『少女と異常な冒険者』
世の中には、変人奇人の域を突き抜けた『異常』な人間が存在する
別名:サイコパス──無論、彼らには倫理観も優しさも欠片一つない。
このバトル・ロワイアルでも、主催者は殺し合いを円滑化する為、数人の『異常者』を紛れ込ませた。
黒崎 義裕、相場 晄、肉蝮等……。
いずれも人を殺すことに何のためらいもなく、殺害後にも一切の良心の呵責を抱かず。
人間とは、最後は情な生き物だが、その情が一切通じなさそうな圧倒的恐怖の存在が彼等だ。
自分をそんな『異常者側』の参加者だと、ボサボサ頭の女子高生・来生は信じて止まず。
支給武器のアーミーナイフをどう使うか、恐ろしい妄想を繰り広げている最中であった。
あの、『本物』と出くわすまでは────。
◆
「『殺し合い』ってさー。そんな怖いものなのかなぁー? みんななんか絶望したり泣いてたけど、私なにがそんな嫌なのか全くわかんなかったわーー」
「もしかしたら私、『異常』なのかなぁー…??」
501号室、502号室、503号室……。
ラブホテルの廊下にて、壁によりかかりながら来生はヘラヘラと余裕の態度を取っていた。
足元には開封済みのデイバッグ。
彼女が持つアーミーナイフは、ソ連の特殊暗殺部隊『スペツナズ』が発案した対人用武器なだけあって、切れ味は凄まじく。
それでいて、ギザギザとしたその刃は相手を大出血させ徹底的に苦しませる、いわば人間狩りの為だけに作られたような代物だった。
「みんな勘違いしてるけど、『死』って要するに【自分の開放】だからね。なんも怖くないし、むしろ羽ばたく一歩でしかないんだよ」
「だから私はいつ殺されようが別に…? って感じなんだけども…──、」
「────まあどうしても殺れっていうんなら、仕方ないわね。」
「たくさんの『普通な』参加者の人たちをこのナイフで【開放】してあげちゃうわー……! いひひ……っ! うふ…」
小学校の卒業文集で「好きな有名人は?」の欄に「(有名じゃないかもだけど、)グレアム・ヤング」(※アメリカの毒殺魔)と書いた彼女。
中学時代には、暗い部屋でグロまとめサイトを巡回していた彼女。
見た人が全てが不愉快に感じる絵を描く──女子高生・来生は殺人への抵抗感などすでに捨てきっていた。
────私が尊敬してる人? アドルフ・ヒトラー氏! …あっ、虐殺行為はNGだけどねー…?
深夜にコンビニで読んだ、【激!閲覧注意】とお墨付きのグロ漫画。
来生は今でもあの衝撃を忘れられない。
覆面たちが、半裸の男を生きたまま首を切断し、堂々とカメラの前に掲げ、その後まるでボールのように投げ捨てる。
隣の少年はその様子を見て泣き叫ぶが、その後少年はナイフで胴体を切りつけられると、生きたまま胴体の皮を剥がされていく。
少年が苦しみあえぎながら抵抗する中、皮は完全に剥がされる…。
剥き出しの臓器に、バクンバクンとうねりを見せる命の灯火。
一連の処刑を眼に焼き付けた来生は、戦慄する一方で、不謹慎ながら「これが…、『死』…!!!」と紙面に張り付いてしまった。
あれこそが、『自分の開放』…!!
人間が封じ込めている、不快な内側の善でも悪でもない心の開放……!!!
