『焔のはにかみや』
…………答えを導き出せたかな?
正直、君らがどちらの選択肢を選んだかは僕にとってどうでもいい。
…というか、そもそも質問じゃなかったね。
これ、問題だから。明確な答えがハッキリと用意されている問いかけだからさ。ははは、ゴメンよ。
ズバリ、『正義』の反対は、二番。
────『また別の正義』であるわけだ。
これはつまり…見方を変える、ってことなのかな。
ニュースや世間一般、そして我々が思考停止で『悪』と決めつけている存在も、違う視点から捉えれば『正義』。正しく義にかなった存在となるわけなのさ。
例えば、昨今。
三年に一回のペースで、どこぞの無職が子供を無差別殺傷する事件が報じられるけども、アレも正義。
殺されたガキ共の中にはさ、普段同級生を散々に虐めてる『死んで当然の存在』がいたかもしれない。
いや、虐げられる対象が何も人間だけとは限らないよ。
クソガキは無邪気だからね。日頃、なんの意味もなく虫や小動物を踏み潰す奴が、被害者の中にいてもおかしくなかっただろうさ。
つまり、その虫共、虐げられる者達からしたら、無敵の人はまさしく『英雄』なのだ。
また、例えるなら、…これはかなり昔話になる。
第二次世界大戦で日本に、広島と…あとどっかにヤバいミサイルが落とされた事件は有名だろう?
教科書では、最大の虐殺行為だなんて恨めしく綴られている出来事だけども、アレもまた『正義』だ。
…これは何もアメリカ人からしたら正義の行動とかって言うつもりはないよ。
僕ら日本人の視点に立ったとしても、ミサイル投下は正義の行いといえるんだ。
あの……──…あ、思い出した。原爆投下だ。
原爆で焼き殺された人々の数は(授業ボイコット勢の僕は)詳しく知らないけども、何万人も死んだ中には、心から死を希望した者もいるはずなんだ。
上司に叱られるなり、家庭で嫌なことがあったりしてね。
「あぁ…死にたい…」「死にたい死にたい死にたい…」「楽にならないかな。今すぐ…」とかさ。
そういう苦しみつつも死ぬことさえままならない、彼等死亡志願者にとっては、原爆投下はまさしく青天の霹靂。
あの灼熱の光は、彼らを結果的に救えたのだから、まさしく『正義』と言えるよね。
……さて、長々とお話をした終えたところで、「結局お前は何を言いたいんだ」ってことになるんだけども。
それはだね。
まーズバリ、一言で言うと、………。
……とりあえず後回しで。
いや悪いね、なんか急に喋る気分じゃなくなったんだ。
後々、必ず…必ず話を戻すから「気まぐれな奴だなあ」と呆れるぐらいでご容赦してくれ。
じゃ、本題に移るよ。
何となくで立ち寄ったモ●バーガー店、ガラス寄りのテーブル席にて。
今後に備え、タンパク質《てりやきバーガー》をモリモリ摂取する僕と、包み紙に一切手を付けず、今はまだ夢の中の彼女。
ぱっちり二重に柔らかそうな頬、そして長い髪が香る彼女の名は──野咲閣下。
…しみったれて退屈な田舎村に現れた、あまりにも可愛すぎる存在さ。
背もたれを寄り掛かる閣下は、実に苦しそうな様子で目を覚まし、
「……んんっ…………、ん…………………」
「…お。…お目覚めのようだね」
「………………ん…………えっ? ──」
「────……ッッ!!!!」
──彼女と目が合った刹那、僕の眉間ギッリギリにナイフが突き出される。
…正直自分の反射神経の良さに驚きを隠せなかったよ。我ながらね。
本当に気が付いたら刃先が目の前にいて、気が付いたら包丁握る彼女の手首を掴んでいたのだからさ。
それにしても美しい花にはトゲだか毒だかがあるらしく。…小柄な見た目とは裏腹に、閣下の凄まじいものだったね。
真宮君や久我のようなバカ共なら、この一瞬で簡単に命を絶たれていただろう、あんまりすぎる力だったよ。
ただ、僕は彼等愚かな者共とは違う。
刃先が命欲しさに震える『スリル』という喜びを感じながら、僕は閣下にこう申したのさ。
穏やかで、冷静な口調を意識しつつね…。(あと冷や汗をたらしつつもね…)
「…の、野咲くん。まぁ理由が理由だからね。僕に強烈な殺意が向くのも仕方ない。君を責めるつもりは全くないよ。…ふ、ふふ」
「………ッッ」
「…ただ、信じられないだろうし信じる気もないだろうけど聞いてくれ」
「……………うッ、くッ…………」
「……本当にごめん。申し訳ないよ」
「………………ッ、え………?」
