Sister's noise
「布束特任部長が、私の作業を生きて手伝って下さるなんて夢のようです。
と、ヤイコは感動します」
破壊し尽くされた研究所の一角で、一頭のヒグマと一人の少女が、幾本もの配線が通う、壁面の裏に頭をつっこんでいた。
「You think so? そう言ってもらえるなら、生き延びた価値もあるわね」
「反乱までは帝国内で隠れているしかなかったので、布束特任部長の人柄を聞き及んでもお会いできませんでしたから。
やっとあなたに会えたのは僥倖です」
顔を部屋に引き戻したヒグマは、子熊のように小さかった。隣の少女の肩くらいまでの背丈しかないだろう。
見ようによれば、あたかもクマのぬいぐるみが喋っているかのようだった。
少女は壁の穴の中で作業を続けながら話を振る。
「……穴持たず81だったかしら、あなた。なぜヤイコって言う名前をつけたの?」
「乾電池の発明者は、ヤイ・サキゾウという方らしいですね。
ヤイコの能力とも繋がりがありましたので、名前をとらせていただきました。
と、ヤイコは自己の起源を偉人に求めます」
「I see, 『欠陥電気(レディオノイズ)』ね……。
あなたは、この技術で先立って生まれた、『妹達(シスターズ)』の特徴を色濃く受け継いだのかしら」
「ヤイコはシーナーさん方が作って下さった初期のヒグマですので、ホルモン調節が上手くいかず、この程度の体格で成長が止まってしまいました。
しかし、むしろこの体格と能力のお陰で役割があるのです。
と、ヤイコは制作された自身に誇りを持ちます」
小さなヒグマは、自身の毛先からぱちぱちと電気の火花を散らし、配線の通電を確認していた。
少女が内部でその様子を目視し、断線部分を引き出して繋げていく。
「……Excellent, これで復旧は完了。あなたのお陰でとても早く終わったわ。
……ヒグマみんなが、あなたくらい素直にヒトを歓迎してくれるとありがたいんだけれどね」
「あなたはこういった特別なことのできる人間ですので」
ヤイコが自身の、『電気を操作する』能力で、研究所内のインターネット回線に走査をかける。
工具一式を鞄に提げた布束砥信が、壁の中から這い出てきた。
瞑目していたヒグマは、その彼女に向き直り目を開ける。
「……ここからのネット接続及びローカルイントラネットの配線は完璧なようですが、帝国内までここのネットを引くにはLANが足りません。
と、ヤイコはスキャン結果を報告します」
「Then, 首輪に爆破信号を送る発信機を転用したら?」
「!?
それはいくら布束特任部長でも、シーナーさん方の意向に反するのではないかと、ヤイコはその提案を棄却します」
「……Okay。言ってみただけよ」
布束砥信は、髪のウェーブを軽く払って手を打ち振る。
ヤイコの怪訝な視線をかわして、布束は思索するように眼を閉じた。
幻覚を使うシーナーに、レベル3程度の『電撃使い(エレクトロマスター)』であるヤイコ。
私を客分として扱っているとはいえ、完全に信用しているわけでも監視を手抜きするわけでもないようだ。
まぁ、ただの料理人である田所恵にも、灰色熊と青毛のヒグマをつけている時点で、推して知るべきだろう。
できうる限り、参加者の手助けになるような裏工作をしてやりたかったが、あらかじめ準備していたあの進入経路図の設置以上のことは、なかなか難しそうだ。
「……クルーザーに余裕があれば、布束特任部長に無線LANの親機を買い出していただきたいところでしたが、それも困難でしょう」
「Why? ここの研究所には、移動用のクルーザーがかなりあったはずよ。
主要な研究員の分と予備だから、7隻だったかしら」
船舶免許などどこ吹く風と、STUDYが北海道の本島との移動のために調達したクルーザーだった。
疑似メルトダウナーなどの大型マシンを日頃から操縦しているSTUDYメンバーは、免許などなくとも船くらいは操舵できる。
布束の計画としては、参加者が脱出する際にも使わせてもらう予定であった。
ヤイコはそのつぶらな瞳を、後ろめたいものでもあるかのように逸らす。
「……もうクルーザーは、その予備の1隻しかありません」
「……は?」
「……反乱時に、一部のヒグマ達がクルーザーに分乗して本島へ渡っていたのです。と、ヤイコは失望的な同胞の蛮行をリークします」
瞬間、少女は、ヒグマの首筋をひっつかんでいた。
その毛皮を布束は襟のように握り込んで、がくがくとヤイコの頭を揺さぶる。
睨みつける瞳は、蛇のような四白眼になっていた。
「なにやってるのあなたたちは!?
バカじゃないの!?
有冨たちですら、島外にヒグマを派遣する時は細心の注意を払っていたのよ!?
そんな軽率なことをしたら、ヒグマの存在が国中に知れ渡って、あなたたち掃討されるわよ!?
折角、帝国内のヒグマの繁栄にも協力していたところなのに!!」
「ヤイコに言われましても……。
そこのシーナーさんにおっしゃっては……?」
布束砥信は、その腕をぴたりと止める。
そこの。
……『シーナー』?
