――こんな格言を知ってる?

 『我一歩を退くれば彼一歩を進め、我一日優游すれば彼一日精熟す』

 ……真木保臣の言葉ですね。


 カリカリカリカリ、音を立てるのもはしたない。意識せずともなじませなければならない。
聖グロリアーナの校風は正しき規律の元に在り、ユーモアを交えて洒落を利かせても決して粗野であってはいけない……。
…そこまで杓子定規でもないが。オレンジペコは周囲を見計らって小さく伸びをする。彼女は頑張り屋である。

 聖グロリアーナの戦車道、隊長たるダージリンの秘書のような役割を努めながら、その地位にも胡坐をかくこともなく、日夜励んでいる。
学道における成績についても、ダージリンの茶目っ気のような格言についても。(ちなみに最近は後者が切迫してきていた)
ただ、オレンジペコはそのことを苦だとは思っていない。たまに思うことはあってもそれ以上に、尊敬する隊長たちと一緒に過ごせることが楽しいのだ。

 周囲を見渡す。ぎっしりと整理された本棚に、静粛を含んだ日光がときたま残されて舞い上がる埃をキラキラと照らし出す。
他にも勉学に励む子女たちも、雰囲気の中に溶け込むように各々が振舞っている。無論、品のない音は聞こえない。
ちょっと首を動かしたことさえ――場を乱したような気分になる。まあ、ペン先が立てる音にまで気を配ったり、そのため緊張で固まらなくともいいのだろうけれど。
自然体で、こうやって雰囲気を作り出せるような人になる。ペコはそんな風にグロリアーナの校風を感じていて、そして、彼女は素直で――従順だった。

 ――でも、辟易はしているんですよ。最近ダージリン様の格言、輪をかけて増えてきている気がしますし、マイナー所をついてきてる気がしますし。

 たぶん気を許してくれている証で、何度も何度も本当にしつこいくらいに聞いてくる行為自体があの人の親愛表現なのだろうと。
彼女は溜息と歓喜を混ぜた顔ではにかむのだった。


 ――こんな格言を知ってる?

 『正義は社会の秩序なり』

 ……アリストテレスですね。


 目の前の数式に没入していたとき、オレンジペコは、ぽん、と、肩を叩かれ、後ろを振り返った。
アッサム様は――ダージリン様と対比して少しデータ主義に寄り過ぎているきらいがある、と噂されているけれど、こういうお茶目さもある人だ。
ルクリリの方を見た彼女は、ぽかんとしてから…しょうがない人ですねえといわんばかりのへにょりとした表情をした。これぐらい受け入れてくれるひとだとわかっていた。
突然声をかけて悪いな。一区切りが付いたのなら一緒に休憩しないか? ペコは今度こそしょうがないと顔にわかりやすく書き足した。

 おずおずと立ち上がり……アッサムはオレンジペコの座っていた椅子を彼女が直すより先に直す。ルクリリは先に歩いて行って直すペコをじっと見ている。
お手を煩わせてしまってすみませんと、ペコは気にするなと軽く手を開いた先輩に、自分も聖グロリアーナの一員であると安堵して、
小走りでルクリリの後を追いかけた。この人のすらりと足は歩幅が広くて、追いつくには彼女には一苦労だ。

 こういうところがある先輩――常識的なのだけれど少し横柄……というには言い方が悪いか。ともあれ我が強い人。あの人ほどではなく……だから可愛がられるのだろうか。
追いついて微笑むルクリリの快活さの溢れる雰囲気に、頼り強さを感じとってオレンジペコは思った。ダージリン様もこの人の方がいいでしょう?


 ――こんな格言を知ってる?

 『あなたの上司に対するあなたの考え方や評価を変えなさい。あなたが肯定的に評価すれば、相手もそのようにふるまうでしょう』

 ……アメリカの宗教家、ジョセフ・マーフィーの言葉です。


 連れ立って階段を下りていく。聖グロリアーナという女子高の清廉なる洒落さ、というのは個々の建築物にも表れている。
それぞれの階層は眩しすぎるほどもなく落ち着きしかし陰気さを遠ざけていて、大階段には窓を広くとって解放感を出しながら、室内に不思議な淡い光源をもたらす。
この優しげな雰囲気と繊細な心配りが、オレンジペコは大好きで――だからこそその一員であって、大好きな学校の大好きな先輩に認めてもらえるのがとてもうれしかった。

 ――あら……という声が聞こえる。アッサム様が口元を手のひらで覆って、ルクリリ様だったら、指で日光の方向をさした。ちょうど太陽が向かい側にある時である。

 ……今は夏至よりそう日付は変わっていません。だから、今の時刻なら太陽はきっと私に対して……。

 心なしか湿度が上がってきていた。オレンジペコは伝う汗を拭きとって周囲を見渡した。日射病には気を付けなくてはならない。この状況で体調を崩すのは自殺行為だ。
絞り上げるように照り付ける太陽の下で、彼女はアッサムからの指示を愚直に守り続ける。不意に、爆発音が響き渡り、ついで構造物の崩れる音がした。
悲鳴が上がり、アスファルトの上で陽炎がユラユラと揺れ始めている。向こう側の住宅群を炎が舐めている。

 ――ローズヒップ? あの娘/あいつ、何をしているのかしら/しているんだ?

 その言葉に、見えた光景はどのようなものだっただろうか……オレンジペコは言葉につられるようにそちらを向いた。

 視線の向こうで大輪のような笑顔を浮かべたローズヒップが、肩をブルンブルンと音が立たんばかりに振っている姿が見える。
……その時、はしたないと思ったからだったか?
 けれどもローズヒップの周囲の人々は微笑ましそうな、あるいは慈悲の表情を浮かべて……彼女だと気が付く前の嘲りの表情を消して。
さて、あのダージリンからの――寵愛を得るために、そのとき彼女は何をしていたか? 