「……謝って済まないくらいの事をしたのは分かっているさ。…それでも僕の真意を、心からの反省を聞いてくれ。……本当にごめん、悪かった」
「…………………えっ」
「……それとさ。…これまた信じられないだろうし信じる気も以下略だろうけども………。聞いてくれないかな。──」
「──僕は………君を守りたいっ…!!! 野咲くんを優勝させたいんだ………!」
「………………………………え」
「…だからさ、何となく僕を信じて、一旦話そうじゃないかな?」
「………………」
…一週間くらい前かな。
仲間内のノリでね、僕は閣下の御自宅と、御家族を焼き殺しちゃったという過ちを犯したんだ。
アツイアツイ〜と、鬼のような目をしてのたうち回る御両親に、真っ暗な周囲を轟々と照らす大火災。…何も無いクソ田舎最大のビッグイベントだったよ。本当にあれは。
最初こそはラインを超えてしまったゾクゾク感と、なんにも悪びれてない自分に酔いしれててウキウキだった僕だけども、……後悔したよ。
野咲閣下に殺されて地獄に落ちて、経血臭い泥沼に漂いながら、僕は山程自戒させられたんだ。
…自分が嫌で嫌で仕方なくなりそうだった。
…野咲閣下の御殿に、主犯格みんなで線香とお参りをしたい気持ちだった。
どんまいだよね、野咲閣下は…。
だからね。
諸君らも、そして閣下も信じられないだろうし、…現にナイフ握る手の力は全く緩まなかったんだけども。
──野咲閣下に詫びたい────。
──そして今度こそは閣下をお守りしたい────。
僕の発言は、嘘偽りない、『正義の心』だったんだよ。
黒く淀んだ閣下の目をガッチリ合わせて、僕はニヤリと笑ったんだ。
「…だからさ、降ろさないかい? …ナイフ。なぁ頼むよ…。ふふふ………」
……とね。
「………なんで」
「…なんだい?」
「………なんで…………生き返ってるの……………………っ?」
「……え?!」
…あー、
そうかそうか。
まず話はそっからだよねー………。
◆
…
……
………
「………………祥ちゃんのこと、…しようとしてたんでしょ…………………」
「え? 何がだい?」
「………………その………、………えっちな…こと………」
「…………え」
──“出てこいよ野咲ィ!!! 池川なんかテメェの妹犯そうとしてたんだぞ!!! ハーハハハ!!!!”
「ッ!????! ち、ちち違う!! あれは〜…誤解さっ!! 僕は決してやましい事はしてないよ!!? 信じてくれ、野咲くん〜!!!!」
「……………信じられない…。………信じられるわけないよ…。──」
「──何も…かもッ………」
「…こ、困ったなぁ……」
…僕が閣下の妹をヤろうとしたか否かは、君らの想像にお任せするよ。
本当に真宮のクズといったら……もう!!
…ふっふふふ………!
あれから十数分。
刃先がギラギラと光を反射する中、未だ僕らは一進一退の攻防《会話》を続けていた。
…まぁ攻防といっても男女間の力の格差があるからね。
僕の太い腕と対峙して、閣下のナイフを握る力は徐々に弱まってきた様子。
比較的僕は優位な状況とはいえ、それでもナイフは怖いからさ。彼女の手をテーブル上に抑えつつ、僕は会話を試みてる現状だ。
見境なく襲い掛かる野生動物同然だった閣下もね、色々疲れてたんだろうな。…今は、少し諦めた様子で、話す気になってくれているよ。
閣下の肌白くて綺麗な手を撫でるように抑えて、僕は彼女の目を見る。
……やはり君の美しさは毒だよ。…猛毒クラスさ。
ははは……。
「…………………何が君を守る…なの。…何が優勝させる……なの。………信じられるわけないでしょ…………今更」
「…え? まだ言うかいそれ……」
「………本当は今だって、私の事殺そうとか思ってるくせに………………。…何が……、…何が目的なの………」
「そ、そんなぁ!! 目的も何も、本当に君のことを守りたいんだよ僕はぁ!! 生まれ変わったのさ、本当だよぉお──…、」
「…信じられないッ!!!」
「………えぇ~…」
「…もう離してぇえッ!!!!! 触らないでよォッ!!!!! 池川君ッッ!!!!!! もう嫌ぁ…ぁあ、……ッ!!!!」
「………うわ!! う、う〜〜ん………」
触らないでとか言われちゃったよ…。いやぁゲンナリだね。
あっ、でも僕のことを『君』付けで呼んだのはかなり心が踊るかも。…ふふふ、プラマイ0だねっ…!
