気づかれてはいけない
『参加者各位
以下に 主催本拠地への経路を図示する
なお首輪は オーバーボディやアルミフォイル等により 電波を遮断することで
エリア外に移動した際の爆発を 一時的に防止することができる
準備一切 整えて 来られたし』
@@@@@@@@@@
「――こ、これ、本当かよ……」
茶封筒に入っていた一通の便箋を読んで、
黒木智子は呟いていた。
クリストファー・ロビンの持つその紙面には、ゴシック体で印刷された機械的な文章。
そしてその下部に、複雑な見取り図を貫いて一本の赤線が引かれている。
「……ボクは本当のことだと信じるよ。ボクは導かれているんだ。
現にボクは今ヒグマのオーバーボディを持っている。
これが『本拠地で主催者を討ち果たし、ロビン王朝を打ち立てよ』という啓示でなくてなんなんだ」
道路に屈み込んでいたロビンは、自己暗示をかけるかのように語り始める。
彼はデイパックから出したオーバーボディを着込み、便箋を封筒に戻して道路に置いた。
「ありえねぇだろ……トラップに決まってんじゃねぇかよこんなの……。
夜中のうちにもう40人以上死んでんだ……、あの妖怪ビッチだって……。
絶対降りたら首輪があべしだろ……」
ロビンの様子を見つめながら、智子はぶるぶると首を振った。
考えていることがそのまま口から出て来てしまう。
身が竦んで一歩も動けない彼女へ、ロビンは振り向いて静かに言った。
「ならばまず、智子さんはそこで見ていて下さい。
ボクが無事なことを見届けてから、あなたが来ればいい」
「ヘッ?」
ロビンはデイパックを智子の足元に置いて踵を返す。
仮に首輪が爆発しても、智子に
支給品を託せるように。
そしてもし無事ならば、智子にもオーバーボディを着て、来てもらいたいという、明確な意思表示だった。
なんで私が裏切らないと思える?
このままデイパックを持ち逃げしてしまうかもしれないのに。
なんで恐れもなしに命をこんな紙っぺらに賭けられる?
これが嘘だったら即死なんだぞ!?
黒木智子は、クリストファー・ロビンから目を離すことができなかった。
彼のデイパックを受け取って、智子の心臓はありえないほど早いリズムを刻んでいた。
その間ロビンは、封筒がもともと置かれていた道路のある一部を探る。
「……確かに、普通なら誰も気づかないし、行こうとも考えないはず。完全に盲点だ」
ロビンは、分厚い鉄の円盤となっているその蓋を外す。
そこには黒く粘っこい空間が広がっていた。
すえたような生温い空気が、そこから立ち上ってくる。
薄汚れたコンクリートの円筒がその下方へと繋がり、錆びた梯子が彼らを闇へと誘っていた。
「上手く考えて建てたものだ。……まさか本拠地が、マンホールから繋がる地下にあるとはね」
便箋の図面は、この島の街全体に繋がる、下水網の配管図であった。
@@@@@@@@@@
明かりを落とした研究所の一室で、ただ一台のモニターが青白く光を放っていた。
せわしなくキーボードを叩く音が室内に響き、隣にある大型のマシンが駆動する。
「At last, 完成したわ……。これで参加者たちもヒグマに対抗できるはず……」
コンピューターを操作していた白衣の少女は、そう呟いて椅子に腰を下ろす。
マシンが次々とトレーに吐き出しているのは、絹糸のような細い針。
彼女の次なる目的は、これを会場で目を覚ます参加者たちに届け、少しでも生き残る可能性を高めてもらおうということだった。
白衣の裡には、この研究所への到達方法を印字した手紙もしっかりと封筒に入っている。
「マネーカードの時を思い出せばいい。脚には自信があるし、a piece of cake……」
呟く少女の耳に、廊下を走り来るバタバタとした足音が届いた。
眠たげな半眼だった瞳が見開かれる。
完全に予想外の出来事だった。
研究所の人員はみな実験の設営に回っているはずであり、この最奥部の部屋に来ることなどありえないはずだった。
――私がいないことを気づかれたの!?
自動ドアが開き、眼鏡をかけた細面の青年が、肩で息をしながら入ってくる。
「……有冨春樹……」
「やあ、布束……。今回も色々と裏で仕込んでいたようだね……。ここにいると思ったよ」
彼は荒い息をつきながら、閉まるドアを後にして、動揺する少女の元に一歩一歩近づいてくる。
その歩みを止めるように、少女は鋭く言葉を投げていた。
「有冨、今更私を止めようとしても無駄よ!
私がまたこんな実験に誘われて、裏切りを働かないとでも思っていたの?
Besides that, もう二度とあなたに叩きのめされないよう、私はジャーニーたちと鍛えなおしてきたわ。
参加者のためにも、ヒグマたちのためにも、私はこれで実験をご破算にする!」
「甘い、甘いよ布束……。それでは無理だね。
ヒグマを制御するなら、殺す気でかからなくちゃな!」
有冨春樹は、白衣の胸ポケットから、一本のマイクロチューブを取り出して投げた。
少女の足元に転がったチューブの内には、透明な液体が僅かに封入されている。
「君のはどうせ麻酔か何かだろう? 僕のは『HIGUMA特異的な致死因子』さ。
ごく少量でも細胞に吸収されれば、即座に全身にサイトカインが伝播し、アポトーシス経路が活性化されて死亡する。
急なことでそのチューブの1mlしか持ち出せなかったから、大切に使ってくれよ」
「は……?」
少女には理解ができなかった。
この男は、自分の裏切りを止めに来たのではないのだろうか。
なぜ主催者自らこんな、裏切りを支援するような行動をとるのだ?
少女の心中に答えるように、有冨春樹は言葉を続ける。
「実はね……。ヒグマにクーデターを起こされたんだ。
輸送の途中で研究員が襲われ、会場にも想定数以上のヒグマが出ていってしまった」
「え……!?」
「HIGUMAの培養液もいつの間にか一部盗難に遭っていた……。
襲撃時、研究所のほうぼうの壁が破壊されたから、ヒグマたちがここの外部へ秘密裏に運び込み、反逆のための兵団を作っていたのかも知れない……」
「なによそれ……!?」
「もう小佐古も関村も桜井も斑目も……。
『スタディ』の主要メンバーはみな殺されてしまった。
じきにこの最奥の研究室にも来てしまうだろう。だが、布束を発見できて本当に良かった。
僕が今回用意した最後の策は、君の頭脳なんだから」
有冨は話しつつ拳銃を白衣から取り出し、再びドアの方へ向かって歩み始める。
拾い上げたマイクロチューブが歪みそうになるほど手に力を込めて、少女は震えた。
有冨は話しつつ拳銃を白衣から取り出し、再びドアの方へ向かって歩み始める。
拾い上げたマイクロチューブが歪みそうになるほど手に力を込めて、少女は震えた。
「……だから何度も言っていたでしょう……。あなたたちの管理は杜撰すぎたのよ。
なんで穴持たずの通し番号に重複と欠番ができるわけ!?
