『Perfect Grilです。』
も・じょ【喪女】(名)[mojo]
「もおんな」とも。定義として、
①男性との交流経験が皆無。
②告白されたことがない人。
③純血であること。
ネガティブ思考で自虐的なことが多い。
「We love love love〜〜〜〜♪ マリーンズ♪!!!!──」
「──古見さん待てぇぇえええええっ!!!!!! 逃げられると思うなよぉおおおお!!!!! ストップ、ストップ───────!!!!!!!」
────一方で、喪女の対義語は、『美女』。
『本当にうちのコトがごめんなさい。古見さんもっと早く逃げて。お願い逃げて…』
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!!!???!?!?!!??」
走る度に振り撒かれる髪の匂い。そして汗。
全力疾走で駆けぬける美女と、追い走る喪女(?)。
朝日が昇る河川敷にて、二人の女子高生による爽やかな青春の風が、そこにはあった────。
──……古見さんからしたら、そんな青春真っ平御免であろう。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!」
(だ、だだ誰か助けてください〜!!! ハァ、ハァ……。誰か〜…………………)
「いやていうか古見さん意外にも脚速いなおいっ! 是非にでもロッテの代走で契約してほしいくらいだよ……──」
「──でも、だからといって私は絶対逃さないからなぁあああああ!!!!! …代走がなんだっ、…俊足がなんだっ、うちの強肩田村捕手は捕殺率リーグNo.1なんだぞぉおおおおお!!!!!! うおおおおおおおおお!!!!!!」
「っ??!! 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!」
この度行なわれている青春は、『捕まれば→即DEATH』という極限の鬼ごっこ。
ギコギコギコギコ…と自転車を飛ばす小宮山の片手には木製バットが。──言わずもがな、追いつかれた暁にはソイツで頭をグシャッ…である。
背後のチェーンの走る音に恐怖を感じながら、過呼吸気味に走るは古見さん。
何もかもが完璧すらも超越している彼女故に、流石は自転車でも追いつけない脚力で逃げ続けるものだが──…。
文字通りの【鬼ごっこ】開始から早くも三十分が経過。
彼女は身も心も、圧力鍋にかけたアイスクリームの様にベッチャベチャであった。
────姫(笑)は呟く。
「…すごい、今までにない何か熱い風を感じる…。なんだろ、プリ●ュアみたいなさ。魔法少女というか……、私、今主人公になってる気分だよ……っ! 伊藤さん………」
────そして姫は妖精さん(笑)に語りかける。
「全員参加者をやっつけたらさ、…智樹くんと…念願の……──rendez♡vous……!! そう思うと、ワクワクが止まらないんだよっ!! 最高の気持ちだよ!!!」
『(…rendez♡vousにかなりドン引きした。)コト、ふざけるのはもうよして。最低なことしてるよ』
「もう〜っ!! 妖精さんったら!! 私は『コト』じゃないってば〜〜!!! 私の本来の名前は『シンデレラ・オブ・5103・ナイト《闘うお姫様^^》』!! 普通の少女じゃもうないんだよ〜!! うおおおおおおおおお!!!!!!!」
『(……どうしよう、全く面白くない。真顔になっちゃう。引き笑いすらも起きない。これはもう素直に『ドン引き』だ。)…………コト…』
────最後に姫は、自身が乗る白馬(笑)をチラリ。爽やかな笑みを浮かべた。
「まぁでも私一人の力じゃここまで全力疾走はできなかったけどね。……全ては君のおかげだよ……、私の白馬…………!」
『馬? 自転車だよそれ。他人の』
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!」
「…〜〜もうっ!! 伊藤さん私の世界観ぶち壊す発言しないでっ!!!──」
「──ほらよく見てよ!! 綺麗なユニコーンでしょ!! …脚も長くて……、目つきもどことなく智樹くんの鋭い目に似ていて……。おいおい、君は智樹くんの生まれ変わりかっ!!! ──…ってね!」
『(…いや死んでないから、智樹さん。)…ごめんなさい、コト係の私が責任持って謝ります。本当にごめんなさい古見さん………』
「〜〜〜〜〜〜〜∆∌∆∌∈√∃∑∌∬∏‰∈∂∈√∃∑∆∌∈√∃∑∌∬∏‰∈∂∌∬∏‰∈∂〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!!!!」
(もう…やだ…………。疲れた…きつい……〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!)