 風船が木に引っかかってしまったと泣く幼子に彼女は、一切の躊躇もせずローファーを突き立て登っていくだろう。
アッサムはそれを見て仕方がない娘だと、優しげに微笑みながら思ってもない注意をする。

 もしくは不意に訪れた夕立、降られた子猫に傘を貸して、分け目もふらずに駆け出したりとか。
ルクリリ様はぽかんとして後に、はははっっと思わず漏れ出したような笑いを浮かべて、傘を持ってくれと私に言うかもしれない。

 ……ローズヒップの抜擢は、ダージリン様がそんなところに惹かれたから……たかが? そんなことで?


 ――こんな格言を知ってる?

 『拙き者はすべての言を信じ、賢き者はその行を慎む』

 ……ソロモン王、でしたか?


 思いもよらない、小賢しい計算の外。今のような――媚びるがごときまがい物の純粋さ、ダージリン様はそんなものに注意を払ったりしない。
ローズヒップはとにかく真っすぐだ。愚直な真っすぐさ、けれども聞き耳を持たないわけではなく、諫められたのなら、きっちりとそれを守る。
そして、分かっているからダージリン様もいちいちあの人の行動に制限をかけたりしない。ある程度の自由裁量を認め、道を逸れていかないように見守った。
ローズヒップはだから、さっき私が考えたような単純な連想みたいな行動を――取ったり取らなかったりする。ただ、中途半端なことをするようなことは、きっとないのだろう。

 今は逆光状態だ。太陽が邪魔になってしまう。この海方面からの道からは、あまり来てほしくはない。幸い見通しの良い大通り、この道を利用しようと思うものは…きっと少ない。

 オレンジペコはローズヒップの行動が突飛すぎて驚かされたり、陳腐過ぎて眉を顰めたりした。愚直に目標に向かってその手段を取り続ける人は前に進み続ける。
それはしっかりとした自分の道であり、照らし出されている何よりもわかりやすい道。ダージリンが示して彼女が自分のものにしようとしている道だった。

 ああ、そうか。あの人を見て観衆たちがああいう風に笑うのは、置いてきぼりにされていきたくないからか。
道をなかなか進むことができない人たち。自分の道が見つからなくて自信を失いかけている人たち。彼らは、彼女の行く末が既知のものだと思い込んで、安心しようとするのだろう。

 図書館の窓から、此方に向かって駆け始めたローズヒップを見た。隣にいる敬愛する先輩、聖グロリアーナの先輩が好意的にそれを見て、不意に、此方の反応をうかがう。
オレンジペコは一瞬の停滞を悟らせないように自然な表情をしようとして、曖昧な笑みをその顔に浮かべた。彼女は、ローズヒップが苦手だった。

 時が経てば――太陽はこちら側に来る。向かって来る者に対して逆光となってこちらより有利になるだろう。自分がすべきことはただ指示を待ち敵を撃滅することだ。
だから、状況判断以外の思考はただ鈍らせていけばいい。今何を考えたとしてもそれは行動を鈍らせていくだけだ。……このような思考さえも必要がない!

 オレンジペコは瞬きをした、ポタリ、っと一筋の汗が顎を伝って落ちた。『……聞こえる?』アッサムの声が、トランシーバーから漏れ、簡易な指示を受け取る。
炎上する住宅街に視線を移し、次いで大通りに対して意識を動かしていく。逃げ行く人影を見たならば容赦なく仕留めなければならない。気を張る。緊張が体を包んでいく……。

 ――逆方向! 海の方から、参加者が……!

 彼女は……人影を見つけた。不用心にも大通りを全速力で走っている人影。未だに状況が把握できていないのか、あるいは状況が把握できていないのか。
アッサムからの指示は、周辺警戒と狙撃である。オレンジペコは姿を確認し、対戦車ライフル――もうすでに十二分に威力を確認しているそれを構え、引き金に手をかけた。
同時に、トランシーバーの電源を……、オレンジペコはローズヒップが嫌いだった。太陽は南東に差し掛かって、アスファルトの舗装道路が日の光を照り返した。

 太陽は逆光である。



 ――こんな格言を知ってる?

 『徳なき恐怖は忌まわしく、恐怖なき徳は無力である』

 ………………………………………………………………………………
………………だれ?






 アリサは目を覚ましたときには、自身が寝床で大きな一体の毒虫に変わっているのではないかと思った。
視覚からは何の情報も伝わってこないで、鼻は何かドロドロとしたもので塞がってしまっている。頬っぺたの周りがザリザりとしている気がする。

 意識が、遠い。

 ちゃんとした自我はフワフワと闇の中に浮いているのに、身体と繋がっている部分だけがそこから切り離されて流れ揺蕩う様子を遠くから眺めていた。
今の時間は……多分放課後に違いない。彼女の失った視界の中で、身体の表面にオレンジ色の光に伴う空気。やがてぬるくなって冷えていく対流を味わっているのだ。
鼻から空気を肺に取り入れようとすると――異様な臭いと強固に詰まった何かに面倒くさくなり、口を少しづつ少しづつ開ける。
あまりにもおっとりしていてすっとろい動きのせいか、半開きにするだけでも酸欠でギリギリだ。アリサは思いっきり息を吸い込もうとして、ザリ、取れかけの取っ掛かりの感覚にひるんだ。