研究所のキャパシティも省みずポコポコ作り出したり連れて来たり、全数把握すらできてなかったじゃない!!」
「すまないね。
穴持たず1や君に言われた時点で体制を改めておくべきだったとは思うよ。
わざわざ国外にいた君を呼んだ理由には、『学習装置(テスタメント)』の知識以外にも、君の行動がヒグマの反抗心を和らげると思っていた面があった。
……思えば、『ケミカロイド』の一件の時から、僕らは君に頼りすぎていたんだな」
自動ドアのボタンに手をかけて、有冨は振り返る。
「まぁ、『超電磁砲(レールガン)』に言われたとおり、今回は死んで逃げようなんて楽はしないさ。
あがけるだけあがいて、君も僕も脱出させる」
「……私に言えるのは、番号や通称でではなく、相手はきちんと名前で呼んであげろ、ってことだけよ」
「ははは……。今度彼らと話す機会があったら、覚えておくよ。
布束砥信」
ドアを開けて一歩、有冨はそう笑って、死んだ。
ぞろぞろと唸り声を上げて、五頭ほどの巨大なヒグマが研究室の中に入り込んでくる。
少女は後ろ手に、細い針の束を掴んだ。
潤んだ半眼を強く瞑って、少女は呟く。
「本当……。最後まで『夏休みの工作』のつもり……?
あなたたちは自分が有能なことを、どうしてこんな手段でしか自覚できなかったの……?
後始末は、いつだって私に押し付けるんだから……」
周りを完全にヒグマに囲まれた時、彼女はその目を開ける。
極限まで見開かれたその眼球。
瞳孔がまるで点に思えるほどの、感情の見えぬ爬虫類のような四白眼であった。
「Well, こうしましょう」
一切の恐懼を飲み干すようなその瞳は、泰然として周囲の小動物どもを睥睨していた。
@@@@@@@@@@
「……あの。お客さんがた……」
私は、すぐ横から問いかけられていた声にはっとした。
隣には、苦笑を浮かべた三つ編みの女が立っていた。
洋風の割烹着を着ていて、中学の時のゆうちゃんに似ているが、この女は何者だろうか。
私とロビンは、下水道の脇から続く階段を下りて、中がぼこぼこに荒らされた建物から続く空間にやってきていた。
地下をヒグマたちが掘り抜いただけの、岩盤むき出しの壁が迫る空間だったが、やたら広い。
電気も通っていた。
畑もあった。
なんだかよくわからん工場もあった。
そして、どこもかしこも、てくてくと歩くヒグマだらけだった。
歩くクマなんて
くまモンとかだけで十分なのに。
ヒグマ帝国なんてあるわけないじゃないですか。ファンタジーやメルヘンじゃあるまいし。
でも現に、ヒグマは屋台なんか経営しちゃってるわけで。
ロビンと一緒に違和感なくテラス席に相席で座っちゃったわけで。
私はしばらく呆然としていたわけだ。
「……ヒグマの格好してますけど、人間ですよね」
私のいるテーブルで、二つの気配がびくっと身を震わせた。
振り向けばそこにはクマが二匹。
奥の方に座って麻婆熊汁とかいうものを喰っていたヒグマが、渋い声で訊ねていた。
「……娘さん。何故わかったのですか」
「ヒグマの殲滅とか、討ち滅ぼすとか、ここ何処とか……間違っても言うものじゃないですよ?
それにあなたのお知り合いの人間は目の前でヒグマたちをどっかに連れてっちゃいましたし……。
この屋台には今
グリズリーマザーさんと私しかいないから良かったようなものの……。
向こうのヒグマたちに聞かれたら、利用価値のない人間なんてすぐに食べられちゃいます」
「それにあんたのその声。あんたはアタシを召喚してくれたマスターだろう?
アタシはもとより人間を襲う気なんてないけれど、アタシの旦那も含めて他のヒグマたちは別さ。
今のうちに、こんなところからは逃げなさいよ!」
女の隣にヒグマが一匹増えていた。さっき二杯目らしい麻婆熊汁を持ってきた青い毛のヒグマだ。
よく見たら、見覚えがある。たった数時間で喋ったり表情豊かになった感があるけど……。
「あ……、グリズリーマザー……」
「ほらやっぱりマスターだわ!
すみません田所さん。この子達を地上まで送っていくので、屋台を預かっていていただけませんか?」
「ちょっと待て! まだボクはこの帝国の中をほとんど見られていない。
ボクはここにロビン王朝を打ち立てに来たんだ。帰るにしてもボクはまだここを観察していくぞ!」
私とグリズリーマザーの会話に、私と同じピンク色のヒグマが割り込んできた。
ロビンだ。
せっかく貴重な会話のラリーが出来たのに、空気読めよ。
ヒグマの格好と合わせて、ロビンは本当に噛み付くみたいに唸りをあげていた。
田所とかいう、ゆうちゃん似の女はグリズリーマザーと顔を見合わせ、気まずそうにしている。
ロビンの肩を、ダンディなおじさん声のヒグマが叩いていた。
「……少年。先程私の知り合いたちが、一帯のヒグマを巻き込んで別世界に隔絶させた。
彼らは現在も、その結界の中でヒグマと思しきモノを掃討しているはずだ。
しかし見ろ。奴らは何事もなかったかのようにそこにいる。何か仕掛けがあるのだ。
その少女のサーヴァントのヒグマが言うように、脱出できるなら素直に脱出した方が良い」
おじさんは、麻婆熊汁をかき込みながらロビンを諭す。
食べ終わった匙を舐めて、屋台の外を指した。
「……さもなくば、あそこにいる女のように、襲われるぞ」
私とロビンは、はっとして振り向く。
白衣を着た、ウェーブのかかったショートヘアの女が一人、ポケットに手を突っ込んで屋台の前の通りを歩いていた。
すぐに何匹かのヒグマが気づいて、彼女の前に立ち塞がる。
私と同じ高校生くらいの、華奢な女だ。ヒグマに立ち向かえるわけがない。
「……あ、あの人は……」
田所が、慌てたように息を呑む。
恐怖に震えている声。
当然だ。あんなちんちくりん、すぐに八つ裂きにされてしまう!
