スネークは展望台から北上して、B-5の温泉に辿り着いた。
建物のぐるりを見回ると、表にある玄関とは別に、通用口らしきドアがあった。
呼吸を整える。かつて新米の工作員であった頃に仕込まれた、スニーキングの手法を反芻する。
潜入する場の気配と自分の気配とを同化させることにより、場の気配を乱す“異物”を感知する手法だ。
いわば空気と同化するようなもの。これがビッグボスとその師であるザ・ボスが練り上げた、スニーキングの極意だった。
意識を集中させながら、並列して思考を回転させる。
放送で死者を告げられた状況下で、呑気に入浴を楽しむ輩はいまい。
そう仮定すると、参加者がここを訪れる理由はおのずと限定されてくるだろう。
例えば、スネークのように返り血を洗い流すため。または、他の参加者を探すため。
あるいは物資の類を求めて訪れる可能性もあるが、無論それは想像の域を出ない。
いずれにしても、普段のミッションと同様に、警戒しながら進む必要がある。
神経を研ぎ澄ませながら、スネークはドアノブに手をかけた。
□
結果的に、温泉の内部には誰の姿もなかった。
そもそも風呂場と脱衣所があるだけの施設であり、身を隠せるような場所も少ない。
探索は十数分ほどで終わり、戦利品と呼べるものは備え付けの救急箱くらいのもの。それも中身は乏しい。
飲料の空き瓶が捨てられていることから、参加者の誰かはここを訪れていたようだが、それ以外の痕跡は残っていなかった。
めぼしい情報は得られそうにないことを察して、思考を切り替える。早急にメインの目的を果たして、別の場所へ移動するべきだ。
装備をすべて脱ぎ去って、生まれたままの姿へと戻る。
背中を中心に浴びた血液は既に乾いており、臭いも相まって不快感を与えていた。
使い込んだスニーキングスーツにも大量に付着していたが、それは後で洗うことにする。
スーツの速乾性は、何度か経験している海中からの潜入任務で実証済みだ。
荷物を脱衣所のカゴに入れると、風呂場に続く引き戸を開けた。
「ほう……」
あたりに満ちた硫黄のにおいに、感嘆の声が漏れた。
立ちのぼる湯気に歓迎を受けながら、足を踏み入れる。
最低限の警戒心は忘れずに、石張りの床をゆっくりと歩いていく。
シャワーが並ぶ壁際に到達してカランを回すと、頭上のシャワーヘッドから湯が慈雨のごとく降り注ぐ。
温度を調節して冷水にすると、それを火傷と打撲の患部にそれぞれ当てた。冷えた筋肉が縮むのを感じる。
ごく軽度とはいえ火傷をした肌に長く当てると痛むため、時間はほどほどに。
こびりついていた血液をぬぐい去ると、嫌悪感もいくらかはマシになった。
そうして全身を流し終えて振り向くと、木製の湯船が鎮座している。
「……」
初めて目にする温泉。スネークの胸中には期待と困惑が入り混じる。
スネークの生まれ過ごしたアメリカでは、そもそも日本式の入浴はなじみが薄い。
欧米において主流なのは、湯をためた浴槽の中で体を洗い、最後にシャワーで流すという形式。
日本において主流である、入浴して体をリラックスさせる形式は、世界的に見ると珍しいものだ。
偏りはあるものの日本文化に詳しいオタコンから、ジャパニーズが風呂好きということは聞き及んでいた。
しかし、知識と体験は往々にして異なるもの。実際に温泉を目の当たりにして、少なくない好奇心が生まれていた。
スネークの理性は、湯に浸かる必要はないと告げている。
外傷の種類に応じた応急処置。「RICEの法則」と呼ばれるそれを、熟知しているためだ。
RICEとは安静(REST)、冷却(ICING)、圧迫(COMPRESSION)、拳上(ELEVATION)の四つのこと。
これらのうち、一般的に打撲に対してはすべての処置が、火傷に対しては冷却の処置が重要であるとされている。