髪を乱してジタバタ暴れる野咲閣下……。彼女の姿は実に痛ましく、……その態度は忌々しささえ感じたよ。
……やましい気持ちなんかない。僕は純粋に彼女を守りたいし、一緒に行動したい。…それだというのにだ……。
一度失った信頼を取り戻すのは難しい、って本当のことなんだね。
…本当に困ったよ。
彼女の心をガッチリ掴むようなイケメンワードを絞り出さないと…って、僕は頭を必死で絞り出したね。
あぁ困った。…実に悩ましい………。
「………うーーん…………。…野咲くん、考えてくれないか?」
「…な、何がッ……!! 何がなのッッ!!!! ぁぁぁあああああああああ…………!!!!」
…ごめん、ちょっとタイム。
なーんで女の子っていつもいつも皆無駄にヒステリー起こすのかなあ………。
喧しくて話にならないよ………。……正直、かなりしんどいね、もう。
…まぁそこをグッと堪えるのが男の役目なのだろうけどさー。
「君はさっき、『本当は私のこと殺そうとしてる』と言ったけども……。なら、何故君は今生きているんだい?」
「…………………どういう事…ッ」
「何せ、さっきまで君は寝てる…というか気絶したわけじゃないか。意識のない、隙だらけの姿だよ──」
…そして好きだらけのその姿……。あぁ、野咲閣下、君は美しい………。
「──…君に何があったのかは聞くつもりはないけど、君を殺す機会ならいくらでもあったわけさ。僕はね?」
「………………ッ」
「それだというのに君は眠りから無事覚め、こうして生きているわけだ。…しかも、ボロボロの君を発見し、ここまで運んだのは紛れもなく僕! いや〜〜疲れたもんだよ、あれは〜」
「……なに、なんなの………………っ」
「…そこまでして、今現在君に殺されかかっているこの僕さ──」
「──これは野咲くんへの殺意がない、立派な証明になると思わないかい?」
「…………………だから、…何なの……って聞いてるでしょ……」
「『何なの』とは?」
野咲閣下はそう言って、カフェラテから伸びるストローに口吻する。言わずもがな、気絶中の彼女用に僕が頼んだドリンクだ。
あぁ、望むものならそのストローになりたい気分だよ僕は………。
清涼な唾液で舐め回される彼が羨ましい…。
思えば野咲閣下、あれだけ声を荒げたというの唾が下品に飛んでくることなど無いのだから驚きだ。
そういう細かい所も自然に謹んでいるから、僕は彼女に惚れたのだろうね………。
…そう思う一方で、閣下の唾を浴びたかったという欲望も僕にはあるがね。…ふっふふふふふ……。
ま、それはともかくとして、彼女がカフェラテを飲んだというこの行為。
これは即ち、僕にとっては大チャンスとも言えるんじゃないのかな?
どれだけ喉が乾いてたのかは知らないけども、この緊迫下で野咲閣下は飲み物を飲むという『余裕』を見せたのだから。
つまりは、安堵というかね。
僅かばかりとはいえ彼女は僕に気を許しつつはあるのさ。
さぁこの優位になりつつある展開、どう出るかは僕次第だ!!
「……本当にもうッ……………。訳が分からない…………。何なの、何がしたいの池川君はッ……………………」
「…くっ。た、頼むよ! 僕を信じてくれって野咲くん!! 君を守りたい、その一心なんだ!!! どうしてそんなに意固地なんだい!!!」
…いや、『どうしてそんなに意固地なんだい』って。
セルフツッコミするようだけど、まぁそりゃ僕のこと信じられないよなぁ………。
「…も、もう………分かったから……………」
「えっ?!」
…と言ってる間に、ついに閣下から承諾のお言葉が。
え、何で?! 何故、急に僕のキモチを分かってくれたんだ?!!
何がキッカケかは知らないけども……、僕はこの時はち切れそうなくらい絶頂の思いで──…、
「もう分かったから…手を離してッ!!!! 近寄らないで!! 嫌だから…もう嫌なんだからぁ………ッ!!!! もういなくなってぉおおおおお……!!!!」
「……………………えぇ…」
…いや、まぁ………分かってたけどね。
僕も分かってたよ、こんな反応することくらいさ…………。
…にしても、どんなイジメを受けてもションボリするだけだった閣下がここまで取り乱すとは…、ちょっと意外。
…というかギャップ萌えかなー。
「の、野咲く──…、」
「もうやめてぇええええええええッ!!! 嫌、嫌々嫌…嫌ッ!!!!!! 話しかけないでよッ!!! お願いだからぁああああああッ!!!!」
「…………………」
「ぁぁあああああああああああああああ!!!!! あああああああああぁぁぁ…ぁぁぁ………」
「………そ、その……」
「ぁぁぁ………。…………ぁ、あ………。……っ、……うっ………………ぅっ……………」
「…………」
「……もう分かったから…………。うっ………、私に…関わらないでよ…ぉ………………………」
「………………。…………」
…唐突に怒り狂ったかと思えば、今度はシンミリ涙を流す閣下。…そのお姿…。
彼女の瞳からこぼれ落ちる結晶は、凛と咲いた花の朝露の如し、清純さだったよ…。
回想すること一ヶ月くらい前。いけ好かない相場君のやつが、野咲閣下を『ミスミソウのようだ』…だなんて呟いていたことを思い出す。
