Opening『交響曲第一楽章「海老名は二度死ぬ」』
時は現代。──平成28年。
西日がゆったりと都市を包み込む。
紅く照らされるのは、ズタズタに亀裂の走ったアスファルト、マッチ棒のように無残に折れ曲がった信号機、そこかしこに転がる廃車、そしてビルの割れた窓ガラス群。
あたりには煤の匂いが立ち込め、夕陽の赤に共鳴するかのような血臭が重なる。
つい二日ほど前までは多くの人々が交差点を行き交っていた街の原型は、もはやない。
惨状に次ぐ惨状。崩壊しきったゴーストタウンがここにはあった。
──一体、この『渋谷』で、何があったというか。
答えを握る鍵はただひとつ。
あるビルの屋上にてポツンと落ちていた、『カセットテープ』が教えてくれるのではないだろうか。
一人の者がそのカセットテープを拾い上げ、再生ボタン向けて指に力を入れる。
カチ──
グルグル…──
ザザ───────────ッ、ザザ───────────ッ
雑音に埋もれた無音の数秒。
録音環境が劣悪だったのか、しばらくは耳障りな砂嵐しか響かない。
だがやがて、ノイズの海から録音者の声が浮かび上がってきた。
──この街で生き延びた、無名の『証言者』の声が。
※※※
ザ───────────ッ
ザ───────────ッ
ザザザ───────────ッザザ……
…す、てす…ザ───────────ッ
えー……この……
ザ───────────ッ
このテープを…再生してくれた貴方へ。
これを聴いているということは、…私はもう既にこの世にはいないでしょう。
『…こころの手紙かッ!!』
『話し始め、…それ?』
……。
えーと。…んんっ、あー、失礼しました…。
何しろこういうことは初めてというか、…不慣れなものなので。
まぁ、でも陳腐な言い回しになってしまいましたが、本当にこれを聴いてる=私は死んでることになってるんですよ。
なにせ、例によって『生き残った』場合、このテープは処分する予定ですからね…。
『スパイ大作戦みたいなこと言うなぁ』
『まぁ…テープ残したら『殺人の物的証拠』になりますから……』
ええ、そんなわけで。どうか私の思いを考えながら、耳を傾けてもらえたらと。
…ん? あぁ、そうそう。
さっきから後ろで聞こえてる声は、私のー、『この場』で出会った同士たち。
いわば仲間達です。
出会いの経緯は……まぁ色々ありまして。
話し出すと長くなるので、ここでは省略しますが──…、
『それ説明するために録ってるんでしょうが!!』
『もう…ザザ──────────…(雑音につき聞き取り不能)ですか!!』
『だからザザザッ──…(聞き取り不能)にやらせるなつったでしょ。グッダグダで…』
ザザ───────────ッッッ
ゴオォォォオォォォォッ…
(何かが大破する音?)
