『止まらない、止まれない、この勝負は譲れない』
坂道にて。月光。
真っ白な満月をバックに、真っ赤なコートがコントラストとなる。
登り坂を沈みきった面持ちで歩く彼女の名は、野咲春花。その手には数日前、久賀秀利の口を掻っ捌いた包丁が握られていた。
古き邦画にて『青春残酷物語』なる題目の作品があるが、野咲の青春はまさしく残酷そのもの。
刃毀れから多少ギザギザが目立つその刃物。
────彼女の心はザックザクに抉られ傷だらけだった。
こんな気分の時に限ってなんで嫌な過去しか思い浮かばないんだろう、────と。
虚ろな目で地面を映しながら野咲は一歩、一歩、確実に踏みしめる。
「……………」
右足の靴底が着地し、一歩。
この時思い出したのが引っ越す二日前、家族で東京生活最後の夕食を楽しんだときのこと。
鴛鴦鍋にてグツグツ温まる麻辣スープを前に母が呟く。「祥ちゃんはよく冷ましてから食べるのよー」。
母から渡された小皿を片手に妹は微笑んだ。「辛いのは平気ー! 全然大した事ないもんー!」
バレバレな見栄を張る祥子に思わず苦笑する父。
三人に箸を渡しイスにやっと腰をかける、この温かな時間が野咲にとっては幸せだった。
────ガスコンロの青い『炎』が直立不動で燃え盛っていた。
「おっ、結構美味いモンだなぁー」
「そうねー。ほら、春花も早く食べなさい。美味しいわよー、『火鍋』!!」
「…うんっ!」
────────【火】。
………
……
…
左足の靴底が着地し、また一歩。
この時野咲が思い出したのが東京の頃。──今振り返ると東京最後の夏。夜。
虫の鳴き声が響く河川敷で、友達四人と遊んだ時のことだった。
友達の一人がスーパーで買ってきたという手持ちサイズの棒。バチバチッ、シューーと音を立てて彩るソレに、当時の野咲は純粋な心で酔いしれる。
どこからか祭り囃子の音が聞こえる中、立ち込める消炎の匂い。バケツに張られた揺れる水面。
──あの頃は、まだ楽しかった。
「…じゃ、そろそろラストに着けちゃおっか!! 『ロケット花火』!!」
────────【火】。
………
……
…
右足が再度地面に着き、また一歩。
この時脳裏によぎった過去も、まだ辛うじて楽しくはあった。
あの田舎に引っ越した後、級友となった──なりたかった小黒妙子の家に遊びに行った時。
ボンヤリうとうとと、眠気に誘われる野咲にピシャリっ。寝転んで美容雑誌を読む妙子が言葉を発した。
「…ちょっと野咲ぃー。話聞いてる? 今寝てたでしょうが!」
「──あっ、ごめん小黒さん。半寝してたかも…」
「もうーっ…。じゃもっかい言うわよー?」
野咲が眠気を催すのも無理はない、季節。
秋と冬の移り変わるやや直前のこの時。部屋は暖をとろうと温かさに包まれ、
ストーブがメラメラと燃え盛る────────【火】。
………
……
…
“こんな時だけ、なんで嫌なことしか思い出せないんだろう。”
「……………………………………妙ちゃん」
──付け火して、──煙喜ぶ、────田舎者。
年はわずか十五歳にして、父はもういない。母もいない。妹はもはや包帯で全身を隠さなきゃいけないほどの姿になっている。
野咲の失いたくないものをすべて失った。──いや、奪われた。
一片に何もかもが燃やされてしまった。
辛うじて燃えているのは、野咲のか細い命の灯火のみ。
「………………………………………………………」
復讐の炎がメラメラと新鮮なこの機を逃さんとばかりに、彼女は主催者に刈り出され、今殺し合いの会場にいる。
殺害人数不明の鴨ノ目武、肉蝮を除いて、キルスコア七人は参加者の中でもトップの数。
