ダンス・ウィズ・ア・ストレンジャー ◆EAUCq9p8Q.
星輝子の声が聞こえた。
いつものようなのんびりとした声ではなく、ライブの時と同じ、雲すら突き抜けるような笑い声が。
少女・白坂小梅が裏山を目指した理由はそれだけだった。
雪崎絵理と別れたあと、小梅は携帯端末用の携帯充電器をコンビニで購入し、充電をしながら方々を歩き回っていた。
友人の
輿水幸子についてもそうだし、
諸星きらりについてもそう。
出会わなければならない人物と、手がかりもないなか、手探りで出会わなければならなかった。
最初は商店街に範囲を絞っていたが、それも商店街を調べ終わるまでのこと。
商店街をくまなく探しても、カワイイ幸子のカの字も見つからなかった。
商店街を少し離れても、大きなきらりの影も形も見つけることはできなかった。
焦りとは裏腹に、事態はなにも好転してはくれない。
広い街の中だ。近場を歩き回り、人に尋ねて回るだけでは何も進展しなかった。
そんな行き詰まりの中で、まだ未練に引きずられるように商店街の付近を歩いていると、ちょうど森の方から輝子の声が聞こえた気がした。
振り向いてみても、輝子が居るはずもない。
ただ、つい先ほどまでは深々とした緑色だった山は、無残なまでに木々をへし折られ、一部が禿山のような様相へと変貌していた。
すぐそばにいるけれど見えないバーサーカーがぽつりとつぶやいた。
戦いという言葉を聞いて、胸がきゅうと締め付けられる。
今朝の、
チェーンソー男との戦いのようなことがあそこでも起こっている、ということだろうか。
丁度チェーンソーは木を切る道具だし、ひょっとしたらチェーンソー男があそこに現れたのかもしれない。
ぼんやりと見つめた禿山に、先ほど耳に届いた聞こえるはずのない笑い声が重なる。
そのことに小梅は、言葉にできない妙な胸騒ぎを覚えた。
「あの、バーサーカーさん」
「駄目?」
バーサーカーはしばし黙し、そのあとで一言「危険だぞ」と加えた。
誰かが戦っている、ということはやはり危険と隣りあわせだろう。
もしあのチェーンソー男のような、とても怖いサーヴァントが居たら小梅も困る。
それでも、聞こえた声と嫌な胸騒ぎが、小梅の背を裏山へと押すのだ。
輝子の声が聞こえた気がした。ひょっとしたら輝子が居るかもしれない。
きらりは……きらりはきっと、一番あそこにいる可能性が高い。もし、あそこであったのが『聖杯戦争』だとするなら。きっと。
幸子は商店街の事件について知っていた。商店街の時と同様、幸子が『何かの理由から』戦闘の有った場所に居ないとは限らない。
もしかしたら幸子は、幸子も……
脳裏をかすめた悪い予感を振り払い、バーサーカーにもう一度声をかける。
「少しだけそばに寄って見るだけ、だから」
バーサーカーはもう何も言わなかった。
小梅はその沈黙を同意ととらえ、ゆっくりと裏山へと進路を切り替えるのであった。
◇
裏山の様子は、悲惨なものだった。
燻ったような臭いが鼻につく。山火事だろうかと思ったが、どうも違うようだ。
遠目では分からなかったが、禿山に見えた地域には根元のあたりで無理やりへし折られた木が並んでいた。
その近くの木陰から、まるで巨人の足跡みたいだと現場を眺める。
幸い、策敵にかかるほど近くにサーヴァントは居ないだろうというのが山に入る直前に瞬間的に実体化したバーサーカーの見立てだった。
つまり、ここは戦闘の跡。すでに戦っていた誰かと誰かはどこかに行ってしまった後。
笑い声はもう聞こえない。
そもそも誰もいなかった、というわけではないだろうが。
笑い声も、切羽詰まった小梅の心が産んだ空耳なのではないだろうか。そう思い始めていた。
それでも胸騒ぎは止まらないので、ちょこちょこと森の陰に隠れながら周囲の様子を伺う。
しばらく見回り、特に何もないことを確認して戦闘跡地と思わしき地帯に背を向けようとした、ちょうどその時だった。
真っ黒い服装の人物が木々を飛び越えて、ちょうど禿の縁に飛び込んできた。
「あっ」
意識せず声が出てしまい、慌てて口を押さえる。
かなり小さな声だったが黒衣の人物は聞き逃してくれなかったようで、足を止めて振り返った。
「……そこに、誰か居るんですか」
高い声。どうやら真黒な服(黒いコートとフードだ)の向こうにいるのは少女らしかった。
少女はやおら振り返り、またゆっくりとフードを脱ぐ。
風を受けて広がった金髪がきらきらと輝いて見えたのは、森を赤く染める西日のせいだけではないだろう。
その少女の顔は、小梅が見てきたアイドルたちの中でも群を抜くくらい、綺麗だった。
「あ、あの……」
しばらく惚けたように彼女の顔を見ていた小梅が気を取り直し何事かを言おうとした瞬間に、小梅の目の前を大きな手がさえぎった。
包帯に巻かれた手と、アルコールと肉のすえたような臭いが混ざった、独特な存在。
「バーサーカーさん……?」
「……誰だ」
言うまでもなく小梅のサーヴァント、バーサーカーだった。バーサーカーは、ただ一言、鋭い言葉を投げかける。
異形の存在に睨まれた少女は、怯えもせずに、ただ少しだけ間を置いて。
「『バーサーカー』ということは、やはり貴女たちも」
羽織っていたコートを脱ぎ捨てた。
世界が赤に染まる中で、少女がその容姿の全てを晒す。
その少女をあらわす言葉で小梅が知っている中で一番近いものは、たぶん『魔法少女』だろう。
綺麗で、可愛くて、だけれどちょっと露出の多い衣装。衣装に見劣りしていない整った眉目。
体のいたるところに咲き誇った薔薇が、この世ならざるもの的な不思議な雰囲気を際立たせている。
俗世とは一線を画している。現実離れした存在感を醸し出している。まさにお話の中でしか見られないような、いろいろな理想が詰め込まれた見た目の少女だ。
ただ、普通の魔法少女と違っていたところは……彼女の体に重なって見える『アーチャー』というクラス名だろうか。
「アーチャー」
ぽつりとこぼれた小梅の声に引かれるように、じゃらりと音を立てて鎖を携えバズソーが姿を現す。
バーサーカーは帽子のつばをぐいと下げ、緑色の瞳で睨みを効かせながら。
アーチャーと呼ばれた魔法少女然とした少女は、その自己紹介を受けて恭しくお辞儀を返した。
「ご丁寧にどうも、ジェノサイドさん。私はアーチャー、クラムベリーと申します」
その返答を、小梅は少しだけ持っている聖杯戦争の知識に照らし合わせてみた。
真名を明かせば、小梅には分からないがジェノサイドには彼女の詳しいことがわかるらしい。
それを何もなしに明かしたということは、このアーチャーはもしかしたら、話が通じる相手かもしれない。