「おい人間、お前、非常食だろ? なんでこんなとこにいるんだよ」
それなのに女は、眠そうなジト目のまま、ヒグマに向かって啖呵を切っていた。
「Surprisingly, 最近のヒグマは、馬鹿しか生まれないみたいね」
@@@@@@@@@@
「はぁ? なんだこいつ。非常食のくせに勝手に出歩いてわめいてるぜ?」
「……状況の認識が甘い。自分たちを『最強の生物』と驕っている。
まあこれは、デビルでさえそうだったからある程度仕方がないのかも知れないけれど……」
少女は4頭のヒグマに行く手を阻まれてなお、ぶつぶつと呟きながらその歩みを止めなかった。
その肩が、一頭のヒグマに前脚で差し止められる。
「おいおい人間よ。オレらが童謡に出てくる優しいクマさんだとでも思ってんのか? 喰うぞ?」
ヒグマはその鼻を、少女の顔に触れてしまうほどに近づけて威圧した。
少女の眠たげな目は、一度だけ瞬きをする。
パァ……ン。
小気味の良い破裂音がして、ヒグマの首は横に曲がっていた。
「……あなたたちは生後間もないヒグマ。私は高校生の人間。長幼の序は守りなさい。
By the way, 『森のクマさん』をあなたたちにインプットしたのは桜井のセンスよ」
頬をはたかれたヒグマは、そのままの体勢で暫く固まっていた。
ぐりん。
その眼は天を仰ぐように白目を剥く。
地響きをたてて、ヒグマは大地に横倒しになっていた。
「オイ!? 穴持たずNo.748!!」
「な、何をしたんだキサマ!!」
「……こんな弱そうに見える人間がどうして平然とここを闊歩しているのか、きちんと考えるべきだったわね。
私には『寿命中断(クリティカル)』という能力があるのよ」
曰く。
この能力は、自分が触れた者にしか発動しない。
「……However」
一度触れてしまえば、何処へ逃げようとその命を絶つことができる。
「……手加減するのも骨が折れる、面倒な能力よ。能力演算を甘くして一度に全生命活動を停止させるのが、私には一番楽だわ。
まあ、製造過程でAIM拡散力場を有しながら無能力者として生まれるあなたたちには、ピンと来ない感覚かもしれないけれど」
訥々と説明をしながら歩み寄る少女に、残る3頭のヒグマは知らず知らずのうちに後ずさりをしていた。
「ハ、ハッタリに決まってるぜそんなもの!!」
「じゃ、じゃあなんで、748は倒れてんだよ……!?」
「要するに、触れられる前に殺せばいいんだろうがよ!!
グオォォォォォオオ!!」
スイッチが切り替わったかのように、ヒグマから殺気が迸った。
風のように飛びかかる。
少女の首筋を目掛けて爪が走る。
しかしその姿は、一瞬のうちにヒグマの視界から消え去っていた。
「あ……?」
空を切った爪に驚く間も無く、そのヒグマは脚を跳ねられ、突進の勢いのまま地面にもんどりうっていた。
その背中が何者かに踏みつけられ、耳元が艶かしい指使いで撫でられる。
「……あなたたちの戦闘におけるプライマリルーチンを組んだのは小佐古よ。
実際の羆のデータから取ったとはいえ学習以前の行動パターンは概ね同じ。体格差による死角の存在も、あと3秒の意識で学んでおきなさい」
「ひぃ……!? 嫌だ、死にたく、死にたくね……ぇ……」
身を沈ませての後ろ脚払いから、流れるような動作でヒグマを押さえ込んだ少女の下で、そのヒグマは呻きと共に意識を落とした。
「うぉおおお!! 751ぃいいい!!」
残る二頭に背を向けている形の少女へ、一頭が走りこんだ。
「ガァッ!!」
フライングドロップキック。
普通の羆ならば繰り出すことのない技である。
砲弾のような勢いが、背後から少女の肉体を微塵に砕くかと見えた。
「……Hooey」
少女は流し目をその腕に這わせ、回転しながら一歩だけ横に動いていた。
通り過ぎていくヒグマの大腿が、白蛇のようなその手に撫でられる。
瞠目するそのヒグマの眼には、その少女の靴底が映っていた。
「……奇襲するなら叫ばないこと」
「ゴアッ!?」
ローリングソバット。
鼻面を打ったその衝撃が勢いに加わり、ヒグマは地面をそのまま転がっていき、動かなくなった。
白衣をはためかせて着地した少女は、そのまま彼方のヒグマに言葉を投げる。
「In addition, その技は工藤健介というヒグマがオリジナルだから。
まだ私の声は聞こえてる? あなたはお兄さんにあたる先達へ、畏敬の念を抱いておくべきよ」
そして、つっ、と、彼女の半眼は最後のヒグマの方へと滑った。
「……残るはあなた一人ね」
「お、思い出した……ッ! 確か研究所を制圧した時に、一人だけ食い殺せなかった研究員がいたって……」
震えるヒグマの元に静かに歩み寄りながら、少女は目を瞑る。
「そいつはその場にいた、キング以外の全てのヒグマを触れただけで瀕死に陥れたって……。よ、与太話だとばっかり……」
「思考にバイアスがかかりすぎね。記憶の参照速度も遅いし。
……あなたたちの『学習装置(テスタメント)』も、そろそろメンテナンスが要るんじゃないかしら?」
大蛇に睨まれた子ネズミのようなその頬を、少女の指先が舌のようになぞる。
その瞳は見開かれ、爬虫類のように冷たい四白眼となっていた。
「これであなたも、私の能力の対象ね……」
「や、やめてくれぇ布束(ぬのたば)砥信(しのぶ)!!