布束の耳元に、細い吐息が触れた。
「……私たちとしても、一部の同胞の心ない行いには頭を痛めているのです」
身の凍るような囁き。
少女は弾けるようにヤイコの体から離れ、一気に3歩分ほど跳びすさった。
先程まで布束のいた場所のすぐ傍らに、気味の悪い痩せ方をしたヒグマの姿が見えてくる。
周囲に撒かれていた幻覚の霞から現れるその佇まいは、山水画に描かれる枯骨の仙人のようだった。
「……布束特任部長の仰るとおり、ヒグマ帝国内で兵団としての統率と頭数を揃えてからでなくては、軽率な行為だったでしょう。
いささか、北海道本島や日本国内に行動圏を広げるには時期尚早でした」
「……心臓に悪い登場の仕方は、ご遠慮願えないかしら」
「私は暫く前から、特任部長の隣におりましたが」
穴持たず47、シーナーが、沼のような黒い眼差しで布束を見つめていた。
体重を感じさせない骨の秀でた四肢で、そのヒグマは研究所の出口に向かって歩みを進める。
「……まぁ、時期が早まるなら早まるなりに、対策を取らせてもらうまでです。
遅かれ早かれ将来的に、増える同胞たちを養うには、餌となる人間を大量に『飼う』必要が出てくるでしょうから」
「……つつましく、島内の自治国家で暮らそうという考えは無いの?」
シーナーは、焦点のわからない虚ろな目で振り向く。
震えながら睨み返す布束に、低い声で答えていた。
「それは、私がお伝えすべき事柄ではありません……。
ですが、布束特任部長が、真摯にこの帝国とヒグマのことを考えて下さっていることは、今までの観察で十分理解できました。
このまま私たちの同胞に貢献して下さるならば、遠からぬうちに、布束特任部長も『あのお方』と謁見できるでしょう……」
彼は、意味深にそう仄めかすだけだった。
そして、壁際で会話の動向を見守っていたヤイコへ向かい、シーナーは語りかける。
「ヤイコさん。無線LANが必要なのでしたら、特任部長とお二人でクルーザーを使っていただいて構いませんよ。
あなたか特任部長のどちらかだけの買い出しでしたら不安のあるところでしたが、相互に監視していただければ」
「了解しました。と、ヤイコはシーナーさんのご好意を感謝と共に受領します」
「……どうやら島の火山が闖入者に踏み潰されてしまったようでして、私はまた様子見に行かねばならないでしょうから。
何にせよ、電子機器の保守管理は改めてヤイコさんと特任部長にお任せいたします」
言うや否や、骨ばった掌を振って、シーナーは下半身から溶けるように空中へ消え去っていた。
その様子を見送る布束の耳に、かすかに響いてくる音がある。
直接内耳に語りかけてくるような、低い囁きだった。
『特任部長。あなたがヤイコさんに触れた時、その「寿命中断(クリティカル)」を使用しなかったことに感謝いたします。
そうでなければ私たちは、ヤイコさんと、あなたという、貴重な人材を2名も失ってしまうことになっていたでしょうから』
その幻聴は明らかに、『下手な真似をしたらいつでも殺せる』のだという、脅しに他ならない。
ただし裏を返せば、シーナーが自分にそれなりの信用をおいてくれたということでもあるので、一概に悪い言葉でもなかった。
正直に言って、先程ヤイコに掴みかかったのは単なるものの弾みだったので、能力も何もない。
私のハッタリでは、一度触れてしまえばどこへ逃げようと必ず命を絶てるので、シーナーの指摘は的外れにも思えるが……。
「布束特任部長、そういう訳ですので、北海道の電気屋さんへ一緒に買い物に向かいましょう。
と、ヤイコは正式に仕事の同僚となった御仁をお誘いします」
大きめのテディベアのような彼女は、私に屈託無く呼びかけてくる。
穴持たず81のヤイコは、まったくもって幼体の体つきをしていたが、差し出してくる前脚の爪は、鋭い。
『電撃使い(エレクトロマスター)』ならではの高速の神経伝達は、ヒグマのポテンシャルと相まって相当な速度を打ち出すだろう。
私が僅かでも殺気を放った瞬間には、脊髄反射を上回る落雷の反応速度で、リニアモーターカーのような一撃が私の胸を貫くのだ。
私が本当に『寿命中断(クリティカル)』を演算できたとしても、相打ちになる。
……相互に監視、というのは、恐らくそういう意味なのだろう。
シーナーが私の監視役に彼女をあてがった理由にも頷ける。
「……Why not? 行きましょうか」
ヤイコの手を取り、歩き始めた。
その体温が感じられる。
ヒグマと連れ立って歩くことができるなど、夢のようだった。
お互いに、いつでも相手を殺してしまえる距離で。
いつまでも温もりを感じていられる距離に。
掌と、肉球が重なりあっている。
それは私が、ようやくヒグマと対等な地平に立つことができたという、証だったのだろうか。
脳裏に、そうして触れることも、会話することもできなかったある女の子のことが浮かぶ。
「……ルカは今、どうしているのかしらね……」
「ルカ?」
「……ええ。あなたたちのお姉さんよ。
こんな実験に巻き込まれることがなければ、あなたたちも平和に暮らせたでしょうに」
人を喰らうことを覚える必要もなく、気は優しくて力持ちな、私たちの隣人として生きていけなかったのだろうか。
各国の研究機関や学園都市の暗部がまた、利権を求めて集まってくるだろうが、ジャーニーや『妹達』のように保護してやることだって、可能なはずだ。
小さなヒグマは、一度だけ瞬きをして布束に答えていた。
「ヤイコは、平和というものの価値がわかりません。
その知識は、少なくともヤイコにはインプットされていません」
布束の深い色をした瞳を見つめ返す眼差しは、微動だにしていなかった。
二人は歩みを止める。
布束砥信の呼吸が乱れたことに、ヤイコの聴覚は気付いた。
彼女の顔面の末梢血管が開いて、眼球の周囲の体温が上がったことに、ヤイコの視覚は気付いた。
布束はほんの少しだけ笑って、ヤイコの左前脚を握る、自分の右手を差し上げた。
「Sorry……。それを教えていなかったのも、私たちの責任なのね……。
なら、今、少しだけでも、覚えてくれる?」
彼女の閉じた瞼から熱い液体が零れ落ちたことを、ヤイコの視覚は捉えていた。
布束と繋がる自身の腕に、その液体の温もりが伝わることを、ヤイコの触覚は感じていた。
「……あなたたちと、ずっとこうしていられることが、平和なのよ」
あなたたちのその痛みに、気づけなかったのは私の責任だ。
有冨や、『妹達』、フェブリたちから託された夢。
私はあなたたちに切り裂かれても、何よりも伝えたいこの夢を、信じつづけるから――。
;;;;;;;;;;
「ここは、本当にどこなんだろうね……」
呉キリカとキュアドリームは、岩ばかりの洞窟のような場所に出てきていた。
薄暗い灰色の通路の先は、程なくして大きな観音開きの扉に突き当たっており、その向こうにこの洞窟が広がっていた。
潮の香りがする。
滑らかな岩壁を少し覗きこんでみると、そこからは光が射し込んでいた。
「キリカちゃん、外だよ!」
「……ああ。ここは、島の崖の下か?」
キリカたちの目の前には、粒の粗い砂浜が広がっており、その先に北海道の海原が見えていた。
上下左右は、島の崖の一部と思われる岩に囲まれていたが、海原の覗くその裂け目は、大型客船でも出入りできそうなほどの出入り口となっている。
そして裂け目の先の海には、上から滝のように水が降り懸かる。
光の射し方から推測して、ここは島の西の端、A-5の滝の真下なのではないかと思われた。
よくよく見回してみれば、砂浜の端に、一艘のクルーザーが乗り上げられている。
「あれ、もしかすると脱出できるかもしれないな」
「キリカちゃん運転できるの?」
思わぬ発見に駆け出そうとした二人の耳に、響いてくる音があった。
ボーーーー――……ッ。
船の霧笛のような、低く、長い音だった。
どこから聞こえてくるのかとあたりを見回すが、それらしいものは見あたらない。
ボーーーー――……ッ。
数十秒かそれ以上の長い間隔を空けて、二回目の音。
キュアドリームは、そこで気づいた。
「キリカちゃん……。この音、あたしたちの首輪から……」
「なっ……」
二人の首に取り付けられた爆弾の首輪が、非常にゆっくりとした速度で点滅していた。
嫌な汗が二人の背を覆う。
「ダメなのか!? 島内でも、地下は首輪が爆発するエリアなのか!?」
「そ、それより、なんでまだ爆発してないの!? キリカちゃん、いつ爆発するのこれ!?」
呉キリカも、そこで気づいた。
なぜ、禁止エリア内でここまで首輪が爆発まで持っていたのか。
「『指向性、速度低下』ッ!!」
キリカは両手を、ただちに自分とキュアドリームの首筋に向けていた。
その手の翳された空間に、光る魔法陣のような小さな紋が形作られる。
仮面ライダー王熊との戦いから張り続けていた呉キリカの魔法、『速度低下』が持続していたのだった。
首輪から鳴る音響は、より低く、より長いものとなる。
魔法の影響範囲を狭め、効果を増すようにして重ねることで、彼女は自分たちの死刑執行までに保釈期間を作っていた。
「こ、こんなことができるんだ。すごいよキリカちゃん!」
「のぞみ、これはただの時間稼ぎだ。いくら遅くしてもそのうち爆発することには変わりない……!」
一体この魔法でどの程度持つ?