、と。
故に、彼女はさっそく血に染まるべく、参加者狩りへと動き出した。
(あっ、さっそく発見…)
向こうの廊下にて、無防備にも背中を曝す男が一人。
お世辞にも戦闘力があるとはいえない来生と、180cmを越す大男じゃ体格差には圧倒的不利がある。
とはいえ人間『隙』さえあれば、マッチ棒に火を付けるが如く簡単に血肉を咲かせることができる。来生もそれを承知の上のこと。
また、日頃ニュースサイトで「誰でもよかった」と言いながら女児ばかりを襲撃する軟弱容疑者との差別化を込めて、あの男を殺害することにした。
自分なら、本当に誰でも殺せちゃうんだ。と主張する為。
スタ、タタタタタタタ────ッ
来生の軽い身体が幸いして、足音などまるで無く距離を詰める。
真っ黒な刃先は命の震え様を求めて、興奮冷めきらぬ一直線ぶり。
──ほんとは関節から少しずつバラバラにしたいところだが、初心者なので息の根を止めることをまず第一優先とする。
タタタタタタタタ────ッ
距離がどんどん近くなり、いよいよ突き刺す寸前まで詰めた。
湧汗し、心臓が高鳴るこの瞬間──受験当日のようなハラハラドキドキ感に似ていたが、今は待ち遠しいと感じる感覚。
振りかざしたナイフ、あとは力を入れるのみだ。
jeff the killerに憧れて、わざと髪をボサボサにし、目の隈まで自作した来生は今、初めての殺人を行うのだった────。
(ふふっ。おめでとう…! じゃあねっ)
ガキンッ
「…………え??」
刃は通ることなく、先端が欠け落ちるのみ。
男が装着していた『鎧』が、その圧倒的ガード力を見せつけ、来生を啞然とさせるまでであったのだ。
その金属の塊は傷一つさえ付かず。
ただし、攻撃音と軽い衝撃が故に、男は背後にやっと気づき、歩を止めた。
「あぁ…………あ……っ…! そ、そんな」
「ん?」
「ヒッ!」
男は如何にもどん臭そうにゆったりと振り返る。
「やぁ。なんだい?」
「…え??」
来生が絶句したのも無理はない。
殺されかけたのを気づいてか、知らずか。
男は貼り付いたかのような、奇妙ともいえるさわやかな笑顔で振り返った。
その手に握られているのはアーミーナイフが何倍も長さで負けている、光沢のある剣。
上半身は中世からタイムスリップしてきたかのような古い鎧で纏われており、そして、
「ひ…」
なによりも、下半身はなぜか『何も』履いておらず。健康的で太い股と、男の象徴を完全露わにしていた。
「ひっ…」
「ひいっ…」
「ひ、ひいぃいいぃぃぃぃぃいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!!!!!!!!!!!」
「ひぃいいやぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ───────っ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
来生の『心からの絶叫』が飛び出した。
「初めまして、だな。俺はライオス。ダンジョンで魔物飯の探求をしている──いわば冒険……、」
「な、なななっ、何よッ?! あんたァッ??!!」
「………………………………?」
「…俺はライオス。ダンジョンで魔物飯の……、」
「そんなの聞いてないわよっ!!!! ど、どど、どうして!!──」
「──…パッ、パン…ツ、……を履いてな……いのよ………………?」
たった一瞬で。
脚がわなわな震え、呼吸がおかしいくらいに乱れる。
眼の前の狂人を相手に、肩が、指先が、心臓が、胃腸が、顔が、歯が、声が。
何もかもがマグニチュード5.0強で、それでいて足は疑似金縛りが如く動いちゃくれなかった。
会話は必要とせずとも、パッと見だけで確信できる──『ライオス』と名乗る男の狂酔っぷり。
下はできるだけ見ないように怯える来生に対し、ライオスとやらはフレンドリーに接しだした。
──空気などまるで読んでいない、そんな雰囲気が違和感たっぷりで恐怖の域だった。
「あぁ、これか…」
「ひいっいぃいいいぃぃぃい!!!!」
「俺もさっき気付いたんだが、コイツは『動く鎧』の亜種でね。魔物なんだよ」
と言いつつ、男が指を向ける先は下半身ではなく、自身の首。
金属の首輪型爆弾をコツ、コツ…と爪で叩くと、
~にゅるにゅるにゅるにゅるっ…! ズルズルズル……
首輪の隙間から二本の赤い触手のような物が飛び出してきた。