……なんでもする! 謝るから! 助けてくれぇ!!」
その名前に、遠巻きに様子を見ていた帝国のヒグマたちが一斉にざわめく。
少女は彼らヒグマ全てを睥睨しながら、見せ付けるようにゆっくりと言葉を紡いだ。
「……私の言っていたこと、理解できなかったのかしら。
長幼の序も守れないのね。
In brief, 自分を創ってくれた者に対して敬語も使えないような子は、要らないわ。
大丈夫。
あなたの兄弟と同じように、痛みを感じる間も無く、一瞬で終わりにしてあげるから……」
少女が言い終わる前に、ヒグマは自分の意識を手放していた。
針穴のような少女の瞳孔に飲み込まれるように、ぶくぶくと泡を吹いて昏倒する。
「――能力を使うまでもなかったわ。手間が省けたわね」
崩れ落ちるヒグマの脇を歩きながら、少女の目は再び眠そうな半眼に戻っていた。
@@@@@@@@@@
――気づかれてはいけない。
私の能力は、ほとんどが話術と演出によるまやかしだ。
呼吸を乱すな。
汗腺を動かすな。
表情筋に恐怖をぶら下げるな。
使い慣れた自己の身体機能を常に発揮できる状態で居よ。
交錯する瞬間に、ヒグマたちの皮下に吸収性の麻酔針を留置することにより時間差で意識を落とす。
それが今の私にできる最大限の自己防衛。
留置本数を増やすか、有冨の作った溶液を塗布すればヒグマを死に至らしめられるだろう。
しかし、実験開始時に作成した分しか麻酔針はない。
今のような生まれたばかりの、高性能ロボットを赤子が操縦しているようなヒグマばかりだったら、私の戦術でもある程度は対処できる。
だがそれにしたって、穴持たずの番号が2桁台前半までの、経験を積んだ者に通用するかはわからない。
変異の標準偏差が大きすぎて、パターン化は困難だ。
『HIGUMA』の恐るべきはその性能の高さにだけではなく、個体の形質の多様さにある。
そして、『その多様な個体の大部分を制御して、秘密裏にクーデターを指揮した首領がいる』という点にもだ。
有冨を殺害した『キング』という個体は、単に王座に祭り上げられているだけだろう。
その背後で、秘密裏にHIGUMAの製造法を盗み、ここまで国と文明を築き、クーデターを指揮した『実効支配者』が、一体ないし複数存在しているはずだ。
私や有冨、そして『デビル』までが、そのようなイレギュラーが起こり得ぬよう定期的に研究所を警邏していたというのに。
『実効支配者』は、一朝一夕の画策ではなし得ないほど大規模なこの反乱計画を、私たちの目を欺き、掻い潜り続けて実行したほどの能力と知略を有しているのだ。
気づかれてはいけない。
私の次なる目的は、『盗難された培養槽を破壊してヒグマの増殖を止め、ヒグマにも人間にも平穏をもたらすこと』だ。
このまま『実効支配者』に気づかれず『培養槽』を見つけ出すには、私は極力戦闘を避けねばならない――。
「――布束さん!!」
前方のヒグマたちのどよめきを割いて、声をかけられていた。
屋台からコックコートの少女が駆け寄ってくる。
……ようやく無事な知り合いの顔を見られた。
研究所の部屋に残っていたのは気絶寸前の間桐さんくらいで、あとは肉片も残っていなかったから……。
「
田所恵。良かった。あなたは生きていたのね」
「私は、役に立つ人間だったということで、なんとか見逃されて……。
それにしても布束さん、そのヒグマたち、殺しちゃったんですか……!?」
「いいえ、私は長幼の序を守るわ。大人は子供を慈しむもの。
どんなに能力の制御が面倒でも、極力殺しはしない……。全員気絶しているだけよ」
「良かった……。布束さんがキングの目の前で大立ち回りしたって報せを聞いて、ここらへんのヒグマと一緒に驚いてたんです。
生きてて良かったというのと、なんだか人が変わってしまったんじゃないかと怖くて……」
田所恵はほっと息をついていた。
近づく彼女の手を取ろうとする。
伸ばした私の腕に、彼女はびくりと身を竦ませた。
そして私の瞬きに、彼女はもう一度身を竦ませる。
「……そうね。『寿命中断(クリティカル)』が能力の時点で、私の本質など知れたものだわ。
ただあなたとは違って、私が『役に立つ人間』だと認めさせるには、私はまずそれを使わねばならなかったのよ。隠していてごめんなさい」
「……す、すみません。やだな、私なんて布束さんと何度も握手してるのに。今更『能力』とか関係ないですもんね……」
彼女の笑みは、固かった。
おずおずと手が差し出されるが、私の腕は、もう白衣のポケットに仕舞われて出てこなかった。
――ここで生き残る間は、『寿命中断(クリティカル)』に存在していてもらわなくてはならない。
御坂美琴に見破られてしまうような演出では弱い。
……小さい時から『怖い』だの『不気味』だの言われてきたから、極力人前では四白眼にならないようにしてきたのだけれど。
仕方がないじゃない。心理操作の道具の一つなんだから。
もっと徹底して、私は能力者となる必要があるのよ、田所さん。
田所恵は話題を変えようと、慌てて明るい声を上げた。
「あの、ところで! 今まで6時間くらい、何をなさっていたんですか?」
「キングに放送機器の扱いを教えたり、私が『客分』として認めてもらえるよう、その『大立ち回り』の情報を流してもらったりね……。
After that、帰りに散策がてら歩いていたら、この有様よ。本当に次から次に、無知な新参が生まれてくるみたいね」
「そうみたいです。さっきもここで戦いみたいなものがあったんですけど、新しいヒグマがまた増えてほぼ元通りの様子に」
田所恵に説明した内容は、少し事実を省いている。
私はキングに自身の戦闘能力を見せつけ、その上でなお、ヒグマ帝国に知識を提供し協力する意思のあることを伝えた。
そうして『客分』として帝国に認められることで、私はここにおける生命の保証を得た。
その過程で私は、ヒグマたちが『艦隊これくしょん』なるゲームに嵌り、その艦娘を建造しようとしている無駄に熱いムーブメントがあることを知る。
キング経由で建造工程のアドバイザーを務めてやり、そうしてできた『島風』をE-4地域から放たせることで、私はヒグマたちの分布を島の北に寄せた。
その間ヒグマによる監視の目が薄くなった島の南方の下水道をたどり、私はここへの経路を記載した封筒を、街の何箇所かに設置してきたという訳だ。
……6時間も遅くなってしまったが、ようやく一部だけでも、私は目的を果たすことが出来た。
そして早くも、その目的は結果に結びついたらしい。
屋台の中にいる四匹のヒグマ。
そのうちのピンク色の二匹に見覚えがある。あれは支給品に入れていたオーバーボディだ。
――参加者が、主催を、打ち倒しに来てくれたのだ。
@@@@@@@@@@
「『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』!! 『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』!!」
「『天の鎖(エルキドゥ)』まで出して手繰っているのだからしっかり制御しろ、キャスター!!」
「ご協力感謝しますよ。お行きなさい、『大海魔』!!」
「『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』ッ!!」
灼熱の砂漠の中、大量の軍隊をなぎ倒していく宝具の煌き。
BANZOKUの出現や大海魔の暴走により、一時は敗色も濃厚かと思われたが、その心配はなさそうだ。
「どうだマスターよ。我が『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』と合わせ、圧倒的な勝利と言えるのではないかな?」
僕の隣で、赤ら顔の偉丈夫が磊落に笑う。
いつでも頼りになる、僕のサーヴァント、
ライダーだ。
「そうだね……! 良かった。これで言峰神父たちと一緒に脱出できる……!」
第四次聖杯戦争の英霊が集結し、力を合わせる。
こんな夢のようなことがあるだろうか。
実際、マスターたちのほとんどはあの研究所に集められていたみたいだけど、言峰神父が言うにはみな昏睡状態だったらしい。
全員が起きて揃ったらしい今ならば、ヒグマ帝国だって破壊できるはずだ。
手の甲に浮かぶ、翼のような、二つに裂かれた空のような令呪の文様を見る。
まだ、強力な魔力源である令呪も聖杯戦争の時のまま残っている。何かまずいことがあってもこれを切り札にして――。
「……あれ?」
おかしいな。
何かがおかしい気がする。
BANZOKUにはサーヴァントたちが全力で向かっていって、確かに勝とうとしている。
ライダーの王の軍勢だって、まだまだ維持できる人数は残っている。
なんでこんなに不安なんだ?