 浅い呼吸を繰り返していると――周囲の状況、その欠損を脳が勝手に補完していく。今は夕方16時、ケイ隊長とナオミが訪ねてくる。
真っ暗な深海のような深海の中で隊長たちは彼女に色々な話をする。ケイが端的でわかりやすいクスッとするような話をすれば、ザリ、ナオミは滅多に言わない弱音を吐く。
ただ、アリサはその裏にある彼女たちの必死の配慮を感じ取っていた。感じ取っていたから、彼女たちに感謝を抱きながらも二度とあの時が返って来ないことに絶望を感じたりする。

 彼女は自分の腕をなぞった。浅い擦り傷、軽い怪我の痕跡かなぞられたところがひりひりとしている。
そういえば、タカシは訪れてくれるのだろうか。……いいや、来なくてもいいかな。アリサは溜息を吐いた。ザリ、それでも少しでもこちらに気を払ってくれれば、うれしいけれど。
……ケイ隊長も、ナオミたちも、どうして私に気を払ってくれるのだろう。自分にはまあ、それなりには能力がある。それは作戦立案能力だったり、ある面では小賢しさだったり。
けれども人格的にはどうだろう? こんなこと普段は考えないはずなのに、思ってみればアリサ――自分は、あんまり彼女たちに好かれるような性格はしていない。

 あの全国大会のあと――アリサはケイ隊長にたっぷりと絞られた。半分……涙も出ていた……いや、半分どころではなかった。それをナオミは同情するようなせせら笑うような……
顔でアリサを見ていたのだ。アリサはそれに腹を立てて、……憧れた。ザリ、ケイ隊長もそうだが、ナオミの浮浪雲のような部分、鋭く光るような格好良さだとか。
すらりとした足の長さとか……。だからこそ、解せない。何故隊長たちは――ザリッ、サンダースはアリサを受け入れてくれるのか?

 これから時間が経てば、父親がアリサの病室を訪れるだろう。母親がいなくなってから、アリサの父親は彼女を男で一つで育ててくれた。
アリサは負担を掛けてしまっている父の負担を少しでも軽減してやりたいと、強く振舞うようになったのだと思う。ザリ、無駄に刺々しくて憎まれ口を叩いて。
でも根底は甘えん坊だったのだ。幼少のとき、なくなってしまった温もりを埋めたくてたまらなくなっていたこともある。
よく弱さを見せて際限なく人に頼り切りにしたくなる。それを隠そうとしても周囲にはバレバレで、情けない姿ばかりみせている。

 ……ああ、そうか。皆は許してくれていたのか。甘えも受け入れてくれていたのだ。ザリ、他でもない自分自身だと。この人はこういう人だと。
ケイ隊長もナオミも……もしかしてアタシがそこから一歩進んで行くのをずっと待っていてくれてたのではないか。
少なくともこの甘えは自分ではわかっていたことなのだ。これに対してしっかりと切り替えができるようになっていたのなら。
きっと自分に自信が持てていた。皆に認めてもらおうと……どうにか恩を返したいと空回りすることもなかったのに。

 父親の手が彼女の頭を撫でつけた。この暖かさのためならば、私は言いようのない寂しさだって我慢できたし、現実にだって立ち向かえて行けた。

 ケイ隊長がこちらを向いて大輪の花のような笑顔を見せた。この人のために頑張りたいって、偏屈な自分も思えた。この人の喜ぶ顔が見たかった。

 ナオミがこっちに手を差し伸べてくれる。今だって私を引っ張っている。ザリ、彼女は……ザリ。認めたくないけれど、アタシの操縦方法がうまかった。
でも、アタシを一番に理解してくれる人だった。ナオミだって、あたしを信用してくれていた。ザリッ、自分で言うのもなんだけれど、多分親友みたいなものだった。

 ねえ、みんな。あたし、頑張ったよ。皆のために、皆みたいに、大洗の子を助けようと頑張ったよ。ねえ、だから。ザリッ、だから――

 アタシを褒めてくれるよね。身体中痛くて痛くて溜まらないし、ザリッ、顔は匂いも感じない、目の前も真っ暗。こうなるまで頑張ったんだから、みんな褒めてくれるはず。
ケイ隊長、アタシは頑張りましたよ! ナオミ、どんなもん? アタシにしてはすごいでしょ。お父さん、私頑張ったんだよ。ねえ、褒めて、褒めて。そしてこの高揚感のまま――。

 アタシを消してくれるよね。なんだか、どんどん冷えてきている気がする。視界の中は暗くっても周囲の陽光は感じていたのに、それさえも消えている。
……そういえば、今自分の身体は、引きずられているのだろうか? 煙はたっぷり吸いこんで脳の中はすっかりくらくらしている。ああ、駄目だ、駄目だ。この感覚は……あの日の……。

 ……おいていかないで。だんだん寂しくなってきた。何がどうなっているのか? 引きずられている。誰かに、動きが止まる。置いていかれる。さみしいよう。お母さん……。

 アリサは引きずられて何かの上に乗った。それは確かな温かみがあった。彼女はそれに抱き着いてうわ言のようにつぶやいた。これがある限り、彼女は寂しくなかった。

……お母さん……おかあさん……。






 「あなたたち、まるでダージリンの分霊箱みたいね」

 ……分霊箱、ですか。

 「そう。我らが英国の誇る小説。ダージリンという抜きんでたカリスマを切り分けた」

 「緻密な計算と大胆な大雑把さ。従順で健気な献身と気まぐれで直な聖愚者」

 ――ねえ、アッサム。決して彼女の色だけに聖グロリアーナを染めてはいけないわ。


 汗が――垂れる。日光が差し込んできていた。
アッサムは数日前までの生活の痕跡を、かき集め選り分けては積み上げていく。埃が積もった傷だらけのクリアファイルを――繊細な手つきでぶちまけていく。
首筋が蒸れている。パーカーに無理やりに詰め込んだ髪の毛は、彼女の汗を滴らせて不快指数を上げていた。
その白絹のような手にさえ浮いてくる汗を拭き取って、乾いた紙をハサミで切り分ける。