『…』
『…あっ』
ザザザ───────────ッザザ
(グチャ、グチャ……と、鈍く湿った音が延々と響く)
ザザザ───────────ッ
ザザザ───────────ッ
ザザザ───────────ッ
『はぁ…はぁ…ザ───────ッ(聞き取り不能)が…………んや……………』
ザザザザ────────────────────────────────ッ……………
………。
これを……。
これを、聴いてるあなたへ。
ほんの十分ほどなので、どうかご清聴ください。
私の……、私たちの、生きてきた証。
『闘い-Battle Royale』の記録を。
ザザ───────────ッ
『ね…い…………力を………っ』
まず。
…あれは二日前のことでした。
自らの意思で車に乗る人を『乗客』と定義するとしたら──、否。
私たちはま、
──────────プツンッ。
※※※
テープはそこで途切れていた。
◆
◇ Heisei Comics Battle Royale ◇
平成漫画バトル・ロワイヤル
人間は“肉”である。
────ミートきよし(談)
【弱肉強食】。
それはすなわち──食うか、食われるか。
『食』とは、生の証であり、同時に生の特権でもある。
生き延びるために、人はただ、貪欲に食らい続けねばならない。
だからこそ、今。
サバイバルが幕を開けるのだった────。
◇以下、回想。◇
………
……
…
◆
深夜の首都高を、一台の大型バスが走り抜ける。
奥行き広し車内には、五十──いや、七十人ほどの老若男女様々な乗客が腰掛けていた。
──否。彼等は皆『乗客』ではない。
というのも、仮に【乗客】の定義を『自らの意思で乗車した者』とするのなら、七十人のうち誰ひとり、その条件を満たしてはいなかったからだ。
全員が一様に、戸惑いと不安を隠せない。
なにせ目を覚ましたとき、そこは見知らぬバスの座席。
記憶の整理がまるで追いつくはずもない。
ここはどこなのか──。
なぜ、自分はここにいるのか──。
手を顎に添えて黙考する者、
不安を少しでも解消しようと周りに話しかける者、
思考を諦め、移りゆく景色をただ眺める、愚者。
張りつめた空気が充満する車内で、ただ一人。
最後尾に座る男だけは、この不可解な状況の正体を、すでに悟っていた。
(危機っ…、圧倒的…危機っ……! 何をやらされるのか、さっぱりだけども……。…とにかくヤバイっ……!!)
額から冷たい汗を伝わせる、サングラスの黒服。
(なぜ…、なぜ僕は……)
彼──佐衛門は、疑念に苛まれていた。
(『帝愛のバス』に…乗ってるんだ……っ?)
佐衛門が思い出すは、つい数ヶ月ほど前。
──『チーム利根川』発足当初、一泊二日の社内旅行に連れ出された時のこと。
チームの親睦を深めると名分の元、福利厚生施設へキャンプに向かったのだが、その送迎で乗ったのがこのバスだったのだ。
従って、今この事態は帝愛絡みであることは明白だったが、
──佐衛門、彼にとってそれこそが、何よりも恐ろしい現実だった。
「ぐっ………!」
恐怖という暗闇が、彼を包み込む。
(このバスがどこに向かってるのか…何をするのかさえ、僕には分からない…。──)
(──ただ…っ、ただ………っ! そういうことだろっ…………、意識がない間に連れてきたってことは…………!──)
(──『推奨されたら絶対拒否するような、ヤバい行事に参加させられている』──そういうことだろっ……?!)
ましてや相手は帝愛。
人を人として扱わぬどころか、徹底的に痛めつけ、もがき苦しむ姿を愉しむ連中である。
そんな奴らが仕組んだ『何か』に巻き込まれているという──想像を絶する恐怖が、骨の髄まで染み渡る。
故に、佐衛門は血の気は引き、顔は自分でも分かるほど青ざめる。
胸のざわめきは、もう漏れ出そうなほどに抑えられなかった。
ざわ…ざわ…
ざわ…
──バス一帯は不安のざわめきで、徐々に充満していく。
