ミリーナはマルティナを連れてD-1エリアへと移動していた。
消耗したマルティナを休ませる場所として、テーブル席のある飲食店を選んだ。
そして、念のため首輪探知機を確認してから、ようやく緊張を緩めて、かたわらのマルティナに声をかけた。
「近くに参加者はいないみたい」
「ひとまず安心というわけね」
そう口にしたマルティナは、先んじて入口近くの座席に腰掛けると、身体をソファの背もたれに預けて深く息をついた。緩慢な挙動からは、相当に消耗していることが想像できた。
「……必要なら手当てをするけど」
あえて険のある言い方をしたのは、先ほど少年を見逃したマルティナを非難する気持ちからだ。
一方のマルティナは、それほど気にした様子もなく「そうね」と首肯した。
その態度には苛立ったものの、追及したところで適当にいなされる予感がしたので、我慢してマルティナの隣に立ち、術を行使することにした。
術を唱えながら、ミリーナは思案する。
(いつマルティナを切り捨てるか、決めておかないと)
マルティナとの同盟関係は、具体的な期限を定めていない。
もともとミリーナは、単独では敵わない強者――マルティナや、長刀を振り回して隕石を降らせていた男――を見たからこそ共闘を持ちかけた。
つまり期限どうこうという問題ではなかった。強いて言えば、敵わない強者が存在しなければ共闘は不要になる。
しかし、同盟関係を結んでから六時間も経たないうちにミリーナの思考は変化していた。
その理由は、ひとえにマルティナへの信用が低下したからである。
(マルティナは、きっと弱者を殺せない。
だって、あの少年を殺せなかったのだから)
マルティナは、イレブンをはじめとする仲間を喪うことに抵抗を覚えていた。
その抵抗を失わせようとして、ミリーナはわざわざ春香を殺した事実や自身の目的を伝えた。
しかし、マルティナは簡単に殺せたはずの少年を見逃した。こちらに敵意を向けており、利用することもできない相手なのにもかかわらずだ。
このことから、マルティナは情に流される性質(タイプ)の人間だと確信した。
そして、その性質は殺し合いにおいては弱点なのだ。
(もし情を捨てられないようなら、見切りをつける。
そうじゃなくても、残り人数で決めておいた方がいいわね)
ミリーナとしては、弱点を抱えた人物を信用しきれない気持ちがある。
それゆえに、マルティナを切り捨てるタイミングを熟慮しているのだ。
(半数で三十五人。三割で二十人ちょっと。
まだ多い?……いえ、それくらいにしましょう)
そして、残り二十人前後で切り捨てると決めた。
放送によると、六時間で十三人の脱落者が出ている。もしこのままのペースで殺し合いが続くならば、二十四時間足らずで三割程度になるはずだ。
おそらくその頃には、弱者はもちろんのこと、強者も多かれ少なかれ消耗しているだろう。そこを狙う戦略を立てる。
それまではマルティナとの同盟を維持して、気力と体力を温存しておきたい。
(あとはマルティナの仲間と出会ったときにどうするか、だけど……)
口約束の上では、イレブンと遭遇したときに、同盟は解消することになっている。
ミリーナとしては、そうなる前にイレブン以外の仲間をマルティナに殺させたいところではあるが、事がそう上手く運ぶとは限らない。
ひとまず、マルティナの仲間たちと遭遇したときのことは別に考えておくべきだ。
「ミリーナ?」
「えっ!?」
思考に集中していたミリーナは、マルティナの声でハッと我に返る。
回復術の行使は、途中で停止してしまっていた。
「もう終わりでいいの?」
「あぁ、ごめんなさい。あと少しだけ」
これまでの思考を声に出していないだろうかと、冷や汗をかいた。
当座は同盟関係を続けるのだから、まだまだ前衛として働いてもらいたい、という願いを込めて体力を回復させる。
「大丈夫?」
「……ええ」
ひとまず疑われた雰囲気のないことに胸をなでおろしつつ。
しかし、術を終えるまでマルティナの目を見ることはできなかった。
■
(人を殺した。何の罪もない人を)
ザックスとの戦闘を終えてから、マルティナは暗い感情を漲らせていた。
マルティナは参加者の命を奪った。人を襲う魔物を倒すのとはわけが違う。明確に一線を越えたのだ。
(もう、私は覚悟を決めた)
マルティナの願いは、中途半端な心のままでは成し遂げられないものだ。
その事実は、ソニックと戦闘したときや、ミリーナの口から覚悟を聞いたときに思い知らされた。
