情報交換◆2lsK9hNTNE
絵里は机の引き出しを開け、隠していたナイフを取り出した。
この家には絵里しか住んでいない。物騒な物を持っていても咎める人は誰もいない。
ヒビや傷がないことを確認してバッグにしまう。もし学校で見つかったら取り上げられるだけじゃ済まないな、と自嘲した。
だが持たないわけにはいかない。いま
チェーンソー男はいつ現れるかわからないのだから。
「聖杯戦争か」
◇
自分はそんなおごられたそうな顔をしてるんだろうか。
外装だけに気を使った小汚い喫茶店の中。見るからにやる気のないウェイトレスを尻目に絵里は思った。
チェーンソー男についてこれ以上話せることはないと宣言したのに、小梅の「そんなこと言わずに。飲み物でもおごるから(要約)」というセリフにつられてここまで来てしまった。
山本といい、この間の少女といい、なぜチェーンソー男の話を聞きたがる者は、皆なにかをおごるのだろう。
小梅は対面の席に座って肩身が狭そうにしていた。
近くにあったから入っただけの喫茶店がこんなではしかたがないだろう。値段だけは安いというのも今はマイナスだ。
払う金惜しさにわざとこの店を選んだような印象を与えてしまう。
もちろん絵里は、この少女がそんな理由でこの店を選んだとは思っていない。だからといってそれを口にしたら返って相手に気を使わせるような気もした。
小梅のためを思うならやはりここはとっとと本題に入るべきだろう。
絵里は目の前に置かれたオレンジジュースを一気に飲み干して言った。
「考えてみたけどやっぱりこれ以上は話せないわ。お金はあたしが払うから諦めて」
「ど、どうしても……ですか……」
「どうしてもよ。そもそもどうしてそんなにチェーンソー男のことを知りたいの?」
「それ、は」
小梅はオドオドと袖で口元を隠す。このまま押し切れば自分が答える方向には進まなそうだ。
絵里はさらなる疑問をぶつけた。
「バーサーカーさんが気になってるって言ってたけど、あの人は何者なの?
いつの間にかいなくなっちゃてるし、チェーンソー男との戦いも、その……人間技とは思えなかったけど?」
「えっと……そのことには……あんまり、関わらないほうが……」
「そんなこと言われてももう一度見ちゃったし。
それにバーサーカーさんがまたチェーンソー男に会いたいっていうなら、どのみち関わることになると思うけど」
「え、えっと……」
小梅は助けを求めるように自分の横を見た。そこには誰もいない。席がもう一つあるだけだ。
ひょっとしてそこにバーサーカーがいるのだろうか?
思い返してみれば、この少女は最初見かけたときも何もない空間に微笑んでいた。
バーサーカーが突如現れ、戦いが終わったら消えたことも、小梅の側で姿を消していると考えれば辻褄があう。意識してみるとそこに妙な気配があるような気すらしてきた。
バーサーカーから意見をもらえたのかどうなのか。小梅は観念した様子で「ほ、他の人には……言わないでください」と前置きして語り始めた。
超常の力を持つサーヴァント。そしてそれを使役するマスター。そしてどんな願いも叶える聖杯。
絵里が言うのもなんだが現実味のない話だった。
だが本当なのだろう。小梅が嘘を言ってるようには見えないし、先ほどのバーサーカーの戦いぶりを見たら信じるしかない。
絵里自身、特異な日常を送っているからだろうか。自分でも不自然なくらい抵抗なく受け入れることができた。ただまた別の疑問が湧いた。
「話はわかったけど、だったらなおさらどうしてチェーンソー男のことが知りたいの?