────そして、姫(笑)は敵を追いかけて行く……………。
【理想】
→『素敵な…笑顔!』
私は夢見がちな普通の女の子っ♪
だけど今日で冴えない自分は卒業だねっ!!♪
何せ、その『夢』が叶うのかもしれないから……………。
王子様《智樹くん》と誓う夢を果たすため、魔法少女になった私は敵を全員倒すのっ!!
【現実】
→『鬼の形相』
「うおおおおおおおおおおおっ!!!!!! 待て古゛見゛さ゛んんンんんんんんっ!!!!!!!!」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!!!!!!!!!」
……
…
小宮山琴美…───。
若干変人な部分はあったものの、出会い当初は優しかった彼女が何故【マーダー】に豹変したのか。
──そんなこと今の古見さんは考える余裕もなくどうだって良かったのだが、とにかく彼女は必死に逃げ続けた。
「ハァ…ハァ…」……破裂寸前の肺に、頭のてっぺんから爪先まで真っ赤な全身、そして息切れ。
スタミナが擦り切れる中、古見さんは思い続け、そして願い続けた。
────只野くん………、只野くん………。とヘルプコールが心中何周も駆け巡る。
ただし、マラソンには必ずしもゴールというものがある。
「………〜〜…。…ぁあ、あぁぁ〜〜〜〜っ!!!!! もういいっ!!!! ──これでオシマイっ、喰らえ古見さん!!!!」
『──あっ!』
痺れを切らした鬼が、ぶん投げた物は、支給武器であるイチローのバット。
大リーガー直筆サイン付きの逸品は贅沢にも投げ飛ばされると、
ドボォッ
「〜〜〜〜!!! ────きゃっ!???!」
ミット────と言うよりもミート《肉体》。
古見さんの背中目掛けてきれいに吸い込まれていった。
その硬いアオダモが頭部に当たらなかったことに関しては幸と言えるだろうが、衝撃故に古見さんは転倒を余儀なくされる。
「…………いッ…………………………………──」
「──…………ぁっ…………!!!」
「…ハァハァ──」
「──やっと…ゼェハァ………。やっと追い付いたよ古見さん…………。『バット投げとか早●のリスペクトかっ!!』 ってツッコミは禁止カードだからね…………。ハァハァ、あのプレイはロッテファンからもタブーみたいなものだからさ………………」
そして、古見さん同様静止する一つの影。
真夏の日差しで、その妖影が揺れる中、自転車から降りた鬼はバットを拾い上げる。
『(まるで皆知ってて当然のようにロッテネタを振ってきた。さすがコト。言動揃ってドン引きだ。)……………あぁ、こ、古見さん…──』
『──コト…。いい加減にしないと私も怒るよ。人に迷惑だけはかけない優しいコトだったのに…(…あ、普段から迷惑者の部類だった…。)…どうしてこんなことしてるの……』
「……ハァハァ…………。ハァ……、その迷惑が、……正義だったりすることもあるんだよ伊藤さん………………」
『(……あ、これ多分「例えるなら〜」に続いて、過去の迷惑かけた偉人の知識披露するパターンかも。)………………そんなわけないでしょ。怒るよ、ねえ』
「……ハァ、………例えるなら……、1997年の伊良部のメジャー挑戦に、そして例えるなら早川あおいのプロ入り──……パワプ●のね。後例えるなら…………──…、」
『(やっぱり。)…………』
何だか有名人の名を挙げるのが止まらなくなった小宮山だが、彼女の言葉は一切古見さんには入ってこなかった。
綺麗な膝に生じた擦り傷に、打撲痕がにじむ背中………。一歩、また二歩と眼鏡が白く光る鬼の姿。
気がつけば、鬼は自分の目の前にて金棒を振り掲げている。
今にも振り下ろされそうなそのバットは、ペラペラと夢中で喋る「例えば〜〇〇」の乱射により辛うじて静止されていたのだが、
──圧倒的絶望と、未知たる『死』という体験を前にしたゾワゾワ感が古見さんを支配していた。
「………………っ………………………」
(なじみちゃん……。只野、くん………………)
「ハァハァ…古見さん」
「………ひっ!!」
「…小便は済ませたかい? 神様にお祈りは? 部屋の隅でガタガタ…、…………あーもう忘れた。とにかく、もういいよね?」
『……コトッ』
「じゃ、いくよ………。ハァハァ…、全てはロッテと智樹くんの為にっ………。………夢の為には犠牲がつきものだよ…」