 湿度が上がっている。この空き家だけではなく、地域一帯の湿度が。……急がねばならない。
白熱灯に切り取った紙を巻き付けていく。今、殲滅戦の舞台となっている大洗町、水道と電気はいまだに動き続けている。
その事実は、自分が乗らねばならない状況を浮き彫りにしているのだ。アッサムはマッチを……抜き取ると一息に火をつけた。下に落ちている幼児用の服が映し出された。

 再び一息でマッチの火を消した。これも消していくべき感傷に過ぎない、このような気持ちを抱くこと自体言い訳がましい軟弱さだ。
彼女は巻き付けた紙にマッチを挟むと、白熱灯のスイッチに手をかけた。電気のついていない薄暗い部屋が照らされ、視界に仲睦まじい家族の記念写真が入ってくる。
この場所は、誰かの居住空間、誰かの思い出の場所。誰かの……。毛布を白熱電灯にかける。これで周囲の建物からはわからないだろう。

 逃げた二人が侵入できないであろう建物侵入し繰り返し同じ作業を続ける。そこに何の感慨を持つ必要もない。意識を向けるべきことは奇襲の警戒とオレンジペコからの連絡。
そして、巻き付ける紙の長さの計算だ。その後に……ぶちまける可燃液。周囲から見えにくいガレージや、なければ少々燃焼効率が悪かったとしても台所用品で代用する。

 あの二人は……今は行動を縛っている。あの死体、大洗生徒の死体が爆散していく様子はそれこそ罠の存在を強烈に印象付けたであろう。そして狙撃手の存在が示唆されており、
あの時点では戦闘に対しての意識が乏しい。その上、断続的に周囲に響き渡っている銃声は活路に対しての積極性を失わせるには十分だ。
彼女たちは動けず、動けたとしてもこの住宅街はすぐそばに見通しが良すぎる国道が二本走っている。対戦車ライフルの存在が脳裏にある以上は、
分かれて逃げたとして、鴨打ちになってお互いに死に行く可能性が高いことは明白だ。
入り組んだ道からも銃声が響き渡っている今、選ぶ行動は状況確認から好転までの待機であり、この死地を脱するための作戦を立案している。……大洗のプラウダ戦のように。
ただし、あのときと違うのは、二人の間には関係の蓄積時間が乏しく、お互いに警戒を張らなければいけないということだ。

 こちらはあちらが何らかの行動を取る前、あるいは籠城を選択する前に――じわりじわりと仕掛けによる包囲の網を狭めていけばいい。そして、そのまま――握り潰すのだ。

 その時である。彼女のスマートフォンがけたたましい音を経てて、動画を再生し始めたのは。

 それは――悪意だった。アッサムが考えていた策略としてのそれを遥かに超えた悪意。
悪辣でいて、そして特定の人物に向けての確実な効果を孕み。目にした者すべての心に怪物を放り込む。
恐怖、強壮剤、免罪符、毒。逃れがたき呪い。

 ――あの娘だけの聖グロリアーナにしてはならないわ。この学校の栄光はダージリンの栄光だった……このままではそう言われかねない。

 民家の布団でスマートフォンを覆う。決して、音が漏れていかないように。

 「ペコ……」

 『どうかなさいましたか、アッサム様』

 ペコの声はさっきと変わりがなかった。そういえば……アッサムは思い出す。彼女が下級生だったころ、ダージリンには内緒だと……先輩にかけられた言葉は。

 ――アッサム、あなたはダージリンと同じ地平に立ちなさい。あの娘ときちんと対立して、そしてダージリンを守ってあげて。 

 「……変わりはないわね。警戒を続けなさい。もうすぐ始まるわ」

 『わかりました』 

 アッサムは毛布から端末画面のみを出すと、凄惨な動画に気を払いながら、同じ作業を続けた。
同じように衣服を積み重ね、同じように紙を電球に巻き、同じようにマッチ棒を挟み――同じように電気を点けた。
そうして、彼女はぼうっと浮かぶ自身の影を見た。壁に向かって実像より大きな影がぼんやりとうつり――。
視線がまた、今度は違う家族の写真に切り替わる。アッサムはそれを取り出すとびりびりに破りさいて、捨てた。






 銃弾の音が一発鳴るたびに、彼女の存在は揺すぶられた。
 爆発音が一回なるたびに、彼女は引き裂かれていくような気分になった。

 大洗は、彼女の故郷だった。この土地で生まれて、育ってきた町。彼女は片親で……必然外で遊ぶ機会は多かった(親が心配しない程度ではあるが)。
丘向こうの学校に向かって歩いて行った、見通しのいい通学路。黄色い帽子を持って、黄色い旗をかざして、列をなして歩いて行った。
たまにはお父さんに孝行してやろうと、商店街の方を歩いたことがある。お小遣いを握りしめて勢いだけで出てきたものだから、何をどれくらい買えばいいかわからず、
肉屋の人がこれをこれくらいだけ買えばいいよと、紗季ちゃんは可愛いから少しおまけだって、当時からあまり愛想もよくなかったのに汲み取って可愛がってくれた人たち。

 また、爆発音がした。あのときの商店街の方角だった。

 丸山紗季にとって……殲滅戦という現状は非日常の極致たるものである。しかし、彼女、あるいは大洗学園のある種の生徒たちには、他の生徒とは決定的に違うものがあるのだ。
彼女の、彼女たちの故郷は、まさに今、殲滅戦、すでに幾人もの人々が命を落として言っているこの大洗町に他ならなかった。