「ひぎぎいいぃぃいっ????!?!?!!!!」
ライオスは語る。
この触手の持ち主は貝類生物──いわば『魔物』で、普段は鎧などの中に寄生し、産卵する肉食類だという。
魔物の資料集によると、貝類生物にも沢山の突然変異体があるらしく、中には危機を悟ったら空気中の酸素を発火させ『自爆する』種もいるようだ。
彼らの生態を利用すれば、すなわち。
「こうやって『首輪型爆弾』も作ることができる。…驚いただろう? 首輪の正体は魔物なんだ!」
と、一連のセリフを物凄い早口で飛ばし、目つきは異様なくらいにギョロッギョロギョロしながら興奮しきっていた。
「へー、そ、そうなんだ…──、」
「────だなんて言うと思ったのッ???!!!??!?! は、はは、は話そらしてんじゃないわよぉッ…!!!!」
来生の顔は涙と鼻水と汗でベッタべタになり、下まで濡らしていないのは奇跡というくらいに、【恐怖】で慄いていた。
金縛りは相変わらず足を雁字搦めにして離さない。
歯がガタガタと狂躍する中、にじり…にじり…と。
ライオスは一歩ずつ距離を詰め始めた。
「そこで、なんだが……」
「ひぃいいぃぃぃぃぃぃぃーーっ…!!!!」
一歩ずつ、着実に。
「君の首輪…、見てみたいんだが…。俺の探求に協力して…くれないか?」
「びびぃいいいいいいぃぃっっっっっっ!!!!!!」
ライオスの徐々に拡張していく瞳孔は、明らかに来生の顔を見ていない。
彼が見ている先は恐らく、彼女の首輪。
──そこに潜んでいる、あの気持ち悪すぎる虫みたいな生物を。
彼は『それだけ』を確実に捉えている。
「魔物を…取り出したいっ! …行く行くはその味を君と確かめてみたい……!!」
「いいいぃぃぃいいいいいいぃぃぃ!!!!!!」
鼻息の狂いきった荒さが、来生の顔全体を覆っていく。
まるで、キスする勢いの距離まで。奴は詰め寄ってきた。
──いや。もはやキスなり、なんなら強姦なりで終わってくれたほうがもはや幸せであった。
ヤツの発言はさっきから常軌を逸している。
特に首輪が何やら~…と恐ろしく、何を考えているのかさっぱり分からない。
「なあぁ…?」
「んぎゅぎいいっっっ…!! ……!!!!…っ────────────────────────…!」
肩をがっちり掴まれた時、来生の絶叫なんかもはやモスキート音といえるくらい高い声と化していた。
脳は真っ白寸前で「──────────」と脳細胞が一粒一粒プチプチプチプチっと発狂死する中、
「いいだろ………?? きみぃ…?」
ライオスが首輪にそっと指を触れた時。
不意に、金縛りが解け切った。
「ひぃんぎいいぃぃぃぃぃいいいやあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁがががががががいっきゃああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「あっ…!!」
来生。
彼女は、もはや呼吸することを忘れ、体感したことのないスピードで廊下をぶっ飛ばしていく…。
(やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい!!!!!!!!!!!!!)
◆
…
……
(助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて!!!!!!!!)
(助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて!!!!!!!!)
(助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて!!!!!!!!)
ガンッ!!
バンバン…バンッ!!
「す、すまない!!! 話を聞いてくれ!!!」
(お父さんお父さんお父さんお母さんお母さんお母さんおまわりさんおまわりさんおまわりさんおまわりさんおまわりさんおまわりさんおまわりさんおまわりさん!!!!!!!!)
(お父さんお父さんお父さんお母さんお母さんお母さんおまわりさんおまわりさんおまわりさんおまわりさんおまわりさんおまわりさんおまわりさんおまわりさん!!!!!!!!)
(お父さんお父さんお父さんお母さんお母さんお母さんおまわりさんおまわりさんおまわりさんおまわりさんおまわりさんおまわりさんおまわりさんおまわりさん!!!!!!!!)