聖杯戦争でも戦わなくちゃいけないのに、チェーンソー男にまで関わってる余裕はないんじゃない?」
いま聞いただけでも聖杯戦争がチェーンソー男との戦いの片手間にやれるものだとは思えない。もちろん逆もまた然りだ。
「チェ、チェーンソー男も……サーヴァントなんです」
一瞬、何を言っているかわからなかった。言っていることを理解しても言葉の意味がわからかった。
「え、チェーンソー男がサーヴァントって、え、でも、あたしは今までもずっとチェーンソー男と戦ってきたのよ!」
「サーヴァントは……昔の英雄とかだけじゃなくて……未来の人がなったり、することも……あるみたい、なんです……
だから、チェーンソー男も、たぶん……」
「つ、つまり未来であたしに倒されたチェーンソー男がサーヴァントとして呼び出されたってこと?」
小梅はコクリと頷いた。
なるほど。それなら納得だ。サーヴァントだったらいつもと違う時間に現れるのもおかしくない。よくわからないが。
しかしだとすると絵里がいつも戦っているチェーンソー男はどこにいったのだろうか。
まさか夜になったら二人出てくるとか?
最悪の想像が頭を過り、ケータイからメールの着信を知らせる音が鳴って絵里は自分の想像を振り払った。
「ちょっとごめんね」
そう言ってポケットからケータイを取り出す。学校のクラスメートからだった。
「友達から。なんで学校に来てないのかって。返信するからちょっと待ってて」
「あ……わ、わたしも友達に……連絡しておきます」
絵里は適当な言い訳を考えながら画面の時計を見た。すでに最初の授業が始まっている時間だった。
つまり送られてきたメールは、授業をちゃんと聞かずに書かれたものということになるが、それについては深く考えない。メールを書き終えて送信した。そのとき。
「きらりさん?」
小梅の呟きが聞こえた。
◇
絵里は家を出てドアの鍵を閉めた。
結局あのあと小梅に用事ができて聖杯戦争のことは話せていない。
聖杯戦争。この言葉を聞くとなにか引っかかるものを感じる。
どこかで聞いたことがあるのに頭にモヤがかかって思い出せないような感覚。
聖杯という言葉は前にもどこかしらで聞いたことはある。同じように聖杯戦争も歴史の授業が何かで聞いただけかもしれないが、どうも違う気がする。
「考えても仕方ないわね」
聖杯戦争がどのようなものだろうと絵里には関係ない。なぜならチェーンソー男を倒せば全て解決するからだ。
この世界で哀しいことや酷いことが起こるのはチェーンソー男のせいだ。
聖杯戦争が良くないものであるなら、チェーンソー男さえ倒せばそれで終わる。
もしも二人いるというなら、どちらも倒してみせる。
そう結論づけて絵里は学校に向かった。
無論、この街にチェーンソー男は一人しか存在しない。絵里がこれまで戦ってきたチェーンソー男も、サーヴァントのチェーンソー男も、完全に同一の存在だ。
チェーンソー男は英霊にも悪霊にもなることなく、自らのままサーヴァントととなったのだ。
その理由はおそらく単純だ。この街で雪崎絵里と戦うにはそうしなければならなかったから。
そのためにチェーンソー男は、あるいは雪崎絵里は、聖杯戦争の
ルールすらねじ曲げ、記憶すら戻っていない状態でマスターとサーヴァントの関係となった。
故に絵里は自らがマスターであることを知らない異端のマスターだった。
あるいは
ルーラーすら知らないのかもしれない。
彼女がマスターだと確実に知っているものは一人、チェーンソー男だけだった。
◇
小梅は走っていた。建物の間を駆け抜け、通行人にぶつかりそうになりながらも足を止めずに走った。
同時に視線を動かすが探し人の姿は見えない。
ちょっとした段差に躓き、転びそうになったところを実体化したバーサーカーに支えられた。
「あ、ありがとう」
「足元くらいは注意しとけよ」
それだけ言ってバーサーカーはまたすぐに消えた。幸い周りに今の様子を目撃した人はいないようだった。
小梅は再び辺りに視線をやりながら――そして足元にも注意し――走りだした。
「どこに……いるの?」
◇
絵里がケータイをいじり始めたのを確認して、小梅もケータイを取り出した。
二件の未読メールがあることに気づいたのはこのときが初めてだった。
一つは友達の幸子からのメール。
【from:幸子ちゃん
件名:無題
本文:ボクは今日は調子が悪いので欠席させてもらいます。
ところで、商店街が騒がしいのですが大丈夫ですか?