惜しげもなく真名を晒したアーチャー―――クラムベリー、というらしい少女は周囲の様子を改めている。
「貴女がたが、これを?」
小梅は首を横に振る。
その様子を見てアーチャーは少し目を細めて小梅とバーサーカーを眺めた後、肩をすくめた。
「そうですか」
言い終わるかどうかのタイミングで、アーチャーの体が揺れる。
気づいた時には、アーチャーとバーサーカーの最初の接触は終わっていた。
小梅が瞬きした直後、景色は大きく変貌を遂げていた。
かなり離れた場所にいたはずのアーチャーは、駆け出すような体勢で地面に大きく踏み込んでいる。
しかし、それ以上近寄れないだけの理由が、彼女の左手には握られていた。
音もなく抜き放たれたバーサーカーの右のバズソーが、アーチャーの左掌に深々と突き刺さっているのだ。
ただし、バズソーがアーチャーの突進を止めたように、バズソーの侵略もまたアーチャーに食い止められていた。
握りしめ、止めている。目にも止まらぬ速さ、比類なき力で回転していたであろうバズソーを、魔法少女然としたアーチャーの細腕とたおやかな指が。
「何のつもりだ、てめェ」
左のバズソーが宙を舞う。と同時にアーチャーがバズソーを小梅とバーサーカー目がけて投げ返す。
小梅が恐怖で息を吐くよりも早く、バーサーカーが右のバズソーと自身とを繋ぐ鎖でバズソーを跳ね上げた。
「何のつもりだって聞いてんだ」
「それはこちらが聞きたいものです」
アーチャーはそんなことを嘯きながら、バック宙で二投目のチェーンソーを鮮やかに避けた。
バーサーカーは怒声を上げながら駆け出しもう一度右のバズソーを投擲。さらに避けられた後で返ってきた左のバズソーもすかさず投擲。
「てめェは、その目は、つまりてめェもそうか。クソッタレめ! てめェもあいつや、あいつらと同じ!」
木を背にしたアーチャーが大きく跳び上がる。アーチャーが数瞬前まで居た空間を一対のバズソーが切り裂く。
バズソーは、まるでのたうつ蛇のように、木の幹に鎖を絡め、バームクーヘンほどの厚さで幹を輪切りにしながら上空へとアーチャーを追う。
「あ、ま、待って!」
小梅がようやく声を上げた頃には、すでに火蓋は切って落とされ、もはや止めることはかなわない状況になっていた。
切り崩される木を蹴って、アーチャーが宙を舞う。
アーチャーを追うように木を切り刻んでいたバズソーが、大外回りでジェノサイドの手元まで戻り、再び悲鳴にも似た駆動音をまき散らしながらアーチャー目がけて走り出す。
だが、バズソーの動きではアーチャーの影すら捉えることが出来ない。
瞬きひとつほどの間に、アーチャーはバズソーを避けて難なく着地し、そのまままたしても目にも留まらぬ速さでバーサーカーの胸元まで潜り込んでいた。
バーサーカーの緑の瞳がぎょろりと動く。
しかし彼がアーチャーに対して行動を起こすよりも早く、アーチャーの手のひらがバーサーカーの頭を掴んだ。
掴んだ、というよりは握りつぶそうとしていると言った方が的確かもしれない。現にアーチャーの白魚のような指の一本一本がジェノサイドの頭に深々と突き刺さっている。
ぶつりぶつりとバーサーカーの腐乱した肉体が突き破られアーチャーの指がにごった血液で汚れていく。
鼻の捻じ曲がりそうな酷い臭いが周囲に立ち込め始める。
アーチャーの表情は変わっていない。それどころか、口元が緩んでいるようにすら見える。
アーチャーの指が更に深く食い込む。すでに頭蓋すら割っているのか、アーチャーの指は第一関節まで埋まっている。
バーサーカーの口からは、溜息のように弱く。
「……俺は……」
「はい?」
「……俺は、ジェノサイドだ」
漏れた言葉がもたらした悪寒が、そっと周囲の気温を下げる。
言葉と同時に指の間から緑色の双眸が睨み付ける。アーチャーは、何を思ったのかにんまりと笑い返した。
「俺は!!」
喉を裂くほどのバーサーカーの怒号。アーチャーはすかさず頭をつかんでいた腕を振り払い、真上に飛び上がった。
そのままバーサーカーの肩を踏み台に大きく跳躍する。そのまま器用に、さながら牛若丸の八艘飛びのように木々の枝や幹を足場に飛び渡る。
曲芸師のように木々の間を飛び回るアーチャーの目下には、自身の胸と胴体に二枚のバズソーを食い込ませているバーサーカーの姿があった。
もしもアーチャーがアイアンクローに固執していれば、今頃アーチャーは綺麗に三等分にされていたことだろう。
「てめェがどういうワケで俺たちに目をつけたのかは知らねェが……いや、理由なんてねえンだろうな、てめェには。
だからてめェはここに来た!! だろうが、クラムベリー=サン!! イカレた薔薇頭め!!」
バーサーカーが体に突き刺さっていたバズソーを抜き払う。ドブのような色の液体が撒き散らされ、むんとあたりに腐乱した臭いが一層強く広がる。
「それはそれは……ますます、見過ごせない」
言葉を受けたアーチャーは木の上から音もなく飛び降り、まるでただの可愛らしい少女のようにスカートについた汚れを叩き落とした。
そしてアーチャーは、西部劇の抜き撃ちのように拳を振り上げた。
ただし拳銃は持っておらず、指で銃の形を作っているだけだ。バーサーカーではなく、彼のマスターである小梅の方に向けて。
直後、衝撃を伴う爆音が指向性を持って空間を走る。バズソーが切り倒したよりも多くの木々を巻き込みながら空間が歪んでいく。
爆音が駆け抜け。衝撃の余波が次の轟音を生み。無音が訪れ。そしてようやく森の中にささやかな音が戻ってくる。
ささやかな音たちの中に立ち尽くすのは、ささやかな音たちを踏みにじったばかりの少女。
「おや、外しましたか」
変わらず飄々とした口ぶりのアーチャーは、あれだけの大技を撃ったにも関わらず顔色一つ変えずにけろりとしている。
対するバーサーカーはすんでのところで小梅の肩を引き、その小さな体を抱きかかえて音の鉄槌とは間逆の方向に飛んでいた。
黒く長いカソックコートは草や木っ端で汚れているが、傷を負ってはいない。
「てめェ!」
「そんなに怖い顔しないでください。『こんなことが出来るんだよ』程度に受け取ってくれて構いませんよ。
間違ってもマスターを攻撃するようなことはありませんから」
バーサーカーが吼え、駆け出す。
だが、雌雄は音の一撃で完全に決まってしまった。
地力自体はバーサーカーが勝っているが、手数の多さはアーチャーの方が圧倒的に上。
バーサーカーがバズソーで斬っても、バズソーを投げても、ネクロカラテで応戦しても、アーチャーはそれらすべてを回避してカウンターを仕掛けてくる。
いくら痛覚のないズンビーとはいえ、肉体を損傷すればするだけ不利になることに代わりはない。