 初めは現実感がなかった。前に見ていたはずの風景なのにどこか違っている気がした。そしてそれは気のせいではなかった。彼女の記憶にある人々の喧噪や、
時期により移り変わる生活音、道行く人々の服装、そして、彼女の友達や家族。『大洗町』という社会を構成するいち要素がきれいさっぱりと消え失せてしまっているのだ。

 だから、彼女はここが違う場所だと思った。同じような場所を見つけてきて、きっとそこを使っているだけなのだ。自分たちの故郷は現実に変わりない日々を過ごしているのだ、と。
けれども、戦闘音が響いていくたびに、それは彼女の街の思い出を少しづつ少しづつ壊していく。殲滅戦という異形が、彼女の日常をどんどん汚していく。

 丸山紗季は無口で、鈍感なように見える少女、少女だがそれでも単なる少女なのだ。そして彼女の寄る辺はとても少ない。それは学校と友人、故郷と家族だった。
どんどんどんどん削れていく。大洗が故郷でなければよかった。故郷でなければ、学友の死は目に入ったもののみが事実だっただろう。
けれども、ここは彼女が人生のその大半を過ごしてきた地域。鳴り響く音はその破損と伴うものを想起させずにはいられない。

 「紗季……?」

 予期せぬダメージ、彼女に降りかかっているそれに気が付けるのは唯一一緒にいる人物、アリサだけだった。けれどもその深度を測るには彼女たちの関係はまだあまりに浅く、
紗季という少女はあまりにも無口過ぎた。アリサに気が付けたことは、自体の打開について一緒に考えている途中、紗季の身体が小さく震えていることだけだ。
大丈夫? という気遣いの声に、丸山紗季は小さく首を縦に振ることしかできない。これ以上のものを出して知ったのなら、彼女の心の堤はすぐにでも決壊してしまいそうだった。
ただ……

 「何、この音……? スマートフォン?」

 その音は轟音となって――丸山紗季のささやかな抵抗を踏みにじって行く。

 ――――少女が電動ドリルを押し付けられる。

 彼女は知らなかった。世の中には他人に対して、躊躇もなく凄惨なことができる人がいることを。

 ――――電動ドリルが、表面の薄い肉を削っていく。

 彼女は知らなかった。人の悪意とは――ときに何をも超える残虐性を持っていて、向かう対象はただ運によってのみ定まるのだということを。

 「―――――ッ!」

 ――――先端が白い骨を捉える。
 ――――神経に障ったと思わしき少女が、激しく痙攣し始める。

 彼女は知らなかった。彼女の過ごしてきた町に――大好きな皆がいる大好きな街に、こんな悪意が存在することが許されることを。

 「――――あ、ッ」

  ――――ドリルの歯が交換される。行為が続行される。

 彼女は――知っていたのに。この町が持つ人々の暖かな感情と、向けていてくれていた慈愛の視線を。

 「……ああああああ、あ」

 アリサは――スマートフォンを捨てることができない。家の外に放り投げてしまえば、今自分たちを襲う恐怖からは逃れることができる。
けれども、それは将来の自分たちの命を放り投げてしまうことと同意義だ。必然的にアリサにできることは、紗季に声を掛けながら背中をさすってあげることぐらいだ。

 「大丈夫…! 大丈夫だから……」

 自分でも根拠のない言葉だと思った。そしてアリサ自身も恐怖と不安を強く抱えていた。それに耐えられたのは向けられていた悪意がまだ他人に向かっていたから。
しかし、その他人事はすぐに彼女たち二人に対しての出来事になった。


 彼女たちに対する悪意が――同時多発的に燃え広がる。






――始まった。

 アッサムは、火の巡りが最も遅くなるであろう構造物の中で、己が仕掛けた罠が人々の思い出を飲み込んで炎上し始める様子をじっと見つめていた。
時間差で炸裂する発火装置。白熱灯に巻く紙の長さを変えれば、発火までの時間をある程度コントロールすることができる。
この炎はいずれ、この一帯を灰にする大火災となるだろう。その中であの二人の敵、我々が生き残るために、排除しなければならない者たちを沈めるか、狩らなければならない。
期限は、積乱雲がこの空を覆いつくすまで。

 (やっぱり……湿度が上がってきていて、気圧も下がり続けてる)

 これは、夕立どころか、台風クラスの低気圧がやってきているかもしれない。もしそうだとしたら、視界が完全に塞がるほどの大雨と防風を覚悟しなければならなくなる。
その状況では、罠どころか、遠距離武器のほとんどが屋外では役経たずだ。近距離射程でお互いに殺しあう……恐ろしい泥仕合になる。

 (それまでに状態を整えなければ――あの二人を仕留める)

 決してくだらない感慨に飲まれることはない。どんな手を使ってでも、オレンジペコを――ダージリンを、聖グロリアーナを守る。

 彼女の悪意が、二人を飲み込んでいく。

 「……逃げなきゃ! 紗季!」

 アリサはすぐに、周囲が放火されて(どんな手を使ったのか、周りを大きく囲むように発火し始めた)いることに気が付いた。
彼女はすぐに紗季の手を引く、けれども動かない、数時間前まで嫌だといってもついてきた少女は、今度は止まったように動いてくれなくなってしまった。

 「紗季! 行かないと…死んじゃうわよ!」

 そのとき――アリサが見た丸山紗季の表情は、一体どんなものだったのだろう。
丸山紗季という少女は思ったより表情豊かなのだなと、この数時間で感じていた。その印象が吹き飛んで行ってしまうような、ぽっかりと開いた絶望の眼。
アリサが目が合った、と思った時には彼女は動き出していた。けれども、アリサはもう何事も声に出すようなことはできない。

