――しぶとい。ガムテは、舌打ちしつつ心の中でそう呟いた。

 依然として、彼は圧倒的な優位を維持している。
 だが、攻め切れない。あと一歩が決められない。
 それどころか死柄木は、明らかにガムテの速さに慣れ始めていた。
 避けられる回数、いなされる回数が増えて。
 その命に迫れる回数が、減り始めている。
 これしきのことで焦燥を覚えるガムテではなかったが、苛立ちが込み上げるのは堪えられなかった。

「どうしたよ、ガムテ君。俺を絶望させてくれるんだろ?」
「ハッ。口動かすより手ぇ動かせよ、負け惜しみにしか聞こえねーぞ」
「言われなくてもそうするさ。ただ、どんな気分なんだと思ってさ」

 何故、この状況で笑える。
 追い詰められ、頼みの綱は封殺され、状況は完全な孤立無援。
 一歩でも踏み外せば奈落の底まで真っ逆様の綱渡り。
 それなのに何故、笑っていられる。

 『笑えよ』――暴走族神の言葉が、脳裏を過ぎる。
 あの男も、笑っていた。
 笑いながら戦い、笑いながら殺した。
 ガムテの仲間を奪い、蹂躙し、彼の前に立ちはだかり続けた。
 苛立つ。頭の奥の、とうに壊れた器官のどこかが……焼け付くように燻っているのが分かる。

「大口叩いておきながら、曰く素人の半端者一人未だに殺せてない。なかなか笑える体たらくだぜ、今の君」
「だから――負け惜しみにしか聞こえねえって言ってんだろ? 恥の上塗りが趣味かよ、未来の魔王様は」
「おいおい、言い返してないで早く俺の首を飛ばしてみろよ。可哀想な子供達が地獄で泣いてるぜ」
「――――」

 激昂はしない。
 安い挑発には乗らない。
 ただ、殺意を深める。
 より、研ぎ澄ます。
 そして振るった刃が、死柄木の首筋を浅くだが斬り裂いた。

「はは。やっべ」

 藪をつついて蛇を出したかと、冷や汗流しながらもまだ生きる。まだ、繋ぐ。
 ゆらり、ゆらりと。決して激しくはない、しかし確かな足取りでステップを踏む。
 避ける、躱す。凌いで、いなす。
 元よりセンスだけは八極道に匹敵するものを有していた彼なのだ。
 そんな彼にとって、最上の殺し屋の技をこうも間近で感じ続けられる環境は――最適の訓練場だった。

 人は死に近付けば近付くほど、研ぎ澄まされる。
 先鋭化され、収斂されていく。
 既に痛みはなかった。時の流れすら、朧気だ。
 限界を常に超える――俗に言う"光の使徒"とは別の形で、覚醒をし自分の限界をこじ開けて踏み越える。

「……! 何だ――」

 ガムテが、手は止めずに視線を余所へ向けた。
 死柄木もそれを追う。そして、「おいおい」と呆れたような声を漏らした。

「チートにも程があんだろ。MAP兵器じゃねえかあんなもん」

 デトネラットを強襲したあの時は、本気の半分も出していなかったのだと嫌でも理解させられる。
 いや。死柄木の目から見ても、今のビッグ・マムはデトネラット強襲戦の時に比べて明らかに"やる気"に満ち溢れていた。
 傍迷惑な話だが、何かモチベーションを著しく向上させる出来事でもあったのだろう。
 学び、育つのは決して"誰か"の特権ではない。誰にでもその門扉は常に開かれ、きっかけはそこら中に転がっているのだ。

 立ち上がり、剣を振り上げる炎の巨人王。
 あれが直撃すれば、此処ら一帯は恐らく消し飛ぶだろう。
 まさに終末装置だ。逆に言えば、彼女をしてあそこまで全力にならなければ連合を殲滅出来ないということでもあるのだろうが――
 あの絶望的光景を前にしては、そんな事実など何の慰めにもなりはしない。

「逃げた方がいいんじゃねえのか。あれ、俺達だけじゃなくてお前も死ぬだろ」
「ハ――誰に物言ってやがる。ババアが無茶苦茶するのは覚悟の上で此処に立ってんだよ、こっちは」
「へえ、生き延びる自信があんのか。凄えな」

 クーポンの再生能力など、あの大質量を相手にしては何の役にも立たないだろう。
 恐らく、肉体が文字通り蒸発するような火力になるに違いないのだ。
 死柄木の崩壊も、そもそもからして姿形のない"炎"に対しては用を成さない。よって相殺も不可能だ。

「でも、まあ――そうであってくれなきゃこっちも張り合いがない。
 さっきはああ言ったけどよ……君は凄え奴だぜ、ガムテ君。
 俺が君くらいの歳の頃は、もっと腐って沈んだ社会のゴミだった」
「……あ? 急に何言ってやがる。命乞いにしちゃ下手糞だぜ」
「敬意ってやつなのかな。君のことも、あのババアのことも……ちゃんと殺してやりたいと思うんだ」

 であれば、死柄木弔が頼りにできる存在は一人だけ。
 あの摩天楼で、ただ一人老蜘蛛の真意を。
 もとい"犯罪計画"を聞かされていた彼だからこそ、任せられる。
 犯罪界にその人ありと。名探偵の宿敵と。
 そう称された"ナポレオン"の手腕に、命運の全てをBETできるのだ。

「さあ、そろそろ幕を下ろそう。やってくれ」


◆◆


「お前らはよくやった。認めてやるよ、お前らは立派にこのおれの"敵"だった!」


 全ての幕を下ろす一撃が、天高く振り上げられた。
 ホーミーズ同士の結び付きを従来のそれに比べ、段違いに高めるヘルメス。
 彼の加入によって可能となった、空前絶後の大合体形態。巨人王・ゲッテルデメルング。
 神代の終わりを名乗り、そしてこの戦いの終わりをもたらすそれが。
 今、全ての運命を終わらせる一振りとして朝焼けの空に光り輝く。


「だが! "新時代"なんざ――――もう二度と来ねェ!!
 来やしねェのさ、このおれが……四皇(おれたち)が居る限り!!
 奇跡は二度と起きねェ! 此処が! お前らの夢の終わりさ、敵連合!!」


 "それ"が。
 巨人の王の名を冠するこれが。
 いや、そもそもスルトと名付けられた炎の剣が。
 この形、あの性格を象っていたのはきっと、界聖杯があらゆる世界を"つなぐ"願望器であるためなのだろう。
 因果は混線し、何処かの世界で星の終わりと形容されたモノがモデルに採用された。
 そう――これは星の終わり、その劣化再演。
 されど、地上に落とせば一つの区を消し去ることなど容易な極大火力。

 落ちる。
 ――墜ちる。
 滅びが、満ちる。

 戦いを終わらせ、女王の地平を築くため。
 今此処に、結末は訪れようとしていた。
 "新時代"は訪れず、"旧時代"の皇帝は高らかに笑う。
 かつて二人の海賊が成し遂げた女王打倒の偉業は、もう二度と再演されない。
 敗北と挫折を知り――更に強く光り輝くことを覚えたビッグ・マムには、逆襲劇など通用しない。