更に先ほどの衝撃音波の一撃のせいで、バーサーカーは小梅に注意を払い続けなければならない。
事実、アーチャーは時折踊るように指を鳴らし、その怪奇な力を持って小梅の傍の木を揺らした。
小梅が傷つけられることはなかったが、それでも一瞬小梅の方に目を切れば、その瞬間に腐肉に薔薇の棘より鮮烈な少女の鉄拳が突き刺さった。
バーサーカーが攻撃を繰り出すたびに、小梅に意思を向けるたびに傷は増えていく。
彼の御国言葉で表すならジリー・プアーと言うべきか。
不死のズンビーの魔力をじりじりと削ってくるその戦法は、魔力消費の多大なバーサーカーにとってまさに致命的戦法と言えた。
体を傷つけられながらバーサーカーが考えるのは、この場を切り抜ける方法。
だが、その思考も端からダメージに浸食されていく。
気が付けば、足を掬われ、アーチャーに馬乗りの体勢で御されていた。
見下ろすアーチャー、見上げるバーサーカー。夕日に照らされて血塗れたように赤く染まった五本の指は、固く握られている。
右の拳が顔目がけて振り下ろされる。「AAAAAAAAAAAARRRRRRRRRRRGH!!!」バーサーカーの悲痛な叫びが木霊する。
左の拳が顔目がけて振り下ろされる。「AAAAAAAAAAAARRRRRRRRRRRGH!!!」バーサーカーの悲痛な叫びが木霊する。
右の拳が顔目がけて振り下ろされる。「AAAAAAAAAAAARRRRRRRRRRRGH!!!」バーサーカーの悲痛な叫びが木霊する。
たまらぬとばかりに、バーサーカーは身動きを拘束されたまま死に物狂いで腕を振るい、ネクロカラテとも言えない一撃をアーチャーの顔に叩き込む。
「ゼツメツ!」
流石のアーチャーもこの状況では避けることはままならない、ようやくバーサーカーの一撃がアーチャーに届いた。
大げさに転がり、木にぶち当たる。当たった木の方が折れるほどの衝撃だが、なおもアーチャーは止まらない。
それどころか、アーチャーの目は一層強く輝いている。まるでようやくエンジンがあったまったとでも言うように。
バーサーカーが吠え、バズソーを構えたまま殴りかかる。
アーチャーはそれを迎え撃とうとし、不意になにかを察知したように明後日の方向を見上げた。
「止まって!」
誰かの声。
瞬間、アーチャーとバーサーカーの体を桃色の閃光が包み込み、閃光はすぐにエネルギーの連なった鎖に変わる。
体中をがんじがらめにされた二人は、まるで繰り糸の絡まったマリオネットのように無様な格好で地面に這いつくばるのだった。
◇
「何があったんですか、アーチャーさん」
二人を瞬間で鎮圧した乱入者の少女はまず、ヨガのような奇妙なポーズで地面に転がっているアーチャーに話しかけた。
「どうしても、調べなければならないことがありまして」
アーチャーは、未だバーサーカーの方に目を向けている。
とはいえバーサーカーも雁字搦めにされている以上、何も起きようがないと理解したのか、アーチャーは静々と言葉を続けた。
「実は先ほど、正体不明のサーヴァントに襲撃されました。
なんとか戦線を離脱しましたが、放っておけば更に被害者が出ると思い……」
「それが、そこにいるサーヴァントさんなの?」
「いえ……ですが、よく似ている」
アーチャーがつらつらと語るサーヴァント像。
曰くバーサーカーのクラスであり、長駆を覆い隠す真っ黒な出で立ちであり、顔が確認できず、武器は回転鋸のような音をしていた。
アーチャーを背後から強襲してきたサーヴァントであるため戦闘に乗り気であり、戦場に好き好んで赴くタイプだろう、とのこと。
攻撃を仕掛け、致命傷を負わせてしまったかとも思ったが倒れることなくどこかへ消えたということ。
その情報を聞いた小梅は、すぐにそのサーヴァントの正体に思い至った。
「それって……『チェーンソー男』、です……たぶん」
バーサーカーは否定するだろうが、成程、言われれば似ている気がした。
アーチャーの言葉が本当なら、彼女は小梅たち同様にチェーンソー男に襲撃されたということになる。
言いたいことは山ほどあったが、先程までの鮮烈な戦闘のイメージがまだ頭で反響していて上手く言葉を生み出せない。
だから小梅は、場違いかもしれないが、小さな声で「人違い、です」と付け加えておいた。
「あの、すみません。何でここに来たのかと何があったか……それと、よければその『チェーンソー男』について、教えてもらえますか?」
小梅のつぶやきまで聞き届けたあと、乱入者の少女が小梅に問いかける。
小梅が話したのは、見たままのことだ。
知り合いを探していて、途方に暮れていたこと。
知り合いの声が聞こえた気がして山を見上げ、戦闘痕を頼りにここに来たこと。
アーチャーが突如現れたこと。
バーサーカーが警戒したこと。
そこから戦闘に発展したこと。
チェーンソー男については、今朝の戦闘のことと、絵理が戦っているということだけを伝えておいた(隠すつもりはない。小梅も上手く説明できないのだ)。
「そう、ですか」
少女は小梅の言葉を反芻するように顎に手を当てると、今度は縛られたままのアーチャーが口を挟んだ。
「人違いだったんですね」
その表情はとても深刻だ。
この世の終わりでも見てきたんじゃないか、というくらいに、沈みきっている。
沈痛な面持ちのまま、アーチャーは続けた。
「……申し訳ありません。今回の件は私にすべての責任があります。
私としても、少し焦っていまして。小学校屋上での戦闘、小学校玄関口での戦闘。裏山での戦闘。更に私を襲撃したバーサーカー、と状況ができすぎている。
誰かしらが結託し、この周囲で参加者を襲撃しているかもしれないと思い、少し警戒が過ぎました」
アーチャーの言葉に、乱入者の少女の顔色が少し曇る。
小梅の心もまた、彼女の顔と同じくらいには曇った。
もしアーチャーの言葉が本当だとしたら、この近隣に居る聖杯戦争の参加者は先ほど小梅が経験したような戦闘に巻き込まれている可能性がある。
聖杯戦争の参加者とは小梅にとってのきらりがそうだし、あるいは……
また、アーチャーの言葉を信じるならば、今回の件についてアーチャーに非はない。非があるとすればチェーンソー男だ。
だけど、と小梅は横目でバーサーカーの方を見る。少なくとも小梅には、バーサーカーが先に攻撃を仕掛けたように見えた。
バーサーカーがわけもなく襲いかかるような人物でないことは小梅が一番良く知っている。
そこだけは、バーサーカーに聞いておきたい。
そう思い小梅が口を開いた瞬間。
「なのはさん、少しお願いできますか」
間が悪いことにアーチャーの言葉が重なってしまい、小梅の言葉は意味を持たずに消えていった。