「あっ、ああの……っ、すみません!」
「…え、あっ。なんですか…?」
不意に、隣席から声がした。
振り向けば、茶髪をツーサイドアップに結った女子生徒らしき少女が一人。
彼女は、困り果てた顔で左衛門の顔を見つめていた。
「こ、ここ……どこなんですか…? わ、私……お、起きたらココにいてて……わかんなくて…ぇ…」
震える声で放たれた当然すぎる疑問。
佐衛門は一瞬どう返答を取るか困惑したが、とりあえずパニックに陥らせないよう無難な返しを発すことにする。
ふと、見渡せば周囲の人々は帝愛とは無関係そうなカタギばかり。
その無作為な人選がまた一層、佐衛門には不気味でならなかった。
「……すいません、僕も目が覚めたら…って感じでして……っ。とりあえず、今は落ち着い…、──」
ここで、佐衛門は思わず言葉を途切った。
それは、あまりに一瞬であったため、佐衛門には落雷かスマホのフラッシュにしか思えなかったという。
なんの前触れもなく、閃光が走る女生徒の首────厳密には『金属首輪』。
「────えっ?」
奇しくも落雷と同様、わずかな遅延をもって訪れたものがある。
ボンッ──。
空間を裂く爆音。
直後に、肌を打つ生暖かい飛沫。
女生徒『だった物』が、糸の切れたマリオネットのように、ゆったり自分へ寄り掛かる。
「…はっ……い、………………?」
「………………ぁ…ぁ、あ………………ぁぁあ…………っ!」
返り血でぐっしょり濡れる佐衛門の顔。
少女──海老名菜々の、爆発の影響で歪み大破した生首が、ゴロゴロ、ゴロゴロゴロ──と。
「ひ」
「…えっ………」
前へ、前へ。
床を染め上げ転がっていった。
「いやぁあああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!」
【海老名菜々@干物妹!うまるちゃん 死亡確認】
【残り69人】
「わっ…、わぁああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!!!」
段々と拡大していく車内のパニック。
悲鳴、絶叫、泣き叫び。
「開けてくれえっ!!! おいっ!!!!」
「出してえぇぇええ!」 「逃げろっ、逃げろおおおおお!」
ざわざわ…ざわざわざわっ……────。
死臭が充満するにつれ、パニックは加速していった。
「嘘だっ…………。嘘だろ……っ? …そ、そんな…こと……」
そんな中で。
佐衛門を覆ったのは恐怖ではなく──底知れぬ絶望。
幼少期の頃から、佐衛門は『悪い予感』だけは確実に当たる性質だと自認していた。
『今日はいい日な気がする』──と思えど、その通りになったことは無いが、てんで悪い予感だけは馬鹿みたいに的中するのだ。
それ故、彼は改めて絶望した。
『圧倒的最悪な行事にぶち込まれたかもしれない』と予想した、
自分に。
「そんな………嘘に……き、決まってる…‥だろう…が………がぁ………」
『ククク……』
────────Good morningっ…!
「…!!」
佐衛門は、──いや佐衛門のみならず、乗客全員が思わず顔を上げた。
視線の先は一同不気味なまでに揃って。前方から響く、エコーのかかった『声』へと。
『ククク…クック……!』
声の主の不敵な笑い声。
直感的に、皆が皆、奴が事態の黒幕だと察せられる。
同時に一方、佐衛門にとっては──『親しみ深いあの声』が不気味に響き渡った。
「な、なっ?!」
転がり続けた海老名の頭が、黒革の靴先に当たり、ようやく止まる。
ピシャっとした汚れ一つないスーツが気品高い、その男。
マイク片手にニヤニヤと笑う、小ジワを刻んだ、その顔。
そして、そのモダンな白髪。
察しが良い佐衛門とはいえ、『黒幕』の正体を予測することはできなかった。
その男を、なにか野生動物に喩えるのなら、まさしく──。
『Good Morning──。おはよう! ゴミめらがっ…!』
