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『悪E気持ち』








 少女がちいさい頃、父から読み聞かせられた一冊の絵本。


「わぁ……!」

子ガモが産まれて最初に見た相手を親と認識するように、その絵本の内容は生涯、少女の心に深く深く焼き付いたという。




 ~ゆうへいされた おうじょさまは、かなしみに くれる まいにちでした。~

 ~それは、けっして まおうのしろ にいるのが かなしかった、という わけではないのです。~

 ~なんにち まっても。なんじゅうにち まどを ながめても。~

 ~だれも じぶんを たすけにきてくれない。~


 ~「もしかしたら わたしは みんなに ひつようと されていないのかしら。」~



 ~おうじょさまは、さみしくて なみだで まくらを ぬらすひび でした。~


 ~そんな あるひ でした。おりの かぎが こわされ、かのじょは、だれかに おひめさまだっこを されました。~

 ~とつぜんのことに おどろきを かくせない おひめさま。~


 ~そうです。そのだれかさん こそが おうじょさまを たすけだした ヒーローだったのです。~

 ~おうじょさまは、といかけました。「もし。あなたは、だれですか。」~

 ~すると、その おとこのひとは さわやかな えがおで かれいに こたえました。~


 ──名乗るまでもないですが、仕方ありません。僕は東のユーマハサ王国からきました……、




────王子、です。








 夜のセンター街。
彼女は、この『異世界』の匂い故に、猛烈な吐き気を催したという。


「はぁ、はぁ………。」



「……ファリン…、もしファリンならどうする…の…………? はぁ……」


 金髪エルフの魔術師──マルシルは、無人ながらも活気溢れたパワーを持つこの繁華街にて、顔色を悪くしながら座り込んでいた。
なにせ、ダンジョン内にていつも通り信じられない魔物飯をたいらげ、午睡に浸っていたところ目を覚ましたら「殺し合いをしろ」だ。
命を懸けた戦い。
それを強いられたのもさることながら、今自分がいる世界の『異様』さに臆せずいられない。
 バス内にて目を覚ました起因も、嗅いだことのない妙な空気感に違和感を覚えたからだ。
どういう原理で高速移動しているのか分からない箱の中で、妙な服装の人々に挟まれている。
そして、トネガワと名乗る男が動かしてみせた『ぱわぽ』なる動く絵。
『魔術』で動く世界で生きたマルシルにとって、この現状は凄まじいカルチャーショックだった。
気が気でいられなくなるのも無理はないだろう。

 ただ一つ。
マルシルにとって奇妙なこの異世界にて、一つだけ名残りある光景が見られた。
それは、バス内にてトネガワが最後魅せた行動。
ぐちゃぐちゃな死体の少女を、指一本生き返らせるというあの非現実的なシーンであった。
いわば、『魔術』だ。


「……ぐっ……。はぁ、【蘇生魔術】………」

 蘇生魔術。
言わずもがな、我々『渋谷区が存在する世界で生きる者』からしたら、死者蘇生など有り得ないこと。

つまりは、この渋谷が舞台の現実にて、魔法が使えるマルシルには圧倒的アドバンテージがあるのだ。

聡明な彼女はそのことに気付いている。
自分が優勝できる確率が、誰よりも高いことに。


「…ファリン……ッ…。はぁ……、」

「アナタが今の私を見たら……軽蔑する、だろね……………。はぁ、はぁ………。で、でも…仕方ないんだから……!」


「他に方法なんかッ…、ないんだから………ッ!!」


 センター街にて、彼女はラインを超える決意を固く誓った。
ライオスもチルチャックもセンシも、誰彼構わず全員皆殺し。
辺りを埋め尽くすように立ち並ぶ、この異様な空気感の店や建物も巻き添えで、全部燃やし尽くすつもりだ。
休息を挟みつつも、体力の限り殺して瞬殺して減らしていく。
 それでいて、マルシルは罪悪感を背負う気はさんさらない。
何故なら、優勝の願いは「参加者全員生き返らせる」と即答するつもりだからだ。

「………それは無理でも、最低限ライオスたちだけは復活させる。絶対…」


 過程よりも結果。
そう、マルシルの頭にはそれしかない。
自分が生き残りさえすれば、どれだけ手を汚そうとも構ってられなかった。
両手にギュッと握られるは、支給武器。
自分が愛用している魔法の杖だ。