 ……これは実に順当な、当然の結末。
 弱者が強者に食らいつこうとして、返り討ちに遭うというただそれだけの話。
 それだけで、それまでのつまらない幕切れ。


 だからこそ――"蜘蛛"が、それを想定していない筈などない。


「改めて思うが、全く以って柄ではないネ」


 振り下ろされる、終末の剣。
 それを迎え撃つべく独り立つ"彼"は、およそその役割に最も不似合いな存在だった。
 何故なら彼は数学者。犯罪王……犯罪卿。"悪"の、クライム・コンサルタント。
 その彼が、女王の奥の手と正面から張り合おうとするなど道理が通っていない。
 どう考えても勝算などない、自殺行為も甚だしい一手。
 しかし。しかしだ。

 この"モリアーティ"は、マムの手の者に屠られた"ウィリアム"とは似て非なる存在である。

 霊基の成り立ちも、勿論そうだ。
 だがもっと根本的な部分で、彼らは道を違えている。
 論文『小惑星の力学』。それは、国を憂いて義のため悪を為した蜘蛛にとっては研究分野でしかなかっただろう。
 しかし、このモリアーティにとっては違う。
 彼にとっては、それこそが全てだったのだ。

 ――星を壊す方法を、見つけた。
 ――できる、と計算してしまった。
 ――やれる、と結論を出してしまった。

 それこそが、ジェームズ・モリアーティ
 "悪の蜘蛛"の起源(オリジン)。


「だが、やらねばなるまい。
 私の夢を終わらせぬために」


 ライヘンバッハに、魔力が充填される。
 宝具の真名解放。その兆候を見たリンリンは、それを鼻で笑った。
 何故ならそれは、かつて彼女が受けたことのある破壊であったからだ。
 そして、シャーロット・リンリンは今こうして五体満足で現界を保っている。
 それだけでも、老紳士の奮戦を一笑に付す理由としては十分すぎた。

「笑わせる! 見苦しい悪足掻きだねェ、蜘蛛野郎!!」

 迫るのは、滅びの炎剣。
 全てを終わらせると豪語する、夢の終わり。
 それに照準を合わせて、構える。
 今だけは腰痛が云々の逃げも、予防線もなしだ。

 そして――


「令呪を以って命ずるぜ、"教授"」


 令呪の輝き。
 ガムテと対決している最中の筈の、死柄木弔の右手の刻印が感光する。

「思いっきりぶっ放せ。勝ち誇ってるヤツの鼻明かす愉快さは、アンタが一番よく知ってんだろ」

 ――令呪を使っての宝具強化(ブースト)。

「(最後の令呪で悪足掻きか。拙い希望だな――無様だぜ、死柄木弔)」

 予想の範疇に収まる手だ。
 ガムテは刃を振るう手を緩めはしない。
 だが、その時。ふと、記憶の中の死柄木(かれ)の姿と目の前のそれを重ねて――違和感を覚えた。
 今の令呪使用によって、死柄木の手からは全ての令呪が消えた。
 そこにはもう、一画たりとも刻印は残っていない。

 ――いや。それは、おかしい。

 あの時。新宿で戦った時、こいつの手には二画の令呪があった筈だ。
 なのに、今は全てを使い切った状態。
 だとすれば、もう一画を何処で使ったのか?

「(……そうか、神戸しお――あいつの令呪の画数は、デトネラットで会った時と変わらないままだった。
  自分のサーヴァントをあんな化物に変えるんだ、素人のガキじゃ魔力の消費は賄いきれないとしても不思議じゃない。
  宝具解放の回数を増やすために、死柄木がしおに令呪を譲渡した、ってとこか――――――)」

 そこまで考えて。
 いや、とガムテ自ら否定する。

「(何でだよ。何のために、そんな真似をする?
  死柄木としおは同盟関係だが、目指す場所は違う筈だ。
  三画きっちり揃ってる状態だってんならまだしも、既に一画減ってる状態でそんな危険(リスク)冒すか?)」

 令呪の分散自体は理解できる。
 あの"チェンソーの怪物"は、あまりに戦力として巨大だ。
 まだまだ主従の大半が生き残っているのが想定される現状、死柄木としおの両者に戦力を分散させておくのは悪い選択肢ではない。
 ガムテも、そこは理解できるのだ――だが、それは令呪(リソース)に余裕があるならばの話。
 既に令呪一画が減っており、底を突く未来が見えている状態で。
 何故、わざわざいつか敵になる相手に令呪を渡すような真似をした?

 その疑問に答えが出る前に――状況は、劇的に動いていく。



「(さあ、計画通りだ。これでいい。そして、"これがいい")」


 ジェームズ・モリアーティの宝具。
 それを、確かに彼はシャーロット・リンリンの前で開帳していた。
 侮られるのも当然。あの時、彼の宝具はまだ"対軍"の域に収まる出力でしかなかった。
 だが、令呪によるブーストを受けた今。
 その出力は一段階上昇する――対軍から、"対都市"へと。

「正直、博打の側面もあるにはあるが……そこはそれ。
 老骨に鞭打ちつつ、そしてこの有り余るモチベーションで補うとしよう――!!」

 ――灯る、灯る。
 ――導き出す。再現する。

 かつて見つけた答えを。
 夢見、追いかけた究極を。
 そして、人の身では辿り着けなかったその景色を。
 自身へと迫る、"終末"の炎に向けて放つ。

 形だけ、だとはいえ。
 星の終わりを象った炎などを見て、星を壊すことを目指した男が滾らない道理はないのだから。
 モチベーションは最大。コンディションは不完全、故に万全。
 下地となる威力増幅も整えた。故、これにて全ての準備は整ったとジェームズ・モリアーティは判断する。

「――刮目し、そして傾聴せよ! 皇帝、ビッグ・マムよ!!」

 ……もう一画の令呪を振り分ければ、対国とまでは行かずとも、それに限りなく近付けることは出来たかもしれない。
 なのにそれをせず、敢えて彼は一画のみのブーストに止めさせた。
 それにも、もちろん理由はある。
 もっともこれは、単なる彼の個人的なエゴであったが。

「この程度で、これしきの破壊で神々の黄昏を謳うとは片腹痛し!
 数学者として、実際に"それ"を算出した者として……これより貴女に教授しよう!!」

 ジェームズ・モリアーティは、英霊としては脆弱な部類に入る。
 何しろ元を辿れば、戦闘の逸話のほぼほぼない英霊だ。
 幻霊を自らに繋ぐことで何とか力を得ているだけ。犯罪卿の彼と、幻霊抜きではそう大差ない。
 そんな彼が、令呪二画分のブーストをかけた"惑星破壊"を放てば――恐らく、霊基が保たない。

 駄目だ。
 それでは、駄目なのだ。
 それではあまりに、甲斐がない。

「これこそ、我が最終式。そして、これより過去の産物と化す旧き数式!
 さりとてそれでも、御身の唱えた"終末(ほのお)"など容易く貫く終局である!!」

 せっかく育てた教え子の晴れ姿を見られないほど、教師にとって残念なこともないのだから。
 多少の無茶をしてでも、不合理で合理を蹴飛ばしてでも。
 そこのところだけは、譲れなかった。
 これは当の教え子、死柄木弔にすら話していないことだったが。



「――――『終局的犯罪(ザ・ダイナミクス・オブ・アン・アステロイド)』!!!」



 炎の剣、夢の終わりを名乗り、星の終わりを象るものと。
 ジェームズ・モリアーティ、悪の数学者が見出した"星の終わり"が衝突する。
 壮絶極まりない轟音と閃光、そして風圧を撒き散らしながら。
 削り合い、喰らい合う二つの力と力。
 驚愕の風貌(かお)を浮かべるのは――シャーロット・リンリン、否、ビッグ・マム。

「何だと……!?」

 何故、持ち堪えられる。
 何故、おれの全力と張り合える!
 声をあげる女王は、口角泡を飛ばして自身の最高傑作へと叫ぶ。

「おい――お前ら、何をしてやがる! そんな格下、さっさと押し潰しちまいな!!」

 だが、彼らに答える余裕はなかった。
 当然だ、ある筈もない。
 ホーミーズは意志を持つ仮想生命体。
 驚愕しているのは彼女だけでなく、彼らもまた同じなのだ。

『グ、オオオオ、オオオオオオオオオオオ――!!』
「はは、はははは、ははははははははははは――!!」

 苦悶、巨人王。
 哄笑、犯罪卿。

 せめぎ合いの中で、既にモリアーティの肉体は限界を迎えている。
 内臓は余さず潰れ、霊核もひび割れて、ライベンバッハは火花を散らしている始末。
 巨人王の側は、今にも死にそうな老紳士(アラフィフ)一人押し潰すだけ。
 なのに、それが出来ない。押し切れない。この拮抗を、まるで破ることが出来ない――!