わずか三日の内にクラスメイトを抹殺したという実績を踏まえて選出された野咲だが、主催者の目論見通り彼女は殺すことしかもう心にはない。
もう、失うものはなにもない。
そして、喜の感情も全くない。
あるのは可燃油のようにドロドロとした真っ黒な絶望のみだ。────今は。
「………………………………………………………妙ちゃん、お願い……」
殺し合いに優勝して、もう焼け失ったすべてを取り戻すために。
そして、自分の手で消し去ってしまった『友達』の想いを果たす為にも。野咲は淀みきった目をしながら坂を登りきった。
「………………………………………お願いッ…、力を……………、貸して…………………………………」
ギュ、っと強く握られる包丁。
────真っ黒な瞳が捉えたのは、青い目の女性と自分と同い年ぐらいの女子。いかにも人畜無害そうな二人組だった────────。
◆
・ゲーマガ201x年6月号 二冊
・シャルル・ペローによる「ペロー童話集」や
・ラ・フォンテーヌによる「ラ・フォンテーヌのおはなし」
────計、5,600円相等のお買い上げ。
カウンターに値段きっちりの貨幣を置いて、マルタは相方に目を合わせた。
「…じゃ大野ちゃん! 準備しますヨ!」
「………………………………(こくりっ」
街外れにポツンと佇む本屋を出た二人組──内、大野晶は制服をめくり腹部を露わにしだすと、ゲーマガ雑誌を巻き付けてガムテープで固定。
マルタも同様の行動で、同様に本の表紙が皺くちゃとなる。
これらの本は決して読了の為に買われたのではない。
『防備』の為にである。
────by マルタ提案の元。
「…ほんとはシャルル・ペローの本をこんなことに使いたくないのですが〜……。事態が事態なので仕方ないですね……っ。…大野ちゃん、『ロバの皮』とか面白い童話ばかりなんですよ〜この本〜〜…!」
「………………………………(…ぺりぺりっ…」
制服を正して、マルタの言うことはさもどうでも良いかのように大野はアメを舐めだした。
「………………………………(ぺろーっ」
喧嘩の際、腹部に分厚い本を入れるという防御手段────。
軽い雑学となるが、この防御の発祥は昭和時代のヤクザだという。
ページが多い雑誌を腹や胸に入れ、サラシで固定。
密度の高い雑誌は厚さがわずか1cmでもあれば、それでナイフの刺突ぐらいはほぼ完全に無効化できるのだ。(それ系の雑誌を地面においてサバイバルナイフで突き立てれば分かるが、貫通させるのは至難)
こちらはあくまで確証はないものの、380ACP程度の小銃であれば停止させれる抵抗力もあるという。
妙に豊富な知識力があり、普段からその知識を発揮することの多いマルタだが、大野を連れて真っ先に移した行動がこれ。
成程。戦いを前にして『攻』──武器は既に支給されている為、『守』の補強に急いだということだろう。
となると、腹部以外にも頭部や四股のガードも欲してくるところだが、マルタが言うに次の目的地はスポーツ店らしい。
「野球のヘルメットは時速160km/hの硬球をも防ぐ実績があります! 今渋谷で集められる最大級の防具といったら…やはりスポーツ用品店にあるでしょう!! ちょうど近場なので大野ちゃん、さくさく行きますヨ!」
「………………………………」
「…まぁもっとも…ワタシの武器が袋一枚なんて惨状で……。バットとか欲しいという情けない理由が大きいですが〜……。ともかく! ハイレッツゴーですっ!!」
「………………………………──」
「──………………………………」
無表情。かつ、無反応。──傍から見たら大野に眼中なしとのマルタだが、一応のコミュニケーションは取れてる様子らしい。
