来歴
1967年8月に、不動産投資大手の
東伯キャピタルへ転職。金融商品の販売支援を行う。
1994年10月のキャスター引退から著作業を本格化させるも、その後もテレビキャスターとしてのイメージを払拭できずに作家として大成することはなかった。1999年6月、
長州海防放送の自社情報番組である「長州よるネット」1年限定コメンテーターに就任する。2000年6月から5年間にわたって
瀬戸内伊予放送取締役・コンテンツ事業担当顧問を務めた。
経歴
- 1959年4月ー白洋銀行へ入行
- 1959年7月ー浜松支店融資部
- 1961年4月ー本店金融商品本部企画部
- 1963年4月ー本店金融商品本部企画部係長
- 1963年10月ー大阪本部金融商品部係長
- 1967年7月ー退職
- 1967年8月ー東伯キャピタルへ入社
- 1967年8月ー営業本部企画部商品課
- 1968年10月ー営業本部企画部商品課長補佐
- 1970年3月ー退職
- 1970年4月ーブラックウェル・アンド・ソーンへ入社
- 1970年4月ー商品企画室アナリスト
- 1971年10月ー商品企画室チーフアナリスト
- 1973年10月ー商品企画室長
- 1975年4月ー販売事業部長
- 1977年10月ー営業担当副社長
- 1980年4月ー日本たばこ事業者組合専従
- 1983年6月ー上級顧問
- 1984年6月ー退職
- 1984年9月ー情報特急ネクストウェーブコメンテーター(初代)
- 1988年4月ー情報特急ネクストウェーブキャスター(2代目)
- 1994年10月ー退職
人物
- 1984年9月スタートの情報特急ネクストウェーブコメンテーターとして、放送業界にデビュー。初代プロデューサーの板橋行郎(後・大阪オービットテレビ社長)は、島根文教大学時代の先輩で、ブラックウェル・アンド・ソーン販売事業部長時代には、CM制作で親しい仲にあった。
- 自身の後任としてキャスターを務めた沢井みどりは、報道記者からアナウンサーに転身した背景があるが、これはテレビ放送開始直後に、報道記者として努力する姿を室田が評価して上に掛け合ったためであった。沢井は、のちに瀬戸内海南テレビアナウンス部長を経て、同社社長に就任する。
- 1984年から2008年までの24年間続く長寿番組となった情報特急ネクストウェーブは、番組関係者の多くがのちに系列局を含めた多くのテレビ局役員や社長に就任していることで出世の登竜門としても後年有名になるが、室田自身は放送初期における人気の確立に大きな貢献を果たすが、その限りではなかった。
最終更新:2026年05月17日 00:26