「彼女たちを安全な場所までお願いします。ここの周囲にはまだ、誰かが潜んでいるかもしれませんから」
「……うん。そうですね。アーチャーさんは?」
「誤解とはいえ、襲ってしまった私が自由に動けるような状態だと、彼女たちも安心できないでしょう。
私はこのまま、この場に残ります」
「……えっと、そんな状態で大丈夫ですか?」
「何かあれば念話で知らせるので、その時にこの拘束を解いてください。それだけで十分です。
まあ、二人が山を降り終わったら解いていただけると嬉しいですが」
自戒とでも言うのだろうか。アーチャーは縛られたままでその場に残る、と言い出した。
なのはは少し考えたあとで小梅にも「それでいいか」と同意を求め、小梅もまた少し考えたあとでそれを承諾した。
気になることはややあるが、それでもここに立ち止まっていて心の曇りが晴れるわけではない。
◇
乱入者の少女(
高町なのは、というらしい)に先導されながら、下山する。
その間にも、小梅はなのはと少々ながらお互いのことを話し合った。
小梅からは小梅について、絵理について、きらりについて。
なのはからはなのはについて、フェイトについて、そして屋上の光について。
なのはの口から『魔法少女』という単語が出てきたのには驚いたが、先ほどの光の捕縛術などを見るに、魔法少女はどうやら実在するらしい。
なのはによればフェイトもまた、なのはと同じ種類の魔法少女らしい。
「あの、小梅さん。できればでいいんですけど、もしフェイトちゃんが居たら私のことを伝えてもらえませんか」
なのははフェイトと聖杯戦争の始まる前からの知り合いだという。
なのはならば、フェイトを説得できるかもしれない、ということだ。
「無理だったら構いません。その……フェイトちゃんも、安全とは言い切れないし。
それに、フェイトちゃんを探して、いろんな人たちが集まってるかもしれないから」
フェイトについての通達は小梅も確認していた。
そして、なのは曰く、フェイトは少なくとも一回は戦闘を行っている、とのことだ。
迂闊に近づけばフェイトの状態にもよるが今朝や先ほどのようにバーサーカーが戦うことになる可能性はある、らしい。
戦闘について触れられ、今朝と先ほどの記憶がよみがえる。
先ほどの戦闘でも、小梅は攻撃の余波を何度も受けた。逃げようかとも思ったが、足がすくんで動けなかった。
もし、なのはの言うようにフェイトが屋上一帯を攻撃するような魔法を持っていたとするなら、小梅は次こそは無事では済まないかもしれない。
それに、と小梅は自身の体調について考える。
なんだかふわふわしていた。
といっても決して心地いい浮遊感ではなく、寝不足の時のような喪失感にも似た浮遊感だ。気を抜けば倒れてしまいかねない。
バーサーカーは今までに『魔力の消費』ということを何度か口にしていたが、これがそうなのだろうと小梅は判断した。
もしもバーサーカーがこれ以上戦うことがあれば、小梅はこれ以上の影響を受けるかもしれない。
できればそれは避けたかった。今の状態でもあまり気分がすぐれないのに、これが更にひどくなると幸子たちを探すどころではなくなってしまう。
情報交換を終え、連絡先を交換する。フェイトを見つけた時、きらりを見つけた時、連絡を交換するために。
麓まで降り切ると、なのははそのまま宙に浮いて飛んでいってしまった。
聞いてはいたが、実際に見てみるとそれはとても不思議な光景だった。
魔法少女は実在した、と聞けば、幸子や輝子は驚くだろうか。
気がつけば、そんなことを考えてしまっている。
紫がかった遠い空に飛んで行くなのはを見送りながら、小梅はそこでようやく、先ほどの問いを口にした。
「ねえ、バーサーカーさん」
バーサーカーは答えない。ただ、そこにいて、小梅の話を聞いていてくれているというのは伝わってくる。
「なんで、先に攻撃したの?」
バーサーカーの返答は予想外のものだった。
小梅にはアーチャーが何かをしたようには見えなかったが、バーサーカーには別のものが見えていたらしい。
「アーチャーさんのほうが、先?」
小梅の言葉にバーサーカーはしばし黙し、そして点々と言葉をつなぐ。
((俺には分かる。俺が、覚えている、俺がだ。おかしな話だが、サーヴァントになったからかもしれねェ。
あいつは、クラムベリー……薔薇の魔法少女……
森の音楽家クラムベリーってのは……アー……))
バーサーカーはそこで言葉に詰まった。
詰まったというよりは、言おうとしていたことが抜け落ちてしまった、と言った方が正しいかもしれない。
『森の音楽家』という聞き慣れない単語を口にしてから、バーサーカーはぽっかりと数秒間をあけた後。
((……思い出せねェが。だが、あいつは、ニンジャと同じ目をしてやがった。
戦いたいだけの奴だ。殺したいだけの奴だ。あいつは))
アーチャーが殺気を滾らせて襲いかかろうとしたから迎撃した。
それが、バーサーカーの言い分だった。
アーチャーは人違いだと神妙な顔つきでいい。
バーサーカーはあくまでアーチャーを危険人物だという。
小梅に事実のほどは分からない。
だから小梅は、バーサーカーの言葉を優先して信じておくことにした。
二人の証言に決定的な違いはない。
判断材料が有ったとするならば、数日一緒に過ごしたバーサーカーの人柄と。
あの戦闘の途中でアーチャーが見せた、背筋まで凍るような笑みくらいだ。
アーチャーの前でこのことも聞いておくべきだっただろうか。
小梅はやはり間が悪いのかもしれない。少なくとも今日は、特に間が抜けている。
山から少し離れると、文明の光が周囲を照らし始める。
気がつけば日も落ちて、街灯が着き出す時間になっていた。
街灯を見上げ、ふとポケットをまさぐる。
取り出した携帯端末は、既に充電が完了していた。
電源をつけて、着信や新着メールを確認する。
幸子からの連絡はない。電話にかけても、今度は圏外を伝える案内が来た。
少々気になって輝子に電話してみても結果は同じだった。
便りがないのは無事な知らせ、とは言うが。
不安は際限なく膨らんでいき、小梅の小さな胸を張り裂けそうなほどにパンパンにしてしまっている。
携帯端末が使えても、結局袋小路のままだ。
少しでも情報があれば、と覗いた掲示板で、一つの気になる書き込みを見つけた。
きらりとともに小学校に向かう、という書き込み。
ひょっとして、と、絵理と別れる時からずっと頭の片隅に置いていた一つの可能性に目を向ける。
裏山の戦闘跡地に行くときも、アーチャーの言葉を聞いた時にも頭をかすめた可能性。
ひょっとして、幸子が……幸子もまた、きらりと同じように『聖杯戦争』の参加者だとしたら?