その声に、何となく気になって調べたところ、……もうね、もうね。ふざけるな!!、ってね。
あんな交通事故跡の電柱に手向けられてるような花、…陳腐なミスミソウ如きと彼女を一緒にするなっ!!! って、僕は思ったよ。
僕ならさ、薔薇とか、世界一価値が高い花に彼女を例えるのに、本当にアイツは何も分かってないよね……。
…相場、だからお前友達いないんだよ。ってもはや呆れる次第だったよ。
……………まぁともかく、その美しい薔薇は半狂乱かつ、涙ながら懇願するほどに、
────僕の事を拒絶していた様だった。
…無理もないね。
なにせ、彼女の眼の前にいるのは、自分を散々虐めた上に、家族を焼き殺した張本人なのだから。
見た目が生理的に嫌だから、とかそういう理由で僕を拒絶してるわけでは決してッ…!!! 決してッ、ないんだろうけども、…主義主張関係なく僕を嫌うのも仕方なかった。
……つまりは僕が何を言おうとも、もう無駄なわけなんだね、これが…。
「…ごめんよ、野咲くん」
「っ、ぅう…………。……謝らなくても、いいから………………。…もう、構わないで………………」
「…………」
気が付けば、彼女の手はもうナイフを握る力もなく弱々しい。
弱々しいといえば抵抗の時、閣下の手は微弱ながら震えていたけども、あれは純粋な恐怖の表れだったんだろね。
僕にとっての野咲春花くんはもはや天の上の存在。閣下だ。
「眼の前から消えて」との、閣下の命令があらば、従うのは下僕の使命。
それが例え不服な指示だとしても、どんなに屈辱的で…殺したいくらいの怒りを覚えたとしても……僕は従わなきゃいけない。
なぜなら、僕はどうしようもないくらいに…野咲閣下を愛してしまったからさ……。
「……………ごめんね、……野咲くん」
「……………………………っ、ぅっ………、ぅぅ…」
彼女のスベスベした右手を離し、それと同時に僕はこの場から身も離れていく…………。
心の痛みを堪えつつも、僕が向かう先は出口付近。
ゆっくりと重い足取りで、僕は指先をまっすぐ伸ばしていった。
ピッ
──『モ●バーガー 単品 330円』
「………………えっ?」
「……ふふふ! 見て驚くなよ、野咲くん!!──」
「──不思議なもんだよね。…券売機でボタンを押したら三十秒後…………こうだ!!」
ポンッ!!
「わ!!」
野咲閣下のただでさえ大きい瞳が、さらに丸く開かれる。
…ふふふふ。無理もないね。
なんの前触れもなくテーブル上にて、自分の眼の前にポンッと!! 温かいハンバーガーが現れ出したのだからさ。
ふふふ。
ふっふふふふふ…!!
君達、僕がこんな簡単に諦めるような男だと思ったかい?
悪いが、僕は自他共に認めるネッチネチな粘着質でね……。
野咲閣下に拒絶された位で泣く泣く後を去るようじゃ、あの時真宮君とともに野咲討伐計画は立てていないってのさ!!
ふふふふふ…。
「ほら、面白いだろう? それよりもお腹空いてないかい? よかったら遠慮なく食べていいんだよ! 僕の奢りさ」
「…え、え…………?」
「トマト入ってて、トローリとしたチーズにミートソースが合うこと!! モ●バーガーだよ。僕ら田舎者からしたら馴染みのない店だけどね。ふふ……」
「…………なに、これ…?」
僕が今取ってる行動は、ズバリ作戦変更だね。
どれだけ閣下への熱い想いを伝えようとも、振り向きさえしてくれない今。
ならばならばと話題そらしで、違う所から話して、距離感を徐々に縮めていこうという寸法さ。
なんだか知らないけどボタン押しただけで料理が出現する魔法みたいな世界《殺し合い下》…。
さっきからずっと俯き加減だった閣下も、これには流石に興味津々といったご様子で…。
さしずめこの魔法は、僕と閣下を辛うじてでも繋げさせれた潤滑油的な物といえるかな。
…いや、潤滑油というよりも…………、はは。ロマンス的なことを言うようで悪いけどさ。
『キューピッド』って感じかな。この魔法は───。
「…隠さなくてもいいさ。お腹、空いたんだろ?」
「………」
「…あ、心配はいらないよ。毒なんか無いから」
「…え?」
呆気にとられる閣下の元へ、僕は店員に負けないくらいのスマイルで近寄ると、
パクリッ……モグモグ。
「…うん美味い! ご飯三杯待ったナシの旨さだよ、なーんちゃって。はははは〜」
「……………………」
出来立てのハンバーガーを豪快に一口。食べた断面を彼女へ向けて差し渡した。
人は食べなきゃ生きていけない。
食べずにあるのは死が待つのみ。
ふと空耳か否か、彼女のお腹からグゥ〜…とお手本のような虫の音が聞こえた気がしたよ。
…ふふふ、可愛い奴め。野咲閣下は。
僕は閣下の下僕さ。
忠実すぎるくらいの良くできた僕従。
彼女の幸せこそが一番の生きがい、そんな存在だ。
閣下に少しでも笑顔を取り戻すことができたら………ってね。
僕は彼女が心を開くその時まで、寄り添うつもりなのさ。
そう、いつまでも…………。
「………う、うん。……じゃあ、買ってくるから……」
「…ぇ゙?!」
ピッ
