに低くさせて躱す。


彼女にとって、ホメロスは信頼したトレーナーなどではない。
ホメロスにとって彼女はウルノーガを殺すための道具でしかなかったし、それは使役される側にとっても同様だった。
それでも、短い間に確かに学んだことはあった。
その経験は、確かに彼女の物になっていた。


常に敵を観察し続け、死角を、弱点を探ること。
ホメロスはミファーの、クラウドの隙を突くためにそれを怠らなかった。
頭の上を、竜の尾が走ったのをトサカの感触だけで確認した瞬間、さらに技を撃つ。


「右へかわせ、オノノクス。」
トウヤはジャローダが超低姿勢の超至近距離でリーフブレードを撃って来ることを察知し、右へ飛び退くように指示する。
だが、『きりさく』と『リーフストーム』のぶつかり合いの時とは逆に、トウヤの指示の方が一手遅れた。
直撃とは言い難いが、緑色の光線がオノノクスの脇腹を掠める。
最初に使った『つるぎのまい』の効果はもう切れていたが、それでも威力を発揮した。


――それでも! 俺たちは前を向いて生きていくしかねえんだよ!


敵の竜巻を食らい、朦朧とした意識の中でも、覚えている言葉。
ホメロスの仲間の人間が言っていた。
トウヤ1人だけに目を向けていては、復讐は成功することは出来ない。
だから決めた。
だから目標の敵ではなく、前に向かって走ることを。
復讐の対象ではなく、空へ向かって飛ぶことを。


「オノノクス、『きりさく』。」
動きが変わったジャローダ相手でも、トウヤは攻撃を加えることを忘れない。
しかし、ジャローダは分かっていた。
トウヤの目的が自分にトドメを刺すことではなく、削ることにあることを。
逆に言えば、防御しなくともこの攻撃で戦闘不能になることはないということだ。

無抵抗のまま、牙の攻撃を受ける。
ジャローダの目論見通り、それで勝負が決することは無かった。
その間に、リーフブレードを撃つ。
オノノクスにではない。地面にだ。


技を撃った反動で、天高く舞う。
クラウドが撃った竜巻で巻き上げられた感覚を思い出し、身体をしならせ高く高く高く。
くさタイプのジャローダが、ひこうタイプでもあるかのような戦術をとって来るのは、トウヤとしても予想外だった。
ジャローダは分かっていた。
トウヤとの戦いでは、安全地帯は無い。
何処へ逃げてもその攻撃を当ててくる。
ならば、自分から安全地帯を作れば良いだけだ。



オノノクスの技に、ここまで飛んだ相手を倒せる技は無い。
今度は一転してジャローダの攻撃のチャンスだ。


トウヤとオノノクスがいる場所に、尖った葉が舞い始める。
彼女は地面に落ちた後のことなど考えてない。
ただ、この一撃を成功させればいい。
否。たとえこの一撃を外したとしても、地面に落ちる前に自らの尾を頭に刺し、自決するつもりだ。


天空から、身体を回転させ『リーフストーム』の構えを取る。
一度撃ってしまったために、攻撃力は減退しているが、それはとくせいの『しんりょく』でカバーする。
今度はオノノクスが『きりさく』で反撃できる位置にはジャローダはいない。
彼女の、回答の時間だ。




――ここでお別れだ、ジャローダ。オレに着いてきても、オレはお前をもう二度とボックスから出さない。


私が恐れていたトレーナーの変化は、最悪の形で現実のものになった。
人間にしろポケモンにしろ、既存の関係を次々に切って行き、ついには旅の初めから繋がり続けた私との縁まで切った。
あの時は心の底から、裏切られたと思ってトウヤを憎んだ。
その意図は分かっていたからこそ、猶更許さなかった。
でも、こうしてみると分かった。


私は、トウヤを怨み切れていないのだと。
一番憎かったのは、変化を恐れて内側から変わり切ることが出来なかった自分自身なのだと。
クラウドとの戦いだってそうだ。
もし変われていたら、ホメロスは負けずに済んだかもしれない。


こんな世界で、道具として使わせたマナ達は許せないが、私が変わるチャンスをもう一度くれたことだけは感謝しよう。
これで、私の物語を終わらせる。





「ジャアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアァァァ!!!!!!」


天まで轟くほどの雄たけびと共に、リーフストームが撃たれた。
今、ジャローダは進化ではなく、変化した。
さなぎが蝶へと変わるのではなく、蝶が飛べる高さをさらに上げた。
太陽を背にし、天空を手にした深緑の蛇は、さながらケツアルコアトルといった所か。
とくこうが減ったとはとても思えないほど、凄まじい竜巻が吹き荒れる。
それは台風のごとく、既に荒れ果てていた草原を巻き上げる。


モンスターボールも、オノノクスの攻撃も届かない。
ただ1人と1匹は、翡翠の嵐に飲み込まれるのを待つだけ。


「オノノクス」
風と擦れ合う葉がうるさい中でも、彼の声は静かに響いた。
オノノクスが頭を垂れた。
天まで飛ぶという奇跡の蛇を前に、諦めの姿勢を見せているかのように見えた。


突然、項垂れている竜は首を上に振り上げる。
その勢いで、すぐ近くにいたトウヤをはるか上空に飛ばした。


ジャローダは気づいていなかった。否、忘れていた。
ポケモンはただ戦いをするために使われるばかりではない。
人間の足では登りにくい崖や、渡ることのできない海を通るための乗り物としてもポケモンは使われる。
今トウヤは、オノノクスを戦闘用ではなく、竜巻を突破するための道具として使った。