もしもこの前提が合っているとすれば、商店街のことに気を回したのも、きらりを探していたのも、小梅や輝子に無事を尋ねるメールを送ったのも、辻褄が合う。合ってしまう。
そして、辻褄が合ってしまって。
もう一度、書き込みを見つめる。
幸子は、掲示板を見ている。そしてきらりを探している。
きらりが居ると言われれば、きっと寄って行ってしまう。
小学校の方を見つめる。
幸い、裏山のような争いが起こっているような様子や、目立った建物の破壊なんかは遠目では見えない。
まだ大丈夫、かもしれない。
もしかしたら本当に、優しい人がきらりを保護して、幸子とも合流しているのかもしれない。
それでも……
もう一度、幸子に電話をかける。やっぱり繋がらない。
小梅の歩調が少し早まる。
目指す先は、書き込みにあった小学校、その付近。
書き込みからはだいぶ時間が経っている。もし小梅の考えた通りに幸子がここに向かったとしても別の場所に行っている可能性も高い。
だとしても、動かない理由はなかった。
連絡の取れない彼女と自分をつなぐたったひとつの手がかりに、すがるほかなかった。
最悪の可能性を否定するために、小梅は一人、街を歩く。
【D-2/裏山の麓/1日目 夕方】
【白坂小梅@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]魔力消費(中)、恐怖(微)、不安
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]スマートフォン、おさいふ、ワンカップ酒、携帯充電器、なのはの連絡先
[所持金]裕福な家庭のお小遣い程度
[思考・状況]
基本行動方針:幸子たちと思い出を作りたい。
1.幸子を探す。
2.きらりさんが殺人犯? 真意を知るために学校周辺へ。
3.チェーンソー男を、ジェノサイドに食べさせる……?
[備考]
※霊体化しているサーヴァントが見えるかどうかは不明です。
※アーチャー(クラムベリー)、高町なのはを確認しました。
【ジェノサイド@ニンジャスレイヤー】
[状態]霊体化、ダメージ(中)、カラテ消費(中)、腐敗進行(中)
[装備]鎖付きバズソー
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:コウメを……
0.俺はジェノサイド……
1.サチコを探すのを手伝う。
2.あのアーチャー(クラムベリー)は危険だ。
3.【ニューロン腐敗】
[備考]
☆高町なのは
テレビの映像で小学校の屋上に展開された光の槍を見た瞬間、なのはは理解した。フェイトがあの場にいて誰かと戦っている。
即座にバリアジャケットを展開し、宙へ飛び上がる。
なのはが屋上に着く頃にはもう全てが終わったあとらしかった。
誰も居なかった。フェイトも、フェイトと敵対していた誰かも。
出遅れてしまった自身の失態に歯噛みする。
この一日のうちでフェイトに出会えるタイミングとして一番可能性が高かったのはきっとその光の槍だったのだ。
フェイトについて聞き込みを続けていたことで、その重要な合図を見逃してしまった。
しかし、止まってはいられない。心に喝を入れなおし、周囲に目を配る。
ひょっとしたら、フェイトはまだこの周辺に残っているかもしれない。
そこで見つけたのが、裏山の戦闘痕だった。
かなり大規模な戦闘痕。屋上の戦闘も考えるとフェイトが居る可能性はあると思えた。
だが、結局は空振り。
アーチャーと再会し、また一人別の参加者と知り合えたものの、肝心のフェイトは居ない。
(フェイトちゃん……)
アーチャーの言葉を思い出す。
学校での戦闘、裏山での戦闘。更にアーチャーを襲撃したバーサーカー。
いくつかが同一人物による戦闘としても、危険人物が集まりすぎている。
誰かしらが結託し、この周囲で参加者を襲撃しているかもしれない、という理屈も頷ける。
ならば、その結託した人物の狙いは誰か。少なくとも、可能性が高いのはフェイトだろう。
そう仮定すれば、フェイトが魔法を使った理由も納得がいく。
だが……
(もし、フェイトちゃんが、誰かを襲ったとしたら……?)
聖杯戦争以前のフェイトのことを思い出す。
なのはが彼女に襲われたことだって一度や二度ではない。
彼女は願いを叶えるためなら誰かを襲うことだって厭わないだろう。
フェイト側から誰かを襲った可能性も否めない。
フェイトが捕獲令を逆手に取って参加者を集めた、とまでは言わないが……
追い詰められたフェイトは戦う子だ。戦ってしまう子だ。
それを、なのははよく分かっている。
追いつきたい。
戦わせたくない。
悲しい目をした彼女に、これ以上悲しんでほしくない。
独りよがりかもしれないけれど。
それでも、なのははフェイトと会い、もう一度言葉を交わしたいと思っていた。
上空から彼女の姿を探す。彼女の魔法の痕跡を探す。
広い街の中だ。空の上からでも彼女の目立つ金髪は影すら見えない。
フェイトはもう臨戦態勢を脱したのか、魔力の反応の尻尾すら捉えることは出来ない。
(どこにいるの、フェイトちゃん)
フェイトのことを除けば、なのはの状況はかなり恵まれている。
キャスターの手によってレイジングハートは格段にパワーアップした。
また、キャスターは聖杯戦争を解明し脱出を行いたいと言ってくれた。
この聖杯戦争を止めようと動くアーチャーも見つけた。
小梅や彼女の知り合いである絵理という少女のように聖杯を望まない参加者についても知ることが出来た。
きっと、フェイトの力にもなれる、そう信じていた。
風が頬を撫でる。なのはの焦りと裏腹に、街の空気は既に冷えきっている。
フェイトを探す熱のなかに、すんと冷えた感覚が蘇ってくる。
思い出したのは、裏山に駆けつけた時に上空で見た光景。
アーチャーのあの瞳は、決して『襲撃者に対しての感情』だけではなかった。
なのはが今まで見たこともないような感情が、あの奥に隠れている。そんな気がした。
【D-2/小学校上空/1日目 夕方】
【高町なのは@魔法少女リリカルなのは】
[状態]決意、焦り
[令呪]残り三画
[装備]“天”のレイジングハート、バリアジャケット
[道具]通学セット、小梅の連絡先
[所持金]不明
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界に戻る。
1.フェイトを探し、話をする。
2.フェイトを見つけたらアーチャー(森の音楽家クラムベリー)に連絡する……?