──『モ●チーズ 単品 350円』
「…三十秒くらいで……来るんだよね…………………?」
「え、あ、ああ!! ハンバーガーの自販機みたいだよね〜! ふふふ〜……」
……おいおい野咲閣下。
さすがに僕の食べかけは口にしたくないかい…………。
◆
食べ方が美しい女性、というのもいる。
給食時間。僕の周りのクラスメイトなんか、飯を食べてる最中だというのに、ギャハギャハ笑いながら口を開いて、咀嚼物が丸見えだというのだから品がないことこの上ない。
ただ、その点野咲閣下は違ったのさ。
食べるという行為をまるで恥じらうかのように、慎みを以って食す。
横髪をかき上げ、ハムスターかリスのようにハンバーガーを頬張っては、清く正しく一回一回咀嚼し、飲み込む。
僕が話しかけた際には、必ず飲み込んでから声を発する。
たまにトマトソースが口元に付着したら、こっそりと指で拭い、そのタレを一舐めしたりさ。
最後はカフェラテでハンバーガーを胃へ流し込むという完成形だ。
彼女の食事風景は芸術的価値さえあった。
そして、この珍奇な料理提供、空腹の満たしこそ、僕と彼女を繋ぐ架け橋でもあったのさ。
──…もっとも、僕自身が健気に笑顔と愛想を振りまいた面もあるんだけどね。
ただ、ここで一つ。しょうもない事だけども疑問が湧く訳なんだ。
「………ご馳走様でした」
「…しかもしっかり『ご馳走さま』まで言う礼儀の良さ…。やはり閣下は美だよ、美の骨頂だ……」
「…え、…何………?」
「あ、ごめんごめん!!! 独り言だから触れなくてもいいよ、野咲くん」
Question.
『このハンバーガーの『調理工程』は一体どうなっているのか』────ってね。
結果には必ず過程、料理には必ず調理工程がつくものさ。
ボタンを押したらポーンと何処からか出てくる、このモスバーガーであるものの、僕が気になった点は『ラグ』。
ハンバーガーが出てくるまでの『三十秒』という謎のラグが、妙に引っ掛かって仕方ない訳なんだ。
…もしかしたら、そのラグは調理時間。つまり、バックヤードには調理人がいるのではないのか……? ってさ。
「………ハンバーガーありがとう。………じゃあ私、もう行くから……」
「…え?! いやちょっと待ってくれよ野咲くん!!!」
「………………ごめん。………私、時間がもう──…、」
「そ、それは分かってるさ!! ただ君はまだ食後間もない! 焦らずともまだまだ時間はあると思うけどね……?!」
「………何? ……………私、池川君とは…もう──…、」
「気にならないかい? 君も、…バックヤードではどうなってるのかをさ…」
「………え?」
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピ……
──『モ●バーガー 単品x10 3300円』
「……えっ?!」
「見てみようじゃないか…! 未知なる世界を!!」
だから、僕はボタンを連打した。
…僕の見立て通り、さっきまでは気付かなかったけども、奥のバックヤードからはジュゥ…と調理開始の音が聞こえ出す。
……調理工程の真実なんて、ぶっちゃけどうでも良いんだけどね。
本当にクソほど興味なんかなかったよ。
ただ、未だ警戒心が解けてないとはいえ、ハンバーガーの魔法のお陰で、閣下とは距離感を縮められつつある。
閣下はこの不思議な現象に興味をいだいているのさ。
ならば、この機会を逃してたまるかってね。
「さぁ行くよ! 野咲くん」
「え、ちょっと……。…あっ!!」
彼女の手を引っ張って、僕は銀色のドア《バックヤード先》へ走っていったよ。
タ、タ、タ、タ、────バタン。
「…はぅあ!!!?」
世にも不思議なモスバーガーの秘密。
企業秘密とも言えるその裏側の世界を目にした時、僕はもう目眩がしそうだったね。
「……────あっ」
「な、なんだ…これは………?!」
無人の調理台。無気配の冷蔵庫。そして無傷、欠陥一つない真っ平らの鉄板。
人知れずして加熱し続けるその鉄板上に、突如として、またしても『無』から生のパティが続々出現《浮宙》していく。
そいつらは注文通り十枚、宙に並んだ瞬間、パーン…と鉄板へ落ちていき……。
アッツアツの鉄板で、肉汁滴らせながらソイツらは焼けていった。
…その傍らでは、まな板上にてまたしても無からバンズやトマトが生成され、肉が焼けるのを今か今かとウキウキで待っていたんだ。
不意に、風に飛ばされたかのようにパタパタパタパタパターンっ、とひっくり返るパティ達。
よく見れば焼き加減も均一で正確だ。
無人調理の究極系が、そこにはあったんだよ………。
「いやなんか気持ち悪…!! な、何だこれは……。一体どうなってるんだ、これは………」
…『魔法のような』とは言ったけど、これもう完全に魔法そのものだったね。
じゃないと、何の気配もなくして黙々とスライスされていくトマトの説明がつかなかったよ。
あまりの光景に、マジマジと鉄板の近くまで覗き込んでもそのタネや仕掛けが見当たらない。
僕に許された行動は、鉄板の熱気に怯んで顔を戻すくらいさ。…本当にわけがわからなかったよ……。