「何とも、まあ。格好の付かない幕切れだが――」

 先に限界に達したのは、やはりというべきか彼の方。
 ライベンバッハに亀裂が走る。

「これならば、少しは。あの若造にも、格好は付くだろう……」

 ライベンバッハが、鉄の棺桶が砕け散った。
 同時に、余波でモリアーティの胴体も半分吹き飛ぶ。
 抉り取られたような惨たらしい破壊の痕跡を残しながら、地面に蹲る犯罪王。

 だが、最後の最後に彼は成し遂げた。
 それは意地だったのか、もしくは数字で証明の利く物理的なせめぎ合いの顛末だったのか。

 定かではないが――


 巨人王の剣が、その両腕もろともに吹き飛んだ。
 押し返された、のではない。
 均衡を保てなくなり、文字通りに吹き飛んだのだ。

 これにより、皇帝剣の後釜として手駒に加えられた炎剣スルトが消滅。
 そして外殻役を成していた黒羽のヘルメスが、体表の大半を吹き飛ばされたことにより行動不能状態へと陥った。
 スルトの消滅だけならば、まだ立て直しは利いたが。
 ホーミーズ間の融和に長けていたヘルメスが落とされたことは、あまりに手痛かった。

「馬鹿な……!」

 巨人王の、合体が綻ぶ。
 残されたのは実質、プロメテウスとヘラのみ。
 ホーミーズ同士の結合が緩んだことにより、巨人王の巨体はみるみる内に溶け落ち始めた。
 蹲った死に体の犯罪王を爆炎に巻き込みながら、崩れていく。
 先程までの威容は、もうその面影すらない。
 ビッグ・マムが繰り出した終末のホーミーズは今、真なる星の終わりによって打ち破られたのだ。

 そして――この隙を狙わない、チェンソーマンではなかった。


「……!」

 ホーミーズの大半を削がれたビッグ・マムへ。
 チェンソーの刃音を響かせて、地獄のヒーローが襲いかかる。
 剣を失い、羽を失い、炎と雷だけしか扱えない状態となった彼女にとって、このチェンソーマンはあまりにも厄介な敵だった。

「――ヘラァ! プロメテウス! お前らは生きてるね!?」
『あぁ、なんとか生きてるよママ! でもスルトはもうダメだ、ヘルメスも、一応まだ生きてはいるけど……』
「今はそれどころじゃねェ! お前ら、今すぐに"巨人王"を崩してこっちに来な!!」

 忌まわしいが、過ぎたことを悔やんでも仕方がない。
 今片付けるべきは、目の前にまで迫っている死線だ。
 ヘラとプロメテウス、生き残った二体を引き寄せて。
 火炎と雷、二色の"力"を放射することでチェンソーマンの行く手を阻まんとする。

「(ヘルメスは使える奴だ、隙を見て魂を入れ直したいところだね……!
  だがまずは、なんとかしてこいつを退けねェと……!!)」

 そこまで考えたところで、リンリンはふと我に返る。
 退けないと――何だ?
 退けないと、どうなるという?
 まさか、このおれが。
 この"ビッグ・マム"が――

「……ッ!」

 死を、感じているというのか。

「――ライダー! テメェクソババアッ、何負けそうになってんだッ!!」

 ガムテの声に、叱咤されるまでもない。
 ビッグ・マムは未だ健在。
 しかし炎雷の地獄を踏破して目の前に現れたチェンソーに、リンリンは時間が止まる錯覚を覚えた。
 武装色で硬化させた手を使い、掴み取らんとする。
 だが、皇帝を蹴落とすべく駆け付けたヒーローの速度の方が速かった。
 突き出されたチェンソー。それは、女王の腕に掴み取られるよりも速くその胸元に到達し。

「――ガ、ァアアアアッ!!」

 ……四皇ビッグ・マム。
 数十年の間、大海賊時代の海原に君臨し。
 そしてこの界聖杯においても、"百獣""鋼翼""始まりの剣士"など、数多の猛者と渡り合った大女傑。
 誰もが海賊と認め、畏れた生まれながらの破壊者。
 その心臓を――確かに、貫いた。


◆◆


「お、ぉおおお、おおおおお゛お゛お゛……!!」

 女王の拳が、チェンソーの悪魔を吹き飛ばした。
 だが、彼女は間に合わなかった。
 そのことを、その胸元に空いた大きな裂け目と、そこから漏れ出す大量の血液が物語っていた。

「よ、くも……! やりやがったな、連合(テメェら)……!!」

 サーヴァントは、心臓を破壊されてもすぐには死なない。
 それでも、"そこ"が急所であることに違いはなかった。
 霊核。サーヴァントが現界し続けるにあたって、非常に重要な核がそこにはある。

 そして今、ビッグ・マムの霊核は……チェンソーマンの刺突により破壊されていた。
 完全破壊には至っていないものの、そうなるまではもはや秒読みの状態。
 巨人王の敗北、ホーミーズの死。そして、仕留め時を見誤らなかったチェンソーマンの手腕。
 全てが重なって、女王を今死の淵へと追いやるに至っていた。
 鋼翼と、始まりの剣士。彼らとの三つ巴すら戦い抜いた海の皇帝が、血痰の絡んだ荒い呼吸を刻みながら追い詰められている。

「(魔力が、上手く練れねェ……! 詰んだってのか、このおれが……!?)」

 蘇る、生前の記憶。
 溶岩へと落ちていく、"皇帝"としての最後の瞬間。
 あの瞬間に感じた口惜しさと怒りが、肚の奥底から蘇ってくるのが分かる。
 負ける? 死ぬ? おれが? このおれが、二度も? 年端もいかない夢見がちな"ガキども"に、蹴落とされて消える――?