普段の日常でも人まばらなこのファイヤー通りにて、二人は目的地へひたむきに歩いていった。
マルタの恵体な先頭に、高架線を抜けていく。
「…大野ちゃん、あまり怯えなくても大丈夫ですからネ!! 私が絶対に守りますからっ!」
「………………………………」
「………はい!! …それにしても大野ちゃんとはなんだか会話が弾みますね〜!」
「………………………………──」
「──………………………………」
「…はいっ!! それは流石ですよ大野ちゃん!!」
「………………………………」
コツ、コツコツコツ…………。二つの足音と一つの声のみが響き渡る。
ここで一旦、大野晶──彼女について振り返るとする。
巨大財閥のお嬢様にして才色兼備。
成績優秀で勉強も運動もオールマイティ、学校では周囲から慕われる彼女はまさしく完璧な女子だった。
おまけに容姿もかなり良く、まるで高級リアルドール。──そのポーカーフェイスぷりとミュートっぷりからほぼほぼ人形の彼女だ。
家庭では財閥の令嬢として多くの稽古事を強いられており、その息抜きのために放課後はこっそりゲームセンターに通っている。
華道に茶道に書道、そして柔術、ピアノからバイオリンから美術まで、あらゆる教養や文学を身に着けさせられた彼女の、一番の趣味が──ゲームセンターだ。
それを踏まえたのであろう、主催者から大野へプレゼント《習得》されたのが、『リュウの技』。
格闘ゲーム『ストリートファイター』登場キャラの以下の技が使えるようになったのである。
・【背負い投げ】────←+強P
・【巴投げ】────←+強K
・【波動拳】────↓\→+P
・【昇龍拳】────→↓\+P
・【竜巻旋風脚】────↓/←+K
何故、架空のキャラの技をまんま発動できるのか。
どういう原理で技が出せるのか。
どういった過程でいつの間にやら技が習得されたのか。
──そもそも自分はザンギエフ使いだというのになぜリュウの技なのか。
成績優秀な大野とはいえ、ここまで荒唐無稽だと度し難いものだった。
ただ、理解できないとはいえ普段なら戦闘向きでない一般人の自分が、これほどまでの力を使いこなせていることは事実。
なにせ頭の中でコマンドを入力すれば、体がその通りに動くのだから、ゲーム感覚で敵と対峙できるのである。
「………………………………!」
「…あっ!!」
高架線を完全に通り抜けた直後、ここで交わる『もう一つの足音』。
前方にはこちらに気づいているのか否か。多少ふらつきながら近づく女子がいた。
大野と同年代──恐らくほとんど同じ歳であろう。そして、大野と同じロングヘアーで黒髪の女の子。
「お〜〜い!! そこのキミー! ワタシたちは殺し合いに乗ってないからー、安心してくださぁーーい!! 一緒に動きましょう!」
「………………………………」
無警戒…というか人を疑うことを知らないのであろう、マルタは笑顔で前方の女子に手を振った。
「子供だから殺し合いに乗ってるはずがない」──そんな思いで、徐々に徐々に迫りくる女子を暖かく迎える。
そんなマルタへ、赤いコートの女子から帰ってきた返事はこれまた大野同様『無言』だったのだが。
「…お〜い!! …大野ちゃん、言うまでもないでしょうけど…、あの子と仲良くしてくださいヨ!」
「………………………………」
──仲良くなんか、できる筈なかった────。
徐々に小走りとなりだし、俯きながらも右手を背中に隠す眼の前の女。
接近距離、残り三メートル、二メートル、一メートル。目と鼻のほぼ先。
その女がマルタの眼の前まで来た時。
「大丈夫デスか? 怪我とかしてない?? ワタシはマルタで、こっちは大野ちゃ──…、」