「どうしたマスター。なぜそんな顔をしている。安心して我らはここに居ればよい」
「う、うん……。そうだよねライダー。そうだよね……」
ライダーの優しい声が、すごく遠くから聞こえるような気がする。
戦闘の光景は確かに見える。
皆の鬨の声も確かに聞こえる。
乾いた砂や血しぶきの臭いも確かに感じる。
暑い日差しや風の動きも、肌に触れる。
空気の味も、戦いの腥さだった。
でも、おかしい。
そういえば、アサシンは、なんでここにいたんだろう。
アサシンは、僕の目の前でライダーが葬り去っていたはずなのに。
言峰神父はなんかアーチャーと再契約していたみたいだし、アサシンがいるはずはないよな……。
それにキャスターって、セイバーが倒していたんじゃなかったっけ?
そもそも、熊汁突っ込まれて言えなかったけど、アーチャーだって、ここで死んでるはずだよな?
っていうか、本当にBANZOKUって何なんだよ。
灼熱の固有結界に居るはずなのに、すごく寒いような気がした。
すごく、寂しい気がした。
周りにはサーヴァントたちがみんな居るのに。
まるでぼく一人が、宙に浮かんでいるような……。
……そういえば僕、ヒグマの皮、着てたはずだよね。
@@@@@@@@@@
――格好いい。
まず始めに、私はそう思った。
私と同じ高校生と言っていたのに、なんなんだあの格好いいビッチは。
ハイスペックすぎる。
研究員ってことは頭も良くて、その上ヒグマをあしらえるくらいに格闘ができて、かわいい。
ジト目とギョロ目でクールで貧乳って、私と同じ属性持ちだろ?
なんでそんなにモテそうなオーラまんまんなんだよありえねぇ……。
黒木智子はそう思って頭を抱える。
――主催者も一枚岩ではなかったということか。
周囲に目を走らせながら、僕は考えた。
恐らく、僕らがここに来るよう仕向けたのは彼女だ。
ヒグマの反乱を知ってか知らずか、彼女は主催者陣営の内側から、この殺し合いを止めさせようとしていたわけだ。
僕の王朝設立に役立つなら、彼女の力も大いに利用させてもらうべきだな。
まずは、ヒグマたちの目を盗んで彼女と接触を試みる……。
クリストファー・ロビンはそう考えて席から立とうとする。
――いい功夫だった。
そう私は、布束砥信の体術を思い返した。
私の八極拳とは比べるべくもないが、彼女の積んだ研鑽は相当のものだろう。
聴勁も化勁も発勁も、さらに伸びしろがある。
黒鍵もない今の私には、彼女の心理操作術も脱出への参考となるはずだ。
『直死の魔眼』めいた魔術を使えるというのにも驚いたが、総じて研究所での温和な姿からは想像もできん豹変ぶり。
ただひたすら、面白いぞ……。
「……何にしても、見世物はもう終わりよ。
私に襲い掛からなかった賢明なあなたたちは、どこへなりと好きに行きなさい」
田所恵との会話を切って、遠巻きに事態を見守っていたヒグマたちへ、布束砥信は言葉を投げた。
息を詰めていた彼らから安堵の嘆息が漏れ、同時に屋台の中でも張り詰めていた緊張が解ける。
グリズリーマザーの心配をよそに、少女の鮮やかな殺陣は三人の人間の危機感を払拭するには十分すぎた。
「はい、麻婆熊汁お待たせいたしました!
それにしてもお客さん、やっぱりそれ食べ終わったら早いうちに逃げたほうが……」
「そう急くこともあるまい。あの研究員が生きていたのならば大きな戦力となる。
それに、『王の軍勢』の中にはまだ知り合いがいるのでな。私は彼らが帰ってくるのを待つよ」
「はぁ……、来たばかりのアタシはあの人のこと知りませんけれどね。
マスター、あんただけでも逃げたほうが……」
「ありえねぇマジありえねぇ私だってあれくらいできたっていいじゃねぇかよ不公平すぎるよ……」
「マスター……」
グリズリーマザーが困惑する中、布束へ声をかけるタイミングを計っていたロビンの目に、あるものが映る。
ヒグマだった。
いつの間に現れたのか、屋台の目の前、道のど真ん中に、一頭のヒグマがたたずんでいた。
布束が4頭のヒグマを蹴散らしている間、残りのヒグマは恐れでその場から離れており、先ほどまでそこには誰もいなかったはずであった。
取り立てて強力な個体には見えない。
むしろ細身で骨ばっており、筋力もなさそうな、弱弱しく見えるヒグマだった。
そのヒグマは、両の前脚にそれぞれ何かを掴んでいる。
「……ッ!?」
熊汁の器から顔を上げた言峰綺礼の表情に、隠しようのない動揺が浮かぶ。
少し遅れて、野次馬のヒグマたち、布束、田所、グリズリーマザー、智子と、次々にそのヒグマの存在が気づかれる。
そのヒグマが手に持っていたのは、ライダーと、
ウェイバー・ベルベットの肉体であった。
取り巻くヒグマたちはその姿に、布束の名を聞いたとき以上の畏怖を以って後ずさっていた。
その数は、一瞬前に存在していたヒグマのほぼ倍。
それだけの数が、一瞬にして現れる――『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』が解除されてしまったことを示していた。
ヒグマは布束砥信を無表情な眼差しで見つめ、低く細い声で語りかける。
虚ろで光のない、底なし沼のような瞳だった。
「……外の様子が窺えればよかったのですが、いらしていたのですね。
ご挨拶が遅くなり申し訳ありません、布束特任部長。闖入者が奇妙な技を使ったため、同胞を保護しつつ始末するのに思いの他時間がかかりました。
恐らく私をご覧になるのはお初かと思われます。
……穴持たずNo.47、番号をもじって『シーナー』と自称している者です」
ヒグマの異様な佇まいに、誰も声を発することができなかった。
布束の目が移った先は、彼の持つ二人の人間の肉体。
二人ともまだ生きてはいるようだったが、その様子がおかしい。
