『あんたが客で、私がその髪をカットして、』
──あの日の教室。
ちょうど吹雪が止んで、まぶしい日差しが照らしていた、昼下がり。
たまたま誰一人同級生いないその静かな空間で、私はあの二人を見た。
銀色のハサミを持った『私』。
そして、夏服と共にあの長い髪をなびかせる──『あいつ』。
その二人。
あいつにカットクロスを被せたあと、流れる髪を一束ずつ整えて。
家から持ってきた霧吹きで髪を切りやすいよう、濡らしたりなんかして。
「後から文句言わないでよ? アンタがお任せって言ったんだからさぁ…」とか、笑いながらそう言えば、
「じゃあ期待はしないでおく」って、あいつもからかうように返してくる。
──そんな幻が、吹かれる白いカーテンのそばに、ふっと浮かび上がった。
…あいつと話しながら、髪を一束一束切っていくのが好きだった。
……雑誌で覚えた理容師の心得を、あいつの髪で実践するのが嬉しかった。
あの時の風の匂い、今でもはっきりと思い出せる。
…
……
──“この感じがさ…………”
──『ん、なによ』
──“ずっと続けばいいのにね”
──『……はっ、何言ってんの』
──『………………うん。まぁ、そうだけどね』
──“小黒さん。”
……
…
ただあいつともっと話していたいだけだった。
それだけなのに。
私が、全ての『元凶』。
…私は────…最低だっ………。
◆
………
……
…
──心が、雪崩に埋もれたかのように冷たく、どこまでも暗かった。
「………………はは…。──」
暗い空から雪がちらつくバス停にて。
私は右手に持ったハサミを、ただ茫然と眺めていた。
銀色の刃先が、摩天楼のネオンを映し込み、ダイヤモンドのように瞬かせる。
「──渋…谷……………………」
思わずボソッとか細い声をあげてしまう。
これは、どういう因果なのか。
この街には、私が三月から進学予定の専門学校がある。
小さい頃からの夢──理容専門学校が、バス停から歩いて暫くした所に。
つまり、予定より少しばかり早く渋谷に到着してしまったわけになる。
一体これはどんな数奇な運命なのか、と思ったけど、──でも、もう、どうでもいい。
「……やっぱ………、きれい…だな…ぁ………」
私はハサミを下ろして前を眺めた。
正直いって、この殺し合いの舞台──渋谷に関して疑問に浮かぶことはたくさんある。
『なんで渋谷なんて人目につく場所を会場にしたのよ』、とか。
『ていうか警察はなにしてんだ』、とも。
あとは、『そういや人の気配全然ないけど元いた渋谷の住民はどこにやったのか』、だとかも思った。
まあ、それらの理由は何でも良かったし、…今はほんとにどうでもいい。
私は、ただ、ただ、輝く街を見つめて、魅了され続けた。
「はは……渋谷………。住みたかったな……、ここで活動したかったな………………」
陰鬱な田舎と比べるのも恥ずかしいくらい、スケールの大きいこの街。
ほんとに憧れた通りのオシャレな街で、不思議なくらいに空気も吸い心地がいい。
ほんの少しだけ、心が暖温された気がした。
「………………………ほんとに、ずっと…行きたくて……………。──」
「──…あの日も、…田舎の髪結い屋…なんかじゃなく……東京でバリバリ働きたい、って話したな……。私……………。──」
「──…………この街の話を…『あいつ』と…………してさ…………」
…
……
──『悪いこと…言わないからさ。ね』
──『…一緒に…渋谷……行こうって』
……
…
カチャン────っ。
………ハサミが地面へと溢れた音が響く。
………ほんとにっ。
──『あんな事』に比べたら、何もかもがどうでもいい存在だ……………っ。
「…野ざ……き……………っ…」
一ヶ月前のことだった。
私のと…──クラスメイトの『野咲春花』の家が燃えて、…家族全員が焼け死んだ。
担任曰く、火元の不始末が原因……で。
妹だけは助かったらしいけど、…それでも未だ集中治療室で苦しんでいると聞く。
当然だけど、それ以来、野咲は学校に来なくなった。
その日から二日して、私は特別教室でマンツーの聞き込みを受けた。
相手はジジィの二人組警察官。
アイツらは、あからさまに義務的な質疑を二,三回。適当に済ませて帰っていった。
去り際、「今回は事件性ないけど、君もアイロンやるとき気をつけてね~~」とかほざいて。引き戸を閉めたけど、…私は今でも後悔している。
なぜ言わなかったのか。
なぜ叫ばなかったのか。って。
…
……
