株式会社エーディーケイ
アルファ電子株式会社
アルファ電子工業株式会社
有限会社未来ソフト
1980年から2003年頃にかけて存在していたゲーム会社。
新井一夫氏がパイオニアを退社後、日産電子にて技術部門の役員を経て、1980年7月 にアルファ電子として創業。
設立当初は日産電子からの流れで、トランシーバーなどの通信機器や、スピーカーの部品などの音響パーツを扱うメーカーだった。
創立時の唯一の社員であった深津栄次氏は、日産電子時代からの新井氏の部下で、テレビゲームにおける将棋アルゴリズム研究の第一人者でもあった。
他社による発売ではあるが、ビデオ麻雀ゲームの先駆け『ジャンピューター』や、豊栄産業と共同で『ジャンプバグ』を開発。
1983年4月15日、開発・製造部門として
アルファ電子工業に社名変更。
翌年4月1日には販売・企画部門としての新会社アルファ電子が事業を開始した。
1986年、『名人戦』の発売元だったことで
エス・エヌ・ケイと接触。以降密接な関係となる。
なお、やたらと忍者推しな作品が多いのは、企画・プロデュースを務めていた丸山勉氏によるところが大きい模様。
1990年にエス・エヌ・ケイが発売したMVSでは回路設計を担当。業務提携し、筆頭サードパーティーとしてゲームを開発した。
なおそこで取り交わした契約では、ネオジオ以外の他機種向けのゲーム開発は禁止とされていた。
1993年1月ごろ 、社名を
エーディーケイに改称。
初代の発表こそ社名変更前ではあるが、「
ワールドヒーローズ」シリーズが人気となり、メディアミックス展開も行われた。
1997年、別ブランドである
未来ソフトからプレイステーション用ソフトを発売したことで、エス・エヌ・ケイとの関係が悪化。
エス・エヌ・ケイ関係のゲーム事業は、ネオジオポケット向け作品の開発にほぼ一本化されていった。
その後は独自に携帯電話コンテンツなどを展開するも、エス・エヌ・ケイ自体の業績悪化もあり、2003年頃に事業停止。
現在、同社のビデオゲーム等の版権のうちエス・エヌ・ケイが発売したものについては、SNKが引き継いでいる。
逆にエス・エヌ・ケイ販売以外のタイトルについては、殆どが版権などの関係で復刻が難しくなっているとのこと。
主な作品
ワールドヒーローズシリーズ
その他アーケード
1983年
1984年
- エクイテス
- ブルファイター
- チャンピオン・クロッケー
1985年
- エキサイティングサッカーII
- スプレンダー・ブラスト
- ザ・高校野球
- 激走
- パーフェクトジャンピューター
- ハイ・ボルテージ
1986年
- スーパー・スティングレイ
- フラワー
- 名人戦
- カイロスの館
1987年
- マージャンブロック ジャンボウ
- バトルフィールド
- マージャンブロック ジャンボウ 其の2
1988年
1989年
1990年
1991年
1992年
1994年
1995年
1996年
1998年
その他家庭用
1988年
1989年
1990年
1995年
1996年
1997年
1998年
1999年
- クラッシュローラー (ネオジオポケット作品)
- ネオポケプロ野球
2000年
主な作曲家
- 千葉真木夫 (エキサイティングサッカー、エクイテスなどを担当。のちにネオジオ作品にてサウンドプログラムも担当した)
- はぎたにさとし (FM音源への過渡期のサウンドプログラムや、カイロスの館などを担当)
- 渡辺夕香 (バトルフィールドをはじめ、末期までの多くの作品に参加)
- 清水浩昭 (里見八犬伝(サウンド)をはじめ、ワールドヒーローズシリーズなどに参加)
- 山本秀樹 (マジシャンロードをはじめ、ワールドヒーローズシリーズなどに参加)
- ADK SOUND FACTORY (同社のサウンドチーム)
- 鯨井宏明 (痛快GANGAN行進曲をはじめ、ティンクルスタースプライツなどに参加)
- 春日貴美子 (痛快GANGAN行進曲に参加)
- 村松剛 (痛快GANGAN行進曲をはじめ、ティンクルスタースプライツなどに参加)
- 森理絵 (ワールドヒーローズ2JETに参加。普段はグラフィックデザインを担当していた模様)
- 大島高雄 (ワールドヒーローズパーフェクトをはじめ、ティンクルスタースプライツなどに参加)
- 瀬川圭一郎 (ワールドヒーローズパーフェクトをはじめ、ティンクルスタースプライツなどに参加)
- 関本成伸 (ティンクルスタースプライツに参加)
- Kuwatsu. (ビーストバスターズ セカンドナイトメア、トレジャーギアなどに参加)
外部リンク
- アルファの遺伝子 - 元社員がまとめている同社の作品資料集。不定期に更新されている。
最終更新:2024年10月05日 13:36