『コトッ!!』
「おやすみなさいませ、古見さん」
ビュッ────と、無慈悲にも風を切るバット。
直前、今際の古見さんはノートとペンを手に取り何かを書こうとした様子だが、──これは命乞いを伝えたかったのか。
──それともダイイングメッセージか、────只野への遺書か──。
白球を弾き返す為だけに作られた硬いバットは、ガキンッ────と一発。
頭蓋骨を力いっぱい粉砕して、一人の参加者の命は尽きていった──…………。
古見さんノートには一言。
シンプルにこう書かれてあった。
────────{{えっ…}}
、と。
「…えっ」
「え?」
『……えっ(…なに…──)』
Sun glasses…。
バットが振り下ろされた先に居たのは、決して古見さんではない。
彼女の声にならない叫びが聞こえた──とでもいうのか。
振り下ろされる直前、古見さんの前に立ち塞がり、──そして打撃音を自身の頭で受け止めた参加者が一人。
古見さんも、小宮山も。
そして当然ながらスマホ越しの伊藤もが知らない、その彼……──いや、その『漢』の名は、
『(──この人《漢》………っ!! 誰…!?)………』
ギギギ………
グギギ……………
「ぐぅっ………!!!! があっ………!! …ぎぃいいいっ……………………!!!!!」
「「『えっ?!!!』」」
──────男。オトコ。漢が燃える。
──────それが運命(さだめ)よ、【漢-otoko-】。
T京大学ラグビー部元主将・『堂下浩次』。その人であった。
「……いや………。いやいやいや……、おかしいって………………。なんなの……。いや誰だよっお前はァアっ!!!!?」
「ぐうっ……………!!! うぅ、うぐっ…………!! くう………………………っ!!!」
「はぁあっ??!!!」
突拍子もなく現れた救世主に声を荒げる小宮山。無理もなかった。
ただ、彼女のアタフタ震えるツッコミは堂下という漢には一切届いていない。
頭蓋骨にはヒビが入り、急速な脳出血。
外傷からツーーッ、ダクダク…と鮮血がこぼれ落ちる堂下の顔は見たままに真っ赤っか。
ワナワナと震えながらと堪える歯の動きは、それはもう想像も絶する激痛であっただろう。
────だが、しかし。
堂下という『漢』が小宮山の言葉を無視した理由は痛みなんかではない。
漢の血走る目からは、熱い結晶液が漏れ出ていた。
「…………白刃取り…………っ。それを…やるつもり…………だったが………、…ぐうっ…………………!! ミスっち………まったな…………………」
「は、はぁ??!!」
「はぁ…はぁ……………。ぐうっ…………。お、お前…………っ。メ、メガネ娘……………。聞かせてくれ……っ。──『スポーツ』は………好きか…………?」
「ヒッ!!? す、スポーツ…………?! わわ、わ、私は野球が好き…だけど………」
「…野球………だとっ──────?! はぁ、はぁ…………──」
「──うっ…、うう………、ぐうぅうっ…ぃぎぎぎいっ……!!!!!!」
「ひ、ひぃい!!!!」
『野球』という単語が漢には逆鱗だったのか。
小宮山の言葉を聞いた途端、堂下の目つきが鋭くなり始めた。
見ず知らずの男、とはいえ、奴の尋常じゃない睨みと、圧。そして「な、何で倒れてすらいないんだ…」という不可思議さ故に、小宮山はビビり散らすしかもうできなくなっている。
無論、堂下の圧に圧倒されたのは、この場に居合わせた他の者達も同じ。
膠着状態の古見さんと、「(…あのコトを借りてきた猫みたいにするだなんて………。この人、すごい…)」──だなんて開いた口が塞がらない伊藤と。
そして、遅れて駆け付けてきた殺人ニワトリと。
「あ、アニキっ??!! …テメェー何しやがるんだこのアマァァッッ!!!!! ぶち殺すぞゴラッ!!!!」
「ひいっ!!!!!!」
ナイフを振り回しながら接近してくる殺マスクの男……。
そのパッと見で分かる超危険人物の乱入に、小宮山はすっかり戦意喪失をしていたのだが、──殺人ニワトリに構わずと、堂下は怒りの言葉を発した。
バットをギュッと握りしめて────。
「ひ、ひぃいっ??!!!」
「ふざけるなよお前………………っ。野球の……どこ…が……っ、スポーツなんだ……………」