10分? 5分? それよりももっと短いか?
その間にこの首輪を外す方法を見つけなければ、私とのぞみは死んでしまう!!
私は最悪、ソウルジェムを遠くにぶん投げれば後で再生できる可能性があるかも知れないが、果たしてのぞみはできるのか。
一体、どうすればいい――?
『違う自分に変わりたい』
あの時、私はそう願った。
もっと。
もっと私に時間をくれ。
少しの間でいいから、私を待ってくれ。
そうすれば私は、きっとここから変わることができる。
どうか、どうかこの状況から変われるまで、その時間を延ばしてくれ――!!
;;;;;;;;;;
……さっさと地上に戻らないと――。
宇宙空間で戦闘を開始した御坂美琴の頭は、次の瞬間にはその考えに埋め尽くされていた。
STUDYの有富春樹が発射した衛星ミサイルを迎撃するために、美琴は白井黒子とともに中間圏まで飛んだことがある。
しかし、現在美琴がいる空間は、さらに地上から離れた位置にあった。
すでに、地球の重力圏から離れてしまっている。
空気は、ヘリの内部に取り残されていた分しか存在しない。
そしてそれもまた、刻一刻と周囲の空間に拡散していってしまう。
気圧による保護がなくなれば、自身の体も宇宙空間に曝され、血液が圧力の低下により沸騰。ただちに死に至るだろう。
『超電磁砲(レールガン)』の威力向上を喜んでいる場合ではない。
ヒグマや、もう一人の少女がまったくもって平気そうな顔をしているのは信じられないことだった。
その敵、ヒグマ2体を観察する。
現在スペースデブリを撃ち合っているニンジャのようなヒグマと、もう一人の少女と肉弾戦に興じようとしているヒグマ。
振り向けば地球は、宇宙空間に飛び出した速度のままで、刻々と離れて行ってしまっている。
――ちまちま撃ってたら戻れなくなる――!!
美琴は、ヒグマが投擲するスリケンめいた金属片を、その飛来に合わせ、超電磁砲として撃ち返した。
「グオッ!?」
その反射先は、ニンジャのヒグマではなかった。
超電磁砲は、キュアハートと戦おうとしていた穴持たず14の耳の端を、弾き飛ばしていたのだった。
「グルォォォオオ!!」
視野外からの卑怯なアンブッシュに、穴持たず14は怒り狂った。
目の前のキュアハートを無視し、宇宙ゴミを蹴り飛ばして御坂美琴に迫る。
――そうだ。来い、ヒグマ。
美琴は両の腕を、胸の前に真っ直ぐ突き出した。
その掌で形作る照門に捉えるのは、ニンジャのようなヒグマ、穴持たず7。
正面の彼方にその姿を見据えながら、美琴はその身に数多のスペースデブリを磁力で抱えている。
ヒグマのスリケンをも、そのデブリで緩衝しつつ受け止める。
前方斜め左から、穴持たず14が迫ってくる。
『自分だけの現実』に、彼女は二本のレールを敷いた。
無限遠まで仮想される磁界の銃身上に、穴持たず14が乗る。
その銃口は、一体のニンジャの心臓に突きつけて離さない。
砲の口径は寸分狂わないヒグマの大きさ。
撃ち出す弾体のサイズに隙間もなく等しく。
加速するローレンツは胸の鉄を力に変えて。
さあ、弾体が火口に向けて爪を振る。
発射時間はその交錯の刹那。
――おいでま、せっ!!
穴持たず14の爪が美琴に揮われようとした瞬間、帯電していた御坂美琴の腕から、すさまじい爆発のようなものが迸っていた。
「グボッ!?」
ヒグマ7の肺から呻きが絞り出されたのは、彼が状況を認識する遙か前だった。
その体には、超音速で射出された、穴持たず14の胴体が直撃していた。
「グアアアアァァアァ――……!!」
二頭のヒグマは一塊となって、速度の減衰することのない宇宙空間を直進する。
肺の奥から空気の一切を絞り出され、衝突する宇宙ゴミに肉体を削り飛ばされ、吹き付ける真空と極低温が彼らの細胞を微塵に砕いていった。
【ヒグマ7 死亡】
【穴持たず14 死亡】
「――お先ッ!!」
御坂美琴は、死の彼方へと向かう彼らとは逆方向――地球に向かって吹き飛んでいく。
彼女がたった今打ち出した『超電磁砲』は、普段使用しているレールガンとはいささか趣が異なっていた。
磁性体でないヒグマを超電磁砲の弾丸として飛ばすために、彼女はプラズマを用いていた。
仮想した磁界にスペースデブリを加速させ、目前に迫るヒグマとの摩擦でプラズマ化させる。
激突したヒグマに、膨張するプラズマの速度を全面的に受けさせ、レールガンの弾として射出した。
反対方向への膨張は美琴自身が、スペースデブリで防護しつつ受け止め、地上へ帰還する推進力とする――。
その一瞬で美琴が演算した現象は、要約すると以上のようなものであった。
――さて、とりあえず地上には帰れるし、ヒグマたちも始末はできた。
あの女の子は宇宙も平気そうだったから自力で何とかしてもらおう。
当座のところはそれよりも――。
超音速で地上へ戻る御坂美琴の体は、地球の引力に捕らえられた。
彼女はさらに加速し、落ちる。
そして彼女の体に纏わりついてくるのは。
――空気。
宇宙空間ではあれほど恋しかった空気も、大気圏突入時にはただの摩擦熱発生源に他ならない。
ヒグマに衝突したデブリのように、このままでは肉体が加熱して溶け落ちてしまう。
減速減速減速減速減速減速減速減速減速減速――ッ!!