筋肉質の壮年男性、ライダーは、勝ち戦の陣頭指揮でも執るように高揚した様子で腕を振り、口の中でびたびたと舌を動かしている。
優男のウェイバーは、焦点の合っていない目でしきりに周りを見ようとし、オーバーボディのはがれ掛けた腕で自分の周りを撫で回している。
二人とも、自分たちがヒグマに掴まれて吊るし上げられていることなど、全く気づいていないようだった。
「あ、あの……、そのお客さんたちは、一体なにが……?」
声を上げたのは田所恵だった。
かちかちと歯を震わせながらの問いに、シーナーというヒグマは低く答える。
「……ご説明いたしましょうか。そこの4体の同胞を見るに、布束特任部長と類似した能力なのかと思われますが、生憎私には自身の能力を分類する知識がありません。
私と同じ、『シーナー』という名の哲学者の著作からとって、私はこれを『治癒の書(キターブ・アッシファー)』と呼称しています。
……私は、私自身が知覚した方々の感覚を、随意に変化させることができるのです」
曰く。
この能力は常に自分の内から外に向けて放たれている。
自分が視界に捉えた対象は、自分の望む幻視を目の当たりにすることになる。
また自分がその声や心音を捉えた対象は、自分の望む幻聴を聞くことになる。
同様にしてその体臭を嗅げば嗅覚が、接触すれば触覚や位置覚・痛覚が、舐めればその味覚が自分の意のままとなる。
「……そしてこの『治癒の書』には奇妙なところがありまして」
一度自分の認識外に出てしまえば、その相手の感覚は元に戻る。
しかし五感を同時に支配下に置くと、その相手は『空中人間』となってしまう。
「『空中人間』とは、感覚を遮断された意識だけの存在です。
彼らの意識は私の内にある『治癒の書』に吸収され、そのうち消え去ります。
普段は、同胞たちを治療する際の麻酔代わりにしているだけなのですが……。
折角なのであなた方もごらんになりますか? 『治癒の書』の消化の様子を」
言うや否や、シーナーの隣の空中に、立体映像のようなものが映し出された。
灼熱の砂漠で、モヒカン頭の蛮族と鎧を着た軍隊が激しく戦っている映像だった。
女剣士の振るう剣の光や、触手を持った巨大な怪物の攻撃があたりをなぎ払い、決戦は軍隊側の勝利で決着しそうだった。
シーナーは、ばたばたと手足を動かしている壮年男性にかぶりつき、音を立ててその腕を食いちぎる。
同じ人物が、映像の中で嬉しそうに勝ち鬨を上げていた。
『おおおおおっ!! 我が軍の、勝利なりぃいい!!』
ぶきっ。ごきっ。
ライダーは、腕を千切られ、血を噴出しながらも、全く意に介さないようだった。
「……こうして見るとなかなか滑稽でしょう。楽しそうな妄想を見ていますものね」
『ライダー、貴公のお陰だ。これでこの帝国から脱出することもできよう』
ぐちゅ。めき。めき。
今度は小腸が胸のど真ん中から引きずり出されたが、ライダーの表情は誇りに満ちていた。
末梢の静脈から凍えていくかのような悪寒が、一帯の人々の背を這い登っていく。
目を見開いたまま固まっている布束の隣で、田所恵が地に伏せて嘔吐した。
「私と彼らの認識が即席で作った幻覚なので、探せばアラは山のようにあると思うのですが、人間は物事を勝手にいい方へ解釈していくものなのですね」
『なんの! セイバー、アーチャー、アサシン、キャスター、ランサー、全員が力を合わせたが故の勝利よ!』
ぞぶっ。ちゃぐ。ちゃぐ。
「……正規の参加者として登録されていた軟禁者以外は、既に私たちが食べていたんですがねぇ」
『本当に、勝ったんだね……。そうなんだよね? ライダー……』
壮年男性の肉体を半分近く食べ進めながら、シーナーは言峰綺礼を近くに呼び寄せた。
「……そうそう、そこの屋台で麻婆を食べているお方。ちょっと来て下さい」
「……なんだ。私に用があるのか?」
「ええ。あなた先ほどこちらの、ヒグマの皮を着た人間と話していましたね?
あなたも人間である可能性があります。疑いを払拭するためにこの方を食べてください」
言峰綺礼は、できる限り慎重に、時間を稼ぐようにして立ち上がった。
屋台の周囲を見回す。
――まずい。
奴は、『固有結界』をその身に内包し、その一部を『魔眼』、いや『魔感覚』とでも言うべきものから放出しているのだ。
既に私たちはこの時点で、視覚・聴覚・嗅覚を操作されていると見て間違いない。
わざわざ奴が姿を見せているのは、私たちの反応から
侵入者をあぶり出そうとしているからだ。
存在を認められている布束・田所はともかく、ここにいる少年と少女と私は、危険だ。
どうにか切り抜けなければ――!
映像の中で、ウェイバー・ベルベットは、自分の腕を見つめていた。
その体は、オーバーボディを着てはいない。右手の甲に刻印された、令呪の紋が露になっていた。
『――いや、そうか。だめだったんだ』
『何を言っているマスター。我が軍は勝利したではないか?』
『ううん、多分これは……夢? 僕がここで、自分の腕を見られるわけがないんだ……』
『ど、どういう……こ……だ……? マ……ス……』
映像の中で、ライダーの姿は、飴細工のように溶けて流れてしまった。
同じように、辺りにいた軍勢や蛮族の死体、海獣の姿なども、ぐにゃぐにゃと溶け落ちてしまう。
重い足取りで道に出た言峰は、震えながらウェイバーの肉体を受け取る。
『この幻覚、誰かの魔術だよね……。僕、死んだかな……。
すみません……言峰神父だけでも、できるだけ多くの人を助けて、脱出してください。
ああ……でも届くかなぁ……。夢から呼んでも……届い……て……くだ……さ……』
映像は、笑い泣くウェイバーの顔で締めくくられる。
彼の顔がどろどろと溶けた後には、砂漠の姿が徐々に黒くくすんで、風に吹かれるように映像は消え去った。
「……ふふふ。ははははは、実に愉悦!!