「舐めんじゃ、ないよォ……! おんどれァ……!!」

 消えゆく存在を、意地で繋ぎ止める。
 地面に蹲りながらも、執念でリンリンは奥の手へと走った。
 負けるものか、死ぬものか。
 一度ならず二度までも、弱者の一刺しなんてものに蹴落とされてたまるものかと。
 バケツをひっくり返したような血を吐きながら、ビッグ・マムは……海賊シャーロット・リンリンは叫ぶ。


「――まだ、だ……! まだ、何も……終わっちゃ、いねェのさ……!!」


 そうして行使するのは、ソルソルの実の能力。
 悪魔の実・超人系(パラミシア)――ソルソルの実。
 かつてリンリンは、魂(ソウル)を操る力を恩人から受け継いだ。

 シャーロット・リンリンは、ソルソルの実の能力者は――無機物にさえ魂を宿すことが出来る。
 そして彼女は霊地、ひいては龍脈の存在が明らかになった時から確信していた。
 この争奪戦を、最も有利に進められるのは自分であると。
 そう、彼女にとって龍脈の簒奪は決して非常に容易いことであるから。

 龍脈そのものに魂を与え、ホーミーズにしてしまえばいいのである。
 後はそれを自らの霊基に取り込んでしまえば、それだけで龍脈の力の全てはリンリンのものになる。

「――プロメテウス。ヘラ。ヘルメス。死にな、そしておれに還りな!」

 力が足りない。魔力が、練れない。
 知ったことか、足りないのなら戻ってこさせればいいだけだ。
 ホーミーズの断末魔には耳を貸さず、全ての主力を己の体内へと回帰させる。
 そして漲る力のままに、墨田区はスカイツリー地下へと眠る龍脈の力に魂を授ける。
 恐らくは峰津院大和ですら、想定していなかっただろう龍脈の簒奪手段。
 龍脈そのものに新たな魂を授け、己が物に変える。
 これこそがシャーロット・リンリンの奥の手にして――最大の勝算であった。

 だが。


「おいおい」


 そんな彼女に、歩み寄る者が、ひとり。
 その声に、リンリンはこの時初めてはっきりと寒気を覚えた。
 何故なら、彼は。彼だけは――


「可哀想だろ。自分で生み出したもんにはちゃんと責任持てよ、人でなしが」


 ――今、誰よりも此処に来てはならない存在だったから。


 ◆◆


「ち……ッ」

 巨人王の炎剣と、ジェームズ・モリアーティの宝具解放。
 その余波は、まだまだ継続可能だったガムテの戦線に大きな影響を及ぼしていた。
 爆発的な風圧が、彼を吹き飛ばしたのだ。
 ただ、此処で一つ。命運が分かれた。
 ガムテは"遠く"へ、死柄木は"近く"へ。
 女王の膝下から、そのように吹き飛ばされたこと。
 その意味を悟った瞬間――ガムテの脳内に駆け巡った光景がある。

「何……やってんだ、あのババア……!!」

 最初から。
 召喚したその瞬間から、このババアのことが嫌いだった。
 いや。嫌いだなんて生易しい感情では、もはやない。
 ガムテが抱いたのは嫌悪ではなく、殺意だった。
 こいつだけは、殺さなくてはいけない。
 割れた子供達の一人として、そして彼らを率いる王子(プリンス)として。

 己の快・不快のために子供を踏み躙り、時に命さえ奪う。
 そんな外道でありながら、腐った大人でありながら、母(マム)を名乗るこいつに。
 可能な限り最も屈辱的な死を与え、地獄に叩き返してやるのだと――そう誓った。

「何、負けそうに、なってやがる……!
 オレが、オレ達が……! どんな思いで、お前のために戦ってきたと思ってんだ……!!」

 彼女の機嫌を取るために、皆が奔走した。
 つまらない癇癪で殺された奴だって、決して少なくはない。
 あの老婆は、ガムテにとって心血にも等しい仲間達を消耗品のように扱った。
 その恨みは骨髄にまで達して余りある。必ず殺す、最悪の形で死に至らしめてやる。
 その思いは収まるどころか、強まっていく一方。

 そして、今。
 この界聖杯に残っているガムテの仲間は、本当にわずかな数となり。
 必ずや屈辱を味わせて殺すと誓った元凶は、仲間を虐殺した仇の手で殺されそうになっている。

「(ダメだ、この距離じゃ走っても間に合わねえ――令呪で逃がすか?
  いや、焼け石に水だ……どうする! どうするッ、どうするッ……!!)」

 ああ、何故。
 何故、自分達はこうなったのだろう。
 何故、こうも世界に嫌われているのだろう。
 張り上げた声の残響が消えていくのを聞きながら。
 ガムテは、噛み締めた奥歯が砕ける痛みを感じた。


 そうだ。

 本当は、どうすればいいかなんて分かっているんだ。



「死柄木、弔……!」
「会いたかったぜ、クソババア。
 そんでもってさ、流石にそろそろ玉座を譲って貰おうか」

 白い髪の死神が、現世にしがみつく老婆の前へと立っていた。
 ホーミーズは全て自らの内へと還した。
 そうでもしなければ、霊核を砕かれたこの身では龍脈のホーミーズ化を行う上でのリソースが足りないからだ。
 あと一歩。あと一歩で、自分は全てを手に入れられる。
 消したホーミーズどもなど及びもつかない、莫大なまでの力を手に入れることが出来る。
 なのに――今。死神は、終わりを携えて彼女の前に居る。

「(まだ、時間はかかる……今此処で、こいつを相手にしてる場合じゃねェ!)」

 リンリンにとって一番の懸念は、チェンソーの悪魔だった。
 しかし彼が駆け付けてくる様子はない。
 恐らく、霊核を破壊された直後にリンリンが叩き込んだ拳によって死亡したのだろう。
 エンジンスターターを吹かせば起き上がってくるのだろうが、流石にそこまでの時間があれば龍脈簒奪の完了は問題なく出来る。

 故に問題は。今、目の前に居る……未来の魔王ただ一人であった。

「邪魔……なんだよ、お前はァ――!!」

 覇王色の覇気を轟かせる。
 武装色を宿した、黒い拳をその痩躯に叩き込む。
 頭蓋骨を砕かれ、脳も半分ほど破壊されていながら。
 それでも死柄木弔は、踏み止まった。
 そして手を伸ばす。その手を、リンリンは身を捩ることで不格好ながらも何とかいなした――そう、本来なら。

 相手が死柄木弔でさえなかったならば、それでどうにかなっていた筈だった。
 しかし彼は、ジェームズ・モリアーティが見初めた惑星破壊の後継者。
 未来の魔王、破壊の寵児。
 触れたものを全て崩壊させる、滅びの"個性"をその身に宿す鬼子。

 故に、ほんのわずか。
 ほんのわずか、指先が肌を掠めただけ。
 それだけで――シャーロット・リンリンの"詰み"は確定する。

「……ッ! ぉおおおおおお、ォオオオオオオオオ゛オ゛オ゛……!!
 死ぬかよ、死ぬか、このおれが……! こんな、もので、ェ……!!!」
「いいや、死ぬんだよ。それが魔王(おれ)の決定だ」

 滅んでいく、崩れていく、壊れていく。
 彼に触れられた箇所は、二の腕の少し手前。
 そこから、鉄の風船と称された屈強な皮膚がひび割れた。
 腕が落ちるまではすぐだった。罅は次々と進んでいき、四皇の肉体を崩す。
 "個性"は"超常"。神秘をすら崩し、対魔力をねじ伏せ、この世の全てを塵へと還す。
 瞬く間に半身を奪われ、心臓を露出させたビッグ・マム。

「大往生じゃねえか。もう十分楽しんだだろ? いい加減若者に席を譲ってくれよ……お婆ちゃん」

 足掻く老婆、過去の"皇帝"――それを、"新時代"は笑覧していて。



 ――終わる。

 オレ達の全てが、終わる。

 滅んでいく皇帝の姿を見つめ、ガムテは割れた心が更に微塵に砕けていくのを感じていた。
 何を間違った。どこで間違えた? それすらも分からない。
 初めから何も持ってなんていなかった。痛む心すら、きっとない筈だった。
 この世界はどこまで行ってもただの泡沫で。いくら失おうが取り零そうが、未来には影響のない張りぼてだと。
 そう割り切れたなら、どれほど幸いだったろう。どれほど、彼は救われただろう。