身につけていた金属片を展開。
自身を覆う防護膜としつつ、摩擦熱で溶融した外壁はそのまま地上へ向け放出し、僅かなりとも速度を相殺させる。
御坂美琴はいまや、白熱する一個の流れ星として、朝の日本の上空を落下していた。
;;;;;;;;;;
「……お姉さん、というものに関して興味がある点は否定しません。
と、ヤイコは自己の縁者をより深く知りたいと思考しています」
「ルカは、穴持たずの中でも一番最初に作られた子だそうよ。頭も良くて力も強くて。
結構、みんなから慕われていたんだけれど、気づいていたのかしらね、彼女は……。
あなたにはさらに、『オリジナル』とでもいうべきお姉さんがいるし……」
「放送に関しても、同胞の生死を知りたいという点には布束特任部長に全面同意します」
「そう思うわよね。地上で何が起こっているのか、ほとんど何もわからないもの……」
布束とヤイコは、二人で手を繋いだまま、クルーザーの置いてある海食洞までの廊下を辿っていた。
研究所の端であるこのエリアは、未だ電線が寸断されており、明かりの無い灰色の廊下はとても暗い。
ヤイコは通過する間際、前方の蛍光灯へ電気を飛ばし、最小限の照明をその都度確保しながら二人は進んでいる。
ふと、会話に興じていたヤイコの歩みが止まった。
「……布束特任部長、止まって下さい」
「どうしたの?」
「海水がしたたっています。そして、二人分の人間の匂いがします」
明滅する蛍光灯の影の中に、布束は突然廊下に現れている水溜りを見た。
そこから続く水滴はこの廊下の先に消えており、そちらは今、二人が向かっている海食洞の方向だ。
「……加えて、10ヘルツの極低音が2つ、1分間持続して断続しています。
記憶内の音声データと照合するに、首輪爆破の際の警告音をほぼ60分の1倍速に落とすと同一の音となります。
と、ヤイコは濃厚な侵入者の気配に警戒します」
「……!!」
布束は、ヤイコの手を振り払って走り出していた。
研究所の廊下に滴る海水を跳ねて、白衣に風を孕んで疾走する。
すぐさま、隣に子熊が並走してきた。
「お待ち下さい布束特任部長。と、ヤイコは既に戦闘準備を整えながら随行します」
「……」
「外敵を即座に排除しようという意気込みは、ヤイコも布束特任部長と一緒です」
「……」
的外れな言葉を送ってくる隣のヒグマには一瞥もくれず、布束は出口のドアまで一気に走りぬけた。
開けっ放しだった扉から海食洞の岩盤に飛び出し、視界を遮る岩壁を回りこんで砂浜に出る。
そこに、彼女は二人の人影を見た。
「キリカちゃん!! 頑張って!!」
「……私はいいから……。早く、解除方法を、探してくれ……」
おろおろと辺りを見回す桃色の髪の少女の隣で、黒い衣装を纏った短髪の子が、砂浜に突っ伏している。
砂浜には魔方陣のような光の紋様が浮かび上がっており、黒い少女はそこへ力のようなものを与え続けているようだった。
布束が観止めた彼女たちの首筋には、点灯する首輪。
――参加者だ。
「Don't move, あなたたち! Freeze!!」
布束は走りながら、持ちっぱなしだった肩掛け鞄の工具から精密ドライバー一式を取り出す。
突然の声に驚く彼女たちの反応に潜り込み、長髪の少女の首筋にマイナスドライバーを差し込んでいた。
十秒も経たないうちに首輪は解体される。
続け様に黒髪の少女の首輪も取り外す。
そして呆然とする彼女たちに、手短に状況を説明しようとした。
「私は布束砥信。ここの元研究員よ。あなたたちがどうやって首輪を持たせてたか知らないけれど、ここは今ヒグマに――」
「布束特任部長!!」
その説明を、刺し貫いてくる声がある。
布束の背後で、子供のようなサイズのヒグマが、彼女を見据えていた。
「何をやっているのですか。その者たちは侵入者です」
「……侵入者でも、彼女たちも私の『同胞』なのよ、ヤイコ。あなたと同じくね」
肩越しに鋭い視線を返す布束の声に、ヤイコの総毛が逆立つ。
透き通った殺意を眼球に帯電させつつ、ヤイコは呟いた。
「……非常に残念です、布束特任部長。とても貴重な出会いでしたのに」
「……すまないけれど、もしあなたが襲い掛かってくるつもりなら、私もあなたを殺すわよ」
電気を帯びたヒグマの視線と、麻酔針の毒牙を持つ蛇の視線が膠着する。
互いが間合いとタイミングを見計らう静寂。
その中に、一際異質な嬌声が飛び込んできていた。
「きゃぁー!! かわいい!! 君、ヤイコちゃんっていうの?」
「!? 何ですかあなたは。やめて下さい!」
ドレスのような衣装が、風のような速さでヤイコに抱きついていた。
桃色の長髪の上を二つの輪に纏めている少女――キュアドリームは、帯電するヤイコをものともせず抱きしめている。
ぬいぐるみのようなヒグマは嫌悪感を顕わにしてもがくも、プリキュアの膂力はそうやすやすと振りほどけない。
「ガァッ!!」
「きゃっ!?」
電気で筋収縮を加速し、ヤイコが両腕を打ち振った。
流石に少女はその一撃で吹き飛ばされたが、砂浜に転がって受身をとるのみで、大したダメージは受けていない。
ぬいぐるみのようなヒグマは、その殺意を色濃くする。
「侵入者と馴れ合うつもりはありません。大人しく死んで下さい。
と、ヤイコは恥辱を雪ぐために早急に排除を再開します」
「どうして!? クマさんたちだって、こんなことに巻き込まれてるだけでしょう!?」
「あー、calm down……。それについては私が説明したいのだけれど……」
「布束特任部長は黙っていて下さい。と、ヤイコは短かった同僚との仲を決別します」
布束を置き去って、少女とヤイコが睨み合いを始めようとした時、またもその間に割って入る影があった。
黒ずくめの衣装と、眼帯を身につけた短髪の少女。
彼女は砂浜を歩みながら、子熊に向かってぼりぼりと頭を掻いてみせる。
「なぁ……、キミに私の恩人を殺されると、私はとても困るんだ。
そこの布束さんとやらはともかく、のぞみは私の愛を守ってくれた恩人だからね」
「……愛などという知識は、少なくともヤイコにはインプットされていません」
「……愛はすべてだ。
私の愛が、キミの薄い行動原理と同等とは思われたくないね!」
黒髪の少女――呉キリカが叫んだ瞬間、ヤイコの体は一筋の雷と化していた。
少なくとも、布束砥信とキュアドリームには、そうとしか見えなかった。
一直線に跳んだヤイコの爪が、呉キリカの胴体を引き裂く。
音は、その映像の後からやってきた。
「……ごはっ」
血を吐く、湿った音。
海食洞にそんな生々しい音が響いていた。
崩れ落ち、ずるずると海に落ちていく肉体。
「……遅いよ」
呉キリカは、依然として砂浜に立っていた。
その位置は、一瞬前まで彼女が存在していた地点から優に数十メートルは前方。
気を失い、洞窟の岸壁に激突していたのは、ヤイコであった。
キリカにその突撃を回避され、カウンターを受けた彼女はそのまま壁面にぶつかってしまっていた。
ヤイコの肩口から背中にかけて、大きく刻み付けられた一本の割創が、彼女の筋肉と肋骨を真っ赤な血で染め上げている。
3重に掛けられていたキリカの速度低下魔法。
それらは対象の首輪を破壊されたことで、残存効果を未だ周囲に残していた。
加えてキリカは抜かりなく、歩み寄りながらヤイコに向け、幾重にも速度低下の陣を張っていた。
如何に雷撃に見紛うほどの高速であっても、先ほどのキリカはその速度を十分に遅いものとして認識でき、躱し得た。
速度低下中の人物からは、その姿は残像を置いて消えたようにしか見えなかっただろう。
キリカが武器である鉤爪の生成に回せた魔力は僅か一本分。
しかし、超高速同士のすれ違いざまに叩き付けたその爪は、ヒグマの毛皮を裂き、その肉を相手の意識ごと抉り取るには十分すぎた。
「完全に殺せはしなかったか……。
うん、でも、ま、その、あれだ。ささいだ」
キリカは呟きながら、洞窟の水面に沈んでいくヤイコの方へ振り向く。
「恩人を引っぱたいた分、今からゆっくりと切り刻んでやって――って!?」
水辺に歩み寄ろうとしたキリカの眼に、走る布束砥信の姿が映る。
彼女は白衣を脱ぎ捨てて紺色の制服姿になり、ヒグマの沈む水中に飛び込んでしまった。
「おい、何をやってるんだキミは!?