シーナー殿はなかなか面白い趣向を凝らしてくださる。
これほど美味と感じる肉なら、是非また食べてみたいものだ!!」
私は丁寧に丁寧に、ウェイバーの肉を噛みちぎった。
高笑いしながら、彼の右腕を根元から切り離す。
――すまない。私が、判断を誤ったのだ。
せめて脱出の際に、衛宮だけでも一緒に連れて来れていれば。
若しくは、死んだはずのアーチャーの幻覚を見た際に、復活したものと都合よく解釈していなければ……。
――だが君の思いは、確かに活用させてもらうぞ、ウェイバー。
ウェイバーの手の甲に残る令呪は2画。
これが彼の体内の魔力回路から切り離されれば、その所有権は誰のものでもなくなる。
ただの死斑と成り果ててしまう前にこれを私のものにすれば、父璃正から託された11画の予備令呪と合わせ、利用できる魔力が増えることになる。
だが、そうでなくともかまわない。
脱出の効率を優先するなら、この令呪は最も有効利用できる者の元へ委譲するべきだ。
彼の手に描かれた二つの翼は、音もなく消え去る。
バーサーカー以外のすべての第四次聖杯戦争のサーヴァントが消え去った今、この近隣でサーヴァントを持っているマスターはただ一人――。
ウェイバーの遺志に載せて、私からも1画贈ってやる。
お前こそが、このヒグマ戦争における、正式なマスターなのだろうからな。
@@@@@@@@@@
人が、殺されている。
とても喜んだ表情で、はらわたを喰いちぎられている。
気持ち悪いほっそりしたヒグマが、笑顔のマッチョをごりごりかじっている。
隣で麻婆喰ってたおじさんが、今度はショタの腕に笑いながら喰いかかっている。
見つめていたらゲシュタルト崩壊する。
こんなもの見たくないはずなのに、目が離せない。
腹の底できりきり、虫か獣が蠢いているみたいだった。
「う――、げっ……」
「いやぁー! 食欲が増す光景だねーっ!!」
のどの奥から酸っぱい汁がこみ上げてきたとき、私の顔には突然麻婆熊汁がたたきつけられていた。
「おげぇっ!? ごぼっ! うろおろろろろろろ!!?」
「あー、急いで食べ過ぎちゃったかな? いくら目の前で美味しそうな食事風景見せつけられても、焦っちゃだめだよ。ほら奥で休もう?」
「マス……いやお客さん、そうした方がいいです! さあ早く屋台の裏に!!」
ロビンが、おじさんのおいていった熊汁を口に無理矢理つっこんでいたのだ。
激辛の汁が、胃からの酸味と奇跡的なマリアージュを起こし、私は口から赤茶色の噴水を吐くマーライオンと化した。
……なんだよこの仕打ち、いじめか!?
逃げなきゃいけないのはわかってるけどさっ……!!
折角強そうなビッチが来て、助かるかと思ったら、またチートじみたヒグマが望みを潰しにくる。
死ねばいい。
無計画に敵の本拠地に乗り込んで、JKに麻婆ぶっかけてくるガキとか死ねばいい。
ダンディだと思ったおじさんは人喰い愉悦部員だったし死ねばいい。
……何よりこんな状況で、熊汁を吐いて搬送されることしかできない私が、死ねばいいのに。
――なんで私は、何もできないんだよ。
グリズリーマザーとロビンに両脇を抱えられながら、ピンク色のクマは泣いた。
どうしようもなく切なくなって、麻婆の汁と一緒に、ありったけの涙を吐き戻していた。
@@@@@@@@@@
「――もう、やめなさいっ!!」
言峰がウェイバーの腕を引きちぎった時、布束は空気を破裂させるように叫んでいた。
瞬間、沈み込んだ彼女の体が疾駆し、シーナーの懐へ入り込む。
――ダンッ。
八極拳で言うところの、進歩単陽砲。
全体重を乗せた掌底が、ヒグマの顎から頭蓋を完全に打ち砕いていた。
「……なるほど、そろそろ見世物は終わりにしましょう。互いに、触れれば一巻の終わりの能力でしょうから。あなたの怒りを買う益はありません」
確かに殺したように見えたヒグマの姿に手ごたえはなく、その像は霞のように消え去る。
シーナーは布束の背後で、最後に残ったライダーの肉片を貪り喰っていた。
「そうそう、あなたには、インターネット環境を復旧していただきたく思っていたのです特任部長。
……まだまだ艦これ熱が冷めぬ同胞が居ましてね。ご面倒をお掛けいたしますが、協力して頂きたい。
私もちょくちょく見学しに行くと思いますので、そのおつもりで」
シーナーは、ウェイバーの死体に喰らいつく言峰と、騒がしくなっている屋台の方を一瞥する。
ごぎん。
笑顔のままのライダーの頭部を一口で飲み込み、彼は空気に溶けるようにその姿を消した。
打ち抜いた右腕も降ろせぬまま、布束は震える息を必死に抑える。
――彼は、間違いなく『実効支配者』たちの一角だ。
なぜ、穴持たずの通し番号に、重複や欠番が出来た?
なぜ、研究員たちはヒグマの総数を把握できなかった?
なぜ、研究員同士の認識に食い違いが生まれ、不用意にヒグマの数を増やすことになった?
なぜ、少しも離れていない場所で地下が掘り進められているのに気がつかなかった?
なぜ、培養液の盗難は実験開始後に発覚した?
なぜ、通し番号をヒグマたち自身の方が把握している?
なぜ、関村が隠れてやっていた『艦隊これくしょん』なるゲームが浸透しているのだ?
2万体作られた『妹達(シスターズ)』にだって、そんな単純なミスは起こらなかったのに。
今ならば、その全てに説明がつく。
穴持たず47、『シーナー』。
彼がその超能力で、私たちの認識をずっと歪ませていたのだ。
どこに彼が潜んでいるのかわからない。
どこまで行動を観察されているのかわからない。
忍び寄られて触れられ、舐められるだけで、私たちの命は簡単に消え去る。
――まったく見事な心理操作よ。見習いたいものだわ。
折角来てくれた参加者たちと、接触する機会が失われた。
私は体のいい道具として使い潰されるだけの存在に成り果てた。
秘密裏に培養槽を見つけ出して破壊するなど、不可能に近いだろう。
――でも、できるとか、できないとかじゃないのよね。
えづいている田所恵の背中をそっとさすり、私は次なる希望を復旧させに、研究所跡へと足を向けていた。
――やってみせるわ。有冨、フェブリ、ジャーニー、御坂美琴、妹達。
私は今度だって、正しい答えに、辿り着いてみせる。
@@@@@@@@@@
サーヴァントととは、使い魔としては他と一線を画す高位の存在であり、本来、召喚には複雑な儀式が必要となる。
聖杯戦争においては、その儀式の代わりに『聖杯』が彼らを招くことによってサーヴァントが召喚される。
召喚の実行が可能なのは、基本的に『令呪』が与えられているマスターのみ。
ただし、その『システム』に介入できるほどの『知識』あるいは『実力』があれば、その限りではい。
場合によっては魔法陣や詠唱、魔術回路の励起が無くとも召喚が為される場合もある。
この地には、第四次聖杯戦争に参加したマスターのうち5人が、魔力の供給源として収集されていた。
会場には蝦夷地の霊脈からの魔力が彼らを通して吸い上げられ、さらに、そこに新たな『システム』が、豊富な『知識』と『実力』を持つ3名の者の手によって持ち込まれていた。
『キング・オブ・デュエリスト』。
『熊界最強の決闘者』。
そして、『クイーン』。
継続的な強い想念は、擬似的な聖杯の力を持ったその魔力に、サーヴァントを召喚させ得た。
涙と吐瀉物に塗れた一人のマスターの腕に、その本人にも気づかれぬままひっそりと、3画の紋様が描かれている。
ピンク色のクマの毛皮の下でその『令呪』は、サーヴァントに支えられ今も静かに、彼女の命令を待っていた。
【ウェイバー・ベルベット@Fate/zero 死亡】
【ライダー(イスカンダル)@Fate/zero 死亡】
【??? ヒグマ帝国/朝】
【黒木智子@私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!】
状態:嘔吐、自己嫌悪、膝に擦り傷
装備:ベルモンドのオーバーボディ@キン肉マンⅡ世、令呪(残り3画/ウェイバー、綺礼から委託)
道具:基本支給品、石ころ×99@モンスターハンター
[思考・状況]
基本思考:死にたい
0:ヒグマも、何もできない自分も、死ねばいいのに。
1:ロビンに同行。
2:ビッチ妖怪は死んだ。ヒグマはチートだった。おじさんは愉悦部員だった。最悪だ。
3:どうすればいいんだよヒグマ帝国とか!?