「と、利根川先生っ!?」
────『蛇』だった。
◆
『ククク…っ!』
「……」 「……………っ…」
車内は水を打ち殺したかのように静まり返る。
誰もが顔を引きつらせ、ただ前方の男一点を凝視していた。
『この静けさたるや…、まるでサーカス……! 貴様らは、猛獣使いが戻った途端のトラやライオン……っ!! …だなんて、まぁ無理もないよな……っ。───』
『──今しがた、こんな惨状を見せつけられたのだからなァ……っ? クックク…』
利根川先生。
──利根川幸雄は、そう言いながら海老名をくるり、くるりと回した。
飛び出した眼球は虚空を泳ぎ、砕けた顎は血肉を垂らしてグラグラはしゃぎ揺れる。
「うげぇっ…」──最前列に座る女の子が、慌てて口を押さえた。
『さて……まずはご挨拶を。こんばんは。私、この場の責任者を仰せつかっております──利根川と申します……。結論から申しましょう……。──』
『君達、選ばれた七十名には………『最後の一人になるまで殺し合い』をしていただきたいっ………!!』
言い終えるや否や、利根川は持っていた頭をぞんざいに放り投げた。
鈍い放物線を描いていくボール。「ぅおわあっ!!」と、男の声がこの沈黙の中響いた。
「……………っ!」
──殺し合い。
淡々と発せられたその言葉は、シンプルにして残酷。
悪趣味を極めた企画の響きに他ならなかった。
人間競馬や、焼き土下座。
入社以来、これまで帝愛が行ってきた非道を山ほど目にしてきた佐衛門。
そんな彼ですら衝撃的と感じる外道遊戯が、利根川に宣言されたのだ。
いや、衝撃的というより、──『信じがたい』か。
「…そんな……どうしたんですか……っ。利根川先生……っ」
無論、佐衛門視点からしても、『利根川幸雄』という人間は、人格者とは言い難い。
なにせ帝愛に長年仕え、No.2候補にまで登り詰めた男である。人として歪なのは確かだ。
だが。
上司として、一人の人間としては──圧倒的理想像だった。
部下を存分に働かせ、行き詰まれば自ら責任を引き受ける。
現代の日本にはほとんど存在しない、器量の大きな管理職の人間だった。
だからこそ、帝愛トップ・兵藤和尊の命令とはいえ、部下である自分を見殺しにする目の前の利根川が信じられなかったのだ。
──分かっている。口を開けば命取りだ。
だが佐衛門は、もはや声を押し殺せなかった。
「やめてくださいよ…利根川先生……っ!! どうしてで…、」
『──ではッ────────……!!』
「………っ!!」
佐衛門の声を遮るように、マイクのエコーが轟く。
その圧倒的な迫力、圧倒的凄みに、彼は反射的に怯んで声を奪われた。
力が抜け、椅子に崩れ落ちるように座り込む佐衛門。
以降、彼は利根川の口から告げられる──『ルール説明』をただ清聴する他なかった。
(……おかしいですよ…っ……。…利根川先生……………!!)
ニヤリッ。
口角を吊り上げ、利根川はマイクを通して告げる。
『では、時間も押しておりますので、これより簡潔にルールを説明いたします…。──』
『──説明は一度のみ。繰り返しは致しません……っ。…後に質問されても、お答えしかねますので、──』
『──どうか皆様…集中力を持って……お聞きください……っ!』
間髪を入れず、利根川は一語一語区切るように十五分を費やし、『殺し合いの規約』を読み上げていった。
──最後の一人になるまで、この場からは脱出できないこと。
──公平を期すため、男女問わず全員に武器が支給されること。
──叛逆を防ぐため、首には爆弾付きの金属製爆弾を装着済みであること。
──六時間おきに、死者発表の放送が入ること。
等が話される。
他にして、
- 四十八時間以内に優勝者が決まらぬ場合、全員の首輪を一斉に爆破する。
- 戦場は『渋谷』一帯。堅牢なバリアーで覆われ、脱出は不可能。
- 食料等は専用店を設備しているのでそこから摂取すること。
