「――言っちゃ悪いが、『翼』って名前の奴は、みんなカタブツ揃いなのか?」
かちかちかち、と歯を慣らし、銀色の髑髏が語りかける。
摩道具・ザルバの形状は、頭骸骨を象った指輪の形だ。
それを左手に嵌めているのは、今は本来のパートナー・
冴島鋼牙ではなかった。
「……私は戦うこと以外、何も知らずに育ってきたんだ」
「なんてこった。鋼牙と同じ手合いの奴か」
うんざりしたようなザルバの声を、少女は無言で聞き流した。
青い髪をたなびかせ、鋭い瞳を細める少女――防人の娘、
風鳴翼。
彼女が佇むその場所は、山のふもとのなだらかな傾斜だ。
まっさらな入院着を纏った彼女は、遠目に見える町を見つめながら、1人思案にふけっていた。
「この身が十全であるならば、問題は天羽々斬か……」
「そういやその格好、どこか具合でも悪いのか?」
「先ほどまではな。もっとも、この身に受けたはずの傷は、残らず完治していたが」
自らの右手を見つめ、ザルバに答える。
だいぶマシにはなっていたが、本来この身体は、絶唱の傷が、未だ癒えていないはずだった。
それがあのホールで目覚めた時には、跡形もなく消えていたのだ。
少なくとも、ものの数時間で消えるものではない。
あの黄金の男の戦いもそうだが、この殺し合いの主催者に対して、もっとも不気味に思えたのは、そこだった。
「ザルバ……と言ったか。お前はどう思う?」
「一瞬で治しちまうっていうのは、確かにクサいな。そこまで高度な治癒の術は、魔戒法師にだって使えない」
魔導具の返答に、ふむ、と翼は呟いた。
この怪しげなアクセサリーは、こと魑魅魍魎に関しては、翼よりも遥かに詳しいらしい。
それならば、傷を癒す術にも、何か心当たりがあるのではと踏んだのだが、どうやら当てが外れたようだ。
「まぁ、今はいい。それよりも、問題は私の剣だ。あれの所在が気にかかる」
「取られた武器が、他の参加者に支給されてるってのか? それはさすがに出来すぎだ」
「ないとは言い切れん。現に私の鞄には、これが支給されていたのだからな」
言いながら、翼の手がデイパックへと伸びる。
ごそごそと中をまさぐって、取り出したのはネックレスだ。
薄桃色の光を放つ、長細い形状の宝石が、紐の中心で輝いていた。
「何だこいつは?」
「第2号聖遺物・イチイバル……私の天羽々斬と、同じ性質を有した武器だ」
これは私には使えそうにないが、と翼が言う。
「これが武器? 俺にはまるでそう見えないがな」
「聖遺物――シンフォギアは、適合者の歌によって形を変える。神話の力を解き放ち、剣や鎧の姿となって、現代に顕現するものだ」
「なるほどな。神様を起こす呪文の歌ってわけだ」
「これは私の物ではないが、イチイバルがあるのなら、私の物も、誰かに支給されているのだろう」
元々イチイバルとは、特異災害対策機動部二課が管理していたところを、何者かに強奪されたものだった。
それが何故ここにあるのかは定かではない。
あるいは、この殺し合いを仕組んだ者が、その強奪に関与していたのかもしれない。
いずれにせよ、シンフォギアほどのオーパーツすらも、支給品としてばらまかれるゲームだ。
同じシンフォギアである天羽々斬も、同様に扱われていると見る方が自然だった。
『――どうか、僕の話を聞いていただきたい』
「ん?」
そこまで考えていた、その時だ。
不意に西の方角から、ハウリング混じりの声が聞こえてきたのは。
『僕の名前は龍崎駈音。心理カウンセラーの仕事をしている。
自慢するようで恐縮だが、テレビや雑誌などで、僕の名を聞いたことがある方もいるだろう』
「何だ、こいつは? 誰かがマイクでも使ってるのか?」
「黙っていろ、ザルバ」
訝しがる銀色の髑髏を、ささやき声で翼が諌めた。
彼方から聞こえるその声は、殺し合いのゲームに乗らず、脱出するための同志を募っていた。
心理カウンセラーという肩書きに似合った、穏やかに諭すような声音だ。
何も分からず、ゲームに巻き込まれ、慌てふためいている者にとっては、まさしく希望の一声だろう。
『1人でも多くの人が、僕の考えに、賛同してくれることを願う』
「……だそうだ。どうする、翼?」
龍崎なる男の演説が終わり、ザルバが翼へと問い掛ける。
「……ここは、急いだ方がよさそうだな。今の声は、殺し合いに乗った者達にも聞こえているはずだ。
もしそういった輩がいた場合、彼の居場所が狙われる可能性がある」
「なるほど。あのおっさんも、リスキーな賭けをしてくれたわけだ」
「何事もなければそれでよし。何事かがあれば、これを以って制するまでだ」
言いながら、翼が視線を向けたのは、腰に括った一振りの刀だ。
朱色の鞘に納まっているのは、まさしく玉鋼の和刀である。
「おい……本当にこれを使うのか?」
しかし、そんな何の変哲もない刀に、ザルバは何故か疑問を呈した。
「? どういうことだ?」
「こいつには、何かの気配を感じる。悪霊ってわけじゃなさそうだが、霊能を持たない翼には、手に余る刀かもしれないぞ」
つまるところ、妖刀の類というわけか。
伝承やおとぎ話にのみ聞いたそれを、現実に携えることになるとは。
ザルバの警告を耳にしながら、翼は奇妙な感慨を覚えていた。
「邪でないのなら、問題ない。手持ちがこれしかない以上、使いこなすしかないのだからな」
何にせよ、今は怖気づく時ではない。
いくら妖刀であるといえ、その魔性を怖れていては、全くの素手になってしまう。
「行くぞ」
早々に思考を打ち切ると、翼は早足で斜面を下りた。
行くべき先は、北西だ。
地図と方角から察するに、この場所はB-4あたりに相当する。西側に見える川を越えるには、橋を渡る必要があるのだ。
一枚しかない衣服を濡らしては、体温や体力を奪われてしまう。
遠回りではあるものの、翼はひとまず長期戦を見越し、橋を目指すことにした。
(……町の方に行ったら、着替えも探してみるべきかしらね)
今更になって気付いたが、この入院着は、少し寒い。
長い丈は足を動かしにくいし、おまけに少々はしたない。
状況がひと段落したら、服屋でも漁ってみるとしよう。この時はまだ、そんなことを考えていた。