 ――出来るかよ、そんなこと。
 ――それが出来たらもう、それはオレじゃない。

 転がるばかりの人生だった。
 誰もが、そうだった。ガムテの周りには、そういう奴らが溢れていた。
 生き方を間違えて。運命に足をかけられて。
 坂道を転がるばかり。どこまでも凍てついたこのクソッタレな世界を、転がるばかりの人生。

 心の割れた、子供達。グラス・チルドレン。
 ガムテは、それを決して見捨てられなかった。
 今もそうだ。この世界で散った彼ら。元の世界で、道を共にしていた彼ら。
 そこに差は付けられない。その全てを、ネバーランドの王子は背負っている。

 ――ああ、朝が来る。
 これが勝利の朝であれば、どれほど良かっただろう。 
 そうあってほしかった。でも、ダメだった。
 失うばかりの夜を超えて辿り着いた朝は、ひどく寒々しくて、寂しくて。

 何を失くした。
 何を失くして、此処まで来た。
 そう問われても、ガムテはこう答えるしかない。

「(……数えられるかよ、そんなの)」

 もしかしたら、初めから。
 この世に生まれたその時から、何も持っていなかったのかもしれない。
 この先、何があっても、ずっと。
 失うばかりの人生は、この忌まわしい夜は、続いていくのかもしれない。

「だと、しても……」

 ――ああ、そうだ。
 だとしても、この足だけは止められない。

「今更、止まれるかよ……止まれる理由が、何一つ、ねえんだよォ……!」

 ごめん。
 ガムテは、心の中で仲間達へと謝罪する。
 今、まだ生きている仲間達。
 もう死んだ、自分のために散っていった仲間達。
 その全てに頭を下げる。誓いを破ることを、誠心誠意詫びる。

 大嫌いだった。殺してやりたかった。
 今だってそうだ。
 許すことも、心を拓くことも、見逃すことも未来永劫ありはしない。
 だけれど、失くしたものを背負い続けるためには――そして、背負ったものの重みを無為にしないためには。

 こうするしかないから。
 だから――


 ガムテは、人生という名の坂道を転がり続けてきた石ころは、叫んだ。





「――――令呪を以って命ずる!! 玉座を守れ、ライダー!!!」





 その、言葉が。
 状況を変える、定まっていた詰みを覆す。
 既に中途まで進んでいた、死柄木弔による"崩壊"。
 その勢いが、如実に衰えた。
 消えかけていた皇帝の命の灯火が、ガムテの令呪を。
 残り三画、全てを賭して注がれた命令を受けて――もう一度激しく燃え上がる。

「でかした、ぞ……ガムテ……!」

 シャーロット・リンリンにとってガムテというマスターは、多少頭が回る生意気なガキという認識でしかなかった。
 だが、今この時その認識は改められる。
 こいつでなければならなかったのだ。
 この状況で、この判断が下せる大物でなければ……自分の聖杯戦争は此処で終わっていたとそう確信したから。

「――おい、待てよ……ふざけんじゃねえぞ、クソババア!」
「ハ~~ッハハハハハハママママ! 残念だったねェ死柄木弔! 敵連合の王!!
 何をしたところでもう遅い! 今この時を以って……おれの目論見は、完遂された……!!」

 龍脈に魂を与え、ホーミーズ化させること。
 それこそがシャーロット・リンリンの目的であり、唯一無二の勝利条件。
 今まさに屈辱的な死を遂げようとしていた怨敵に、プライドを捨ててまで縋ったガムテの意地。
 それが、リンリンに不足していたわずかな時間を埋めさせた。
 半身が崩壊し、今も緩やかながら崩れ続けている全盛期に比べれば見る影もない死に体ではあるものの。

 それでも――既に、事は成った。
 少年の意地と女王の底力は今此処で、蜘蛛の計略すら飛び越える。


「龍脈よ、おれの身体に還りな!
 そしてこの目障りな"崩壊"を塗り潰し、おれを新生させるんだ!!」


 空に浮かんだ、朱き龍。
 それをすぐさま崩壊させ、リソースに変えて取り込むビッグ・マム。
 哀れ、龍脈のホーミーズの生きた時間は数秒にも満たない。
 だが、その力は今後永遠にシャーロット・リンリンの霊基の一部として轟き続ける。

「おお、力が漲る――素晴らしいねェ! これが峰津院の霊地! 龍脈の力かい!
 マ~ママママ!! 気分がいいよ。この世の全てがおれのものになったようだ……、……ああ、そうだ!!!」

 力が、漲る。
 龍脈の全てが、皇帝の体内へと取り込まれ。
 死柄木弔の崩壊によって失われた部分を、すぐさま補填し始める。
 優秀なホーミーズ達を失ったことも、連合に味わされた屈辱も、全てを笑って許せるほどの高揚感。
 この力があれば、もはや鋼翼も耳飾りの侍も、カイドウでさえも敵ではあるまい!
 上機嫌のままに、霊基再臨を――否、霊基新生を果たさんとする鬼母(マム)は言祝いだ。


「お前に名をくれてやるよ、おれを救った愛しい龍脈(ちから)! 史上最高のホーミーズ!!
 お前こそは、このおれに"全て"をもたらすもの――"オール・フォー・ワン"と! そう名付けよう!!」


 全ては一人(マム)のために。
 傲岸不遜にその名を与え、龍脈の力を完全に我が身へと取り込み。

「これで、おれの勝ちさ! ハ~~~ハハハハハ!! マママママママ――!!!」

 "海の皇帝"ビッグ・マムは今、高らかに勝利の哄笑をあげた。
















「――――――――あ?」

 その心臓に。
 新時代を名乗る魔王の牙が、突き立てられる瞬間までは。


 ◆◆


 その時。
 死柄木弔が考えられたことは、多くはなかった。
 抱いていたのは、焦りと恐れだった。
 それはきっと、覚醒を果たした彼にとっては久方ぶりの感情。
 積み上げてきた全てが奪われる、焦り。
 此処で全てが終わってしまう、恐れ。
 彼は、震えた。心から背筋を凍らせた。
 こんな終わり方はないだろと、泣き叫びたくすらなった。

 ――だめだ。だめだ、こんなんじゃだめだ。こんなんじゃ、俺は終われない。

 二度目はない。
 眼前の皇帝が新生を果たせば、果たしてしまえば、それで全て終わり。
 恐らく連合は、塵のように蹴散らされる。
 女王の逆襲によって全てが終わる、崩れ去る――破壊される。

 ――それじゃ、死柄木弔/志村転弧(おれ)は終われないんだよ。

 破壊。破壊、それは俺の専売特許だろう。
 俺に与えられた、俺だけが振るえる力だ。
 世界を変えられる。社会を滅ぼせる、無人の地平線に変えられる力なんだと。
 現実を受け入れられない死柄木の中で、生への渇望にも似た炎は爆発的に燃え上がり。
 そして彼は、がむしゃらに。
 ほとんど本能に基づいた、考えなしの行動で……目の前に露出していた、今にも肉の底に覆い隠されそうな、皇帝(マム)の心臓へと喰らいついた。

 死ね。死ね。死ね。死ね。
 壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。
 なんで壊れてない――俺(ぼく)に触られたのに。