 周囲の射線を、彼女たちにできる限界まで警戒しながら民家を出る。家の前の道は左右に十字路。ただ、曲がり角は視界が影になっていて見えない。
炎がじわりじわりと延焼してきている。彼女たちのところから、化学物質を含んだ真っ黒い煙が天上に向けて吹きあがっていた。
右に行けば国道に出る。ただあまりに見晴らしが良すぎる。うかつに出て行ってしまえば狙撃の良い餌食だ。
左に行けば住宅街に続いていく。しかし、先ほどの様子からこの殲滅戦に乗った何者かが潜んでいる可能性は否定できない。

 「どうしよう……」

 そのとき、紗季はアリサの手を引っ張って、左に向かって駆けだす。その足取りには迷いがなく、だからこそ不気味にアリサには感じられた。
紗季…、本当に大丈夫?! さっきまで意思疎通ができていた彼女が、今度はまるっきりこっちの意志を無視している。
まるで、何か、嫌なものが彼女の中で固まってしまったみたいに――――

 角を曲がった。丸山紗季が足を止める。アリサはそれにつられて足を止めた後に彼女が何かに指をさしていることに気が付いた。
見えにくいように配置されている……それは細工された糸、走り抜けたなら引っかかっていただろう其れは、いわゆる、ブービートラップだ。
紗季はそれをじっと見つめて、次に辺りを見渡し、最後に、アリサに向かって体ごと振り向いた。

 「どうかした? 紗季――ッ!」

 丸山紗季は、微笑んでいた。 諦観を含んだ瞳は、彼女から異様なほどの儚さ、まるで月夜にやれる薄のような、今にも消え去ってしまいそうな何かを感じさせる。 
アリサが慮るような声をかける。再び。紗季は向こうの建物を指さした。縦長コンクリート製の建物であった。抜けられるよ。彼女が口を開く。本当に平坦で、穏やかな声だった。

「……! 行くわよ!」

 そのまま走っていこうとしたアリサを、紗季の小さな手のひらが制する。そして、今度は曲がって向こうの建物を指さして、呟く。「先に、」
狙撃手がいるかもしれない、ということだ。アリサは察する。そして、頷いた。走り抜けたならば高々5M程度だ。それくらいならば、急造の狙撃で当たられるはずがない。
かくして、アリサは走った。後ろにいる少女と出会った時のように、今度は少女との距離はぐんぐん離れた、離れるといってもまだ彼女の姿が目視できる距離、
アリサは振り返る。促すつもりだった。彼女に大丈夫だって、早く来て、と。
けれども、アリサが見たのは、同じような微笑みを浮かべ――足元のトラップワイヤーにナイフを突き立てる姿だった。






「国道を固めなさい、ペコ」

 果たして、仕掛けていたブービートラップは炸裂する。今、アッサムの目の前には左足が脛あたりから大きく抉れ気を失った大洗の生徒が一人。
手榴弾が破裂、内容物が飛び散る瞬間に後ろに飛び、上半身を塀を挟んだ曲がり角に隠したのだろう。周囲に人影はなく、それぞれ建造物には完全に火が回り、隠れられる隙間はない。

 アッサムは周囲の警戒を怠らない。彼女が侵入した十字路……その死角をクリアー、完全に人影がないことを確認し倒れている女生徒に目を向けた。
見覚えがある少女だ。アッサムは聖グロの情報部門、その部門長のような立場にある。確か、一年生チーム、そこの……装填主だ。
――彼女個人についての利用価値は少ない。大洗関係者を利用しようとするならば、他に価値のある立場のものが何人も巻き込まれているだろう。

 ……彼女の処遇を決めなければならない。左足は脛からがほとんど吹き飛び、その他下半身には火傷、擦過傷、創傷が多数。出血は多い。すぐさま手当てしなければ死に至るだろう。
ただ、それまでには、しばし時間がかかりそうだ。意識が戻ったならば、数十分苦しみぬいた末に彼女は死んでいく。死なせてやるのが、慈悲だろうか?

 アッサムは極力煙を吸い込まないように気を付けながら、少女を見つめた。慈悲慈悲……いや、感傷で殺すべきではない。ない、が……。
オレンジペコはすでに手を汚している。あの純朴な村娘のような少女でさえ殺人者となったのだ。ならば自分も、ここで手を汚さなければならない。
彼女は銃を取り出し、ゆっくりと紗季の頭部に向けて構えた、不思議と、震えたりはしなかった。しなかった。しなかったのに……。

 なぜ、このタイミングで撃たなかったのか! 

 丸山紗季は目を開けていた。頬は痛みに引きつっていて顔色は青をとりこして土色だ。此方を見る瞳にも何の力も籠っているようには見えない。ただ、純粋に疑問だけが浮いている。

 「どうして……」

 紗季はそうつぶやく。呟いて、じっとアッサムを見つめ続けている。真っ暗の瞳の中で、アッサムだけが像を結んでいるように見える。
何かを企んでいるのか? アッサムの心に疑念が浮かんだ。なぜ、ここまで冷静でいられるのか、確かに死につつあるのに。
彼女と一緒にいたサンダースの生徒……彼女がどこかに潜んでいるのだろうか。いや、無理だ。周囲の建造物には完全に火が回りつつある。確認したことだ。
ならば、此方を巻き込んでいくような罠か何かを仕掛けてあるのか? いや、ここに来るまでにあまり時間はなかった。大した仕掛けなど設置はできないはずだ。

 アッサムは少女の全身を見渡した。手のひらは開かれている。体の裏に何かを隠しているのか……いや、隠しているようには見えない。もはや動く速度も知れたものだ。
ただ、曇りなき瞳でこちらに対してじっと問いかけるような視線を送っているだけだ。何か隠している意味があるとは思えない。思えない、が……。

 拷問してみるべきではないのか?