しかし、もう心を黒く染める覚悟は完了した。ザックスとの戦闘を通じて、マルティナの決意は固くなったと言える。
(これで、ミリーナと同じ位置に立てたかしら)
かたわらで回復術を行使しているミリーナを見やる。
自分と同じ志を持ち、自分よりも早い段階で覚悟を決めていた相手。
共闘する相手と同じ立場になれたと感じて、マルティナはどこか安堵する気持ちがあった。
「これで多少は回復した?」
「ええ、ありがとう」
マルティナはミリーナに微笑んだ。ミリーナのおかげで、受けたダメージはだいぶ和らいだ。戦闘にも支障はないだろう。
呪文を習得していないマルティナにとって、回復術はありがたい。
「あとは……食事も済ませておいた方がいいかしら。
探知機をまた使えるようになるまでは、各自で動くことにしましょう」
「わかったわ」
その提案に同意して、マルティナはデイパックを開けた。
食料と水を取り出し、それらを口に運ぶ。三分くらいで手早く食事を終えて席を立つと、近くにいたミリーナに驚かれた。
「あら、ずいぶん早いのね」
「そう?きっと旅をしていたせいね」
「旅をしていると、食べるのが早くなるの?」
「何が起きてもいいように、外では早く済ませなさいって教えられたの」
マルティナは十五年以上、ロウと二人旅を続けていた。
そしてその過程で、野営を何度となく経験してきたのだ。
ロトゼタシア大陸に点在する女神像の加護によって、キャンプ中は基本的に魔物の心配はない。
とはいえ、いつも女神像のある場所で休めるとは限らない。また、盗賊や異常気象などに対して即応を求められることもある。
それゆえに常に警戒心を持つべきだと、幼少期から教育されてきたのだ。
「もちろん、安全な場所ならゆっくり食べるけど、今はそうじゃないでしょう?」
「ふうん……」
ミリーナはどこか釈然としない返事をした。
とはいえ、それ以上に説明することはなかったので、マルティナは改めて席を離れた。
「一時間後に再集合でいいのよね?」
「ええ。私はここで待機しているから」
「わかったわ」
ミリーナを置いて店を出たマルティナは、まず店頭に立ててあった幟(のぼり)を手にした。
幟の旗を外してポールのみの状態にすると、それを槍のように扱おうと試みる。
ポールをかまえて、突き、薙ぎ、振り下ろす。流れに身を任せて動いていると、余計なことを考えずに済んだ。
しばらく同じ動作を繰り返してから、ふうと一息ついた。
「これは軽すぎるわね」
ポールで地面を叩くと、コンコンと音が鳴る。中は空洞のようで、長さはともかく、強度は英雄の名槍とは比べものにもならない脆さだ。
これではマルティナの得意とする“一閃突き”の威力も半減してしまう。
「無いよりはマシかしら」
それでも、マルティナはそのポールをデイパックに収めた。
先程の戦闘で、光鱗の槍は折れて使用不可能になってしまった。
マルティナには格闘の心得もあるが、殺傷能力のより高い武器攻撃を優先したいところだ。
「近くに武器屋でもあればいいけど……」
ささやかな期待をしつつ、マルティナは近隣へと歩を進めた。
それからしばらく市街地を探索するも、芳しい結果は得られなかった。
期待外れの結果に肩を落としながら、マルティナは集合場所へと戻った。
「あら、マルティナ。時間ピッタリね。
ちょうど今、探知機を使えるようになったところよ」
店内に入ると、ミリーナから声をかけられた。それに適当な返事をして、ミリーナの対面の席に座る。
どうやらお茶を淹れていたようで、店内には茶葉の香りが充満していた。
「茶葉が支給されていたから淹れてみたの。
もし苦手じゃなかったら、あなたも飲んでみる?」
「……遠慮しておくわ」
お茶にはリラックス効果があると聞いたことを思い出して、マルティナは誘いを遠慮した。
今はこの緊張感を維持しておきたい、と考えたからだ。
「そう?それなら、今後の話をしましょう」
「ええ。これからどうするの?」
「あなたさえ平気なら、D-2に戻ろうと思うけど」
ミリーナは地図を広げて、D-2エリアを指し示した。
C-1は禁止エリアになったので進めない。また、E-1は海が近いので、あえて訪れる参加者はいないと予想できる。
そのため実際のところ、選択肢は東に向かう一択である。
つまり、ミリーナがマルティナに対して尋ねたのは、進行方向ではなく覚悟についてだと、マルティナは察した。
「私は問題ないわ。もう迷わない」
「……ならいいわ」