では、入浴がその処置につながるかと言えば、答えはノーである。むしろ体温の上昇による血行の促進は、打撲の程度によっては内出血や炎症が悪化する要因となる。
血行の促進には自然治癒力を高める効果もあるとされるが、それを推奨されるのは、内出血や炎症にともなう腫れや痛みが引いた後のこと。
セフィロスの炎による一撃で跳ね飛ばされてから、まだ数時間しか経過していない。医者に訊いたなら苦い顔をするだろう。
幸いにもダメージは軽微で、痛みや腫れがないことは確認しているとはいえ、不要なリスクは避けたいところだ。
もちろん長湯はできまい。入浴するとしても、五分以内が限度だ。
「……」
二十秒ばかり立ち尽くしただろうか。
ひとつ息をのみ、意を決すると温泉に足を入れ、そして全身を湯へと委ねていく。
熱により刺激された体が、瞬間的に強張る。それから次第に熱に反応して、筋肉が弛緩する感覚が全身に行きわたる。
ゆっくりと、長く息を吐く。熱いシャワーを浴びるだけでは味わえない快感が、スネークを満たしていた。
すると、あまりにも自然に、スネークの口から賞賛の言葉が漏れた。
「いい湯だな」
□
数分後、スネークはふたたび患部を冷やしてから風呂場を出た。
脱衣所に戻ると、デイパックからペットボトルを取り出して開ける。
そして一気に水を飲み干すと、空になったペットボトルに水道から水を汲む。
この先どういった状況になるか不明なため、携行しやすい容器を捨てるのは賢明でないと判断したのだ。
もののついでと、水道でスニーキングスーツに付着した血液を洗い流すことにした。
スーツを洗濯しながら、今後の行動方針について考える。
目下のところ、工学的な知識と技術を持つ、相棒のオタコンを捜索することが最優先だ。
殺し合いにおける枷である首輪。それを解除することは、マナたちへの反逆の第一歩となる。
できるかぎり早急に、首輪を解析してもらう。そう考えたときに、オタコンと同等に重要なものがある。
「首輪のサンプルが必要だ」
いくら優秀な研究者でも、サンプルなしで解析はできまい。どこかで調達して渡す必要がある。
スネークは渋面を作る。脳裏にサンプルを入手する方法が浮かんだ――浮かんでしまった――からだ。
そう、さきほど通過した展望台の近くには、セフィロスに殺害されて落とされた雷電の遺体がある。
遺体の損傷はかなり酷く、首もかろうじてつながっている状態だった。首輪の回収は容易だろう。
「たしか、C-5は放送で禁止エリアに指定されていたが……」
口にしながら、壁掛け時計を確認する。時刻は八時半。
ここから南のC-5が禁止エリアになるのは十一時。時間的な猶予は、そう多くない。
すぐに動き出したいのをこらえて、救急箱の中から軟膏のチューブを出して塗り広げていく。
チューブの残量はわずかであり、すべての火傷に塗ることは叶わなかったが、気休めにはなる。
同じく残り少ない包帯を、こちらは打撲の患部に、きつすぎず緩すぎない程度に巻きつけておいた。
手早く処置を終えると、洗い終えたスニーキングスーツを装着。バンダナを締めなおして、出口へと向かう。
通用口からではなく表の玄関から出ると、あらためて施設の外観を眺めた。
「温泉か。悪くなかった」
次があるなら、こんな殺し合いの最中ではなく、落ち着いた環境で入りたいものだ。
無論、安全な環境に身を置ける立場ではないことは、理解しているつもりだが。
自嘲気味に鼻を鳴らして、スネークは施設に背を向けた。
□
異臭をたどり到着した展望台の下には、数時間前と同じ状態の雷電がいた。
見るも無惨な姿だ。落下の衝撃で両腕と左脚はちぎれ、残る脚もあらぬ方向へと曲がっている。
ちぎれかけた頭部を見る。血で汚れたブロンド、だらしなく開いた口許、そして光の失われた両の瞳。
「せっかくの美形が台無しだな」