 治るなよ、勝手に治すな。
 お前は、俺が、ぼくが、壊したんだ。
 鬼気迫る、血走った眼球は修羅の如し。
 未だ自分の"崩壊"と、龍脈による"再生"とがせめぎ合うマムの身体は……例外的に、英霊に共通する物理無効の特性を帯びておらず。
 故に死柄木弔が、志村転弧が突き立てた牙は、皇帝の心臓を噛み潰すに至った。

 否、それだけでは終わらない。


「……何、してやがる――お、まえ……」


 死柄木は、噛み潰した心臓を呑み込んでいた。
 咀嚼し、取り込む。自分の体内へと、嚥下する。
 顎が外れんばかりに口を開いて、いや顎が外れても再生力に物を言わせて咀嚼を続ける。
 理解不能。あまりに突飛な行動に、リンリンの理解は及ばず。
 否――龍脈の力を取り込んだとはいえ、とっくに死に体である彼女は再生中まともに動くことすら出来なかった。
 だから、この狼藉を受け止めるしかない。茫然と、見下ろすしかないのだ。

「……ッ!?」

 そんなリンリンの目が、見開かれた。
 その理由は、一つであった。

 今しがた、自分が魂を与え取り込んだ筈の"龍脈の力"が。

 急激に、それこそ眼を見張るほどの速度で――自分(シャーロット・リンリン)の中から消えていくのを感じたからだった。

「なんだ、こりゃ……ッ、死柄木ィッ! てめえ、おれに……おれの身体に、何を――!!」

 問われたところで、死柄木は答えない。
 答える理屈を、彼は持っていなかったからだ。
 彼はあくまで、本能的に行動しただけ。
 敵・死柄木弔の奥底に眠る――■■■■■・志村転弧の本能に基づいて。
 ただ、壊したのに勝手に治った眼の前の不条理の産物を頑張って殺そうとしているだけ。
 だが結果的にその行動は、シャーロット・リンリンという英霊に対してこれ以上ないほど特効だった。




 ――リンリンは、生まれながらにソルソルの能力を持って生まれたわけではない。
 更に言うならば、自らの冒険の中でソルソルの実を手に入れ、食べたわけでもない。

 彼女が能力を得たのは偶然の産物だ。
 ある日の食事で、恩人と同じ孤児院で育った友人達が軒並み消えた。
 残ったのはいつにもまして強い満腹感と、恩人(マザー)が持っていたソルソルの能力だけ。
 そこで起きた出来事の真相を、彼女は知らない。食欲に支配され無意識に行った蛮行を、彼女は今になっても知らぬままだ。
 されど。その"逸話"は――英霊シャーロット・リンリンの霊基に、確かに刻まれている。




 何かを"食べ"、能力(ちから)を得た逸話。
 彼女がそれを経て大成したサーヴァントであるならば。
 その肉体を、ましてや生命活動の続行に必要不可欠な"心臓"を食べられたとなれば……必然。
 海賊ではなく"英霊"としてのリンリンの霊基は、逸話の再現という全てのサーヴァントに特効の弱点に引きずられる。

「…………ッ! てめえ……! 返せ!! 返しやがれ、そいつは――龍脈(それ)は、おれのもんだろうが……!!!」

 龍脈の力の行方。それを、リンリンもまた理解したのだろう。 
 彼女は怒髪天を衝く。髪を振り乱し、怒り狂い、怒号をあげて拳を振り上げる。
 まだ残っている左腕を武装色で硬化させ、目の前の敵(ヴィラン)を叩き潰さんとする。

 しかしそこに、かつてほどのパワーはない。
 龍脈の力は、心臓の捕食によってリンリンから死柄木弔の許へと流れてしまったから。
 これは死に体の巨体を無理矢理に動かし、暴れているだけ。
 もっともそれでも、痩躯の青年一人を圧死体に変えられるだけの力はある筈であった。
 取り返せばいい。そうすれば、自分の勝利もまた取り戻せる。
 焦燥の中、文字通り命を懸けるビッグ・マム。
 そんな彼女に対して――その胸元から顔をあげた青年は、声を漏らした。

「はは」

 それは、きっと。
 またしても、本能から出る笑いだったのだろう。
 得たもの、喰らったもの。
 その全てを実感して、思わず漏れた笑い。
 だからこそ、その笑いにビッグ・マムの感情は沸騰する。

「――――何笑ってんだ、このクソガキがァ~~~~!!!」

 拳が、魔王を打ち砕くべく振るわれる。
 彼がそれに対して取った行動は、ただ顔の前に手を掲げるだけだった。
 その手に、皇帝の拳が触れる。
 黒く、黒く……極みに達した覇気で"武装"したその拳。
 それを受け止めた青年の手のひらは、まるで飴細工のようにひしゃげてしまったが――しかし。

「そりゃ笑うだろ」

 彼女の腕が、消える。
 崩壊する、破壊される、滅ぶ。
 瞬く間に肘までの腕を失ったその目は、驚愕に見開かれていたが。
 すぐに生存本能、そして皇帝の意地が驚きと動揺を凌駕した。
 黒い稲妻が迸り……これでもかと口を大きく開き、全てを失った女王が青年を喰らわんとする。

 それはまさしく、最期の足掻き。
 全てを得、そして全てを奪われた皇帝が見せる、何も打つ手がない状況で繰り出す最大の力業だった。
 その生き様を、魔王は嗤わない。
 嘲りなどしない。端から、していない。
 彼が浮かべる笑みの意味は、力を得た自分に対する歓喜でしかないのだ。
 だからこそ、魔王・死柄木弔はただ静かに――右手を翳し。

「死にな、死柄木弔! おれの行く手を阻む、忌まわしい"新時代"!! お前が奪ったもの全て、全て取り返しておれが天下を掴むんだよォ――!!!」

 断末魔の叫びに、ただ一言。

「じゃあな。今までお疲れさん」

 労いと、微かなリスペクトを呟いて。
 伸ばした手を、静かに振るった。
 その手は、女王の貌へと触れ。

 そして――――


「次は、俺達だ」


 四皇、ビッグ・マム。
 或いは海賊、シャーロット・リンリン。
 ナチュラルボーンデストロイヤー。天候を操る女。悪神。
 女王、大母、陽を掴む者、寿命の取り立て人、自由人(フリーマン)、魂の盗人。
 そう呼ばれ、この界聖杯に名声とその暴威を轟かせた先代の皇帝を……


 一瞬の後に、塵へと変えた。
 玉座は崩れ、皇帝は英霊の座へと還る。
 後に残されたのは、力を受け継いだ魔王。
 その枕詞、"未来"の二文字は既に消え。
 今、この瞬間を以って――彼は、求められた全てを成し遂げた。


 究極の罪は、完成したのだ。



【ライダー(シャーロット・リンリン)@ONE PIECE  消滅】



【――――――終局的犯罪(カタストロフ・クライム)  完成】



◆◆


 ――朝が来る。


◆◆


 夢の終わりが、風と共に少年へと押し寄せた。
 断末魔の残響を響かせながら、きらびやかな巨体が塵と消える光景を見た。
 その瞬間、王子は今度こそ全てを失ったのだ。

「――死柄木ィィイイイイイイッ!!」

 少年は吠えた。
 その目は、未だ人間のまま。
 未来に進む、可能性の器のまま。
 それもその筈だ、捨てられる筈がない。
 彼にだけは捨てられない。願いなんてものを抱いてしまった彼にはもう、目の前の仇敵を殺すためだけの"二枚服用"は使えない。
 だってそれは、本当に全てを無駄にしてしまう行動だから。
 それをしてしまえば、この世界であったこと、出会ったものの全ては……ただの八つ当たりに消えてしまうから。

