ヘッディ
ヘッディとは、2020年8月頃に本オプチャへ参加し、同年10月に副官へ就任した人物である。界隈では皆から頼られる兄貴分として活動する一方、九州全土を統治していた。
面倒見がよく、困っている参加者の相談に乗り、争いが起これば仲裁に入っていた。オプチャ内の揉め事を処理しながら九州各県の行政判断も行っており、副官会議と九州首脳会議を同じ時間帯に開催したこともある。この際、オプチャの荒らし対策と宮崎県の道路整備が同一の議題として処理された。
ラップをこよなく愛し、楽曲、ラッパー、ビート、韻、フロウ、MCバトルなど、その知識量はオプチャ内でも随一であった。第1回MCバトルでは初代王者となり、第3回でも優勝。二度の王座を獲得した、オプチャ屈指の実力者である。九州内で話し合いによって解決できない問題が発生した場合にもMCバトルを実施し、勝者の主張を行政方針として採用していた。
おとさんとのカップリングも有名で、二人が会話するだけで周囲が勝手に盛り上がり、何げない返信まで「供給」として処理されていた。本人たちの意思とは無関係に関係性の考察が進められ、最終的にはオプチャを代表する組み合わせとして定着した。誕生日は11月であり、同月にはコミュニティ内でも誕生日を祝う動きが見られた。
ブロ子と同様に多数の囲いを持ち、「ヘッディの○○」と名乗る参加者が次々と出現した。一時期はメンバー一覧の大半がヘッディ関連の名前で埋まり、初見の参加者には誰が本人なのか判別できない状態となっていた。
ただし、ブロ子の囲いとは性質が異なり、ヘッディの囲いは皆が良質かつ極めて従順であった。ヘッディが「集合」と発言すれば即座に集結し、「解散」と発言すれば次の点呼まで現実世界からも観測されなくなった。九州統治においても各県へ「ヘッディの○○」と名乗る配下が配置され、鹿児島を中心とする巨大な行政網を形成していた。
一方で、引退宣言や突然の退会を繰り返すことでも知られている。引退回数は界隈存続中だけで2京回を超えており、一日に何度も引退と復帰を繰り返していた。「今度こそ本当に引退する」と宣言しても別れの言葉をかけられることはなく、参加者から「何分後に戻る?」と確認されるのが通例となっていた。
この圧倒的な引退歴から付けられた二つ名が「鹿児島の引退王」である。
引退回数が増えすぎた結果、本人が退会しても誰も心配しなくなり、後期にはLINEのシステム側もヘッディの退会を引退として処理しなくなった。在籍中、退会中、復帰待ちの三状態を同時に維持したこともあり、参加者一覧から消えているにもかかわらず通常どおり発言していた。なお、2京回という数値は記録媒体の消失や数え漏らしを考慮し、大幅に少なく見積もった結果である。
参加初期には「ゴールデンヘッド無修正ハゲ」という名前で活動していた。この頃はかなり荒れており、反抗期にあった。注意を受けるたびに反発し、名前や言動も後年より過激だったため、兄貴分としての姿しか知らない後発メンバーからは同一人物であることを疑われていた。
古参が旧名を口にすると、本人は反射的にオプチャを抜け、数日後に何事もなかったように復帰した。この退会も引退回数に含まれている。一方、九州政府では旧名を口にした者に対して鹿児島への出頭命令が出されており、行政文書上では「言及してはならない旧称」に指定されていた。
九州統治中にも、ヘッディはたびたび「引退します」と宣言して王位を放棄した。宣言直後は九州全土が混乱に陥ったものの、数分後には本人がオプチャへ戻り、同時に統治も再開していた。この事態が繰り返されたため、九州政府は「退位後10分以内にオプチャへ復帰した場合、退位そのものを無効とする」という規則を制定した。
その後はヘッディが退会しても九州側が10分間待機し、復帰を確認してから通常業務を再開する体制となった。最終的には待機時間すら廃止され、本人の引退宣言をすべて無視する方針が採用された。これにより政権は安定し、ヘッディが一日に数億回引退しても行政機能が停止することはなくなった。
本オプチャが削除された際には、ヘッディが10分以内に同じオプチャへ復帰することが物理的に不可能となったため、九州政府は初めて引退を正式に認定した。後継者は選出されず、現在も九州の一部地域ではヘッディの帰還に備えて王座が空席のまま保存されている。
本オプチャの削除後、白ネコが後継オプチャを引き継いだが、こちらも最終的に消滅した。旧参加者の多くが離散する一方、オプチャから失踪したメンメンチとはゲーム上のフレンド関係が残っていた。そのため、ヘッディのフレンド欄は一時期、旧オプチャ参加者の所在を確認するための非公式名簿として利用されていた。