「私しか…私にしか…できないんだからぁ……!」


 震える自分を鼓舞するマルシル。
思うのは簡単だが、いざやるとなると躊躇いたくなって仕方がない。
嫌な上司や家内をボコボコに張り倒す妄想はできても、行動には移せないことと一緒。できないのである。
 しかし、追い込まれた彼女はもはや今更考える余裕すらない。
ゆらりっと立ち上がり一歩一歩踏み出すマルシル。
殺意で、陽炎のように揺らめく彼女の姿。
気づかずとも、彼女は既に『鬼』となっていた。



「恨みなんかないけど……、はぁ…っ……。ごめんっ……」


「…まずは、──あいつっ………!」


 マルシルが、杖を向けた先は十メートルほど遠くにて。
無防備に背中を向けながら、ふらふらと闊歩する男性だった。
社会人のスーツを纏ったその中肉中背は、どこか冴えない印象があり、殺人なんて無縁の一般人に感じる。
黒いカバンを片手に、そいつは辺りの店をキョロキョロと。
こちらには気づいていない様子だが、やはり警戒は十分なようだった。
 改めて考えたら理不尽極まりないものだ。
名前どころか顔すらも知らない、一ミリも殺意なんて抱いていないその男性を、今から死なせるのだから。
ならばと。
せめて、苦痛を感じさせず葬りたいので、マルシルは頭に標準を定めて息を吐く。


「三、二、一…でやろう……。カウントダウンしてから……」

 既に憔悴しきった様子で、ブツブツ呟く。
 私は、才女だから、優等生なんだからできる…。やれる…。
それに、殺し合い反対してる参加者に比べたら私は従順で、企画者サイドからしたら優等生なんだ……、と。


「はぁ………三、二………、」

 自分に言い聞かせながら、彼女はカウントダウンの終結と同時に、魔法の詠唱を開始した。



「………いちっ…………──、」




 奇しくもその折であった。

サラリーマン風の男性は、唐突に左折。
近くにあった黄色と黒な看板の店へと駆け出したのだ。 



「………えっ、いや!!!」


 のそのそ歩いていた標的の急な方向転換。
こちらに気づいたのか、と。
マルシルは焦って、焦って思考が纏まらなくなった。


「ちょっと、待ちなさいってばあ!!!」

 その為、大慌てで彼女も入店することとした。
さっきまでの用心深い態度はなんだったのか、というマルシルの大声が町全体にエコーする。

 ウィーンッ。
彼女は、どういう魔法で動いてるか理解できない自動ドアを、特に気にもとめずくぐり抜けていった。



店の名前は、『松屋』。





……
 店内は、当然だがサラリーマンの一人しかいない。
「♪だーでぃだでぃどぅー」とラジオからBGMが流れるだけで、雑多音はなく。
疲れ切った様子で食べ進める客たちも、店員すらも誰一人さえいない。人の気配はまるでない。
それでいて、床はきれいに磨き上げられ、テーブルも椅子も整っていたものだから、オープン前の新改装店に侵入した気分だったという。

 不思議なことに、奥の厨房からはホカホカと料理の匂いが漂ってくる。
肉とタレが絡み合ったその香り。
焼けた牛肉がまた香ばしい。
深夜のこの微妙な時間だと空腹的に苦しすぎる、たまらない匂いが立ち込めていた。


「…ごくりっ」

 思わずマルシルも生唾を飲んでしまう。


「…って、そんな場合じゃないっ!!」


 首をブンッブンと横に振って、彼女は再び臨戦態勢を取った。
杖を向ける先は、カウンター席に座るサラリーマン。
メガネをかけていて黒髪。
ライオスと同じくらいの年と捉えれるその顔は、またしてもどこか冴えない表情だった。


「悪いけど、貴方を今から殺すからね…ッ! ほんと…覚悟しなさいよッ!」

「………」


「そういう運命なんだから……。仕方ないんだからね…!」

「………」



「……なんか言わない、の…?」


「………………」


 彼と対戦合間見ようとするマルシルだったが、終始スルーで返され続ける。
サラリーマンは表情も無で、机を一途に見つめていた。
殺人者に捕まり覚悟をした、といった様子なのか。