 若くして心を殺された。
 なにもわからぬ子供のまま、なんの救済(すくい)もなく、ただただ心を殺された。
 他人に殺された心は、他人を殺さなきゃ正気ではいられない。
 殺さなければ生きられない――彼は、彼らは、そういう生き物だ。

「(ああ、そうだ! オレは何も棄てねえ、何も諦めねえ!!
  ババアが死んだからなんだ。サーヴァントを失ったから、なんだってんだ!!)」


 何を間違った? それすら分からないんだ。


 分かるかよ、そんなこと。
 分かる前に殺されたんだ、壊されちまったんだ。
 オレ達はきっと地獄に落ちる。
 誰もがそう言う、オレ達だって心のどこかじゃ皆分かってる。
 だけど、人を殺すのはそんなにいけないことなのか?
 罪を犯した人間は、どんな事情があっても裁きを受けなければ幸せになる権利すらないのか?
 その始まり(オリジン)が、本人にはどうしようもない理不尽に塗れていたとしても?

 誰かが「そうだ」と頷くのならば。
 オレは――殺し屋ガムテは、そいつをブッ殺して否定してやる。
 何度だって否定する。クソッタレで上から目線な正論なんざ、ひと欠片だって認めちゃやらない。


『救われなかった子供達が!! 有りの儘に生きられる"理想郷(いばしょ)"を創るッッ!!!』
『誰からも手を差し伸べて貰えない!! 苦しみ続けることしか出来ない!! 何かを傷付けずにはいられないッ!!
 幸福(シアワセ)の権利を取り零した、全ての子供達が報われて!! 当たり前に生きられる"世界(らくえん)"をッ!!!』


 殺して、それで終わらせるものかよ。
 殺して、生み出すんだ――オレは。
 そう決めたんだ。だからこそ、背負ったんだ。
 復讐のためでなく生きるため、滅ぼすためでなく叶えるため。
 ナイフを握って、距離を詰める。
 培った殺しの技術(わざ)、学んだ経験(きおく)、全部この一瞬に注ぎ込む。

「お前を殺す! そしてオレ達は……オレはッ!! 願いを叶えて、今までの全部ひっくり返してやる!!!」

 咆哮は、自分の動きと戦意を鼓舞するため。
 最大を更に超えたポテンシャルを引き出すため。

「それが……オレの!」

 "崩壊"は常に警戒する。
 崩れが伝わった土埃に触れることすら危険だ。
 宙へと飛び上がり、殺しの構えに入る。

「"割れた子供達(グラス・チルドレン)"、ガムテの願いだッ!!」

 全てを終わらせ、そして先に進むため。
 この朝を喪失の朝から、勝利の朝へと変えるため。
 いざ、ナイフを振りかぶった。


「(――――――――あ)」


 そこで、気付いた。
 気付いて、しまった。
 彼は、誰よりも優秀な殺し屋だったから。
 こと"殺す"ということにかけては、八極道の中でも随一のものを持つ使い手だったから。
 だから、理解してしまったのだ。
 振り下ろす前に、振り下ろした後の結果を。

 ……だめだ。
 ……これじゃ、殺せない。

 何が足りない?
 何故、殺せない?
 手元を見る。そこにあるナイフは、ほんのわずか……肉眼で分かるかどうかギリギリの、小さな刃こぼれを起こしていた。
 先ほど、巨人王と犯罪王の激突の衝撃で吹き飛ばされた際に傷付いたのだろう。
 ガムテには分かってしまった。
 この得物じゃ、必ず仕損じる。
 この小さな"刃こぼれ"が、あと一歩のところで自分の勝利を阻むと悟れてしまった。

 ――なんでだよ。
 なんで、こうなるんだ。
 なんでオレ達は、肝心なところで"運命"に嫌われるんだ。

 生まれ出る運命への憎悪。
 ふざけるな。こんな終わりがあるかと。
 激昂するガムテの脳に冷や水を浴びせるように、脳裏の奥から記憶が溢れてきた。
 聖誕祭(クリスマス)の夜、サンタクロースが……極道(パパ)が彼に贈ったプレゼント。

 人間国宝刀匠別注品、"関の短刀"。
 この世界に持ち込んでいた、それ。
 憎いライダーの力によって強化(よご)されたそれを。
 荒ぶる神の心臓に突き立て、その霊核もろとも木端微塵(コナゴナ)に吹き飛ばしたのは――

「……オレだ……」

 この世界で唯一残っていた、仇敵(パパ)との絆。
 それを、ガムテは自らの手で棄ててしまった。
 勝つために、消費(つか)ってしまっていた。


 それが、彼の敗因。
 絆を棄てねば、ガムテは神を殺せず。
 絆を棄てれば、ガムテは魔王に届かない。
 つまり、あの瞬間から既に――彼は詰んでいたのだ。
 どうやっても逃れようのない、運命の袋小路にいた。
 そしてシャーロット・リンリンが敗北した時点で、ガムテの命運は完全に尽きた。


「全部ひっくり返す、か」


 手が、迫ってくる。
 ガムテの刃が、手に触れた。
 粉々に砕け散る、乱造品の粗悪な刃。
 そして魔王の手が、ガムテの頭に触れた。
 優しく。まるで、大人が子供にするような。
 父親が息子にするような、手で――

「それも悪くはないが、やっぱりちょっと物足りないな」

 ――――ぴしり。

「ひっくり返すくらいなら、俺はまっさらにしたいよ」


 ああ……消える。
 消えていく、崩れていく。
 子供達の王子様が、ネバーランドの英雄が。
 割れた子供達の夢が、理想郷が、潰えていく。
 全てが塵になって消えていく。
 吐き気がするほど優しい手の感触と共に、ガムテの全感覚が消え去っていく。

「なんで……オマエなんだよ………」

 涙が、溢れた。
 笑顔では死ねなかった。
 彼は、夢に敗れたから。
 全て失い、歩みを止められ。
 何も得られず、何も繋げず、微塵と消えるから。

 ――子供達の理想郷。それも、誓って嘘じゃない。
 聖杯に託すなら、そういう願いだったというだけ。
 でも。

 ガムテ……"輝村照"という一人の少年(こども)の願いは―――憎い父親の、心からの……


「ちくしょう……」


 ――失くし続けて、壊れ続けて。
 坂道を転がり続けて、そして少年は朝に消えた。
 その夢も、願いも、憎しみも、哀しみも、すべて、すべて。

 朝に吹く一陣の風に溶けて、消え果てていった。


【ガムテ(輝村照)@忍者と極道  死亡】


◆◆


「――とむらくんっ」

 駆けつける、少女。
 チェンソーマンの肩からぴょんと下り、駆け寄って。
 そして一瞬、驚いたような顔をした。
 それはきっと、此処で戦いが始まる前の彼と今の彼とが、また様変わりしていたためだろう。
 一糸まとわぬ姿は滑稽ですらある筈なのに、不思議とそういうものを感じさせない。
 宗教画か何かを見て、思わず思考を空白に染め上げられるような。
 例えるならば、そんな心境が最も近いだろうか。