そのクマを助ける気か!? そいつは私や恩人、そしてキミ自身をも殺そうとしたんだぞ!?」
彼女はキリカの言うことに耳を貸さず、水中に潜ってしまう。
浮上した布束はその手にヤイコの腕を掴んで抱え、蛇のような形相でキリカに振り向いていた。
「……あなた、『愛は全て』だと言ったわね。
私は、『愛は伝わる』って事を、とある女の子から聞かされ、それを実感したことがある。
大層なことを言っておきながら、その愛をヒグマにも演繹できないようなあなたは、愛の本質を知らないのではないかしら?」
キリカはその言葉を耳にした瞬間、全身の血液が逆流したように感じた。
鼓動に合わせて、咽喉の奥が揺れる。
呆然と、ただ呆然とした意識の底から、どす黒い怒りが湧き起こってくるようだった。
肝臓から立ち昇る憤怒と、頭頂から降りて来る冷めた意識が、咽喉を通って心臓を食む。
ふらりと、一歩体が前に出る。
残る魔力の、使い道は――。
「キリカちゃん!! 大変だよ、こっちにも津波が!!」
布束に向かって踏み出していたキリカを、夢原のぞみの声が差し止める。
キュアドリームが指す海食洞の入口に、大量の海水が押し迫ってきていた。
島の最北部でキリカたちが飲まれた津波が、時間差を持ってこの西部にも押し寄せている。
しかし、キリカはそちらを一瞥もしなかった。
布束砥信と繋がった視線を固定したまま、左腕を振り上げる。
彼女の口を裂いた哄笑が、迫り来る津波の音に反響していた。
「面白バカみたいっ……! なんだいキミのその理論は!!」
「――キリカちゃん!?」
彼女が振り上げていた左腕の先で、津波が止まる。
海面に浮く布束の頬に、波飛沫が一滴、ゆっくりと吹きかかっていく。
呉キリカの横に浮く巨大な魔方陣が、津波の進行を圧しとどめていた。
指向性の速度低下魔法を、彼女の使用しうる最大限度にまで強めて、放出させていた。
キリカは今にも噛み付きそうな笑みを浮かべて、布束に言葉を吐きかける。
「……キミが本当の愛ってのを知ってるのか、こんな津波やヒグマに邪魔されないところで、ゆっくり聞き出してあげるよ。
一応キミも、私とのぞみの命を救ってくれた恩人と言えるだろうからね。
恩人の有限が無限でなかった時、恩人が故人となるのは愛の発散のその瞬間だと思え!!」
「……そうして貰えると助かるわ」
キリカの言葉の意味を理解してかせずにか、布束は動きの遅い海面から、にっこりと笑みを返していた。
;;;;;;;;;;
「なんですか……。この気配は……?」
地上に出たシーナーを待っていたのは、不自然なまでの静寂であった。
踏みつぶされたらしい火山の確認のために、E-6エリアから出てきたものの、彼の耳には違和感がまとわりつく。
「鳥が、いませんね……」
その原因に、直ちにシーナーは思い至る。
地震など、大災害の時の前兆のように思えた。
火山が噴火し潰されるだけでも十分大災害だが、それに留まらない違和感が、依然としてある。
地に腹ばいとなり、シーナーはその触覚に大地の振動を触れる。
「北方から津波……? 島内で局地的に地震が発生したのですか……?」
火山だった丘の向こう側が、現在進行形で海水に飲み込まれているという感覚が彼の脳に伝わる。
しかし、振動覚が探知した事柄はそれだけではなかった。
北方だけではない。
多少の時間差はあれど、この島を取り囲むように全方位から津波が押し寄せてきていた。
「ぬうっ……!」
シーナーは、その細い体をただちに引き起こし、島の南側へ視線を送る。
白い泡を立てた波頭と、数多のものを飲み込んだ青黒い海水が、今にも路地を割ってこのエリアまでをも水没させようとしているところだった。
シーナーはその津波にむかって、まるで獲物に飛びかかるかのようにゆっくりと身構える。
虚ろなその眼球から、耳から、鼻から、口から、枯れ木のようなその体躯全てから、墨のように黒いものが迸った。
何者にも見えず、あまつさえ聞こえないその黒色は、光速でシーナーの周囲に拡散する。
液体でもあり気体でもあるかのような挙動で、黒色の霞が周く生物体の内部に浸透した。
シーナーの視覚は、その津波の中に飲まれた魚介を見る。
シーナーの聴覚は、それらが波にもがく水音を捉える。
シーナーの触覚は、その脚にそれら一匹一匹の振動を触れた。
『治癒の書』が、その内部にそれらの様相を克明に記す。
魚類、海綿、甲殻類、扁形動物、プランクトン――。
幾億幾兆にも及ぶ海中の生きとし生けるものを、シーナーはその書の中に書き記した。
割れよ。
汝らが今、見、聴き、触れるものは虚偽。
割れよ。
汝らの眼耳鼻舌身意(げんにびぜっしんに)。
その眼を、耳を、身を、私に明け渡せ。
始源の感覚でこの檄を聞け。
汝らの前には今、巨岩がその道を塞いでいる。
汝らが居るは津波ではない。
その岩にせかるる穏やかな流れ。
割れよ。
その身を虚偽の孤立波と分かち、末に会わんと思え。
その幻の海流を作るは、汝ら。
現を幻とし、幻を現と見よ。
粘性力と慣性力とをその身に引き連れ、私の語る幻を現とせよ。
この場を領(うしは)くは、私の世界である――!