「…………ちょっと、あな………………んんっ?!」


 いや、違う。
男性は自分の目の前にある『物』に夢中で、金髪の変な女なんか眼中にないといった様子だった。
テーブルに置かれた、青色の丼ぶり。
ホカホカと湯気をたちこめるそれに、レンズの奥の瞳がギラギラ光っていたのだった────。



【今回のお品書き】

『牛丼~超特盛、つゆダクダク、肉増しをチョイスして~』

  • ご飯
  • 牛バラ肉
  • 玉ねぎ
  • タレ



「…いや、食ってる場合かァ─────────っ!!!!!」

 マルシルがキレ気味で突っ込みを入れたのも無理はないだろう。
自分は相当な覚悟を決めて、このゲームに馴染みこもうとしたというのに、目の前の男はのんびり食事タイムなのだから。
その舐めた姿勢を前にして、八つ当たり気味の魔法ぶち込みをしなかった点は称賛すべきだが、とにかくマルシルはツッコミに夢中だった。



「…いただきます」

 一方で、男の方も別に飯を食らうことに無理はないことは言えよう。
彼の視点で遡ると、残業を終え気づけば夜の十一時。
フラフラになりながら、チェーン店を探していたところ、気がついたらあのバスの中だったのだ。
 主催者からも「食事は施設で取るように」と説明を受けている。
食券ボタンを押したら、何処からともなく牛丼が出現したことは不思議だったが、とにかく男はこの空腹問題を解消したかった。
それが例えバトル・ロワイアル中でも、である。


 彼は、割り箸を折るとほっかほかの肉の山に突き入れる。
持ち上げた肉がじゅわぁあぁ、とタレを垂らし見るからにできたてアツアツだった。
男は思わず喘ぎに似た声を漏らす。


「うわ……っ、──」


「──…うまそう……………」



「美味そう…、じゃないわい──────っ!!! こっち見なさいってのーー!!!!」



 ごくっ。
彼は頬を紅潮させ、涎を飲む。
いや、もはや抑えきれずにいる。
ヨダレが口からこぼれ、一粒…二粒…それは汗もまた同様。
気づけばカウンターは、彼から生じた体液でベッタベタに埋め尽くされていた。


「こっち見なさいって………えっ…────」

 金切り声が急に止んだ。
ポタ…ポタと溢れ出る肉汁と、男の清涼な唾液。
彼の様子を見て、マルシルは何を思ったか黙り込んでいた。
「お届けしました曲は、鈴木雅之で──、」とラジオのDJの声だけが響く中、彼女は棒立ちに見つめ続ける。
彼の、夜食の様子を。ずっと。



「あんむっ」


 男は口を開いた。
そして山盛りの牛肉を丁寧に口の中へ、放り込んだ。

口内を、脂がこれでもかと満たしていく。
こんな薄っぺらい雑肉にさえ、牛特有の甘い脂があるんだから有り難いものだった。


 もっ、

  がばっ、


「はふはふっ、はむっ…」


 肉を味わった後は熱々のご飯をすかさず掻き込む。
玉ねぎもまたその甘みがいいアクセントを出していた。
汁が浸かった米の飯は、ほんとに火傷寸前に熱く、男はハフハフ冷まさざるを得ない。
その口内運動の影響で、またも唾が、米粒が、周囲へと飛散していく。
それは紅ショウガのケースや、レンゲ入れ、壁に貼ってあるポスター、はたまたマルシルの頬まで飛んでいき、べったべたに付着した。


 それでも、男は気にせず舌を突き出して牛丼を掻き込んで行く。
美味い、美味い。と。
空っぽだった胃がどんどんずっしり重たくなってきた。


 考えてみれば、『食事』というものはストレスという負荷をかけられし現代人に、平等に与えられた至福の時間だ。
それは誰にも邪魔されず、自由で、縛られてはいけない行為。
じゅるじゅる、音を立てて牛丼を食らう男は、そういう観点からしたらまさに模範的な食事と言えるだろう。

 マルシルはふと男の顔を見た。
丼をきれいに平らげた男のその表情はまさに幸せそのものだった。
眉を下がりつつも、頬は赤く染まり、汗で濡れきった顔。

──そしてその目は、幸せを超えて『絶頂の目』であった。



「うっま…………」




 男は米粒でベタベタになった口周りを、袖で拭き取った。




(いや、ちょっと待ってよ…………………!)