「へ?? は、はひぃ…??!!」
「あ、アニキっ……………?!」
「…あんな……二時間も……試合を…して、選手の……………大半…がっ………ただ立ってるか座ってるかだけの…………。何が…スポーツなんだっ………………!! あんなのは………スポーツなんかじゃないぃっ……………………!!!」
「へ、ひっひぃぃ…………。論点………ソ、ソコでふか…………?!」
「俺は……はぁ、はぁ、…最大に怒っている…っ。過去一番に…キレてると言っても…………過言じゃねぇ……………っ!!!」
「ひいっ!!!!!!!!」
『(す、すごい。コトが…臆している…っ!!)…』
ジリジリと交代していく小宮山。
戦況的絶望と、堂下からの圧迫感からすっかり手からはバットがこぼれ落ちていたのだが、──地面にバットが着地する音は聞こえない。
漢が握りしめる木製バット。
そいつはミシミシと音を立てていき、やがてヒビが生じる。
──ピシッ
「ひひゃあぁ…っ!!???」
「……いいか。スポーツっていう概念は……………、チーム全員が…互いにっ…!! 汗を流しぶつかり合い…、相手にリスペクトを持ちつつ……全力を出す……………競技のことだ……………っ──」
「──それこそがスポーツ……………!! 熱き魂のぶつかり合い…なんだっ……………!!!」
ちなみに、木製バットの硬度は公式に5,500kgf/mm2。
これは身近なもので例えると、iPhoneやリンゴと同等の硬さなのだが、『怒れる筋肉漢』にそんな細かい事は関係ない。
「分かるかっ…………!! 分かるかっ、メガネ………………!!!」
「え、ええ、ぇぇわ、まったく分からないす…………」
「そしてスマホ画面の二つ結い娘も………っ!!!」
『え、私もっ?!』
五本指と掌の鍛え上げられた毛細筋肉繊維が急激に膨張し、強靭な握力へと変換される。
憤慨と、悲哀と、そして何処か満足気さと。
色々な物が籠もったその手の圧力を前に、握りつぶせる筈のないバットはとうとう──、
「つまりはラグビーだっ────…………………!!! ラグビーをすればお前も……、変われたんだっっっ────……!!!!──」
「──…うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!!!!!!」
────バキッイイイッッッ、バキバキバキバキ…
「ひいいいいいやああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!???!??!!!!!!」
──バキンッッッッ────。
──男気注入。
──とうとう、バットはただの木片と化し、
──それを合図に、小宮山は猛ダッシュで敗走へと勤しんでいった。
「…うわあああああああああ!!!! ぁぁぁぁぁぁぁ…………ひゃぁぁぁぁ………………」
『コ、コト!?』
「…あ?!! 待てやコラ!! アマァッ!!!!!」
隙だらけの背中を見せ逃げる小宮山に、負けじとニワトリも追う素振りを見せたが、単純思考な彼には珍しく行動を一旦止めた。
「…って、ンなことしてる場合じゃねぇ………!!!──」
「──あ、アニキ…………。堂下アニキ………!!!」
渋谷河川敷で発生した、地獄の鬼ごっこ。
朝焼けが包み込む中、あとに残されたのは。
ほぼ放心していた古見さんと、
「………ぁ、あ……………………」
殺人ニワトリと、
「ぁああ、ああっ……。アニキ………………アニキィイ…………………………」
────ゆっくりと、どこか満足げな笑みで倒れていった屍の。
バタンッ……………。
「…………………」
三人のみであった。
「…いや……待ってくれよォ………………。目開けろや…………──」
「──…ああああああぁぁぁっ!!!!! 堂下アニキィイイイイイ───────────ッッ!!!!!!!!!!!」
【1日目/G4/河川敷/AM.04:33】
【小宮山琴美@私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!】
【状態】恐怖(大)
【装備】なし
【道具】スマホ
【思考】基本:【マーダー】
1:やばい『漢』(堂下)から逃げる…。
2:優勝の願い事でロッテを優勝させる。自分を黒木智樹くんが惚れるような女にさせる。