バンバンバンバン、バンッッ!!!
ドンドンドンッ!!!!
「俺は殺し合いに乗る気はない!! 本当なんだ!!! 主催者を倒したいんだよ!!」
「──昔から俺は…人の気持ちとかあまり分からなくて…。もし、それで傷付けてしまったのなら謝る!!!」
「……謝るから出てきてくれ!!!!!」
バンッ!!!!!!!!
──といった具合で、ライオスが揺さぶり殴りつけている相手は白のワンボックス。
ラブホテルの駐車場にて、奇跡的にもカギがかかっていない車内に隠れこむ来生だったが……。
追手の独自な嗅覚というべきか。
確実に居場所を突き止めて、車の窓をバンバン叩くのだった。
バンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバン……
「ひいぃいいぃぃぃぃぃいいいいいいいんんんんんんんんんんんんんんんんんんんっ!!!!!!!!!!!!!!」
助手席の足を置く箇所で、ウサギのように丸まりこむ来生は必死に待った。
待ち続けた。
何を待ち焦がれたとは、それはつまり『朝陽』。
──朝がくれば、ワンチャンこの怪異は消え去るのでは…? という泡末な願望を胸に。
待ちつ待たれつつ、ひたすらに待ち続けた。
ドンドンバンバンドンバンドンバンドドドドバンバババンドドンドバンバンバンバンッバン………
「…あぁ…。分かった…。今わかったよ!」
「……電子レンジから『下の鎧』を取り出してくるから…! それで満足するのなら…今すぐ早く開けてくれ!!!」
「損得勘定とか…そういうのを抜きにして、────君を救いたいんだ!! 俺は!!」
BANッ!!!! BANッ!!!!!!
今のところ待った結果やってきたのは、狂った王子と頓珍漢すぎる解答だけだったのだが。
(なな、なっなんで温めようとしたワケ………ッ?!??!!)
徐々にへしゃげていくワンボックス。
揺れる車内。
深夜のラブホテルにて、人を引き寄せるくらいの大声と打撃音が響き渡る。
現段階にて、来生は『縮こまる』以外の何のアクションも動かせない状態になったので、話はここで一旦幕引きとする。
(普通じゃない普通じゃない普通じゃない普通じゃない普通じゃない普通じゃない普通じゃない普通じゃない普通じゃない普通じゃない!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!)
(普通じゃない普通じゃない普通じゃない普通じゃない普通じゃない普通じゃない普通じゃない普通じゃない普通じゃない普通じゃない!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!)
(普通じゃない普通じゃない普通じゃない普通じゃない普通じゃない普通じゃない普通じゃない普通じゃない普通じゃない普通じゃない!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!)
(…絶対普通じゃないっ!!!!!)
ただ、『真の異常者』は心の底から仲間が欲しかった。
その一心だけで行動しているだけなのに……──。
ライオス、嗚呼…。ライオス。
【1日目/B2/ラブホテル/駐車場/AM.01:01】
【来生@空が灰色だから】
【状態】精神状態:恐怖(大)
【装備】アーミーナイフ@牛丼ガイジ
【道具】なし(デイバッグ放置)
【思考】基本:【微マーダー】
1:普通じゃない普通じゃない普通じゃない普通じゃない!!
2:助けて助けて助けて助けて!!
【ライオス・トーデン@ダンジョン飯】
【状態】健康、下半身裸
【装備】鋼の剣『ケン助』@ダンジョン飯
【道具】???
【思考】基本:【対主催?】
1:少女?を救いたい
2:首輪を研究してみたい
3:人は殺したくない
※ナゾ1【首輪型爆弾の謎】…解明!
「参加者全員に嵌められた首輪型爆弾。この物体は一体何なのか?」
→正体は生物。『自爆型の魔物』。
ライオス・トーデンが#020『少女と異常な冒険者』にて解明。
最終更新:2025年04月01日 22:36