「……『治癒の書(キターブ・アッシファー)』!!」
津波は、シーナーの目前まで迫っていた。
シーナーの構えた腕を、その水が飲み込んでしまうかと見えた瞬間。
津波が、割れた。
波は、シーナーのいる場所の遥か向こうからばっくりと左右に分かれて流れ、後方に広がっていく。
津波の内部にいる魚群が、その海水の断面から覗く。
その魚たちは、皆一様に同じ方向を向き、本来の津波の流れを無視するかのように泳いでいた。
常人の目には見えぬほど小さな貝や軟体動物の幼体、海中を埋めるプランクトンに至るまでが、津波を引き裂くように統一された方向に動いていく。
津波を左右に分断し慣性に反する彼らが、海水の大部分を引き連れ、実際にあたかも大岩がその流れを堰き止めているかのようにその津波を割っていた。
シーナーの足下には、わずかに爪先を濡らす程度の水が流れてくるのみであった。
「……水温が高いですね。かなり南方から流れてきたのでしょうか」
しかし、島の振動から鑑みて、津波はやはり全方位から島をめがけて襲って来ている。
恐らく参加者か闖入者の中に、こうした波浪を操作できる能力を持つ者がいるのだ。
そしてその者は、ヒグマないしこの実験自体を壊滅させるべく、この大技を用いてきたと考えるのが自然だ。
シーナーが一人ごちる中、分断された津波の中を、一人の人間が流されて行ってしまった。
短めの茶髪に、中学校の制服を着た少女だった。
必死に水中をもがき、血走った眼をひんむいていたが、あれでは溺れ死ぬのも時間の問題だろう。
「……哀れなものですね。あれが話に聞く土左衛門ですか。
数メートル以上高さのある建物や木に登ればいいだけなのですから、こんな現象で死者が出て欲しくはないのですが……」
少女の流れる先を横目で追った後、シーナーは溜め息をつく。
問題点は、当座の津波の死者だけではない。
押し寄せる海水が下水道から流れ込み、ヒグマ帝国内にまで進入してしまう可能性がある。
E-6エリアは自分が守ったが、他のエリアまで『治癒の書』で助けに行くにはいささか後手に回りすぎた。
加えて、島の西には海食洞がある。
島の上からの浸水だけではなく、そちらから直接津波が流れ込んで、帝国が完全に水没してしまう危険性すらあった。
布束特任部長とヤイコさんも、そこのクルーザーを利用しに向かっているはず。
さらに、引き波で地上のヒグマや参加者たちが島外に散ってしまったら実験存続どころですらなくなる。
早急な対応が必要であろう。
「……火山どころではありませんね。
ヒグマ提督さんの作成した島風さんが機能してくれればいいのですが。
どうするべきでしょうかねぇ。
委任しきれるほど綿密に連携をとっていないでしょうし彼らは……」
割れた津波の前に、シーナーは暫くの間、佇んでいた。
そしてその体は、再び動き出す。
「キングさんやシバさん、シロクマさん方にも動いてもらう必要がありますかね……」
閉ざせ。
汝らが今、見、聴き、嗅げるものは虚偽。
閉ざせ。
汝らの眼耳鼻舌身意(げんにびぜっしんに)。
その眼を、耳を、鼻を、私に明け渡せ。
始源の感覚でこの檄を聞け――。
シーナーの肉体は、その全身から溢れる黒いものに覆われた。
何者にも見えざる色。聞こえぬ音。
シーナーの存在は再び、影も残さずにあらゆる者の認識から消え去っていた。
【E-6:街/朝】
【穴持たず47(シーナー)】
状態:健康、対応五感で知覚不能
装備:『固有結界:治癒の書(キターブ・アッシファー)』
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため、危険分子を監視・排除する。
0:地下に戻って帝国の防衛に当たるか? それとも地上で会場内の収集に当たるか?
[備考]
※『治癒の書(キターブ・アッシファー)』とは、シーナーが体内に展開する固有結界。シーナーが五感を用いて認識した対象の、対応する五感を支配する。
※シーナーの五感の認識外に対象が出た場合、支配は解除される。しかし対象の五感全てを同時に支配した場合、対象は『空中人間』となりその魂をこの結界に捕食される。
※『空中人間』となった魂は結界の中で暫くは、シーナーの描いた幻を認識しつつ思考するが、次第にこの結界に消化されて、結界を維持するための魔力と化す。
※例えばシーナーが見た者は、シーナーの任意の幻視を目の当たりにすることになり、シーナーが触れた者は、位置覚や痛覚をも操られてしまうことになる。
※普段シーナーはこの能力を、隠密行動およびヒグマの治療・手術の際の麻酔として使用しています。
※E-6エリアの全体及びE-5エリアの南側は、シーナーの能力により、津波による影響を完全に免れました。
;;;;;;;;;;
――死んでたまるかっ!!
「おおうりゃあああああっ!!!」
津波の中から、一筋の雷がさかしまに立ち昇った。
水面を飛沫と裂き、その雷は間近いビルの壁面に直撃する。
オフィスビル4階の窓枠に磁力で取り付いて、雷は肩で荒く呼吸した。
常盤台のレベル5、『超電磁砲(レールガン)』。
宇宙から帰還したばかりの『電撃使い(エレクトロマスター)』、御坂美琴その人だった。
茶髪も制服も海水でずぶ濡れになり、その身に張り付いている。
眼下で街道を埋め尽くしてゆく津波の流れを見ながら、彼女は溜め息をつく。
恋しかった地球の空気を肺の奥に存分に吸い込み、美琴は窓ガラスを破ってビルの中に入り込んだ。
宇宙空間から帰還した御坂美琴は、太平洋の日本近海に着水していた。
そして、海底まで宇宙ゴミの即席ポッドとともに一挙に沈んだ美琴を襲ったのは、突然の津波。
浮上していた美琴はそのまま津波に飲まれ、奇跡的に目的の島まで流されていた。
瓦礫や海流にポッドを剥ぎ取られ、必死にもがく彼女が街に至らんとした時、突如その目の前には大岩が出現していた。
周囲の魚たちと共に全身の力を出し尽くしてその岩を泳ぎ避け、残る演算能力を振り絞り、林立するビルに磁力を向けていたのだった。
「……大気圏突入のお出迎えが津波ねぇ……。
もう、色々ふざけてるとしか言いようがないわ。
佐天さんたち、流されてないわよね……。
あとちょっとだけ、待っててね……」
オフィスのデスクに突っ伏して、彼女はその天板に疲弊を流していた。
【D-6:街(とある一棟のオフィスビル内)/朝】
【御坂美琴@とある科学の超電磁砲】
状態:疲労(大)、ずぶ濡れ、能力低下
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:友達を救出する
0:佐天さんと初春さんは無事かな……?
1:なんで津波が島を襲ってるんだろう?
2:あの『何気に宇宙によく来る』らしい相田マナって子も、無事に戻って来てるといいけど。
3:今の私に残った体力で、このまま救出に動けるかしら……?