 先ほど流れた映像、少なくともこの殲滅戦の舞台にはあれ程の悪意をもっている人間がいるのだ。ならば、……ならば。
こちらとしても、その程度の悪意に対して慣れて置かねばならないのではないか。土壇場にて躊躇するような真似をする訳にはいかないのだ。気圧されるわけにはいけない。
いかなる手段さえも取らなければならないのだ。

 「何を……企んでいるの?」

 アッサムは紗季の指先、爪に向かってナイフを向けると、鉛筆を削るようにひと息に削ぎ落とした。
少女の身体が大きく震え、喉奥からかすれ出るような声と大きな息が出た。瞳が、揺れている。揺れながらこちらを見つめている。

 「…………っどうしてぇ」

 「何を考えているの?」

 アッサムは繰り返す。深く抉り過ぎて内部に埋まった骨が見えてきた。繰り返す今度は爪の部分だけをうまく剥がすことができた。繰り返す。
大洗の生徒は痛みで失禁している。繰り返す。どうして? どうしてだろうか。繰り返す。どうして。

 ……そういえば、幼少のときアリをいじっていた少年は足をもいだり、胴体を切り離すことには熱心だったのに、頭部をつぶすことは嫌がった。あれはどうしてだったのか?

 不意に、炸裂音。オレンジペコが対戦車ライフルを発射したらしい。アッサムはすぐにトランシーバーの電気を入れた。

 「……ペコ? どうしたの……?」






 アリサの銃の名はリベレーター(解放者)である。数メートルで弾道は不規則に変化し、暴発の危険さえある。ただ、その簡易なる構造と小ささは、暗殺には向いていた。
元来、レジスタンスたちのために作られた銃だったのだ。独裁者、言い換えてしまえば皇帝が弾圧していく奴隷たち、
その奴隷が皇帝を討つための銃。ただの一刺しにかける。そういう銃だ。この殲滅戦の場にて、広義の意味でそういったことが起こってはならない。
この拳銃にはそういう主催者側の願掛けが含まれている。

 建物を抜け、とりあえずの延焼地域から逃れかけたアリサの脳内に浮かんでいるのは、ただただ疑問符だけだった。
何故、彼女はあんな真似をしたのだろうか。あんな自殺のような真似を、何故? ……彼女は本当に死んだのか?
彼女の脳内で疑問符が浮かんでは消えていく。たちまち逃げていたはずの足元さえ止まってしまった。つっかえるような気持ち悪さが残っている。アリサは、振り返った。

 ――ああ、また、分水嶺。早く決断を……。

 今度は待てばいい。時間が経ってくれればいい。そうすれば今度は、選択肢自体が消滅する。安全な結果だけが残る。残るはず、なのに……。
アリサは気が付けばもと来た道を戻っていた。何故虎口に戻るような真似をするのか、アリサはただただ腹を立てていた。襲撃者に現状に、嘘をついた丸山紗季に。

 「どうして! あんな真似をしたの!」

 一言だけでも弁明を聞かなければ、熱海に上りきっているこの血は冷めない。死んでいたなら、それでいい、それでいいけれど! 生きていたならば理由を聞かなくてはいけない。
じゃないと、ずっともやもやしっぱなしだ。こんな気分でずっと過ごしていたら、きっとよくわからないうちに死んでしまう。
愚かな行いだとわかっていても、でも、理由を聞かないと……。腹が立ってしょうがない。

 燃え盛る建造物を抜けて、戻ったところで、紗季は、カッパを着ている参加者に甚振られている。塀と建物のわずかな隙間に隠れて、アリサはその後姿をじっとにらみ見つけた。

 ――だから、ねえ! どうしてこんなことができるの?!

 こちらの持つ銃は欠陥銃のリベレーターに脇差一つ。煙幕を焚いてもとどめを刺されて逃げられるだけだ。ただ、アリサは心の底から、怒っていた。犬死にする気はなかったが、
多分よく考えもせずに、さっさとゲームに乗ってこうやって甚振るような人物だと見て、本当に据えかねるような怒りを感じたのだ。

 後ろの構造物は勢いよく燃え盛っている。たぶんもう時間的猶予は少ない。何か一つ、気を惹くようなことが、起こってくれれば……。

 ――いいわ、もう、起こらなくてもいい!

 ――例えば、もう断崖絶壁に飛び込んでいくこと以外に道が残っていないとする。そして、絶対に飛び込まなければいけないとしたら、どこを見つめながら飛べばいいのか。
それは、太陽だ。湖上に写る紛い物ではなく、天空に浮かぶ太陽に向かって飛べば……きっと遠くまで飛べるはずなのだ!

 そうだ、覚えている。輝きを! どんなときだって忘れはしない! つんけんしている私を受け入れてくれた皆を。
隠し持った臆病さを見抜きながらも、一緒にいてくれた隊長たちを。そして頭を撫でつけてくれた大きな掌の感触を!
さあ、飛び込まなくてはならない。許せないものには許せないって言ってやる! 相変わらず顔は歪んで、涙を止めることはできないけれど……!
一回こっきりだけなら、太陽に向かって飛び込むことぐらい、自分にだってできるはずだ!

 ……ペコ? どうしたの? 

 かくして彼女は、一瞬の隙を突き、おおよそ距離にして1~2メートルくらいの距離から、相手の肩口を狙い、撃った!






 引きずる、引きずる。顔に大きく火傷と裂傷を負った少女を、引きずる。

 ――ああ、私は、さっき完全に悪意に飲まれて、酔って……恐怖していた……!