3:伊藤さんと通話しながら行動。
【エリア外】
【伊藤さん@私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!】
【思考】基本:【対危険人物→小宮山琴美】
1:コト(小宮山琴美)の暴走を止める。ついでに解説担当。
2:あの漢は一体……。
◆
ドン、ドン、ドン、ドンッ
頭部損傷に寄る出血多量────具体的な死因は、以上の通り。
後頭部から血溜まりが伸び、血濡れの顔面と白目を青空に向ける“漢”堂下浩次。
見知らぬ美女を損得勘定抜きで助け、そして犠牲となった英雄は、こうして全身の機能を停止していった。
彼は、バットで頭を一撃され、死にいったのだ────。
「生きろッ!!! あぁあああっ!! 死ぬな、死ぬな死ぬな死ぬな……!!! 早く直れやこのクソがッ!!! アニキぃいい!!!!!」
「…………!! っ、ぁぁ………………」
だが、そんな死を認めてたまるものか──と。
漢の熱心な崇拝者である殺人ニワトリは、懸命な『心臓マッサージ』を続けていった。
ドン、ドン、ドン、ドンッ
スーツを破り、大きくはだけた胸筋に向かって行なわれる強打の幾多…。
人名蘇生の基礎すらも知らない、帝辺高校問題児のニワトリ故に、その心臓マッサージはメチャクチャな手法であったが、それでもニワトリは心臓圧迫を辞さなかった。
絶対死なせない、
死なせるわけにゃいかない、
と。
しかしニワトリの必死さも虚しく。彼を嘲笑うかのように後頭部からは流血が止まらない。
「あぁもうクソがっ!!! マジやべぇ、クソやべんだよバカ野郎ッッ!!!! 生き返れ、生き返れやッ!!!!!」
もはやマッサージ如きでは話にならないと思っただろうニワトリ。
手を止めた彼は、デイバッグからインシュリン注射を取り出し、天高く掲げる。
無論、針の行く先は胸部。
ブスリッ────と、もはや刺殺する勢いでめいいっぱい心臓を串刺し、内容液の注入を開始。
「………………ぇぅっ……………!!」
針が思いっきり肉に食い込むその光景は、憔悴しきった古見さんでさえ目を逸らすほどのものだった。
ドン、ドン、ドン、ドンッ
────心臓マッサージの再開。
「アニキ………、アニキィッ……。あんた言ったよな……。『もしもの時はこいつを使え』って……………!! 俺、忘れてねェからッ……。覚えてたからよッ……………!!!」
ドン、ドン、ドン、ドンッ
「そ、それにィッ………。あんた言っただろ…言っただろうがッ……!!! ここから出た後は………、参加者全員で草ラグビーをするって……………。ニワトリ、お前と汗を流したいって………………!!!!」
ドン、ドン、ドン、ドンッ
「だから死ぬんじゃねェよタコッ!!!! アニキ…アニキがいなくなったら、俺と…古見様はどうすりゃ……、ぐっ………!!! どうすりゃいいんだよォオオ───────ッ!!!!!」
ドン、ドン、ドン、ドンッ
「答えろ、答えろよッ!!!!──」
「──アニキィイイイイイ───────────ッッッ!!!!!!」
ドン、ドン、ドン………
「……頼む。答えてくれよ………、アニキ………」
後頭部の血溜まりが、涙するニワトリの膝下を赤く染め上げていった。
「くっ……………。俺は…無力だ…………。一人じゃ何も出来ねぇチキンオアビーフだぜ…………。畜生ッ…、畜生ォッ………!!!!」
「…………………っ」
「うぅ…………。もう……仕方ねぇ……………。──おいっ古見様!!!!」
「……!!」
唐突に名指しされ飛び上がる古見さん。「本当は避けたかったが…仕方なかった」──と後にニワトリは語る。
というのも、堂下アニキの死を受けて、激しいパニックのニワトリ脳内はこの諺が支配していたのだ。
『二人集まれば文殊の知恵』。
今の状況にて要約するならば、「悪いがお前も救命に手伝え。つまりは、自分はマッサージしているから、古見様は『人工呼吸』をしろ」と。
ニワトリは色んな感情が籠もった震える声で、古見さんに命令した。
「…本当は、こんな可愛くてやべー美しさの古見様にやらせたくねんだがよ…………。あいにく…ッ、俺はホモじゃねェッ!!!」
「…………っ!?」