いや、厳密に言えば、その少女がマルタにぶつかった時。
「………っ、……………え?」「……え」
さらに、厳密に言えば、少女が隠し持っていたナイフが、マルタの腹部────本で防備した箇所に吸い込まれ。
刺さりこみ…──と言っても身まで刺さることなく、カシュ…という力ない刺音が鳴り。
二つの「えっ」が重なった時。
その瞬間。1フレームの出来事だった。
「────………………………………ッ!」
────────→↓\+P
【昇龍拳】。
「…えっ!? いっきゃあああア──…、」
バンッ───────。
乾いた打撃音と共に少女────野咲春花は宙を舞わされた。
顎に襲いかかった、痛みをとっくに通り越す衝撃。揺れる顔全体の筋肉に、骨。
歪む表情。そして、吐き出される唾の粒。
此時、野咲はその宙舞う唾の動きが鮮明に見えるくらい──いわばスローモーションに感じ、地面に叩きつけられるまでの僅か一秒ほどが永遠のように感じた。
永遠のように──。
無重力空間にいるように──。
────ただし【永遠】など来ない。
「──ぐッ、っあぁぁああああああッ!!!!!!!!」
「………………………………」
勢いよく吹き飛び、硬いアスファルトに叩きつけられるは野咲。
対して、アッパー後華麗に着地し、細かな所作まで自然とお嬢様の風格表すは、大野晶。
この時大野は殴った手をグー→パー、グー→パーと閉じ開き。対人で技を使ったのは始めてな為、身体がついていけず痛みを生じたのであろう。
ただ、痛みを気にするのも僅かばかりの時間。
ぶっ飛ばした相手が「うぅ…っ」と再起する素振りを見せた瞬間、大野は眉間にシワを寄せ、前を思いっきりメンチ切る。
────AM 02:52。ステージはファイアー通り。
────タイムは無制限。ハンデ、共になし。
──────タイマン勝負の【ストリートファイト】。
通り魔的殺人者《Murder》との遭遇により、今、大野のファーストファイトが始まった……。
「えっ!!?? ちょ、ちょっと何してるんですか!! 大野ちゃんっ!!」
「………………………………」
マルタの発す注意の声は当然無視。
──というより、聞いてられる余裕など大野の心にはない。
普段こそ喋らず、表情も変えず、そしてロボットのようにパーフェクトな大野のため、冷徹な人間だと思われるかもしれないが、実は人情深く、そして人思いである彼女。
それ故に、未遂で終わったとはいえ、自分に優しくしてくれたマルタを襲撃した──野咲には徹底的に叩きのめすことしか頭になかった。
初代『ストリートファイター2』のFPSは60だが、それを簡単に上回るスピードで野咲に急接近していく。
「……………………────あッ!」
驚愕の声をあげたのは野咲。
殴られ、ふっ飛ばされ、地面に転がり…、気がついた時には──襲撃予定だった相手に『蹴られる直前』なのだから驚きを隠し切れない。
華麗にスピンを始める大野の身体と、風を着るタイツ包の脚。
理解が追いつけなかった。
というか、何もかもが予想の範囲外だった。
野咲が大野orマルタの二択で、マルタを最初の闇討ち相手に選んだ理由は極めて単純。──マルタの方が強そうだからである。
外国人で長身、更にはその顔つきに似合わず肉付きは屈強なのだから、殺るには『不意打ち』が最適。
手ぶらかつ、パッと見強くもなさそうな大野は、マルタを始末してからでも余裕だろうと、判断したのだ。
誤算など到底考えてもいなかった。
──考えていないからこそ余計、血気迫る眼の前の大野が信じられなかった。
(…な、なに………ッ。なんなの……? なんなの…これはッ………!!)