──『(ふざけんなッ…。無能おまわりがッ……)』
──『(これは『事件』なんだよ……ッ)』
──『【アイツら】──私のクラスメイトが犯した……放火殺人なんだよ…ッ)』
……
…
……私は、事件の前日、同級生共から誘われていた。
「野咲ん家をバーベキューするから……タエちゃんも来てくださいよ」って、はっきり。
…野咲は、あの滲みったれたクラスでいじめを受けていたから、これもその延長線だった。
正直、私自身野咲で癪に障ることがあったから、いじめに加担……──それどころか主犯でさえあった。
ただ、同級生共はそれ以上に嫌な奴らというか、同じ括りにされたくない思いがあって、誘いを適当に拒否した。
それに、マジで燃やすとは思ってもみなかった…ってのもある。
…
……
──『はいはい、期待しとく。私は行かないけど』
……
…
…だから。
……あの事件を親から聞いたとき、私は視界が真っ白になりそうだった。
ショック受けた様子見せたらダッセェ、って理由で、どうでもいい素振りをしたけど。
…家に帰った後、部屋にこもって…布団をかぶって…手の甲を噛みしめて………、
………何度も何十度も何万度も、あの誘いを、あの瞬間を…後悔させられた。
あのとき、「やめろよ」て言っておれば……って。
…
……
──『(私が、間接的に野咲の家族を殺したんだっ……)』
──『(私が、元凶として野咲を追い詰めたんだっ……!)』
──『(火種を撒いたのは他でもないっ……。…私…なんだ………っ!!)』
………
……
…
「…ねえ………、…野咲…………………」
粉雪が、大粒になりだしたことを肌で感じた。
それと同時に、いつの間にか自分が俯いていたことに気づく。
あくまで風の噂だけども、野咲は火事以降、放火に関わった容疑者共を一人一人闇討ちにしているらしい。
嘘みたいな話だけども、…事実、久賀も加藤らも突然行方不明になった。
野咲は今でも、残る犯人・佐山流美を探して、血の轍を踏んでいるのだろう。
──凍てつく空の下──、冷え切った眼で──ひたすらにただ沈黙に涙を抱き殺してっ────。
「…………………」
タ、タ、タ、タ────…
タ、タ、タ、タ────…
────────タッ
「…………ぁ…? 誰………よ…………………。──」
足音が私の目の前で止まった。
……誰か──参加者の、その気配が。
そういえば今『殺し合い中』だった、と今さらのように私は思い出す。
「──……してェーんならさ………、さっさと殺れって………。私は……………もう、どうでもいんだから………………」
「………………」
「…さっさと、…しろっつうの…………………。──」
三日近く眠っていなかったせいで、思考は霞んでいた。
それでも、最初に浮かんだのは『天罰』という言葉だけだった。
大罪人への『処刑』といってもいい。
私はここで生き抜くつもりはないし、どんなに悲鳴をあげたくなるような殺され方をしても受け止めるつもりでいる。
ただ、それは決して『死んで楽になりたい』という逃避ではなく、ただ、天命のもと裁かれい気持ちだった。
──今何処にいるかも分からないあいつへの償いを、誰かにさせられてほしくて。
──…自殺とか、そういう贖罪すらもできず。
──それどころか、あいつに会って謝る勇気すらない自分が嫌で、嫌いで。
「──…………………………だって……もう、私は……………、」
「小黒…さん……………?」
「……………えっ、──」
「──の、野咲…………………っ」
────…つまり私はあいつ──『野咲春花』。
────ただ一人、そいつにだけは今会いたくなかった。
「…久しぶり、だね。うん………」
「…………」
…目を一瞬合わせたっきり、私はすぐ逸らした。
◆
「どうしてこんな事になっちゃったんだろ、ね…………」
寒夜のベンチにて二人。
隣に座った野咲が話しかけてきた。
少し伸ばせば手が重なるような位置に、あいつの手が置かれている。
「…………」
『こんな事』、って。
それは殺し合いのことを指しているのか。
それとも、一家焼死のことなのか。
野咲が私にどんな答えを求めているのか、分かりさえできない。
「……いや、知るかよ……。災害とか事故みたいなもんじゃん……………。この『殺し合い』って……」
絞り出すように私はそう返した。
こんな返事しかできなかった自分が、嫌だ。
敢えて、あの事件の方に触れなかったのは怖かった訳でも、あいつに配慮はしたわけでもない。
ただ、『素直』になれなかった。それだけだからだ。