掌をかざして、そっと雷電の目蓋を閉じる。
そしてスネーク自身も、目を伏せて黙祷を捧げた。
「……」
一分ほどの黙祷を終えて、スネークは作業を開始した。
雷電の首を観察して、切断するべき場所を的確に見極める。
ちぎれかけではあるが、腕力だけで首輪を取ることは難しい。
そう判断して、温泉で調達した救急箱の中から小型のハサミを取り出す。
数センチの刃を、首の肉へと当てる。筋肉を断ち切る感覚が手元へと伝わる。
行為自体は、肉や魚をさばくのと似たようなもの。スネークは手早く作業を終えた。
その流れで展望台内部に雷電の遺体を運びこみ、バスタオルで上から覆い隠した。このバスタオルも温泉で調達したものだ。
必要な行為ではない。しかし、セフィロスへと立ち向かい殺された戦友を、そのままにしておくのは忍びない。
ついでに首輪に付着した血液をバスタオルでぬぐってから、黒光りする首輪を観察する。
「このサイズで首を飛ばすだけの威力。
かなり強力なシロモノなのは間違いない」
しげしげと見ても、判断できることはその程度であった。
スネークは、ひととおり銃火器は使いこなせるものの、専門家というわけではない。
ゆえに解析となると、オタコンやナスターシャのような兵器に精通した人物には及ばない。
やはりオタコンとの合流を急ぐべきだと結論づけて、首輪をデイパックへとしまい込む。
サンプルを回収する目標は達成できた。ひとまずC-5エリアから出ることだ。
「さて、次の目的地は……」
スネークは地図を眺めながら、方針の一部を更新していた。
これまでは、スネークとオタコンは互いに合流しようとしており、そのため両者が知識として共有している場所を、互いに第一の目的地に定めると考えていた。
だからこそ“マンハッタン沖タンカー沈没事件”における偽装タンカーに向かうことを最優先としていたのだ。
しかし、オタコンの性格上、他の参加者と友好的な関係を築いて、同行している可能性も充分にある。
勇気と慈悲を備えているオタコンだが、あいにく武力はない。生存優先で協力体制を組むのは自然だ。
もしオタコンに同行者がいた場合、偽装タンカー以外の場所を目的地に定める可能性も出てくる。
そのため、他の施設も捜索のために寄るべきだというのが、今のスネークの思考だ。
「ここから近いのは、D-5の病院か」
以上の思考をもとにして、スネークが次の目的地に定めたのは病院。
地図上の施設を虱潰しに捜索するとなると非効率的だが、地図の中心に近いので大幅なタイムロスにはなるまい。
また、オタコン以外の参加者に対しては、情報の共有をはかる。相手によってはオタコンの捜索を頼むことも想定しておく。
取り急ぎの行動方針を決めると、スネークは展望台を後にした。
□
「ん?」
病院へと南下していたスネークは、道中であるものに目を留めた。
市街地の道路のアスファルトが、ある一部分だけが黒く変色している。
屈みこんで地面を調べると、直径三センチほどの黒いかけらが落ちていた。
「これは……金属だ。首輪のかけらか?」
所持している首輪と比較すると、たしかにその形状は似ている。
かけらの端は奇妙に歪んでおり、高熱が加えられて融解したように見える。
黒く焦げたアスファルトと合わせて考えると、この場所で何者かが燃やされたとするのが自然だ。
すでに“ひのこ”や“ファイガ”を目にしている以上、炎による攻撃方法は想定の範囲内だが、それが金属を溶かす火力となると、あらためて緊張感が走る。
自衛手段として武器の類――可能ならば使い慣れた銃火器――を所持しておきたいという心情が増した。
これまでよりも警戒しながら、遮蔽物の多い市街地を進んでいくと、やがて病院へと辿り着いた。
少し離れた場所から観察を開始した直後、スネークは眉をひそめた。