「……じんこーこきゅー、って要はキスじゃねェかよッ………。俺がもしアニキにそんな真似したら………、好きになっちまうッ…!! 男としてではなく、『一人の人間』として愛しちゃうんだよッ……………!!!!」
「……ーーっ…」
「そんなのアニキに失礼だから……。だから頼むッ!!! ホモを呼んでくるか、それとも力を貸してくれッ!!!!──」
「──ひっ、ぐぅ………!!! 堂下アニキに……じんこーこきゅーを………。頼む、してくれ……ッ。この通りだ古見様………………!!」
「……………………っ……。……」
古見さんとニワトリとで、面と面が向かうことは無かった。
何故なら、ニワトリが死体の胸上でズリズリズリィ──と土下座をしているのだから、合わせられる筈がないのである。
男同士でチュゥはしたくないと、殺マスクで口を覆う彼は話したが、それは女子である古見さんとて同じ。
断っても良かった上に、仮に人工呼吸をやろうと考えていても、こうも人工呼吸=キスを強調されてはやる気など削がれるものだった。
だが、断らない。
それは断る勇気がなかったとかそういう物ではなく、やらなきゃいけないという固い意志が古見さんにはあった。
──自分を助けてくれたこの人を、──見捨てられない…………。────そんな想い。
「……………っ!!」
──{{分かりました。}}
「…!! あ、ありがてぇ………っ!!! ありがてぇぜ、すまない古見さん…ッッ!!!!」
心優しく、他人の痛みは分かる気持ちの彼女だ。
何のためらいもなく、まずは一呼吸。
「…………………すぅ…」
死体のそばに跪き、長い髪をかきあげると古見さんは口元にチュっと。
「…………っ」
天使の息吹を堂下へ注いでいった────。
…
……
“浩次。何やってるのよ。”
“あなたはまだここに来ちゃいけない。早く戻ってラグビーをしなさい。ね。”
「………………お袋……」
……
…
「はっ────────」
「「………………っ!!!」」
しかし流石は見る者全てを惚れさせる特性の古見さんというわけか。
その艷やかな唇が重なった次の一瞬。
まだ息一つも吹かずというのに、堂下は永い眠りから目を覚ました。
「……ッ!!!! あ、アニキ…………。アニキィイイ!!!!!」 「……っ!?」
「こ、ここは………………。──ぐっ!!!」
蘇生した先にて視界に広がったのは、驚きの表情を隠しきれない美女と、そして犬のように飛びついてくる弟分の姿。
感涙を撒き散らしながら抱き着くニワトリの感触と、ズキズキ鈍い頭部の痛覚を感じながらも、状況整理を試みる堂下だったが、
その点は流石帝愛の理不尽面接を通過した堂下だ。
自分が息絶えたこと、自分が蘇生を施されたことと、そして生き返らせた人物がかの二人であることを瞬時に理解し、そっとニワトリの頭を撫でた。
「……フフッ………。お前ら…………」
「アニキィィィイイ~~~~~~!!! うわああああんアニキィィィィ~~~~~!!!!」
「…悪い。………迷惑、かけたなっ………、ニワトリ。そして、…う、美しすぎる貴方様もっ…………。…本当に有難う…………っ!! 有難う………っ!!」
「礼はこっちがしたいくらいだぜぇ〜〜!!! アニキぃ〜〜〜〜〜〜!!!!! おぉぉ〜〜〜〜ん………!!! おおん〜〜〜!!!!──」
「──あ、紹介するぜっ。この美女の名前は古見様っていうんだ…アニキ!! アニキは古見様のチュー一発でザオリクされたんだよっ!!! マジやべーだろ?! おい!!!」
「……あ? …古見、さま……………?」
「……!」
→{{古見硝子です。…本当に申し訳ありませんでした}}
「…………。………あぁ…、ああっ!! 気にしないでくれ、古見……様!!! とにかく古見様も…本当に有難う!!!! 有難う、みんな………………っ──」
「──…いや、待てよニワトリ。お前…、俺が死にかけてるときに済ませたのか…………? 彼女と、自己紹介を………」
「あ。…………………──」
「──まっ、いいじゃんそういうの!! なぁアニキ!!! ここで会ったのも縁ってヤツだぜ!!! 俺等で古見さんを守ろうじゃねぇか!! おい!!!」
「だなっ!!!」
ややギクシャク感は発生したが、ともかく。
古見硝子という存在が呼び寄せた破天荒二人組。
そして、現在殺し合い下に置いて新結成された『古見様親衛隊』。