面倒見がよく、困っている参加者の相談に乗り、争いが起これば仲裁に入っていた。オプチャ内の揉め事を処理しながら九州各県の行政判断も行っており、副官会議と九州首脳会議を同じ時間帯に開催したこともある。この際、オプチャの荒らし対策と宮崎県の道路整備が同一の議題として処理された。
ラップをこよなく愛し、楽曲、ラッパー、ビート、韻、フロウ、MCバトルなど、その知識量はオプチャ内でも随一であった。第1回MCバトルでは初代王者となり、第3回でも優勝。二度の王座を獲得した、オプチャ屈指の実力者である。九州内で話し合いによって解決できない問題が発生した場合にもMCバトルを実施し、勝者の主張を行政方針として採用していた。
おとさんとのカップリングも有名で、二人が会話するだけで周囲が勝手に盛り上がり、何げない返信まで「供給」として処理されていた。本人たちの意思とは無関係に関係性の考察が進められ、最終的にはオプチャを代表する組み合わせとして定着した。誕生日は11月であり、同月にはコミュニティ内でも誕生日を祝う動きが見られた。
ブロ子と同様に多数の囲いを持ち、「ヘッディの○○」と名乗る参加者が次々と出現した。一時期はメンバー一覧の大半がヘッディ関連の名前で埋まり、初見の参加者には誰が本人なのか判別できない状態となっていた。
ただし、ブロ子の囲いとは性質が異なり、ヘッディの囲いは皆が良質かつ極めて従順であった。ヘッディが「集合」と発言すれば即座に集結し、「解散」と発言すれば次の点呼まで現実世界からも観測されなくなった。九州統治においても各県へ「ヘッディの○○」と名乗る配下が配置され、鹿児島を中心とする巨大な行政網を形成していた。
一方で、引退宣言や突然の退会を繰り返すことでも知られている。引退回数は界隈存続中だけで2京回を超えており、一日に何度も引退と復帰を繰り返していた。「今度こそ本当に引退する」と宣言しても別れの言葉をかけられることはなく、参加者から「何分後に戻る?」と確認されるのが通例となっていた。
この圧倒的な引退歴から付けられた二つ名が「鹿児島の引退王」である。
引退回数が増えすぎた結果、本人が退会しても誰も心配しなくなり、後期にはLINEのシステム側もヘッディの退会を引退として処理しなくなった。在籍中、退会中、復帰待ちの三状態を同時に維持したこともあり、参加者一覧から消えているにもかかわらず通常どおり発言していた。なお、2京回という数値は記録媒体の消失や数え漏らしを考慮し、大幅に少なく見積もった結果である。
参加初期には「ゴールデンヘッド無修正ハゲ」という名前で活動していた。この頃はかなり荒れており、反抗期にあった。注意を受けるたびに反発し、名前や言動も後年より過激だったため、兄貴分としての姿しか知らない後発メンバーからは同一人物であることを疑われていた。
古参が旧名を口にすると、本人は反射的にオプチャを抜け、数日後に何事もなかったように復帰した。この退会も引退回数に含まれている。一方、九州政府では旧名を口にした者に対して鹿児島への出頭命令が出されており、行政文書上では「言及してはならない旧称」に指定されていた。
九州統治中にも、ヘッディはたびたび「引退します」と宣言して王位を放棄した。宣言直後は九州全土が混乱に陥ったものの、数分後には本人がオプチャへ戻り、同時に統治も再開していた。この事態が繰り返されたため、九州政府は「退位後10分以内にオプチャへ復帰した場合、退位そのものを無効とする」という規則を制定した。
その後はヘッディが退会しても九州側が10分間待機し、復帰を確認してから通常業務を再開する体制となった。最終的には待機時間すら廃止され、本人の引退宣言をすべて無視する方針が採用された。これにより政権は安定し、ヘッディが一日に数億回引退しても行政機能が停止することはなくなった。
本オプチャが削除された際には、ヘッディが10分以内に同じオプチャへ復帰することが物理的に不可能となったため、九州政府は初めて引退を正式に認定した。後継者は選出されず、現在も九州の一部地域ではヘッディの帰還に備えて王座が空席のまま保存されている。
本オプチャの削除後、白ネコが後継オプチャを引き継いだが、こちらも最終的に消滅した。旧参加者の多くが離散する一方、オプチャから失踪したメンメンチとはゲーム上のフレンド関係が残っていた。そのため、ヘッディのフレンド欄は一時期、旧オプチャ参加者の所在を確認するための非公式名簿として利用されていた。