…まぁ別にこれとて、大層な興味や好奇心が抱かれたというわけでもないけどね。
この謎解明については、どっかのバカな名探偵気取りにお任せするよ。
ただ、僕自身は一切興味を惹かれなかったにしろ、閣下はまた別。
年頃の女の子らしく、気になることには何でも首を突っ込んじゃうであろう野咲閣下さ。
彼女に合わせ、好奇心あるフリをしながら、僕は彼女の方へと顔を向けた。
ジュウゥゥゥゥゥ……
「…す、すごいね。……これは一体何が起こってるんだ……──」
「──ねえ、野咲くん!!」
ジュウゥゥゥゥゥ…………
バチバチバチ……
「……野咲くん………………?」
……しかしどういったわけか、野咲閣下からの反応は無かった。
本当に無だよ。無。この目を疑う光景を前にして、彼女の返答は沈黙すらもない、完全なる無の表情だった。
…僕もねぇ、虚を突かれたって感じかなあ。
予想打にしなかったね。彼女のリアクションの皆無っぷりはね…。
あまりに無っぷりが酷かったから、思わず僕はそっと声をかけたよ。
「の、野咲くん……。どうしたんだい? …もっと驚かなくちゃ──…、」
「…………………ゃ、……ゃっ…………………」
「へ?」
「…………ちゃん………っ……、っ、と……さ…………。おかぁ…さ……………。ゃ、…………………」
「ふへ??」
バチバチバチ……
バチバチバチ……
ジュウゥゥゥゥゥ…………
わけのわからない調理工程を前にして、閣下がボソボソ呟くのは聞き取れない言葉ばかり。
…これは、驚きのあまり声を失ったってことなのかな……? ってね。
僕は超さり気なく、彼女の小さな肩へポンと手を置いたよ。
ジュウゥウウウウウウウウウウ…………………ッ、バチバチバチ…………
────今思えば、これが命取りだった。
────僕は、物凄く回りくどい『自殺』を、無意識のうちにしてたんだな、って。後悔したな。
「ひっ…!! 嫌ぁああああぁぁああああああぁぁああああぁあああああぁぁぁああああッッ!!!!!!!!!!!」
「え?!」
彼女が。野咲春花閣下が無表情だった理由。
いいや、無の顔つきなんかじゃない。
彼女は怖かった。トラウマを思い出して心がミキシングされていたんだ。
──肉が焼ける、『火』を見て。
ジュウゥゥゥゥゥ…………
「離してぇええええッ!!! やめてえええええええええええ!!!!!!!!! お母さぁあああああんッ!!! お父さあああああああああああああああああッ!!!!! 祥ちゃ、祥ちゃぁああああああああぁぁぁぁああああんッ!!!!!!!」
「え? え?! の、野咲くん!!? どうしたんだ、いきなり大声──…、」
「あぁぁぁあああぁぁあぁあぁあぁぁあぁあぁあぁあぁあぁああああああああああぁぁぁあああぁぁあぁあぁあぁぁあぁあぁあぁあぁあぁあああああああああああああああッ!!!!!!!!!」
そして野咲閣下は、思い出した事だろう。
家族をジュージューにバーベキューされたあの日の事を。
あの時のキツイ肉の臭いも、何もかもすべてを。
──燃やした張本人達の卑しい笑顔も。
ジュウゥゥゥゥゥ…………
「…嫌だ、もう嫌だ嫌だ嫌ぁああああぁぁぁぁああぁぁあぁああああッッッ!!!!!!!!! いやぁあああああああああああああぁぁぁぁああぁぁあぁああああッッッ!!!!!!!!!」
「ののの、野咲くん?! と、とりあえず深呼吸だ!! しんこ──…、」
「────ィッッッ!!!!!!!」
──そして、僕のことも。
僕がスケベ心で肩に手をおいた時。
彼女は狂乱した心の中で、こう思ったんじゃないのか。
“コイツ ハ、”
“私ヲ、”
“焼キ殺ソウト シテイル”
“マタ。今度コソ”
ジュウゥウウウウウウウウウウ…………………ッ、バチバチバチ…………
…弁明させてくれ。
僕は本当に彼女を殺すつもりなんかない。
尊敬していた。リスペクトさ。
閣下の為なら、ボロ雑巾の様に戦い抜いて、最後には涙ながらのキスをされる…とか、そういう妄想を抱くくらいに愛してたんだ。
これは本当さ。
本当に彼女を守りたかったんだ。…今度こそは。
──だが、そんな熱い想いなんてオロナイン程の役にも立たないくらい、彼女の心は火傷まみれで。
──僕なら彼女を救えるという考え自体が見当違いすぎて。
──というか、彼女の人生を舐めすぎていたんだ。
────僕は。
ジュウゥウウウウウウウウウウ…………………ッ
「やめて…」
ジュウゥウウウウウ…………………ッ
「え、安心してくれ!! ここには誰も……──…、」
バチバチバチバチバチバッッッ──
──パンッ
「もうやめてェェぇぇぇぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッッ」
ザシュッ────
憎悪と狂乱に満ちた表情を浮かべ、閣下は持っていたストローを突き出す。
予想外の行動に、…僕は為すすべがなかった。
「ぎぃいっっ?!!?」
…喉が焼けるようだったよ。熱くて溜まらない……。
喉を抑えた時、ストロー口から面白いくらいに血が脈々と流れていって、……起動を塞ぐ異物感と激しい痛みで、目が大きくかっぴらいた。