彼ら凸凹三人組がこれから一体どんな運命を歩むというのか。
加えて、古見様親衛隊はどれだけ勢力を拡大していくのだろうか。
無論、新生古見様親衛隊の行く末は、今はまだ神のみぞ知る状態に留まっているものだが。
『一つ』だけ、はっきりと断言できることがある。
「……あぁ〜〜〜っ!!! にしても鬱陶しいな……っ、頭の痛み……」
「あっやべぇ!!! だ、大丈夫かよ?! アニキ!!!」
「………。……面倒臭ぇけど……やるっきゃねぇよな………」
「……………?」
→{{な、何をですか?}}
────それは、堂下浩次という漢の『最強伝説』に1ページが加わったという事だ。
「…悪い、ニワトリ。そのナイフを貸してくれ」
「え? まぁいいけどよ………。一体何に…──…、」
「──なぁっ!?!????」 「!!????」
堂下は「ぐうっ…」と強く歯軋りをしたかと思えば、鋭利な刃先を自身の頭部へ滑らせる。
溢れ出る鮮血に、とんでもない激痛。
切れ味よくスーーッと頭皮に切れ込みを入れた彼は、頭髪を両手で力一杯握りしめると─────ブチブチメリメリメリメリィッ、ブチィッ。
己の頭皮を引き裂いて、赤黒い頭蓋骨を大胆に露出し始めた。
「T京ぉおお…ぉぉ……ッ、魂ぃいいぃい………………ッ」
「………うぷっ!!!? げえ…」 「……ぃぃぃ、……ぇ……………!!!」
「いぎぎぎぎぎぎぃいいっぎぎぎいいいいいいっがああああぁぁぁぁあああああっ」
鼻息荒く、歯から血が滲むほど『気合』のみで痛みに堪える堂下は、デイバッグからアロンアルファを取り出すと、ヒビ割れた部分に直接注入。
メリメリメリ………。接着剤が乾くのを待たずして、分断された頭皮にもアロンアルファを塗り込むと、無理矢理に繋ぎ合わせていった。
これで『応急措置完了』、と言いたげな様子でふぅ~と息をつく漢・堂下。
さすがのニワトリとはいえこの漢っぷりはドン引き以上の大ゲロを吐くこととなったが、苦悶の二人なんか堂下の目には映っていない。
血濡れの顔をタオルで拭き取ると彼は二人に一喝。
「…フゥ、ハァハァ……。大丈夫だ、『身体に受けた傷はすぐ直るが、心の傷はずっと残る』……偉大なる名言だからな………っ!!」
「……あ、アニキ……………」 「…→{{…え。どういうことですか?}}」
「うっし行くぞ!!! ワンチーム…、古見様親衛隊活動の第一歩をな……!! 休んでる暇はないぞ! うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
「……お、おお。おおお!!!!」 「………………〜っ」
ラガーマンとして特攻し続けた彼の強靭な肉体、そして精神を物語る────【堂下浩次最強伝説】の伝記。
その1ページがまた追記されるのであった。
◆
………
……
…
「それでは………三、二、一……………──」
「──ミュージック、スタート…………っ!!」
サングラスをスチャッと。
堂下は上記の動きを見せた後、それを合図に音楽が鳴り響いた。
ニワトリのSpotifyから流れるは、まるでジムで流れているようなアップテンポの曲。
低音が地面を震わせ、ビルの窓ガラスが共鳴する。
♪ドゥンッ、ドゥクドゥクドゥンッ
♪ズンチャチャ、ズチャ…
「……クククッ」
「ははは、はははは…!! アニキ!!!」
「あぁ行くぞっ…! 弟よ!!」
「押忍ッッ!!!」
男二人はポキポキと指を鳴らし、一歩前へ踏み出す。
渋谷全体に響き渡るこの曲────。
この爆音の正体は何なのか────。
そして、今ここで何が始まるのか───。
荷車にて古見さんがワナワナと震える中、渋谷の朝に、ただならぬ空気が満ちていく。
唯一の常識人、古見さんがその手に持つ──いや、持たされた本のタイトルは────、
──────三嶋瞳著『私だから伝えたい ビジネスの極意』だった。
…
……
………
♪ズンチャッチャ、チャチャチャ、ダダン
♪ズンチャッチャ、チャチャチャ、ダダン
♪ズンチャッチャ、チャチャチャ、ダダン
♫ズンチャチャン↑、ズンチャチャン↑
────【FIRST TAKE】
【♫『Perfect Girl Mishima 👁️ Hitomi』】
【堂下浩次 feat.殺人ニワトリ】
♫(三嶋書いた、情熱なくして仕事はなーしッ!!)