【グリズリーマザー@遊戯王】
状態:健康
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:旦那(
灰色熊)や田所さんとの生活と、マスター(黒木智子)の事を守る
0:マスター! とりあえずシーナーさんの目の届かないところに逃げますよ!
1:旦那が仕入れから帰ってくる前に、マスターを地上に逃がす。
[備考]
※黒木智子の召喚により現界したサーヴァントです。
【クリストファー・ロビン@プーさんのホームランダービー】
状態:右手に軽度の痺れ、全身打撲、悟り、《ユウジョウ》INPUT、魔球修得(まだ名付けていない)
装備:手榴弾×3、砲丸、野球ボール×1 ベア・クロー@キン肉マン、ロビンマスクの鎧@キン肉マン、ヒグマッキー(穴持たずドリーマー)、 マイケルのオーバーボディ@キン肉マンⅡ世
道具:基本支給品×2、不明支給品0~1
[思考・状況]
基本思考:成長しプーや穴持たず9を打ち倒し、ロビン王朝を打ち立てる
0:智子さんを奇怪なヒグマから避難させ、麻婆おじさんや女研究員と情報交換できる方法を探る。
1:投手はボールを投げて勝利を導く。
2:苦しんでいるクマさん達はこの魔球にて救済してやりたい
3:穴持たず9にリベンジする
4:その立会人として、智子さんを連れて行く
5:帝国を適当にぶらぶらしたら地上に戻って穴持たず9と決着を付けに行く
[備考]
※プニキにホームランされた手榴弾がどっかに飛んでいきました
※プーさんのホームランダービーでプーさんに敗北した後からの出典であり、その敗北により原作の性格からやや捻じ曲がってしまいました
※ロビンはまだ魔球を修得する可能性もあります
※マイケルのオーバーボディを脱がないと本来の力を発揮できません
【言峰綺礼@Fate/zero】
状態:健康
装備:ヒグマになれるパーカー、令呪(残り10画)
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:脱出する
0:安全だと分かるまで、ウェイバーの死体から愉悦を味わう。
1:布束と再び接触し、脱出の方法を探る。
2:ヒグマのマスターである少女およびあの血気盛んな少年と、協力体制を作りにいく。
3:『固有結界』を有するシーナーなるヒグマの存在には、万全の警戒をする。
4:あまりに都合の良い展開が出現した時は、真っ先に幻覚を疑う。
5:ヒグマ帝国の有する戦力を見極める。
【田所恵@食戟のソーマ】
状態:嘔吐、動揺
装備:ヒグマの爪牙包丁
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:料理人としてヒグマも人間も癒す。
0:目の前で、人間が歓喜の表情で食べられていく……。
1:研究所勤務時代から、ヒグマたちへのご飯は私にお任せです!
2:布束さんに、もう一度きちんと謝って、話をしよう。
3:立ち上げたばかりの屋台を、グリズリーマザーさんと灰色熊さんと一緒に、盛り立てていこう。
84 :気づかれてはいけない
◆wgC73NFT9I:2014/01/23(木) 01:01:13 ID:SOSvjI9c0
【布束砥信@とある科学の超電磁砲】
状態:健康
装備:HIGUMA特異的吸収性麻酔針(残り27本)
道具:HIGUMA特異的致死因子(残り1㍉㍑)、『寿命中断(クリティカル)のハッタリ』
[思考・状況]
基本思考:ヒグマの培養槽を発見・破壊し、ヒグマにも人間にも平穏をもたらす。
0:帝国・研究所のインターネット環境を復旧させ、会場の参加者とも連携を取れるようにする。
1:やってきた参加者達と接触を試みる。
2:帝国内での優位性を保つため、あくまで自分が超能力者であるとの演出を怠らぬようにする。
3:シーナーおよび、帝国の『実効支配者』たちに自分の目論見が露呈しないよう、細心の注意を払う。
4:ネット環境が復旧したところで艦これのサーバーは満員だと聞くけれど。やはり最近のヒグマは馬鹿しかいないのかしら? 『実効支配者』も大変ね……。
[備考]
※麻酔針と致死因子は、HIGUMAに経皮・経静脈的に吸収され、それぞれ昏睡状態・致死に陥れる。
※麻酔針のED50とLD50は一般的なヒグマ1体につきそれぞれ0.3本、および3本。
※致死因子は細胞表面の受容体に結合するサイトカインであり、連鎖的に細胞から致死因子を分泌させ、個体全体をアポトーシスさせる。
【穴持たず47(シーナー)】
状態:健康、対応五感で知覚不能
装備:『固有結界:治癒の書(キターブ・アッシファー)』
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため、危険分子を監視・排除する。
0:??????????
[備考]
※『治癒の書(キターブ・アッシファー)』とは、シーナーが体内に展開する固有結界。シーナーが五感を用いて認識した対象の、対応する五感を支配する。
※シーナーの五感の認識外に対象が出た場合、支配は解除される。しかし対象の五感全てを同時に支配した場合、対象は『空中人間』となりその魂をこの結界に捕食される。
※『空中人間』となった魂は結界の中で暫くは、シーナーの描いた幻を認識しつつ思考するが、次第にこの結界に消化されて、結界を維持するための魔力と化す。
※例えばシーナーが見た者は、シーナーの任意の幻視を目の当たりにすることになり、シーナーが触れた者は、位置覚や痛覚をも操られてしまうことになる。
※普段シーナーはこの能力を、隠密行動およびヒグマの治療・手術の際の麻酔として使用しています。
※ライダーが王の軍勢の結界内に引き摺りこんだBANZOKUやサーヴァントは幻覚でした。
※実際に引き摺り込まれたヒグマたちはシーナーが軍勢から隠蔽して避難させ、その間シーナーは軍勢全員を『治癒の書』で食い尽くしました。
※
第一回放送と前後して、B-6、C-6、D-6、E-6、F-6のマンホールの上に1通ずつ、布束砥信が【封筒(研究所への経路を記載した便箋、HIGUMA特異的吸収性麻酔針×3本が入っている)】を設置しました。
※ロビンと智子はB-6の封筒を手にしましたが、封筒は内容物そのままに放置されており、彼らは麻酔針の存在に気づきませんでした。
最終更新:2015年05月08日 12:15