3.もし、フェイトが聖杯を望んでいたら……?
4.キャスターの聖杯戦争解明の手助け。
5.『死神様』事件の解決。小学校へ向かう。
[備考]
※アーチャー(森の音楽家クラムベリー)、
白坂小梅&バーサーカー(ジェノサイド)を確認しました。
※天のレイジングハートの人工知能は大半が抹消されており、自発的になのはに働きかけることはほぼ不可能な状態です。
ただし、簡素な返答やモードの読み上げのような『最低限必要な会話機能』、不意打ちに対する魔力障壁を用いた自衛機能などは残されています。
※天のレイジングハートに対するなのはの現在の違和感は(無~微)です。これが中~大になれば『冥王計画』以外のエンチャントに気づきます。
強い違和感を持たずに天のレイジングハートを使った場合、周囲一帯を壊滅させる危険があります。
※
木原マサキの思考をこれっぽっちも理解してません。アーチャーに対しては少々不安を覚えている程度です。
※通達を確認しました。フェイトが巻き込まれていることも知りました。フェイト発見を急務と捉えています。
☆アーチャー
殺気を放って相手の行動を釣りだすまでは上手くいった。バーサーカーらしく、素直に戦いに乗ってくれた。
なのはの横槍が入るのは予想外だった(アーチャーが驚くほどの速さで空を駆けてくる、というのは流石に予想出来ない)。
それでも言い繕えるように言葉には気をつけておいたので急場はしのげたらしい。
小梅たちが何かをいらないことを言っても、なのはは素直で良い子だ。言葉を鵜呑みにしてアーチャーを襲撃するようなことはないだろう(もしそうなれば望むところではあるが)。
なのはがアーチャーに真実を聞いてきたならば、その時改めて『音』を聞いて彼女を言いくるめればいい。
アーチャー・森の音楽家クラムベリーはヨガのポーズそっくりな状態のまま思考を巡らせていた。
思考の内容は先ほどの戦闘ではなくその後、高町なのはと彼女の魔法について。
詠唱なしで発動された拘束魔術。
アーチャーの高位の対魔力を貫通して効果を及ぼすということは、単なる魔術ではないのだろう。
高町なのはの魔力の反応がやや特殊だったことを考えれば、何かのトリックがあることを推測するのは容易だ。
幸い、そういった手合いとの戦闘も行ったことがある。
『シスターナナ』。自身の望んだ相手の力を増幅させることの出来る魔法少女。
(となると……彼女の後ろにも誰かが居るのでしょうね)
『誰か』について考える。おそらくその『誰か』は彼女のサーヴァントなのだろう。
他者に対してあそこまでの練度の強化を掛けられるとするならば、魔術師であるキャスターか。
キャスターだとすれば、陣地の状態などにもよるが万全の状態が気付ける頃合いを見計らう必要があるだろう。
次の戦闘に思いを馳せながら、身体に力を込める。
なのはが放った拘束魔術は今もまだ解けそうにない。クラムベリーの言葉に律儀に従っているのか、それとも気がそれているのか。
拘束から逃れるために実体化を解いてもいいのだが、解いてもまだ拘束が解けなかった時を考えると実体化したままの方がメリットが多い。
実体化さえしていれば、射程内のどの距離にも宝具を用いた攻撃をすることが可能だ。霊体化していては迎撃が出来ない。
単純な警戒だけではない。
攻撃手段を潰してはいけない理由が、アーチャーをじっと見つめていた。
「さて、そろそろいいんじゃないですか。あの三人はもうだいぶ離れましたよ」
ぎしぎしと鎖に力を込めながら、誰もいない方向に声をかける。
声に引きずられるように、木立の向こうが揺れた。
そして、神妙な顔をした壮年の男性が、ゆっくりと姿を現した。
「ああ、いえ。そっちの……私の後方右側の、木の上に居る貴女の方に言っているんです」
ぴたり。
アーチャーの方に歩み寄ろうとしていた壮年の男性の足が止まる。
それと同時に、バーサーカーとの戦いの時からずっと続いていた咀嚼音も止まった。
しばらくの沈黙のあと。
「やっぱり、音だ」
ちょうど、アーチャーが指摘した方向から、そんな声が返ってきた。
声は続ける。
「風圧とか単なる衝撃波とかじゃ感じない。こう、耳の奥がキーンとなる感覚。
似たような帝具を知ってる。確か、『大地鳴動ヘヴィプレッシャー』って言ったかな」
太めの木の枝の揺れる音。
枯れ葉や草を踏みしめて着地する音。
姿は一切見えていなかったが、アーチャーの超聴覚はその音を漏らさずキャッチしていた。
アーチャーが高町なのはとはまた別のその少女に気づいたのは、バーサーカーとの戦闘中だった。
不意に足音が一組増えた。魔法少女の聴力すら超えた『森の音楽家』の超聴力は白坂小梅の方へと向かう新たな足音をしっかりと聞き分けていた。
魔法少女の視力を持っても目視が出来ないことから相手を『気配遮断のスキルを持つサーヴァント』と判断して対処した。
『マスターを攻撃しない』と断言した衝撃音波の一発目も実際にはバーサーカーを狙わず、このサーヴァント(おそらくアサシン)を狙って放ったものだ。
その後はアサシンの接近に気づいていない白坂小梅たちの代わりにアーチャーが彼女を牽制しながらバーサーカーと闘い。
なのはの介入以後もじっと息を潜めていたアサシンを、アーチャーはずっと捉え続けていたのだ。
アサシンと思わしき少女は、アーチャーにバレたことも計算の内というように、話を続ける。
「居場所が分かったのも音の応用? 蝙蝠みたいに音波で人の居場所を探るのか、それともあるいはどんな小さな音でも聞き届けるのか」
「その推理を聞かせてくれようと思ってここに? だとしたら……」
「よく言うね。あのまま私が逃げれば、私の方を殺してたくせに」
身も蓋もない一言だが、その少女の言葉は正鵠を射ていた。
言葉通り、アーチャーはアサシンが逃げようと行動を起こした場合攻撃を仕掛けるつもりで居た。
殺すまではいかなくとも、手負いにできればそれで十分。、
なのはを言いくるめて音を頼りにアサシンを追い、始末する。
その辺の枝を折るくらいとまでは言わないが、それでもかなり容易なことだっただろう。
「じゃあ、逃げられないと分かって……それで、どうするんです?」
我ながら意地の悪い質問だ、とアーチャーも思っている。
なんと答えようが、結果は変わらない。
『闇討ち』を選ぶ程度の戦闘力であるならばアーチャーはなのはの魔法で五体が拘束されていようと勝てる自信があった。
