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今思えば プロローグ - (2024/02/22 (木) 20:38:16) のソース
長空市。 多くの人が行き交っている。 募金箱を持った男性が、街頭で演説をしている。 「……皆さん、我々人類が手を取り合わなければ勝つことも倒すこともできないことは、近年の出来事を見れば明らかです。私どもの理事を中心に団結しさえすれば——」 「……人類の未来のためにも……」 「…… どうか私どもの事業にご支持賜りますようお願いいたします!」 信号が青になった。高らかな演説の声はまるで細かい泡のように、行き来するサラリーマンの波によって散り散りになった。 その繰り返しだった。男性は手を伸ばし、目の前を通り過ぎる人の手を握って言った。 「こんにちは。どうか私の話を——」 男性の話はまだ途中だったが、握った手が振りほどかれた。 手を握られた人物は、何事かと男性の方を見た。 男性 あっ……失礼しました。 ??? ああ。 男性 突然引きとめてしまい申し訳ありません。しかし、全人類の輝かしく明るい未来のためにも、国民ひとりひとりに行動を起こす義務があるのです。ですから失礼であっても伝えなければならないのです……。 ??? これが欲しいのですか? 男性 ……えっ? スーツ姿の女性は男性が抱えている募金箱を指さした。 ??? これでしょう? 男性 あの……。 男性があっけにとられていると、女性は募金箱の中にお札を一枚、まるで捨てるかのように入れた。 ??? おつりは結構です。 女性は再び歩き始め、一粒の泡のように人波の中へと消え、男性の視界からいなくなった。 女性の後ろ姿が見えなくなり、黙って立ち尽くしていた男性はしばらくしてからようやく怒りの声をあげた。 男性 ……私は物乞いをしているわけじゃない! ……。 人々の足音、楽しそうな話し声。 エアコンの室外機のうなる音、自動ドアの音、セミや子供の鳴き声、コンビニの電子レンジの音。 ため息の音、こらえきれず笑う声、咳、ファンが回る音、車のクラクション、エンジン音、風で木々が揺れる音。 これが故郷の長空市の音だ。それら様々な音がひとつの統一された旋律にしたがって高らかに壮大に奏でられ、それを聞いた人々に言葉では言い尽くせない偉大さを感じさせる。 色鮮やかに塗られた気球から祝い事の音楽が鳴り響き、ビラが落ちてきてこの町の隅から隅まですべてが喜びに震え、人々はその偉大さと自分とが常につながっているのを感じていた。 &image(08C95CCB-81EE-478B-B653-BF6350E3CF7F.jpeg,,height=300) 勝利、勝利、勝利。 ジリリリリリン! ??? もしもし?はい、既に長空市に到着しています。 過去100億年遡ってみてもこれ以上ないほどの勝利。全人類の勝利だ。 ??? 時間でしょうか?いえ、組織が用意した航空券はこの時間着のものでして、ホテルもまだ探せてない状況です。 苦しかった日々は終わりをつげ、勝利の歌が奏でられ、人々は美酒に酔っている。これも人類契約連盟が我々を率い、勝利へと導いてくれたおかげだ。 ??? はい……はい…… 私の管理が行き届かないばかりに、申し訳ありません。 苦難が去ったことを祝い、悲しみがないことを祝い、敵がいないことを祝い、過ぎ去りし日が過去のものとなったことを祝っていた。 ??? すべて私の責任です。すぐにチケットをとりニューヨークに戻ります。 女性は上司の叱責が聞こえてくる電話のスピーカーを耳に押し当てながら、すごい勢いで駆けて行った。 人類契約連盟の勝利を宣伝するビラが、まるで凱施式でのバラの花吹雪のように飛び交っていた。女性は信号が変わる前に、もと来た道へと折り返していった。その姿はまるで逆行する音符のようだった。 長空市を離れる前に女性は再び電子資料を開き、その中にあった少女の写真を見た。写真を見る顔からはやや力が抜けていた。 写真の少女は半日ほど前に長空市を離れており、女性と行き違いになってしまったのだ。 —— 写真の顔の下には名前が書いてあった:蓬菜寺九霄。 彼女は頭を振ると、別の人波へと身を滑り込ませ消えていった。 この時、意思の統括者を倒してから既に2年が経過していた。