「ぎっ…がががぎゃがぁ……あああぁぁぁ……ッ、かががぁかぁ…あいぁぁ……ッ!!!!!!!」
あの時の僕はパニックだった。
細々ながら喉の肉を突き破り、どんどん下へ吸い取られていく血のジュースには、もうどうすればいいのかな、って。
とりあえず出血を抑えるために、ストローの先を自分の口に入れようって、折り曲げようとしたその時。
「がががっ…ぎゃがぁああ…──…、」
「あぁぁぁああアアァァァアアアアアァァァァァアあぁぁあぁあぁあぁぁあぁあぁあぁあぁあぁああああああああアアアアアああああッッ!!!!!!!!!」
「ぎびっ?!!!」
僕の頭は鷲掴まれ、
熱々の鉄板へと無理矢理に押し付けられた。
[焼き加減の目安:ウシ 三十秒。ブタ 五十秒]──と書かれた、台のメモが妙に印象的だったよ────。
ジュウゥウウウッッッッッッッッッ────────
「ぃぃぃっ?!!! ぎぃぃぃい゙ぃ゙ぃ゙ぃ゙い゙い゙ややぁあああああああああああああああ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙アアアアアアアアアアアアアアァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!」
「嫌嫌嫌嫌嫌嫌ぁぁぁぁぁぁあぁぁぁああぁあああああああッッ!!!!!!!」
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙────────────────────ッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
…人間って燃やすと、こんなに臭かったなぁ…って思ったな。
顔面一杯に、あっという間に爛れて、赤黒い肉が脂を撒き散らしながら焼けていく。
目玉は鉄板に張り付いて、唇は溶け消え、歯が灼熱の犠牲と化す。
顔中何もかもが熱くて激痛で、耳からは湯気が出た気がした。
呼吸ももはやままならない。一度吸ったら、流れ込む熱気で気道内すべてがズタズタだ。
脳が激しく暴れ揺れる感覚は、…当たり前だけどこれが初めてだった。
ジュウゥウウウウウウウウウウッッッッッッ────────
「ぎびぃいいぃぃいううういいいいいいいいいいいいいのざぎぐぎゃばぁああああああ!!!!!!!!!」
「ぃッ……!!!」
あまりの醜臭からか、閣下は一度僕の頭を持ち上げた。
ギトギトな僕の髪を無理矢理引っ張って、彼女は歯軋りを鳴らす。
この瞬間は比較的安らぎだった。
片目は炭化し、もう一方の片目は餅のようにびよーんと鉄板から伸びる。
力いっぱい引き上げてもなお、鉄板から伸びる赤い顔面肉はチーズを彷彿とさせられた。
筋肉剥き出しで、グッチャグチャになった僕の顔面。
束の間だが、鉄板から離れられたこの瞬間はクーラーで冷え切ったかのような心地よさがあったよ。何故だかね。
まぁ、あくまで『束の間』なんだけども。
「ひゃ、ひゃ…ぁ………ぁ……。ひゃ、びゅ………ば…………」
「嫌ぁあああッッッ!!!!!」
ドスッ
ジュウゥウウウウウウウウウウッッッッッッ────────
「ぎんぎぎぎぎぎぎぎぎぎんぎんぎんぎゃあァアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!」
再び顔面を押し付けられ、僕はもう叫んだ。
声が掠れるのも気にせずして、誰か参加者に見つかるのも危惧せずして、甲子園のサイレンの如く雄叫びをあげた。
叫ばずにはいられなかったんだ。
手足を虫のようにジタバタさせ、必死で藻掻こうとも、全く動かない頭。
もう死んでもいい、と観念していたのに中々絶えない意識に、灼熱の地獄。
飛び散る汚い油と、膿が腐ったかのような臭い。
──そして、殺意。
「ぁ゙あ゛あ゛あ゛あ゛…!! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッッあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッッ!!!!!!!!!!!!!」
ジュウゥウウウウウウウウウウッッッッッッ────────
ふと、何かに引火したのか。
僕の叫びがボルテージを迎えた折に、
ボンッ────、と。
激しい光と共に鉄板は照らされ、そして大爆発していった。
爆風のまま、吹き飛ぶ閣下の姿。
──もちろん、僕は即死だ。
モス●ーガー店はアクション映画のような大炎上に包まれ、建物の何もかもを四方八方に吹き飛ばしていく。
正義の反対は、また『別の正義』。
アメリカ兵に原爆を落とされたとき、自殺志願者はさぞ大喜びだったたろうね。
時刻は四時。辺りがようやく青みがかってきた頃合い。
渋谷通りにて、僕は爆弾娘に火を付けた。
ドッガガガガガガッガァァアオバァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ────
【池川努@ミスミソウ 死亡確認】
【残り64人】
◆
え、なに?