「…うん。巻き込まれちゃったよ、災害に。私ら二人」
「………………………」
ほんとに、もっと素直だったらこんなことにはならなかったのに。
私が純粋で、素直さを恥じるようなプライドの高い人間じゃなかったら、と今振り返って気付く。
あの時だって。
野咲が下衆野郎の相場と付き合いだした時、理屈とか抜きで自分の『正直な気持ち』をもっとアプローチしていれば、いじめになんか繋がらなかった。
橘が、野咲をいじめてる理由について「妙ちゃんが好きな相場を取りやがったから復讐」とか言っていたが的外れだ。
あんな糞みてーな男なんか心底どうでもよくて、
私はただ野咲が離れてほしくなくて、私から遠ざからないでほしくて、ただもっといたくて──。
そんなことが、言えずにいた。
それは今も。私は素直でいられない。
「それにしても、やっぱりキレイだよねー。渋谷ってさ。何回か来たけどさ、夜中は初めてだよ」
「………はァ…?」
思わず声が出た。
あいつが予想外に緊張感のない話題を持ち掛けてきたから不意をつかれてしまった。
「……なんだろ。不謹慎かもだけどさー、せっかくだし観光とかしてみる? 小黒さん」
「……………何言ってんのよ…? あんた」
「あっ、そうだ。前…覚えてる、かな? 小黒さんが言ってた専門学校…。あそこって渋谷……だよね? うん、行ってみない?」
あいつは、そう緊張感ない…というかフレンドリーに話を続けた。
なんていうか予想外の態度だった。
正直、殺し合いという状況もあり、私は野咲に出くわした時点で殺されることも覚悟していたから、和気藹々とされて言葉が詰まる。
「…………ま、いいなら行かないけどさ。…にしても懐かしいなぁ。昔は小黒さんとたくさん話したよねー。理容師の話をさ」
純粋な笑みを浮かべながら、話しかけ続けてくる。
…まるで、火事のことなんか無かったかみたいに。
「覚えてるかわかんないけど、隣町まで、いっしょに専用のトリートメント買いに行ったこともあったよね。理容師さんが使うってヤツ。あの量であの値段は詐欺レベルって言ってさー…」
…まるで、今隣にいるやつが元凶じゃないかのように。
「…あー、前から二人で夢見た東京の街に今いるんだよなぁ」
「…………………」
「連れてこられた理由が理由だけども、ね……。…そう考えると、初遭遇の参加者が顔見知りでほんとよかった……」
「ね、小黒さん…」
…まるで……、私のことを『友達』…みたいに。
「あっ、小黒さ……──、」
「…あのさァー……………、」
「…私らもう友達じゃないじゃん」
「………………、」
「……いやさ、ガッツリ虐めたじゃんか。あんたがゴミ捨て場で泥まみれになっても無視したっしょ。忘れた? ねえ、意味不なんだけど友達面して何目的なわけ?」
自分は最低だ。
「お、小黒さ…」
「あーそうそう。あんたの家族焼き殺されたやつさぁ。あれ私が思いっきり元凶なんだけど。分かる?」
「……………」
「………そうなの?」
本当はあいつの話題に乗りたかった。積もっていた話を今、たくさん消化したかった。
周辺に殺人鬼の参加者がいるかどうかなんて気にしないで、手を繋いで理容学校まで駆けたかった。
でも、あんなことをしたのにそれをするのはおかしいから、野咲に突き放す態度をする。
まともアピールがしたい。
腐ったプライドが自分を守ってくれている。
「…いやそうだけど? あんたの人生ぶち壊した本人が、私」
「……………………」
「だからさ、……関わってくんなよ──」
「──おかしんじゃ…ねぇの…あんた……」
最後吐き捨てた言葉は、声が震えちゃって、それがプライド的にはすごく恥辱に感じていた。
「………………………」
この沈黙が居た堪れなかった。
あいつの火傷口を抉ってでも、私は野咲から距離を遠ざけた。
こんなちっぽけな自尊心を守るためにぶつけた、本心でもない言葉。
素直でいたほうが楽になることは分かっているのに、誰も幸せにならない選択肢を選んでしまう。
それが自分の性格なので、もう受け止めるしかないのかもしれない。
本心を言わずカッコつけてばかりの自分を諦めるしかないのかもしれない。
心は凍てつくように麻痺しそうだった。
野咲に本音すらも言えないなんて。
こんな『最期』のときでさえ。
「うん……、やっぱり……そうだよね。小黒…さんは」
ベンチに着地した粉雪が、じんわりと透明になっていく。
野咲の失望したかのようなあの表情が、すごく辛かった。
