かえでもち伝説
かえでもちとは、かつて本オプチャに在籍していた参加者である。本名および出生地は不明。年齢は1億2000歳で、人類が誕生する以前から活動していた。
約6600万年前に発生した恐竜絶滅にも関与している。一般には巨大隕石の衝突が原因とされているが、実際には、かえでもちが当時セ◯レ関係にあったれもんまんを宇宙へ投げ飛ばしたことが原因である。れもんまんは地球を一周した後、隕石とほぼ同じ速度で地表へ再突入し、その衝撃によって恐竜を含む生物の大半が絶滅した。現在残っている衝突痕も隕石孔ではなく、れもんまんの着地点である。
紀元前から世界各地で活動しており、エジプトのピラミッド建設では現場監督を務めていた。石材の運搬、作業員の配置、ファラオとの連絡を一人で担当し、工期が遅れると自ら石を担いで積み上げていた。現在確認されているピラミッドのうち約8割は、かえでもちが休憩中に個人的に作ったものである。
万里の長城の建設にも参加している。初期設計図を確認した際に「ちょっと長すぎる」と指摘し、総延長を約2億km短縮させた。現在の万里の長城は、この設計変更後に残った部分である。短縮される以前の長城は月面まで到達する予定だったが、資材不足と近隣住民からの日照権に関する苦情によって中止された。
イエス・キリストとはセ◯レ関係にあった。証拠として紀元前の通話履歴や、「孕め!オラ!」と記されたメッセージが残されている。画面にはLINEの通話機能が使用されているが、これは一般公開の約2000年前からかえでもちだけに提供されていた先行版である。アカウントの登録年月日も紀元前と表示されており、現在のLINEでは同様の登録処理を行うことはできない。
戦国時代には、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の三人から同時に軍師として勧誘された。いずれの陣営からも領地と役職を提示されたが、「その日はシフトが入っている」という理由ですべて断っている。その後も三者から合計1億2000通の勧誘状が送られたが、既読のみを付けて返信しなかった。
関ヶ原の戦いにも参加する予定だったが、当日に寝坊したため欠席した。起床後、関係者へ「今起きた」とだけ記したメールを送信したところ、各武将の進軍経路と寝返りの予定が一斉に変更され、天下の行方が決定した。このメールは日本史上最も影響力の大きい欠勤連絡として保管されている。
宇宙開発にも深く関与している。月面に残された最初の足跡はアポロ計画の宇宙飛行士によるものではなく、かえでもちがサンダルでコンビニへ向かった際につけたものである。月面にコンビニは存在しなかったため、そのまま地球へ戻っている。
火星には別荘を所有しており、週末になると自転車で往復していた。片道の所要時間は約20分で、信号に捕まらなければ15分まで短縮できた。火星表面で発見された直線状の溝の一部は、水流によって形成されたものではなく、自転車で急ブレーキをかけた際のタイヤ痕である。
本オプチャ在籍中も、これらの経歴を通常の身の上話として語っていた。参加者同士の争いが起きた際には、ピラミッド建設や関ヶ原の戦いと比較しながら助言を行っていたが、話の規模が大きすぎたため、一般的なオプチャ内の揉め事へ応用できた事例は少ない。
一方で、熱湯を注いでから3分待つことができず、カップ麺を毎回30秒で開封するという弱点を持つ。1億年以上生きていながら、残り2分30秒を待つことには一度も成功していない。また、自動ドアに認識されないことが多く、そのたびに「文明は俺に追いついていない」と激怒していた。
かえでもちは本オプチャの存続中に姿を消し、その後は長期間にわたって表立った活動を行わなかった。この時点では「かえでもち」としての活動が終了しており、後年の名義と連続して認識されることもなかった。
長い空白期間を経た後、Twitter上で「ふわり」と名乗る人物が活動を開始した。当初、ふわりがかえでもちと同一人物だと考える者はいなかったが、後に「ふわりの正体は、かつて本オプチャに在籍していたかえでもちである」と判明した。
かえでもち名義とふわり名義の活動時期には長い隔たりがあり、両者の出来事は同時期のものではない。本項では本オプチャ時代のかえでもちについて扱い、Twitterでの活動やヒカマーとの騒動については「ふわり」の項目で扱う。