といった重要なルール項目も説明された。
参加者を絞殺する勢いで縛り付ける、──悪魔的ルール。
これら全ての説明が、
《なお、》
↓
パパパパ… パパパパパーッ
《なお、首輪は無理に外そうとすると『 』します。》
↓
ジワ~…
《なお、首輪は無理に外そうとすると『爆発』します。》
天井のテレビに映るパワポで解説された。
「……………………は…?」
車窓の外から、ベイブリッジの白いアーチが姿を現し始める。
上記のルールが表示されきった時、テレビが暗転しだした。とどのつまり、ルール説明は以上とのことなのだろう。
これまで無言でマウスを操っていた利根川が、ようやく口を開いた。
『これで私の、説明のすべてを終わらせていただきます。──』
『──皆様の…けっ、…健闘を………心から、お祈り申し上げます』
深々と一礼し、パソコンを閉じる利根川。
ヒソヒソ声一つ聞こえず、まるで葬式会場のように静まり返る参加者一同。
唖然とした表情で固まり切る彼ら、彼女らはきっと、この地獄のようなデスゲームに凍りついているのだろう。
「………………」
訪れる暫しの静寂。
ロロロロ……と、バスの走行音ばかりが耳につく静まりっぷりであった。
「………………………………」
パワーポイントが終了してだいぶ経つが、それでもこの通夜同然の無音が続く。
「…………………………………………………」
無音はまだ続く。
続きに、続ける。
「──────…………………………………………………………」
もはや時が止まったかのような、圧倒的サイレント────。
誰もが息を潜め、口を開こうとしない。
理由は何もおかしいことではない。
冒頭、利根川の口から直々に「質問は受け付けない」と釘を刺されたのだ。
疑問を聞いたところで返答に期待はできない上、口を開いたら殺される不安もある為、皆が皆空気を読み続ける。
指示に従い続けた。
だが。
この沈黙は、利根川にとって『予想外』の事態他ならなかったという。
『…あ、あー……。ちょっと…皆さん~…?』
「…………………… 」「……え?」
『皆さん~~~? あ、あの、え~っと…? いいんですよ? なんか質問は…あるんじゃないかな~~~…みたいな?』
この間の抜けたトーンで質問を促すは、信じられぬが利根川幸雄本人。
会話の続かなさ故に気まずくなった人のように、ナヨナヨと重い口を開き始めた。
──何が悲しいのか。彼の額には次第に大粒の汗が滲み始める。
『……み、みみ、皆さん~~? な、何か質問とかは……? ほ、ほら!! 何でもいいんですよ~!? しゃ、喋ってくれないと…私も困るんですけど…。ぶっちゃけ…』
とうとうハンカチまで取り出し、必死に笑顔を取り作る利根川。
そんな姿を、佐衛門の目にはどう映ったというのだろうか。
「え………? えぇ…??」
見かねた様子で、恐る恐る挙手してみることとした。
「じゃあ……その……質問を一つ。な、何故…パワポを……、」
『Fuck You!!!!!!! ぶちころすぞゴミめがっ!!!!!』
「…ひえっ!!??」
『お前たちは皆大きく見誤っている!!!!!!!! この世の実態が見えていない!!!!!!!!!!! まるで山菜か何歳の幼児のように!!!!!!!! この世を自分中心求めれば周りが右往左往して世話を焼いてくれるそんな風に!!!!!!──』
『──世間はお前らのお母さんではない!!!!!! お前たちはシャバで甘えに甘え負けに負けてここにいる折り紙つきのクズだ!!!! クズには元来権利など何もない。船の中でも、外でもだ!!!!!!!!! それはお前達が負け続けて来たからだ!!!!!!!!!──』
『─気仙他に理由は~……一切ッなァァァァァァァァァいッ!!!!!!!!』
「…え?!」 「……え?」
「びえええええぇぇぇっ───────???!!!!」
ざわ……ざわっ………。