もしも高火力の宝具があるとしても、文字通りの音速を超えなければアーチャーへの決定打たりえない。
少なくとも、そういったクラスの宝具は持ち合わせていない(持ち合わせていれば、アーチャーとバーサーカーの戦闘の時点でバーサーカーのマスターは殺されていただろう)と判断できた。
つまり、どんな状況であれ負けようがない。身を縛られていたとしても、優位に立っているのはアーチャーという状況だった。
「いいね」
アサシンは雁字搦めのアーチャーに歩み寄り、目の前でお菓子を食べながら、にんまりと笑った。
それは、生殺与奪の権利をアーチャーに握られていると冷静に自己分析した人物にはそぐわない、とても愛くるしい笑みだった。
食べかけのお菓子を口に放り込んで、アサシンは続ける。
「願いとか、夢とか、そんなのどうだっていい。ただ単に戦って相手を倒すのが大好きって顔。
私は好きだよ、そういう顔も、そういう人も。
だからこそ、私がアンタに言うのは『命乞い』なんかじゃない。何より鋭い『敵対』だ」
ぱん、ぱん。二度手を打ってお菓子の欠片を叩き落とす。
と同時に立ち上がり、アサシンは、ゆっくりと帯刀していた刀を抜いた。同時に木立の向こうで立ち尽くしていた壮年の男性が霞のように消え去った。
「私じゃ逆立ちしたってアンタに勝てないってのはさっきのでよく分かった。そうと決まれば方法を変えるだけ。
今後は表立って動くような真似はしない。アンタに影すら見せないよ。
汚く、狡猾に動き回って、他人を操って、アンタにぶつけることにした」
アサシンが魔力の鎖の間に刀を滑り込ませ、負荷をかける。
鎖はそろそろ限界だったらしく、アーチャーの身動ぎに合わせてぱきぱきと音を立てて崩れ落ちてしまった。
アーチャーが立ち上がってもなお、アサシンは余裕を保ったまま。
「私はこれからこの山を降りて、出会う主従皆に取り入ってアンタのことを伝える。さっきのバーサーカーとの戦いも含めてね。
それとは別に、私自身の宝具にも磨きをかけて、アンタを殺せるように機会を伺う。そうすることにした」
「『した』ですか」
「そう。もう決めた。止めるなら止めればいい、殺すなら殺せばいい。アンタにかかれば私なんて、そこの木の枝を折るのと同じくらい簡単に殺せちゃうだろうし。
でも、私を殺せばアンタはまた続けることになる。あの子……なのはだっけ。との目眩ましの友好的な関係みたいな、きっと足枷にしかならない、戦うための下準備をね」
一息か、二息かで言い切った。ほぼ間をおかずに言い切った。
それはきっと、
宣戦布告に分類されるのだろう。
それでもアーチャーは、その宣戦布告を受けて、身の鎖が取れたばかりだが今度は心を縛り上げられたような気分になった。
「ふふ」
清々しいほどの啖呵を聞き届け、思わず笑いが溢れる。
「命乞いはそれなりに聞いてきたと思いますが、そんな提案を持ち出されたのはさすがに初めてです」
死にたくないとか。
見逃してくれとか。
あの子だけは助けてとか。
地獄で待ってるとか。
お前を呪ってやるとか。
恨み節を綴る人物は大勢居た。特に気にせず殺してきた。
でも、生死の際に追い込まれ、『もっと強いメンバーを集めて襲撃するから首を洗って待ってろよ』といいながらのうのうと逃げようとする相手は流石のアーチャーも初めてだった。
「でも、こういうのも素敵でしょ」
そう言い切るアサシンの顔には、弱者特有の卑屈な表情は浮かんでいない。
彼女はあくまで対等なサーヴァントとして、アーチャーを倒しうる存在として、アーチャーに戦いを挑んでいる。
さらに戦闘に対するアーチャーの心根を半ば直感で見抜いて、その心根を揺さぶるように誘惑しているのだ。
更なる嵐の前触れか、それとも一時の満足感か。
そしてアサシンの読み通り、ここで一時の満足感程度で満足できるのならば、森の音楽家クラムベリーは英霊の座に残るような大悪党として祭り上げられては居ない。
「もしまた同じ状況になっても、同じ言い訳は通用しませんよ」
「あはは、じゃあ気をつけないと」
いたずらっ子を叱るみたいにアーチャーが言えば、アサシンはいたずらっぽく笑う。
(アーチャー側にもうそんな気はほとんどないが)今もなおアーチャーに命を握られているというのに、豪胆なものだ。
「あ、そうだ。場所。どこか指定はある?」
あまつさえ、誘った以上の気配りとでも言うのか、戦いたい場所なんてものも聞いてくる。
非常識だ。何かがおかしい。狂っているといえば狂っている。さすがのアーチャーもこんな相手だとは想像できなかった。
「そうですね……海辺の廃工場地帯でどうでしょう。分かりやすいですし、適度に人目に付き難くて気兼ねなく戦えそうですし」
「じゃ、そこでサーヴァントに襲われたことがあるって吹いて回ろうかな」
また少しだけ言葉を交わし。
ころ
「期待して待っててよ。次に刃を向ける時には、きっと暗殺してあげるから」
交渉の最後に添えられるのは面と向かっての暗殺宣言。先ほどよりも鋭く尖った抜身の宣戦布告。
言い終わったアサシンは無防備な背を晒し、手を振りながら宣言通り山の麓目指して歩き出す。
その堂々たる去り方には、アーチャーも思わず笑ってしまうしかない。
追撃をする気なんて霧散していた。それほどまでに愉快な提案だったのだ。
歩いて行くアサシンの背中を追いながら、おや、と思い立ち、声をかける。
「学校のほうへ?」
「まあね。私のマスターが待ってるかもしれないし」
隠すこともせずマスターの居場所を晒す。相手はもう完全にアーチャーを『そういうもの』だと認識しているらしい。
まあアーチャーもマスターを探し出して殺すなんて無粋な真似はしたくないから、その認識は大正解なのだが。
「じゃあ、少しご一緒しましょうか」
合わせるように同じ方向に一歩を踏み出すと、アサシンは振り返り、少し苦々しげに笑った。
「はは。変なの、なにそれ。一応私たちもう敵同士なんだけど」
「いいじゃないですか。一時間や二時間じゃ戦う用意もままならないでしょう」
アサシンも流石に笑っていた。どうもこの提案は向こうも予想しなかったらしい。
アーチャーとしては別段特別なことを言っているつもりはない。
トットポップがするりとアーチャーの胸中に入り込んできた時と同じように、アサシンもまたアーチャーの心を惹いてならない。
戦闘に関する心構えが違う。きっとアーチャーとは別種の修羅場をくぐり抜けてきたんだろう。