ミリーナがマルティナの返事に納得したのかどうかは分からない。
ただ、少なくともこの場では、これ以上追及するつもりはないようだった。
マルティナは胸をなでおろして、今後の話をすることにした。
■
エアリスは、教会の中央に佇んでいた。
差し込む日光と、そのおかげで育つ美しい草花。
平穏な風景を眺めていると、教会の扉がきしんで音を立てた。
その向こう側にいたのは、エアリスのよく知る人物。
「ザックス!?」
無骨な服装にツンツン頭、そして空に似た青色の瞳。
どれだけ時間が経とうとも、忘れることはない相手だ。
エアリスはすぐに駆け寄ろうとして、しかし立ち止まった。
そして、小首を傾げて問いかけた。
「ザックス、だよね?」
ザックスは答えない。驚いたような表情で、教会の中を見ていた。
どうやらエアリスのことは見えていないらしい。
立ち尽くすエアリスの横を通り過ぎて、ザックスは花畑の近くに屈みこんだ。
そして、床に仰向けに寝転ぶと、ひとつ微笑んで目を閉じた。
「ザックス!」
これに似た光景を、前にも見たことがある。
脳裏に思い浮かんだ悪い予感を振り払おうと、エアリスはザックスの名前を呼んだ。
すると、いきなり世界が暗転して、景色が変化した。
どこかの市街地。開けた場所に横たわるザックスと、その傍らに見知らぬ少年の姿。
「なぁ、美津雄……お前、夢ってあるか?」
「ないよ、そんなのない……!! オレには、なんにもないんだ……」
「そっ、か」
「オレには……夢を持つ、資格もないよ……」
「ばー、か。夢を、持つのに……資格、なんて、いらねぇよ」
息も絶え絶えに話すザックスと、嗚咽しながら話す美津雄。
エアリスは二人に対して必死に呼びかけるも、一向に届く様子はない。
「夢を持て、美津雄。そしたらちっとは、世界が楽しく見えるかもしれないぜ」
その言葉を最後に、ザックスは目を閉じた。
号泣する少年を見ながら、エアリスはその場に膝をついた。
この光景が何を意味しているのか、自ずと理解できてしまったからだ。
そして、世界は再び暗転した。
■
「……そろそろD-2ね」
「ミリーナ、探知機に反応は?」
「複数人で固まっているか、動き続けているか……いえ、待って」
「どうしたの?」
「ここ、二人いたのに一人だけ北上しているわ」
「わざわざ単独行動を選んだのかしら。それとも、戦えないから置いて行かれたとか」
「あるいは殺害したか……」
「その可能性もあるわね。どうする?」
「行ってみましょう。人質に取れるかもしれないわ」
「……そうね」
「不服かしら?マルティナ」
「いいえ。いい考えだと思う」
■
エアリスが目を開くと、そこには喫茶店の天井があった。
身体に異常はない。むしろ、ダメージは回復したくらいだ。
直前まで見ていた光景は忘れていない。おそらくザックスはどこかで倒れている。
「ううん、倒れているだけじゃない。きっと……」
脳裏に浮かんだ予感を、口にすることはできなかった。
口にすることで、それが真実だと確定してしまう気がしたからだ。
「それより、ゲーチスは!?」
エアリスを眠らせた張本人のゲーチスは、姿を消していた。
店内の時計を見ると、一時間はゆうに過ぎていた。もう近くにはいないだろう。
ゲーチスの行き先は十中八九“Nの城”だ。何度も口にしていたあたり、よほど大事な場所に違いない。
「どうしよう?」
エアリスは水道水で喉を潤してから、喫茶店の椅子に腰掛けた。
そして、ひとつひとつ指折り数えながら、今後の方針を考える。
一つ目。ゲーチスを追う。つまりNの城に行くということだ。
二つ目。如月千早を探す。これはソニックから頼まれたことである。
三つ目。カームの街を探索する。同じことを考えた仲間や、あるいは黒マテリアを発見できるかもしれない。
「うーん……」
本音を言えば、正宗を振り回す男(カイム)やセフィロスのことも気にかかる。
しかし、前者はソニックに任せており、後者はエアリス一人で対抗するのは困難だ。この状況では先送りにせざるを得ない。
となると、先に挙げた三つの中から決めるのが妥当なように思われる。
そうしたエアリスの思考は、鈴の音で打ち切られた。
「あら……よかった」
そこにいたのは、背丈よりも長い棒を携えた女性だった。
何がよかったのだろう、と疑問符を浮かべつつ、エアリスはコミュニケーションを取ることにした。
「私、エアリス。あなたは?」
「エアリス……そう」
「あ、もしかして、あなたが千早?