もうすぐで目と鼻の先になるだろう、迫りくる大野の蹴り。
ただ、この危機的状態を文字通り前にして、野咲は右手の感覚──握っていた『奇跡』に歓びが沸き立った。
「……っ!!」
奇跡的にも、右手にはまだ包丁が握られていたのである。
さっきの強烈な昇龍拳を受けても、どういう幸運が作用したのか手放さずに持てていた包丁。
殴打による痛みの度合いは40del、大して鋭利なもので切られた痛みは120del。──この科学的成果が示す通り、包丁は打撃より強い。
このアッパー女がどんな柔術を使っているのか知らないが、とにかく武器の差で勝ち目はある。
…まだ、勝算はある……。と、野咲は一心不乱で包丁を薙振るった。
────↓/←+K。【竜巻旋風脚】。
────────ただ、『腱は剣より強し』。
「──あっッ!!!」
ポーーンッと、月光に照らされ反対歩道へと吹き飛ぶ包丁。
その刃先は大野相手に傷一つつけれることなく役目を終えると、回転蹴りを無防備に浴び続ける主人へただ哀れみの目を向けるだけだった。
腹部めがけて正確に衝撃が走る──一蹴り、二蹴り、三蹴り、四蹴り、五蹴り、六蹴り。────6 COMBOッ。
「──いッ!!? きゃッッ!!! あがっ…ッ!! ぐッ………! ゲホッ!!! うあああああぁぁっ!!!!!」
「………………………………っ」
最後の蹴りは渾身の一撃か、かなり重たく。
野咲は再び宙に浮かぶこととなる。
「………………………………ッ!」
「…ぇっ……!?」
ただし間髪などない。
大野は、宙ぶらりんの野咲の脚を瞬時に掴むと、容赦することなく地面に叩きつけ。──打撃。
「ッ、いっきゃっあああアアッッ!!!!!!」
格ゲーでは通常、ハメ技防止の為、攻撃を食らった相手は一瞬の無敵時間が発動するのだが、このバトルは生憎【リアル世界】。
攻撃を防いでくれる都合の良い現象など起きるはずもなく、待ったナシに大野は攻撃を与え。
──そして野咲は素直に連打を浴び続けた。
「ちょっと大野ちゃん!! もう、もういいでしょ!! ねえ!!」
この時、マルタ《外野》からファイトストップの声があがるも、言わずもがなアンサーはスルー。
大野は大きく腕を引くと、糸を引くようにまっすぐ──、
「………………………………ッ」
────鋭い一発を繰り出す。
──野咲の肩へと吸い込まれるその拳は、小学生時代ハルオを殴った時の型とよく似ていた。
“…ど、どうだぁーっ!!! ざまぁみろ大野!!! 待ちガイルでお前の鼻をへし折ってやったぜ!!! ざっざまぁ──…、”
「………………………………ッ!!!」
BOWッ────────
「…いっ、あっあああ────────ッッ!!!!!」
もう二発目。
────今度は胸へと打点を伸ばす拳は、またもハルオを殴ったあのストレートに酷似だ。
“お前…、怖いの苦手なのかよっ。プッ、ぎゃはははは〜!!! ついに弱点見つけたり──…、”
「………………………………ッ!!!!!」
DOWッ────────
「ぐうっ、…やゃあぁあ…──────ッッ!!!」
もう三発目。
────竜巻旋風脚のとき同様、腹部目掛けて内蔵を抉るように突っ込まれる一発。
振り返ると、最初のアッパー以外顔への攻撃はないのだが、これは大野の僅かな優しさなのだろうか。
…そんなことはどうだってよいだろう。何にせよ、このパンチの痛みに優しさなんか全くない。
サンドバッグと化した野咲へ強烈な拳。──あの時、ハルオを殴った威力とほぼ同じそれは、同じくハルオとの想い出を、そして思いを乗せて伸びていく。
参加者名簿を読んで知った──同じく参加者として放り込まれた彼への思いを……。
“……………なぁ大野……………”
“今…、お前にあげれるものは…これくらいしかねぇ……。ゲーセンで取ったしょぼい指輪………”