そんな彼女の置かれていた環境やそこで培われた感覚、戦闘倫理などについて、有り体に言えば興味があった。
「ちょっとそこまで。その間、お話でもどうですか」
「……話してる間って気配遮断はどうなんだろ。姿を覚えられると困るんだよね」
「ああ、それは……お互い、困りますねえ」
二言、三言、言葉を交わしながらアーチャーはフード付きのコートを羽織る。
「じゃあ、遮蔽物の多い森を抜けるまで。会話の内容も有益なものに限る、としましょうか」
「……情報交換? 敵同士で?」
「貴女の役にも立つと思いますけど」
「それもそっか」
黒尽くめと並んで歩くセーラー服。遠目に見れば、とても仲が良いように見えるかもしれない。
二人揃って少しばかりの休符を打ちながら、二人で山を降りていく。
☆アサシン
アサシン自身、力に溺れた戦闘狂は何人も見てきた。そういった類が耳を貸しそうな話題にも少しは心得があった。
また、アーチャーがただの戦闘狂ではなく相手を選び頭を巡らせる理知的なタイプであることも『なのは』と呼ばれていた少女とのやりとりから見抜いていた。
エスデス将軍やセリュー・ユビキタスのような精神性の手合ならば一撃目できっちり殺されていただろうと考えれば、今の状況は……変な相手に気に入られたものだ、という悩みを含めても万事良好と言って差し支えなかった。
(……なんとなく甘いよね。どこもかしこも)
アーチャーの隣を歩きながら、他愛もない会話の裏で考える。
音を操り戦場で舞うアーチャーを殺す、その手段を。
アサシンの自己分析の通り、正面きっての戦闘での殺害はまず不可能だろう。
アサシンはもちろんとして、バーサーカーと呼ばれたサーヴァントを音の攻撃を使わずに一方的になぶり殺しにできるだけの能力を搭載している。
並大抵のサーヴァントでは歯が立たない。
必要なのは、並大抵ではないサーヴァントか、あるいは……
(傷一つ)
ちらりと目を切った先にあるのはアーチャーの左手。バズソーを受け止めて傷ついた掌。
普通は避ける。
なぜならばそのバズソーに何らかの呪術や毒物が仕掛けられていたなら、悶絶しながら……あるいは悶絶する間もなく死ぬからだ。
乱戦の最中に叩きこまれた顔の傷はまだしも、出会い頭のあの一撃は受ける必要のない一撃だった。
その傷はアーチャーの油断や慢心の証拠に他ならない。
アーチャーは戦闘を楽しんでいる。傷を受けることも、傷を与えることも、楽しいことの延長にある。
もしも『掠り傷一つで相手を殺せる能力者』相手にこの油断や慢心の隙を突かれたならば、即座に殺されてしまうだろう。
戦闘狂としても甘く、戦闘に挑む気概もまた甘い。それがアサシンのアーチャーの評価だ。
(となると、その『掠り傷一つ』が最善かもしれないね)
最初に思い浮かんだのは姉の姿だった。
『一撃必殺村雨』。たった一撃のみで相手を殺しきる文字通り必殺の呪いが込められた刀。
彼女の致傷を軽視する傾向につけこみ、かすり傷でも殺せる能力を叩き付ける。
手数の多さ、能力の強さ、そして高いポテンシャル。そのすべてを無視した文字通りの『必殺』こそが彼女を殺す切り札足りえるだろう。
(でもそんなに都合よく居るかな)
もしも可能性があるとするならば、暗殺者のクラスなのだろうが。
暗殺者のクラスが何人いるかも分からないし、都合よく必殺宝具を持っているとも限らない。しかも手駒に出来るとも限らない。
道筋としては最善だが、実現できる可能性は三騎士や更に強いバーサーカのような規格外や複数のサーヴァントを炊きつけて襲わせるという身も蓋もないものよりも若干低いかもしれない。
(あーあ……居るといいのになあ)
もしもアカメが居たならば、アサシンの願いは容易く叶う。
それでも、世の中がそう上手く回ってくれそうにないことはアサシンだって知っていた。
アサシンはこの気のいい外敵と少々の情報交換を交えながら、とびきりの暗殺方法を考え続けた。
【D-1/裏山/1日目 夕方】
【アーチャー(森の音楽家クラムベリー)@魔法少女育成計画】
[状態] 魔力消費(微)、顔に痛み、掌に切り傷(治癒中)
[装備] 黒いフード付きコート
[道具] なし
[思考・状況]
基本行動方針: 強者との闘争を求める
1.アサシン(
クロメ)とともに学校地区(D-2)へ。
2.学校地区周辺で戦える人物を探す。
[備考]
※
木之本桜&セイバー(
沖田総司)、
蜂屋あい&キャスター(
アリス)、高町なのは、アサシン(クロメ)、白坂小梅&バーサーカー(ジェノサイド)を確認しました。
※
フェイト・テスタロッサを見つけてもなのはに連絡するつもりはありません。
※小学校屋上の光の槍(フェイト)を確認しました。
※アサシン(クロメ)と情報交換しました。どの程度聞いたのかは後続の書き手の方にお任せします。
※アサシン(クロメ)から暗殺を宣言されました。ちょっとワクワクしています。
【アサシン(クロメ)@アカメが斬る!】
[状態]実体化(気配遮断)中
[装備]『死者行軍八房』
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取る。
1.戦闘の発生に注意しながら索敵。
2.機会を見てマスターのもとに帰る。その時のマスターの様子次第で知世を躯人形に。
3.アサシンらしく暗殺といった搦手で攻める。その為にも、骸人形が欲しい。
4.とりあえずおとなしく索敵。使えそうな主従を探す。
5.アーチャー(クラムベリー)は殺したいけど、なにか方法は……
[備考]
※
双葉杏をマスター(仮)として記憶しました。
アーチャー(クラムベリー)、
江ノ島盾子&ランサー(姫河小雪)、高町なのは、
大道寺知世、白坂小梅&バーサーカー(ジェノサイド)を確認しました。
※八房の骸人形のストックは一(
我望光明)です。
※B-3(廃工場地帯)でアーチャー(森の音楽家クラムベリー)の襲撃を受けたという情報を流すと宣言しました。
どの程度流すかはその時のアサシンのテンションです。もしかしたらその場しのぎのはったりかもしれません。
※アーチャー(クラムベリー)と情報交換しました。どの程度聞いたのかは後続の書き手の方にお任せします。
※アーチャー(クラムベリー)と敵対しました。彼女が『油断や慢心から一撃を受ける可能性』と『一撃必殺の宝具ならば感嘆に殺せる可能性』を推測しました。
最終更新:2017年03月09日 16:41