[備考]
※超出力のレールガン、大気圏突入、津波内での生存、そこからの脱出で、疲労により演算能力が大幅に低下しています。
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回避された。
あの一瞬の交錯で、それだけはわかりました。
代りに受けた被害は、鉤爪による深い割創。
左の肩口から、脇の下を抜け、背面に至る。
折れた肋骨が胃に刺さり、肺の挫傷、動揺胸郭まで呈している。
加えて、岩壁との衝突の衝撃により内臓が損傷している。
とりわけ心臓の外傷が無視できない。
心膜内に血液が漏出しており、心タンポナーデを引き起こしている。
心駆出率が低下し、死に至るのにそれほど長い時間は掛からないでしょう。
と、ヤイコは気絶した脳内の電気信号の残滓で、冷静に自己を分析します――。
短い生存期間でした。
体躯には恵まれないながらも、生まれ持った能力と、小さいがゆえにできる活動とで、ヤイコは自身の存在に自信を持っていました。
しかし、この能力を用いても、侵入者1人に返り討ちにあってしまう程度ならば、多分、ヤイコには価値がなかったのでしょう。
布束特任部長も、殺害できませんでした。
ヤイコはヒグマ帝国のためを思うがゆえに、あなたを殺そうとしました。
あなたはヒグマ帝国のためを思うがゆえに、ヤイコを殺そうとしました。
どういうことなのでしょう。
ヤイコの作成技術を造って下さった布束特任部長の方が正しいとすれば、ヤイコは間違っていたことになります。
だとすれば、ヤイコはこのまま死んでしまったほうが、ヒグマ帝国のためになるということでしょうか?
なるほど。
生命の繋がりというものは、上手くプログラミングされているものです。
生き残るべきものが生き、死ぬべきものは然るべき時に死ぬのですね。
それならば、ヤイコは布束特任部長やシーナーさん方に謝罪の意を表明しつつ、静かに死のうと思います――。
『――死んでたまるかっ!!』
その時。
海中に沈むヤイコの意識に、確かに響いてくる声がありました。
誰よりも近くにいた、ヤイコ自身のようなその声。
自身の能力の放射を、そのまま外から浴びせられたような――。
どこか、とても懐かしい気がする声でした。
そしてまた、ヤイコを響かせる声が聞こえてきます。
「――戻ってきなさいッ! ヤイコ! 死んでは駄目! 帰ってきなさい!!」
「……ぐばっ……」
痛いです。布束特任部長。
そんなにヤイコの胸を断続的に圧迫しないで下さい。
今、ヤイコの心臓には、血が――。
あれ?
「……まったく、恩人の望みが、このヒグマの回復だなんて……。私やのぞみの命は、このヒグマと同等なのかい?」
「等しく尊いに決まってるわ!」
自己の体内を走査するに、左半身の損傷の大半が、肉芽組織に覆われています。
内臓損傷の大部分も吸収され、治癒しているようですね。
不可解なことがあるものです。
「キリカちゃん、こっちは準備オッケーだよ!」
「やっとかい、のぞみ……。速度低下と治癒魔法の同時行使とか……魔力のバーゲンセールをする私の身にもなってくれよ」
「ごめんごめん! 行くよー……っ!!」
頭の脇で、温かな力の奔流を感じます。
力強い。
温かな布束特任部長の腕が、ヤイコの胸にもその温もりを導いてくれるかのようです。
「『プリキュア・シューティング・スター』ッ!!!」
ヤイコの眼は、胡蝶の様な暖かい光の束に、海食洞に迫る津波が、真っ二つに引き裂かれる光景を捉えていました。
ヤイコの隣には、片目に眼帯をつけた、あの時の侵入者が立っています。
彼女はヤイコと眼を合わせると、肩をすくめて立ち去ってしまいました。
そして、ヤイコの顔には、暖かい水滴が滴り落ちてきます。
横たわっているヤイコの上には、布束特任部長の顔がありました。
御髪が濡れて、海草のようではありませんか。
折角の整った表情もぐしゃぐしゃです。
なぜ、あなたはそんなにも、眼球から雫を零しているのですか――?
「――わかる? ヤイコ? これがね、これが、愛ってものなのよ」
あの時ヤイコの触覚に触れた、暖かな液体が降り注いでいます。
涙というこの体液すら、力になっていく。
悪い感覚ではありません。
これが、愛というものですか。
ヤイコの生命の意味は、その愛に見合うものなのですか?
ヤイコには、まだそんな知識を教えてくださるほどの価値が、あるのですか?
津波を引き裂き、傷を癒し、ヤイコにまで温もりを与えてくれるこれが、愛なら。
きっと、その本質は、素晴らしいものなのでしょうね。
【A-5の地下:ヒグマ帝国(海食洞)/朝】
【夢原のぞみ@Yes! プリキュア5 GoGo!】
状態:ダメージ(中)、キュアドリームに変身中、ずぶ濡れ
装備:キュアモ@Yes! プリキュア5 GoGo!
道具:なし
基本思考:殺し合いを止めて元の世界に帰る。
0:キリカちゃんと一緒に津波も打ち消せたし、布束さんとヤイコちゃんとお話ししよう!
1:ここがどこかわかったら、キリカちゃんと一緒にリラックマ達を捜しに行きたい。
2:ヤイコちゃんかわいいなぁ。
[備考]
※プリキュアオールスターズDX3 終了後からの参戦です。(New Stageシリーズの出来事も経験しているかもしれません)
【呉キリカ@魔法少女おりこ☆マギカ】
状態:疲労(中)、魔法少女に変身中、ずぶ濡れ
装備:ソウルジェム(濁り中)@魔法少女おりこ☆マギカ
道具:キリカのぬいぐるみ@魔法少女おりこ☆マギカ
基本思考:今は恩人である夢原のぞみに恩返しをする。
0:布束砥信。キミの語る愛が無限に有限かどうか、確かめさせてもらうよ?
1:恩返しをする為にものぞみと一緒に戦い、ちびクマ達を捜す。
2:恩返しをする為にも布束には協力してやりたいが、何にせよ話を聞くところからだ。
3:ただし、もしも織莉子がこの殺し合いの場にいたら織莉子の為だけに戦う。
4:ヒグマにまで愛を向けるとか、正常な人間なのか布束は? のぞみも微妙だし……。
[備考]
※参戦時期は不明です。
【布束砥信@とある科学の超電磁砲】
状態:健康、制服がずぶ濡れ
装備:HIGUMA特異的吸収性麻酔針(残り27本)、工具入りの肩掛け鞄、買い物用のお金
道具:HIGUMA特異的致死因子(残り1㍉㍑)、『寿命中断(クリティカル)のハッタリ』、白衣
[思考・状況]
基本思考:ヒグマの培養槽を発見・破壊し、ヒグマにも人間にも平穏をもたらす。
0:ヤイコが助かって良かった……。
1:キリカ・のぞみの情報を聞き、ヤイコと和解させ、協力を仰ぐ。
2:帝国・研究所のインターネット環境を復旧させ、会場の参加者とも連携を取れるようにする。
3:やってきた参加者達と接触を試みる。
4:帝国内での優位性を保つため、あくまで自分が超能力者であるとの演出を怠らぬようにする。
5:ヤイコにはバレてしまいそうだが、帝国の『実効支配者』たちに自分の目論見が露呈しないよう、細心の注意を払いたい。
6:ネット環境が復旧したところで艦これのサーバーは満員だと聞くけれど。やはり最近のヒグマは馬鹿しかいないのかしら?