「なんだ、あれは?」
ガラス窓越しに見えたのは、黄色いロボットだった。
さながら巡回中の兵士のように、一定のスピードで動いている。
遠巻きに見てもわかる複数の破壊の痕跡と、無関係ではないだろう。
戦闘行為か、それに準ずる破壊行為が可能なロボットと考えるべきだ。
加えて、ロボットの動きが外から見えることも、スネークの不安を煽る。
ロボットは隠れようとしていない。つまり発見されることを恐れていない。
その動き方が、積極的に病院への侵入者を探しているように見えてしまう。
「……ここでは非現実的なことも起こりうる。それを念頭に置いたほうがよさそうだ」
特殊部隊の“FOXHOUND”や“デッドセル”にも、常識から逸脱した存在はいた。
この島に連れてこられてから、スネークは人語を話すウサギや炎を放つ銀髪の男性を目撃している。
そして今度はロボットときた。常識から逸脱した存在がうようよいる殺し合いなのだと再認識させられる。
スネークは自問する。正体不明のロボットがいる病院に入るか、ここは諦めて他の施設へと向かうか。
兵は拙速を尊ぶ。指揮官のいない兵士としての、スネークの決断はいかに。
【D-5/病院付近/一日目 午前】
【ソリッド・スネーク@METAL GEAR SOLID 2】
[状態]:全身に軽い火傷と打撲(処置済)
[装備]:無し
[道具]:基本支給品、音爆弾@MONSTER HUNTER X(2個)、不明支給品(0~1個、あっても武器ではない)、首輪(ジャック)
[思考・状況]
基本行動方針:マナやウルノーガに従ってやるつもりはない。
0.病院を探索するか、他の施設へと向かうか、あるいは……。
1.オタコンの捜索。偽装タンカーはもちろん、他の施設も確認するべきか。
2.武器(可能であれば銃火器)を調達する。
3.クラウドに会って伝言を伝えるため、可能性のあるカームの街に寄る。
4.カイムと狩人の男。オセロット、ソリダス、イウヴァルト、セフィロスに要警戒。
5.装備が整い次第、セフィロスを倒すか?
6.ソニックと言う名前に既視感、および不快感。だがこの際言ってられないか?
※参戦時期は少なくとも、オセロットがソリダスも騙したことを明かした後以降です
蛇が病院を観察している間も、ロボは巡回を続けている。
主催者陣営から下された命令を従順にこなす姿は、まさしくロボット。
燃料の供給は不要。何もせずとも、埋め込まれた“たべのこし”は機能している。
その脅威を知らぬ参加者も未だにいる現状で、ロボットは次第に回復していくのだ。
非常に強力なこの兵器を前にして、参加者たちはどのような対処を試みるのだろうか。
【D-5/病院内部/一日目 午前】
【ロボ@クロノ・トリガー】
[状態]:ダメージ(中)、MP消費(中)
[装備]:ベアークロー@ペルソナ4 、たべのこし@ポケットモンスター ブラック・ホワイト
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0~1個
[思考・状況]
基本行動方針:病院内に侵入した敵を排除する
1.ワタシの名前はプロメテス。
※主催者によって、ジョーカーである参加者(イウヴァルト、ホメロス、ネメシス)は感知出来ないようになっています。
他にも何らかの理由で感知できない参加者、NPCがいるかもしれません。
【救急箱@現実】
温泉に放置されていた使いかけの救急箱。
軟膏や包帯、包帯を切るための小型のハサミが入っていた。
【バスタオル@現実】
温泉に備え付けられていた白いバスタオル。
【共通備考】
※C-5展望台内部に、ジャック(雷電)の遺体が安置されました。バスタオルで覆われている遺体の周辺に、救急箱@現実が放置されています。
最終更新:2024年10月06日 00:24