二人に何もないようならいいのですが。
追伸
きらりさんを見かけたら、ボクが話したいことがあって探していたと伝えておいてください。】
幸子らしい丁寧な文章。ただ少し奇妙な内容。
調子が悪くて欠席するなら、普通に考えれば家で安静にしているはず。なのにきらりを探しているとはどういうことだろうか。
商店街の騒ぎを知っているのもおかしい。幸子の住むマンションから商店街まではそれなりに距離がある。家にいながら知れるとは思えない。
取りあえず心配させるのも悪いので『大丈夫』とだけ書いて返信した。
もう一件のルーラーからのメールは、聖杯戦争に関するお知らせが大部分を占めている。
一度サーヴァント同士の戦闘を見た後だからか、特にその内容に動揺するようなことはなかった。
問題があったのは、掲示板の方。
「きらりさん?」
スレッドタイトル、『みんなのアイドル
諸星きらりだにぃ☆』。
幸子から、きらりを探しているとメールが入ったのと同じ日に立てられたスレッド。
嫌な予感がした。
そもそも考えてみれば小梅はきらりがこの街にいることを今まで知らなかった。
幸子はなぜ知っていたのだろう。単にこの街でも知り合いだったというだけ?
だとしても小梅もきらりのことを知っているとなぜ思ったのだろう。だって小梅にはこの街のきらりに関する記憶は何もないのに。
「きらりって諸星きらり?」
絵里からの予想外の言葉に、小梅は顔をあげた。
「し、知ってるん……ですか?」
「うん。知り合いってわけじゃないけど、高校ではけっこう噂に……」
言いかけて絵里は言葉を詰まらせた。暗い表情からは話すのを躊躇うような話であることが簡単に想像できた。
小梅の不安はさらに募っていく。
「お、教えて……ください。どんな……噂、ですか?」
絵里はやっぱり嫌そうにしていたが、小梅がじっと見つめているとやがて口を開いた。
「……高校のトイレで女子生徒が殺された事件知ってる?」
小梅は頷いた。その事件ならニュースで見たことがある。
「私も詳しくは知らないんだけどね、あの事件の犯人じゃないかって言われてるの」
「ど、どうして?」
小梅ときらりは特別親しいというわけではなかったが、それでも彼女の性格は知っているつもりだった。
優しい人。暖かい人。積極的すぎるところが少し苦手ではあったが、決して嫌いではなかった。
人を殺すなんて、噂の中でもするとは思えない、
「だから詳しくは知らないの。なんかあの事件の日から登校してないって話は聞いたけど……」
嫌な予感がした。
小梅は画面をタッチしてスレッドを開いた。
そこに書かれていたのは諸星きらりが女子生徒を殺した犯人だと面白おかしくはやし立てる悪趣味な文章。
諸星きらりが聖杯戦争参加者と訴える推理。
そして諸星きらりを犯人とする最大の根拠である、被害者の女生徒たちが行っていたいじめの数々。
小梅の知る諸星きらりは優しい人だ。
だが、ここに書かれていることが本当にきらりに行われていたのだとしたら、こんなことにずっと耐えてきたのだとしたら、あるいは。
(バーサーカーさん、ごめんなさい……チェーンソー男のことは、後にして……いい?)