“悪ぃな…。だが、…受け取って……くれるかっ…………? ──大野…っ”
「──………………………………ッッ!!!!!」
DOOWッ────────
「んっがっ!! いっぁあぁあぁぁあぁぁあァァ……──────ッッ!!!!!!」
──────…DOSUW、DOSUW、DOSUW…。
言葉にできないほどの凄まじい打撃ゆえに、二三回バウンドした後、蹲る野咲。
…強い、目の前の敵はあまりに強すぎる。
──というか土俵が違う。
凶器を使って陰鬱かつ凄惨に殺し合ってきた自分とは、そもそもにバトルフィールドが違う。
故に、勝てない。勝てなさすぎる。殺せなさすぎる。
相手が違いすぎる─────。
「……かはぁ………。はぁ、ゴホッ…!! ゲホッ………………。はぁ、はぁ………」
込み上げる血反吐に、潰れかけで息苦しい肺。
全くテンションなんて高ぶっていないのにビートが激しく波打つ鼓動。
思えばこの戦闘でそんなにアクションを起こしていないというのに、疲れて疲れて全身が熱く痺れる。
返り討ちの代償があまりに大きすぎる。
アツアツのサウナ室でテキーラをピッチで飲んだかのような朦朧の中。地面に倒れ込む野咲は、かき消されそうな声で呟いた。
「…………はぁ、はぁ…………………。な、どうして………………わ………私………──…、」
──こんな目に遭っているのか。とでも言いたかったのかもしれない。
その声は最後の必殺技、【波動拳】────↓\→+Pであっさりかき消されたのだが。
野咲が最後に聞こえた声は、カタコトの悲痛な悲鳴だった。
「ちょっと!!! もうやめてっ!!!! 大野ちゃ────…、」
ZUBAAAAAM………………
──────KO.
◆
野咲の意識は暗闇の中。
頭がかろうじて働くのみで、手も足も体全体が極度の疲労で動けない。
自分は何も動いてはいないというのに、自然と揺れ動く体。
──これは恐らく誰かに背負われている、ということなのだろう。
深い深い眠りの中で彼女はふと思う。
“……………何年ぶりだろう。誰かにおぶされたのは…………。小さい頃…以来かな。お父さんに背負われて、眠って……………………”
深くて深い、どこまでも深層な意識の中、頬が涙の感触を伝っていった…………。
“………お父さん……。お母さん、祥ちゃん…………………。ん、うっ…………………………”
【1日目/H1/ファイヤー通り/AM.02:55】
【野咲春花@ミスミソウ】
【状態】気絶、全身痣、精神状態(弱)
【装備】なし
【道具】???
【思考】基本:【マーダー】
1:皆殺し。
2:優勝して家族を生き返らせる。
3:妙ちゃんの思いを無駄にしない。
4:黒髪の格闘女子(大野)に恐怖。
◆
まず初めに、「重くないの?」──と、大野は聞きたかった。
「…あぁ、大丈夫ですヨ〜このくらい! この子結構軽いし、正直ワタシ自身も背負えちゃってる自分に驚いてますが……。あと、大野ちゃん反省してくださいねっ!!!」
次に、「反省…って。仕方ないと思うけど」──と、大野は聞きたかった。
「いや仕方無くないですっ!!! 酷いですよこんな女の子をボコボコに………。言い訳は無用!! いじめカッコ悪い、ですよ!!!──」
「──この子が起きたら謝ってくださいね!!!」
…その答えに大野はかなり不服そうな面持ちである。
締めに、最大の疑問をマルタに投げ掛けた。
「──…で、何故この襲撃女をおぶさっているの?」────と。
「…まぁ確かに、大野ちゃんは納得いかないでしょう。…ですが、この子にも事情があったと思うんですっ!! 見捨てちゃいけない…絶対……って、ワタシ思って……。とにかく話せば分かると思うんですよ!!!」
「………………………………」
ファイアー通りにて、スポーツ用品店があるOI●Iが見えてきた道中。
大野とマルタ、そして気絶中背負われてる野咲の三人は道を歩く。
理解に…苦しい。