水を得た魚がマシンガン乱射するかのように、利根川先生は早口で『決めゼリフ』を羅列した。
飛び交う唾は銃弾のごとし。
喋るスピードもまた、銃弾のごとし。
『──お前らが今為すべきことはただ勝つこと、勝つことだアアアアアアアア!!!!!! 勝ったらいいなじゃない勝たなきゃダメなんだ!!!!!!!! 勝ちもせずに生きようとする事がそもそも論外だ。これはクズを集めた最終戦。ここでまた負けるような奴、そんな奴の運命なんて俺はもう知らん、ほんっとうに知らんそんなやつなんてもうどうでもいい。──」
『──勝つ事が全てだ!! 勝たなきゃゴミだァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
質問した佐衛門を筆頭に、全参加者は唖然。
──というかもう、ぶっちゃけドン引きしたが、彼らのリアクションなんて利根川先生にはどうでもいい。
先生にとって重要なことは、この決めゼリフを吐き出し切ること。それこそが目的なのだから。
言い換えるのなら──、
「──『圧倒的無能』…っ!!」
「……えっ?」
「ワ…ワシのスピーチをとりあえず話しただけの……っ!! 応用力も糞もないっ……ドクズっ……!!!」
佐衛門の隣に座っていた中年の男が、小声の毒をボソッと吐いた。
「いや…、──…えっ……?!」
振り返った佐衛門が目を丸くするのも無理はない。
周囲一帯見知らぬ人間で固められたバス内で、唯一『知り合い』だった者が、その隣の男。
その男の顔に、まぎれもなく見覚えがあったからこそ、佐衛門はより一層理解できなかった。
なにせ男は、──汚れ一つないスーツを着て、──小じわの目立つ、──モダンな白髪の容姿。
ヒソヒソ声ながらも慣れ親しんだその声は、最前方の責任者とまるでそっくり──。
「なんだか妙な既視感を覚えていたが…やはり……っ!──」
「──恐らくあのボンクラは、台本かなんかを渡されてたんだろうな………っ。大方、“質問が来たら→Fuck you(以下略)”とでも書かれた……台本を…っ!!──」
「──それをまんま読み吐いたんだ…あのバカは……っ!!」
というかまったく同じ。
利根川幸雄、その人が、すぐ隣に座っていたのだ。
「え??──」
「──…えっ?? え、え。──」
「──……えぇっ?!」
佐衛門は思わず前方と隣を、何度も何度も見比べる。
目の前の光景はただひとつの事実を突きつけていた。
すなわち、進行役として演説する『利根川』と、座席に腰掛け舌打ちする『利根川』。
二人の利根川幸雄が、この場に同時に存在しているということに。
「ほ、本物…?? あなたが…本物でござい…ますか………?」
「チッ…、見分けられんのか……っ!! 自分の上司の顔すら…お前は……っ!」
「あ、うっ…。すみません…!!」
『本物』と名乗る利根川は舌打ちを鳴らす。
佐衛門の脳はもはや処理限界。CPU使用率100%に張り付いていた。
次々に起こる荒唐無稽、状況の読めない出来事の数々。処理し切るのは活動限界寸前といったところだった。
が、とりあえず今隣にいる方を本物と扱った方が都合良い為、こちらに耳を傾けることとする。
「で、でもどういうことなんですか…? 何故…二人も……、」
「恐らく……──『まさやん』………っ!!」
「え…? まさやん……っ??」
「奴と同じ類なのだろう…。この世には三人似た者がいるとはよく言うがっ………、とどのつまりワシによく似たクズが…もう一人………っ!!」
『まさやん』──とは、兵藤会長の影武者として、利根川らがスカウトしたそっくり人間。
正面から見たら団子鼻なのに、横から見たらカクカク。おまけに常に口周りがびしょびしょという容姿の会長。
そんな稀有な見た目の人間が、探せば案外見つかるものであった。
「あっ! …あー………」
「すなわち……ポッシブルっ……!! 十中八九、否──九分九厘……その線だっ……!!」