自分のデイパックをガサゴソと漁り出す野咲。
何を取り出そうとしているのか、そんなの容易に予想がつく。
刃物…、鈍器……、具体的な物品名はどうでもよかったがとにかくあいつは『支給武器』を手に取っているのだろう。
復讐達成の為、隣りにいる家族を殺した張本人を消し去る為に。
よく考えたら、私は全力でも止めなきゃいけないのかもと思う。
それは別に命が惜しいからとかそんなんじゃない。
これ以上、野咲に殺人のカルマを背負わせてはいけないからだ。
こんなちっぽけな命であいつの罪を重くさせたくなかった。
なのに、
なのに、私は動けない。
そっぽを向いて何食わぬ顔を維持することしかできない。
「今更命乞いみてーでダサいからやめろ」とか「ダセえのは私らしくないだろ」とか理屈を並び立てるプライドに歯向かえなかった。
「そうかもしれないと……思ってた…」
野咲はディパックから両手を出す。
その手に握られた武器で、私は間もなく死ぬ。
「こっち、向いて。ほら。小黒さん」
引き裂かれるような痛みが起きようが、唾液が垂れるほどね苦しみが与えられようが、私はもう関係ない。
死ぬことなんて恐れも何もなかった。
ただ、後悔だけしかない人生が終わるだけだ。
でも最期に、野咲にこれだけは言いたい。
いや、どうせ言葉には出せないんだからせめてこの思いが、奇跡で伝わってほしい。
どうか、私を許さないでくれ。
あんたを友達じゃないって言った私をどうか思い出から全て抹消してくれ。
そして、『好き』って感情すら素直に表せなかった私を、蔑視するだけして…くれ。
…もう馬鹿らしかった。
私は言われるがまま、気だるげに振り向く。
冷たく、つららのような野咲の視線が、私目掛けて突き刺さった………────、
「うわっ!!! つっ冷たっ!!」
「あはは、小黒さん。びっくりした?」
「……は? …はぁ???!」
鼻が物理的に冷たくなった。
あいつが投じた武器は、ディパック内でこっそり固めていた雪玉……。
「やっぱ、ほんと小黒さんって素直が苦手だよねー。イジメとかさ、火事…とかさ、今はどうでもよくない?」
「いや、どうでも良くはねぇーだろ! あんたが一番言っちゃ駄目でしょ…」
「今はっ。どうだっていいでしょ。うん、現状が現状なんだから。…ていうか」
そう言うと、あいつは吹き出したみたいに爆笑してきた。
…恐らく、私は笑われているのだろう。
予想の範囲外の行動をされ、今ポカンとバカ面をしているのだから、それが滑稽なんだろな。
それは決して馬鹿にしたりとか嘲笑う系のやつじゃなくて、友達とふざけ合う感じ、みたいな。そんな笑いだった。
「…いや、ざけんなよ──」
「──ざけんなって、野咲…!!」
「だから私はあんたのこと大嫌いなのよ! 友達じゃないって言…、」
「友達だよ?」
「……っ」
「私は小黒さんを元凶なんて思ってない。だから、どうする気もないよ。小黒さんはなんかすごい怯えてたけど、も」
自分でも意外だった。
「のっ、野咲…」って弱々しい一言だけが口から漏れる。
反発の強い言葉とか言っちゃいそうと思ったのに。
「だからさ、胸を張って生き抜こ」
あいつは、そう微笑む。
あんだけして、仕打ちも散々なのに。
まだ、私を友達として。
『見捨てないでくれて』。
「の、野咲………………わ、私……………………」
「ね。一緒に行動しよっか」
「………っ!」
手を、差し伸べてくれた。
「ほら、妙ちゃん」
────雪山で埋もれきった心に、風が拭いた気がした。
その風はどうしようもなく暑くて、乾ききった夏の風。
あのときの夏の匂い、そのまんまだった。
…
……
──あっ、相場君。行こっかな。
────はぁー?? あんなん無視しろって! そのためにあんたが好きなバニラ味奢ったんだから、もう少しいなよー。
──…うん、そう。そだねー。
……
…
もう堪えきれなかった。
あいつが伸ばす温かな手を飛び越えて、私はめちゃくちゃに抱きついた。
「ぐっ…! のざっ、春花ぁ…!! ごめんっ、ごめんなさいっ……! 本当に私のせいで…っ、謝りきれな…くても……謝り続けるよっ!! ごめんなさいっ…、ごめん、なさいっ…!!!」
「…えっ? た、妙ちゃ…、」
「殺してよっ…! 親友の頼みだと思って聞いて……!! …ずっ、……っ…! 私を殺して…っ!!」
「──っ!!」
なんだか涙が止まらなくてやばくなってきた。
それは、私の心中もそうだった。
冷たい塊がどんどん溶けていくかのような感覚。清涼感があった。