「……だいじょうぶ? なんか、すごいことになってたけど――」
「ああ。むしろ気分が良いよ。今なら世界の何処にだって手が届きそうだ」

 四皇殺しは成し遂げられ、霊地の片方は敵連合が簒奪した。
 龍脈の力はシャーロット・リンリンが入手し、それを死柄木弔が"継承"した。
 今、彼はもはや人間の水準にはない。
 地獄への回数券すら、恐らくもう不要。
 元より人体改造に対する特級の適性を持っていた彼の肉体は、龍脈の力ともひどく相性が良かったらしい。

「えむさんは――死んじゃったの?」
「そうみたいだな。ったく、あのジジイ。ちゃんと見れたのか? カタストロフ――何だったか。あんだけ楽しみにしてたのによ」

 みんなは一人のために(オール・フォー・ワン)。
 リンリンがあの時そう名付けた力は、彼に受け継がれた。
 だが、そこに"誰か"の意思はない。
 死柄木弔は死柄木弔のままで、他の何者の意思も思惑も介在することなく完成された。
 この時をもって彼は、完全に本来の運命と訣別を果たしたのだ。
 これは、彼が最高の魔王になるまでの物語。他の誰でもない、彼が――成し遂げる。

「まあ、いいさ。星野を拾って……どうするかだ。
 方舟のアイドルに連絡もしなきゃな。後は田中も、いい加減放っておきっぱなしじゃ病み入っちまうかもしれない」

 やりたいことは無数にある。
 そして今なら、大抵のことは叶えられるだろう。

「聖杯戦争を続けよう。殺した奴らの夢も受け継いで、綺麗な地平線を作ろうぜ」


【墨田区・東京スカイツリー跡/二日目・早朝】

【死柄木弔@僕のヒーローアカデミア】
[状態]:継承、サーヴァント消滅
[令呪]:全損
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円程度
[思考・状況]基本方針:界聖杯を手に入れ、全てをブッ壊す力を得る。
0:さあ、何をしようか。
1:勝つのは連合(俺達)だ。
2:四皇を殺す。方舟も殺す
[備考]
※個性の出力が大きく上昇しました。
※ライダー(シャーロット・リンリン)の心臓を喰らい、龍脈の力を継承しました。
 全能力値が格段に上昇し、更に本来所持していない異能を複数使用可能となっています。
 イメージとしてはヒロアカ原作におけるマスターピース状態、AFOとの融合形態が近いです。
 それ以外の能力について継承が行われているかどうかは後の話の扱いに準拠します。

【神戸しお@ハッピーシュガーライフ】
[状態]:疲労(中)
[令呪]:残り二画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数千円程度
[思考・状況]
基本方針:さとちゃんとの、永遠のハッピーシュガーライフを目指す。
1:とむらくん、つよそー。
2:アイさんととは仲良くしたい。でも呼び方がまぎらわしいかも。どうしようねえ。
3:とむらくんとえむさん(モリアーティ)についてはとりあえず信用。えむさんといっしょにいれば賢くなれそう。
4:最後に戦うのは。とむらくんたちがいいな。
5:れーじゅなくなっちゃった。だれかからわけてもらえないかなぁ。
6:ばいばい、お兄ちゃん。

【ライダー(デンジ/■■■)@チェンソーマン】
[状態]:令呪の効果によってチェンソーマン化中、血まみれ
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円(しおよりも多い)
[思考・状況]
基本方針:サーヴァントとしての仕事をする。聖杯が手に入ったら女と美味い食い物に囲まれて幸せになりたい。
0:…………。
1:死柄木とジジイ(モリアーティ)は現状信用していない。特に後者。とはいえ前者もいけ好かない。
2:星野アイめちゃくちゃ可愛いじゃん……でも怖い……(割とよくある)
3:あの怪物ババア(シャーロット・リンリン)には二度と会いたくなかった。マジで思い出したくもなかった。
  ……なかったんだけどな~~~~~~~~~~~~~~~……ハア~~~~……
[備考]
※令呪一画で命令することで霊基を変質させ、チェンソーマンに代わることが可能です。
※元のデンジに戻るタイミングはしおの一存ですが、一度の令呪で一時間程の変身が可能なようです。


※墨田区は八割方壊滅しました。


◆◆


 ――ひと目見た時に、確信した。
 彼は必ず、世界を揺るがす敵(ヴィラン)になると。

 聖杯に頼るよりも、彼の完成をこそ見てみたいと思った。
 或いはそれは、自分が描いた以上の結果を生み出すだろうと。
 数学者としては不合理、されど悪の策謀家としては実に合理的な直感がそう訴えていたのだ。
 だから全てを用意した。仲間、敵、それら全てを乗りこなす策。
 一番の想定外は、やはり"犯罪卿"の出現か。
 彼がもう少し長生きしていれば、終局的犯罪の完成を目指す上で最大の脅威になったかもしれない。

 ――ひとまずチェスは私の勝ちだネ、善なる蜘蛛よ。

 何故なら君は、踏み止まれなかった。
 善であるがゆえに、自らの死期を著しく早めてしまった。
 "善"としてモリアーティ(わたし)をやるなど、だから自殺行為だというのだよ。
 君は自分で嵌めた足枷によってこの世を去り。
 あるがままに悪に徹した私は、願いを叶えた。
 実に満足だ。願わくば彼が、無人の地平線に一人立つ願いを叶えることを祈ってこの世を去ろう。

 だが、君に巻き返すすべがあるとすれば。
 それはきっと、君が遺した子ども達の生き様だろう。

 "方舟"は脅威だ。
 ともすれば残りの皇帝や、峰津院の黒い破壊者以上に。
 しかし、私が遺した彼らも負けてはいない。
 善意も悪意も、希望も絶望も、全てを腕の一振りで薙ぎ払う至高の魔王だよ。
 討ち取れるものなら討ち取ってみるといい。
 挑む気があるなら、挑んでみるといい。
 二人のモリアーティが死せども、その爪痕はそれぞれ残るというわけだ。
 実に"教授"冥利に尽きる結末ではないか、はははは。


 ……さて。

 私は、本当に素晴らしいものを見た。


 あの時、彼処には確かに私の求めた破壊(ひかり)があった。
 別れの言葉など、我々敵(ヴィラン)には不要だろう。
 そんなものなくとも、私は既に君から受け取った。
 君が成し遂げた完成を、君の刻んだ破壊を、私は確かに今際の網膜に焼き付けたともさ。

 私は、此処までだ。
 そして君は、もう十分に大きくなった。


 後は好きにやりなさい。
 私はそれを、ワイングラスでも傾けながら鑑賞するとしよう。
 何分老骨に鞭打って、かなり無茶をしたのでね。
 少しくらい休息を貰ったとしても、そのくらいは許されるだろう。


 ――さらばだ。私の誇らしき、"破壊"よ。


【アーチャー(ジェームズ・モリアーティ)@Fate/Grand Order  消滅】


時系列順


投下順


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138:地平聖杯戦線 ─High&low─ ランサー(ベルゼバブ
138:地平聖杯戦線 ─High&low─ 死柄木弔 144:ラビリンス・レジスタンス
133:地平聖杯戦線 ─RED LINE─(1) アーチャー(ジェームズ・モリアーティ) PERFECT CRIME
138:地平聖杯戦線 ─High&low─ 神戸しお 144:ラビリンス・レジスタンス
ライダー(デンジ)
138:地平聖杯戦線 ─High&low─ セイバー(継国縁壱
140:Heaven`s falling down(前編) ガムテ(輝村照) GAME OVER
138:地平聖杯戦線 ─High&low─ ライダー(シャーロット・リンリン) GAME OVER

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最終更新:2023年01月31日 01:06