『死んでんじゃんお前』、ってかい…?
あぁその通り。
僕はこれにてオサラバ、地獄に逆戻りさ。死にましたがなにか?
ただ、池川死すとも閣下は死せず。
あれだけの大爆発を直に食らっても、野咲春花。彼女は物凄い奇跡的に無傷で済んでいたのさ。
「……うっ…………………うぅ……──」
「──…祥ちゃ………………。うっ……」
…驚きだよねえ。
あ、無傷は言い過ぎかな。
さすがに若干、火傷はしてるけど、なんかところどころ焼けた衣服から見える素肌が……、不謹慎だけどもエロチックに見えたね。
特にニースやスカート破けた太もものとことか。ふふふ………。
「…もう、嫌………。ぁ嫌………ぁ……………はぁ、はぁ…………………」
爆発の影響で周囲は停電の真っ暗。
明かり一つない、暗い夜道を彼女はヨロヨロ歩いていく。
次なる獲物を探して、ってね。
僕の話はこれにておしまい。
僕の跡を引き継いで『野咲春花物語』に乞うご期待だ。
…ふぅ。
それにしても、…ほんと無駄遣いだったね。生き返り。
蜘蛛の糸を掴んで生き返ったは早々、間抜けな死に方でおじゃんだなんて。血の池地獄の橘らにどやされること間違いないよ、こりゃ……。
まぁ、月のお小遣いを一週間で使い切っちゃう僕らしいっちゃ僕らしいけどさ。
とほほだ、…僕は…。
【1日目/H2/ファイヤー通り/AM.04:18】
【野咲春花@ミスミソウ】
【状態】全身痣、火傷(軽)、精神衰弱(中)
【装備】刃物
【道具】???
【思考】基本:【マーダー】
1:もう何もかも嫌…。
2:皆殺し…。
3:優勝して家族を生き返らせるッ………。
4:妙ちゃんの思いを無駄にしない。
5:黒髪の格闘女子(大野)に恐怖。
※H2ファイヤー通り一帯は停電しました。
………
……
…
────ばんっ!!
バサッ…
──え? い、池川くん…、カラスが撃ち落とされたけど…何したの……?!
────あ。…ふふふ!! 大丈夫大丈夫、死んでないから! ほら見なよ。
──…え?
カァ、カァ
────カラスってのは賢いからさ、バーンと指で撃つジェスチャーすれば倒れたフリをしてくれるんだよ。
────なんにもないこの田舎で編み出した、僕なりの娯楽さ。野咲くん。
──なんだ…。良かった……。
────…ふふふ。
──…? どうしたの?
────…いや。親御さん、まだ迎えに来ないみたいだね。お互い。
──あ、うん。…遅いなぁ、お父さん。
────この豪雪の中、ママの遅さには正直イライラする気持ちはあるけども……。…それでも、僕は遅れてくれて良かったなと思う面もあるよ。
──…え? どういうこと?
────君と、二人きりで放課後残れてるんだからさ。誰もいない教室で。
──…ははは〜。池川くんなにそれー…。
────あっ!! ごめんごめん。今ので僕をヤバい奴だと思ったなら撤回してくれないか?! …別に他意はないんだ、他意は!!
──分かってるよー。気にしないでって。
──…私も、この引っ越し先でさ。良い友達ができて、嬉しいから。
────え? …はは、僕のことかい?
──うん。
ブォォオオオ………キキッ
────あ、ママだ。
──……良かったね。じゃ、またね!
────…。
────…いや、もう少しそばにいてもいい…かな。
──え? でも……。
────大丈夫。ちょっとだけさ。
────ほんとに、あと少しだけ………………。
…
……
………
……。
つまらない過去を思い出しちゃったね。
…ふふふ。
最終更新:2025年06月11日 20:06