バーサーカーは召喚されてから未だ一人のサーヴァントも食べていない。
本当ならチェーンソー男は後回しにしていい案件ではなかった。
(お前の好きなようにすりゃいい)
バーサーカーの答えは早かった。
(ありが、とう……バーサーカーさん)
小梅は立ち上がる。番号を交換する時間も惜しくて、紙に自分の番号だけ書いて絵里に渡した。
「ごめんなさい……急用ができたので、もう、行きます……何かあったら……ここに電話、してください」
「え、だけど……」
ペコリと頭を下げて、小梅は店を出た。
幸子がマスターだという確かな根拠はない。本当に諸星きらりが犯人なのかもわからない。
だがらといって二人が会うのを黙って見ていることはできなかった。
幸子の家とケータイの両方に電話をかけてみたが、誰も出ない。何か騒音で着信音がかき消されたのか、手を離せないのか、それとも。
小梅は幸子がどこにいそうか考えて、メールに書かれていたことを思い出した。
「商店街……」
◇
そして小梅はいま商店街にいた。
ひと気のなかった商店街は一転、あちこちに立入禁止のテープが張られ、警官や見物人でごった返していた。
バーサーカーにも頼んで探してもらったが、幸子の姿は見当たらない。
もう一度電話をかけようとしてケータイの電池が切れていることに気づいた。
間の抜けている自分が嫌になった。
【C-2/商店街/一日目 午前】
【白坂小梅@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]魔力消費(小)
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]R絵柄の私服、スマートフォン、おさいふ、ワンカップ酒×2
[所持金]裕福な家庭のお小遣い程度
[思考・状況]
基本行動方針:幸子たちと思い出を作りたい。
1.幸子を探す。
2.きらりさんが殺人犯?
3.チェーンソー男を、
ジェノサイドに食べさせる……?
[備考]
※霊体化しているサーヴァントが見えるかどうかは不明です。
※
雪崎絵理を確認しました。彼女がバーサーカーのマスターとは気づいてません。
バーサーカー(チェーンソー男)を確認しました。彼に関する簡単なこと(悪の怪人ということ・絵理と戦っていること)も理解しました。
【ジェノサイド@ニンジャスレイヤー】
[状態]霊体化、カラテ消費(小)、腐敗進行(軽微)
[装備]鎖付きバズソー
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:コウメを……
0.俺はジェノサイド……
1.サチコを探すのを手伝う
2.次倒したら、チェーンソー男を食うかどうか。
[備考]
※バーサーカー(チェーンソー男)を確認しました。
バーサーカーの不死性も理解しましたが、ニューロンが腐敗すれば忘れてしまうでしょう。
【C-3/自宅付近/一日目 午前】
【雪崎絵理@ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ】
[状態]魔力消費(?)、身体に痛み
[令呪]残り三画
[装備]宝具『死にたがりの青春』 、ナイフ
[道具]スマートフォン、私服
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:チェーンソー男を倒す。
1.学校に行く
[備考]
※チェーンソー男の出現に関する変化に気づきました。ただし、条件などについては気づいていません。
※『死にたがりの青春』による運動能力向上には気づいていますが装備していることは知りません。また、この装備によって魔力探知能力が向上していることも知りません。
※
白坂小梅&バーサーカー(ジェノサイド)を確認しました。真名も聞いています。
※記憶を取り戻しておらず、自身がマスターであることも気づいていません。
※もしかしたらルーラーも気づいてないかもしれません。
※聖杯戦争のことは簡単に小梅から聞きました。詳しいルールなどは聞いてません
【???/???/一日目 午前】
【チェーンソー男@ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ】
[状態]復活までまだ時間が必要
[装備]チェーンソー
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:雪崎絵理の殺害
[備考]
※雪崎絵理がマスターだとかそういうことは関係ありません。
※聖杯戦争中、チェーンソー男は夜以外にも絵理がサーヴァントの気配を感じた場合出現し、当然のように絵理を襲います。
このことには絵理も気づいていません。
※致命傷を受けての撤退後、復活にはある程度の時間を要します。時間はニュアンスです。
※白坂小梅&バーサーカー(ジェノサイド)組を確認しました。
最終更新:2020年06月28日 00:12