 あの動画は、どうやら心の奥深く気づかないような位置に深い傷を残していた。それで、ああやって、
ただこちらをじっと見つめてそれだけの抵抗しかできない相手をあそこまで甚振ったのだ。
その裏に潜んでいたのは、あの動画を流していた相手への絶対的恐怖。私は、一体何をやっているのか!

 やがて、引きずって、赤髪の少女を、さっきまで拷問していた少女の上に立てかけるようにして乗せた。

 結果がこの有様……! あのとき、あの銃が暴発していなければ、私は死ぬか再起不能の状態に陥っていた。
……この行動にも、何ら意味はない。これは慈悲の心でも、悪意の心でもない。これは言うならば――言葉は悪いけれども、言うなれば――けじめだ。
もう絶対に思考にセンチメタリズムだとか、そういったノイズを一切挟んだりしない。そうしなければ、私たちはペコを、ダージリンを、私を、セントグロリアーナを守れない。
だから、だから、だから……! もう来てしまったのか! 代償が……!

 「……アッサム様あ!」

 ああ、彼女がこっちを見ている。ダージリンの愚直さ、ダージリンの陽の部分がこちらを見ている……! 口先だけではごまかせない。

 私たちがそうやって彼女を育てたのだから!


 席は3っつ。4人の椅子取りゲーム。ただ一人だけ絶対に座れる人がいる。彼女が目を離していたのなら。

 始まるのは悲惨な食い合いである。




【C-4・民家前/一日目・昼】

【アリサ@フリー】
[状態]顔全体に火傷と裂傷、視覚、嗅覚の消失(一時的?) 気絶 怒りと後悔と恍惚
[装備]血の飛んだサンダースの制服
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:死にたくなかったけど、やったわ。だから、褒めてくれるわよね
1:紗季、どうして…?
2:置いて、行かないで。
[備考]

【丸山紗希@フリー】
[状態]左足を脛あたりから深く抉られている。下半身に擦過傷、火傷、創傷多数、深い悲しみ。絶望。気絶。
[装備]大洗女子学園の制服
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ、銃器、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:私の帰る場所は……どうして
1:どうしてこうなったんだろうねえ、紗希
2:もう無理しない方がいいよ、紗季!
3:そういう傷、痛いよね……よくわかるよ、紗季。
4:もうすぐ会えるね、紗季。
[備考]
二人の支給品は近くに転がっています。

【☆アッサム@イングリッシュブレックファースト】
[状態]左側背中に軽いやけど 強い殺意と動揺。軽い自信喪失。
[装備]制服 支給品(組み立て前ジャイロジェットピストル 5/6 予備弾18発) 支給品(ツールナイフ)モーゼルC96@カエサル支給品
[道具]基本支給品一式(スマートフォンは簡易起爆装置に) 支給品(M67 破片手榴弾×9/10) 無線機PRC148@オレンジペコ支給品 工具
[思考・状況]
基本行動方針:『自分たち』聖グロリアーナが、生き残る
1:もう、ノイズを挟んだりしない。
2:ローズヒップ……私たちは……
3:ダージリンとの合流を目指すが、現時点で接触は目的としない。影ながら護衛しつつ上の行動を行いたい。
4:病院、ホテルなど人が集まりそうな場所にアンブッシュする
5:スーパーでキャンプ用品や化粧品売場、高校の科学室で硝酸や塩酸・■■■■■■他爆薬の原料を集め時間があるなら合成する
6:同じく各洗剤、ガソリン、軽油など揮発性の毒性を有するもの・生み出すものを集める
7:ターゲットとトラップは各人のデータに基づいて……

【ローズヒップ@フリー】
[状態]健康
[装備]軍服
[道具]基本支給品一式 不明支給品-い・ろ・は
[思考・状況]
基本行動方針:ダージリンの指揮の下、殺し合いを打破する
1:アッサム……様……?
2:爆音のした方(商店街の方)に向かいダージリンを探す。
3:仲間を引き連れ、西を助けにいく


【C-4・アパートビル/一日目・昼】

【オレンジペコ@イングリッシュブレックファースト】
[状態]健康 深い喪失感と虚無感
[装備]制服 AS50 (装弾数3/5:予備弾倉×3 Mk.211 Mod 0) 不明支給品(ナイフ)
[道具]基本支給品一式 支給品(無線機PRC148×2/3及びイヤホン・ヘッドセット)
[思考・状況]
基本行動方針:『戦争は誰が正しいかを決めるのではない。誰が生き残るかを決めるのだ』……ラッセルですね。イギリスの哲学者です。
1:『もし地獄を進んでいるのならば……突き進め』……チャーチルですね。
2:『戦争になると法律は沈黙する』……キケロですね。
3:『なに人も己れ自身と同レベルの者に先を越さるるを好まず』……リヴィウスですね、そうでした。
4:『自分の不完全さを認め、受け入れなさい。相手の不完全さを認め、許しなさい』……アドラーですね。私だって……
5:『理性に重きを置けば、頭脳が主人となる』……、…………カエサルですね。
6:『人間は決して目的の為の手段とされてはならない』……カントですね。…………ごめんなさい
7:『徳なき恐怖は忌まわしく、恐怖なき徳は無力である』……ロベスピエールですね。私は……


備考
※C-4の住宅街全域に火災が発生しました。しばらくの間燃え続けます。






登場順
Back Name Next
029:embrace アリサ 048:わたしたちの戦車道
029:embrace 丸山紗希 048:わたしたちの戦車道
029:embrace アッサム 048:わたしたちの戦車道
029:embrace オレンジペコ 048:わたしたちの戦車道
025:迷中少女突撃団 ローズヒップ 048:わたしたちの戦車道

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最終更新:2019年04月29日 02:12