「で、でも……、だとしたら尚更不可解ですよ…っ!」
「…なにがだ……っ」
「な、なぜわざわざ影武者を進行役に……? 普通に本人がやっても済むというか……。それは置いておいたとしても、じゃあなんで本物と同席させたのか……、それが解せないですよ」
「だから言ったろうっ…! バカなんだよっ…アイツは………!!」
利根川──勿論『本物の方』は、半ば呆れた目つきで『仮性:影武者トネガワ』に指を差す。
その一方で、影武者はなおも延々と、決められた台詞を吐き続けていた。
『勝ったらいいなぐらいにしか考えてこなかった!!!!!!! だから今クズとしてここにいる!!!!!!!!!! 勝たなきゃだめなんだお前らは!!!!!!!──』
『──いいか?! 例えるならな!!!!!』
「あ、この流れだと……次影武者のセリフは、例の………?」
「フンッ、『イチローは~』だろ……」
『『イチロー』は負け続けの人生だった場合…いけ好かないマイペース野郎!!!!!!』
「やはりクズめがっ!」
ただ、『演説』というのは本来、物事の真理を突く理論や、革新的なパワーワード、また工夫された間やトーンで、聴衆勢の心を動かすことが目的。
こうも、ただ喋っているだけではまるで全校集会の校長先生の如し。
自然と聞かされる側も不満が沸き立つのである。
『えーと、あとは…『野茂英雄』は~~…アホだし……!! あと、『黒木智貴』も…ねっ根暗……、』
「ァあぁああああっ?!!! 智貴くんのどこが根暗なんだよぉおおッ?!! ふざけんなジジイこの野郎オオオオオオ!!!」
『えひいっ!!!!?』
影武者が例に上げた黒木とやらの親しい人物からなのか。
どこからか、怒号の野次が飛び出した。
女子ながら野太いその声に、影武者はただアワアワと取り乱すしかない。
『す、すまない…!! 違った!! た…確かに黒木はいい奴だ!! だ、だが『ファリン・トーデン』はぁ……あ~~~~…──ウスノロなんだよォっ!!! 成功しなきゃ!!!!!』
「誰だよファリンって」 「もっと万人が分かる例え持ち込みなさいよ!! バーカ!!!」
『ひぎぃっ!!?? …えひゃ、あああぁ…ぁああ………!!!』
不意打ちの二連続野次。
影武者の精神は揺れに揺れ、もはや立っていられない程、パニックとなった。
そう。
どれほど強者であろうとも、『隙』を隠そうとしなければ弱者に徹底攻撃されるのがオチ。
それは例えるなら、──些細なヒビから決壊に至るダム。──尻イボを隠さないライオン。
尻もちをついてしまった影武者相手へ今、聴衆は一斉に牙を剥くのであった。
「なんとか言えーーーっ!!!」
「お前こそファッキュー!!」 「イチローを舐めんな!!!」
「お前みたいなアホに野茂のなにが分かるんだ!!」 「早口で喋りやがって!!!!」 「ボカロの曲か!! 早口野郎!!」 「そうだそうだァアアーーっ!!!」
ワイワイがやがや…──ざわっ……ざわっ……。
まるで神宮球場・対阪神戦のライトスタンド。
罵声と怒声が渦巻くバス車内は、すでにお祭り騒ぎと化していた。
影武者はいつの間にやら、数人に囲い込まれ危機一髪状態。
進行役の適応力が皆無なため、殺し合いは早くも崩壊寸前であった。
──prrrrrrrr……
──prrrrrr…────
『ヒッ…!!!』
「え?」
だが、転機とはピンチのときこそ訪れるもののようで。
影武者にとっての『救いの光』が、前触れもなく訪れた。
救済の音色は、彼の胸元から──。
──ピッ
『あ、はいっ!! もしもし……。あ、これはこれは…主催者殿……』
木琴のような着信音。
影武者が携帯を耳に当てた途端、一同注目と。先ほどまでの喧騒が虚のように消え失せた。
『あっ、はい…。はい~。──』
『──えっ!? ヒィッ!!! す、すみませんッ!! そ、その娘は……み、見せしめで殺しちゃって……。ほんとすみませんッ!! “海老名だけは殺すな”……って指令…わ、忘れてましたァ……!!!──』