普通ならあり得ないことだ。
一歩間違えれば、竜巻に切り裂かれるか、地面に叩きつけられるかして、命を落としてもおかしくない。
勿論、並のトレーナーが決して為せる技ではない。
発想力とポケモンへの知識、どんな状況でも揺るがない度胸。それと人間離れした身体能力を兼ね揃えるトウヤだけが、空を飛ぶジャローダに近づけた。
事実、彼の服のあちこちが小さな裂け目が走っていた。




「ありがとう。ジャローダ。」
竜巻を越えて、目の前に来たトウヤが口にしたのは、礼の言葉だった。
礼儀だから言うのではなく、心から感謝を込めた礼の言葉だった。


彼女が殻を破ったことで、越えた壁を、トウヤはことも無く乗り越えた。


ジャローダは首に尖った尾を刺して、自決しようとする。
だが、その時間など、今さらトウヤが与えてくれるはずもない。
モンスターボールを投げたトウヤは、満面の笑みを浮かべていた。
その笑みはひどく歪んでいたが。


「俺に生きる喜びを教えてくれて、ありがとう。
強いポケモンを工夫して捕らえる喜びを思い出させてくれて、ありがとう。」

(――憎い!!私はあなたが憎い!!骨まで憎い!!!!!
そこまで命を懸けて捕まえようとするなら!!!!なぜあの時逃がした!!!!!!
嫌だ!!!嫌だ!!!!!私を一度捨てたトレーナーに道具として扱われるなんて!!!!!!)



「■■■■■■■■■■■■■■――――――――!!!!!!!!」
吸い込まれながら、最後の悲鳴を上げた。
モンスターボールは僅かに揺れた後、静かに光り、ポケモンをゲットしたというサインを示した。




久し振りの感覚だった。
モンスターボールの中の、暑すぎず寒すぎず、持て余すほど広くも無く、窮屈なほど狭くも無く。
でも、そう感じる気持ちでさえ、今の私には煩わしかった。
どんな恨みを募らせても、未来への願望を抱いても、結局どうにもならないのなら。



ココロカラドウグニナレバイイ。




久し振り感覚だった。
かつてレシラムを捕まえた時に感じたような、胸が熱くなる高揚感。
だが、それでもトウヤの胸の内には、煮え切らない感覚があった。
それが何なのか、彼は勝手に解釈した。


恐らくジャローダで、出会ったことも無い強者と戦えば、もっと気分が高揚すると考えた。
(後はこの2匹を回復させれば良いか…。)


地面に叩きつけられる寸前に、オノノクスがトウヤをキャッチする。

「じゃあ行こうか。」
トウヤはオノノクスをボールに戻す。
勝つには勝ったが、オノノクスのダメージも少なくは無かった。
A2との傷も残っているため、今度はモンスターボールの中で待機させることにした。


ジャローダを捕まえたモンスターボールを、鞄の中にしまい込む前に、一言口にした。


「ジャローダ。あなたの気持ちは分かる。でもオレに必要なのは過去じゃなくて未来なんだ。
オレが生きる未来のために、また協力してもらうよ。」

最後にジャローダが吸い込まれた時、トウヤとジャローダは目が合った。
その視線からは、言いようもない怨嗟と憎悪が伝わって来た。
彼女が放ち続けた感情は、最後の最後でトウヤに届いていた。
最も、届いただけだが。





【E-3/草原/一日目 昼】

【トウヤ@ポケットモンスター ブラック・ホワイト】
[状態]:全身に切り傷(小)高揚感(小) 疲労(大) 帽子に穴
[装備]:モンスターボール(オノノクス)@ポケットモンスター ブラック・ホワイト、モンスターボール(ジャローダ@ポケットモンスター ブラック・ホワイトチタン製レンチ@ペルソナ4  
[道具]:基本支給品、モンスターボール(空)@ポケットモンスター ブラック・ホワイト×1、カイムの剣@ドラッグ・オン・ドラグーン、煙草@METAL GEAR SOLID 2、スーパーリング@ドラゴンクエストⅪ 過ぎ去りし時を求めて
[思考・状況]
基本行動方針:満足できるまで楽しむ。
1.Nの城でポケモンを回復させる。
2.自分を満たしてくれる存在を探す。
3.ポケモンを手に入れたい。強奪も視野に。

※チャンピオン撃破後からの参戦です。
※全てのポケモンの急所、弱点、癖、技を熟知しています。
※名簿のピカチュウがレッドのピカチュウかもしれないと考えています。


【ポケモン状態表】
【オノノクス ♀】
[状態]:HP1/8
[特性]:かたやぶり
[持ち物]:なし
[わざ]:りゅうのまい、きりさく、ダメおし、ドラゴンテール
[思考・状況]
基本行動方針:トウヤに従う。
1.トウヤに従い、バトルをする。

【ジャローダ@ポケットモンスター ブラック・ホワイト】
[状態]HP:1/10  人形状態
[特性]:しんりょく
[持ち物]:なし
[わざ]:リーフストーム、リーフブレード、アクアテール、つるぎのまい
[思考・状況]
基本行動方針:もうどうでもいいのでトウヤの思うが儘に


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最終更新:2023年01月06日 19:05