 そんなサラリーマンの食事を見て、共鳴したかのように頬を赤くした者がいる。
立ち尽くして、わなわな震える彼女。
口に手を当て、こう思わずにいられなかった。


(嘘っ………‼)


(す、すっごい…『可愛くてかっこいい食べ方』……………!!)


 彼女は、自分の頬についた湿る米を手に取り、感傷に浸る。
これは、俗に言う恋──だったのだろうか。

 不意に、彼女は幼い頃好きだった絵本を思い出す。
好きだった、『あのひと』。
そう。具体的には絵本に出てくるキャラクターが好きで好きでしょうがなかった。
そのため、幼き彼女は絵本の主人公であるお姫様を自分に脳内で書き換えて読んでいたという。



「まるで…」



 ~おうじょさまは、といかけました。「もし。あなたは、だれですか。」~

 ~すると、その おとこのひとは さわやかな えがおで かれいに こたえました。~




「…私の王子様…──────────っ!!」




 マルシルは、いつか自分にも救いの王子様が来ると、待ち焦がれていたのだ。


 そうなると、もう感情を抑えきることができない。
さっきまでの殺しの覚悟はどこへやら。
今にも店から出ようとするサラリーマンに、マルシルはアプローチしに行った。


「ちょっと、待って!!! ねえ!!」

「あっ、なんですか」

「ほんとお願いっ! 私と一緒に行動してっ!! 私マルシル・ドナトーっていうの!! ね!」

「はあ。食券押せば…勝手に飯が出てきますよ」

「いや飯はどうでもいいわァー!! …と、とにかく私、あなたといたいんだって!! い、いいよね?? ねえ!?」

「…えーと、まぁ。ご自由に」



 王子は、無愛想な態度で答えた。





 退店。

 夜のセンター街にて、二人は歩く。
片方は、金髪エルフ。もう片方は、仕事ができなさそうなナヨナヨしたサラリーマン。
傍から見れば不釣り合いな二人だ。
 だが、マルシルはこの上ない幸福感、そして天にも舞い上がるような高揚で満たされていた。
なにせ、隣りにいるのは自分が思い続けていた王子さまなのだから。
唾と汗をたくさん飛ばしながら、色っぽく食べるそのセクシーな姿。
何年も前から待ち続けていた理想の人間がいるのだから、もう怖いものは何も無い。


 王子の名は──、飯沼。
普段こそは冴えないものの、いざメシを喰らえば見る女全てを惚れさせる仮面プリンセス。


欲を言えば、絵本通りに真っ白な白馬がいればな…と。

理想の王子の隣をひっつきながら乙女・マルシルは、恋に落ちた。


(ふふっ! この気持ち、初めて……っ)




(私の王子さまっ……──)












「いやいやいやいやいや! いやいやいやいやいやいやいや!! キモいわ!!!( | △ |;)」


【1日目/F5/渋谷センター街・マルシルらの背後、電柱にて/AM.01:01】
【うっちー@私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!】
【状態】健康
【装備】???
【道具】???
【思考】基本:【静観】
1:食い方超気持ち悪っ!!( | _ |;;)
2:キモイ!!キモキモキモキモキモ…



【1日目/F6/渋谷センター街/AM.01:00】
【マルシル・ドナトー@ダンジョン飯】
【状態】健康
【装備】杖@ダンジョン飯
【道具】???
【思考】基本:【微静観】
1:うっとり
2:飯沼と動く
3:一応優勝狙い

【飯沼@めしぬま。】
【状態】満腹
【装備】???
【道具】???
【思考】基本:【静観】
1:とりあえずどうすべきか…。


前回 キャラ 次回
001:『あんたが客で、私がその髪をカットして、 003:『毎日がひなまつり
うっちー 039:『ゴースト 血のシャワー
マルシル 043:『【明日の天気は曇りのち】
飯沼 043:『【明日の天気は曇りのち】
最終更新:2025年05月10日 23:11