『──あ、いや、あの…その~~……。け、ケアレスミスなので責められても…仕方ないというか…。とにかくすみましぇぇ~ん…!!』
電話越しの怒号は、スピーカー機能をオフにも関わらず車内全体に響き渡った。
このやり取りで、──この場を動かす『黒幕』が別にいて、目の前の利根川はただの傀儡であるlptpを、皆察せた。
が、正直そんなことはどうでもいい。
「失礼します」も言わず電話を切った影武者の顔色は、デスゲームのマスターとしては皮肉にも生気を失っていたのだが、
彼はため息を一つ吐いた後、人差し指を突き上げ、
『はぁ……。【蘇生魔術】~~ドンジャラ~ホイ、っと!』
──と、未だ血しぶきを放出続ける首無し死体へ、『光の玉』を飛ばした。
皆の注目を浴びる中、光は緩やかに、そのたわわな胸に吸い込まれていく。
すると、こんな奇妙で奇跡的なことがあろうことか。
海老名の飛び散った肉片や血液、胴体に集結し、次々に再構築を始めていったのだ。
ゴロゴロゴロ……。
「うおっ!??」
もちろん生首も、元の場所へ向かって転がり始める。
見せしめ──海老名菜々。
見るも悲惨な死体だった彼女は、見る見るうちに元の美麗な姿を取り戻し。
そして、
「……んぐっ!! げほっ、げほっ……。……えっ? わ、私………。…な、なにが……」
蘇生した。
『ふう…っと……』
影武者利根川は、ここに来て信じられない離れ業を見せ、「チッチッチ」と指を振る。
人を生き返らせる魔術師さながらの振る舞い。
彼は自信あふれるしたり顔で、目を丸くした参加者達を前に、ドンっと胸を張った。
『さて皆さん、ご覧の通り……私はこういう芸当ができるんです。優勝者には──そう、《願い事をなんでも叶える権利》を与えましょう。──』
『──だから……ね? 殺し合い、やろ! 殺し合い♪』
一瞬、空気が張り詰めた気がした。
悪魔のようなゲーム、すなわち『バトル・ロワイアル』。
一旦は破綻にかかっていたバトル・ロワイヤルであったが、影武者先生の機転により、ついに。
地獄の黙示録が、幕を開ける────…、
「だから何だァア─────!!! 早く家に帰せ────っ!!!」
「ふっざけるなぁ────────!!!!!」 「知らねんだよアホがっ!!」
「誰がやるかクズーーッ!!」
──ことはなかった。
ざわざわざわざわざわがやがやがやがや──。
うらうらうらうらざわざわざわざわざわ──。
憔悴しきった影武者はもはや目の前が見えておらず、頭の中は『小学生の頃の思い出』で溢れていた。
「(ああ……先生に怒鳴られたときも、地面がぐにゃあって見えたっけなあ……)」
──救いの光など都合よく現れるものではないのである。終わりかけの物が這い上がる夢物語なんて、そんなあるわけがない。
「っざけんな!! 殺し合いなんてやめろバカが!!」 「帰せえーっ!! 帰せ!!」
──まるで、人間とて同じだ。終焉を迎えたものが再起することは、決してない。
「野郎を吊し上げろっ!!!」「お前こそファッQだっ!!!」
──なら、終焉を迎えた者が復活するにはどうすればよいか。
答えは簡単だ。
『…はぁ…。もう、面倒くさいや……』
リライト────『破壊するだけ』である。
影武者利根川は指を鳴らしたその刹那、──閃光。
全参加者の頭が、まるでぷよぷよの連鎖かのようにグチャグチャブチュッと弾け飛んだ。
【バトル・ロワイアル プログラム開始】
【場所は──渋谷】
【AM.0:00 現場到着確認】
【同時刻を以って──始動確認。】
「…っちまいましたねぇ。これ全部生き返らせなきゃいけないんでしょ。ご苦労なこって」
「いやいや…運転手さんも少しは手伝ってくださいよぉ~~…。ほら、肉片集めるとか……………」
────プツンッ。
最終更新:2025年09月02日 13:53