「…っぐ……! バスん中で、見たでしょ…! 人間を生き返らせる魔法みたいなの……!! だったら、優勝して……あんたの家族全員……元通りにさせなさいよ………っ!」
「そ、そんなの……。妙ちゃんを犠牲に…、で、できるわけな…、」
「いや…やっ…ひぐ……! …やってってば…っ!! お願い…だから……!! 親友のお願い…なんだからぁっ……!」
「わ、私…、」
「──妙ちゃ……あ、っ…!」
私は、支給武器である『ハサミ』をあいつにぎゅっと握らせた。
ここまでくると、もはやプライドも何も無い。
私は春花の声を遮ってでも、本心をたくさん溢れ出した。
「最後に言っとくけど……、私相場なんか全っ然好きじゃないし…っ。むっ、…むしろあんな男に………あんたを取られるのが嫌だったん、だから……!!」
「…私だけを見ててほしかった…っ! 好きだったんだから…、あんたがっ……。友達として、…」
「流美のクズも久我もアイツらバカ共は何もわかっちゃいないっ!!! ……ルックスが整ってるあんたが………あのっ…クソ田舎で一番輝いていた女の子だったから……っ!!」
「えっ、そ、それ……」
「春花が……凄い…好きだった、のよ…っ!! …だっ、だから────」
だから、あんたを幸せにさせて。
私は、ハサミを完全に託した。
頬同士くっつけながら、好き勝手泣きわめいて私は馬鹿だと思う。
堪えてきた物を放出したのだから、震えと嗚咽が未だ止まらない。そんな自分がほんとに馬鹿で仕方ない。
だけども、そんな馬鹿素直になれた自分が好きだ。
もうすぐあの世行きだっていうのに、まるで賛美歌を合唱されたかのように凄く清々しかった。
それでいて、時が止まってずっと春花と共にいたい気持ちだった。
「うん…………。じゃあ、たっ妙ちゃん。やる、よ……」
私の手からすっと、ハサミが取られる。
これで、終わり、か────…。
「…やっぱ、最後に一つだけ。私からもお願いして、いいかな?」
「…ん。な、何…?」
「もっかい…。髪切ってよ。これで」
…。
…は、はぁ…?
「伸びちゃったから、前みたいに。…いいよね? 親友の頼み、だから」
そう言って春花は、ハサミをすっとリリースしてきた。
さすがに私も、ちょっとばかり呆れた。
あっ、でも…。と。
こいつの自分がしっかり表現できて、それでいて心が強いとこも私、好きだったんだよな…、って。
今、思い出した。
「…ったく、しゃあねーなぁ。さっさと済ますから、文句言わないでよねっ…」
髪が一本一本、風に吹かれて──。
涙の粒と一緒に、ネオン光の中へ吸い込まれていく────。
◆
自信はなかった。
体力も知力も人並み以上に優れているわけではないし、そもそも七十分の一という限られ切った椅子取りゲームに勝ち切るなんて絶望視しかできない。
だけど、私はそんなこと言ってられない。
お父さん、お母さん、祥ちゃん。
そして…、妙ちゃんに。
家族のきずなと、そして親友の思いを無駄にできないんだから。
ただ、生き残る自身はないけども、私には他の参加者たちと比べて一つアドバンテージがあるのは確かだった。
普通の一般人なら、生涯一回もすることないであろう経験。
『人を武器で殺し切る』経験値が、私には蓄積されている。
橘吉絵のように、目玉を突いて、頭をかち割るか。
三島ゆりのように、容赦なく殴り倒して殺すか。
加藤理佐子のように、逃げ惑う隙だらけの身体を切りかかるか。
久賀秀利のように、出会い頭に腹を突くか。
真宮裕明のように、武器を奪って射殺するか。
池川努のように、身体の一部をぶち切って悶絶させるか。
小黒妙子のように、心臓を一突きするか。
過去の経験を基に、私は絶対優勝して魅せる。
絶対…に。
このバトル・ロワイアルは、人生をまた最初からやり直すチャンスなんだから。
「絶対に…このチャンスを掴む…。二人三脚で……っ」
ミスミソウは、百合の花。
百合の花言葉は"massacre"(虐殺)。
【小黒妙子@ミスミソウ 死亡確認】
【残り69人】
【1日目/A1/バス停/AM.00:35】
【野咲春花@ミスミソウ】
【状態】健康
【装備】???
【道具】???
【思考】基本:【マーダー】
1:皆殺し
2:優勝して家族を生き返らせる
3:妙ちゃんの思いを無駄にしない
※参戦時期はあのバス停で会う直前くらいです。
※ベンチにて、小黒妙子の死体が放置されています。
最終更新:2025年08月31日 13:37