大野は全く解せなかった。
マルタが汗をこぼしながら大事そうに背負うその少女は、知人でも家族でも何でもない。ましてや善良の一般市民なんかじゃない。
自分たちを言葉交わさずして襲撃し、問答無用でナイフを突きつけてきた危険マシンなのである。
そもそも、この危険人物が手始めに襲いかかったターゲットら紛れもなくマルタ本人。
恨みはすれど、庇い仲間に入れるなんて普通は絶対しないというのに、なにが「話せばわかる子」なのだろうか。──と。
大野はマルタの極度なお人好しぶりに、この先未来を憂じるまでだった。
「………………………………(はぁー…」
「大野ちゃん、あんまりため息つかないでください! ため息一つで幸せが一つ逃げるんですから〜!!」
「………………………………」
何度も説得して、何度も「絶対連れてっちゃだめ」「そいつを縛って放置で、それでいいよね」と諭しても結局は無駄だった。
なら、せめて今はまだ眠るそいつが目を覚ましたとき、隙だらけのマルタに攻撃してこないよう警戒するか──が最終判断。
野咲を最大限に見張りつつ、大野は戦闘の疲労回復のためやや遅歩きでマルタについて行く。
────そんな二人の頭、ちょうど間を、唐突に『矢』が飛んできて、真後ろの電柱に刺さった。
「──………………………………っ!!!」
「──えっ…」
────慌てて、背後。──矢の投擲方向を振り返ると、十数メートル後ろに、直立不動で立つ一匹の子ブタがボウガンを構えていた。
「………………………」
「あ、あの……………」
「ふふふっ…。やあベイベー。…我ながら僕のボウガンコントロール力は中々のものだろう?」
────メガネをクイッと整え、そのブタはボウガンをリロード。
────マルタにボウガンを向けて。──いや、その後ろ。
────────マルタが背負う野咲春花を矢で指さしながら、不敵に喋るのであった。
「…あぁ、勘違いしないでくれないかい。僕は別に君らとやり合おうってつもりじゃないんだ。…僕も色々あって、殺しには飽き飽きしててね。穏便にいきたい──」
「──外人さん。あなたが背負ってるその子…彼女は野咲くんというんだけども、まぁ僕の知人というか…『恋人』でね。ちょっと置いていってくれないかい? というか君らごときにその華麗な『三角草の花』は勿体無い──」
「──僕を怒らせるような真似はしないでもらいたいね。さっさと寄越せ。彼女を…。…………いや、」
「────────野咲閣下を。……ふふふふっ」
────自分の愚かだった人生一週目をリライトするため。そして、自分の人生に決着をつけるため。
────愛しの『三角草』を誰の手からも守るために、
今、池川努は実に二週間ぶりとなる野咲との再会を果たした───────。
【次回ッ─────────】
【エピソードタイトル:『
焔のはにかみや』に続くッ─────────】
【1日目/H1/ファイヤー通り/AM.03:03】
【マリア・マルタ・クウネル・グロソ@くーねるまるた】
【状態】健康
【装備】なし
【道具】童話本二冊(腹部に装着)
【思考】基本:【対主催】
1:大野ちゃんと行動。
2:子供たちを悪い大人から守る。
3:わ、私はどうすれば……。
【大野晶@HI SCORE GIRL】
【状態】疲労(軽)
【装備】なし
【道具】雑誌二冊(腹部に装着)
【思考】基本:【対主催】
1:マルタと行動
2:………………………………。
※大野は出展作品特権でリュウ@スト2の技が使えます。
【池川努@ミスミソウ】
【状態】健康
【装備】ボウガン@ミスミソウ
【道具】???
【思考】基本:【奉仕型マーダー→対象︰野咲春花】
1:野咲閣下を優勝させる。
2:野咲閣下にすべてを捧げる。
3:野咲閣下を愛する。
4:相場を殺害。基本皆殺し。
最終更新:2025年08月05日 22:47