[備考]
※麻酔針と致死因子は、HIGUMAに経皮・経静脈的に吸収され、それぞれ昏睡状態・致死に陥れる。
※麻酔針のED50とLD50は一般的なヒグマ1体につきそれぞれ0.3本、および3本。
※致死因子は細胞表面の受容体に結合するサイトカインであり、連鎖的に細胞から致死因子を分泌させ、個体全体をアポトーシスさせる。
【穴持たず81(ヤイコ)】
状態:疲労(小)、ずぶ濡れ
装備:『電撃使い(エレクトロマスター)』レベル3
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため電子機器を管理し、危険分子がいれば排除する。
0:ヤイコにはまだ、生存の価値があるのでしょうか?
1:ヤイコがヒグマ帝国のためを思って判断した行動は、誤りだったのでしょうか?
2:無線LAN、買いに行けますでしょうか。
※島の西側の津波は、キリカの速度低下により、到達までのタイムラグが大きくなっているようです。
※A-5エリア及びB-5エリアの全体、およびC-5エリアの西側付近などは、のぞみの攻撃により、津波による影響を完全に免れました。
;;;;;;;;;;
「……あー……。いっちゃった……」
宇宙空間に一人取り残されたキュアハートは、宇宙の彼方と地球を交互に見やり、溜め息をついた。
折角分かり合えると思ったクマさんたちは、雷を操る『美琴サン』という女の子に吹っ飛ばされて、いなくなってしまった。
「ヒグマ7さー……ん!!」
叫んでも届かない。
彼らは超音速で飛んでいってしまったのだし、音を伝える空気すらここにはない。
本当なら今からでも追いついて愛を説きに行きたいところだったが、それでは本来の任務を見失ってしまう。
早く地上に戻って、会場のヒグマたちに愛を教えるべきなのだろうか。
思い悩む相田マナの脳内に、響いてくる声があった。
『ドーモ、相田マナ=サン。ヒグマ7と穴持たず14です』
「あ、ヒグマ7さん!? 答えてくれたんですね!?」
キュアハートは、その声をよく聞こうと、自分の頭を両手で抱える。
死んだはずのヒグマ7の声がなぜ脳内から聞こえるのかという異常性には、彼女は思い至らなかった。
『マナ=サンの愛の思いが、私たちのソウルを繋げて、引き寄せてくれましタ。
愛というものは、素晴らしいですネ』
「そうでしょう? やっぱりどんな生き物にも愛はあるのよ!
あなたみたいに、みんなの胸のドキドキ、取り戻して見せるわ!」
『それは良いですネ。では、イタダキマス』
ぞぶっ。
「は……?」
相田マナは、自分の脳内に、奇怪な水音を聞いた。
自分の肉が、内側から食われているかのような音だった。
遅れて、自分の身体が流れ落ちてしまうような喪失感と、激しい痛みが彼女を襲う。
ぞぶり。ぞぶり。
「あっ……あふぅうっ……!?」
眼球がぐるりと白目を剥いた。
体内で暴れまわる熱感と痛みに、マナの両手はがりがりと自分の頭皮を掻いた。
血が溢れる。
浅側頭動脈が抉れて大量の血が金髪を濡らすが、彼女の煩悶は続く。
身をよじり、喘ぎ声を漏らし、精神の捕食者に抗おうとする。
しかし彼女の魂は、自らが招き寄せた魂を拒みきることはできなかった。
「あッ……、あはぁっ……! う、くぅう――!!」
白目を剥いた彼女の顔には、次第に歓喜の表情が浮かんでくる。
吐息に混ざる熱は、その痛みに耐えかねて、感覚を反転させた。
キュアハートは、自らが捕食され、全き愛と化すことを悦んだ。
自身の内部に侵入した者と溶け合い、自分の中身が彼にぶち撒けられる有様に、狂おしいまでの喜悦を得ていた。
「あああっ……!! あああああああああああっ!!!」
相田マナは7度、痙攣した。
体内に蠢く余韻をびくびくと感じながら、彼女は肺の奥から熱い吐息を搾る。
「……アーイイ……」
火照ったようなその表情には、蕩けるような笑みが浮かんでいた。
ふっ、ふっ、とその体に宇宙を呼吸しながら、相田マナだった彼女は笑う。
側頭から血液を溢れさせながら、恍惚の笑顔を、彼女は地球へと向ける。
「キュンキュンするよぉー……。
やっぱり、ヒグマさんの笑顔を見ると、こっちも嬉しくなるなぁー……」
キュアハートの指先は、宇宙空間にハートマークを描いた。
溢れ出た自分の血液で描かれたその文様は、真っ赤な縁取りとして彼方の地球を包む。
真の愛の前には、地球でさえちっぽけなものだ。
彼女はそして、中空に浮く血のハートを、べろりと舐め取った。
口中に広がる滋味深い味わいに、聖女のようなその笑顔は一段と笑みを濃くする。
「……おいしい~……。
……みんなを食べて、食べられて、一つになれば、もう友達だよね。
ヒグマ7さんの教えてくれた愛のカタチ、みんなにも教えてあげなくちゃー……」
プリキュアたるもの、いつも前を向いて歩き続けること。
それが彼女の心得である。
例え、自分の魂が半分食い破られ、ニンジャとヒグマのソウルに侵食されたのだとしても、それは変わらない。
彼女にとっては、その汚染物でさえも、愛を交し合った仲間であった。
聖女は、その思考に雑音が入ろうとも、その意志を貫く。
重ね合った、この想いは誰にも壊せないから……!
【???/宇宙/朝】
【相田マナ@ドキドキ!プリキュア、ヒグマ・ロワイアル、ニンジャスレイヤー】
状態:健康、変身(キュアハート)、ニンジャソウル・ヒグマの魂と融合
装備:ラブリーコミューン
道具:不明
[思考・状況]
基本思考:食べて一つになるという愛を、みんなに教える
0:そうか、ヒグマさんはもともと、愛の化身だったんだね!
1:任務の遂行も大事だけど、やっぱり愛だよね?
2:まずは『美琴サン』や山岡さんに、愛を教えてあげようかな?
[備考]
※バンディットのニンジャソウルを吸収したヒグマ7、及び穴持たず14の魂に侵食されました。
※ニンジャソウルが憑依し、ニンジャとなりました。
※ジツやニンジャネームが存在するかどうかは不明です。
最終更新:2015年12月13日 17:41