でも、ソニックは銀髪って言ってたっけ……」
ソニックの名前を聞いた女性は、わずかに両方の眉を上げた。
明らかにソニックのことを知っている反応だったが、マルティナは特に言及しないまま、別の話を始めた。
「私はマルティナ。ねえエアリス、ひとつ頼みたいのだけど」
「頼み?」
「手荒な真似をするつもりはないわ。ただ、しばらく人質になってほしいの」
「人質、って……」
人質という単語を聞いて、エアリスは過去の記憶を思い出して動揺してしまう。
勝手に話を進めるマルティナを不審に思ったこともあり、身構えようとした瞬間、エアリスは足払いを受けて尻もちをついた。
そして直後に、ひんやりとした棒の先端を喉元に突きつけられた。
「あなたが選べるのは、利用されるか、ここで殺されるかの二択よ」
「……あなたも、殺し合いを肯定するのね」
エアリスは悲痛な思いでマルティナを見た。
正宗を振り回す男(カイム)、ゲーチス、そしてマルティナ。
これまでに遭遇してきたのは、殺し合いを肯定する人物ばかりだ。
(とにかく、逃げないと……!)
この場で簡単に殺されるのも、人質として利用されるのも、お断りだ。
そう決めて、マルティナを無力化するために魔力を練る。
「邪気封い――」
「フォトン!」
リミット技を行使しようとした直前、マルティナとは異なる声が店内に響いた。
いくつかの光弾がエアリスの周囲に飛来し、そして破裂する。
「うあっ!」
破裂した衝撃で壁にぶつかり、エアリスは悲鳴を上げた。
「ミリーナ!何を……?」
「油断しないで、マルティナ。たぶんエアリスは、私と同じ術士タイプよ」
「術士……そういうこと」
「ええ。今も何かの術を使おうとしていた」
視線を上げると、喫茶店の入口近くに、金髪の女性が立っていた。
ミリーナと呼ばれた女性は、エアリスにこう告げた。
「さあ、エアリス。“私たち”の頼み、もういちど説明した方がいいかしら?」
エアリスは歯噛みした。マルティナとミリーナは組んでいるのだ。
リミット技を不発にされた以上、この状況を打破する方法は、現状では思いつかない。
しばらく無言のにらみ合いを続けた後、エアリスは静かにうなだれた。
「わかったわ」
武器を没収され、後ろ手に縛られながらも、エアリスの戦意は失われていない。
どこかで逃げるチャンスは生まれるはずだと、そう信じているからだ。
【D-2/市街地にある喫茶店/一日目 昼】
【ミリーナ・ヴァイス@テイルズ オブ ザ レイズ】
[状態]:首筋に痣
[装備]:魔鏡「決意、あらたに」@テイルズ オブ ザ レイズ、プロテクトメット@クロノ・トリガー
[道具]:基本支給品×2、不明支給品0~2、首輪探知機(放送まで使用不可)@ゲームロワ、王家の弓@ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド、木の矢(残り二十本)@ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド
[思考・状況]
基本行動方針:優勝する
1.マルティナと共に他の参加者を探し、殺す。
2.エアリスを人質として利用する。
3.イレブン以外のマルティナの仲間を、マルティナに殺させる。その方法は具体的に考えておきたい。
4.マルティナのことは残り二十人前後で切り捨てる。現状は様子見。
※参戦時期は第2部冒頭、一人でイクスを救おうとしていた最中です。
※魔鏡技以外の技は、ルミナスサークル以外は使用可能です。
※春香以外のアイマス勢は、名前のみ把握しています。
【マルティナ@ドラゴンクエストⅪ 過ぎ去りし時を求めて】
[状態]:疲労(小)、ダメージ(小)、左脇腹、腹部に打撲
[装備]:ポール@現実
[道具]:基本支給品、キメラの翼@ドラゴンクエストⅪ 過ぎ去りし時を求めて、折れた光鱗の槍@ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド、ランダム支給品(0~1個)
[思考・状況]
基本行動方針:イレブンと合流するまでミリーナと協力し、他の参加者を排除する。
1.心を黒に染める。
2.ミリーナと共に他の参加者を探し、殺す。
3.エアリスを人質として利用する。
4.カミュや他の仲間も殺す。
※イレブンが過ぎ去りし時を求めて過去に戻り、取り残された世界からの参戦です。イレブンと別れて数ヶ月経過しています。
【エアリス・ゲインズブール@FINAL FANTASY Ⅶ】
[状態]:MP消費(小)、後ろ手に縛られた状態
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:仲間(クラウド、バレット、ティファ、ザックス)を探し、脱出の糸口を見つける。
1.マルティナとミリーナから逃げるチャンスをうかがう。
2.ゲーチスを追うor千早を探すorカームの街を探索する。
3.セフィロス、および会場にあるかもしれない黒マテリアに警戒
4.カイムのことはソニックに任せてみる。
5.きっと、ザックスはもう……。
※参戦時期は古代種の神殿でセフィロスに黒マテリアを奪われた~死亡前までの間です。
※ゲーチスからポケモンの世界の情報を聞きました。
【ポール@現実】
現地設置品。
店頭にある幟から旗の部分を取ったもの。ステンレス製で全長2メートル程度。
最終更新:2023年07月22日 11:36