♫(三嶋書いた、仕事には必ず熱意と情熱が存在するゥッ!)
♫(三嶋言った、そのビジネスの頂点は自分自身ッ!! そうShow the Temple!!)
♫(彼女が法であり世界の支配者ッ、俺等はもはや三嶋先生にビビるしか無い愉快な心配者ッ)
♫(勝ち抜きたいな渋谷で死闘!! 君と見たいなお月見しよう!! 仲秋!! 郷愁!! 死臭?! I LOVE YOU!!)
♫(みんな持ってるコモンセンス!! 薬で打ってるバリーボンズ!! 俺達ゃ踊るぜコミダンス!!! 三嶋の本は神センス!!!)
♫(精神崩壊!! トネガワ新田マジ惨敗!! オーライ!! まだまだ諦めては無い!! イクラを食おうゼ、すしざんまいッッッ!!!)
♫(参加者全員崇める準備はいいか?) ♫(生還するため運気はほしいか?)
♫(さあみんな天に手を掲げて) ♫(そして今こそ読めよ、そして刮目、瞳の本ッッ!!!!)
♫(恐れるなぁ〜〜、驚くなぁ〜〜)
♫(三嶋ッ!!!)
\Three Island!!/
♫(瞳大先生ッ!!!)
\Great Teacher EYE!!! four〜!!/
♫(その気合と~~、魂を~~…──)
♫(──今ッ!!!!!)
♫(──ささげようぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお…!!!!!)
シン………。
「─────Hitomi, lolipop Perfect Girl」
♫(MI・SHI・MAッッ!!!! MISHIMAッッ!!!!)
♫(MI・SHI・MAッッ!!!! MISHIMAッッ!!!!)
♫(MI・SHI・MAッッ!!!! MISHIMAッッ!!!!)
「─────Hitomi, lolipop Perfect Girl」
♫(We〜〜〜〜、Living 渋谷!!!!)
♫(MI・SHI・MAッッ!!!! MISHIMAッッ!!!!)
「─────Hitomi, lolipop Perfect Girl」
♫(We〜〜〜〜、beliving new world!!!!)
♫(MI・SHI・MAッッ!!!! MISHIMAッッ!!!!)
「─────Mishima Hitomi, 【Perfect Girl】」
「「…うひょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」」
「「三嶋瞳大先生、バンザァァァァァァァァァァイイイイイイイッ!!!!!!! バンザァァァァァァァァァァァイ!!!!!!!」」
スラスラスラスラ…
「…………………………?」
→{{宗教…?}}
【1日目/E4/河川敷/AM.05:00】
【古見様親衛隊~よっしゃあ漢唄~】
【古見硝子@古見さんは、コミュ症です。】
【状態】膝擦り傷(軽)、背中打撲(軽)
【装備】コルク入りバット
【道具】古見友人帳@古見さん
【思考】基本:【対主催?】
1:なんだか漢達に振り回されています……。
2:只野君たちに会いたい…。
3:小宮山さんに恐怖…。
【堂下浩次@中間管理禄トネガワ】
【状態】背中出血(大)、頭蓋骨損傷(大)
【装備】なし
【道具】どこかから盗んだ荷車、本『私だから伝えたい ビジネスの極意』
【思考】基本:【対主催】
1:三嶋瞳大先生にお会いして、忠誠を誓う。
2:殺し合いを終わらせる。
3:Never give up。ニワトリ、古見様と共に最後まで諦めない……っ!
【殺人ニワトリ(山中藤次郎)@ヒナまつり】
【状態】健康
【装備】サブマシンガン、100均ナイフ
【道具】拡声器
【思考】基本:【対主催】
1:堂下アニキに一生ついていく!!
2:新田…ぶっ殺すぞっ!!
3:古見様、お美しい…………。
4:みしまひとみって相変わらず誰だ??!!
最終更新:2025年07月01日 21:47